5 第八・九・十章
 歎異抄の世界 (伊東慧明著)

   
  目  次  
 1 序・第一章  
 2 第二章  
 3 第三・四・五章  
 4 第六・七章  
 5 第八・九・十章  
 まえがき  
  一 第八章  
   原文・意訳・注  
   案内・講師のことば
   講  話  
   座談会  
  二 第九章の一  
  三 第九章の二   
  四 第十章   
  補 説  
  あとがき  
  謝  辞  
  ※ Web版註: 本サイトは、著者および出版社のお許しを得て、管理者の責任で公開するものです。
           内容に関する連絡および問い合わせ等は管理者に行って下さい。
一 第八章 「はだかの生活」


   
座談会 「な か ま」
                                          司会 坂 本 美 義(農業)

 司会 今夜は、わたしに司会をやれ、というご指名をうけたのですが、まあ、わたしは、ここに坐っておりますから、いろいろと活溌に話し合っていただきたい、と思います。

    「なかま」というテーマをめぐって

 司会 さて、それで、今夜のテーマは「なかま」ということですが、このテーマについて、まずはじめに出題者の方から、説明をしていただきたい、と思います。
 野呂勇 それがいいですね。あまり簡単すぎる題なので、どういうことを問題にしようとするのか、ちょっと話してもらわぬと――。
 中村常 わたしたちの周囲をみると、いろいろなサークルがあります。たとえば、この会も、その一つだといってもいいわけですが、このような集まりを「なかま」ということができる。
 さきほどのお話のなかで、伊東先生は「われとわれら」ということが問題だといわれた。そしてまた以前には、「みな友である」「みな兄弟である」ということもお聞きしたわけですが、たとえば、ぼくは、こういう会に、みんなのなかまとして入っている。あるいは、いろんなサークルに、なかまとして入っていく。そういうような問題を考えてみたいと思うのです。
 実は、はじめ、ぼくは「なかまづくり」で話し合おうといったのですが、高田君の意見で「なかま」ということになったんです。だから、出題の経過については、これで高田君にバトンタッチをします。
 高田 いや、ぼくの意見といっても、ただ、「みんなで話しやすいように」と思っただけで、特別の深い意図があったわけではありません。
 司会 それでは、なにか「なかま」に関することを話し合う、ということではじめることにしましょう。森本君、なにか――。
 森本国 ひとくちに「なかま」といっても、いろいろある。たとえば、趣味のなかまとか、仕事のなかまとか、こういう会のように精神的なものを求めるなかまとか――と。
 そこに共通するのは、目的が一緒である、ということでしょう。
 中村常 そうだナ。目的が一緒で、共に歩める、ということだろう。
 この、なかまの一番小さな単位は、たとえば、夫婦――。
 野呂勇 たしかに夫婦は、一つのことに向って、共に歩む、なにもかも一緒でないとダメだ、といえる。
 司会 けれども、夫婦という問題ですと、いま、この中には直接関係のない人が沢山いますし、テーマからはずれてもいきますので、問題が大きくなってもかまいませんから、「なかま」ということで話を進めていただいては、と思います。
 藤谷 みんな、人が違えば、その所属するなかまも違う、ということもありますし、また、同じ人でも、午前中は、こういうなかまと一緒だったけれども、午後からは、こういうなかまといる、というような違いもある。
 それから「もし、なかまがなかったら――」というような点から、なかまの問題を考えてみてもおもしろいんじゃないか、と思います。

