歎異抄 第十七章
第一回目 平成2年6月27日講義
「歎異抄講読 異義篇3(巌松会)細川巌講述」より

※本講の原文に小見出しは有りませんでしたが、読者の便宜のため西岡が付けました。

 一、第十七章の位置づけ 二、辺地往生 三、報土往生 四、信罪福心が出発点である
  五、果遂の誓いが立てられている 六、成仏は一声の念仏で足りる

【第十七章】
一、辺地の往生を遂ぐる人つひには地獄に堕つべしといふこと。この条、何の証文に見え候ふぞや、学生たつる人の中に言ひ出さるることにて候ふなるこそあさましく候へ。経論正教をばいかやうに見做されて候ふらん。信心欠けたる行者は本願を疑ふによりて辺地に生じて疑の罪をつぐのひてのち報土の覚りを開くとこそ承り候へ、信心の行者すくなき故に化土に多く勧めいれられ候ふを「つひに虚しくなるべし」と候ふなるこそ、如来に虚妄を申しつけまいらせられ候ふなれ。

1.第十七章の位置づけ
 これまでと同じく、冒頭の「……ということ。」までを異義という。すなわち「辺地の往生を遂ぐる人、つひには(最後には)地獄に堕つべしといふこと」、これが間違いで異義である。「辺地堕地獄」の異義とでも呼ぶべきである。
 第十一章で取り上げられているのは「誓名別計」の異義である。誓名別計というのは「誓願不思議を信ずるか、名号不思議を信ずるか」と言い驚かすことで、いわゆる本願を信ずるのか、また名号を信ずるのかと言う。南無阿弥陀仏の名号で助かると信ずるのか。誓願を信ずることによって助かるというか。直訳すると、誓願を信ずるのか、名号を称えて助かるのか、どちらであるかということを言って、人々を言い驚かすという、南無の信もなく南無阿弥陀仏と念仏を喜んでいる人を驚かして、誓願、名号が別々のような考え方を持っておる。本願を信ずることが大事で、念仏申すという信念で助かるものではないということを言おうとしておる。
 第十二章はいわゆる「不学難生」の異義である。「経釈を読み学せざるともがら、往生不定の由のこと」、信心中心、信心第一で、誓願を信ずるというのが第二、そういうように句点を打って改まっておる。誓願を信ずることがすなわち南無阿弥陀仏であるから、その弥陀の本願を信ずる事と誓願を切り離すことはできない。であるのに、「本願について学ばなければ、経論釈の教えを学ばなければならず、それが出来ない人は、往生不定である」とか、「ただ念仏申しとるだけでは辺地に往生するのだ」というようなことを言って人々を驚かせていた。
 第十七章ではその辺地の往生は、遂には地獄に堕す、最後は堕地獄であると言う。本願を信ずるということを中心において、念仏だけの人は辺地往生で、真実報土の往生は難い、そして最後は地獄に堕ちるのだと言う。「名号だけだ、念仏だけだ、最後は本当の往生は出来ないんだ」と、念仏申している人を悪く言う。そこで「学生たつる人の中に言ひ出さるることにて候ふなるこそあさましく候へ」、そして、「如来に虚妄を申しつけまいらせられ候ふなれ」と言う。こういうことは大変な間違いであると説いたのが第十七章になっている。
 先ず、言葉の意味で現代的に考えると、どういうことを学ばねばならぬのか、そういうことを申し上げたいと思う。

2.辺地往生
 辺地の往生というのは、前の方にもあって、第十一章の終わり、二十三の五の終わりから七行目のところである。
この人は名号の不思議をまた信ぜざるなり。信ぜざれども辺地・懈慢・疑城・胎宮にも往生して果遂の願の故につひに報土に生ずるは名号不思議の力なり。
