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四 第一章の三 「自信ある生活」 |
講 話 「自信ある生活」
歎異抄を身近に正しく読む
この会も四回目になったわけでありますが、なんとか今回で第一章を読み終りたいと思っております。
実は、先日来、この会のお話を文章にまとめて記録しておいてはというので松井君が整理をしてくれておりますが、それをみせてもらったり、あるいは録音を聞いたりして、話をするということは、難しいものだなと、つくづく思っております。
つい先日も、京都で、録音を聞いていますと、そこへ、ある出版社の人が来たものですから、しばらく一緒に聞いておりました。すると、その人が、さかんに「これは難しい話だ」と、こういいます。それで、「この会の人たちのなかでは、ぼくの話は、むつかしくて、しかもヘタだということになっている、それを承知で聞いてくれているんですよ」ともうしましたところが、「へタでむつかしい――。まったくだ」と妙なところで同感しておりました。
わたしは、この二、三年、たとえば曾我量深先生とか金子大栄先生とか、あるいは鈴木大拙先生とか、そういう先生方の講演や講義を筆記して、それを雑誌に載せたり、あるいは書物にしたり、そういう仕事をやっておりますが、あの先生方のお話は、話のまま忠実に整理をしますと、ちゃんと文章になっていく。むしろ一字一句を間違えないように筆記するのが大切で、そうすれば、おのずから筋もとおり、味もあって、しかも先生のいわれようとすることがわたしたちに徹底していく。
ところが、わたしの話は、そういう意味では、すきまだらけで行きつもどりつしております。おそらく、みなさんは頭を悩ましながら聞いてくださるのだろうと思いますが、やはり、どうせ話をするのなら、あの先生方のようにありたい。もちろん、あの先生方は、世界的な学者なんですから、わたしに、それと同じ話ができるということはありません。けれども、ふだん先生方のお話に接する機会が多いのですが、それとこれとを比べて、だめなものだなと、つくづく思うとともに、やはり話はあのようにありたいと思うわけであります。
ともかく、こうして、ひとときを一緒に過す貴重な機会でありますから、なんとか歎異抄の精神を、わたしたちの身近なところに、しかも正しく了解するという役目を果したいものだと思うのでありますが、これは、ほんとうに身にあまる大役であります。しかし、なんとか少しずつ自分の了解を深めて、そうして、みなさんと一緒に歎異抄を読むという大役を果したいものだと思います。
悪人を正客とするアミダの本願
さて、今回は、第一章の第四節を「自信ある生活」というテーマで拝読したいと思います。これまでに、たびたびもうしましたように、第一節は救済の道、すくいの歴史を明らかにする。そして、第二節と第三節は、そのすくいにめざめること、すなわち自覚ということを明らかにするものであります。
そこで第二節をみますと、「ミダの本願には老少善悪の人をえらばれず」とあります。これについては、先回もお話しましたように、たとえ、わたしたちがどのように生きていましても、生そのものはみな平等である。絶対である。アミダの本願には老少善悪の差別がないということは言葉をかえていえば、わたしたちをして生そのものの絶対平等にかえらしめるもの、それがアミダの本願であるということでありましょう。
とかく、わたしたちは、自分は青年だ、あの人は老人だとか、此は善人、彼は悪人、此は貧乏人、彼は金持ちというふうに、我他彼此、我他彼此と差別をします。けれども、年が若くても年老いていても、お金があってもなくても、女性でも男性でも、人として生きているということに変りがあるはずはない。ですから、アミダの本願は、こういう差別の人生のなかに、ほんとうの平等というものを開き与えてくださるものである、と、こういうのであります。
ところが、アミダの本願は一切を差別しないけれども、そのようなアミダの世界は、自覚なくしては明らかにならない。「ただ信心を肝要とする」とあります。これをうけて第三節には、「そのゆえは」と、その理由をのべる。
「罪ふかく悪の重いことにめざめたもの、わずらい悩む心のはげしさに気づいたもの、このような人たちをたすけるのが、アミダの本願だからである。」
といいます。第二節では、「善悪をえらはず」といいながら、第三節では、明らかに「罪悪深重、煩悩熾盛」にめざめたものを正客とする、正機とする、これがアミダの本願だといってあります。
これによってみれば、信心を肝要とするというのは、アミダの本願にめざめるということにちがいないが、本願にめざめるということは、罪悪煩悩にめざめるということである。つまり、ここでは、人間の本質は悪人だという自覚、これがアミダの救済における最大要点であると示されてあるわけであります。
自分は善人だと思っている人もあるでしょう。あるいは、善人ということもできないが、まんざら悪人でもないと思っている人もあるにちがいない。しかし、アミダの本願は、人間の本質が悪人であると徹底して自覚する人のみを正客とする、これを従来「悪人正機」という言葉で了解されております。
善もほしからず悪もおそれなし
最近の高等学校の国語の教科書や、あるいは、倫理社会の教科書などに歎異抄の文章が載っているのはご承知のとおりですが、といっても、もちろん歎異抄の全文が入っているわけではありません。この中から、教科書を編纂する人がこれと思う文章をぬきだしているわけです。
これについて、つい先日、ある高等学校の先生で、そういうことに興味をもって調査した人の報告を聞いたことがあります。
それによりますと、現在、倫理社会の検定済みの教科書は十六冊あるが、そのうち十五冊が、「日本の考え方」というところで親鸞にふれている。そして、その大部分が歎異抄を中心にして一番多いのは第三章、つまり
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや。しかるを世の人つねにいわく、悪人なお往生す、いかにいわんや善人をや」、
という言葉を選んでいるといいます。
十五冊が全部第三章にふれている。その次に多いのは第十三章で五冊、次が第二章で四冊、いま読んでおります第一章は二冊がふれているだけだということであります。これでわかりますように、非常に多くの人が、歎異抄を代表する言葉は第三章だと思っているわけで、たしかに、この常識をうちやぶる悪人正機の信仰は、親鸞ならではの独自のものです。
