5 第八・九・十章
 歎異抄の世界 (伊東慧明著)

   
  目  次  
 1 序・第一章  
 2 第二章  
 3 第三・四・五章  
 4 第六・七章  
 5 第八・九・十章  
 まえがき  
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  二 第九章の一  
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一 第十章 「自然法爾」


     講 話 「自 然 法 爾」

師訓最後のことば
 ずいぶん長い間、ご無沙汰いたしました。この前の会が十一月三日で、次の十二月は予定をしながら、どうしても来れなくなったものですから、松原祐善先生に代っていただいた、というようなわけでありました。そして、一月も休会にしましたので、今日は三か月ぶり――、といっても、ほぼ四か月に近い月日がたったことになります。
 考えてみますと、この間には、まったくいろんなことがありました。けれども、いつものように松阪からバスにゆられて、こうして身を運んでまいりますと、この前の会との距離がだんだんなくなっていきまして、四か月の間にあった出来事も、なにか遠くのことのようにも感じられます。こうして、みなさんの前に立っておりますと、まったく、ひとときの内に包まれた「とき」というものが、ずいぶん長くも感じられますし、また、長い月日も夢のようである、とも思うことであります。
 このところ、京都では、学校の仕事に追われておりまして、文字どおり昼夜の別もないような暮らしをしております。それで、松井君から「こんどの会は、いつにしていただけますか」と、なんどもいわれながら、まったく予定が立てられない状態が続いていますので、今日まで引きのばしてきたわけですが、そうしておりながら、いつも「こんなことをしていてはダメになる、仕事に埋没してしまってダメになる」と思っておりました。それで、ともかく「二月二十六日」と約束をしてしまいまして、その日が来たから、というので今日は、なんの準備もできないままにただ体だけここへやってきた、というようなわけであります。
 さて、それで歎異抄ですが、今日は、第十章――、前半の師訓(しくん)十章の最後のところであります。これは、ごく短かい簡潔なことばでありまして、
 「念仏には、無義をもって義とする。不可称不可説不可思議のゆえに、とおおせそうらいき」とあります。
 これは「念仏においては、わたしたち人間のはからいがない、ということをもって本義とする。念仏の意義は、とのようなものであるか、(はか)ることもできないし、説きつくすこともできないし考えることもできないからである、と聖人はおっしゃった」というのですが、これを拝読するのに「自然法爾(じねんほうに)」という題を出したのであります。それで、今日は、このことを念頭におきまして思い浮ぶままに感話を申上げて、お聞きいただくことにしよう、と、このように考えております。

明日のことはわからない
 ところで、わたしたちは、よく「人生、明日のことはわからぬ」といいます。これは、日常、なにげなくつかうことばですが、こういうことばには、先輩たちの貴重な生活体験がこもっている、といわねばなりません。もっとも、それでは「明日のことは、まったくわからぬのか」というような問題を出しますと、話が面倒になってきますが、それにしても「自分には、自分の明日がわからない」。だから、わたしたちは、明日のわかるような自分でありたい、未来を信じられるような自分になりたい、と願うわけであります。
 この「明日のことはわからない」ということは、ことばをかえて申しますと、「人生の事実いうものは、自分の思いをこえて与えられる」ということ。それをまた「人生は、自分の思うようにはならぬ」ともいうのであります。今日の自分と昨日の自分とを比べてみますと、わたしたちは昨日の自分では、まったく思いもしなかったようなことに出会っている。「だから、人生はオモシロいんだ」という人もあるでしょうし、そこに、どうしようもない人生の苦しみを味わっている、という人もあることでありましょう。
 もう、みなさんもご承知のように、この前の会の直後、十一月の中旬から、わたしは、大谷大学の学監と事務局長を兼務せねばならぬことになりました。それで、いまでは、管理職の一人として、経営層の一人として、大学の事務を担当しているわけであります。目下のところ、そのことにかかりはてておりまして、毎日、夜中の十二時より早く学校を出るということはない。というようなわけで、四苦八苦しているのですが、まあ、そういう話は、会が終ってから、座敷にもどって申上げることにいたしましょう。