 辺地というのは、辺はかたほとり、辺鄙という言葉があって、中心から離れている所である。僻地ともいう。中央から離れたところである。そういう辺地の往生に相対するものはというと、いわゆる報土の往生、これが真実報土の往生、十八願の往生で、その他を「化土往生」と言う。十九願・二十願の世界を「辺地往生」とか、「疑城・胎宮」と言う。如来の大慈悲、その誓いのまんまん中に生きるのでなしに、離れている。そういうところを辺地という。この辺地というのは辺地・懈慢という。懈慢界という言葉もある。それが辺地を表しておる。「疑城」は疑いの城、「胎宮」は母親の胎内になぞらえて、まだ胎内から出て来ない、そういう状態。まだ花が開かないつぼみの状態を言っており、そういうのを「化土往生」という。
 大きな如来の浄土のかたほとり、それを「辺地」と言う。それは一つの殻の中に入った状態である。如来の浄土に生まれながら、一つの殻に入っておる。それを「辺地・懈慢」、「疑城・胎宮」と言うのであって、そこにもう一つ転回しなければならんものがある。その状態を「辺地」という。まん中を「報土」と言うのである。
 如来浄土というのは、どういう意味であるのかというと、そこに如来ましまし働きがなされておる場所である。どういう働きがなされておるかというと、如来の説法がなされておる、それを大会と申す。その大会の中で如来の説法を聞いておる。それを大会衆と言う。それを菩薩と言う。大会の衆、そして如来の説法を聞いておる、一生懸命になって聞いておる、また、この人たちは十方の世界に行って、いわゆる開化衆生、大会衆は自ら聞法し、人々のために、十方の国に働きかけて人々を仏法に誘う。この如来の前に、しっかりと教えを聞きながら、しかも人々のために働く、そういうような働きを持っておる。
 浄土というのはどういうところか。浄土は、第一に如来の前なる世界である。如来を前にして生きておる。その如来の説法を聞いておる。そして、そこにたくさんの友がある。それを僧伽(さんが)と言う。僧伽というのは、よき師、よき友、よき教えがある。いただいた教えによって結ばれた人たち、よき友があるわけである。それを菩薩と言う。如来と菩薩がある。そして、自利、利他。自利は自ら教えを聞き、いよいよ深く進展し、そして利他、他の人々への働きかけ、開化衆生、そういう働きをしておる。そういうところを浄土と言う。如来の浄土というのである。天国というのとまた違っている。仏法に説かれている浄土というのは、そういうところである。如来と友のまします世界である。よき師、よき友、よき教えという。よき師というのが如来である。よき友、それが菩薩、そして、よき教えを常に聞いておる。そういう所で、自利、利他、すなわち自利の方は聞法、利他の方は他への働きかけ、そういうようなものを持っているのである。これが浄土である。
 辺地の往生というのは何かというと、かねて申すように、我々は一つの殻の中に入っておる。大きな如来の世界の中におりながら、殻の中に入っておる。それを辺地と言う。どういう状態かというと、懈怠・驕慢である。疑いの城に閉じ込もり、まだ母の胎内の中に入っておるようなもので、本当に外に出て来ないのである。出て来ないから、如来の前なる生活でなくて、殻の中に入って如来を見ない。すなわち如来にお会いしない。従って、教えを聞かない。菩薩、よき友を見ないのである。如来を見ず、教えを聞かず、それを三宝に離れると言う。仏・法・僧の三宝に離れておる。
 せっかくよりよい世界へ出たのに、そういう殻に閉じ込もって閉鎖されておる。だから、自利、進展もせず、利他、他への働きかけを持たない。そういう状態を辺地の往生と言うのである。『大無量寿経』の終わりの方に、そのことを書いてある。これは疑城・胎宮であるが、辺地・懈慢も同じである。一の七十一の最後から見てみよう。
此の諸の衆生、彼の宮殿に生じ、壽五百歳、常に仏を見ず、経法を聞かず、菩薩・声聞・聖衆を見ず。
 「常に仏を見ず」、「経法を聞かず」、「菩薩・声聞・聖衆を見ず」、仏・法・僧の三宝に会わない。従って、自利、利他ということがない。それを言っておる。その世界はしかし、非常に立派な世界である。『大無量寿経』、一の七十二ページの一番最後の行を読んでみよう。