それについてくわしいことは、また第三章のところで考えてみたいと思いますが、そのような善と悪との問題が、いま第二章にも、「罪悪深重、煩悩熾盛」にめざめた人を正機とし、正客とすると述べられているわけです。
そして、そのような本願の正機というか、正客の生活はどのようなものであろうか、アミダの本願は、人生の現実生活にあっては、どのように展開するのであろうかということを、第四節に
「したがって、アミダの本願を信ずるならば、他のいかなる善も必要ではない。念仏よりもすぐれた善はないからである。いかなる悪も、おそれることはない。アミダの本願をさまたげるような悪はないからである」
と述べられます。つまり、「善もほしからず、悪もおそれなし。」これがほんとうに「自信ある生活」というものである。こういう自信ある生活が、悪のめざめを契機として展開する、ということを明らかにするのが、第四節であります。
真継伸彦の小説「鮫」について
ところで、今度の案内状には映画の話が出ておりましたが、だからというわけではありませんけれども、最近「鮫」という映画を観まして、いろいろ感ずるところがありますので、そのお話をいたしましょう。松阪でも上映されたことでしょうから、みなさんの中にはご覧になった方もあるでしょう。
これは、近頃流行のエロと残酷を売り物にするようなP・Rをしておりましたけれども、実は宗教的なモティーフを描いた映画なんです。まあ、宗教映画も、あのような宣伝をしなければ人が集まらぬとするなら、そこに現代の一つの問題があるということもいえそうです。
これは、河出書房の文学賞をもらった真継伸彦という人の小説「鮫」の第一部を映画化したもので、第二部の方にはふれておりません。そして、小説と映画では、いろいろちがいますから、二つを比べて、ただちにどうこういうわけにはいきませんが、原作の意図は小説の第二部まで読まないとはっきりわかりません。それで、わたしは、この小説を読み、映画もみたわけですが、いろいろのことを教えられました。
真継という人は、青山学院大学のドイツ文学の先生ですが、浄土真宗の信者なのかどうか、そういうことはわかりません。しかし、たとえ信者ではないにしても、全く無縁の人ではないのでしょう。ずい分若くて、わたしより、二つ三つ年下のようですが、京都大学ではドイツ文学をやりながら、学生運動にも関心をもっていたといいます。なにかそういうものがなければ、やはりああいう小説は書けないのでしょう。
日本の小説家の書くものには思想性や宗教性が乏しいとよくいわれますが、こういう才能のある人が、これからもっともっと親鸞の思想や信仰というものに深くふれてくだされば、立派な小説ができるのでなかろうかと、そういう期待を抱かせるような人であります。
で、この人が「鮫」を書いた意図について、こういっております。「親鸞がなくなってから、ほぼ二百年の後、つまり蓮如の時代に至って、浄土真宗は、親鸞の教えは、すさまじい勢いで民衆のなかへ入っていった。それは本願寺に関係のある僧たちの熱心な布教ということもあるだろうけれども、そればかりでなくて、民衆のがわにも、それを受け入れる深い必然性というものがあった。
そうでなければ、この宗派が、一向一揆という革命勢力を産むまでに発展するはずはない。それで、ナムアミダ仏という一語に、すくいを托した人びとは、いったいどういう時代に、どういうすがたで生きていたのだろうか。
そういうことを、応仁の乱を頂点とする、あの動乱の時代を背景にして、社会の最底辺を生きた一人の人物、非人の生まれである一人の人物、つまり「鮫」という名の人を想定して、この人物が、やがて浄土真宗の教えに会い、そして一向一揆で戦死をしていくまでの過程を書くなかに民衆のがわから、宗教の本質を明らかにしてみたいと思った」と、こういっております。
この社会の最底辺を生きた「鮫」という名の主人公は、小さいときは「わっぱ」とよばれていた。越前の三国に近い浜辺で、北国の荒海と戦いながら、兄と一緒に鮫をとり、それを名主さまに差出して、鮫の頭や尻尾をもらって生活をしている。あるとき、兄が大鮫にくわれて死んだために、それから「わっぱ」が兄のかわりに鮫とよばれるようになります。
小説の話は、こういうところからはじまっていますが、つまり鮫は、人間らしい名前すらないような人間だったわけです。親鸞は群萠とか群生というような表現をよく好んで使っております。これは、考えられた大衆とか民衆というものではなくて、大地に根をはり、大地にはいつくばって生きている人間のなまのすがたをあらわす言葉なんでしょう。
念仏は大地の宗教である
あの鮫の生きる姿をみておりますと、歎異抄の第十三章に、「海川にあみをひき、つりをして世をわたるものも、野山にししをかり、鳥をとりていのちをつぐともがらも、あきないをもし、田畑をつくりてすぐる人も」
という言葉が思われてきます。ここには、たいへん具体的に、生活の様式が述べてありますが、これらは、みな、これをしなければ生きていけないという人びと、しかも、親鸞の時代には、人らしい扱いをうけなかったような人びとであります。
林田茂雄という人の書物には「悪人とは人間の別名だ」といっておりますが、そのいい方をかりていうならば、「悪人とは、群萠の別名である。悪人とは大衆の別名である」と、こうわたしはいいたいのです。
またこのような人びとのことを親鸞は「屠沽の下類」ともいっております。「屠は、よろずの生きたるものを殺し、ほふるもの」。これは猟師というものである。「沽は、よろずのものを売り買うものなり」。これは商人のことである。これらを下類という。
そして、さらに「かようの、あしき人、猟師、さまざまのものは、みな、石・瓦・礫のごとくなるわれらなり」といっている。親鸞は「石・瓦・礫のような、お前たちは」とはいわない。悪人とは親鸞のことである。親鸞とともにアミダの本願にすくわれていく群萠の別名である。だから「石・瓦・礫のごとくなるわれら」というのであります。
こういうような表現は、親鸞が、あの念仏禁止の法難によって越後に流され、そこで罪人の生活をする、それから関東に移って農民や商人などと生活をともにする、そういう生活をくぐって生まれてきた言葉なんでしょう。だから善だの悪だのといっているけれども「さるべき業縁のもよおさば、いかなるふるまいにてもなすべし」。これが人間のほんとうのすがたである。善も悪も遇縁の相異にすぎない。業縁次第ではなにをやりだすかわからないもの、これが人間である、と、このように、人間の本性をおさえて、それを絶対悪といいます。