     みな人類としてなかまである

 司会 もし、なかまがなかったらどうだろう、というご意見ですが――。
 野呂勇 夫婦は友だちである。いつか、この座談会で、そんなことを話し合ったことがあったが、夫婦は、マイ・ホームのなかまである(笑)。
 そういうことから考えると、もし、なかまがなかったら、人生はさみしいものだ。なかまがあるからなんとも思わんが――。
 しかし、なかまというものは、善かれ悪しかれ、だれにでもある。ドロボーにも、ドロボーなかまがある(笑)。
 だいたい、お互いの心に共鳴するものがあれば、なかまになる。善いことをしよう、と、一緒に行動するのもなかまだし、あそこの「すいか」を盗んでこうか、といって共謀するのもなかまである。
 竹田 藤谷さんがいわれたことや、いまの話から考えるというと、結局、なかまというものは、「人間ひとりでは生きていけない」ということから生まれてくるものではないか、と思います。
 仕事にしても、趣味にしても、こういう会合にしても、なかまがあるということは、なかまがなければやっていけない、ということをあらわすのではないか。
 部落というなかまがあり、農業のなかまがあり、商業というなかまがある。そして、自分の身体は一つでありながら、いろいろななかまに関係しておる。ということは、なかまがなかったら、生きていけないということじゃないか。
 野呂勇 この、なかまということを大きく考えると、国というものかある。ソ連という国がある、それから中国という国がある。これも、なかまだが、こういうなかま同志の間に争いがおこってくる。世界が「人類としてなかまだ」ということなら、戦争もおこらずに平和なんだが――。
 しかし、目的の違ったなかまがあると、絶えず争いがおこる。
 竹田 だけど、アメリカといっても、ソ連といっても、二本の足と二本の手というか、結局、五体をもった人間同志なんだから、みんな同じだと思う。地球に住んでいるかぎりは、色が白かろうと黒かろうと黄かろうと、みんななかまである。
 野呂勇 それはそうだ。自然の恩恵を受けているものは、みんななかまである。
 林善 ところが、それがなかまになれぬ。そこに問題かあるんじゃないでしょうか。
 野呂勇 それは、それぞれの生き方、考え方が違うからでしょう。イデオロギーが違うから争いがおこる。たしかに人類は、みななかまである、ということはわかっている。それぞれの国なら国、こういうサークルならサークルで、もっているものがみな違う。
 伊東 人間には、自我というものがありますね。その自我にもとづいて、自分の生き方とか考え方とかを主張するものだから、なかま同志がうまくいかない、というような問題が出てくる。そして、なかまをつくっても、また、その集間には、集団の自我というものかあって、他の集団話衝突する、ということになる。
 野呂勇 だから、ほんとうにくずれることのないなかまがほしい。雨が降ろうが、風が吹こうが、くずれないなかま――。

     くずれぬなかまを結ぶもの

 森本国 趣味のなかまというような場合は、趣味が変われば、はなればなれになってしまう。しかし、くずれないなかまというか、はなれないなかまというものもある、と思う。
 そういうなかまを結んでいるもの、つないでいるものは、なになのか、ということですが。
 高田 ぼくも、やはり、そのくずれないなかまを求めている。そして、そのくずれないなかまの底を流れているものは、なにだろうと思う。
 松井 そういうようななかま、はなれないなかまという場合でも、個人個人それぞれの主張とか意見などというものを、綿密におさえていけば、やはりいろいろな違いが出てくる。
 けれども、はなれないなかまというときには、なにか個人的な違いを、妥協するのでなしに、相手のことが、心から理解できるし、そして、また、自分のこともわかってもらっているはずだ、というような感情がはたらいている。そういう信頼感というものがある。
 竹田 話をまた引きもどすことになるのかも知れませんが、ぼくは、忠臣蔵のことを思うのです。あれも、死ぬまでくずれないなかまですね。結局、あれは、死を賭けて約束したなかまでしょう。
 高田 ぼくは、その、くずれぬなかま、くずれるなかま、ということを、ごく単純に考える。
 くすれぬなかまというのは、相手のために、なにかしてやれるグループのことであり、くずれるなかまは、そのグループのなかにあるものから、なにかを自分に取ってこうとするなかまである。それで、もう取るものがなくなると、そのなかまはくずれていく、と。
 野呂勇 そういうことも、たしかにいえる。
 それから、死を賭けるというような四十七士の問題は、あの戦争中の軍隊についてもいえると思う。
 松井 死を賭けられるというようなときには、目的が一つであって、しかも、それが非常に明確である、ということがああと思う。
 それから、戦争ということで思い出したのですが戦争中には、スバラしい恋愛が多かった、といいますね。つまり、スバラしい恋愛は、戦争が縁になって起っていた、と。
 戦争というのは、きわめて非人間的であるけれども、そこには、きわめて人間的というか、非常に純粋なものも一緒に起っている。これは、今日の太平ムードのなかで忘れられていることではないか、と先日聞いたのです。
 それで思うのですが、非常に困ったときなど、悩みの共通性が縁になって、なかまができる。ところが、現在のような安定ムードのなかでは、どうしても趣味程度の友人関係が主になってしまう。
 だから、はなれぬ友などといわれると、改めて探さねばならぬようなことになるのだが、これは、現代の安定ムードのなかで、自分だけの、ちっぽけなマイホーム主義のとりこになっている、というところにも原因があると思う。
 竹田 時代も違うし、思想も違うわけだが、わたしが四十七士のなかへ入ったと仮定すると、息がつまりそうに思える。自分なら、百人目ぐらいかも知れん。とてもでないが、あんななかまのつき合いはできそうにない。
 林善 だれしも、そうじゃないですか。暁烏先生の本に、「忠臣蔵の忠義について」という解説がありますが、あれは、あの時代の、ああいうイズムがあったからできたんでしょう。
 たとえば、自分の父親が殺された。すると、すぐ仇討ちに出かける。それが美徳とされた時代だから主君のためにいのちを捧げるということで四十七人がまとまった。
 そういうなかまを、いま、つくろうとしても不可能であるし、また、そういうことができないところに、かえって今日の幸せというものがあるんじゃないですか。