仏、弥勒に告げたまはく「例えば、転輪聖王(じょうおう)の別に七宝(しっぽう)の宮室(くしつ)有りて種々に荘厳し、牀帳(じょうちょう)を張設(ちょうせつ)し、諸の繒旛(ぞうはん)を懸けたらん。若し諸の小王子有りて罪を王に得ば、輒(すなわ)ち彼の宮中に内(い)れて繋(つな)ぐに金鎖(こんさ)を以てし、供給に飲食・衣服・牀褥(しょうのく)・華香・妓楽、転輪王の如く乏少(ぼうしょう)する所無けんが如し。意(こころ)に於いて云何(いか)ん、此の諸の王子、寧ろ彼のところを楽(ねが)はんや不や。」対(こた)へて曰く「不(いな)なり、但種々に方便し、諸の大力(だいりき)を求め、自ら免出するを欲せん。」仏、弥勒に告げたまはく「此の諸の衆生も亦復是の如し、仏智を疑惑するを以ての故に彼の宮殿に生ず。刑罰(ぎょうばつ)乃至一念の悪事有ること無く、但五百歳の中に於いて三宝を見ず、供養し諸の善本を修することを得ず…。」
 この辺地・懈慢、疑城・胎宮というのは粗末なところではなしに、如来の浄土を転輪聖王の宮殿にたとえるならば、その中もまったく同じである。そこの飾りも、音楽も、食べ物も何もかもみんな同じである。そのような宮殿である。そこに小王子が入れられる。そこは飲食・衣服・牀褥・華香・妓楽などは転輪王の如くである。しかし、ただ一つ、この中にいて縛られている。ここに繋がれている。「繋ぐに金鎖を以てす」、で、金の鎖に繋がれている。自由のきかない金の鎖に繋がれている。それを「辺地往生」という。繋がれているとはどういうことか、金の鎖とは何か。
 金鎖というのは黄金の鎖である。黄金は一番尊いものである。黄金は宝の中でも一番尊いもので、インドの人は首かざりとか、腕輪などに使っている。非常に立派な物、それは教えであり、南無阿弥陀仏である。それに縛られて自由でなくなっているのである。縛られているのである。教えが私を縛るものになっているのである。これを辺地の往生という。定善、よい心であらねばならない。散善、よい行いが出来なければならないと、教えに縛られているのである。それは一面非常にまじめな生き方で、教えの如く生きようとするのである。努力精進して教えの如く生きようとするのであるが、自己過信、如来無視である。如来から呼ばれ、招かれていることに気がついていないのである。
 長い間聞法しているが、夫婦で、親子でけんかをする。小さなことでけんかをする。長い間お育て頂きながらこんな小さな事でけんかをするとは、どういうことか。長い間仏法を聞いて来たのに何の甲斐もないではないかと落ちこんで行くのである。これではいけない、もっとしっかり聞法しなければならんという。反省し、やりなおしである。この人は真面目な人であるが、人間中心、自分の努力中心、人間の理性が中心になっている。如来の心、如来の本願は全く無視されている。そして教えに縛られている。これをまだ十九願、二十願の世界にいる人という。教えに縛られ、自己の可能性に縛られているのである。
 それでは十八願の人はどうか、悪いことはしないで、いつも正しい心でいるのか、そうではないのである。腹も立てけんかもするが、「こういう私ではいけない、もっと反省して」ではなくて、「これが本当の私、南無阿弥陀仏」、「他力の悲願はかくの如きのわれらがためなりけり、南無阿弥陀仏」と念仏になるのである。教えに背いている私、教えに縛られているのを「辺地往生」という。それを「疑城・胎宮」という。

3.報土往生
 それを越えて、我々が本当に、報土の往生、如来の前なる世界、そういう往生を遂げていくとはどういうことかというと、それはこれを目醒(めざ)めという。その目醒めが、懴悔である。これが本当の私、という懴悔であり、それが如来の心に立ち帰る。それを如来無視の世界から出る。それを「報土往生」というのである。ここは非常に微妙なところである。
