生死を超える道へ(下)

(社)在家仏教協会の機関誌「在家仏教(2005年6月号)」の志慶眞文雄氏と金光寿郎氏の対談をスキャナーで取り込みました。
「同(5月号)」に掲載された「生死を超える道へ(上)」の続きです。未だお読みでない方は、先にお読み下さい。

□金 光 これまで志慶眞先生が長い時間をかけた聞法の中で、仏法の広い世界に気づかれるまでのお話をうかがってきました。その後、熱心に聞法の会を開いていらっしゃいますが、あまり仏法になじみのない方に、いきなり仏教とはとかお経はこうと説明してもなかなか届かないところを、いろいろ工夫されていらっしゃることと思いますが。
■志慶眞 沖縄は念仏の教えに縁の薄い土地柄ですから、こういう教えはなかなか理解しがたいのです。それで、お呼びする先生には「こういう状況ですから、人間の生き方の問題を話してください、初めから念仏の話をすると来なくなりますので」そう注文をしてスタートしたわけです。
 五十名くらいの人に声をかけたのですが、集まったのは数名でした。初めは夫婦二人で聞くことが出発点でしたから、一人でも二人でも来てくださったら、それだけでうれしかったですね。医院内に掲示を出したり、知り合いに声をかけたりして、二、三年後には毎月公開講演会を開くようになりました。
 さらに継続して聞かれる方々が出てきて読書会も始めました。この読書会はその後、毎週開くようになり、もう十年くらいになります。沖縄ではこの教えはゼロからのスタートですから、本を読み、語り合いながらわからないことはわからない、疑問に思ったことは疑問と言おう。疑問を抱えたまま聞き続けてみよう、この教えは聞けば必ずわかる教えだからというメッセージを送りながら続けてきました。
 そして三年目くらいから「沖縄聞法通信」を出すようになりました。島根県から来られる岡本英夫先生の話を多くの方々に聞いていただきたいという願いをもって始めた聞法通信ですが、自分たちの思いも綴って、いま全国に二百部くらい発送しています。
 往復書簡に出会うまでは仏法を聞いているということさえ気恥ずかしくて人にはとても言えなかったのですね。しかしその後、この教えをいただいて歩まなくてはと決断するまでには三年ぐらいかかりました。その間に関先生は亡くなられ、細川先生も亡くなられました。お二人が亡くなってから、沖縄でこの教えのためにできることを本気にやってゆこうと思いました。もしこの教えに会わなければ、私はこの人生をむなしく終わる以外になかった、何のために生きて、何のために死んでゆくのかわからないままで一生を送ってしまうところでした。この教えに出会えて新しいいのちをいただいた、この場所で生きてゆける、そういう思いが自分にあったものですから、三年目ぐらいから聞法を積極的に人に勧めるようになりました。この仏法の教えがひとりでも多くの人に届くことを願いながら、毎日の仕事をしています。日頃は病院の職員にもミーティングでときどき仏法の話をしたりしながら、今日に至っています。
□金 光 ただ、たとえばこのお経にはこういう願があって、四十八願とはこういうものだというような説明ではなくて、現代人にとっても生きている問題で、さらに言うと、先生ご自身が抱えていた生死の問題、現代はその死を遠ざけようとするような生き方が盛んな時代ですし、病気も多く、死を考えざるを得ない境遇に直面したときに、慌ててどたばたしてもどうにもならないわけですが、こういうかたちで話をされると仏法の受け取り方も違ってくるのではありませんか?
