4 第六・七章
 歎異抄の世界 (伊東慧明著)

   
  目  次  
 1 序・第一章  
 2 第二章  
 3 第三・四・五章  
 4 第六・七章  
 まえがき  
  一 第六章の一
  二 第六章の二  
  三 第七章の一  
   原文・意訳・注  
   案内・講師のことば
   講  話  
   座談会  
  四 第七章の二   
  補 説  
 5 第八・九・十章  
  謝  辞  
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三 第七章の一 「現代の神がみ」


     
座談会 「宗教と政治」

                                         司会 中 村 常 郎(電気商)

 司会 今日は「宗教と政治」という、ちょっとかわった傾向のテーマです。この前に「オリンピック」について話し合ったことがありましたが、今日も時期的な話題が出ることかと思います。
 といっても、これは、参議院の選挙が近づいたので、こういうテーマを出したというわけではありません。われわれは、日頃、宗教と政治について、なんらかの関心をもっているわけですから、そういう意見を出していただけば、と思います。

     参議院選挙を前にして

 司会 たとえば、今度の参議院選挙には、これまでになかった公明党という政党が出てきます。これまでの公明政治連盟が、名を変えて、いよいよ創価学会が、本格的に政界進出をはかろうとする、というわけです。また最近は、宗教団体でも、政界に出る人が増えてきているように思います。
 親鸞の教えとどういう関係があるのかわかりませんが、東本願寺からも、西本願寺からも出ている。その他の宗教団体からも出ている。それで、宗教と政治という問題を話し合ってみたら、面白いのでないか、というので、このテーマにしたわけです。
 伊東 いま名前の出た公明党ですが、この地方でも、創価学会が、選挙運動などはじめているのですか。
 西山 ぼくは、昨日、見たのですが、公明党の小平という人が遊説に来ていた。粥見の場合は、役場前へ集合ということで、学会の人が寄ってきて、手をたたいたり、頭を下げたりしていました。この忙しい時期なのに、あれで三十人位いたでしょうか。百姓の仕事着をきて、地下足袋をはいていた人もいました。
 高田 あの日、ちょうど、ぼくは、仕事の都合で選挙の車の後につくようなかっこうで、車を走らせていたのですが、そういえば、ところどころに二三十人ずつ人が集まって、拍手なんかしていました。
 伊東 京都では、ポスターがはげたり、取れたりするので、一枚一枚ベニヤ板に糊で貼って、一人で一枚とか二枚とか責任を持つ。そして、朝、人通りの多いところ、夕方、人通りの多いところ、というように、ポスターを移動する、という話を聞きました。それほど徹底しているらしいですね。
 西山 一昨晩、ぼくの家の長屋にボスターを貼らしてください、といってきた人がありました。ものすごく丁寧に頼んでいったので、だれのが貼ってあるのかと、翌朝みたら、公明党でした。ちゃんとビニールで覆ってあって、台風がきてもはげぬくらいたくさんのピンでとめて――。
 松井法 あれは婦人部の人だと思いますが、エプロン掛けで、個別訪問にならぬように、ちょっとそこまで用事にきたので、というふうにいって、片っ端から歩いておりました。
 中村晋 畑で仕事をしていると、仕事中でも話しかけてきて、頼んでいきます。
 高田 東本願寺から出ている大谷さんか運動にきても、われわれ仏青(仏教青年会)が招集されて、手をたたかんならん、ということはないやろナ。(笑)
 西山 参議院選というと、一般の者で、ほんとうに関心をもって、自分の代表だと思うものは少い。その点、公明党の人は、間違っているいないは別として、自分で動いて票を入れている。
 司会 その、自分で動いて、というところが問題だナ。
 松井 たしかに自分の体は動いているけど、自主的な判断と、それにもとづく行動ということになると、いろいろ問題になる。
 司会 やはり、自覚して票を入れる、というのは少ない。創価学会なら公明党に入れると決められているし、一般には、まあ嫉まれたから、というのが多い。
 西山 特に参議院の全国区などは、そうです。衆議院選なら、この地域との結びつきが強いから、ある程度は、自覚した票を入れるけど――。
 司会 その自覚というのが、また、問題だ。
 西山 それは、そのとおりだ。
 松井 地縁、血縁で関係が深くなると、それだけよけいに自分らを縛ってくるものもある。