問題は、やれるかやれないかではない
 その、学監・事務局長という職を、お引き受けするか、どうか、いよいよ決めなければならなくなったときのことであります。これは、自分がいつも思っていることですし、また、ここでも、なんどかお話したことでもありますが、まず念頭に浮んだのは、その職が勤まるか勤まらないかが問題ではない、ということでありました。ちょっと聞けば、無責任なことのように思われるかもしれませんが、問題は、「やれるか、やれないか」ではない。そういうことを判断の基準にしたのでは、ダメであって、要するに、「やらねばならぬこと」と「やりたいこと」が、どこまではっきりしているのか、ということであります。
 どんなことにしましても、自分のすることにつきまして、もし「やれる」と思うなら、それは思い上りというものでありましょう。そして「やれない」というのは劣等感であります。そしてそれは、どちらも「慢心」であることにかわりはない。その、やれるとかやれないなどという気持ちは、そのときどきの縁によって変わるものである。あるときには、「オレにだってやれそうだ」と思うだろうし、また、困難な状況にぶつかると「ダメかも知れぬ」と考えるだろう。だから、そんなアイマイなものに、人生の道を選ぶときの基準があるはずはない。
 ところが、わたしたちにとっては、やりたいことと、やらねばならぬことが、しばしば矛盾して一つにならない。そこに悩みがある。その二つが、いつも一つであろうとしながら、一つになり切れない。こういう矛盾をかかえているところに、人生の具体的なすがたがある。けれども、それは本来、一つのものなのではなかろうか。というのは、この、生きている事実に分裂はないのだから、二つが矛盾したりなどするはずはないのであろう。
 にもかかわらず、この人生を、あれこれ考えるというと、矛盾する二つがあらわになってくるしそこで、われわれは、この矛盾葛藤というものが、ほんとうに一つになることを願って、生きるのである。二つに考えられることが、一つになることを求めて生きるのである。そういう生き方を、宗教生活というのである。なにか、やりたいことといえば、恣意(しい)的なことのようであるけれども、ほんとうにやりたいことは、本来やることと一つであるはずである、と。

業をつくさせていただく
 そのように考えながら、また、仕事というものは「――のために」するものであってはならぬ、ということを思い出しておりました。みなさんも「ひとつ、町のために」とか「社会のために」といって、仕事をたのまれた経験をもっておられることでしょう。また、これからだって、そういうことにはいくらも出会う。たしかに、その「ために」という気持ちは、わたしたちの利己的な気持ちを、いくらかでも少なくするというか、そういう気持ちをおさえるのに効用がありますし、また、その「ために」という気持ちが、ガンバって仕事に耐えさせもするわけですが、けれどもまた、そのなかにひそんでいる自己犠牲の気持ちが、自分の足をひっぱる。ことばをかえていえば、「ために」という気持ちでガンバればガンバるほど、利己的な自分のすがたがあらわになってくる。だから、わたしたちは、なにかの「ために」するのではなくて、この業縁に生きることにおいて、わたしはわたしの業をつくすのである、分をつくすのである、と、こういうべきでありましょう。
 わたしは、この「業をつくす」ということばが好きで、よく用いるのですが、しかしここには、なにかもう一つガンバりがあるようで、そういいながら、いささか落ち着かぬものがあるのを感じていました。ところが、最近では、この業をつくすということは、「業をつくさせていただくことである」、というように領解することができるようになった。「させていただく」と、こういうふうにいうことができて、はじめて「業をつくす、分をつくす」ということも、なにか落ち着いた心境となる、と、このように思っているのであります。