■志慶眞 そうですね。だからこの仏法の教えをいろいろな人に届けたいですね。今、若者が行き詰まっています。ここの公開講演会のときに、本土から来られたある先生が、駅の階段やコンビニの前などでたくさんの若者たちがたむろしているがあの人たちもみんな往生人なんですね、とおっしゃった。それを聞いて私は、親に反抗する息子の問題を抱えていましたから、ああそうか、みんな道を求めている、みんな往生人だと思いました。往生人とは、大きい世界に生まれたい、生きるとは何か、死ぬとは何か、人生とは何か、そういう根源的な解決を求めている人ということです。
□金 光 そういうことを自分で意識していない人も多いでしょうね。
■志慶眞 そういう人たちにも、本当に生まれてきた意味といいましょうか、ああ生まれてきて良かったといえる、そういう人生が開かれるきっかけを作ることができたら、と。私どもは生老病死といいますけれども結局、それは動かすことのできない、みんな背負っていかなければならないものですね。それを超える道があるのだとお釈迦さまは言われたわけです。日常の私どもの世の中では、ある種のテクニック、例えばカウンセリングとかで解決しようとしますが、仏法とはそういった解決のしかたではなくて、もっと大きな世界に人間を出すことによって解決しようとしているのです。
 私どもは病気にもなるし、年もとるし、死ぬこともある。決して喜べないけれども、それを通して大きい世界をいただくことができる、そういう人生をたまわることができる、そういうものではないかと思うのです。

■志慶眞 世の中ではよく「人事を尽くして天命を待つ」と申します。子供たちにも、がんばれがんばれ、がんばったらいいことがあるよ、と叱咤激励するわけです。ところが、それでみんなが行き詰まっているわけです。
 私どもが生きている裟婆の論理はそのようにして出来上がっていますが、果たして本当に人生とはそういうものでしょうか。そうであるならばうまくゆかない人は悲惨な人生で終わるのではないでしょうか。
 明治時代に出られた清沢満之という先生は、これに対して「天命に安んじて人事を尽くす」と言われました。どちらも人事を尽くす内容は同じなのです。この話を聞いたから一生懸命になれない、ということはない。中途半端に考えるから何か力が出ないとか、がんばれないと思うことがあるのでしょうが、どちらも人事は尽くせる。しかし、やっている自分が明らかにならないで、一生懸命にやることは、結局は迷いではないか、流転ではないか、これはそういう問いかけだと思うのです。やっているその自分というものが何なのかということが、天命に安んずるということばの中にあります。
 この宿業、生老病死を背負って生きている自分というものを、目をそらさないできちっと見ること、私の中に煩悩があるのではない、煩悩に名前をつけたのが私。私はそういう身なんです。そういう身のままで、人事を尽くせる世界が開けるのです。私どもは自分というものがわからないから、自分に真実を立て、正義を立てていますが、じつはそういうものはない。自分に正義を立てるということは自分の正体を見誤っています。
 真実といい、正義といい、それは大きい世界に返すべきものであり、自分に立てるべきものではない。なぜかと申しますと、この身は、わが身かわいさで生きていて、私どもにある愛情は、我愛です。自己中心なのです。我愛でもって我愛を超えよう、自己中心でもって、自己中心を超えようとすることはできないことです。しかし、煩悩具足、煩悩が満ち足りている、そういう自分が実は大きい世界に生かされている。だから自分に根拠を置かないで、大きな世界にうなずいて生きることができる。だから百パーセント力が出せる。それまでは自分に真実や正義を立てて、一生懸命やることによって、なにか目的を達成しようとしてきたわけです。
 時々読書会でこういうことを申します。私どもは明日のために今のいのちを消費し、過去を悔いて今のいのちをいじめ殺している。だから、今に生ききれないのだ、と。それはなぜかというと、自分というものを見誤っているからです。自分の正体を見届けることによって、初めて私どもは大きい世界をいただくことができる。大きな世界がちっぽけな自分を教えてくれる、そういう世界が私どもの上に成立するのではないか、これが教えではないかと思うのです。
□金 光 人間の我執の強さは大きな世界の話を聞くとそれを我執の中に取り込むことがあるわけで、宗教を錦の御旗にしている今の戦争なども、本来の宗教だと大きな世界に、それこそ永遠の世界のほうに人間が入っているのだということに気づいたら、ああいう行動はしないだろうと思うのですが、それを人間のほうに持ってくると、我愛で宗教を利用するということで、人間というものは始末の悪いものだと思います。
■志慶眞 そうですね。だから今のいろいろな悲惨な状況は、一口で言えば人間の狂気だと思うのです。これはやはり自分に正義を立てるからなんですね。人間の上には正義はありません。正義も、真実も、仏さまに返すべきものです。それを自分に立てるために、逆に残酷になるのです。それはやはり、自分というものを見誤っているからです。