     創価学会と公明党

 中村晋 公明党の場合など、極端なことをいう人は、その人に投票せぬと罰があたる、というようなことをいってまで頼む人がある。
 伊東 創価学会と公明党の関係は、くわしく知りませんが、われわれの身近なところで、具体的な実際問題としておさえると、そういう形でつながっているんでしょうね。「罰があたる」が宗教で、「投票する」が政治、と。
 もちろん本部の人たち――、池田会長や、理事長の原島氏なんかにいわせれば、学会と党の関係は、そんなものじゃない、もっと高い理念にもとづいて動いているんだ、というのでしょうけど――。
 ポスターを掛けたり、はずしたりするのにも、一々拝んで――、ということを聞きますが、それくらいの気持ち、拝むくらいの気持ちでないと、あんなことは、とてもできませんね。
 しかし、罰があたる、というようなことが出てくると、さきほどの自分で動いて投票するということも、まったくおかしいことになる。動いているのは自分の体だが、アヤツリ人形のように、動かされているにすぎない、ということになる。
 高田 その罰というのは、その人自体の考え方にあるんでしょうね。
 司会 先生の講話じゃないが、崇拝と恐怖――、あこがれとおそれ、かナ。(笑)
 伊東 罰があたる、というからには、やはり、そういうものがあるわけでしょう。
 司会 あの、池田大作という人は、幹部の中でも特に生き神さまのような存在らしいですね。もし池田さんがなくなったら、あとはどうなるのか知りませんが――。

     宗教と政治の関係

 司会 それで、いま、宗教と政治という問題で、公明党のことが出たんですが、宗教を信じている人が政治に参加する、というところには、どんな問題があるのでしょう。
 無意識のうちに参加する、ということもあるでしょうが、そうでなくて、積極的に参加する場合ですが。
 竹田 あの、キリスト教民主同盟というのは、相当に力があって、積極的に政治に参加しているらしいですね。今度のベトナム問題でも、仏教とカソリックですか、宗教的にも、政治的にもむつかしい問題が絡んでいる、といいますが――。
 司会 宗教を信じるものが、政治に参加するのが悪い、というのではありませんが、宗教を手段として政治に参加する、というようなのがあります。はっきりいえば、公明党も、そうでないか。まあ、宗教を利用している。宗教団体の組織を利用して、政界進出をはかっている。
 だから、やはり宗教と政治は、ある点で明確にしておかぬとダメじゃないか、と思います。
 伊東 創価学会は、ある意味では、そういうことに気がついている、と思いますね。だから、宗教団体としての創価学会と全く別に、公明党を独立させて、表向きは「きみのところは、政治団体なんだから、自主的に、思うようにやれ」という関係になっている。「自分の方は、宗教団体として、あくまで日蓮正宗の教えをひろめていく」と。
 しかし、それは表向きのことで、中村君のいうように、お互いに利用し合う関係にある、といっていいんでしょう。
 池田大作会長が、去年の暮れ(昭三九・一一)に出版した『政治と宗教』という本があります。それをみますと「王仏(おうぶつ)冥合(みょうごう)」という考えが書いてあります。王というのは政治、そして、われわれの生活のこと。仏というのは仏法、とくに日蓮によって明らかにされた仏法。それで、日蓮の教えによって、生活上の諸問題を解決していくのが、王仏冥合であると。
 そういう考えにもとづいて、仏法民主主義とか、人間性社会主義とか、あるいは地球民族主義というようなことがいわれてくる。つまり、日蓮の教えが――、正確には、富士の大石寺に伝わる日蓮正宗の教えが、現代風の装いをこらして説かれているわけです。そして、その本の中に、創価学会と公明党との関係が述べてあります。

