八、慈悲

『歎異抄講読(第四章について)』細川巌師述 より

歎異抄講読HP / 目次に戻る

 慈とは何か。友情という。悲とは悲しみ、いたみという。これを慈悲という。慈悲というのに当たるいい言葉が見当らない。愛情といっても違う。愛情には貪愛というのもある。貪とはむさぼるという字で、独占することをいう。人間の持つ愛情は独占、独り占めの愛になる。自分が愛している相手を他の人が愛すると困るのである。私とあなただけがお互いに愛し合っているというのでなければ愛にならないことが多い。親子の愛さえも独占愛に近い。例えば親一人、子一人というところに嫁が来ると、母親は非常に淋しい思いをして、息子を嫁にとられたと思う。これは貪愛である。渇愛とは、愛すれば愛する程のどが渇くようになるというものである。水を飲む。その水に塩気があると更に渇いてまた飲まざるを得ない。のどのかわいた者が、飲んでも飲んでも満足することがない。これを渇愛ということで表わす。本当の愛はこれとは違う。それを慈悲というのである。
 慈悲は必ず慈悲喜捨である。それを大慈、大悲、大喜、大捨という。大喜とは相手の喜びを私の喜びとして随喜し得る。これを慈悲という。真の愛情という。相手の喜びに随喜できないのは独占的なもの、即ち我愛である。我々の愛情は我愛になる。

 また我々の愛情を聖道の慈悲という。聖道とは現在の言葉でいうと理想主義ということである。理想主義とは、みんなが人を愛する心を持っている、その心をふるい起せば誰でも人を愛する力を持つ。ただ欲にかられたり浅はかな思いにかき消されたりすると実現しない。けれどもそのようなものをはねのけて人を愛すべきである。これを理想主義的な愛情という。
 理想主義では真の愛は生まれない。具体的であり、可能なものでなければいけない。
 親鸞が本当に示そうとしたのは仏法方法論であろう。今の第四章は本当の愛憎の方法論、本当のThe Art of Lovingである。「念仏申すのみぞ末徹りたる大慈悲心にて候」。わが夫、わが妻、わが親、子、その他の人達を本当に愛しぬいて、友よ、兄弟よと呼びかけ得るような深い愛情をもつ道、その道への方法論は「念仏申すのみぞ末徹りたる大慈悲心」である。実に現代においてはっきりせねばならない今日的問題である。
 親鸞聖人は五百首にのぼる歌(これを和讃という)を作っておられる。その中に次の和讃がある。
   釈迦弥陀は慈悲の父母
   種々に善巧方便し
   われらが無上の信心を
   発起せしめたまひけり
 和讃とは和語讃嘆、和語とはいわゆる大和ことばで、漢語の反対を和語という。漢文は初めから終りまで漢字ばかりで、昔のお経とか書物は全部漢字で書いてあった、で、それは非常に教養のある人でなければわからなかった。それを親鸞は和語即ち大和ことばで書いて、ひらがなにしてわかりやすくし、仏法の内容を説き明らかにした。即ち讃めたたえて解釈し、明らかにした。これを和語讃嘆、和讃という。これは七五調四句の非常に格調の高いものになっており、先の和讃もこの一つである。
 親鸞は、自分に慈悲を賜わった人は釈迦、弥陀であると言っているし、自分が愛情をもって人を愛するのでなしに、私を慈悲して下さった人は釈迦弥陀であるという。それを慈父悲母という。私に本当に愛情をもって語りかけ私を育て、私に本当に深い自覚を与えた。その人をいう。
 慈父悲母というが、どちらが慈父でありどちらが悲母であろうか。父と母、どちらがより大きな働きをするのであろうか。より深く私を育ててくれるものであろうか。それは母である。仏教でもそういう。父の徳よりも母の徳大なりと諸々のお経に出ている。釈迦弥陀のどちらが父、母であろうか。それは悲母が弥陀、慈父が釈迦である。父は教えてくれるものであるが、本当にわが身を分けてくれるのは母である。釈迦弥陀は慈悲の父母というとき、母を弥陀にたとえるのである。