 日本アルプスの山頂に、ある日雨が降ったとする。その雨の南側の方は太平洋にそのまま流れていく。ちょっと北の方に寄ってると、日本海に流れる。日本海と太平洋では大違いである。大きな差がある。
 これと同じことが起こる。誠に申し訳ない、本当にお恥ずかしい事が起こった時に、これではいけない、こうでなければならない、ああでなければならないというのか。これが本当の私、南無阿弥陀仏、他力の悲願はかくの如きの我らがためなりけりとなるのか。お粗末な事、あるいはお粗末な自己が見えた時に、他力の悲願はかくの如きのわれらが為なりけり、南無阿弥陀仏となる方は、十八願というのである。十八願の往生である。これではいけない、どうにかしなければという方を、二十願というのである。これを辺地と言うのである。何が起こっても南無阿弥陀仏になるのを「報土往生」と言うのである。
 ことは同じなのであるが、それをどう受けとめるか、そこが問題である、一方は自己中心的、人間の考え方である。理性中心になっておる。そして如来を考えないで、かくあるべきだ、かくあるべからずという所にとどまっておる。もう一方は如来の心に返ってくる。自己自身に目醒めて、自己に帰ってくる。片一方は繋がれておるという。もう一方は自由である。自由自在の天地におる。人間の考えに繋がれているのを、辺地の往生というのである。
 非常に大事なところである。もう一歩で自己中心の束縛を脱して、広い世界へ出る、そういう所まで来ておる。それを辺地往生というのである。辺地の往生は、仏智を疑う、如来無視の生き方である。すでに大きな浄土の中、浄土の世界に摂めとられている。それを大悲の働きという。それはそこに先ず迎えて、これを、転回せしめようがために摂めとられているのである。

4.信罪福心が出発点である
 『疑惑和讃』というのがある。十一の三十七、二九七首目からである。
【297】不了仏智のしるしには 如来の諸智を疑惑して 罪福信じ善本を たのめば辺地にとまるなり
【298】仏智の不思議をうたがいて 自力の称念このむゆえ 辺地・懈慢にとどまりて 仏恩報ずるこころなし
【299】罪福信ずる行者は 仏智の不思議をうたがいて 疑城・胎宮にとどまれば 三宝にはなれたてまつる
【300】仏智疑惑のつみにより 懈慢・辺地にとまるなり 疑惑のつみのふかきゆえ 年歳劫数をふるととく
 大体ずっと同じようになるが、次のページ、三十八ページの始め、三〇九首目からである、それらを読んでみよう。
【309】七宝の宮殿にむまれては 五百歳のとしをへて 三宝を見聞せざるゆえ 有情利益はさらになし
【311】罪福ふかく信じつつ 善本修習するひとは 疑心の善人なるゆえに 方便化土にとまるなり
 罪福信ずるとは、「信罪福心」と言う。人間理性の根本の考えというか、善をすれば福を得、罪を犯す、悪を行ずれば禍(わざわい)が来るということである。善と禍、福は幸福、悪は禍である。それを結び付けて考えるのである。そういう考え方、それを信罪福心というのである。善いことをすれば、善い報いがある。悪いことをすれば、悪い報いがある。それが人間理性の考えである。みんなこれを持っているわけである。悪いことをしたら、悪いことがある。善いことをしたら、善い報いがあるということは、小さな子でも考える。年寄りに至るまで、みんなそう思っているわけである。幼育園でも、そういうようなのは子どもでも非常によく分かるのである。そこで善いことをしなきゃいけない、悪いことすると、必ず、地獄に堕ちるとか、善いことしたら神様から褒めてもらえるとかいう、そういう話はよく分かる。それは倫理的な考えである。倫理・道徳というものの根本である。そういうとこから生まれてくるわけである。
 神様や仏様は、あなたの善いことも、悪いこともみんなご覧になっておるというのは、本当によく分かる。それはそれでよさそうに思われるが、そうでない。倫理道徳の根本になる考え方であって、大事なことであるが、それを「疑い」と言うのである。「仏智疑惑」と言う。