□金 光 仏法では、自分の一生というものはいろいろな説き方がなされていて、いわれてみればそうだと思いますが、なかなか自分では気づかないものです。
■志慶眞 そうですね。読書会ではときどき、古井戸に逃げた旅人の古い説話を話します。ある旅人が罪を犯して、追手を逃れて荒野に来る。追手が迫ってきて、逃げている途中で古い井戸を見つける。そこに蔦(つた)が垂れ下がっておりましたから、急いでその蔦を伝って下に降りて隠れようとする。ところが下では、大蛇(たいじゃ)が口を開けて降りてくるのを待っている。慌てて上を見ると、白い鼠(ねずみ)と黒い鼠が蔦の蔓(つる)をかじっている。
 私どもが旅人です。しかも罪を犯したということに意味があるのだろうと私は思います。私どもはみな有罪人です。生きるということは、いのちあるものを食べているわけです。どの人も忘れているけれども、実はみなそういう意味で罪を犯している存在です。白い鼠と黒い鼠は昼と夜ですね。蔦の蔓はいのち綱で、いつかは必ず切れる。切れたら下に落ちる。大蛇は死です。暗黒の死なんです。旅人は恐怖のあまり、しばらく震えていますが、その井戸の一隅に蜂の巣があるのを見つける。そこから蜜がしたたり落ちていて、思わず口を開けてそれを口に入れている間に、自分の状況を忘れてしまう。これが私たちではないか、そういうお話です。
 いつかは白い鼠と黒い鼠が、このいのち綱を切って、必ず死が訪れる。これは私が十歳の時にいだいた問題に直結するわけですが、そこで、どうせ死んでしまう、生ききれないと思うか、それともこの問題の本質的な解決ができるかどうか、もしこの問題の解決ができなければ、私が十歳の時に持った問いは解決できないわけです。この古井戸の旅人の話はそういう意味で心を打ちます。
□金 光 このたとえ話の、どうすればいいかというお答えはあるのでしょうか?
■志慶眞 私はあると思います。お釈迦さまの教え、仏法というものはこの問題の解決だと私は思います。一つは、我々はこの生死の生を生きているわけです。この生死には迷いという意味があります。私どもが見ている生死は迷いです。そこで死んでゆくことはむなしいとか悲しいとかと言っているわけです。ところが、仏教が届けるものは、本質的には無生の生です。生まれるのでもない、死ぬのでもない、実はその生と死を支えている大きな世界を人間に届けようとしているのですが、無生の生といっても、私どもにはわからない。そこに方便が必要なわけで、それが往生の生だと私は思うのです。往生の生というのは大きい世界に合掌して生きることです。
 実は私どもは、そこから出て、そこに帰るのだという大きい世界からの呼びかけがあるのですけれども、自分のちっぽけなエゴでそれを見えなくしている。ですからお念仏とは大きい世界からの呼びかけで我々にとってお念仏が往生の生です。そしてその肉体が滅びると、そのまま無生の生です。涅槃あるいは滅度です。
 けれども我々は、煩悩がある間は、この姿婆世界を生きる以外にない。古井戸の中の旅人は、いのち綱が切れるところに死を見ている。これは生死の生です。生死の生をこの娑婆世界で超えようとしても超えられないのです。たとえばどうやっていのち綱を長くするかとか、切れないようにするにはどうするか。あるいは忘れるために地位とか名誉とかをいろいろ取り込んで、しばしの間そういう悲しみや苦しみを忘れようとしている。しかしそれでは本質的な解決にならない。とするならば、そこにぶら下がっている人間、生死の生を生きている人間そのものに問題があるわけで、この人自身が大きく転回しなければ、この問題は解決しません。
 人間の内面が何によってできているかというと、やはり罪悪生死と申しますか、煩悩にまみれているわけです。その煩悩の身で生死を解決しようとしても、それはできないことだと思います。人間にできることは、その煩悩を持った、一生罪を作って生きる以外にない自分に目が覚めることです。だからこの問題は、そのいのち綱をなんとかしようということではなくて、そこにぶら下がる人間が井戸の中から大きい世界にどう出るかということです。問題そのものがすべてひつくり返って、大きな世界に転回するということになるのです。
 旅人の内面は、仏教から言えば貧欲と瞋恚と愚痴なのです。「二河白道」という教えがあります。人間には超えることのできない大きな煩悩があって、その中に道が開かれる。煩悩を抱えて生きているこの旅人の中に、無生の生という大きい世界、私どもの浄土教の教えでは往生の生という大きい世界が開かれたとき、その古井戸の旅人の絶体絶命の問題に道が開ける。これは自己へのめざめの問題、つまり信心の問題だと思います。

□金 光 人間はとかく分別をするわけですが、分別によって解決はできないので、大蛇をどうこうしようと考えてもだめですし、寄られているものを寄られないように努めてもだめ、蜜を飲むのを少し増やしたところでそれもだめです。いわば分別の世界だけでは解決できない。しかしもともと人間は分別だけで生きているのではないわけで、もっと大きな、分別以前の世界、生かされている世界に気づきなさいよ、とそういう表現もできましょうか。