「義なきを義とす」ということ
 さて、それで第十章でありますが、さきほども読みましたように、「念仏には無義――、義なきをもって、義とす」と。一般に「義」というものは、意義とか理由とか道理ということですが、ここでは「はからい」ということ。つまり人間の智慧、人間の分別でもって、あれこれはからうことであります。
 これについて、親鸞聖人は、関東の同朋にあてた手紙(末燈鈔)のなかで「行者のはからいは自力(じりき)なれば義という」と書いておりますが、これによってわかりますように「無義」というのは行者のはからいがないこと、自力のはからいがないこと。したがって、他力の念仏は、そういうような「はからいがないことをもって、本義とする」と。
 つまり、はじめの義は人間のはからいである。それにたいして、あとの義はブッダのはからいアミダのはからいである。煩悩具足の凡夫がすくわれるのは、まったくアミダのはからいによるのであって、行者のはからいではないと、このように「無義」の方の義は、人間の智慧のはからいである。そして「義とす」の方は、如来の智慧である、というのであります。
 親鸞は、この「義なきを義とす」ということばを、非常に大切にされたのでありまして、特に晩年の手紙(未燈鈔)のなかには、このことばが、なんども出てきております。そのなかの一通をみますと、今日のテーマになっております「自然法爾のこと」という一文がありますが、そこには、このことばの意味が、くわしくていねいに解釈してあります。それを読んでみますと、
  自然というは、「自」は「おのずから」という、行者のはからいにあらず。「(ねん)」というは「しからしむ」ということばなり。「しからしむ」というは、行者のはからいにあらず、如来の(ちかい)にてあるがゆえに、「法爾」という。「法爾」というは、如来の御誓(おんちかい)なるがゆえに然らしむるを、「法爾」というなり……。
 こういうふうに解釈をしてありますが、この自然法爾を逆にして、法爾自然ともいう。そしてこの上と下の字を合せるは「法-然」、つまり、法然上人の名前になるわけであります。

法爾の道理
 この「自然」ということについては、すでに第六章にも「自然の理にあいかなわば、仏恩をも知り、師の恩をも知るべきなり」とありましたが、「自然」とは「おのずから、しからしむ」、「もとより、しからしむ」ということ。「法爾」もまた「ものみなしかり」ということ。ですが、このようにいえば、なにか、ずいぶんむつかしいことのように聞えるかも知れません。けれども、法然上人のいわれるように、
 「法爾の道理といえることあり。(ほのお)は高きにのぼり、水はくだりさまに流る、菓子に甘きあり、酸きあり。これを、法爾の道理という」
で、きわめて単純にして明快な道理、これが法爾自然であります。
 この道理ということにつきまして、仏教では、四種の道理がある、と教えております。まず第一は、観待(かんたい)道理――。これは、男があれば女がある、山があれば川がある、長いものがあれば短いものがある、というような、相対の道理。それから第二には、作用(さよう)道理――。火はものを焼き水はものをうるおす、というような、もののはたらきについての道理。
 第三は、証成(しょうじょう)の道理――。たとえば、煙がみえるから、そこには火があるにちがいない、というわけで、ものを確認するしかたについての道理。そして、第四が、法爾(ほうに)の道理――。あるいは、自然の道理、法然上の道理といわれるもので、さきほどのことばのように、「(ほのお)は高きにのぼり、水はくだりさまに流る」ということ。つまり、ただリクツぬきに「そうだ」とうなずくほかないところの道理。
 もっとも、焔は高きにのぼる、なぜか。それは空気より軽いからだ、と答えることもできますが、では、なぜ空気より軽いか――、では、なぜ――、という調子で問うていけば、結局どうなるか。また、菓子は甘い、なぜか。砂糖が入っているからだ。では、なぜ砂糖は甘いか――、と。砂糖をいろいろ分折して、たとえば、くわしく化学方程式で説明しても、「甘さ」そのものは出てこない。だから、このように「焔は高きにのぼり、水は低きに流る」という道理は、ただ「うなずく」ことによってのみ知ることのできる事実というものである、といわねばならない。

