2 第二章
 歎異抄の世界 (伊東慧明著)

   
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 2 第二章  
 まえがき
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  補 説  
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三 第二章の三 「ひとりに生きる」


   座談会 「東京オリンピックをみて」
    
                                       司会 野 呂  賢(農業)

 司会 これで七回も続けてお話を聞かせていただきましたが、まだ、さっぱりわかりませんので、みなさんのご意見をまとめるというようなことは、できかねると思います。それで、席だけかわって前に出ましたが、ここで、みなさんのご意見を聞かせてもらうつもりでおりますので、よろしくお願いします。

    自分に勝つ・孤独と戦う

 司会 今夜は、会がはじまるまでオリンピックの話ばかりしておりましたが、さきほどの先生の話にもありましたように、しばらくはオリンピック一色で過してきたようなものです。それで、今夜は、歎異抄から離れるかも知れませんが、テレビで東京オリンピックをみた感想などを話し合うことにしたいと思います。
 中村常 外人は、感情の表現が直接的やナ。あのフィナーレのとき、グランドに飛び出していって、抱き合ったりしている。
 それから、体操で、遠藤らの演技をみていて、あのネバリに感心したナ。なにか、自分に勝つというか、そういうものが、ぼくらには足らぬのでないかと、そんなことを思って観ていました。それにしても、体操の場合でも、外人は、あまり大きなミスはしなかった。
 竹田 解説で聞いたかぎりでは、遠藤の場合なんか、非常にむつかしいものに取り組んだから、ああいうミスも出たというじゃないですか。
 西山 あの、バレーの決勝戦。日本とソ連の戦いで、最後のセットのマッチポイントになってから、一点がなかなか出なかった。ああいうところに、人間の弱さというものがあるように思いました。
 伊東 ずいぶんいろんなことをみたり聞いたりしましたね。「オリンビックは、参加することに意義がある」といっても、やはり勝って、いい成績をあげたものにたいするのと、全く不振だった陸上とか水泳なんかにたいするのと、聞こえる声がちがってくるのは当然かも知れません。
 たとえば、水泳なんかは、もう教育制度から考え直さぬとダメだといいますね。アメリカなんかではもう小学校からカリキュラムの組み方がちがう。水泳日本が復活するのには、それから検討しないといけない、と。
 マラソンでは、円谷が三位に入ったが、あとのインタビューでは、円谷とアベベと、いうことがまるでちがった。アベベは、ゆうゆうとゴールインして、すぐあとで体操などやっていたけど、円谷は、もう全力を出しきって走った。それでゴールインするのをまちかねた恰好で倒れた。
 そのあとのイン夕ビューだが、ひと休みしたアベベは、もう四年先のことをいった。「今度は、メキシコで優勝する」とじところが、円谷は、「七万の観衆に迎えられたとき、どう思ったか」という質問に「ほっとした」と答えている。トラックを回りながら、イギリスの選手に抜かれて三位になったんだが、とにかく完走して、やっと責任を果した、やれやれと思ったと。選手にとっては、かけられた期待がどんなに重いものか、気の毒にも思えるが、円谷とアベベを比べてみると、やはりちがうんですね。
 中村常 アベベは、ローマで優勝してから、国民的英雄になって、東京でも優勝するものという国民的要求があったので、それで悩んだともいうてましたけれどね。
 伊東 どの選手にしても、国を代表しているんだから、そういう責任はたいへんなものでしょう。
 中村常 マラソンは孤独との戦いだといいますね。先月は、孤独について話し合いましたが、ひとりで走って、じっと自分をみつめるのか、ただ、もくもくと走っているようにみえるけど、あれで、激しい戦いなんですね。