ですから、親鸞のいう善悪の善というものは、恵にたいして考えられるようなもの、相対的なものではないのでしょう。もっとも、悪といえば、これは一応は善と相対するような悪だと考えられる。けれども、しかし「罪悪深重、煩悩熾盛」の罪悪というものは善悪相対の悪ではない。これは絶対悪というものである。善だ悪だといっておること全体をおさえて悪という。善悪を差別したり、議論したりしている人生のあり方をおさえて悪という。
ですから「屠沽の下類」は悪人だというのは、当時の社会にあっては悪人よばわりをされているということ、悪人のレッテルを貼られているということであろうけれども、親鸞は、ただそこにとどまってはいない。悪人よばわりをする善人の本質というものも、ちゃんと見ぬいている。そして、積極的に絶対の悪人こそ自己である。人間がそこで生きる大地、人間の自性というものは、悪そのものにほかならないというのです。
金子大栄先生のある書物に「吉川英治が大衆は大地だといっている」と述べて、そうして「浄土真宗こそ大衆の宗教である。真宗は、大衆における大地の宗教である。しかし、大衆の宗教ということと大衆向きの宗教とはちがう。ところが、世の中の人びと、ことにインテリといわれる人びとは、念仏は大衆向きの宗教だろうという。が、大衆向きか、そうでないか。現世利益を説くようなもの、あれこそ大衆向きの宗教である。だから、真宗ほど大衆向きでない宗教はない」といっておられます。
大衆とか群萠という言葉であらわされるものは、名もなき人びとでありますから、おそらく、それは愚かなもの、無知無学なものと考えられているのでしょう。そう考える人は、大衆よりも一段高いところに立っていて、そういう愚かなものは、ナムアミダ仏をとなえて念仏のすくいをたのむよりほかに途のない人間だといっている。だから念仏は大衆向きの宗教である、と、こういうのでしょうが、実は、親鸞のいう念仏は大衆の宗教である。大地の宗教である。高いところから大衆を眺めている人も、その中の一人であるような大衆、眺めている人に立場を与えているような大地、そこに念仏ははたらいている。
いま、ふと思い出しましたが、先月の案内状に、ヒットラーの話が出ていました。「大きなウソをくりかえしていうておれば、やがて大衆は信じる」。これは、大衆は馬鹿だ愚かだ、だから大きいウソをくりかえせば大衆をだますことができるというのでしょう。では、はたしてヒットラーは大衆をだましおおせたか。ヒットラーは勝ったか。その答えは、すでに歴史をみれば明らかです。ヒットラーのウソは、歴史が見ぬいています。
だから、わたしは、ほんとうの大衆は愚かさにめざめているものだと思います。愚かさを知っているからこそ大衆はだまされない。だまされても、だまされても、だまされない。馬鹿だとか賢いとか、だましたとかだまされたとか、そういうことを言っている足下、そこに大地がある。だから、大衆というのは、愚かさに徹して愚かさを生きているもの。そこに帰らなければ、万人平等のすくいというものは実現しないのでありましょう。
鮫と見玉尼の出会い
さて、話を、さきほどの「鮫」にもどして考えてみます。主人公の鮫は、越前の三国で、母子二人の貧しい生活をしているわけですが、ある時、非人弾圧の難にあって、母を殺されて孤児になります。それで彼は、隣りのかじ屋につれられて「京都の六角堂には願阿弥さまという坊さんがいて、飢えたものに粥を施してくださる」という噂をたよりに、京に向います。しかし雪の中の旅は決して容易ではありません。やがて、かじ屋に死なれて一人旅をしておりますと、途中で越中から来たという女に会います。そして、その女から、はじめて人肉を喰うことを教えられます。
いま、そのストーリーをくわしくお話している時間がありませんから、その辺のところは省略しますが、やっとの思いで京にたどりついた彼を迎えたものは、六条河原の死人の山、街々の難民の群れでした。願阿弥さまの力にも限界があったわけです。
やがて、盗賊に拾われて、その手下になった彼は、六条河原で死んでいる若い女の髪を切ったり、着物をはいだりして、その日その日のくいぶちを与えられて生きていますが、そうしている間に、彼も一人前の盗賊になっていきます。
そして、ある日、彼は、盗賊の仲間と一緒に、ある尼寺におし入ります。それからあとが、映画ではクライマックスなんです。つまり、鮫は若くて美しい尼を略奪してきて、手ごめにしようとします。小高い丘のなかほどに尼を肩からおろした鮫は、はじめのうちは、獲物を前にして舌なめずりする犬か狼のように、欣喜雀躍しておりますが、尼はいっこうに逃げようとしない。これまでの女のように騒がない。だんだんこれが無気味になってきます。
それで、中村錦之助の演ずる鮫は
「ほかの女のするように、なぜ逃げぬ、なぜ騒がぬ」
とせまりますと、三田佳子の紛する尼――、これが蓮如の子の見玉尼なんですが、やおら片肘をついて身をおこしながら、
「はよう好きなようになされませ。そして、あとで、きっとナムアミダ仏ともうされませ」
という。ちょうどそのとき、京の寺々の鐘の音が、遠く近く鳴りひびきます。みえかくれする月の光が、見玉尼の顔を青く白く美しく照らし出します。このときが、いわば鮫にとっての廻心のときです。
つまり、彼は、このとき、これまで全くふれたことのなかった異質のものに出会うわけです。女というものは、男に追われれば悲鳴をあげて逃げるもの、怖れるものときめてかかっていた。だから、彼はそれを追うことができた。強盗も強奪も強姦もできた。
ところが、この尼ばかりは勝手がちがう。畏れない、逃げない。この全く異質のものにふれたとき、鮫は、はじめて女を追う自分がみえてきた。外ばかりみていた鮫に、自分の悪業のみえる眼が開けてきたのです。
廻心というのは、異質のものにふれて自分の立場が変わること。廻心転身といいますように、人生の方向が廻転されること。ですから、見玉尼との出会いを、ただちに鮫の廻心だということができるかどうか問題でしょうし、また彼が、この尼との出会いの意味に気づくのは、ずっと後のことですが、すくなくとも、この時から彼の人生は大きく変化していきます。
鮫が、そのように変っていく転機を、いま、かりに廻心とよぶならば、変えさせたはたらきを廻向といいます。つまり、見玉尼の背後から出て鮫を照らし、彼の悪業を彼にみさせている光り、それが廻向の光なんだといっていいと思います。
権力をにくむ心が権力にあこがれる
ところが、小説によりますと、見玉尼に出会ったからといって、鮫の悪事がただちにやまるわけではありません。それは、わたしたちの経験にてらして考えてみれば、よくわかることでしょう。たとえ悪事だとわかっていても、悪をなすことをやめない。やめることができない。ここに、すくわれようのない悪の根深さがあるわけです。