不可称・不可説・不可思議
 これについて、歎異抄の第十二章をみますと、
 「他力真実のむねをあかせるもろもろの聖教(しょうぎょう)は、本願を信じ、念仏をもうさば、仏になる。このほか、なにの学問かは往生の要なるべきや」
とあります。
 「本願を信じ、念仏をもうさば、仏になる」ということは、「法爾の道理である」と知るべきである。そして、もしそれを知ったならば、それ以外の学問は、ブッダになるという、この人生の究極目的を実現するためには、「要にあらず」である。他の一切の学問は、この道理を知るためにある。この道理にめざめるならば、他の学問は要ではない、と。
 「本願を信じ、念仏をもうさば、仏になる、それは、どうしてか、と問うならば、では「なぜ焔は高きにのぼるのか」と問うてみよう。それは、自然の道理として、そうである、といわねばならない。だから、そういう事実にたいしては、言亡(ごんもう)慮絶(りょぜつ)――、ことばを失う、考えも間に合わない。が、では、なにもないのかというと、そうではない。たしかにある、うなずけば事実としてある。それで「不可称、不可説、不可思議」という。それは「どのようなものであるか、(はか)ることもできないし、説きつくすこともできないし、考えることもできない」と。

一水四見の譬え
 さきほども申しましたように、この「念仏には、義なきをもって義とす」ということばでもって、われわれ人間のはからい、分別のはからいは、いったいどういうものであるか、ということを教えられるのでありますが、この「おもい」とか「はからい」とか「分別」というものは、そのときそのときの条件次第で、クルクル変わっていくものであります。
 それは、たとい対象が同じ一つのものであっても、見る方の境遇が変わるというと、その見方がちがってくる。見方がちがうものだから、見られるものまでちがってくる。たとえば、悲しいことに出合うというと、月までが涙で曇って見える。「今夜の月は、泣いている」と。そうかと思えば、楽しいときには、月まで笑って見える。このように、同じ一つの月が、泣いたり笑ったりして見える、というようなことがあります。
 こういうことを仏教では、「一水四見(いっすいしけん)」の譬えでもって説明をします。つまり、一つの水が、その生き方、その境遇によって、四とおりにも見られる、というのであります。水は、われわれ人間にとっては、文字どおり水である、が、菩薩は、これを瑠璃(るり)の大地と見る、魚は、住家と見る。そして、餓鬼は、この水でもって咽喉(のど)を焼く、つまり火と見る。といいましても、水で咽喉を焼くなどとは信じられない――、水は咽喉をうるおすものではないか――、と思われるかも知れません。が、こういう譬喩でもって、餓鬼という在り方、生き方を教えるわけであります。
 餓鬼というのは、いつもガツガツしているもの。いつも、なにか、たりないものがあって、満足するということがないもの。これが餓鬼でありますが、なにかがたりないからといって、無財だけが餓鬼ではない。欲望には、着ぶくれ現象というのがありまして、あってもあっても、まだたりない、というようなわけで、有財の餓鬼もあるのであります。
 ともかく、このように、同じ水でも、いろいろに見られる。カンバツで困って、雨乞いをしている人があるかと思えば、洪水にあって、水をのろっている人もある。水がなければ生きてはおれないけれども、また、ありすぎても生きておれない。それで、あるとかないとか、多いとか少いとか、と、縁にしたがって、一喜一憂する。
 つまり、人間というものは、ああでもあろうか、こうでもあろうかと、いろんなことに出会うたびに、いろんなことをおもいえがいていくのでありますが、この人生は、おもったようにやってくるとはかぎりません。だから、そこでまた、妄念・妄想をえがいていく。おもいのままにならぬ人生をおもって、次から次へと、妄念・妄想を重ねていく。