     わたしのオリンピック観

 司会 このように、オリンピックについてなら、みな、いろいろしゃべることがあるだろうと思います。今日は、かたくならずに、ザックバランに話し合ってください。
 林善 わたしは、自分なりにオリンピック観をまとめてみましたので、ちょっとご批判いただきたいと思います。
 とにかく、日本はあかんなあー、いつも弱いなあー、というのが、一般の声だったようです。それは特に陸上、水上の成績が悪かったということにあるようです。
 それにたいして、わたしは、日本えらいぞというのです。どうしてえらいかというと、日本の陸上にしても、水上にしても、負けた理由は二つある。
 一つは、体格の相異。たとえば、背泳ですと、一八〇センチの人と一六○センチの人では、出発のときに、もう二〇センチも差がついている。だから、泳ぐ間にその差をちぢめねば勝てない。そういう体質からして相異がある。ですから、重量制の競技では、だいたい良い成績をあげています。重量あげでも、柔道でも、そのとおりです。だから、そういう体格の相異は、現実に背負っているんだから、負けるのがあたりまえで、勝ったのは、なおえらいんだといえると思います。
 それから、もう一つの理由は、敗戦国日本ということ。あの昭和二〇年頃の日本は、食うや食わずの生活だった。そういう時代に生まれて成長した少年が青年になって、今度の大会に参加した。子供の頃に栄養のたりないなかから大きくなった体で、戦勝国のアメリカを相手にして戦った。だから、日本えらかったぞと、わたしはいいたいのです。
 これからは事情もちがってくるでしょうが、今回のところは、先生のお話ではないけれど、歴史を背負っている東京大会だったということで、日本の善戦を称讃したいのです。
 たとえば、マラソンの円谷とアベベが対象して語られています。内面的な問題は、さきほど先生のおっしゃったとおりだと思います。しかし、かたちの面でいうと、アベベは一〇〇〇メートルも離して、ゆうゆうと走ってゴールインしたのですから、屈伸体操は十分できると思うのです。ところが、円谷は頭一つくらいもちがうイギリスの選手の足音を聞きながら、ずっと追われて走った。最後には、二足三足のちがいで追われながら走ったんだから、実に、えらかったと思います。国民の期待を背負うているのは、いずれも同じですが、マラソンの場合、わたしも経験がありますが、追われたときは抜かせて追うぐらいの方が楽なんです。それを頑張って、ゴールインしたときには、全力を出し尽くしておったということで、わたしは、円谷もほめたいのです。
 司会 林さんは、日本の負けた理由として体格のことをいわれましたが、それには別の意味の体力の差というものもあるのとちがいますか。重量差があるのでは、日本は小さい方で良い成績をあげたんですが、その小さいのは外人では体格の悪い人だし、日本人としては大きいというか、優秀な選手である場合が多いんでしょう。
 たしかに、技術的な競技、たとえばバレーの場合でも、体の大きい方がうんと有利だといえる。その体力の差をこえてバレーが優勝したのは、ずいぶん激しい練習をしたから――。ああいうところに、自分に勝つというか、精神力というようなものが大きな位置を占めるように思います。
 林善 それで、わたしは、そういう小さい体で勝った日本はえらかった、と、こういいたいわけです。
 司会 体格的なちがいといいますけど、いまの高校生になると、ぼくらよりずっと大きくて、外人と比べても、それほど小さいとはいえないようになってきていると思います。アメリカのショランダーなんか、十七歳で、金メダルを四つもとったといいますと、そう体力だけを重視できないのでないかと思います。
 だから、日本の若い人の活躍が少なかったということは、日本の国が、放任的な自由主義になって、わたしたち若いものの精神的な支えというか、力というものが足りなくなってきているのではないかと思うのですが――。
 林善 それもですね、敗戦という歴史を背負ってここまで来ているので、君のいうようなところまでまだ及ばなかったんでしょう。
 大松さんが監督したチームは、ちゃんとやったんですから、ああいうような教育が徹底すれば、できるんだということですね。だから、これから、だんだんそれができるのではないですか。