鮫は、盗賊になって尼寺へおし入る前に、富樫勢の足軽になって戦さに出かけたこともあります。実は、そこに、小さいころから彼を動かし続けた希望があった。彼は、兄が残していった鎧どおしを、肌身離さず、守り刀のようにして大事にもっていますが、それは、いまに戦さがおこる、そうすれば自分は足軽になって敵の首をとる、首をとって侍になる、侍になって鎧をつけた敵の大将の首をとる、そうすれば、自分は侍大将になれる、と。
ですから、鮫は悪人ではあるといっても、ここでは、まだ悪の自覚が徹底しているということはできません。彼は悪をなさねば生きられないという自分の運命を呪っている。そして、権力のあるものを憎んでいる。けれども、彼は、いつか時がくれば自分も――と、野心を抱いている。
ということは、権力を憎む心で権力にあこがれているということです。権力者とか指導者というものは、自分を善人だと自認している人なんでしょうが、とすれば、鮫は、悪を憎み悪をおそれ、そうして、権力者の善にあこがれているわけであります。これによっても、悪の自覚の徹底ということが、容易なことではないということも知られるわけであります。
どんな場合にも、自分の下を作らなければ生きていけないもの、最底辺では生きていけないもの、これがふつうの人間というものでしょう。不幸な境遇に歎き悲しむ人に向って、上をみればきりがない、まだ下の生活をする人もある、と、慰めるのを聞くことがありますが、そのようにどんな場合でも、自分の下をみていなければ生きていけないのが人間です。
これでわかりますように、下をみる心は上にあこがれる心であり、上と比べる心が下を見下ろす心であるということができるでしょう。この下をみる心が指導者の心、どんなにささやかであっても、権力をにぎろうとする心であります。いま、歎異抄に「他の善も要にあらず」というのは、そういうような指導者意識を越えた心境、権力にとらわれのない心境が、念仏によって開かれるということを語るものだと思います。
善悪の問題については、いろいろ考えてみなければならぬことがあると思うのでありますが、一般に、人間は、善悪を理性できめて、そうして、きめたことを実践していくことができると考えているようです。ところが、なにがほんとうに善で、なにがほんとうに悪であるか、その基準をどこにおけばよいか。彼の善は此の悪、此の善は彼の悪というような調子で、絶対の善や悪を理知分別でもって決定することはできないのではなかろうか。もしかりに、善悪の基準がきまったとしても、きめたとおりに果して実行ができるかどうか。
このように考えますと、善悪の問題を理知できめて、そうして、それを実行するというのは、理想主義だといわねばなりません。理想とは、現実にないもの。現実になってしまえば、理想はもはや理想ではなくなります。だから、理想主義に立つかぎり、われわれは、まだ来ぬ日のために、現実とはならぬもののために、どこまでもどこまでも努力を続けねばならない。つまり、理想主義は未来主義であります。はたして人間は、このような理想主義に立っていて、ほんとうに安心のある生活ができるといえましょうか。
平常は、そういうことに無頓着な人も、横着きめこんでいる人も、なにか不幸が起る、不治の病にかかったとなると、やれ神さまだ、仏さまだと騒ぐ。ふだんは「さわらぬ神にたたりなし」と敬遠している人も、さてとなると「困ったときの神だのみ」。それが、いくところまでいきつくと、迷信や邪教にもすがるということになる。日常、平静な心のときには科学を信頼している。場合によっては、科学を迷信している。ところが、心が動顛するというと、今度は邪教を迷信するようになる。これが、今日の社会の現状でありましょう。
二十世紀の科学時代が、原始の迷信時代と同居している。この珍妙な現象のおこってくる原因はどこにあるか。それが、理想主義を立場とするということでしょう。人間の理知を絶対視するところに原因がある。その理知分別によって善悪ということも考え、そうして結局は、善にあこがれ、善をたのみ、悪をおそれ、悪をにくむ。知性を信頼し、そして知性によって動揺している。
ところが、さきほどから考えているような大衆というものは、決して理想主義者ではないと思います。群萠とよばれる生き方をする人びとは、理想などというものによって、現実をごまかさない。そんな余裕は持っていない。ぎりぎりに生きている。本能のままに生きている。
だから、大衆は無知無学だから迷信や邪教を信ずるのだという人があるかもしれないけれども迷信邪教を信ずる人は、決して無知ではない。したがって、そういう人びとは、実は大衆ではない。それは指導者の集合体だといえましょうか。人より上になりたい、少しでも偉くなりたいと心中ひそかに権力にあこがれている。それは、創価学会などをみていると、よくわかることです。やはり、無知ということには、無知の自覚がともなわねばならぬと思います。自覚のないような無知は、ただ知の欠けたもの、知の欠如態という意味で、ほんとうの無知ではありません。
裸の正体をごまかさない
考えてみますと、理知というものは、計算する心、はからう心でありますから、実に冷淡なものであります。ところが、計算する心を離れた愚かさは暖かい心でありましょう。川で子供が溺れて、いまにも死にそうになっている、それをみて考えていたら、計算していたら、どうなるでしょう。
ごく最近の新聞にも、ある青年が、服のまま川にとびこんで、子供を助けたという記事が出ていましたが、それは、計算で割出した結果の行動ではない。本能が共感したのでしょう。溺れ死にそうになっている子供の心と青年の心とが共感した、その心と心の共感が、身をもって動くということで、身と身の感応につうじている。そこにはなんの理屈もない。それは単なるヒューマニズムというようなものではありません。もっと素朴な、うぶな生と生との感応であります。
それが善行だ美談だというのは、あとからの解釈でありましょう。人からほめられようなどと思っていては、服のままとびこむことなどできるものではありません。その愚かさこそ、称讃される値うちをもっている。そこに非常に暖かいものが流れている。