■志慶眞 これは私が最近よく読んでいる本ですが、マルティン・ブーバーという方が、世界は二つあるといっています。一つは「われ−それ」の世界です。「われ」は自分で、「それ」は物です。もう一つは、「われ−なんじ」という世界です。これは関係性の世界、呼びかけの世界です。
 「われ−それ」というのは別なことばで言うと、他動詞の世界です。他動詞は目的語をとるわけです。何々をする、と。我々はずっとそういう生き方をしてきたわけです。
□金 光 勉強して良い所に行ってこうなる、とか常に目的を持ってやっていますね。
■志慶眞 ところが本来、私どもは自動詞の世界を生きているのです。それが「われ−なんじ」です。目的の要らない、このままでいい、大きな世界で生きているのだけれども、私どもの分別心は目的を立てて、しかも私の煩悩が自分で勝手に切っているわけです。分別は人それぞれ違うわけです。好きなように切ってその世界を生きていながら、それがあたかも絶対であるかのごとく生きているわけです。私どもの分別のしかたは昨日と今日でも違う、同じものを見てもちょっと気持ちが変わるだけで違ってきます。まったく当てにならず、根拠が置けないものです。
□金 光 「われ−それ」という別個の世界と、「われ−なんじ」という関係の世界、その違いが具体的にはどういうふうになって出てくるのでしょうか?
■志慶眞 私は、人間は百パーセント煩悩の身ですから、「われ−それ」の関係しかないと思うのです。わたしの都合の良いように切ってみる世界しかないのです。これが人間の発想法です。でもそれは私が切っているのだという認識が生まれ、これを超えた世界があることにうなずけるかどうかが問題なのです。
 私からは、「われーそれ」しかないのです。私が「なんじ」と呼ぶことはできないのですが、向こうが私を「なんじ」と呼びかけていることに「われ」は気づくことができる。私は真実ではないけれども、真実が私に呼びかけているということはうなずくことができる。私どもは「なんじ」と呼ばれることによって、初めて目が覚めて「なんじ」に向かうことができる。
□金 光 「われ」が勝手に神さまを立てて、私の都合のいいことをやってもらう、そのような世界じゃないわけですね。
■志慶眞 ではないですね。どこまで行っても私どもは「われ−それ」の世界なのです。逆に「われ−それ」の世界しか生きていない自分の身が明らかになるということだったのです。「なんじ」と呼ばれたときに、初めて私は「われ−それ」というちっぽけな世界しか生きていなかったということに気づかせていただけるんですね。そういう世界だと思うのです。
 私は長い間念仏というものを「それ」として理解しようとしたわけです。それで、わからんわからんと言い、念仏なんて何の役にも立たない、気休めだ、呪文だ、と思ってきたわけです。ところが先生方の往復書簡を読んで、実は「なんじ」と呼ばれていた世界があったのだということに初めて気づかされたのです。
 お念仏というものは、「なんじ」という呼びかけでした。お念仏のほうから呼びかけられている。本当に長いこと私はそれがわからなかった。「われ−それ」の世界しか生きていないから、耳に届かなかったのです。

□金 光 先ほどご紹介いただいた関先生のお手紙の中の「お念仏『南無阿弥陀仏』をいただいたゆえに生きることができ、お念仏いただいたゆえに死んでゆけます」といったことばの中に、自分を育てて生かしてくださっているすべての働きを込めて、そのことばで表わしていらっしゃるという感じが伝わってきますね。
■志慶眞 そういう大きい世界からの先生の声だという感じがいたします。
□金 光 日頃そういう呼びかけを受けて生活をしていらっしゃる人からは、そういうことばがまた自然に出てくるということですね。それを受けた細川先生のお手紙にも、また同じような波長のことばがあります。それはもう永遠の世界とつながって生きているということになるわけですね。
■志慶眞 そうですね。だから生と死を支えている大きな世界ですね。私たちは生か死かと分けていますけれども。
□金 光 これは分別の世界で言っているだけで、死は別と思っていますね。
■志慶眞 だからその生と死を支えている大きな世界が本当にいただけるかどうかが問題ですが、これは自分というものの限界に出会わなければ、観念で理解しようとする以外にないですね。結局、真実の大きい世界に出会うということと、私の正体が明らかになるということは切り離せないことだと思うのです。そういう世界がここには語られているのです。
□金 光 自分に出会うという場合、何か自分という塊がどこかにいて、日頃気がつかないでいたのが、やあこんにちはと会ったかのように考えられるかもしれませんが、どうもそういうことではないようですね。自分に出会うとは、自分の正体を教えられるということでしょうか?
