3 第三・四・五章
 歎異抄の世界 (伊東慧明著)

   
  目  次  
 1 序・第一章  
 2 第二章  
 3 第三・四・五章  
 まえがき
  一 第三章の一  
  二 第三章の二  
  三 第四章 ◀ 
   原文・意訳・注  
   案内・講師のことば
   講  話  
   座談会  
  四 第五章   
  補 説  
 4 第六・七章  
 5 第八・九・十章  
  謝  辞  
  ※ Web版註: 本サイトは、著者および出版社のお許しを得て、管理者の責任で公開するものです。
           内容に関する連絡および問い合わせ等は管理者に行って下さい。
三 第四章 「愛の真実」


     講 話 「愛 の 真 実」

愛の真実
 今日は、ずいぶん寒いことですが、そのせいか、参会者の数も、ずいぶん思いきって、すくなくなりましたね(笑)。先月は、大学の方の都合で、予定の日を変更した上に、結局は、教学研究所の不破さんに代講していただいたようなわけで、申訳ありません。
 京都では、毎日、徹夜のようなことばかり続いておりまして、いったい、歎異抄が、自分の生活のなかにあるのかないのか、うたがわしいような、まったくお恥しい二か月を過しておりました。それで、相変わらず、身辺の状況としては、ゆっくりお話できるようなことではないのですが、ともかく、体だけでもここへ運んで、みなさんにお会いしようと思って、出かけて来たような次第です。
 それで、先日、一月の二十二日でしたか、中日新聞の「ともしび」欄に、この会のことが大きく報道されている記事を、松井君から送ってもらいまして、わたしも拝見しました。それを読んで、マス・コミに騒がれるとか騒がれないとか、マス・コミの線に乗るとか乗らないとか、というようなことにとらわれずに、この会を、名実共にいい会にしたいものだ、と思ったことです。で、今回は、案内状に書きましたように、「愛の真実」というテーマで、第四章を拝読したいと思います。
 これは、仏教でいうところの慈悲の問題ですが、この第四章を、わたしは「愛の真実」というテーマで読んでいきたい。もっとも「真実の愛」といってもいいわけですが、そういうときにはなにが真実の愛であるか、ということが、あらかじめはっきりしていないと困る。そして、なにが真実で、なにが真実でないか、といえば、まるで愛には、真実と不真実の二種類があるように決めこんでしまいやすい。たしかに、愛にはいろいろある、いろいろの表現がある、といってもいいのでしょうが、しかし、愛そのものは、いくつもあるはずはない。愛そのものは一つにちがいない。それで、愛とはなにか、愛のはえとうのすがたは、いったいどういうものか、ということを、みなさんと一緒に考えていこうという、わたしの気持ちをあらわすには、「真実の愛」というよりも、「愛の真実」とした方がピッタリする。それで、ここに、こういう題を出したわけであります。

さまざまな愛の表規
 愛ということについては、これまでにも、なんども話しましたし、また、ある意味では、語っても語っても、語りつくせない問題だといえましょう。これは、愛は、わたしたちが生きている問題、生の問題と、切っても切れない関係にあるものだからです。
 たとえば、男女のなかの愛情、恋人同志とか、夫婦とかの愛情は、性と深いかかわりがありますが、この性は、また人生の生にも通じるものであります。したがって、愛の真実を求めるということは、人生の真実を求めることである、人生の生き甲斐を求めることであるともいえるのでしょう。こういう意味で、愛の真実なるものは、ただ一つであるにちがいない、と、このように思うわけであります。
 ところが、この人生において、わたしたちが、愛と呼んでいるものは、一様ではありません。たとえば、動物の愛とか、人間の愛とか。そして、人間の愛にも、親子の愛、兄弟の愛、友人の愛、夫婦の愛などと、いろいろ違いがあります。
 いつかの座談会で、竹田君が、野良猫のことを話されたのを思い出します。ある時、物置きに行ったところが、野良猫が子を産んでいた、その親猫が子猫をかばって、竹田君にむかってきた。あれは、動物的な愛、盲目の愛なのか、どうか。人間の心にも通じるものがあるのか、それともエゴイスティックな人間よりも、立派な生き方なのか、と。そういうことを問題にしてみたことがありました。
 先日、新聞を読んでいましたところが、鶏の親と雛鳥(ひなどり)の関係について、こんなことが書いてありました。つまり、生まれたばかりの子雛(こびな)を金網の中に入れて、親鳥を外へ出しておく。すると、親鳥は、子雛に近づこうと思ってか、金網の周囲をうろうろして廻る。ところが、子雛をガラスのケースに入れて、なき声が聞こえないようにしておくと、親鳥は、そ知らぬ顔で、(えさ)を拾っているというのです。そういう実験からわかることは、鶏の親子がつながっているのは、ピヨピヨとなく子雛の声を聞くということである。たとい見えてはいても、それがわが子だとはわからない。つまり、視覚には無関係で、聴覚をとおしてつながっているのである、と、そういうことが紹介してありました。
 このような、鳥たちの愛、動物たちの愛というものを克明に調べてみれば、その共通点や相異点というものが、いろいろわかるのでしょう。また、人間――といっても、動物的な一面をもっているのですから、他の動物たちと共通するようなこともあるにちがいない。けれども、動物と人間とちがう点として、たとえば、親から子にたいする愛だけではなくて、人間には、子が親を(おも)うという心がある。子から親にたいする愛は、親の恩を知る心ですが、この、恩を知る心は、換言すれば、自分の生命(いのち)の根源を憶う心である。いま現にある、この生命の根源を憶う心、生命そのものにたいする根源的な愛、これは、人間のみにある独自の愛である、と、こういってもいいのでしょう。

精神生活における基本的な感情
 とにかく、この愛というものは、わたしたち人間の精神生活における基本的な感情として、非常に大切なものであります。このごろでは、英語のラブ(love)ということばも、生活の中で、ごくしたしく使っていますが、さきほどももうしましたように、この愛とかラブということばであらわされるものは、人生とは切っても切れない深い関係にある。愛なくしては人生はありえない。
 にもかかわらず、仏教では、従来、この愛ということばを、いい意味には使わぬのじゃないかと、このように一般に思われているようです。キリスト教は、愛の宗教である。「なんじ自らを愛するごとく、なんじの隣人を愛せよ」と教えられる。つまり、キリスト教は愛を説く。ところが、仏教は、慈悲を説くけれども、愛ということを、あまり表面におし出して強調しない、と、このように考えられている。そういうことがあるから、わたしは、いま、慈悲について述べる第四章を拝読するのに、ことさらに「愛の真実」というテーマを出してみたわけです。
 つまり、愛にも浅いもの深いものがある。仏教では迷いのもと、苦しみのもととされるような愛もあるが、また慈悲ということばであらわされるような愛もある、そういう深い愛を明らかにしてください、そういう愛に生かされて生きる人になってください、と、このように第四章は語りかけているのであります。