これについて思い出されるのは、仏教の寺院を建てるとき、講堂とか金堂とか食堂などと一緒に、必ず雪隠が建てられる。七堂伽藍の一つに雪隠が入っているということです。もちろん、どこでも家を建てれば必ず便所をつくりますが、修行の場所として便所を建てる。そして、これを浄房とよぶ。つまり、人間の恥部をもって道場とするということ。隠しておきたいところだけれども、それがなくては人間の生活は成立たない。その一番ふれたくないところに立って、修道ということを考える。これが仏教であります。ということは、愚かさを知らないで、どれだけきれいだといってみても、みな観念だというわけであります。
人間は考える力をもつことによって、やがてものを創り出した。たとえば、人間は着物をきている。ずっと昔は、わたしたちも尾骶骨から尻尾を出しておったのだそうですが、もはや人間は猿ではない。だから、人間は、不必要な体毛をおとして着物をきて生活している。
ところが、たしかに人間は、着物というものを考え出したものではあるけれども、いつのまにか着物をきないでは、人中を歩けないようになった。この体を包みかくさなければ、歩けないようになった。今日では、裸で人中に出られるというのは、ストリッパーか、さもなくば露出狂でしょう。では、人間は、終日終夜、着物をきているかというと、そうではない。裸にならねば生きてはいけない。その裸にならねば――というところを、仏教ではおさえるのです。その愚かさの正体を明らかにしないかぎり、どんなに美しく着飾っていても、人間生活の全体はついに明らかになることはない。
「罪悪とは人間の基本的人権」か
さて、それで「悪人とは人間の別名である」。これはさきほどもいいましたように、林田茂雄という人の言葉です。これによっていえば、「悪人とは、大衆の別名である」ということができる。なぜならば、悪人は、おろかさに生きる人だからである。無知を知り、無知に徹して生きる人だからであります。
これについては、これまで、いろいろお話したことでありますが、林田さんは、さらに「罪悪とは人間の基本的人権である」といわれる。が、はたして、親鸞のいう罪悪は、そういうものであるのか、どうか。基本的人権ということについては、いろいろ考えてみなければならない問題があると思いますが、はたして罪悪は人権というようなものなんでしょうか。
ご承知のように林田さんは、マルキシストとして親鸞の思想や信仰に深い関心をもつ数少ない人びとの一人であります。その意味では、これまで、ややもすれば伝統的な教学の枠にとらわれて、親鸞の教えを固定化して考えがちな、わたしたちも、大いに啓発されております。そういう観点を与えてくれた人という意味では感謝しているわけでありますが、マルキシストの親鸞理解は、林田さんのようでなければならぬのか、どうか。今日、わたしたちがもっているところの、いわゆる既成の宗教観念というか、宗教にたいする予定概念をすてて、謙虚に親鸞の語るところを聞くならば、おそらくマルキシストの親鸞理解というものも、ずっと変ってくるのではなかろうかと思うのであります。いずれにしても、これは今後の大きな課題であります。
さて、基本的人権でありますが、そこにはどうしても自我の主張がある。ところが、悪の自覚というのは、その自我の主張に気づくことでありますから、罪悪をただちに人権だということはできないのではないか。さらに、林田さんは、「煩悩即菩提」、煩悩をもったままさとりを開くことができると説くのが仏教であるが、それをアミダの本願にすくわれると表現しなければならなかったところに、親鸞の不徹底さがある。それは親鸞個人の責任というよりも、その当時の時代のせいである。だから親鸞は、うつむきながら遠慮しがちな態度で、悪人の自覚を説くけれどもその本心は、「これこそが絶対の善人なんだといいたかったのにちがいない」という意味のことをいっておられます。
しかし、これは不徹底な消極的な態度でなくて、むしろ、そこに、わたしはもっと徹底した積極性をみます。親鸞が、「悪の自覚、これが絶対善だ」といわないのは、自分にはそういうことができないものがあるということを、知っているからでしょう。それと同時に、ことさらにそういう必要のない世界にいた、ということをあらわしている。つまり、自覚されているものは、どこまでも絶対悪の自身である。そして、念仏こそが絶対善である。この人生にあっては、念仏のみが善であり真実である。そのナムアミダ仏のすくいは、悪にめざめたるものを正客とする。だから、親鸞が、罪悪深重、煩悩熾盛ということそのことが、とりもなおきず念仏のはたらきにほかならないのです。
正客が転じて主となる
念仏のすくいといえば、われわれがアミダさまにすくっていただくのだから、非常に消極的な態度であろうと考えられがちです。ちょうど棚からぼた餅が落ちてくるのをまっているように、他力にまかせるというのは、受動的・消極的なものである――と。しかし、いまもいいますように親鸞のいう絶対他力の信心は、そのようなものではありません。たしかに信心には、全く受動的というべきような側面がありますけれどもそれが、ただ消極的なところにとどまってはいません。
これについて蓮如は「ミダをたのめばナムアミダ仏の主となる。ナムアミダ仏の主となるというは信心を得るなり」といっております。信を得ればナムアミダ仏の主となる。一応は、客とされるといわねばならぬけれども、それが同時に主という意味をもってくる。
たとえば、われわれが船にのるという場合を考えてみましょう。一応、わたしは、船の客だということができる。しかし、その船に乗ってしまえば、わたしは船の主である。わたしを水に浮べて、さらに目的地まで運んでいくという船のはたらきは、わたしの上にはたらく。ちょうど、そのように、本願の船とわたしとを分別して考えれば、わたしは客であるけれども、本願に乗托すれば、本願の力は、現にわたしの力となってはたらく。これ全く、能動的・積極的といわねばなりません。
いま第四節は、そのような本願の正客から、ナムアミダ仏の主へと転ぜられる生活、すくいにめざめるところに展開される信心生活が、現生不退といわれるような、ほんとうに自信ある生活である、ということを明らかにしているのであります。
深く自身を信ずる心
ここで、わたしが自信という言葉で明らかにしたいと思っておりますのは、親鸞が「深く自身を信ずる」といわれるような意味での自信なんです。わたしたちがふつう自信という言葉を使うときには、たとえば「この仕事を立派にやりとげる自信がある」とか、「向うの岸まで泳いでいく自信がある」とか、あるいは、すぐ得意になりがちな人をつかまえて「あいつは自信屋だ」というように使いますけれども、ここで自信ということをいいましたのは、ほんとうに自分自身が信じられるということ。自分自身が信じられるような心でなされる生活は、いったいどういうものであろうか。そういうことを念頭におきながら、いろいろお話もうしているわけであります。