■志慶眞 私の中に煩悩があるのではなく、煩悩に名前をつけたのが私で、どこまで行っても私は煩悩なのです。だから人間の上に真実とか正義とか立てることは、本当はできない。
□金 光 それはいわば「われ−なんじ」の関係であれば、「なんじ」のほうにのみ正義や真実があるということでしょうか?
■志慶眞 そうです。正義も真実も、すべて仏さまの世界のものです。そこに返すべきものを、私どもはそれが見えないために自分に立てようとする。そのせいで、さまざまな悲惨なことが起こってくるのではないでしょうか。
□金 光 だからそういう正義・真実を自分のものにしようと努力して、できたつもりでもそうはならなかったし、むしろそうでないことをいっぱいしている自分であったということに気がつくとどうなるのでしょう?
■志慶眞 ちっぽけな自分を根拠に生きなくていいのですね。ところがその大きな真実の世界に気づかないので、私どもは落ち込んだり、卑下したりするわけです。自分で自分の始末をつけようとするんですね。これでは生ききれないのです。私どもがこの裟婆でやっていることはみなこういうことなんです。
 けれども本当に自分というものは、煩悩具足の身であると気がついたら、私に真実がないことがわかる。落ち込んだり居直ったりするのも煩悩なんですね。そういうことがわかれば、私どもは大きい世界に頭を下げて生きる以外にないんじゃないでしょうか。
□金 光 そうしますと、自分自身を取り上げて、自分はこれができる、あれができるというようなことは言えない自分であるけれども、といって卑下したり、小さくなって生きる必要はない……。
■志慶眞 逆に大きい天地が与えられてくると申しましょうか。それまでは裟婆の自分のエゴがエネルギー源でしたが、この大きい世界をいただくと、真実の仏さまの願い、それがエネルギー源になってくるのです。一生懸命がんばることは同じなのですが、そのもとのところが違うのです。

□金 光 煩悩がなくなるのではなく、生きるためのいろいろな働きとして、煩悩のようなものが出てきても、それにエゴの塊がくっつかないで、それが大きな広い世界で活躍する原動力にもなるということでしょうか?