     祭政一致・政教一致

 高田 歴史的にみると、むかしは、宗教が政治を支配しておったが、現代は、逆に政治が宗教を支配しているように思う。よくわからんが、キリスト教民主同盟というようなものは、宗教が政治を支配しておったときの、名残のようなもの、といえないのかナ。
 伊東 歴史的ということですと、まあ、おおざっぱな話ですが、たとえば日本の国でも、祭政(さいせい)一致(いっち)――、つまり祭祀(さいし)と政治とが一致していた時代がありますね。それは、もう伝説の時代というか、神話の時代というか、その頃のことです。
 あるいは、キリスト教の歴史をみますと、ローマ法王の存在などは、政教一致ですね。これが、中世から近世にかけては、教会国家ということで、宗教が政治を支配していた時代です。つまり、これが、ヨーロッパの暗黒時代。
 中村晋 宗教も政治もよくわかりませんし、いまの意見と違うかも知れませんが、自分の信じている宗教に教えられることによって、そのときそのときの判断ができる、決断ができる、ということはあると思います。
 どんなことに直面しても、結局、教えによって判断力がついて、それによって正しい方向へ進んでいくことができる。
 司会 教えによって、正しい方向へ進んでいく、というのは――?
 中村晋 教えをよりどころにするから、判断に迷うこともない、判断がしやすい、というか。
 司会 それは、宗教によって、判断がうまくなるということもある。しかし、それは、それだけの問題に終らんのじゃないか。
 政治というのは、やはり目的実現のための手段だから、権力をとって、あることをやろうとする。ところが、教えによって、正しい方向へ行こうというほんとうの宗教的な願いが、そういう、権力や政党の力でもって実現できるのか、どうか。

     自己の信念を確立する

 司会 やはり、宗教と政治は、はっきり区別されていないと、おかしいのじゃないか、と思うが。松井君、どうかナ。
 松井 それには、いろんな問題があると思うが、たとえば、こういうことがある。
 政治にも、それを行う人にたいする信頼感というものがある。しかし、それは、宗教の正しい信仰とは別だと、はっきり区別せねばならぬ。
 なくなった大野伴睦さんには、「あの人が来ていったことは必ず実現する」という、多くの人の信頼があった。選挙で得票するということは、ある意味では、その人にたいする信頼のバロメーターだ、ともいえる。投票するのも、最後には票を入れる人にたいする信頼によるより仕方がない。というようなことは、先生の話にもあったように、神さまをたのむ、というのと似たところもある。特に現世利益をたのむ場合、そう質的に違わんと思う。
 その場合、似ているから、逆に宗教が政治に利用されやすい。宗教は、帰依(きえ)ということによって、そういう信念によって、自分の行動をきめるわけだから、罪の意識をあおりたてたりして利用することになる。
 ところが、さっきも話に出ていたように、昔は、政教一致の国が多かった。つい最近まで、日本でも天皇は神さまである、現人神(あらひとがみ)であるといって、宗教的政治をやってきた。政治に宗教を利用してきた。
 しかし、宗教の本質的な問題として考えてみると政治に利用されるようなのが、宗教なんかどうか。政治に利用されるようなのは、もう宗教でなくなっているのでなかろうか。だから、利用する、利用される、というような宗教は、その政治が滅びると共に、滅んでいった宗教であらた。とするなら、それは、ほんとうの宗教とはいえないのではないか、と思う。
 ともかく、過去の、政教一致で動いてきたような宗教の運命は、断ち切らねばならぬ。そのためにはどうしたらいいか。
 要するに、宗教というのは、政治権力の及ばない自己の信念を確立するものである、そのために求めるのが宗教である、ということだけは、はっきりさせておかないといけない、と思う。
 高田 考えてみると、政治と宗教は、区別することのできる問題かも知れんが、政治をする人と宗教の問題とは、一つのものである、といえるナ。
 司会 個人の問題としては、そのとおりですね。
 松井 政治と宗教の違う面をあげれば、政治は、多数の力に裏づけられた権力をとろうとする。そのために、一般ということを問題にする。それにたいして、宗教は、徹底して個人の問題――、「親鸞一人がためなりけり」というような。多数の中に解消できない「一人」の、究極の問題にかかわる、ということができる。