つまり、ほんとうの自信というのは、われわれが考えたように、思いどおりに生きているのだということではない。自信は、自我を信ずるのでなくて、自身を信じるということである。だから、ほんとうの自信は、わたしたち自身を成立たせているような、いのちの大地というものを信知する心であるということができましょう。
そのことをもう少し考えていくために、先回もお話したのでありますが、清沢先生の「わが信念」の文章を手がかりにしていきたいと思います。この「わが信念」は、清沢先生が「我は此の如く如来を信ず」ということ、つまり、言葉をかえていえば、自分はどうしてアミダを信じるようになったか、自分の信念とはどういうものであるかということについて述べられたものです。
そこに、人生のことに不真面目だったときのことは別問題だが、すこし真面目に人生とはなんだろうか、人間はなんのために生きるのだろうか、どのように生きるのがほんとうなんだろうかと、そういうことを考えるに至って、いろいろ研究もした。けれども、結局、人生の意義は論理や研究ではわからない。ついに不可解のものである。人間の知恵や能力というものには限界があると知ったといわれます。これが、すなわち自力無効の自覚です。
ところが、この自力無効ですが、自力は無効だなどということは、非常に消極的である。自力こそほんとうに信頼できるものであって、他力主義ではだめである、と、このように多くの人びとは考えている。しかし、不可解と知った、ということは「知らざるを知らずとす、これ知れるなり」でありまして、愚を愚と知るということ。絶対悪の自分をごまかさずに絶対悪だといえること、これこそ正直な、ほんとうに自信のあるすがたでしょう。絶対悪――、これこそ絶対善なんだとはいわない。
後足に力を入れてぐっとふみしめれば、身はおのずから前に進む。前に向っていくのに、後足はいつも退一歩しているようでありますけれども、それは決して消極的なものではありません。後足の立っているところを忘れて、前足の立場に立って、先走ってものをいうというようなことをしない。それが自信でありましょう。後の足がしっかり大地についていれば、身は自然の道理で前に進む。つま先立って前に急げば、かえって小石につまずいただけでもころぶ、そしてけがをする、ということにもなります。
他力とは自力のつくせる道
本当の現実を歩いているのと、急走急作して観念の中を歩いているのとは、一歩のちがいでありますけれども、その一歩の差は、観念と現実とを区別するほどに大きい差である。自力は無効であるというのは、地に足のついた人生観である。後足がしっかりと地につき、地をふみしめるから身は一歩前に出て、そしてまた後足がしっかりと地につく。だから、わたしは絶対の他力というのは、自力をつくすことのできる道、わたしのもっている力を一〇〇パーセント発揮できる道、これが絶対他力であると了解しております。
たとえば、これを目下シーズン中ですが、水泳に例をとって考えてみましょう。水泳のできる人は水をおそれない。ところが、泳げないカナヅチは、自信がないものですから、水に入れば沈むのでなかろうかとおそれる。というのは、つまり水というものをうたがっている。泳げないということは、水の力をうたがっていることである。じっとしていれば、水には浮力があるから浮くにきまっているのに、沈むのでなかろうかとおそれて、あがくものですから沈む、沈めば水をのむ、水をのむから一層あがく。あがくからまた沈む、こういう調子です。
が、泳げる人は水を信頼している。だから、ゆうゆうと自分の力のあるだけ、どこまでも泳いでいく。けれども、泳げる人は、ただ自力があるから泳ぐことができるのでしょうか。なるほど自力がなければ水泳はできないが、自力があっても泳げるとはきまっていない。水の浮力を信じるから自力のかぎり泳げる。もし水をおそれ、水をうたがうならば、自力は沈む力になってしまう。つまり、自力は泳ぐ力でもあるが、沈む力でもある。
ですから、たとえ自力があっても、他力がなければ、自力を発揮することができない。また、他力がはたらいていても、それを信ずるということがなかったならば、自力で自分の首をしめるということにもなる。これによって自力と他力の関係がよくわかると思います。他力を信じて、それに身をまかせるような自信、そこから自力をつくすということも出てくるわけです。
ところが、こういう人生の事実というものに気がつかないで、自力は万能であるなどと考えるならば、まず、人はなんのために生きているのかという目的をはっきりさせて、そうして、そのためには、どうすればいいかという手段方法を考え出さねばならない。そして、さらにそれを実行実践しなければならない。まず人生の目的を考え、そのための手段を思案し、それを実践しなければなりません。そういうような人生においては、わたしたちは、いつもある目的に向って進んでいくものである。つまり、目的にいたる道程にあるといわねばなりません。そこでは、人生の目的と手段とがばらばらです。
ところが、自力無効というところから始まる人生は、歩んだところまでが自分のなしえたところ、そのなしえたところが、なすべきであったところであるというように、いつも目的と手段とが一つである。なしえたところ――それが人生の到達点である。そういうような道がなければ、実は、わたしたちは、一刻たりとも安心して生きてはいけないのではないでしょうか。
人生の目的が、どんなにすばらしいものであっても、それが単なる未来の理想であって、わたしたちの毎日の生活は、目的に到りつく単なるプロセスであるならば、安心というものはない。それは未来の期待に生きるのであって、ほんとうに現実に生きるのではないといわねばならないでしょう。清沢先生は、その力のもとが如来であるといわれます。如来とは、このわたしをしてわたしたらしめる能力の根本本体であるというておられます。
なにが善でなにが悪か
「自分はこれまで、真理の標準や善悪の標準がわからなくては、天地も社会も始まらないように思っていたが、今は真理の標準や善悪の標準が人智で決定できるものではないと決着している」。
「思えば、人生にあっては、何が善だやら何が悪だやら、何が真理だやら何が非真理だやら、何が幸福だやら何が不幸だやら、何も知りわける能力のないわたし、したがって、善だの悪だの、真理だの非真理だの、幸福だの不幸だのということのある世界には、右へも左へも、前へも後へも、どちらへも身動き一寸もすることを得ぬわたし、このわたしをして、虚心平気に、この世界に生死することを得しむる能力の根本本体が、すなわち、わたしの信ずる如来である。わたしはこの如来を信ぜずしては、生きてもおられず、死んで往くこともできぬ」。