■志慶眞 仏法の教えに出会うことによって、また本当の自分に気づくことによって、私どもは煩悩の身に信をいただくのです。これがあるから私どもは大きい世界に出会えるのです。この大きい世界に出会えるのは、私が煩悩具足だからです。私に真実を立てなくていい世界、私が真実でなくていい世界。逆に言えば真実にうなずいて生きてゆける世界、これは私が自分で決着をつけなくていい、大きい世界です。
□金 光 煩悩がなくなるのではなくて、煩悩があることに気づかせてもらえる世界がまた生きる新しい大きなエネルギー源にもなるという……。
■志慶眞 だからこの人生では、切って捨てるものはない。すべては生かされてくるのです。私どもがこの教えを聞きますと、最初はもうがんばれないという思いになったり、がんばることが悪いように思われてくるのですが、そういうことではないのです。逆にいろいろなものが照らし返されて、がんばれる世界になってゆくのです。
□金 光 がんばるということばは、我を張るということからきているそうですが、我を張る必要はないわけですね。我を張らないで、力を発揮すればいいわけで……。
■志慶眞 ただ、私ども人間のほうから言えば、私どもはいつでも「われ−それ」の世界にあって我を張るんですね。その我を張っている自分がもう一度照らし返されて開かれてくる大きな世界がある。私はそのままですが、この煩悩の身に仏さまの眼差し、仏さまの視点がいただけるということで、私が変わるということではないのです。この身の正体が光に照らされて、教えによってはっきり見えてくる世界、仏さまの眼差しをいただく世界が開かれるということです。私の行動が良くなるとかということではないんですね。
 私どもには自分の最期がどうなるかわからないですね。ぼけるかもしれないし、病気になって死にたくないといいながら死ぬかもしれない、交通事故に遭うかもしれない。どういう死に方をしてもいいのですが、一度はこういう大きな世界に出なくてはならないだろうと思います。
□金 光 大きい世界があることに気づかないと、本当に息苦しい、辛い人生ですよね。
■志慶眞 それは悲惨な人生だと思います。結局、私どもは生老病死の中にあって、死にたくない、こうはなりたくないと愚痴を言いながら生きているわけですが、そうではない永遠の真実の世界を実は仏さまは届けようとしているんですね。
□金 光 そうしますと、先ほどおっしゃったブーバーという人はユダヤ教のラビだそうですが、本当に永遠の世界、超越した世界、生死を超えた世界の消息というものは、宗教の教派が違っていても、根本のところでは共通な所があるわけですね。
■志慶眞 そう思います。この話を聞いている自分だけが、真実に出会えるわけではなくて、教えを通すことによって、どの人も大きい世界に出会うことができるのだと思いますね。
□金 光 それで若いときに「わかるまで聞いてください」と言われたのも、そういうことを知っている方がおっしゃったということなんでしょうね。
■志慶眞 そういうことだと思います。本当にありがたかったですね。

□金 光 まことに俗な質問になりますが、志慶眞さんは開業して十数年間、小児科の先生としてやっていらっしゃるわけですが、まだ仏法がわからないとおっしゃっていた最初の頃と現在とでは、患者さんをご覧になるときの姿勢に多少の変化は感じられましょうか?
■志慶眞 何が変わったかというと、焦りがなくなったことです。それまでは毎日毎日の生活が何か焦っていたんですね。それがなくなりました。それは本当にうれしいですね。私は昔、理想主義を掲げて突っ走るほうだったのです。そうしないと生きてゆけなかったのです。
□金 光 ずいぶん勉強されているということは、目標を立ててまっしぐらに突き進まないとできることではないと思いますが。
■志慶眞 止まったら倒れる以外にないというぎりぎりの生活をずっとしてきました。今は沖縄のこの田舎で、毎日この身のままで生きていっていいと思っています。これは十歳の頃のどうにもならなかったことからしますと、ちょっと想像もつかない世界でした。それまではあれを変えたりこれを変えたりして、解決しようと思ってきたわけです。でもそれは解決にはならなかった。だから、そうではない世界があったことはうれしいのです。
□金 光 と言って、たとえば疲れたときには疲れたという感じがなくなるわけではない……。
■志慶眞 いや、それはもちろんあります。先ほども申しましたように、私どもは生老病死の身です。それはもう喜べないです。でも、その身を通すことによって、教えに会うことができる。教えを喜ぶことができるのです。煩悩で振り回されているわが身が見えるということは、逆にそれを超えた大きい世界がうなずけるということです。一つひとつのことがすべて、私に教えとなって届く世界が開けてきますね。ですから、わが身が念仏道場です。
 疲れることもありますし、愚痴を言うこともあります。しょっちゅう腹が立ったり、あれが欲しい、これが欲しいという生き方をしていますが、そのわが身がいつも教えによって照らし返される、これは死ぬまで変わらないと思うのです。そういう変わらない世界をこのまま生きてゆける、仏さまがいらっしゃるから生きてゆける、そういう世界だと思うのです。それまでは、自分で決着をつけなければならないと思うから、あえぎあえぎ生きていたわけです。
□金 光 でも、十代の頃から何十年か経って、今こういうお話ができるという身になられたということは、本当に良かったですね。
■志慶眞 はい、うれしいですね。
(おわり)

志慶眞さんに、NHK出演の顛末を文章にまとめて頂きました。「NHKラジオ深夜便出演の波紋