     「もの」にたいする信仰

 司会 結局、さっき大野伴睦さんの話が出たが、大野さんに投票しておけば、新幹線の新しい駅もできる、というような問題、要するに「もの」にたいする信仰だナ。大野という人に代表される「もの」にたいする信仰だ。
 この辺の衆議院選でも、〇〇派とか××派といっているが、それは、道路は〇〇がつけたとか××のやった仕事だ、というような、「もの」にたいする信仰だ、と、一応はいえる。
 だから、宗教団体が政党を作るとしたら、当然、なんらかの形で、「もの」にたいする信仰を求めるということになる。
 松井 いまのぼくらにとって問題なのは、われわれは、政治の世界の中にあることもたしかだし、こうして、この会に集まれば、ほんとうの宗教を求めているのもたしかである。そこで、この関係が、どうなっているのか、ということだと思う。
 ふつうは、政治の世界は政治、宗教の世界は宗教と分けて、平然としているか、あるいは、適当に妥協して、逃げているか、どちらかだろう。
 司会 そうだナ。そういう大きな問題を前提にして、というか、そういうことを念頭におきながら、話を進めているわけだ。
 それで、さっきの続きになるが、宗教団体の人でも、「もの」にたいする信仰を表に掲げて立候補するのなら、かまわんと思う。けど、そういうことを一切ぬきにして、宗教の団体です、というような顔をして立候補するのは、けしからん。それは、羊頭を掲げて狗肉を売ることだ。
 だから、政治の問題は、政治の問題として、はっきりさせるべきだ。そういう意味で、今度の選挙は重要な問題を含んでいる。それで、宗教と政治ということを考えることは、大切だと思う。

     ベトナム戦争のなかの「仏さん」

 伊東 ベトナム戦争というのは、どうでしょうね。イデオロギーの戦いだといわれるなかにも、宗教戦争的な要素もある。たとえば、ベトコンの抗争とともに、仏教徒の抵抗がすさまじい。仏教徒だから、弾圧される。が、たとい弾圧されても仏教徒でありたい。そういう願いでもって、支配権力と戦う。
 もっとも、よくはわからないが、仏教徒の間でも政治的に、いろんな問題があるようです。しかし、焼身自殺をしてまで抵抗する仏教徒たちの大部分は政治権力を握って、どうしようこうしよう、としているわけではない。
 竹田 あれは、植民地政策というか、そういうところからきているらしいですね。いまは、アメリカの植民地で、カトリックの勢力を拡げようとしているんじゃないですか。
 伊東 そういう見方からすれば、カトリックの教線拡張をはかるのではなしに、カトリック信仰というものを巧みに利用している、ともいえます。
 いまのベトナム戦争は、ゴ・ジンジエム政権のときから、仏教やカオダイ教を圧迫した。そういう意味では、あれも政教一致のかたちになっている。ところが、ベトナムの支配権力にたいする反抗の歴史は、ずいぶん長い。
 いま、朝日新聞に「ベトコン地区を行く」という連載記事がありますね。この間、あれを読んでいたら、こんなことが書いてありました。
 それは記者が、フアンランという町へ行ったときのこと。そこに「仏さん」というあだ名の指導者がいる。もう、年は七十か八十か。反仏、反日、反米と、一貫して民族解放のために戦ってきた。共産主義者ではない、仏教徒なんだけれども、抵抗運動をずっと続けてきた。
 そこへ使いのものがやってきて、紙きれを渡したそこには「五人送れ」とだけ書いてある。「それはなにか」とたずねたところ、「自分は、民族解放のために、もう四十年も戦ってきた。しかし、もう年だから動けない。それで、働ける青年たちを何人か養成して、そして、かれらに自分の意志を伝えるのだ。それだけが、いまの自分にできる仕事だ」と。そして、最後に「わたしが生きている間には、この戦争は終らんでしょう」といって、ニッコリ笑ったということが書いてあった。
 四十年もの間、一貫して一筋の道を生きてきて、その中から、「戦争は終らんでしょう」といいながらも、ニッコリ笑えるような世界――、そういう世界を、この人はみつけている。ぼくは、そのことにとくに感銘しましたね。