     いかに努力したかということ

 司会 チームワークというような問題はどうでしょう。
 村瀬 バレーの場合、ソ連の女子チームは、個人の力は、日本の河西や宮本以上にあるけど、チームワークの点に欠点があるというような解説でしたね。
 伊東 それで思い出しましたが、みなさんは感じませんだか――。あのソ連の体操ですが、これはテレビをとおしてのことだし、ふとそんな印象だったということなんですが、あのチームだけ特に、なにか静かなというか、淋しいというか、そういうカゲのようなものがあるのを感じましたね。
 どこのチームも、失敗すると肩をたたいたり、成功すると握手をしたり、喜怒哀楽が素直に表に出るのに、あのチームは、どうも失敗しても成功しても感情をあらわに示さない。
 ソ連のスポーツマスター功労賞というのは、永久的なものなんですか。前のオリンピックでは、帰国したコーチが左遷されたという噂さを耳にしたことがありますが、そんなことがあったのかどうか。
 松井 ぼくは、開会式の電光掲示版に出たクーベルタンの言葉ですね、「オリンピックは勝つことより、参加することに意義がある」ということは知っていたんですが、その後の「人生で最も大切なことは成功することより、その人がいかに努力したかである」という言葉に、特に感心しました。
 高田 そうだナ。オリンピックの選手が金メダルを目標に努力するのと、われわれが生きるのに一生懸命努力するのと、どこか似通ったところがあると思う。あれは、クーベルタンの言葉か。勝利が目的でなしに、勝利そのものが立派なんでなしに、それに到達するための努力が大事なんだ、と。ぼくらも反省して、それを自分のものにせないかんなあ――。
 松井 アメリカの三S政策というのか、スポーツ・セックス・スクリーンが日本人を堕落させたんだといいますが、現在のスポーツは、自分でやるのでなしに、観るものになっている。
 しかし、運動というか、練習というか、そういう動きのなかから、人生で最も大切なことは、成功ではなくて努力だという言葉が出てきたんだと気がついたら、この東京大会を機会に、スポーツというものを考え直さねばならぬと思うようになりました。
 伊東 たしかに、日本のスポーツは、いろいろ盛んだけど、一種のショーになりつつある、プロ化していく傾向というものがある。
 西山 ヨーロッパのフットボールなど、みんなが参加してやると聞きますが――。
 スポーツの向上ということでは、日本の場合、野球熱というのが、ずいぶんマイナスになっているように思います。陸上の選手でもよく走る人がプロ野球に引き抜かれる。柴田や広瀬が一〇〇メートルにうちこんだら、よく走る選手になったかも知れん。
 杉本 やはり、日本では、自分でスポーツをやる機会が少ないから、結局、他人がやっているのをみて自分もやっているような気分になるのではないですか。
 中村常 スポーツを自分でやっていると、プロというような世界には余り興味がなくなる。プロ野球をみている時間に、自分で野球をやっている方がいい。
 スポーツというものは、若い世代の、ある生理的な要求というようなものだろう。やれるものは、やらないとダメだと思う。それが当然かも知れん。しかし、現実には、スポーツをやれるという人ばかりではないのですね。やれること自体が、もう恵まれているといいますか。そういうものの中で、プロ的なものに代償を求めるというのは、非常に多いですね。

