二、専修念仏のともがら

『歎異抄講読(第六章について)』細川巌師述 より

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 本文は「専修念仏のともがらのわが弟子ひとの弟子といふ争論の候ふらんこともてのほかの子細なり」ということから始まっている。これは抽象的なことでなしに、背景には具体的な問題がある。『口伝抄』にある。
 『口伝抄』は親鸞聖人の孫の如信が言われたことを覚如が書き記されたもので、その中に常陸の国の信楽房という弟子が親鸞によって破門された。彼は法文のわけがらについて聖人の言われることを採用せずにたてついて、自説をはって従わなかった為に破門された。彼が常陸に帰る時に他の弟子達が言う。「あのような訳で破門されて国に帰る以上は、先生を尊敬するということももはやありますまい。彼に与えられました色々の書き物や御名号も、定めし粗末に取り扱って、野や山に捨ててしまうようなことがあるかも知れません。あれを取り戻しておいてはどうでしょうか」と。これに対して聖人は「わが弟子ひとの弟子ということはないのである。如来より賜わりたる弟子である。たとい名号やお聖教を山野に捨てても、それが因縁を結んでそこから仏法が始まることもあろう。取り返す必要はない」と叱られた。これが『口伝抄』にある。また『改邪抄』にも同様のことが述べられている。
 天台の最澄と高野山の空海の間に有名な弟子争いがありました。これも前に申しました。今は第六章の背景に具体的な事実があって、それに対する答としてここに一般的な原則、一般的な道理が言われているのである。専修念仏のともがらの間に、わしの弟子だ、人の弟子だという争いがあるが、それはあるべからざる、もってのほかの事柄であると言って歎かれたのである。さて専修念仏のともがらとは何か。その間になぜそのような事が起るのであるか。このことから申したい。