トゥリシュナーとプレーマ
 さて、愛は、インドのサンスクリット語では、トゥリシュナー(trsna)といいますが、これは、渇愛(かつあい)と訳されます。辞書をみますと、「咽喉(のど)の渇いたものが水を求めるように、欲望の満足を求めてやまない心」とありますが、つまり、ほんとうに潤いのあるゆたかな愛ではなくて、ガツガツ渇き愛する、渇きの愛。
 その一つは、情欲とか、性欲というような欲愛。こういうものは、酒色に耽溺(たんでき)する、惑溺(わくでき)するというように、ふけりおぼれる、まよいおぼれるけれども、しかし、満足するということがないわけです。満足げにみえる、満足したかにみえるということはあっても、ほんとうに満足したとはいえない。水が咽喉をとおるとき、渇きは癒えるけれども、咽喉をとおってしまえば、やがてまた渇きの状態がやってくる。生きているかぎり、なん回でもなん回でも、そういう状態になる。
 それから、第二は、生存欲とでもいうべき有愛。生きているかぎり、欲愛がおこってくるのですが、その情欲をおこすような生命を愛着する、執着する。しかし、愛は、ただ生命を大切にする、生命を愛着するというような、生命愛、生存欲だけではありません。ときには、人間は、生命がなくなることを欲することもある。それで、第三は、非有愛(ひうあい)という。生命を否定しようとする。逆説的ないい方をすれば、生命を否定してまでも愛を貫こうと執着する、そういうような愛。つまり、生命を(いとお)しむ人間が、また、自虐(じぎゃく)もする、極端な場合には、自殺さえもする。
 このように、渇愛とよばれるものがあるということが、とりもなおさず生きているということであります。だから、そういう愛があるからこそ、人生の楽しみを感ずるけれども、また、そこに人生の苦もある。愛のはたらきが旺盛なのを、人生の意気さかんであるというのでしょうが、この生がさかんであるということは、苦楽の情が激しいということでもある、と、このようにいわねばなりません。これを仏教では、渇愛、トゥリシュナーといいます。また、同じサンスクリット語のプレーマ(prema)を訳して愛といいます。
 ところが、仏教によりますと、この愛には、けがれた愛((とん))と、けがれのない愛((しん))がある、あるいは妻子などを愛する欲愛と、一切の人びとを慈愛する法愛があるともいわれております。そして、この法愛が、すなわち慈悲の心であります。法愛という意味での愛を、慈悲というわけであります。

独立者における愛
 この慈悲は、ブッダ(仏陀)の心でありますが、そのブッダのことばを信じ、そのことばをよりどころとするところに仏弟子が誕生する。したがって、ブッダとその弟子を結ぶところの愛は、信愛である。ブッダの法愛をうけ、信愛に生かされて生きる人、それが仏弟子であります。
 『大無量寿経』をみますと、
 「世間の人民・父子・兄弟・夫婦・室家(しっけ)中外(ちゅうげ)の親属、当に相い敬愛して、相い憎嫉(ぞうしつ)することなく、有無相い通じて貪惜(とんじゃく)を得ることなく、言色(ごんしき)常に和して相い違戻(いれい)することなかるべし」
とありますが、ここには、人間相互の横の関係が説かれております。法愛、信愛をえて生きるものは、また互いに敬愛すべきものである、と教えられております。これは、盲愛とか欲愛とか溺愛というものとちがって、ほんとうに人格と人格とを認めあったところに成り立つような愛、独立者相互の愛、それを敬愛というわけであります。
 ですから、『大無量寿経』では、このことばのすぐあとに
 「人、世間、愛欲のなかにありて、独り生まれ、独り死し、独り去り、独り来る。行くにあたりて、苦楽の()に至り趣く。()自ら之にあたる、代る者、有ることなし」
とあります。これは、人生の愛欲を高めるというか、深めるというか、愛欲を純化して、お互いに敬愛することのできるようなものになり、独立するものになれ、と、このように教えるものであろうと領解するわけであります。

エロスとアガペ
 まあ、愛ということばの説明が長くなっておりますが、これまでもうしたように、仏教では、愛には浅深があるといいます。と同じように、やはり長い歴史をもつ西洋においても、愛は、平面的に考えられているわけではありません。ご承知と思いますが、ギリシャの昔から、愛は、エロス(Eros)と、アガペ(Agape)とに区別して考えられております。
 今日では、下品な話、いわゆるおとし話のことを、エロ話といいます。また、なまめかしいのをエロチック(erotic)、色情(的傾向)というものをエロチシズム(eroticism)といいますが、もともとエロスというのは、古代ギリシャの愛の神さまです。わたしたちが子供の頃、羽の生えた美少年のキュウピッド(Cupid)、セルロイドで作った人形を、おもちゃにして遊んだのを思い出しますが、あのキュウピッドは、恋愛の神さまで、つまりエロスのこと。この愛の神さまから、情愛とか性愛とか、あるいは、理想的なものにたいする愛、自分を高め努力することによって実現される愛、というものを意味するようになってきたわけです。
 それにたいして、アガペは、神の愛であります。これは、ギリシャに起源があるわけですが、特にキリスト教では、神の愛のことをアガペといいます。ルージュモンという人、これは、フランスの哲学者ですが、この人の『愛について』という書物をみますと、その中には、「エロス、または限りなき欲望、アガペ、またはキリスト教的愛」という論文がのっております。
 それで『新約聖書』のなかの「ローマ人への手紙」のなかに、「わたしたちのためにキリストが死んでくださったことによって、神は、わたしたちに対する愛を示されたのである」とありますが、この愛、すなわちアガペであるといわれます。
 それから、さきほど紹介したルージュモンは、こういっております。
 「敵を愛しなさい、という言葉は、なにを意味しているのか。それは利己主義の放棄であり、欲望と苦悩にとりつかれた自我をうち捨てることだ。それは孤立的人間の死であって、隣人の誕生である」
と。
 こうして考えてきますと、よくわかりますように、ことばは同じ「愛」であっても、そのことばで表現しようとするものには相違がある。一語でいえば「愛」であるが、その意味するところはいろいろである、といわねばなりません。
 それで、この愛というものを知ることができるのは、智慧であります。つまり、愛の種々相は智慧によって見出される。ですから、たとえば、親猫が子猫をかばうのをみても、それを、単なる動物の盲愛だ、ではすまされないというところに意味がある。あの座談会の話に意味があるのは「はたして、自分は、あの親猫のようにやっているのだろうか。あんなとき、あのようにやれるだろうか」ということが反省されていること。つまり、単なる動物を見ておるのでなしに、猫のすがたの上に自分のすがたが写ってみえる。そこに、自己を知る智慧、自覚の智慧がはたらいている。
 ですから、子猫をかばった親猫は、一応は、動物の愛をあらわしたものであるけれども、それをみて、「おれは人間だというが、はたしてどうか」と自分のことを考えたとき、その親猫の動作のなかに、動物以上の愛のはたらきを感じている。動物以上の愛の声を聞いている。したがって、愛の深さというものは、すなわち、愛を知る智慧の深さである、自覚の深さである、と、こういっていいと思うのであります。