 「種々に善巧方便し」善巧とは色々のてだてをすることである。方便はサンスクリットupayaウパーヤの訳語で、到達する、向こうからこちらに接近することを方便という。「嘘も方便」ということばがあるがこれは間違いである。仏教でいう方便とは、おのれを捨てて尽すとか、衆生の中に到達するという意味である。おのれを外にして衆生を内にするとか、わが身を捨てて向こうのために尽すことを方便という。
 釈迦と弥陀が向こうから我々に接近してきて、色々の手だてを講じて我々のために、小さな殻を破って大きな世界に出よということを説いて、遂に信心を発起させたのである。
 釈迦(釈尊ともいう)はどういう善巧方便を説いたかというと、我々にわかりやすいお経を先ず説いた。これを方便の教、善巧方便の教という。先ず「君はそれでよいのか」という教を説いた。これを聖道の教と申します。「君はそれでよいのか」ということが、人をふるい立たせ、道に近づけていく教である。次に「如来まします」という教、よびかけを説いた。これらを釈尊の善巧方便の教という。弥陀の方便とは何か。弥陀はよき師となりよき友となり、夫となり妻となり子となり、虫になり魚になり、その人の好きなものとなって、何とかして仏縁に結びつけようと善巧方便したと経典に説いてある。所好(このむところ)となって仏縁を結ぶと説いてある。それを宿善という。即ち我々の為に、仏法への接近の一つ一つの礎となって、我々を仏道に近づけていった。それを弥陀の善巧方便という。我々人間の理性では何だか狐につままれたような話となりやすいが、自分が深い所へ出てよくよく考えてみると、本当にその通りである。
 人間が深い心を持つとは、親の心がわかることである。親の心がわかるには自分が親になり、子供を持って一苦労してみてはじめてわかる。親が子供のことを思って色々やってみるが、それが子供にはわからず却って反撥を食う。そのような苦労をしてみてはじめて親の心というものがわかる。「子を持って知る親の恩」という言葉の通りである。相手の深い心を知るためには、自分が浅い所にいてはとてもわからない。深い心は深い心でなくてはわからないのである。弥陀の方便がわかるには我々が成長して信を得て、はじめてわかるのである。
 仏法の会座を個人の家でやると、聞く方はなかなか行きにくいことが多い。遠慮がちになる。が、自分の家で会座を開いて下さる方は、どうか一人でも多くの人に来て欲しいと思う。行く方は遠慮しているかも知れないが、主催者の方では一人でも多いことを願っている。そして座布団を用意し茶碗を準備する。親子三人か五人ならば茶碗も五つか六つあれば足りる。座布団も十枚は要らない。が、会座をやろうと思うと沢山要る。従って準備を前からやらないと出来ない。我々はそのような家にお参りして、無雑作に座布団でも敷いているが、この座布団に沢山の心違いと努力と、その家の人の求道の心がにじみ込んでいる。これはなかなかわからない。わかる者は深い心の持主である。深くなければわからない。我々に仏縁を結ぶために沢山々々の努力がなされている。それを善巧方便という。
 ここで言いたいことは、親鸞は釈迦弥陀二尊に慈悲を感じられた。自分が慈悲を行ずる前に、自分が慈悲を受けたことを感謝された。それは弥陀と釈迦に対してである。弥陀は本願、本願は即ち南無阿弥陀仏。釈迦は弥陀の本願を本当に受けとめてそれを明らかにした。そのお経が『大無量寿経』である。その本願を釈迦は我々に伝えようとして苦心し苦心し努力していく。そこに慈父の姿がある。それは釈迦だけではない。釈迦が伝えたものを次なる人が受けとめた。それは龍樹であった。更にそれを受けたのは天親であった。それを更に受けとめたものは曇鸞であり道綽であり法然であった。親鸞はその人達の上に慈悲を仰いだのである。この人達を通して伝わってくるものが弥陀の本願である。多くの人が、この縁に結びつけようとして私共に近づいたところに「悲」がある。私の実際の姿をいたみ悲しんで、この縁に結びつけようとして努力した人が仏法の伝承をつくった。そのもとをいうならば弥陀の善巧方便である。