業緑存在は割り切ることができない
 ところが、これにたいして、「おもいをつくす」ということがあります。分別の行きつくところまで、分別をつくす。これを「はからいをすてる」といってもいいのですが、ただいたずらに、おもいに引きずり廻されるのではなしに、はからいをはなれて、この人生のありのままに帰る。そうして、その帰ったところを出発点として、新しく歩み出す。人生には、そういう生き方がある。というよりも、そういう生き方こそ、実は、ほんとうの生き方である、と、このように教えているのが歎異抄である、と思うのであります。
 とかく人間の分別というものは、人生を割り切っていこうとするものであります。けれども、人生とは、業縁を生きることでありますから、これは、なかなか割り切れるものではない。つまり、業縁の存在は、割り切ることのできない存在である。だから、この人生は、割り切ってしまおうとすればするほど、割り切れないということが、いよいよはっきりしてくる。はっきりしてきて、遂に「割り切れない」と決着するところに聞ける道――、それが、割り切れないと知りながら、いのちのあるかぎり割っていく、という生き方であります。ことばをかえて申しますと、この業縁の人生、宿業の人生そのままが、すなわち業道(ごうどう)である、ということにめざめた生き方で ご承知のように、「業道(ごうどう)自然(じねん)」ということばがありますが、これは、ただ迷っている、流転している、ということではないのでありましょう。そうではなくて、このようにいえるところには、さとりの智慧がはたらいているにちがいない。この、どうにもならない人生が、智慧の光にてらされて、はじめて、この人生そのままを、業道と受けとることができるのである。この人生を、業道自然といいあらわすことができるのである、と、このように思うのであります。

危機感が念仏をもうす
 業道自然ということで思い出しますのは、あの、山伏弁円(べんねん)の話であります。これは、前にも申したことですが、親鸞聖人を殺してやろうというので、山伏の弁円が押しかけていったときのこと――。そのとき、
 「聖人、左右(さう)なく()であいたまいけり」。
覚如の書いた伝記(親鸞伝絵)をみますと、そのときの様子を、このように描写してありますが、この「左右なく出であいたまいけり」とある世界は、まったくスバラしい。
 いうまでもなく弁円は、親鸞を殺すつもりで来たのですから、刀を抜いたかどうかはともかくとして、最初、弁円に出会ったとき、親鸞は、おそろしいと感じなかったはずはない。「殺すゾ」と(やいば)をつきつけられて、おそろしいともなんとも感じない、というようなことは、人間なら、ないはずです。が、その危機の状況に身をおいて親鸞は、念仏をもうしている。と、その、もうす念仏には「左右」の別はない。つまり、そこで弁円は、「左右」の別のない念仏に出会った。親鸞のもうす念仏に包まれて、たちどころに弁円の害心は消えた、と。
 すこしリクツっぽくなるようですが、もう一度もうしますと、弁円には、害心をおこさずにはおれないような、悪業がある。それを迎えた親鸞には、害心をもってやって来た弁円を前にして危機感がある。そして、その危機感に念仏がもうされている。と、その、親鸞のもうす念仏が、弁円を包む。そのとき、弁円の害心は消えて、たちどころに二人は、同朋として、同行として結ばれる。

「みな友である」同朋世界
 ここで弁円は、殺人をもしかねないような宿業をさらけ出したのでありますが、その、殺さねばならぬ、殺されねばならぬという人生――、つまり、その業緑を場としてもうされる念仏に包まれて、親鸞と弁円の間には、一つの同朋世界が実現している。「みな友である」という念仏の世界が、眼前の、足下の事実として開かれている。このことから、はっきりわかりますように、業緑の人生が、念仏のはたらきによって、業道として受け上られる。そして、この業道は、念仏のはたらきによって、転じて、アミダの世界、すなわち浄上の道となる。
 このことを明らかにするために、「業道自然」と「願力自然」と「無為自然」ということばがつかわれます。といいますと、なにか、むつかしいことばのようですが、いまお話したことで、もうおわかりのことでしょう。業道自然とは、この人生のこと。願力自然とは、アミダの本願の力。そして、無為自然というのは、アミダの浄土であります。
 そうして、この人生のことは、清沢満之先生がおっしゃるように、「なにが善だやら、なにが悪だやら、なにが幸福だやら、なにが不幸だやら」、あれこれ考えはするものの、究極のところ、根本のところとなると、サッパリわからない。自分のはからいは、まったく間に合わない。という意味で、業道自然は、自力無効の世界であります。ということに気づかせるはたらき――、それが、念仏の力、アミダの力、すなわち願力自然であり、この願力が、業道を転じて、無為自然の浄土に摂取してくださるのであります。