聖道の慈悲
 さて、それで第四章をみますと
 「慈悲に、聖道(自力)の慈悲と、浄土(他力)の慈悲のちがいがある」
とあります。これは、聖道と浄土の二種類の慈悲が相対するかのような説き方であります。これは第三章の善人・悪人と同じことで、並べて説くから相対的表現ということになりますが、ここに歎異抄の表現上の特徴があるし、また限界もあるといえるのでしょう。一応は、この二つを並べて、聖道の慈悲はこういうもの、浄土の慈悲はこういうもの、と、二つの違いを説くことによって、やがて慈悲の真実、愛の真実を明らかにしていくのであります。
 それで、まず
 「聖道の慈悲というは、ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむなり」。
「もの」というのは、物質という意味の「(もの)」ではなくて、生きとし生けるもののこと、つまり衆生のことをいいます。「聖道の慈悲というのは、自分の力で、あらゆる生きものを、あわれみ可愛がり、育てあげようとする心である」。こういう心は、ことばをかえていえば、菩提心というものである。菩薩の心である。
 この前、「慈善運動について」というテーマで座談会をしたときだったと思いますが、林さんが、道元禅師のことばを出しておられました。慈悲というのは、「衆生をまず先に度して、そして、自分は後から度る心である」と。つまり、他をまず救う、自分以外の一切のものを先に救う。そうして、自分の救われるのを一番後にする。これが、慈悲である、と。
 それで思い出しましたが、仏教の経典のなかに、ジャータカ(本生(ほんじょう))という物語が含まれております。これは、釈尊の前生の因縁物語で、これを、本生譚(ほんじょうたん)、前生譚ともいいます。そのなかには、たとえば、鷹に追われた(かささぎ)を救うために、自分の肉を割いて与えたという話や、あるいは二人の兄を救うために、餓えた虎に身を投げた王子の話などがあります。これらはみな、釈尊の捨身の布施を語るものです。
 布施には、衣食金品を施す財施と、教えを説く法施がありますが、いまのように、わが身を与える、生きた肉を与えるのは身施とでもいいましょうか。この捨身の布施、ここに聖道の慈悲の徹底したすがたがある。「ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむ」。慈育し、養育する。そのために、身を与えて、他のための血肉となる。それを、他の衆生を先に済度して、おのれを後にする、ともいうわけであります。
 「しかれども、おもうがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし」。
「思うように救いを実現することは、きわめて困難である」と。つまり、聖道の慈悲は、善にあこがれる人間にとっては、理想的な最高の愛であるといっていいのかも知れない。けれども、思いのままに救いを実現することは、きわめてまれである。捨身の布施というものは、人間にとっては、理想であって、現実ではないのじゃないか、と。
 自分のことを悪人だと思っている人ならば、こういう愛が実現できそうに思うのかも知れないけれども、第四章は、悪人の自覚に徹底している親鸞のことば、自分のことを愚禿釈親鸞と呼んだ親鸞のことばであります。それで、こういっている親鸞にしてみれば、聖道(自力)の慈悲を理想とする人はあるにしても、それは現実にはないものだといわねばならない、と。よく、人生は思いのままにならぬ、といいますが、それと同じように、愛を実現することは、なかなか思いどおりにはいかないということで、人間愛というものの有限性・相対性というものを示しておるわけであります。

シュヴァイツェルの悲劇
 これは、先日、『中外日報』という宗教関係の新聞に載っていた記事ですが、それは「シュヴァイツェル博士の悲劇」というのです。シュヴァイツェルについては、いまさら何ももうしあげなくとも、みなさん、ご承知のとおりですが、岩波新書の中に、野村実という人の書いた『人間シュヴァイツェル』という本があります。その序文をみますと、
 「博士は、神学者、哲学者、音楽家、赤道アフリカの医療伝道者、ゲーテ学者である。その、どの一つをとりあげても、他人が一生涯かかって(ようや)く自分のものとすることができる名声と、うんちくとを、博士はひとりで(すべ)て所有している」
と書いてあります。
 つまり、その生涯は、キリスト教の愛の精神によって、ラムバレネに病院をつくって、アフリカ原住民相手の医療伝道を行うなど、世界中のだれもが知らないものはないような、実に輝かしいものである。世界中の人びとから尊敬されてもおりますし、またノーベル平和賞も受賞しました。さきほどの野村氏の本に、こういう文章があります。
 「一九一五年の夏であった。海岸地方に休養していた博士は、ある宣教師夫人の発病のために招かれて、カヌーで河を上っていた。時は乾季で、河には至るところ砂洲が現われていた。三日目の夕方のこと、博士は考えるに疲れて、沈んでゆく夕陽を眺めている。河馬(かば)の群が、眼の前の砂洲に現われる。と突然、彼の脳裡を稲妻のようにかすめた言葉があった。『生命の畏敬』という一語である。……『鉄の扉は開けた!密林に路は見えた!』と、その日の喜びを彼は記している。『生命の畏敬』は、長いことほぐれなかった文化観のもつれを、一刀両断した」と。
それから、また、こうあります。
 「博士は、その生命の中に、同時に他の生命を生きている人である。かれにとっては、(すべ)て生命を守りこれを進めることが善であり、生命をなくし傷けることが悪なのである」。
 ところが、新聞の記事によりますと、そのシュヴァイツェルにも一つの悲劇があった、と。つまり日本人の弟子の高橋功という人が、『アフリカ』という雑誌に、「シュヴァイツェルの黒人観」について、ちょっとした文章を発表した。もう四十五年も前に、シュヴァイツェルがいったというのですが、わたしはその原文をみて、たしかめてきたわけではありません。ただ新聞の記事からご紹介するわけで、あるいは誤っているかも知れませんが、それによると
 「黒人と交わるには、親しみと権威を結びつけるのが大切だ。
 わたしは、お前の兄弟だ。だが兄だ」
といったというのです。いまから、ほぼ半世紀も前に、世界中の人がかえりみないアフリカの原始林の中へ入っていって、そうして「わたしは、お前の兄弟だ」といえたということは、まったく大変なことだった。それを端緒に、黒人たちにも光というものが感じられるようになった。つまりシュヴァイツェルは、黒人解放の偉大な先駆者であった。
 ところが、最近は、黒人の、ことにインテリたちの自意識、民族意識というものが高まってきて、民族解放運動もさかんになってきた。それで「わたしは、お前の兄弟だ。だが兄だ」の、後のことばが問題になったというのです。もちろん、シュヴァイツェルに、「わたしは、お前たちを愛してやるんだ」というような、(おご)った心があったと思うのは思いすごしでしょうが、あの半世紀にも及ぶ献身的な愛の実践が、現実からどのように報われているか。もちろん献身というならば、ほんとうの献身は捨身でもあり、無償のものであるべきですから、どう報われるのか、そんなことは問題ではないのでしょうが、シュヴァイツェルの悲劇といえば、ここに、まことにいたましい悲劇があります。「思うがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし」という現実があります。