    一向(いっこう)一揆(いっき)について

 竹田 ほんとうの宗教というとわかりませんが、宗教戦争というものは、西洋でも日本でも、昔からいろいろあったんじゃないですか。たとえば、十字軍とか、一向一揆とか。そういうのは、宗教というのか、どうか、知りませんが。
 伊東 それが、ほんとうの宗教か、という問題は非常にむつかしいですね。宗教の見方、考え方、受けとり方によって、評価が違ってきますから――。
 たとえば、蓮如の一向一揆――、現在の本願寺教団、東西本願寺に分れる以前の、巨大な本願寺教団は、あのときにできあがったものですが、この一揆をとりあげてみても、学者によって、いろんな見方がされているわけです。
 ご承知のように、蓮如の布教態度は、「四五人の衆と寄合い、談合せよ」ということだった。それが村の(おきな)を中心に組織されて、「(こう)」をつくり、さらに横に拡がって「()」になっていった。つまり生活を共同するものの組織ができあがっていったのですが、蓮如の説く教えは、その組織をとおして大衆に伝わっていった。そして、大衆は、この組織の中で精神的にも物質的にも、だんだん成長していくわけです。
 この、講とか組ですが、これは、創価学会の末端組織にあたる「組」――、これは十世帯前後で構成される。そして、組を五ないし十、集めたのが「班」それから「地区」「支部」「総支部」というように組織されていますが、それを思わせるものがあります。もちろん、この両者には、時代社会が違うのですから、いろんな相違もあります。創価学会の場合は、現代的な組織になってはいますが、布教の単位が、四五名、あるいは十名ばかりの、小グループで寄合い談合をする、それをとおして教えを伝えていく、そういう型には、類似性があります。
 それで、話をもどして、一向一揆ですが、だんだん組織されて力をもつようになった大衆は、古い時代を代表する大寺などと、新しく抬頭してきた戦国の大名たちと、二つの支配権力に抵抗するようになってきます。
 それが、呪術的な信仰を信じる支配者と、呪術を信じない人びととに分れる。そういう宗教上の本質問題と、当時の歴史的社会的状況とが絡みあって、やがて一向一揆という大きな争いにまで発展していく、というわけです。

     自己否定的に生きる

 竹田 話がそれますが、中共やソビエトなんかでは、宗教はどうなっているんですか。
 司会 やはり信仰は自由だから、宗教はある。たとえ信じてならぬ、といっても、信じているものはそう簡単にやめるわけにいかない。
 竹田 それでも、宗教は阿片だ、というのでしょう。
 司会 それはいう。けど、阿片だというときの宗教は、キリスト教を指している。当時のキリスト教は、阿片的要素をもっていた。念仏でも、阿片的に使われてきた、ということはあると思う。
 伊東 仏教の場合、現実社会に、大きな寺院として、また教団として、形をとってきたんだが、それのもつ誤りを否定するというものを仏教自身の中に持っている、といえる。つまり、仏教教団というものは、自己否定的に存在している。
 仏教が社会的に形をとれば、社会の諸要素と妥協する、そして、堕落する。が、また、そこにある自己否定的なものがはたらいて、そういう状態を脱皮していく。克服していく。そういう歴史の大きな波がある。
 創価学会だけでなくて、戦後だけをみても、立正校正会などの大宗教が出てきている。これは、大衆の既成仏教にたいする痛烈な批判だと思います。そういう意味で、本願寺教団も、いま、きわめて大切な、エポックメーキングな時点におかれている。
 もっとも、選挙で「本願寺さんの候補です」といって、まだ通じる世界もあるんだけれど。
 松井 先日、京都の下宿の近くを歩いていたらある先輩に「おい」と呼びとめられた。そうしたら、「実は、大谷さんの運動をしているのだが、三重の南勢地方で、二千票ほどの票を確保してくれ」とたのまれた。
 「応援をするには、理由がはっきりしないと――」と聞いたら、「いや、本願寺さんや、といえば通る」というのです。
 司会 それは、真宗の同朋会運動と矛盾するんじゃないか。(笑)
 松井 問題が、こんなに具体的だと、宗教と政治のかかわり、ということは、まったくむつかしい。

     宗教者の信念

 松井 聞いた話ですが、タイやビルマでは、議会を開くときに「帰依仏(きえぶつ)帰依法(きえほう)帰依僧(きえそう)」と、三帰依をいってから、議事に入ったことがあったらしい。いまも、やっているのか、どうか、知らんが――。
 もし、宗教が、政治にかかわるとすれば、このような、政治を行う精神というところに、宗教の意味がある。さきほど、宗教は個人の問題だ、といったが、政治を行う人の信念として、姿勢を正すものとして、宗教がある、と思います。
 司会 なかなか、むつかしいテーマで、いろんな話が出ましたが、時間もたってきました。
 いずれにしても、ぼくらが、教えを聞いていくという立場と、明らかに現実をみつめていくという立場が、一致せなんだら、宗教と政治もアイマイなことになってしまう、と思います。
 では、このあたりで、伊東先生にお話し願います。
 伊東 今日は、話があちらこちらに飛ぶように出ましたので、これをまとめるということもできませんが、まあ感話を申しあげることにしましょう。
 いま、松井君が、宗教は政治にたずさわる人の精神として大切だ、といいましたが、そういう意味では、政治家ばかりでなく、われわれみんなに共通していえることだ、と思います。われわれは、政治とのかかわりなくしては、一目だって生きておれないのですからー-。だから、われわれが、どのような姿勢で、どのような考え方で、また、どのような方法で、政治にかかわるか。宗教は、そういうことを決めてくる、ということです。
 たしかに、われわれの生活は、政治を離れてはないのですから、これは政治的に生きる人間だ、といえましょう。そして、宗教も、この生活の場を離れてはありえないのです。
 けれども、われわれは、生きるよりどころを宗教に求めます。そういう意味では、政治的に生きるに先立って、宗教的に生きるものでなければならない。そこまではっきりするのが、宗教者というものだ、と思います。また、その点をはっきりさせるからこそ、その信念にもとづいて、いかに政治的に生きるかという、生き方を選ぶこともできるのだ、と思います。