 善いことをする者が助かって幸せになり、悪いことをする者が悪い報いを受けるだけであるならば、結局人間という者は一人として救われないだろう。何故かというと、善いことをするようであるけれども、その心根ということになると、心の根っこはみんな自己中心であって、結局、自分の方に算盤(そろばん)を入れて、善いことをして、善い報いを得たいという心で善いことをやるわけである。この善の心根というものは、非常に不純であるといわねばならない。そういうことを考えに入れると、そういうのは偽善と言わねばならん。善いことをやろうということも、結局、自分の算盤勘定が入っているわけであって、本当の善というものではない。真実の善というものではなかろう。
 それは、偽善というものであって、形を整えているだけである。そこで、本当の善、真の善、そういうようなものは、人間には本当は不可能ではないか。また、悪をやめる、これを「廃悪」と言う。「廃悪修善」と言うのである。廃悪修善ということは、人間の実際の生活で大事なことでありながら、これを徹底してやることが人間にできない。人間には、この徹底的な行動が実際上は非常に困難である。そこに廃悪修善だけを言うのであれば、人間はみんな合格者になれない。
 食べていくには、何らかの意味で、命あるものの命を取らなければならぬ。また、いろいろと恩を受けているのに、その恩に報いるということができない。それだから、せっかく、廃悪修善をやろうとしても、自己中心で終わっていくわけである。そのような廃悪修善を徹底する力を持たず、また恩を感ずる力を持たず、恩を知らずである。これを「五逆」と言う。
 自分が本当にお世話になっておるのに、そのものに逆らっておって、恩を知らず、反逆し、如来を知らず、これを「謗法」と言う。そして、また、サンスクリットの音写で「闡提(せんだい)」と言う。古いインド語で、こういう漢字をあてはめているけれど、この漢字に意味はない。自己中心に終わって、「断善根」と言う、善い事をやろうという本当の意志を持たない。心根が腐っておる。そういう者を助けていこうとする、そういう、存在に対する痛み、悲しみである。そして、到底これでは人間存在としてお粗末な限りであり、自分も助けられずに、人も助ける機会がない。そういう者を助けようというところに如来の大悲がある。
 先ず罪福信ずる心、これを出発点として、そこに善、善を行い、悪をやめようという教え、これを十九願と言う。念仏申そうは、二十願である。そういう教えを説かれた、そこに如来の大悲がある。
 そういう心は、人間の自己中心的な心であるけれども、そこを出発点として、そういう教えを立てて、まず、化土に往生する、先ず、化土往生、辺地往生を遂げさせるという、そこが大悲の願というのである。物事というのは、一度に、始めから頂点に達するというわけにはいかない。やはり、途中ある段階まで持ってきて、そして次に、それを更に進展せしめるというのである。そういう教えが十九願・二十願である。そして、それを転回せしめて、更に十八願の世界に出そうとするのである。
 『末燈鈔』は親鸞聖人のお手紙である。二十一の四の二行目、
仏恩の深きことは懈慢辺地に往生し、疑城胎宮に往生するだにも弥陀の御誓のなかに、第十九・第二十の願の御あわれみにてこそ、不可思議のたのしみに遇うことにて候へ、仏恩の深きことこそ其の際もなし。
 弥陀の御恩の深いことは、先ず、懈慢辺地往生である。あるいは疑城胎宮に往生するさえも、それも弥陀の御誓の中で、第十九・二十の願の御あわれみにて、そのように、先ず辺地の往生として迎えとってくださるのである。そういうような御方便がある。
 和讃をいただくと、『大経和讃』である。十一の十八、六十一首目、
【61】至心・発願・欲生と 十方衆生を方便し 衆善の仮門をひらきてぞ 現其人前と願じける