たすけとぐるということ
 ここで注意しなければならぬのは、「たすげとぐること」とある点であります。単に「たすけること」ではない。ほんとうに助ける、救いを徹底して実現する、救いを成就する。これは、きわめて有り難いことである、というのですが、こういうことばは、親鸞が越後に流され、やがて関東に移り住んで、多くの人びとと生活をともにしたなかから、身をもって体験して、実験して生まれてきたことばである、と思います。親鸞の『和讃』には
  自力聖道の菩提心
  こころもことばもおよばれず
  常没流転(じょうもつるてん)凡愚(ぼんぐ)
  いかでか発起(ほっき)せしむべき
ともいってあります。聖道の菩提心、すなわち、衆生を先に(わた)す心を、この凡人・愚夫の自分に、どうして起すことなどできようか、と。

浄土の慈悲
 これにたいして、
 「浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもっておもうがごとく衆生を利益(りやく)するをいうべきなり」
とあります。つまり「浄土の慈悲というのは、念仏を称えて、ただちにアミダの浄土に生まれるものとなり、いそぎブッダとなって、大慈大悲の心を身にえて、思いのままに人びとを救うことである」と。
 ここに「思うがごとく」ということばが、二回出てきました。はじめの「思うがごとくたすけとぐること、きわめてありがたし」の方には、「人間の」、「衆生の」、「わたしの」ということばを補って読む。「わたしが思うように、救いを実現するということは、きわめてまれである」と。しかし、あとの方の主語は、人間ではありません。「念仏して、いそぎブッダとなって、ブッダの心、すなわち大慈悲心を身にえて、ブッダの思うがごとく、人びとを救う」ということであります。
 それで、この「いそぎ仏になりて」ということ、ブッダになろうと願う心を、仏教のテクニカル・ターム(術語)で、願作仏心(がんさぶっしん)といいます。そして、この「いそぎ仏になりて」のあとに「それから」とか「そうして」ということばを入れて読むから意味がわからなくなるのですが、「ブッダとなって、大慈大悲心をもって、ブッダの思うように、衆生を利益する」。これが、さきほどからいうように、此の岸からさとりの彼岸へ衆生を度そうとする心、つまり度衆生心(どしゅじょうしん)であります。
 だから、この一句には、自らブッダとなろうという願作仏心、つまり「ブッダヘ」方向する心と、他の人びとを救おうという度衆生心、つまり「ブッダから」出かける心と、これが一体になって包まれております。この「ブッダへ」というのを往相、「ブッダから」を還相といいますがここで、なによりも大切なのは、まず自らがブッダとなろうと願うことであり、その中に、人びとと共にという道も自然に開かれる、と、このように親鸞は教えているのであります。
 『観無量寿経』をみますと、あの有名な
 「仏心とは、大慈悲これなり。無縁の慈をもって、もろもろの衆生を(せっ)す」
ということばが出てきます。たしかに聖道の慈悲も、慈悲ではあるけれども、大慈悲とよばれるようなすぐれたもの、無縁の慈悲とよばれるような純粋なものは、仏心にのみある。ブッダの心としてのみ、大慈悲は顕現する。だから、愛の真実を求めるものは、なにをおいてもまず、いそぎブッダとなるべきである、と。

慈悲の三縁
 それで、この慈悲を、衆生縁の慈悲、法縁の慈悲、それから、さきほどの無縁の慈悲、と、このように区別します。しかし、これも三種類のものが相対してあるというのではなくて、人生の表面に、というか、人生に(あら)わに表われたところに、まず親子・兄弟・夫婦・異性というような関係の成り立つ愛がある、それを衆生縁の慈悲、凡夫の慈悲といいます。
 その親子・兄弟というような業縁で結ばれている世界の底に、それを成り立たせている真理の世界がある。因縁(いんねん)あって生じ、因縁あって滅していくという真理がある。その真理をさとっておこすような愛が、法縁の慈悲といわれるものです。そして、無縁の慈悲というのは、平等絶対の慈悲、仏の大悲であります。ここに、縁が無いと書きますが、これは、人間に考えられるような縁というものは無いということ、縁として考えられるものを全く離れているという意味で無縁といいます。
 これについて、多少、拡大解釈になるかとも思いますが、わたしは、いわゆる縁、われわれに考えられるような縁ではないけれども、ひとたび真理の法、アミダの法にめざめてみれば、一切のものは縁ならざるはなし、すべてみな、縁ならざるはなし、ということ。これを無縁という、と。
 親子だとか兄弟だとか、あるいは真理がわかるとかわからぬとか、そういう、わたしの思いを超えてあるもの。次の第五章には、「一切の有情(うじょう)は、みなもって世々生々の父母(ぶも)・兄弟なり」とある。「すべて生あるものは、みな、長き世をかけて生まれかわる間に、互いに父母ともなり兄弟ともなってきたのである」とありますが、人間の智慧では捉えられないような深い世界を見開いて、縁ならざるはない。それが、大智をもってしては、縁なし、かかわりをとらえるすべなし、というはかはない、と。つまり、ブッダの智慧の深さというものが、深い愛の世界を見開いていく。そして、その究極の世界を、ブッダの無縁の慈悲、大悲の世界というのである、と、このように考えるのであります。