これで思い出すのでありますが、歎異抄の後序をみますと
「善悪の二つ、総じてもって存知せざるなり。そのゆえは、如来のおんこころに善しとおぼしめすほどに知りとおしたらばこそ、善きを知りたるにてもあらめ。如来の悪しとおぼしめすほどに知りとおしたらばこそ、悪しさを知りたるにてもあらめど――」
これは、いまの清沢先生の言葉と全く同じことを述べたものといえましょう。
こういうような、善悪のわからぬわたしをして、しかも虚心平気に、この世界に生死せしめる能力の根本本体がアミダ如来である、といわれる。つまり、それが、いま問題にしているところの第四節の問題であります。「他の善も要にあらず、いかなる悪もおそれなし」。善もほしからず悪もおそれずと、自信をもって語られる。これは全く本願念仏のはたらきである。善悪を存知しないようなわたし自身にめざめたところに始まる生活とは、こういうものであると明らかにしておられるわけであります。
現世における最大の幸福
そして清沢先生は、さらに、
「如来は、わたしに対する無限の慈悲であり、無限の智慧であり、無限の能力である。かくして、わたしの信念は、無限の慈悲と無限の智慧と無限の能力との実在を信ずるのである」
といい、そして、この
「わたしの信ずる如来は、来世を待たず現世において、すでに大なる幸福をわれに与えたまう。わたしは他の事により多少の幸福を得られないことはない。けれども、いかなる幸福も、この信念の幸福に勝るものはない。ゆえに、信念の幸福は、わたしの現世における最大幸福である」。
といわれます。
ここに現世という言葉がでてきましたが、現世といえば来世というものが当然考えられるわけであります。清沢先生は、信念は現世の最大の幸福であるといわれる。つまり、信心は現在のすくいであるということであります。
これについて、浄土教というものは、長い間、未来のすくいを説く教えであると考えられていた。ところが、親鸞があらわれてから、特に現生不退ということが明らかになった。その点をおさえて、われわれには、未来の浄土などといわれてもピンとこない、全然信じられない。ところが親鸞は、現世においてさとることができると説いた、その点にわれわれは共鳴するんだ、という人が沢山あります。
しかし、ここで注意しなければならないことは、未来のないような現在はないということです。親鸞は、たしかに信は現在すると説いたけれども、もちろん、ここに未来といっても、現在と無関係に未来があるわけではありません。未来といえば、未だ来たらざるもの、永遠に未だ来たらざるものでありましょうが、そういう意味で、浄土は、単なる未来の理想境というようなものではない。歎異抄の別序に「信を一にして心を当来の報土にかけしともがら」とありますが、これがアミダの世界であります。現在が未来と深いかかわりをもっている。そういうような未来を当来という。まさに来るべき世界、それが浄土である。アミダの本願として現に来りつつある世界それが信である。それを「念仏成仏これ真宗」といいます。
ですから、当来の世界というのは、念仏するところに感得されるような世界であるといえましょう。そういう意味では、さきほど紹介した「鮫」の中で語られる浄土観も、もう一つ徹底しないといわねばなりません。小説をよんでみますと、わたしなど、とうていまねのできないような巧みな表現が沢山あります。いろいろ真宗の書物をよみ、それを生活体験でうけとめてかかれたのでありましょう。感心したり敬伏したりするところがずい分ありますが、いまの「当来の報土」というところになると問題があると思うのです。
清沢先生は、「わが信念」の終りの方で
「無限大悲の如来は、いかにしてわたしにこの平安を得しめたもうか。ほかではない、一切の責任を引きうけてくださることによって、わたしを救済したまうのである。いかなる罪悪も、如来の前には、すこしも障りにはならぬことである。わたしは善悪邪正の何たるを弁ずるの必要はない。何事でも、わたしはただ自分の気の向うところ、心の欲するところにしたがって、これを行うて差支えはない。その行いが過失であろうと罪悪であろうと、少しも懸念することはいらない。如来は、わたしの一切の行為について責任を負うてくださることである」
といわれる。ちょっと読むと無責任な言葉に聞こえるかも知れませんしそういう意味では、よみ違えるとたいへん危険なことになると思うのですが、この文章の前に、
「こういう世界がもしなかったならば、自分は倫理の世界の中で法則を犯してはならぬ、道理をやぶってはならぬ、隣人に対する義務、親に対する義務、兄弟に対する義務など、為さねばならないことが山ほどある。この人倫道徳の義務だけでも、これを実行することは容易なことではない。もし真面目に、これを為していかなければならないというならば、自分はその責任地獄のために、不可能というなげきのために、とっくに自殺もとげたでありましょう」
という意味のことをいっておられます。「いま、自分が死なないでおれるのは、一切を引きうけてくださる如来があるから、わたしの信念の根本本体として、アミダの世界があるからなんだ。現にいま、その世界がわたしの上にはたらきつつあるからなんだ」。こういう言葉を素直に読みますと、いまの第四節
「しかれば、本願を信ぜんには他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なき故に。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきが故に」
と、親鸞がいい切っておるものと、清沢先生の言葉が、七百年の歴史をこえて、互いに呼応しているのを感じるわけであります。
死の自覚からはじまる生
ところで「鮫」でありますが、鮫と見玉尼が出会ってからずっと後のこと、死期が迫って余命いくばくもない見玉尼に、鮫は特に許しをこうて会います。その時悪業のかずかずを積み重ねてきた鮫に向って見玉尼は、こういっております。
「お話しなされ、お話しなされ。わらわにいっさいを話して、そして忘れてしまいなさればよい。人の世の思い出は、みんな忘れてしまわねば、重石となって、わたしどもが浄土へ参るさまたげになるもの。人の世においてゆくものじゃ」
と教えています。また、あるところでは、