     戦友と道友と勝友

 林善 それから、松井さんの話で思い出したのですが、この間、テレビを観て、共感したことがあります。
 それは、あるとき、昔の戦友がたずねてきて、「かつてのなかまが、会合をしようと思っている」という計画を話していった。それで、お父さんは、たいへんはしゃいで、その日を待っている。ところが、その様子をみていた子供たちは、その父親の態度が気にいらない。「お父さんは、戦争崇拝者だしという。
 けれども、そのお父さんにしてみれば、「自分も戦争は反対だ」という。すると「いや、お父さんの戦争反対は、あてにならぬ。戦争に関心が残っているから、昔の戦友に親しみを持っているんじゃないか」と子供がいう。
 そこで父親がいいたいのは、「戦争は反対である。けれども、あのような悪条件のなかで、共に生きぬいてきたつながりというものは、経験しないものにはわからぬだろうが、実に強いものがあるんだ」ということです。わたしも、戦争の経験がありますし戦友がおりますから、そのお父さんと同じようなことを考えるのです。
 だから、つながりの深さというものは、その条件によって違ってくるんじゃないでしょうか。わたしなどのやっている俳句の世界では、なかまのことを道友といっております。
 僧ということも、そういうことではないのですかいまでは、お坊さんというと、法衣(ころも)を着たり、お寺に住んでおられる方のことをいいますけれども、僧というのは、「なかま」という意味のことばだと聞いております。
 「僧は、勝友なるがゆえに帰す」ということばがありますが、勝れた友、よきなかまが僧である、それが僧伽である、と思います。
 だから、そういうような、道によって集まるなかまというのが、はなれていかないなかまじゃないでしょうか。

     人間はなかまであって孤独である

 中村常 だいぶ、問題が、につまってきたようですが(笑)、ぼくも、ちょっといわしてもらいます(笑)。
 藤谷さんが、なかまがいなかったらどうなるか、といわれたところから話がはじまったと思うのですが、それで、なかまのいない人はない、わたしは一人では生きられない、ということになった。
 要するに、人間は、なかまがないと生きられない。人間であるということは、なかまとして生きているということである。
 それから、森本君は、なかまにも、いろいろある趣味のなかまも、深い精神的ななかまもある、といった。だから、どんななかまにかかわりあうか、わからぬ。ひょっとしたら、ドロボーなかまに入るかも知れぬ、ということもある。
 人間であるということは、なかまであるのだけれども、実は、そのなかまといわれるものが、いい加減なものだったら、たいへんなことになる。
 それで、林さんは、道を求めるというなかまが、人間にとって大切でないか、といわれた。それで、人間にとってのなかま、ほんとうのなかまはなにかというところまで話は進んできた、と思うのですが――。
 林善 もう一つ、中村君のいうのと違う問題がある、と思います。というのは、人間はなかまであるというのでなしに、なかまは絶対にできない、という問題です。
 人間は、どれだけ集まってもやはり孤独なんです。今日のお話のように、はだかになり切れないので、自分だけヨロイを着て、身を守ろうとする。やはりはだかになれない人間同志であるならば、ほんとうのなかまというものはできない。「町内で、知らぬは亭主ばかりなり」というようなこともあります。
 すると、ほんとうのなかまづくりは、むつかしいことになりませんか。さきほどのお話ではありませんが、はだかになれないかぎり、不可能である。その不可能を可能にしたい話いうところに夢があり、理想があるわけですから、そのために、ぶ互いに努力をしなければならぬ、ということになると思います。
 中村常 歎異抄に「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、親鸞一人がためなりけり」とあります。
 絶対に「わたしだけ」ということもあるんでしょうが、それと同時に「わたしたち」というものがあるにちがいない。
 林善 それだから、戦争というようなときに、なかまができたりするのでしょう。条件の悪いときにかえって、はだかになることができるのじゃないでしょうか。あまりにも幸せな生活というか、恵まれすぎていると、なかまができない、ということがあるんじゃないでしょうか。
 とくに道友なんかは、その中に入るんじゃないでしょうか。
 森本国 林さんのように、なかまを否定するというか、ほんとうにはだかになったなかまは、なかなかできぬと思いますが、なにかはだかになれないということを自覚したなかま、というものは、あるんじゃないでしょうか。そういうもののなかへ、自分も入っていきたい、そのなかで自分を磨いていかねばならぬ、と思うのです。
 林善 ほんの瞬間的なことになるわけですけれどそれが戦場では、できるのです。「しっかりせよと抱きおこし――」といいますが、わたしも、実際にたすけられた経験があります。これは、ほんとうに自分を捨てなかったらできぬことです。
 伊東 そういう体験は、たとえ瞬間的なことだったにせよ、大切なことだと思います。瞬間的な体験だった、というところに意味がある、とも思われます。
 しかし、それを、戦場だから体験できた、そうでなければ体験できない、と固執すると話が全く別になってしまいます。そういう体験主義が、しらずしらずのうちに戦争を肯定したり、戦争をいいものであるかのように思わせたりする危険があるからです。
 そして、束の間の、そういう結びつきを、どうすれば持続できるのか、という問題が残ります。