摂取して捨てない心
 さきに引いた『観無量寿経』に、「仏心とは、大慈悲の心である。仏は、無縁の慈をもって、もろもろの衆生を救済してくださる」とあった、あのことばの直前に、
 「一一(いちいち)の光明、(あまね)く十方世界を照らし、念仏の衆生を摂取して捨てたまわず」
とあります。アミダの智慧の光明は、十方の世界を照らしている。これは、第二章の「めざめ」のところでもうしましたように、古歌の「月影の、いたらぬ里はなけれども」ということです。アミダの智慧が及ばねところはないけれども、アミダの心は、念仏する人の心にあらわれる。「月影の、いたらぬ里はなけれども、ながむる人の、心にぞ住む」。月を見る心を失っている人には、月の光は照らしてはいても、まるで月の光はないかのようである。ないかのようではあるけれども、月の光がないのではない。アミダの光明は、徧く十方の世界を照らしつつある。だから念仏する人、アミダを憶う人の心に、アミダの、ブッダの大悲の世界が開かれる、と。
 そうして、アミダの慈悲が、ここに「摂取不捨」と語られております。慈とは、摂取する心である。悲とは、捨てない心である。この慈のことを、サンスクリット語では、マーイトレーヤ(maitreya)とか、マーイトリー(maitri)といい、人びとに楽を与える心、与楽の心だといわれています。そして、悲は、カルナー(karna)の訳で、苦を除く心、抜苦の心を意味します。
 この慈が、摂取といわれるのは、一切の衆生を自己に包む、すべてをわたしの中に包みこむ、というかたちの愛だからです。そして、悲は不捨の心である。すなわち、いったん自己に包んだならば、自己に包んだところの他をもって自己とする。包んだ他の上に自己をみる。だから、捨てることがないわけであって、ここに、アミダのアミダたるゆえんがあるのであります。
 つまり、摂取ということだけなら、われわれ人間にもあります。精神的にも、肉体的にも、人間は、いろんなものを摂取して生きている。友を求める、恋人を求める、芸術を求める、食物を求める。けれども、摂取したものを捨てないというわけにはいきません。愛は無常であります。人生は無常であります。肉体は無常であります。だから、われわれは、摂取して生きているが、また、日夜、摂取したものを捨て、摂取したものと別れて生きております。つまり、摂取と不捨ではなくて、摂取と捨を反覆しながら生きております。だからこそ、不捨ということ、悲ということに、深い意味があるわけであります。

北森嘉蔵の「神の痛みの神学」
 『神の痛みの神学』という書物を書いた北森嘉蔵氏、これは、有名な神学者ですが、この人が、東本願寺の教学研究所から出している雑誌『教化研究』の、歎異抄特集号に論文を掲せておられます。それをみますと、親鸞の教えにたいして、いくつかの疑問を提出してありますが、その一つに「救いとは、このように、対立する罪人を、絶対者が愛の内に包むことである。それは二元を包む一元である。それゆえにこそ、この絶対者の愛は、痛みの性格を帯びるのである」といい、いまの、大悲の「悲」ということを問題にしておられます。ちょっと面倒になるかと思いますが、大事なことですから、もう少し紹介いたしますと、
 「ここで私が問わねばならないのは、この悲が、厳密に痛に通じる悲であったのだろうかということである。一般に認められているように、仏語としての悲は「かなしみ」として痛に通じる悲ではなく、「いつくしみ」として慈に通じる悲である。悲痛の悲でなく、慈悲の悲であり慈愛に通じる悲である。こうなれば、漢字の悲が、必ずしも絶対者の悲痛という思想を保証するものでないことが明らかになるであろう」
と述べて、そうして「親鸞、ないし浄土門系の仏教においても、『無条件の愛で、なにもかも包容する』という東洋的絶対者の考えかたが残存していることになるのであろうか」といっておられます。
 しかし、はたして仏教の、ことに親鸞のいう「悲」は、北森氏のいわれるように、慈悲の悲、慈愛に通じる悲であろうというだけですまされるのでしょうか。これについて、親鸞の『教行信証』をはじめ、その他の著述をみますと、アミダの本願のことを、多くは「悲願」とか「大悲の願」といってあって、親鸞自身のことばとして使ったものでは「慈願」というのはありません。これは、なんでもないことのようですが、よく注意しなければならぬところだと思います。
 また「智願」ともいってあります。これは、アミダの智慧をもって、われわれの現実を明らかにしてくださる、そうして、われわれのあるべきすがたを教えてくださる、というので、智願というのですが、しかし、その他は、悲願といって、慈願とはいわない。ここに、ブッダの(いつく)しみをありがたいと思いながら、それに甘えてはならぬという、親鸞の深い心があらわれているとみることができましょう。もし、慈とか悲とか智とか、こういうことばを、願という字の単なる修辞に使ったのなら、そのとり合せが、いろいろあってもいいはずであります。