「ナムアミダ仏ともうす心は、いつでも死んでいけますともうす心じゃ。だから死んでいなされ、生きながら死んでいなされ」
ともいっております。
これは、ナムアミダ仏の信心というものを、実に巧みに表現しておるようにみえます。けれども、よく注意してみますというと、すくなくとも親鸞は、いかなる悪、いかなる罪業も往生のさわりとなるものではないといっております。「悪をもおそるべからず、ミダの本願をさまたげるほどの悪なきがゆえに」。なるほど、この世のことは、みなこの世においていくことにはちがいない。しかし、それは忘れるということでもないし、また、罪を消して往生するということでもありません。往生するところに罪業はおのずから消えるのであって、罪を消して、罪を忘れて往生するとは親鸞はいっていないわけであります。
ですから、「ナムアミダ仏は、いつでも死んでいける心だ」といえば、そのとおりでありましょうが、「だから生きながら死んでいなされ」とはならない。むしろ、これは言葉にあらわすならば、逆になるのでしょう。
「ナムアミダ仏ともうす心は、いつでも死んでいけますという心じゃ。つまり自力をつくし業をつくして、生きていけますという心じゃ。生きていなされ、どこまでも生きていなされ」。
ほんとうに死をこえることができるならば、その死からはじまる生のなかに、この身を托すことができるのでしょう。わたしは、よく思うのです。よく、これでは生きていけないといいますが、それは、死ねませんということなんでしょう。死んでも死にきれない心、死ねない心が生きられないというている。だから、ほんとうに死ねるならば、実は、生きられるにちがいない。
死生の大事を引き受けてくださるのはアミダ如来である。われわれが、そのすくいをはからうことは無用なのである。そういうような自覚から、ほんとうに自信ある生活が始まるのである。ですから、生きながら死んでおるのではありません。むしろ、ほんとうの生は、死の自覚から始まる。まるで生ける屍のような自分であるとめざめるところから、全く新しい人生が展開してくるのである、と、こういうことを教えるのが浄土の真宗であると了解いたします。
第一章の概観
さて、時間もだいぶ予定をオーバーしたようでありますから、はなはだ不充分なまとまりのない話で気がかりですが、最後に、簡単に第一章全体を概観して終ることにしたいと思います。
第一節は、あらゆる人びとが念仏することによってアミダの本願にすくわれてきたのである、また、すくわれていくのであると、すくいの法の歴史ということについて述べてあります。そのアミダのはたらきは、念仏もうさんと思いたつ心のおこるとき、すなわち、そのとき、わたしたしの人生のただ中に、わたしたちを生かす力としてはたらくのである、ということを明らかにしております。 次いで第二節には、そのようなアミダの絶対平等のすくいにめざめるということが肝要である。「というのは」と第三節にうけて、アミダの本願が悪人を正機とするものであることを明らかにします。そして第四節には、「しかれば本願を信ぜんには」と、信生活の内面の展開をのべてあるわけでありますが、つまりまず第一節は、アミダの本願とわたしたちの人生とがずっと直結していることがあらわされている。そして第二節には、人生の具体的なすがたを老少善悪とおさえながら、その根源にはアミダの本願があると示し、その本願が、われわれのなかには信心としてあたえられる。そういうことにめざめるのがなによりもまず肝要であるといいます。そして第三節には、人間の本質は罪悪が深く重く煩悩がさかんなところにあると明らかにしております。
そして第四節には「善もほしからず、悪もおそれなし」というのでありますから、これは一応第二節の善悪をうけるものであるといえましょうが、特に「悪もおそるべからず」というのは第三節と深いかかわりがある。ということは、第一章の善悪というものは、ただ相対的な関係にあるものではなくて、第三節で明らかにされるように、善悪の人生の根底をおさえて絶対悪というのであります。
すなわち、「悪もおそれなし」というのは生きているということそのことに、おそれのない生活それは、人生に開かれたアミダの本願の世界であるということを示すものであります。ですから本願を信ずるということをぬきにしては、善悪おそれなしなどということはできないのであります。
「本願を信ぜんには、他の善も愛にあらず」。
はじめの「信心を要とす」の要は肝要ということであり、いまの「要にあらず」は必要でない。いかなる善も必要としないということは、アミダの世界と、アミダの本願を信ずる信念とは直結しているということ、その間に介在するものはなにもないということであります。
善導の「二河の譬喩」をみますと、アミダは、わたしたちに向って「汝、一心正念にして直ちに来れ」と呼びかけているとありますが、それがいかなる善も必要としないということ。「直ちに来れ」という本願と、信は直結しているということであります。だから、この人生が、ただちにさとりであるということはできませんが、信はさとりと直結している、信の後足は、さとりの前足に直結していると、こういうことができると思うのであります。
また、「悪をもおそるべからず」。おそるにたらない。「すべて水火の難に堕せんことをおそれざれ、我(アミダ)よく汝(念仏する人)を護らん」。われわれは迷信邪教というものに、いつも戦々恐々としている。あるいは、理想主義によって未来に夢をみている。そういうふうなものに、もはやたよらない。いま、善とか悪とかいうものを川の流れにたとえるならば、アミダの世界はその川の流れている大地だ。善だとか悪だとかいうのがわれわれの生活だとするならば、そういう生活のささえられている大地。その流れをささえる大地は、現実には流れとなってはたらいている。
どん底という言葉がありますが、それは底の底ということ、根底ということ。この人間のどん底がなにかということ、そういうどん底がみつかれば人生はどうなるかということ、そういうことを明らかにしているのが歎異抄の第二章であります。そして、この短かい文章のなかに、親鸞の教えのすべてがいいつくされている。したがって、これは歎異抄のいちばんはじめにあるから大切だというだけでなくて、歎異抄でいおうとすることの総説である。そればかりでなくて、親鸞の教えというものの総説である。こういっていいと思うのであります。
では、これで一応、第一章を終りまして、来月から、第二章を拝読することにいたします。
(昭三九・七・二二)
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