     「はだかになれない」という反省

 野呂勇 理想的ななかまづくりというものは、森本さんがいわれたように、実際には、できぬ。
 林喜 だから、たとえ恥部はかくしてでも――(笑)なかまになれるような、なかまづくりを考えねばならぬ。
 野呂勇 「他人(ひと)のことで(ごう)わいたら(腹がたったら)(とお)かぞえよ。それでも、まだ業わいたら(腹がたったら)百かぞえよしというけれども、ほんとうに、自分の心をかくしていうことは、むつかしい(笑)。
 しかし、みんなが幸せな生活ができるような方向にもっていこう、と思うなら、むつかしいことでも恥部をかくしてでも、なかまに入ってやらねばならならぬ。
 松井 森本君のいったのは、その「恥部をかくしてでも」ということと、ちょっと違うように思います。「はだかになれない」というのは、なかまになる条件ではなくて、自分にたいする反省です。
 中村君は、人間が生きておるということが、もうなかまなんであって、それが事実であるといったけれども、それにもかかわらず、われわれは、ほんとうのなかまはないと思っている。
 それは、なぜかというならば、まず自分にかくしているものがあるからだ。他人は、もうなにもかも知りていても、自分ではかくしているつもりがあるからだ、と。
 それで、はだかになろうではないかというのは、事実は、なかまなんだから、その、なかまとして生きておることにめざめたい、ということである。自分がめざめさえすれば、なかまは、すでに与えられてあったということに気づく。
 もっとも、「恥部をかくしてでも」ということが「お互いに恥部を認め合いながら」ということなら結局は、同じことをいいたかった、ということになるんでしょうが――。
 林善 なかまのなかで、部分的にははだかになるということはある。他ではいえぬことでも、この会でならいえる、ということもある。
 孤独といったのは、極論のようですが、そういうことを前提として、なかまづくりというものを考えてみなければならぬ、と思います。

     ほんとうのなかまを求める

 司会 時間も、だいぶたってきました。今夜は、予想外に、いろいろ意見が出ましたので(笑)、この辺で、いつものように、先生に一言お願したいと思います。
 伊東 さきほどから「なかま」というテーマをめぐっていろいろ話が出ました。それを整理して、それぞれの問題点をもう少し掘り下げてみると、「なかま」ということについて考えるべきこ話は、みんなふれている、といえるように思います。
 これは、この座談会とは、直接関係のないようなことですが、今夜、この会が終ると、わたしは、いつものことですが、一晩ここに泊って明日、バスに乗ります。すると、バスのなかで、この座談会のことが思い出されてくるのです。
 あのとき、こういう問題が出ていたが、あれは、こういうことではないのかな、いや、こう考えるべきかも知れぬなどと、お話を聞きながらでは気づかなかったことが、あれこれ思い返されてくるのです。
 そういう意味では、阿波曽に帰るまで、バスのなかの時間が一時間あるということは、これまたありがたいことで、それによって、この座談会のたしかめをすることができる。自分の考えを、少しずつはっきりさせることができる、というわけです。
 まあ、そういうわけで、いつも座談会の終りに、なにか一言お話するのですが、あとで思い返せば、不徹底な、不十分なことばかりで、まったくまとまりのない感想にしかすぎぬようなことを、お聞きいただいているような次第です。
 さて、それで、今日の話し合いは、さきほど中村君が整理をしてくれました。あれは、中間整理でしたが――(笑)。
 そこで、話が途切れたかたちになってしまったのは、「人間としてのなかま」「ほんとうのなかま」という問題でしたね。ことばをかえていえば、「人間らしく生きるなかま」というものは、いったいどんなものであるか、ということになるのでしょう。
 それについて、道友とか勝友ということが出ていましたから、だいたい見当をつけて話し合っておられたわけですが、では、道友の道とはなにか。道とは、どこに行く道であるか。勝れた友というのは、なにによって勝れているというのであるか。そういう点を、はっきりことばで確認する、という問題が残ります。
 今日の講話が「はだかの生活」でしたので、それに関連する話も出ていましたが、それについてもう少し申しますと、われわれには、「はだかになれ」といわれても、なかなかそうなれないという問題がある。
 そして「恥部をかくしてでも」というように、かくしておくこともできるというか、かくしておるつもりでいるんだけれども、実は、みんなもうあからさまになっているんだ、という世界がある。
 かくしていて、みえないつもりだったが、気がついてみたら、もう、なにもかもがわかってしまっていた。はだかが恥ずかしいと思っていたんだが、実はみえないなどと思っていたことこそ、まったく恥ずかしいことであったのだ、と。
 つまり、他人の目はゴマ化せても、自分の目をゴマ化すことはできない。たとい、自分の目はゴマ化しても、ブッダの智慧の目、仏さまの目をゴマ化すことはできない、ということ。
 そういうことに気づく、ということがなければ、われわれはすくわれない。そこに、はだかになれた人間同志の共感がある、信頼感というものも起ってくる、と思います。