大非に同体するアミダの大悲
 田辺元という哲学者は「大悲とは、大非の心である」といっておられますが、これによって、わたしは、悲とは、大非の現実に捨身したアミダの自己否定である、大非の現実を自己とするアミダの痛みである、と、このように従来から領解しているのであります。非というのは、そうあってはならぬ状態にあることである。その、非ざることを非ざることとして、しかも、それに身を同じて捨てない心、それがアミダの悲しみであります。
 悲しみというものは、本来、衆生はブッダとなるべきものである、本来ブッダたるべきものである。それが、いま、無明(むみょう)の世界に迷うている。そういう衆生を発見して、悲しみ痛みながら、しかも、その非という現実にある衆生を、自己に摂取して捨てない心、これこそが大いなる悲しみである、といわねばならない。
 無明のなかで迷うている他をもって、自己とする。そこにアミダの自己否定がある。ただ、あんかんと(さと)りの世界に坐っておれない。「智慧あるがゆえに生死(しょうじ)に住せず」。ほんとうの智慧があるから、この人生にとどまっておれない。さりとて、「慈悲あるがゆえに涅槃に住せず」。ほんとうの愛があるから、さとりの座にいるわけにはいかない。だから、悲とは、無明のなかの人びとを痛み、悲しみながら、その非の人生に同感し、同体して、人びとの自覚をまつ心である。この、同体の大悲こそ、純なる愛の捨身である。そして、この、大非の現実に捨身したアミダを、法蔵菩薩と呼ぶのである、衆生の一人ひとりにはたらきかけるところの、アミダの因位、すなわち法蔵菩薩である、と、このように領解するのであります。
 ですから、北森氏は、仏教の悲は慈悲の悲、慈愛の悲であって、痛みということはないのでなかろうか、といわれるけれども、親鸞は、悲願といって、慈願とはいわなかった。そこに、ブッダの慈悲に甘えてはならぬ、ブッダの慈愛に甘えてはならぬ、慈悲というならば、アミダの慈悲は、無縁の大悲である。それで、親鸞は、この、アミダの大悲に深く感動しておられたからこそアミダの願いは「悲願」であると強調された。われわれは、この、アミダの「悲願」にめざめねばならぬ、と、このような親鸞の心を、こうしたことばの使い方の上からも知ることができるのであります。

慈善の心・同情の心
 さて、それで次の文章ですが、
 「今生(こんじょう)に、いかにいとおし不便(ふびん)とおもうとも、存知(ぞんち)のごとくたすけがたければ、この慈悲始終(しじゅう)なし」
と、ここで、聖道の慈悲について、いま一度ふれるわけです。「この世では、どれほどいたわしい、気の毒である、と思っても、意のままに救うことはできないから、このような聖道の慈悲は首尾一貫しない」といいます。
 ここで思い出すのは、この間から、たびたび話に出る「慈善運動」とか、「善意の運動」ということです。あの、中日新聞の「ともしび」欄に載った、この会の記事には、ポリオの子供の話が出ていました。つまり、あの場合は、同情ですか。同情という場合の愛情――。同情ということは、ポリオの子供を立ち上らせるのに必要なのか、それとも、自分の力で立とうとする意欲を結局、ジャマすることになるのか。
 同情なら、きっと自分と他とを見くらべて、自分が優位に立っている、と思っている。たか上りして、相手を見おろしている。同情して、満足げに振舞っている。けれども、この場合の満足は、自己満足なんですね。われわれ人間の満足には、始終がない、一貫しない。だから、同情はしても、それで思いは実現していかない。思ったように実りがない。かえって、同情した結果が悪かった、ということを、みなさんもきっと経験されたことでしょう。
 まあ、慈善とか、善意という問題については、これまで、だいぶ話し合ってきましたから、われわれの善意や慈善ということだけでは、どうにもならない現実がある、と、そういう結論はすでに出ているわけです。その場合、当面、すぐ考えられることは、個人の力は知れたものだ、だから、個人を超えた社会の力とか、あるいは国の力というもので、なされねばならぬことである。
 政治とか、経済とか、社会福祉というような制度の問題だとか、さきほどの、ポリオのように病気の問題だとか、あるいは年老いて、行くところのない老人問題だとか、いろんな問題が、小さな善意というものを超えて、山積している。では、そのような、政治や経済や、あるいは社会の問題というような、諸問題が解決すれば、それで「ものをあわれみ、かなしみ、はぐくむ」という慈悲が、ほんとうに徹底して実現するのでしょうか。

岩倉政治の「親鸞」から
 それについて、岩倉政治氏――、この人は『親鸞-歎異抄の人生論』という本を書いた人で、作家として、政治家として、社会問題、政治問題に非常に深い関心をもつとともに、親鸞にも親しみをもっておられる。在家に生まれたけれども、大谷大学に学んで、あの鈴木大拙先生にも教えを受けられた人ですが、その岩倉氏が、こういっておられます。
 「地上における人間の善意と努力は、すべて一貫性と徹底性をもつことのできぬ、聖道の慈悲に過ぎぬのでしょうか。親鸞は、その通りだというのです。それは認めざるを得ないというのです。なるほど、それは、有閑(ゆうかん)マダムの、慈善事業や、役人の恩にきせた指導愛護だの、補導助成などにいうならわかる。母の愛の場合でも、それが個人的な愛である限り、うなずくことができる。しかし、社会事業とか、社会改良とかいう、かりそめの慈善や救援を、本当の解決とは考えていない革命運動のばあいはどうであろう。こういう問題が出てきます」
と。そして、「革命運動もまた、地上の人間がやることですから、どんなに崇高な理想と犠牲を覚悟していても、それは、聖道の慈悲であることにかわりはなく、したがって、その慈悲は、絶対のものでないというのであります。親鸞の、こういう断言は、いかにも人民大衆のために殉じ国に殉じようとする人びとを侮辱するもののようであります。しかし、これこそ親鸞のまじめさ真剣さをあらわすことばでないでしょうか」というておられます。
 これは、非常に大切な問題であります。親鸞の生涯をたどりながら、残されたことばを読み、残された教えを聞いてみますと、よくわかるのですが、「この慈悲始終なし」というようなことばは、親鸞の体験から見出されたものであります。
 二十九歳で比叡山に見切りをつけて下山したときにも、三十五歳で越後に流されたときにも、四十歳をすぎて関東に出かけるときにも、衆生利益という課題、どうして人びとを救うか、人びとと共に救われていくかという問題は、いつも親鸞の胸底深く秘められていました。それこそ一生涯を貫いて持ち続けた、大きな課題でありました。その体験をとおして、聖道の慈悲の正体を知ることができました、と、それを「この慈悲始終なし」というわけであります。