(1)専修念仏

 専修とは専ら修するという。念仏だけを専ら修するのである。
 また、専修正行といわれるものがある。五種正行という。正しい宗教行を専修するのである。善導大師の『観経疏』の中にある。
 先ず読誦正行。読誦とは経典を読むということ、あるいは経典の話を聞くことである。読誦正行とは浄土の三部経、いわゆる阿弥陀仏を説いたものに集中して、それを読むことを読誦正行と言われている。浄土三部経とは『大無量寿経』、『観無量寿経」、『阿弥陀経』の三つ。それらは弥陀の本願が中心となっている。読誦正行とは、たくさんある経典の中でこの三つを中心に読む。即ち雑多なものをあれこれ読むのでなく、阿弥陀仏というところに中心をおいて読むことを読誦正行という。従ってそれが出来るためには途中に段階がある。即ち人は読誦ということをやらないことはない。が、はじめは読誦雑行になる。はじめは雑多なものを読む。中心を持たない。雑行から正行へ即ち色々な本を読んでいたものが、浄土三部経にピントを合わせてそれを読誦するというところには深い進展がある。読書も大事であるが、何でも読めばいいというものではない。ある中心を持っていて始めて色々なものを読むことに意義がある。自分の勉強の中核になるものを持っていて、その上で色々な本を読むとそれが役立ってくるのであるが、何も中心がなくて読めばそれは雑学というものであって、雑行に他ならない。
 雑行から正行へというところに大きな展開がある。どうしてこの展開ができるかというと、一つは勧めである。自分を勧め励ましてくれる友を持った時に人は変ってくる。雑行から正行への転回にはよき師よき友が要る。も一つ言えば実践である。その書物の通りにやってみたが出来なかった。『般若心経』なら『般若心経』を読む。読んでみたけどわからない。読んでみたけど自分には進展が見られない。このような実践が転回のために必要である。やってみてはじめて自分に合ったものかどうかがわかる。あれやこれやを読みあさっているのではまだ雑行の段階で、富士の裾野をウロウロしているみたいなものであり、一歩もふみ出してはいない。本当に登りはじめたら自分にこの道が可能かどうかがわかるであろう。そういう実践を経て迷いの中に堕ち込んでいる時に、そこに勧めに遇う。そこから正行が身につく。皆こういう道をたどる。私自身も自分が仏法に遇い得た因縁を考える時、やはりこういう順序があったと思う。あれやこれやとやっていたが皆中途半端であった。が、遂によき人にお遇いして、雑行から正行へと変ってきたのである。
 読誦正行の次を観察正行という。観察とは考えることを言う。仏教で観というのは、心をすまして考えることをいう。本当に考えるためには戒、定が必要であるという。定というのが観である。戒とは生活。自分の生活を簡素化してリズムを作り、煩悩の波風が立たないように努める。喧嘩ばかりしていたのでは考えるということはできない。先ず生活を正していくことが第一である。そして出来るだけ心を平静に保つ。そこにはじめて考えるということができる。生活を簡素化してリズムを作らねばそういうことにはならない。いつも電話がかかってくる。手紙の返事を書かねばならない、次々と人が訪ねてくるという所では、考えるにも考えようがない。こういうことを断ち切るという一面がなければ思索は出来ないのであって、これもなかなか大変なことである。一番いい方法を私は発見した。それは船に乗ることですね。人はあまり訪ねてこない。電話もかかってこない。手紙は来ない。最近はテレタイプなどというのがあるから来るかも知れませんが。小さい船は揺れるから何万トンかの大きな船に一カ月位乗っていると、大体暇があって観察ということが充分できる。尤もあまり長いと少々頭がぼけるということもある。私はタンカーに乗りましてクエートに行きました。片道が十八日かかる。クエートで二十四時間で十何万トンかの原油を積み、帰りはまた十八日かかる。一航海に大体四十日近くかかる。私はとうとう往復のその船の中で一冊本を書いた。『龍樹の仏教』というのはそうして書いたものです。これはいらぬ話になったが、このように船は考えるのには非常に都合がいい。
 次に礼拝正行。あれやこれや拝むのでなしに弥陀を拝む。弥陀一仏を礼拝讃嘆する。南無阿弥陀仏と称名する。
 称名、讃嘆供養。感謝しほめたたえ、お花をあげ、香を焚き、仏前を清めてお供え物をする。それを供養という。あれやこれやの仏に(もう)でるのでなく、弥陀一仏におまいりする。こういうのを善導は五種正行といわれた。ここに雑行から正行へという展開がある。天理教も聞いているが親鸞聖人の教も聞いているというのでは進展しない。出発点の人なら仕方ないが、結局どちらか一つにしなければいけない。梅と桜を両手に持とうとしても無理である。片方を捨てなければいけない。捨てるのには決断が要る。或いはよき人の勧めが要る。色々な屈折を経て正行に来るもので、なかなか始めから正行にはいかない。そのような正行を五種正行という。
 専修念仏とは何かというと、それらの五種正行を並列してやるのでない。五つを同価値に見てやるのでなしに、称名一つを専修する。これを専修念仏という。これは大変な進展である。なぜかというと我々は、読むこと・聞くこと・考えること・礼拝合掌すること・念仏申すこと・感謝讃嘆・仏に供養することのうち、どれが一番大切かということになると、どれということはない、皆同じ価値に見える。それであるのに称名一つをとるということには大きな転回がいる。念仏一つ、ただ念仏と決定するのである。この「ただ念仏」という大地を専修念仏という。
 善導大師は称名を正定業、前の三つ、あとの一つの正行を前三後一の助業といい、称名が正定業、即ち浄土に必ず誕生する業であると言われた。往生の為の正定業であると言われた。ここにドングリがある。ドングリは親木から生まれたばかりで殻を被っている。あっちにころころ、こっちにころころしている。これは前進とはいわない。流転という。転がっているだけである。課長になろうと、結婚しようと、子供が出来ようと、結局場所を変っただけで、ドングリであることに違いはない。それは前進とは言わない。前進とは新しい誕生である。第二の誕生、彼が彼になる、即ち成長、それが前進である。それはドングリが発芽して殻を破って芽を伸ばし、一本の木になっていくということ、それが往生である。人生における本当の誕生、人間として本当に生きるということ、そこから成長ははじまる。もはやドングリころころとならない。彼はしっかりと大地を持ってそこから水を吸収し、光を受けながら生きていく。そこに生きるということが成り立つ、それを往生という。大きな世界を生きるのである。往生というと大変な誤解があり、死ぬことと思っている。そうではない。真の前進と誕生、真の進展と生活、これを往生という。昔の言葉は現代的な表現をしておかねばならない。
 真の成長には南無阿弥陀仏と念仏申すことが、正しいそして本当の進展の定まった行き方である。それを正定業という。あとの四つは補助である。助縁になるものである。これが善導の教である。その善導の教を更に展開したのが日本の法然上人である。上人は「念仏為本」(念仏が根本)と言われた。善導、法然の教を「ただ念仏」という。それを専修念仏という。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏申して往生してゆく人を、専修念仏のともがらという。
 その専修念仏のともがらにわが弟子ひとの弟子という争論があるという。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と称える専修念仏のともがらにわが弟子ひとの弟子という争論があるという。昔は、お寺では南無阿弥陀仏でありながら、家に帰ると嫁といさかいをし、とうとう首をつって死んだという老人の事実もある。それでは専修念仏が何の役にも立たぬ。偽善的な、ただ表面だけの行に終っている。そうすると称名が正しい成長のための行業であるとは言われない。どうしてそうなるのか。何か問題が残っているのではないか。その問題が解決しないことが、専修念仏のともがらにわが弟子ひとの弟子という争いが出て来る根本である。