     「われら」こそ「われ」である

 伊東 それから、「人間であるということが、もうなかまなんだ」という問題。それは、たしかにそのとおりですね。「自分のなかに、他人をみる」ということから、さらに「人びとの上に、自分をみる」というところまで徹底する、という問題がある。
 にもかかわらず「人間は、孤独である」ということも、たしかにそのとおりである。この、孤独に徹するということ、一人という意味をほんとうに明らかにするということは、人間が、人間本来のすがたにめざめるために、どうしても、そこに立たねばならぬところである。
 ところが、ひとりぼっちの一人になったとき、人間というものは、多くの場合、なかまを誇って、群集の力でもって、そのピンチを切りぬけようと考える。そのために、かえって、ほんとうのなかまにめぐりあえない、ということになってしまう。その点は、よく心得ていて、安心せねばならぬことだと思います。
 「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、親鸞一人がためなりけり」という、あの「親鸞一人」は親鸞だけ、親鸞個人だけということではない。
 弥陀の本願は「十方衆生よ」というよびかけである。それは「罪悪深重、煩悩熾盛の衆生を、たすけんがための願」である。だから「親鸞一人」というのは、十方衆生を一身に荷負するところの「一人」である。
 まあ、親鸞の生涯をふりかえってみて、最大の転期は、なんといっても比叡山での生活を棄てて、法然上人の門をたたいたとき。親鸞が求めたのは、大乗の仏教で、自分もすくわれ、また、他人もすくうという道であった。
 そのために、山で二十年も修行をしたわけですがだんだんはっきりしてきたことは、この道で自分がすくわれるということも観念なら、他人をすくうというのも観念であった。他人というのは、観念のなかにいる他人であった、と。そう見きわめて、山を降りることになった。
 それから、法然の門下に入りますが、そこに居れたのも、わずかにあしかけ六年のことで、やがて間もなく、念仏禁止の法難におうて、越後へ行く。そこで、生き別れた法然と、死別することになるわけですが、親鸞にとって、そのときは、一つの大きなピンチだったろうと思われます。
 そういう問題については、これまでのお話でも、いろいろ申しましたし、また別の機会に考えることにしようと思いますが、山を降りて世俗のなかに帰ったということは、本能の大地に帰ったということ。そして、そこに発見されたものは、親鸞もその一人であるような「石・瓦・(つぶて)のごとくなるわれら」の世界であった。このような「われら」こそ「われ」であった、ということです。
 このような「われら」を、いま「なかま」と呼ぶとすれば、親鸞のなかまは、同朋であり同行でありそして同法者である。だから「はなれないなかま、くずれないなかま」ということが問題となりましたし、また「仏法僧」ということも出ていましたが、その「僧」つまり親鸞のなかまは、仏法において結ばれているんだ、といわねばならない。
 そして、ほんとうのなかまというものは、「なかまづくり」というように、つくろうとしても、なかなかつくれるものではない。むしろ、それは、同法に結ばれたものとして、同法を求めるなかに与えられるものである。同法者として、発見されるものである、というべきでありましょう。
 「同一に念仏して別の道なきが故に、遠く通ずるに、それ四海の内、みな兄弟とするなり」ということばも、そういうことをあらわすものであると思います。
 ちょっと一言が、すこし長くなりましたが、これで終ることにします。
 司会 どうも、ありがとうございました。では、今夜の座談会は、この辺で――。


目次に戻る /ページ先頭/ 次に進む