石川五右エ門の釜入りの話
 ここに、聖道の慈悲ということばでいわれる人間の愛というものの限界を語っております。そのような愛に期待を寄せることはできない、と。そして、この愛の有限性、相対性ということについて、岩倉氏は、母親から聞かされた石川五右エ門の話を書いておられます。
 「石川五右エ門は、釜いりの刑を受けるとき、はじめは、わが子を守る親心で、頭の上へ差し上げておった。しかし、いよいよ釜の底が赤くなり、自分の足がこげかけたとき、わが子をいきなり足の下へ敷いたそうだ」
と。なにか、ゾッとするようなことばです。まったくイヤな話だとも聞こえるでしょうが、これは人間の愛の正体というものを、よくいいあてた話であります。
 ここには、そうでないということのできないものがある。ギリギリのところにつきつめて考えれば、このことばのとおりにちがいない。つまり、ここには、相対的な、限りの有る人間愛にたいする深い自覚が語られております。それで、「お前が可愛くて、かわいくて死ぬほどだけれども、そうかといって、お前が病気になって、身代りになれといわれても、自分は死ねない」、石川五右エ門を笑うわけにはいかない、と。
 この話で思い出しましたが、あの『観無量寿経』のなかのイダイケ(韋提希)夫人のことです。
 自分の子供から、夫を奪われ、自分も殺されかかったとき、イダイケ(韋提希)は、なんといったか。
 「世尊、われ、宿(むかし)、なんの罪ありてか、この悪子を生める」
といった。「お釈迦さま、わたしは、これまでに、どんな罪を犯したというのでしょうか。どうして、こんな、親殺しをしでかすような悪い子を生んだのでしょうか」と。
 しかし、よく考えてみますと、その子のアジャセ(阿闍世)は、一度は、生まれるとただちに、高楼(たかまど)から地に棄てられた。まあ、今日では、この子はほしくないからというので堕胎をしますがそんなようなもので、生まれるときに、すでに一度は親から棄てられた。けれども、結果的には指を一本そこねただけで助かった。そうして育ててみれば、わが子だから、やはり可愛いい。いつの間にか、イダイケ(韋提希)は、そんなことを忘れてしまって、いま「わたしは、どんな罪を犯したのでしょうか」とグチをいっている。ヌケヌケといってのけている。この愚痴を、無明といいます。智慧がない、だから、人生の、そうして愛の、正体がわからない。つまり、自覚というものが、この愛の限界というものを見開いていくわけであります。

美しい善意とその限界
 それで、慈善とか、善意の問題ですが、この前の座談会のときでした。坂道で車を引いて登っている人をみれば、後から押してあげるというような話が出ていました。ところで、阿部磯雄という人、これはキリスト教的社会主義者といいますが、社会民主党で、政治活動や著作活動をやった人ですが、実は、この二月四日が、ちょうど、阿部磯雄氏の生誕百年になるのだそうです。それで、ある雑誌を読んでいましたところ、こんなことが書いてありました。
 それは、「主婦の友」の元社長だった石川武美氏が、まだ無名の雑誌記者だった頃、阿部氏のところへ原稿をもらいに行った。貧乏青年のことで、ドロ靴をはいていたんだが、帰りに、ふと見ると、靴が見違えるようにきれいに磨いてあったというのです。こんなことは、話に聞けば、なんでもないことですけれども、われわれは、めったにやらぬことです。それで石川氏は、なにか明るいものを感じた。そうして、帰り途に、ただ何ということもなく、大八車に野菜を積んで坂道を上っている老人の後押しをして、その坂道をかけ上った、と。阿部氏の奥さんから受けた一つの光ということですね。
 こういう善意というものが、たとい小さくても、明るく人を動かす力になる。そして、善意が善意を呼んで、善意の輪が拡がっていく。それで、石川氏は、「徳はひとりならず、必ず隣がある」と書いているわけです。
 こういう一つのエピソードというものを、ここに取り出してみますと、これは人生の一コマとして、美しい一幅の絵であります。われわれも、それを聞くと、なにか教えられるところがある。そこに大切なものがあるのに気づく。その美しいすがたから、あるべきすがたを教えられるのだけれども、現にいま、わたしは、そのようにあるか、また、そのようにありうるか、と、反省してみますというと、それが美しいナといっている自分は、決して美しくない。
 美しい人生の一コマは、大切なものなんですが、いつもそのようにあるかと問えば「始終なし」といわざるをえない。もちろん、善意の光にふれて、感激して大八車を押した行為をとやかくいおうとするのでありません。善意は、たとい小さくても連鎖反応をおこして、社会を明るくしていきます。けれども、わたしがいいたいのは、愛の実現というならば、それだけでは片のつかない問題がある、ということです。そういう善意の前提に、「この慈悲、始終なし」という自覚がなければならぬということです。
 
真実への誘引
 さて、それで最後に
 「しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろうべき」
とあります。「だから、念仏を称えることだけが、ほんとうに徹底した大慈悲の心、すなわち愛の真実である、というべきものであろう」と。
 これについて、前に「浄土の慈悲というは、念仏して、いそぎ仏になりで、大慈大悲心をもって、おもうがごとく衆生を利益するをいうべきなり」とありました。まず自らがブッダとなろう、そこに、人びとと共に救われる世界が開ける、と。いま、それを承けて「しかれば」といいます。
 そして「念仏して」とあったのが、ここには「念仏もうすのみぞ」となっています。「念仏して、いそぎ仏になりて、大慈大悲心をもって――」とあったのを、「念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろう」と結論づけてきます。ここに、一つ、歎異抄の表現上の問題点があると思います。はじめに、一応、聖道と浄土の慈悲を説明しておいて、やがて、二つが並ぶのではない、結論はこうだと、真実へ誘導していく。これを、方便というわけであります。

本多顕彰の「歎異抄入門」から
 この、聖道の慈悲は、「今生に、いかにいとおし不便とおもうとも」という。それにたいして、「念仏して、いそぎ仏になりて」とある点について、本多顕彰氏は、『歎異抄入門』で、こういっておられます。
 「『急いで仏になって』というのは、『急いで、死んで仏になって』という意味にとうぜん解さ れる。後にも指摘するが、彼(つまり唯円)は、親鸞が『往生』と言ったのを『死』と解しているようである。彼(つまり唯円)の了解した『極楽往生』は、この世に死んで極楽に生まれることであった」
と。もし、そうだとしますと「急いで、死んで仏になって、大慈大悲心をもって、人びとを救うのだ」となって、話が変になります。
 それなら、大慈悲心を発揮するには、急いで死んで仏になることだ、つまり急いで自殺でもして、というのが手っとり早い、ということにもなりかねません。が、親鸞は、そんなことをいうはずはありません。この「いそぎ」ということばの中には、「現在」という意味があります。「いそぎ」ということは、明日ではない。「いま」だといううながしであろうと思います。
 それで、そういう心をあらわそうとして、意訳には「念仏を称えて、ただちにアミダの浄土に生まれるものとなり、いそぎブッダとなって、大慈大悲の心を身にえて、思いのままに人びとを救う」としたのであります。
 ここで、ちょっと注意しておきたいのですが、「仏になって」というのですから、これは成仏のことをいいます。この成仏と往生の関係ですが、これは「往生して成仏する」、すなわち、「アミダの浄土に往生して、ブッダとなる」ということであります