 なぜ善導大師は称名即ち南無阿弥陀仏を正定業と言われたのであろうか。彼はただ一つ理由を書いている。「彼の仏願に順ずるが故に」と。仏願とは仏の本願に従っているからであると言われた。弥陀の本願にそった行であるからという意味である。仏願は「ただ念仏申す者を助ける」という本願である。『歎異抄』第一章の言葉を借りれば「弥陀の誓願不思議にたすけられまいらせて往生をば遂ぐる」というのを本願という。
 仏教における求道の段階というのは、それが禅宗であれ浄土宗であれ真宗であれ、共通である。第一を資糧位といいここから出発しなければならない。いつも申すように資はもとでであり糧はかてである。もとでを手に入れて、将来発展する準備をしなければならない。聞いて考えて、読んで考える、これが資糧位である。その次の段階を加行位という。実行である。聞思修である。その次は通達位、これを信というのである。
 信と盲信とは違う。ドングリが発芽していくために水を吸収し光を吸収していくという段階が資糧位、加行位である。遂に殻を破って発芽するところを通達位という。資糧位から加行位とエスカレートして、一段一段上っていくと通達位になるかというとそうはいかない。大きな壁がある。加行位まではやれる。が、通達位との間に壁がある。このことは人はあまり言わない。通達位への絶壁が越せない。が、遂にここを越したならば信が生活の中で生きていく。ここを修習位という。そして遂に究竟位に立ち、仏、覚者となる。この覚者となるべき第一の段階を通達位という。
 専修念仏の人はどこまで来たのか。資糧位、加行位と進んでこの壁の下まで来たのである。そしてずるずると下がったり、またやり直したり、これを繰返して行きつもどりつしている。その時彼は、もはや自分の力ではこの壁は越えられないことを知った。この絶壁の下で挫折していた彼は、この絶壁の彼方、究竟位、仏の世界からの呼びかけを聞いて、ただ一つ称名即ち本願に従って念仏申していくという段階に出た。これを専修念仏という。助業では間に合わない、「ただ念仏」とわかったところを専修念仏という。
 この専修念仏の人がなぜ問題を起すのであろうか。ただ念仏申すのであるがそこで問題が起っている。今はわが弟子という争論である。或いは先程申すような念仏しながら嫁と争うという問題が起っているのはなぜか。それは壁を超えて通達位に達していないからである。
 親鸞聖人は『教行信証』の化土巻に「専修にして(しか)して雑心なる者は大慶喜心を()ず」とあらわされた。形の上は念仏一つであるが、問題は内側だ。心の根っこだ。心根が解決されていない。雑心である。雑心とは雑多な心が混ざっている。雑多な心とは煩悩の思いである。専修念仏であるが内心が雑心である。煩悩である。真実信心でないのである、煩悩とは何か。一番大きな煩悩を自己愛といい我愛という。エゴである。「それ自障は愛にしくはなし、自蔽は疑にしくはなし」とある。信巻(12-81)に

 『楽邦文類』の後序にいわく、浄土を修する者は常に多けれども、其の門を得てただちにいたる者はいくばくも無し、浄土を論ずる者は常に多けれども、其の要を得てただちにおしふる者は或はすくなし、かつて未だ自障・自蔽を以て説を為す者有るを聞かず、()りて以て之を言うことを得、それ「自障(じしょう)」は愛にしくはなし、「自蔽(じへい)」は(うたがい)にしくはなし、ただ疑・愛の二心をしてついに障碍(しょうげ)無からしむれば、則ち浄土の一門未だ(はじめ)より間隔(けんきゃく)せず、弥陀の洪願(こうがん)常に自ら摂持(しょうじ)したまふ、必然之理なり、と。