このように頂かれたのが親鸞である。これを「釈迦、弥陀は慈悲の父母」という。釈迦は一人の釈迦ではない。次なる釈迦、次なる釈迦が現われてどこまでも私に教えていこうとする、その慈悲を大いなるもの南無阿弥陀仏の上に仰がれたのである。私に対する深い慈悲の内容は具体的には信の確立にあった。信の廻向、教の廻向である。教を私に届けて下さった。そしてそこに無上の信心をおこして下さった。これが慈悲の内容である。私が本当に愛されている。私が本当に慈悲されている。私が本当に深い愛情の中に生かされているとは、困っている時に助けてもらったとか、病気の時に見舞を貰ったとかいうことだけではない。それは私に深い深い教が届けられてきた。そして無上の信心が与えられた。そこに釈迦、弥陀の慈悲がある。考えてみると深い深い如来のいたみ悲しみが私を一歩一歩仏道に縁を結んで近づけて下さったのである。聖人は慈悲を先ず戴かれた。
 今この中の一人、法然をとってみよう。その法然こそ慈悲の人であり、いうなれば慈父であろう。この法然は「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし」であった。親鸞において仰ぎみる慈悲の人というのは、「念仏申す」ことを教えた人であった。この人こそ私における慈悲の人であった。私を大きな世界に出す機縁をつくって下さった人であった。これが先ず仰がれる大地である。私が慈悲を人々の前に施していくという前に、私自身はいかなる慈悲を受けとめたか、私自身はだれによって慈悲されてきたか、だれによって友よと呼ばれてきたか。そのことを頂きぬいた人が親鸞聖人である。
 法然を慈悲の人として仰ぐ人、親鸞もまた念仏の人である。弥陀の本願をいただいて本当に生ききった人である。念仏において念仏の人を発見する。念仏の人が念仏の人に慈悲を感ずる。即ち深い深い、恩徳を感じ深い深い愛情を感ずる。君は誰から本当に愛されたか。これに対しては色々な答があろう。母から愛されたとか祖父母から愛されたことがあるだろう。しかし本当に愛されたとは、私が小さな自己中心の殼を砕かれて広い天地に出る、そのような私の転回、私の転換をなさしめた人を明らかに持つことである。「釈迦弥陀は慈悲の父母、種々に善巧方便し、われらが無上の信心を発起せしめ」て下さったというところに慈悲がある。
 これは空虚な理論ではない。一人一人がどうしても忘れることができない、どうしても思い出さずにはいられない、その人の恩に報いなければいられないという対象を持つということが、慈悲を受けとるということである。慈悲を受けとれるところに慈悲を行ずる人が生まれているのである。念仏の人こそが慈悲の人、その人を慈悲の人と仰ぐところに念仏が生まれる。そして慈悲の人を仰ぐ人がまた慈悲の人となるのである。
 釈迦を慈悲の人と仰いだのは龍樹であった。この人は釈迦を慈悲の人と拝んだ。そしてこの人自身が第二の釈迦と仰がれた。深い心がなければ深い相手はわからない。我々は、私を本当に慈悲して下さった人、この人という人を持っているか。ここが慈悲について大事なことである。
 曾我量深師は『歎異抄聴記』に、「往相とは一心帰命の前景であり、還相とはこの一心帰命の後景である」といわれた。これはどういうことか。前にもいうようにここに電車がある。パンダグラフをあげて進行して行く。自分の行く手を照らすライトがついていると前を行く電車を発見する。前を行く電車は自分は前を照らしながら同時に後を照らしている。後を照らしている方を還相という。還相とは私に対する働きかけ、即ち慈悲であり愛情である。往相とは前進である。自己の求道である。往相は私の前を走っているよき人を見出し、よき人の仰せを被って進んでいく。これが往相である。往相とは一心帰命、信心決定して「よき人の仰せを被りて信ずる」という天地に出ること。そして前進していく、これが往相である。この時、知らずして自分のバックにもライトがついて、自分の後に続く人達を照らすようになっている。