     スポーツにみる宗教の世界

 林善 スポーツをみていると、いろいろなことを考えますね。オリンピックで、体操の競技をみていて、自分の国に勝たしたいから、相手の国がなんとかへマをするといいなあ、というふうに考えている。要するに、相手に失策があればいいと思ってみている。
 この歎異抄の会で、いろいろ教えていただきたい勉強したいと思いながら、一方では、そんなことを考えている。こんなことをいうのは、むごいことかも知れませんが、選手も、自分と同じようなことを考えているのではないか、と。
 これは闘争の世界なんだから、それでもかまわんのかも知れませんが、そういうむごさというものは共に道を求めて、お互いをみがいていこうという宗教の世界とちがうような気がする。
 しかし、また反面、表彰式では、入賞した選手同志が、お互いに握手して、おめでとうというている。それは、先生のいわれた、あらゆる人びとの中に自分を見出していく世界に通じるものがあるから、投手ができるのか。「君のおかげで身心共にみがかれていく、ありがとう」という、あの表彰式のすがたは、実に尊い宗教的なすがただと、わたしは思います。
 伊東 なるほどね。表彰式を、そういうふうにみているあなたのなかに、宗教の世界があるということですね。
 さきに相手の失敗を期待するといわれましたが、実際、選手には、そういう気持ちがはたらくこともあるだろうし、そんなことツユほども思わぬということもある。問題は、そういうような人間の心がみえているということ。そこに宗教心の発動があるわけですね。
 それで、競技をしているのでなくて、競技をみているときには、いま林さんのいわれたような心がはたらいている。つまり、みているというのは、勝ち負けをみているのでしょう。
 われわれが、プロのスポーツをみているときも、金を賭ける賭けないはともかく、たいてい賭博的な気分があるものですね。
 村瀬 四年後のメキシコでは、アメリカからは、ほとんど黒人が出てくるんでないか、といいますが――。
 伊東 ぼくも、そういう感じがしますね。黒人というのは、いろんな意味で、すぐれた人は非常にすぐれた力をもっているでしょう。スポーツでも芸術でも――。
 アメリカでは、白人と黒人の差別待遇がまだまだ根強く残っているわけですが、黒人に教育の機会が与えられると、これから、うんと黒人の力はのびている。
 村瀬 ヘイズなんか、すごいですね。
 中村常 アフリカは、新興国スポーツ大会の方に参加したが、おそらく彼らも、四年後には、非常に強くなってくるのでないかナ。開放されたエネルギーというか、眠っておった力がおき出して、発揮されたら、ずいぶん強いでしょう。
 林善 そして、文化人ほど、だんだん弱くなるんじゃないですか。
 中村常 アメリカでは、黒人は白人と一緒に泳げぬらしい。もし一緒に泳がして教えたら、すごい黒人が出てくるんじゃないかナ。一五〇〇で一五分台が出るかも知れん。
 司会 スポーツの場合、ものすごく厳しい訓練を受けたら、なんのためにこんな練習をするのかという迷いは出てこないんでしょうか。
 竹田 マラソンなんか、そういう気持ちになりやすいやろうナ。走り出したときには、沿道の人をみたりして、ああ美しい娘さんがいるなんて思って走っている。ところが、疲れてくると、なんでオレは走らねばならぬか、と思うてくるらしい。

     農家とオリンピック

 竹田 それで、話はかわるけど、オリンピックはアマチュア・スポーツということになっているが、依田にしても飯島にしても、貝塚チームにしても、結局はプロではないのやろうか。大学のスポーツでも、そういう例があるわけやが、それで食べてはおらんけど、結局はメシのタネやナ。
 秋田県の農民が「農家とオリンピック」ということを、新聞に書いておるのをみたが、そこに、日本の選手には農民出身者はいないのじゃないか、自分らが気楽に参加できるオリンピックにせなあかんのやないか、と。
 それから、東京に出ている娘が、オリンピックをみせるというて、親を東京まで呼んだ。そして、それが村中の話題になった。それは、涙のこぼれるほど美しい話にちがいないけど、そんなことを美しい話やといわねばならぬ社会が問題や。だれもかも、東京でオリンピックがあるから行こうやないか、と気楽に行ける社会というか、それは政治的な問題だけど、そういう問題もある。
 オリンピックだからというて、さあ豚を飼え、牛を飼え、卵がええから鶏を飼え、というて、結局、生産過剰になって、みんな同志うちの共だおれになった。そういう農民がたくさんおる。そういうことが書いてあった。オリンピック、オリンピックというておる裏に、そういう問題があるわけや。
 やはり、一〇〇メートルなら一〇秒フラットでないと勝てぬし、たしかに速く走るのは立派やけど、われわれは参加できない。体操にしても、ローマで別れて東京で会いましょうと灯が消えてから四年間毎日毎日練習して、それが、わずか一分か三〇秒ですんでいく。それで失敗したら、おしまいだ、と、アナウンサーがいっていたが、たしかにそうや。高い金をかけた四年の苦労が、三〇秒の間ですんでいく。
 村瀬 けど、何千、何万という人が、その、ただひとときに向って進んでいく。そこにスポーツの精神があるのでないですか。
 林善 わたしは、四年間の練習が、四、五分ですんでいくというふうにオリンピックをみてしまうのは、どうかと思います。
 そういう過程で、選手のなした行為が、次の選手を生み出していく。あるいは、同じスポーツをしていこうという後輩のために道を開くことになるんじゃないですい。
 さきほどの話ではありませんが、わたしたち、いく、ら勉強しても親鸞にはなれん、お釈迦さんのようにはなれんのでしょうが、それでも、その親鸞の教えのもとに、一歩でも前進させていただこうということで、この会ができているんですから――。そういう、アマ的・プロ的なものも、一つのバックポーンとしてあるということも、大切なんじゃないですか。