 十九願の意である。化土往生である。誠こめて行を修し、願を起こすのである。そして、善を行い、悪をやめて、浄土に生まれようという、そういうのを善行方便というのである。衆善、すなわち、もろもろの善、衆善の仮門を開いて、一人その願を発して、その行を実践して、善いことをやっていったら、その人は死ぬときに必ず、お迎えに行こうと願われた、亡くなる時にはその人の前に、必ず現れると誓ってくださったのである。それを「現其人前」と言う。それを、次の和讃では「臨終現前」と言うのである。
【62】臨終現前の願により 釈迦は諸善をことごとく 観経一部にあらわして 定散諸機をすすめけり
【63】諸善万行ことごとく 至心発願せるゆえに 往生浄土の方便の  善とならぬはなかりけり
 先ず、罪福信ずる、それが大事、そういう心をみんな持っているから、そこを出発点として、がんばっていこう。先ず、仏法の世界は「至心発願」、これが大事、いわゆる資糧位である。資糧位は、まず、元手を集める、糧を集める。聞いて、考える。そして、実行する。聞思修という。何を実行するのか。普通、五種正行という。読誦、読むこと、聞くことである。次に観察、考えること、礼拝、お礼をすること、そして、称名念仏すること、讃嘆供養する、供養は如来、仏様の前にお花をいけ、お香をたき、そして、お供えをあげて、讃嘆供養。読誦、観察、礼拝、称名、讃嘆供養である。五種正行、これを実行していくのである。そういうところから始める。これを至心発願という。それを十九願というのである。これを臨終現前の願とも言う。二十願とよく似ておる。
 そういう願を建ててくださった。それは人間の信罪福心である、善いことをやれば必ず善い報いがあるというのである。そういう心を応用して、発された人間中心の願である。本当の如来の御心が届いたのではない。人間の心が出発点になっている。人間の心から出てきておる。この世界を辺地往生という。辺地往生ということは、如来の心を知らず、自分自身を知らず、高あがりをした、懈怠・驕慢の心に立っている。どんな事でも出来ると思っておるが、実際は、いわゆる後ずさりして、行きつ戻りつ、行ったり来たりして、資糧位、加行位で一生を終わる。本当の通達位というものにはなかなか出ない。

5.果遂の誓いが立てられている
 通達位というのは信心をいう。その信心にはならなかったけれども、そういう人をも、いわゆる化土に迎えて、これを仏としようという。十一の十八である。終わりから三首目、
【66】定散自力の称名は 果遂(かすい)のちかいに帰してこそ をしえざれども自然(じねん)に 真如の門に転入する
 二十願というのは、ここまで来た人、即ち念仏申すというところまで来た人は、必ず、浄土に往生せしめて、通達位、信心の世界に出さずにはおかないという、そういう願いがあって、これを果遂の願と言う。ここまで来たら、「必ずそれを本当の世界に転回せしめずんば止まず」、そうしなければ私は仏にならないと言う、それを「果遂の誓い」と申す。そこで、教えざれども自然に、真如の門に転入する、教えざれども自然に、報土の世界、いわゆる真実信の世界である。資糧位、加行位と、一生懸命に努力し、聞法してきた人は、如来の大悲によって辺地の往生、浄土のかたほとりにまで進んで行くことが出来るのである。けれども、そこに大きな願いがかけられておる。「教えざれども自然に、果遂の誓いに帰してこそ、真如の門に転入する」のである。
 真如の門に転入するとは何か、それは本願、『大無量寿経』を見ると、一の七十三始めから六行目の下、
仏、弥勒に告げたまはく、「此の諸の衆生も亦復是の如し。仏智を疑惑するを以ての故に彼の宮殿に生ず。刑罰(ぎょうばつ)乃至一念の悪事有ること無く、但五百歳の中に於いて三宝を見ず、供養し諸の善本を修することを得ず、此を以て苦と為し、余の楽有りと雖も猶彼のところを楽(ねが)はず、若し此の衆生、其の本罪を識り、深く自ら悔責(けしゃく)し、彼のところを離れんと求むれば、即ち意の如く無量寿仏の所に往詣(おうげい)し、恭敬供養することを得。