善悪のはからいをまじえない
 それで、親鸞聖人のお手紙(未燈鈔・自然法爾のこと)を見ますと、
 「行者の、()からんとも、()しからんとも思わぬを、自然(じねん)とは申すぞと聞きて(そうろう)
とあります。善悪のはからいをまじえないこと、これが自然である、と。
 さて、それで、ここまでまいりますと、思い出されるのが第二章であります。それは、
 「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて、往生をばとぐるなりと信じて、念仏もうさんとおもいたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益(りやく)にあずけしめたもうなり」
ということばからはじまりますが、その第一章の結論として、アミダの本願を信ずるならばどうなるか、信念の内景はどのようなものであるか。そういう問題について、
 「しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆえに。悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに」
とあります。
 そこに、アミダの本願を信ずれば「善もほしからず、悪もおそれなし」と、親鸞の信念を表白してあるのでありますが、その信念の帰結するところは、善悪のはからいをこえた自然の世界である。「行者の、善からんとも、悪しからんとも思わぬ」自然こそ、信念のよりどころであり、信念の内景であり、そして、信念の帰結するところである、と。このように、師訓の最後、つまり第十章には、念仏生活の帰結するところを明らかにされるのでありますが、それは、もう、第一章の教えにおいて、すでに明らかなことなのであります。
 そういう意味で、この第十章の到達点は、第一章の出発点にかえっていく。一番はじめの、「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて――」という第一節の教え、法然上人から伝承した念仏の教えにかえっていく。そうして、その教えからはじまった念仏の生活をとおして、ここにその帰結が述べられている。

師訓の十章で明らかにされること
 このように、教えというものには、すでに、「さとり」が包まれている。「さとり」が包まれているから、そのことばが、教えとなる。だから、教えに「うなずく」ということは、教えが証明する「さとり」に「うなずく」のである。が、その「ハイ」とうなずいた「うなずき」が、「さとり」そのものになりきるために親鸞は、九十年の人生を歩んだ。身をもって、念仏の教えを実験した。
 そうして、ここに
 「念仏には、無義をもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに、とおおせそうらいき」
というのでありますが、「と、おおせそうらいき」ということばに注意しますと、これは唯円が聞いた親鸞の教えであり、そして、これはまた、親鸞が聞いた法然の教えである。これについては、親鸞自らが、「と聞きて候」とか「聞きならいて候」といっていることによっても、はっきり知ることができるのであります。
 こうして、親鸞の人生は、教えとの「出会い」のときにかえるのでありますが、それでは、ただ教えさえあれば、それでいいのであろうか、親鸞の九十年の生涯は、ただ夢のようであったとすまされるのであろうか、といいますと、そうではない。釈尊でもない、善導でもない、法然でもない、親鸞でなければならない「親鸞一人(いちにん)」の、かけがえのない独自の意義がある。ということをとおして、われわれにもまた、そのような「一人」の、かけがえのなさが与えられているのである。が、だからといって、その「一人」を主張してガンバるのではない。教えにはじまった人生は、教えにかえって、生きつづける、教えにかえって、そのところを得る、と、このように親鸞は教えている。
 そこで、この歎異抄では、第十章だけでもなく、第一章だけでもなしに、親鸞の教えというものを、師訓の十か条でもって明らかにしているのである。つまり、第二章、第三章、第四章、第五章と、それぞれ意味をもつことばを選んで、そうして、親鸞の教えの大綱と、その教えの生活が示されるのである。という意味で、そこには、筆者唯円の、深い配慮がうかがわれるわけであります。
 さて、このように考えてまいりますと、歎異抄前半の組織と、その内容が、おのずから明らかに語っておるように、親鸞の生涯は、「出会い」のときの歩みであった、「ただひとたびの、廻心」の歩みであった、といわねばなりません。つまり、その到達点は、出発点の歩みであった、と。