     勝つことと参加すること

 中村常 あの、クーベルタンの言葉ですが、勝つためではなく参加することに意義があるというのはたしかにそのとおりだと思う。しかし、マラソンでも、ゴールに向って走っているときは、なにがなんでも勝ちたいと思っているんだろう。
 もちろん、走る過程そのものが尊いということにちがいないけれども、クーベルタンの言葉は、簡単に、ただ参加さえすればいいんだというような、あやふやな言葉として受けとったらダメだと思う。
 高田耕 このオリンピックで、一番称讃された立役者は大松さんだったと思うが、大松さんは、参加するのでなしに、勝つことに意義があるといったんとちがうのかナ。
 林善 そう。優勝に一つの目標をおく。金メダルもらわなんだら、なにもならぬ。
 司会 その勝つためということですね。それを信念というてはいかんのですか。
 ぼくは、いまの農業が、これからさき、日本の政治政策のために、また社会がますます複雑になっていくために、やりにくくなる。すると、自分が、いま、方針を立てて農業をやっても、社会が変れば、その方針どおりやれるかどうかと迷う。いま、ぼくは、その迷いを打ち消していく心構えというか、その道に励むだけの信念を植えつけたいと思って、お話を聞かせてもらっているのです。
 松井 信念を得たいという気持ちもわかるし、これからの農業の問題が、どんなに大事かということも問題としてはわかる。しかし、その農業をやっていくという人生で勝利者になるということは、いったいどういうことか。またの機会に、そういうことも考えたいですね。
 中村常 スポーツは、ただ参加するだけと思っていたら、面白くない。
 けど、自分が勝利者になるということは、他人が敗者になるということ。つまり、他人を負かして敗者にするために戦う。
 村瀬 スポーツは、やはり参加することと同時に勝つことに目的があるのでしょうね。
 杉本 スポーツでは、他者を負かして敗者にするという、それでいいのでないですか。
 竹田 しかし、スポーツは参加するもんだという考えからいえば、オリンピック、オリンピックと騒ぐのも、どうかしているナ。

     ある新聞のマンガ

 伊東 今日、ある新聞をみていたら、こんなマンガがのっているのです。それは、メガホンをもってジャングルに向って「もう、オリンピックすんだぞ出てきていいぞ」と。けど、だれも出てこない。オリンピック避難で、ジャングルに入ったものはおらんらしい、と、メガホンをもって帰ろうとすると、こちらに二人やってくるものがおる。「わたしらはこれから山へ入ります」と。つまり、オリンビックがすんで、いよいよこれから税金があがったり、住みにくくなる。それで、これから山に入るというんですね。
 そういう問題――。オリンピック・ムードのカゲにかくれてみえない、いろいろの問題があるわけで東京都政は、オリンピック問題にしぼった、それであの水キキンもおこったんだといわれるほどですね。
 竹田君のいわれる参加ということですが、いろいろな意味から、日本人でオリンピックに参加していないものは、だれもいないんだ。それなのに、参加しているという意識がないとすれば、それはいったいどういうことなのか。
 オレはテレビでみただけで参加しなかったというかも知れんが、直接参加というような参加の仕方はしなかったけれども、事実は、みんな、それぞれ参加しておった。けど、ほんとうに参加したんだということにならぬとすると、それは、いったいなにだったのか、よく考えなければなりませんね。
 マンガじゃないが、逃げ出したくなるようなかたちで、参加していたのかも知れない。そういう問題は、これから起ってくる問題でしょうね。つまり、あとになってはっきりしてくるような、そういうかたちの参加であった、と。