 ここまで来た人は、「識其本罪」、其の本罪を識る。この「識る」とは深く認識する事である。其の本罪を認識し、「深自悔責」、深く自ら悔責、悔いて責める、懴悔することをいう。其の本罪を識るということが、自己中心の世界を作っていた者が、如来の浄土に入っていくこと、そういう一つの執われを持っておったのであるが、果遂の誓いに帰してこそ、如来の誓いというものに、遂に帰入していく、教えざれども自然に、真如の門に転入さして頂くのである。本罪とは何か。転入とは深く其の本罪を識る、本当の罪、根本の罪、自分ががんばって、がんばって、がんばってやっていこうというところに、其の本罪がある。それは自己過信で、自己肯定、自分は出来るとばっかり思っておった、その自己肯定、自分の力を肯定していたことが、如来無視、如来を無視して自分でやろうとばっかり考えておった。その如来無視、その根本を、其の本罪と言うのである。
 それを深く自ら悔責し、五逆・誹謗正法の自己に目がさめるのである。如来無視、その内容を五逆・誹謗正法という。そういうことに本当に気がつく。それが、彼らの転回するところである。転回は、転入の契機、即ちきっかけというのは、どういうきっかけか、それは、現実との出遇いである、現実との出遇いというのは、現前の事実との出遇いである、あるいは病気、あるいは苦労である、悲劇その他いろいろな現実に会うと、深く自己自身に返ってくるということがある。そういう病気とか、苦労とか、悲劇とか、子供が死んだとか、いろいろな現実に会うと、人間の分際というか、いわゆる思い上がっていたということが分かってくる。また、私の心、自分自身というものは、歎異抄の第九章で言えば、「念仏申し候へども踊躍歓喜の心おろそか」と言う。私の心の内容、聞いても聞いても教えに書いてあるようにはいかない、そのような自分の現実、現実と出遇うのである。
 また、もう一つは教えとの出遇いである。ある時、本当に教えが分かるということがある。我々は普通は、一年生から二年生、二年生から三年生というように、だんだん上に上がって行くようによく思うが、実はそういうものでなく、ある時に何かぱっと開くというか、分かる時があるのだ。そういう、「教えざれども自然に」と言うのは、如来のお心が、思わぬ時に届いて、教えの心が本当によく分かるということがある。ま、そういうようなものである。「教えざれども自然にと」言う。いろんな人がそういうことについては、いろいろな体験というか、そういうようなものを持つわけである。親鸞聖人はやはり、二十九歳である。法然上人にお会いになった時に大きな転回があった。もうそれは、深い信心の世界に出ると、更に深く、更に深くとはどういうことかと、更に深く分かる。その自分の罪というのが更に深く分かってくる。そして更に転回するということがある。
 そういうのを「信力増上」と言う。今こちらの方は二十願から十八願への転回である。信力増上というのは、十八願から更に深く十八願に転回していく。まあ、大体似通ったとこがある。どこが似通ってのるかというと、この「識其本罪、深自悔責」、深く自ら悔責する、其の本罪を深く識って、そして懴悔していく、こういうことが起こってくる。親鸞聖人は二十九歳で法然上人に遇うて深く転回された。更に三十五歳に越後に流されなすった。また、晩年八十四歳、善鸞を義絶された。その時に大きな転回をなさった。教えと本当に出遇われたということである。まあ、大なり小なり、みんなそういう経験をだんだんとしていくわけである。ならば、「教えざれども」というのは、誰かが教えたわけではないが、自然に、願力自然、如来の願力によって、果遂の誓いが届いて、転入していくのである。それは必ず、其の本罪を識る。そして深く自ら悔責する、懴悔する、そういうものが大事な転回である。