それを後景という。自分は前を向いて進むから後のライトがついていることはわからない。が、前のライトと同時に後のライトも点灯するのである。これを還相という。働きかけ、慈悲、愛情である。これが愛しぬくということであり、Lovingである真の愛は自分の意識の中にない。意識しているのは自分の求道である。往相が私の前景である。マラソンに駆け出していく人は前しか見えない。一歩々々前を見て走っている。後など見ない。しかしながら前景に往相という方向を持っている者は自然に還相という愛情の背景を持っている。

 曾我量深師はも一つ大切なことを言われている。「真に本願力を体験することは、ただ自己の還相即すなわち往相の自己背景においてのみ成立する」。少しややこしい表現である。先生は先般亡くなられた。今、『曾我量深選集』というのが出ている。更に続いて『曾我量深説教集』というのが出ている。これらはなかなかすぐれた書物ですが非常に難解なところがある。何遍も何遍も読まないとわからない。先の文は『歎異抄聴記』という書物であるが、これもわかりにくい。が、とても大事なことが言ってある。「真に本願力を体験する」とは何か。それは大慈悲、弥陀のお慈悲、本願の働き、功徳、私に対する深い深い如来の動きというものを体験するのは、あなた自身にスイッチが入って電流が通って、往相のライトがついて前によき人を見出し、しっかり聞かねばいけないということがわかった。しかしそこにお慈悲を感得するのではない。全く感得しないわけではないが小さい。後のライトに灯がついて人を照らしはじめ還相が成り立って、あなたの背後から、あなたをよき人として出発しはじめた。そういう人が生まれてくる時に、あなたは本願のかたじけなさというものを本当に体験するであろう。本当にお慈悲がわかるだろうと申されている。
 私共は毎年七月の終りに子供達のための錬成会を開いています。子供達が約八十名と、それを応援する父兄とか、子供の指導に当る寮の学生等を合わせて、みんなで百二十名位です。子供達に三日間お話をしたり海水浴をやったりする。子供達の考え方が三日間で変わる。その証拠に帰ってから礼状が来る。「よかった」とか「わかりました」とか言ってくる。それを見て寮生が感銘するのです。本当に子供達が仏法を受けとめて、やろうという気を起こしたことに驚くのである。
 我々は、仏法を聞いているのは自分一人で、何か特殊な存在になったのではないかと思う。が、そうではない。自分が前進するとあとに続く者が沢山できる。「如来まします」ということの感銘は、自分が教を受けて感銘しただけでは足りない。これではまだ主観的なのだ。自分の背後にそういう人が生まれて、純粋に道を歩みはじめる人が誕生した時に、人は無限の感銘を受ける。そこに客観的な本願の証明を得る。私が思っていただけでなく、先生が言われるだけでなしに、本当に皆も仏法を頂いたのだということがわかる。自己の背後において仏道に立つ人が生まれてきた時に、無限の本願力への感銘がある。仏ましますというお慈悲を深く感得する。
 慈悲というのは人の上に対して拝むべきものである。私が教えられ本当に道に立たせて頂いたとき、よき人の上に慈悲を拝む。法然上人の上に大慈悲を拝むのが親鸞聖人である。その親鸞こそまた大慈悲の人である。慈悲をわれらは自己の主観において肯定することはできない。俺がやったんだなどとは言葉に出てこないし、意識にも上ってこない。考えようがない。しかし「私が道に立ったのはあなたのおかげでありました」という人がわれらの背後から現われたならば、あなたは「俺の手柄だ、俺の力だ」と思うのでなしに、本当に本願のお力、如来の慈悲を更に深く感じ入るであろう。
 まことに「念仏申す」身となるとき、前景を因とし、背景を縁として大慈悲を感得する。そのままが慈悲行である。これを「念仏申すのみぞ末徹りたる大慈悲」と申されるのであろう。


ページ頭へ | 「五章について」に進む | 目次に戻る