往生と成仏
 これについて、曾我量深先生は「往生は心にあり、成仏は身にあり」といっておられます。どうしてアミダの浄土に生まれることを期さねばならぬか、といいますと、この身があるからであります。この身があるかぎり、この身のあるところを浄土ということはできない。さとりということはできない。ブッダということはできない。けれども、アミダの世界に往生して、必ずブッダとなるのだという確信は、現在、ただいま与えられる。念仏を信ずる心に開かれる。それで親鸞の作といわれる『帖外(じょうがい)和讃』にも、
  超世の悲願ききしより
  われらは生死の凡夫かは
  有漏の穢身(えしん)はかわらねど
  こころは浄土にあそぶなり
とあります。現在においては、この煩悩をもった身は変わらない。ということは、この身が変わらぬかぎり、煩悩はなくならない。つまり、われわれを、この穢土にくぎづけにしているものが身であります。が、アミダの浄土を願う心は、アミダの浄土に直結している、と。

ブッダとなって人びととすくわれよう
 それで、さきほどもうしましたように、まずブッダとなろうとする心、すなわち願作仏心と、すべての人びとを救おうとする心、すなわち度衆生心が、いま求められている。願作仏心と度衆生心が、「いま」求められている。その「いま」が、念仏もうす「いま」につながる。ですから、念仏もうす現在の心の中に願作仏心、度衆生心がそなわるのである、と。これについて親鸞は、こういっております。
  願作仏の心はこれ
  度衆生のこころなり
  度衆生の心はこれ
  利他真実の信心なり

  浄土の大菩提心は
  願作仏心をすすめしむ
  すなわち願作仏心を
  度衆生心となずけたり
と、つまり、願作仏心が、すなわち度衆生心である。人を救ってから自分が救われるとか、あるいは、自分が救われてから人を救ってやるという話ではない。願作仏心が、すなわち度衆生心である、と。ここに、親鸞の考える慈悲というものがあります。

アミダ無縁の大悲
 でありますから、親鸞が「念仏もうすのみぞ」というのは、ただ口さきで、ナンマンダブということではありません。口に、「ナムアミダ仏」と称えるということは口に念仏を称えるような生活態度ができあがっている、そういう実践があるということでしょう。つまり、全生活が、念仏もうすのである、と。ですから、ここに「念仏もうすのみぞ」とあるのは、すでに第一章の「念仏もうさんと思いたつ心」、そして第二章の「ただ念仏して」とあったことばを承けて「念仏もうすのみぞ」というわけであります。
 では、そういう、「念仏もうす」心が、われわれのどこに開かれるか。それを第二章にかえってもうしますと、「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」。ここに、人間というものの徹底した自覚が語られております。その、人間の自覚の徹底したところに、「ただ念仏」が聞こえている。
 これは、第一章、第二章、第三章で話したことを繰り返しているのですが、「いずれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし」というのは、「曠劫(こうごう)より已来(このかた)、常に(もっ)し、常に流転して、出離の縁あることなし」。ここに、われわれの生きている現実がある。この「出離の縁」の「縁」が「無」い、と。つまり救いに「無縁」であるということが「無縁の大悲」の世界、すなわち「愛の真実」にふれた自覚を語るわけであります。

人間愛をつくす道
 さて、時間も、予定をオーバーしていますし、これで一応、第四章を終ることにしたいと思いますが、「存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし」といい「しかれば、念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろう」というところから、わたしは、念仏生活における問題として、新しい問題がおこってくるのじゃないかと思います。
 すなわち、教えのことばとしては「念仏もうすのみぞ、すえとおりたる大慈悲心にてそうろう」である。そして「今生に、いかにいとおし不便とおもうとも、存知のごとくたすけがたければ、この慈悲始終なし」であって、そのとおりにちがいありません。が、にもかかわらず、「存知のごとくたすけがたけれども、いとおし不便とおもう心やまず消えず」ということがある。そう思わずにおれないわたしがある。そこに問題がある。
 「たすけがたければ、この慈悲始終なし」というのは、人間愛というものが、光に照らされたところの教えであります。光に照らされてみて、はじめて「そうです」といえるのですけれどもしかも足下から、いとおし不便とおもう心がおこってくる。これが問題であると思うのです。
 「たすけがたければ、この慈悲始終なし」というのは、人間愛、衆生縁の慈悲というものですが、その人間愛、衆生縁の慈悲の最高のものが、聖道の慈悲である。しかも、この聖道の慈悲というものは、理想であって現実ではない。そういう深い自覚というか、人間愛の坐折、人間愛への断念が、足下のアミダの愛に生かされて生きるという現実に出会いさせる。そして、この、アミダの智慧ある愛、無縁の大悲が明らかになることによって、われわれには、かえって人間愛を尽して生きるという道が開かれる。それを転生とでもいいましょうか。これからの課題として、よく考えてみたいと思います。
 新しく転開するところの生き方。そこに、人間愛を尽くさしめるはたらき、聖道の慈悲を尽くさしめるはたらき、限りのある愛を尽くさしめるはたらき、夢や理想でなくて、ほんとうの力を出し尽くさせるはたらき、そういうはたらきを「念仏もうす」というのであると思うのであります。
 それで、もし、念仏もうすということがなければ、聖道の慈悲に夢を托していかなければならぬし、聖道の慈悲だけが愛ならば、夢の中に人生を送ることになるのでしょう。考えてみれば、わが愛人、わが親、わが子の、だれ一人として、思うように愛することができない。思うように育てることができない。まして一切衆生を、おもいのごとくたすけとぐるということが、どうして可能だといえましょう。
 だから、わが子を、わが友を、わが親を、わが兄弟を、愛して、わが生を尽くさしめるはたらき――、それが「念仏もうす」ということである。「念仏もうす」ということは、アミダの大悲のはたらきであるけれども、その大悲のはたらきに育てられ、その真実の愛に愛されて、われわれは、この限りの有る人間愛、衆生縁の慈悲を尽くしていくことができるのである、と、このように領解するわけであります。
 今回は、ことばの説明など長くなったり、話の筋が一貫しなかったり、むつかしかったりで、お聞きになりにくかったことと思います。これで、第四章を終りまして、次回は、第五章を拝読したいと思います。(昭四〇・二・二四)


目次に戻る /ページ先頭/ 次に進む