 先ず辺地の往生、そういうものを遂げて、そして次にそれを更に転回せしめるという、こういうような順序になっているのである。そのことをもう一度本文に返ってみると、『歎異抄』第十七章「辺地の往生」である。
辺地の往生を遂ぐる人つひには地獄に堕つべしといふこと、この条、何の証文に見え候ふぞや、学生たつる人の中に言ひ出さるることにて候ふなるこそあさましく候へ。経論正教をばいかやうに見倣されて候ふらん。
 先ず「辺地の往生つひには地獄に堕つ」という、これはもう間違いの中の間違いである。それが異義である。この条何の証文に見え候ふぞや、どのような証文の中に書いてあるのであるのか、そういうことがあるはずがない。そこは、辺地の往生というのは、深い深い大悲なのである。如来大悲の働きであって、そこに先ず往生せしめて、そして更に真実の世界に転回せしめようという、如来のお心で生まれたものである。それを「この条何の証文に見え候ふぞや」学生立つる人の申すに、すなわち、いわゆる経論、正教を学んで、学問というものをもって身を立てる、そういう仏教の勉強をしておられる人の中から、そういうことを言い出されて、いわゆる念仏だけの者は、先ず辺地に堕ちると言い、それからとうとう地獄に行くんじゃとこう言う。そういうようなことを言われるのはまったく間違っておる。それを特に経論を聞き開くとか、そういうことを力説する人の中から言い出されているというのは、本当に残念なことであり、悲しいことである。そういうことが書いてあるはずがない。そういうことを言っておる。

6.成仏は一声の念仏で足りる
 「経論正教をばいかように見做されて候ふらん」と、こういうようになっておる。信心を大事にする人は、誓願を聞き開いて経論を読む。それが大事と言って、念仏だけの人を非常にさげすんでいる。そして、今は念仏だけでは辺地に堕ちると言うが、いかように経論正教を読んでおられるのか。『教行信証』行巻、十二の三十六の三行目、
此の六種の功徳に依りて、信和尚の云く。一つには念ずべし、一たび南無仏を称すれば皆已に仏道を成ず、故に我無上功徳田を帰命し礼したてまつる。
 経論正教とは、ここでは源信和尚の『往生要集』を指している。往生要集は、往生浄土の肝心要めのところは念仏であるということを言っておる。一つには念ずべし。これは念仏である。「一称南無仏皆已成仏道」、一たび南無仏を称すれば皆已に仏道を成ず。聖人は一称の南無仏で、南無仏とは南無阿弥陀仏である。ただ、一声の南無阿弥陀仏によって、どのような人が称えようとも、皆已に仏道を成ずるのである。一称の南無阿弥陀仏が皆已に成仏道なり。まあ、そういうような見方をしていられる。一称の南無仏で、如来の本願が本当に届いて、鯉のぼりの口から風が入って来た、そこに南無阿弥陀仏が至り届いて、そこに南無阿弥陀仏となって出て行ってくださる。そこに「仏道を成ず」、あるいは「成仏の道」が展開してくるのである。念仏だけである者は、辺地の往生で地獄に堕ちるなどということは、「経論正教をばいかように見做されて候ふらん」という。
 これは『法華経』方便品の言葉である。浄土のお経ではない法華経である。法華経の中に、そういうことが説かれているのであって、念仏申すということの功徳というのか、働きというものを非常にはっきりと述べられておる。そこに仏道成就であると言われておるのを、どのように見られておられるのであるか、誠に情けないことである。こう言っておる。大切な言葉である。「一称南無仏皆已成仏道」、南無阿弥陀仏ということが、人間の上に成じたとき、仏道成就があるのだ。仏となる道が成就するのである。そういうことを言われている。

 今日は、十七章に入って、そのアウトラインを申したことになる。
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