 「道を修業する者は常に多い。けれどもその門、入り口というものがわからない。その入り口がわかって本当に入ってゆく者は非常に少ない。浄土を論ずる者は常に多いのであるが、その一番大切な所を体得して、それを直ちに教えて皆にわからせて下さるという人は、決して多くはない。未だに自障自蔽ということで説をなす者を聞かない。それで自分は言うことができる」。そこから始まっている。「それ自障は愛にしくはなし、自蔽は疑にしくはなし」。煩悩は色々に言うことができるが、聖人が信巻の終に引かれたのはこの二つである。自障と自蔽。私の前進を妨げるもの、私の根源を蔽いかくすもの、この二つが一番問題点である、煩悩の中心であると言われる。結局、深い自己愛着、エゴが最後まで残っている。
 南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏申すのである。自分は他に助かりようがないからせめて念仏でもやって、これが弥陀の本願であるというならばそれにすがって自分自身を助けようという自己愛、我愛が混じっている。だから本物になれない。自蔽、念仏して弥陀の本願を信ずるというが、その本願を疑いが蔽っていて、本当にわかっていないのである。仏を疑う、不了仏智が残っている。本当に心が開けていない。仏智疑惑が残っている。これを「専修にして而して雑心」という。
 「ただ疑愛の二心をしてついに障碍なからしむれば、則ち浄土の一門未だ始より間隔せず、弥陀の洪願常に自ら摂持しまう」である。この自障と自蔽が打ち砕かれ私の心から無くなって、始めて障碍なしとなって助かっていくのであろうと我々は思うが、そうは書いていない。この二つとも邪魔にならないのである。疑も愛も何の邪魔にならない。それならあってもいいのか、そんなお粗末なことを言っているのではない。あったならば「専修にして雑心」で、本当のものではない。があってもかまわないのである。ただ大事なことは、疑愛が疑愛とわかることである。それを「不断煩悩得涅槃」という。煩悩を断ぜずして涅槃を得るということである。生死即涅槃という言葉があるのがそれである。生死の根本が疑と愛、即ち煩悩。その煩悩にめざめるということが大事なのである。
 殻が打ち砕かれるということは物質の世界では「無くなる」ことをいう。けれども精神の世界ではそうではない。それが明らかに認識されて念仏となる。私の姿が「申しわけないことである」と、念仏となり懺悔となるところに、疑も愛も何の障碍にもならなくなる。これを打ち砕かれるというのである。自己の主観においては殼はそのままであり、不了仏智、我愛のかたまりである。しかし、それがそれとわかって頭を下げぬいていくところに、それらが障碍にならない。かえって念仏の内容となる。これを「不断煩悩得涅槃」という。
 我愛と疑惑の解決は明らかにされねばならない。しかし解決がつくとは無くなることではない。あっても何の障碍にもならない世界が信心という世界である。雑心とはこれらが障碍となる。定心(正しい心にとらわれる)散心(正しい行いにとらわれる)の思いが混じって、これではいけないと思う。我愛と疑惑のない正しい心でなければならない、純粋な正しい疑愛のない心にならねばならないという思いが混じる。「こういうていたらくではいけない」と思う心を定散心という。それを「専修にして而して雑心」という。そこを「専修にして而して雑心」という。そこに「専修念仏のともがらの中」で、わが弟子ひとの弟子という相論がおこるのである。
 雑心とは具体的には定散心である。これがあるとどうなるのか。私有化をまぬがれない。念仏の私有化である。また道具化をまぬがれない。私の心をよくしなければならぬ、私の行いをよくしなければならぬ。その為に念仏を道具に使って、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と念仏申すことによって解決しようとする。お粗末な自分から脱却しようとする。念仏を道具にしてふり廻しているのを私有化という。そういうことが起ってくる。それが同時に自分の経験や弟子や其他のものを私有化することになる。そこに「専修念仏のともがらの中にわが弟子ひとの弟子」という問題が起ってくるのである。一言でいえば「専修にして而して雑心」であるからである。念仏申しているけれども念仏で心の解決を得ようとし、心を整理しようとする。そういう心が残っているからである。それを定心散心が混じっているという。そしてこれが結局弟子の私有化ということにつながってくる。これが問題点である。

 専修念仏のともがらにわが弟子ひとの弟子という問題がなぜ起るのか。それは心の問題である。即ち専修は形であり、問題は内心である。内心にまだ陶冶されていないものが残っているからである。
 浄土真宗の特色は心根を問題にするところにある。これを適切に言われたのは蓮如上人であって上人は「口と身の働きとは似するものなり」即ち口で言うことと体で実行することは形式的なことになって、本物らしく似せかけることができる。口で南無阿弥陀仏と言い身で正行を行っているだけでは、形式にとどまって本物とならないことがある。「心根が善くなり難きものなり、涯分心の方を嗜み申すべきことなり」。問題は心根である。これが浄土真宗の一番大事な問題点である。外形でなく心の根っこが問題だ。心根が解決しないと外側だけのものに終って本物にならない。先にあるような「親鸞は弟子一人ももたず候」ということが成り立たない。心の根に問題がある。心といわずに心の根といわれるところに深い御指南がある。


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