初一念のあゆみ
 ですから、それは、いつどこにはじまって、いつどこにおわるかわからない、というような、流転ではありません。求道にあっては、到達点が出発点であり出発点が到達点である。といいますと、まるでそれは、くりかえしくりかえし、堂堂めぐりをしているように思われるかも知れませんが、そうではない。廻心ということは、大きな歴史の流れにめざめることによって、流転の人生と訣別(けつべつ)することである。したがって、初一念の歩みが、生涯を貫いて変わらないということは、その歴史の流れに参加して、新しい歴史をつくるものとなることである。
 前回は、第九章のところを「求道のあゆみ」と、そして「個人のこころ・歴史のこころ」というテーマで拝読しましたが、いま、そのことばでもって申しますと、「個人のこころ」とは、自力のはからいである、人間のおもいである、個人の力にたいする信頼である。しかし、この個人の力は、業縁の絆でしばられて、どうすることもできないような、弱いもの、小さいものといわねばなりません。
 けれども、個人を個人として気儘(きまま)にさせないもの、自由にさせないものが、業緑でありますがその業縁は、ただ人間を困らせるもの、いじめるものではありません。業縁のその底に、実は「個人のこころ」を打ち破って、大きな歴史に眼を聞かせようとする「歴史の力」がはたらいている。したがって、人間が、ただ単に個人的な存在ではなくて、業縁の存在であるということはこの生の全体が支えられている歴史の力――、すなわち、アミダの本願力にめざめる場が与えられている、ということであります。
 これを「義なきをもって義とす」というのでありまして、「義なきをもって」の義は「個人のこころ」、「義とす」の方は「歴史のこころ」であります。とかく、われわれは、個人のところにとどまって、生きていたいというのでありますが、しかし、個人には、なんの力もない、個人には、なんの実践力もない、と教えるところに、業縁の役割がある。個人をこえて、歴史を背景として、はじめてほんとうに実践する力が出る、と。

自然法爾の世界
 そこで「念仏には、義なきをもって義とす。不可称不可説不可思議のゆえに」でありますが、これは、第一章にかえっていえば「弥陀の誓願不思議――」の世界であります。したがって、「しかれば、本願を信ぜんには、他の善も要にあらず。悪をもおそるべからず」ということは、誓願不思議を信ずる信念の世界のできごとであります。不可称不可説不可思議ということの内景であります。
 この不可称不可説不可思議の世界、すなわちアミダの誓願が、「善もほしからず、悪もおそれなし」といいきることのできるような、そういう信念として実現している。ということを、親鸞聖人は、『和讃』に
  信は願より生ずれば
  念仏成仏自然(じねん)なり
  自然はすなわち報土なり
  証大涅槃(だいねはん)うたがわず
といっておられるのであります。
 さきほどの手紙(末燈鈔)をみますと、
 「誓いのようは、無上仏に成らしめん、と誓いたまえるなり。無上仏と申すは、形も無くまします、形もましまさぬ故に、自然とは申すなり。形ましますと示す時には、無上涅槃とは申さず。形もましまさぬようを知らせんとて、始めて弥陀仏と申すとぞ聞きならいて候」
といってあります。
 そうして、この「自然法爾」ということについて、同朋へ書き送る最後には、次のような注意が記されてあります。
 「弥陀仏は、自然のようを知らせん(りょう)なり。この道理を心得つる後には、この自然のことは常に沙汰すべきには非ざるなり。常に、自然を沙汰せば、義なきを義とすということは、なお義のあるになるべし。これは仏智の不思議にてあるなり。
  正嘉二年十二月十四日。愚禿親鸞 八十六歳」
さて、これで、第十章のお話を終ることにいたしたいと思いますが、ここで歎異抄の前半が終るわけであります。そして、この前十章の師訓にてらして、唯円は、当時の時代社会において行われていたかずかずの異義、異端というものを吟味批判する。それを全八章に整理して述べたのが、後半の異義篇であります。この歎異抄に「歎異」されていること、つまり序文に「先師(せんし)口伝(くでん)真信(しんしん)に異ることを歎き」とあった、その歎異の内容が、これからくわしく述べられるのでありますが、その方は、またこれから、あらためて拝読することにいたしましょう。それでは、ひとまず、これをもって、前半の十章を終ることにいたします。                (昭和四一・二・二六)


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