     智慧に統御された闘争本能

 伊東 それから、勝つためにということも出ていましたが、勝つということはどういうことなんでしょう。
 人間が生まれながらに持っている闘争本能というかそういうものをルール化したものがスポーツなんでしょう。いろんな民族と民族のもっている特質、特徴というもの、走ったり飛んだりしていたものを、一つの型におさめて、いろいろな競技が生まれてきたのでしょう。だから、日本人から発生した競技もあれば、イギリス人の競技もある。いろんなものを持ち寄って、オリンピックが出来あかる。
 だから、闘争というても、スポーツでは、戦いの終りが、はじめてから決めてあるわけですね。ルールを決めておいて、これこれの勝負がつけば、それで終り、と。
 民族同志、国同志が、敵味方に分れて争うわけですが、これがスポーツでなかったら血を流す戦争になってしまう。それを、闘争本能を統御するというか、一定のワクの中にはめこんで、そして戦う。だから、スポーツは人間の智慧が生み出したものといえるでしょうね。スポーツは、人間相互のある約束にもとづいて行われる。それでスポーツを成りたたせているのは、人間の智慧だということができる。
 だから、入場式とか閉会式とか、あの瞬間には、一応は民族間の問題というものはなくなるといってもいい。全くないわけじゃないけれども、なくなるんでしょう。
 今日、あの閉会式をみながら思ったんですが、あの瞬間、閉会式に参加している人の中に、東海道新幹線が出来たが、ひとつテンプクさせてやろうかなどと考えていた人はなかっただろうと思いますね。また、あの会場に、鉄砲とか空気銃とかを持ってきて、撃ち込むような可能性は、あるといえば十分あった。あれだけの人間が集まっているんですからね。しかし、そんなバカなことをするものは一人もいない。というより、参加した人なら、そんなことは考えもしなかったでしょう。
 そういうことから、智慧に統御された民族相互の生のいとなみということを感じますね。
 しかし、そうはいっても、新興国スポーツ大会に出たということで、オリンピックには参加できなかった国がある。そればかりか、同じ日本にいて、身近にテレビでみていながら、参加しているとは思えないということがある。テレビの画像の向う側の出来事で、われわれが参加しているわけじゃないとしか思えない、というような問題がある。
 こういうことは、これからのわれわれの課題だと思いますね。
 そして、オリンピック・ムードというような、ムードづくりの問題もありますね。
 竹田 それは、民族性というか、日本人には、オリンピックならオリンピックというものに目標をおいて、それに酔わぬことにはおれぬというようなものがあるのとちがいますか。
 伊東 そうですね。比較的、日本人には、そういうものがあるということはできるかも知れませんがそれを、日本人の民族性だけで片づけることもできぬと思いますね。どの民族にも共通するようなものもあるわけでしょう。
 竹田 このごろの経済のあり方がそうなっているというのか、どうか知りませんが、ムード、ムードで押さぬとダメだというようなものがあるのとちがいますか。
 伊東 ムードづくりをしておいて、それで煙幕(えんまく)をはるようにして、実態をわからぬようにしておいて国民の知らぬ間に、とんでもないところへ連れてゆかれておった、と、そういうことがないとはいえぬでしょうね。
 中村常 とにかく、オリンピックと無関係に過した人も、ずいぶん多かったんでしょうね。