     王法と仏法

 伊東 さきほど、ちょっと創価学会の王仏冥合ということを話しましたが、王法、つまり世法と、そして仏法とがどうかかわるか、という問題は、日本の仏教でいいますと、もう伝教大師の『末法(まっぽう)燈明記(とうみょうき)』の中に出てきております。
 それをみますと、お釈迦さま、つまり釈尊を「法王」といい、天皇、つまり当時の桓武天皇を指して「仁王」、つまり仁慈のある王さま、といって、この仁王と法王によって、精神世界と物質世界がうまく治められる、と述べてあります。けれども、現実問題として、仏法と王法が矛盾せずに両立するということは、なかなかむつかしい。
 たとえば、聖徳太子の「十七か条の憲法」にもとづく政治――、これなどは、仏教をよりどころとして行われた政治としては、実にすぐれたものでした。しかし、残念ながら、それも長く続かなかったし、聖徳太子も、十分に政治的手腕を発揮することができないで終りました。
 それで思い出しますのは、お釈迦さまの話です。釈迦の生まれた釈迦族(サクヤ族)の国は、ごく小さな国だったのですが、その隣の大国、コーサラの毘瑠璃(びるり)王が、釈迦族に怨みを懐いて、カビラヴァットウを攻略した。あるいは、釈迦族の人びとを殺リクしてしまったとも伝えられています。そのとき釈迦は、どうしたか、ということです。
 王法と仏法が両立する場合は、問題でありませんが、「あれか、これか」の決断にせまられるとき、どちらをとるか。そのとき、釈迦は、ブッダの法に生きる道を選んだ。だからこそ、三千年を距てながら、いま魂に仏教が生き続けている、ということを忘れてはならぬ、と思います。

     親鸞の場合

 伊東 親鸞にしましても、しばしばお話していますように、国家権力、支配権力には、こっぴどくいためつけられております。それにたいして親鸞は、『教行信証』の「後序」をみればわかりますように、実にきびしく批判しています。そこでは「主上臣下、法に背き、義に違し」とまでいっていますがこの法とは、いうまでもなく仏法のことです。
 けれども、親鸞は、暴力にたいするのに、暴力をもってしたのではありません。そこの土地にいて念仏することができなくなれば、そこを去って念仏せよ、と教えています。また、自分も、そのように実践しています。つまり、権力に妥協して、正しい念仏をゆがめてまで、生きのびよう、とはしなかったということです。
 念仏の縁がつきたら、そこを去る。それでいて親鸞は、国のため、国民のために念仏せよ、「世のなか安穏なれ、仏法ひろまれ」と念仏せよ、自分たちを迫害するもののためにもいのれ、と教えています。
 このように親鸞は、当時、政治的なすくいから全く見捨てられた人びとに、「アミダの本願を信じて念仏もうす」ということを教えて、生きる自信と勇気を与えました。しかし、自分は、政治を行う者になって、人びとの上に立つ、指導者になる、ということはしなかったわけです。
 ですから、宗教が団体として、政治的発言をするとなると、どうしても宗団我、宗派我を主張せずにはおれなくなる。しかし、釈迦や親鸞が教えているように、ほんとうの宗教者は、そういう権力への意志を超克しなければならない。が、それがなかなか超えられない。けれども、それを超えねばならない。そういう意味で、宗教と政治の問題は、自己否定的に生きて、そうして、ほんとうに自己を完成する、自己を成就する、という、この人生における、非常に大切な、重要な問題である、と思います。では、これで――。
 司会 どうもありがとうございました。


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