     東京オリンピックの反省

 林善 このオリンピックの東京大会で、一番うれしかったのはだれでしょうか。わたしは、そういうことも考えてみたいのです。みなさんには、それぞれお考えもあるでしょうが、わたしは、やはり天皇陛下だと思うのです。
 まあ、わたしは、あの戦争の体験者だということで、みなさんとは考えがちがうかも知れませんが。ご承知のように、敗戦のときの詔勅(しょうちょく)には「たえがたきをたえ、しのびがたきをしのんで、戦争に負けるんだ。どうか、わたしのいうことを聞いてください」というような言葉がありました。
 それで、陛下が、マッカーサー元帥を訪問されたときに、元帥は、玄関へ迎えにも出なかったし、握手もされなかった。それは、その当時、日本の高官の多くの人たちは「自分は戦争に反対だった」というようなことをいって、自分の立場をよくするような発言をした。それで、マッカーサーは、天皇陛下もやっぱりそういうことをいいに来たのでないかと思ったので、握手もしなかった。
 ところが、陛下は、どういう言葉だったか正確には知りませんが、「わたしは、どうなってもかまわぬから、皇室はどうなってもいいから、どうかあなたの力で国民の生活を守ってやってほしい」ということをいわれた。それで、最後には、マッカーサーも敬意を表して握手をし、玄関までお送りした、ということを聞いております。
 いずれにしても、そういう体験をされた陛下が、九十六か国の選手を前にして、大会の宣言をなさった、あのシーンをみて、東京大会で一番うれしかったのは天皇陛下ではないか、と思いました。最後の閉会式にしても、やはり、そういうように思ったわけです。
 伊東 それについては、いろいろな見解があるんでしょうね。天皇陛下に開会宣言をお願いしたのはいかにもコクだったという人もあります。それは、とりまきの人が悪いんでしょうが、陛下にはご引退願って、若い皇太子が出られるべきだったというのです。
 イタリーの新聞記者でしたか、「戦争の生きのこり、亡霊が出てきて大会宣言をしたのはショッキングだった」というような記事を書いたのは――。つまり、ヒットラーも、ムッソリーニも、戦争の責任をとって処罰されている。それなのに、三国同盟の責任者の生きのこりが出てきたのには驚いた、というわけです。イタリーやドイツで、そういうように思う人があっても無理からぬことなんでしょう。
 いま、終戦のときのことを話されましたが、あの戦争をはじめるとき、陛下は、ずいぶん反対されたそうですが、とりまきの軍国主義者が押しきってしまった。ちょうど、そういうように、陛下は、ハレの舞台に出るのでなくて、静かにオリンピックをごらんになりたかったかも知れない。それを、とりまきの人たちが、押しきって、開会式に出ていただいた、と、そういうことも想像されますね。
 竹田 やはり、反省せんならぬところは、おおいに反省すべきだということやナ。
 京大の人文科学研究所の先生だったと思いますが「大阪からみたオリンピック」というので、いうことなしの開会式、それが欠点だとフランスの新聞が書いた、と。欠点のないのが欠点である、と。それで、あれが大阪だったら、日本の選手が出てくれば胸から鳩をとばして応援するとか、なにか突飛なユーモアにあふれたアイデアで、もっとお祭り気分を盛りあげたかも知れぬと書いてありました。また、オリンピックに便乗して、東京都の問題を、いろいろ国にさせたというような点も衝いていました。

     宗教的ないとなみ

 司会 先生、最後になにか、ひとこと――。
 伊東 今日の案内状には「マーチ風に語りあいましょう」とありましたね。まあ、とくにテーマをきめて話しあったわけではありませんが、東京オリンピックをみての感想を、お互いに、ざっくばらんに話しあったわけで、これは、これでいいのでしょう。
 はじめの講話でお話したこと、歎異抄の問題というものには、直接には関係がないようですが、こういう話しあいを、無理に宗教と結びつけようとしたり、会通しようとしたりなど、しないほうがいいと思います。
 というのは、こうして集まって、一つのオリンピックについて話しあっている姿勢そのものが、ぼくには、宗教的ないとなみなんだと思えるからです。
 歎異抄に聞いていく人生の問題というものは、オリンピックというような、身近な具体的なところにあるわけで、だから、「歎異抄に聞く」という態度さえはっきりしていれば、それでいいわけです。
 ですから、マーチを歌うように、話しあったところまでが終りで、また、これが新しい始めであるということで、来月の会を楽しみにして、今夜は、これで終ることにしてはと思います。
 司会 どうも、ありかとうございました。東京オリンピックが終ったばかりなんで、今夜は、それについて話し合ったわけですが、次回からは、また、ぼくたちの生活のなかからテーマをみつけて、話し合うことにしたいと思います。では、今夜は、これで――。


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