七、念仏申す

『歎異抄講読(第四章について)』細川巌師述 より

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 第四章は「念仏申すのみぞ末徹りたる大慈悲心にて候うべき」ということばで結ばれている。この「念仏申す」とは何か、復習になるが少し申します。
 「念仏申す」とはもとより称名念仏であるが、口先だけで言うのではなく、深い信心、深い自覚、深い認識の上に立って南無阿弥陀仏と称えている。
 『歎異抄』第一章では「弥陀の誓願」とある。その相手は私である。私にかけられている弥陀の誓願が以下二章三章の中心であり、親鸞の宗教、本願の宗教の一番中心である。この第一章は非常に短い文でありながら、繰返し繰返して「弥陀の本願」「誓願」あるいは「願」といってある。誓願とは何か、これがわかることが『歎異抄』の根本問題であり、中心点であって、これが明らかにならなければ『歎異抄』をどれ程読んでみても意味のないことです。この第一章の趣が第二章以下に明らかになる。第二章以下は第一章を繰りひろげたものである。第一章が中心であり、その中心は本願である。
 第二章では「よき人の仰せを被りて信ずるほかに別の子細なきなり」と、本願が実際に我々に明らかになるその道ゆきがあらわされている。よき人の仰せの内容は、「ただ念仏して」である。よき人を通して本願にふれていく道がある。第二章の終りにはよき人法然だけではなしに、法然の背後に善導、釈尊がある。よき人の仰せは、本願の歴史的伝承として私の上に届く、そこに生まれてくるものが信である。これが第二章である。
 本願とは何か。本来の願いである。私に先だってある先験的なもの、アプリオリという。私に先だってある根本の願い、本来の願いである。自然(じねん)に必然にそうなるようになっている。私の上に大きな願いが必然的にかけられ自然にかけられている。ちょうど母親が子供を胎内に宿すと、この子が元気で五体揃って生まれてくれればよいがと願う。そういう願いは必然である。私が考えついたりわかったりする以前に、そうなるようになっている。
 その願を南無阿弥陀仏という。南無阿弥陀仏とは何か。これは大変大変わかりにくく、また誤解がある。南無阿弥陀仏とは仏の名前だという人がある。百点満点でこれは二十点。仏にはたくさん名前があって、大日如来もあり薬師如来もある。その他色々ある。だが、南無阿弥陀仏を仏の名前というのは当らない。南無阿弥陀仏は非常に特色があって、それははたらきである。なのりである。よびかけである。よびかけているそのはたらきかけを南無阿弥陀仏という。南無せよというよびかけである。それを願という。本願の名号とは何かというと南無阿弥陀仏という。南無はサンスクリットで「帰れ、いでよ」という。阿弥陀仏は永遠なるもの、久遠なるもの、大いなるもの、大いなる世界。小さい殼に閉じこもっている私に対し「汝、大いなる世界に出でよ」というよびかけを南無阿弥陀仏という。阿弥陀仏に南無せよという仏の名告りである。
 二、三日前のこと、チリから留学している女子学生を担当している或る大学の先生に頼まれた。お寺を見たいというので説明してくれとのこと、やりましょうと引受けた。英語でいいという。が、仏教を説明するのはむずかしい。教授を通訳に頼んで真宗のお寺へ参りました。本尊は南無阿弥陀仏です。美術品を観るとは違うので、先ず私が仏前で勤行を致しました。チリの学生には「そこに座っていて下さい」と申しました。正座が辛かったら椅子にかけて下さいと言いましたら、何と彼女は熱心なカトリックの信者だそうですが、椅子ではなしに畳に勤行の間、座っていました。何せ、仏様のところに案内していって勤行もしないようでは申し訳ないと思い、讃仏偈をあげてから内陣の中をまわりました。仏様は南無阿弥陀仏ですが、横から見ると前かがみです。何故かというと、衆生われわれを一歩ふみ出して助けに行こうという姿勢なのであって、『観無量寿経』に説いてある姿勢である。彼女は「これはお釈迦様ではないのですか」という。「お釈迦様ではありません。南無何弥陀仏というのです」「お釈迦様でない仏というのは、お釈迦様とどういう関係があるのですか」。なかなかこまかい質問である。「釈尊という人は二十九才で出家して悟りを開いたが、大きな世界からのよびかけ、即ち南無阿弥陀仏ということがわかって、はじめて悟りを開いた。従って仏は釈迦牟尼世尊のマスターである」「南無阿弥陀仏とはどういう意味か」「南無とはかえれという。大きな世界に帰れとよんで下さる姿を南無阿弥陀仏というのだ」と言った。これを通訳してくれた大学の先生の方がわからなくて、「大きな世界とは何ですか」と僕に聞かれる。「この人はわかっていますよ、この人はキリスト教だから」と申しましたら」「そうですか」という。学生はよくわかった。その後で大学の先生がまた「大きな世界とは何ですか」とまた私に聞かれる。私は「親鸞という人はそれを浄土(ピュアランド)といい、清浄の世界、智慧の世界だと言っておられる」と申しましたら、なる程と大分わかってくれました。
 我々の小さな世界を超えた、大きな世界に出でよというよびかけを南無阿弥陀仏という。南無阿弥陀仏は名前ではない。名告りである。大事なことは、南無阿弥陀仏は向こう側にいてよびかけているのではなく、彼が私の所に届き来って私になるのだ。私になったところを信という。それを他力の信といい、信は如来の心、その如来のまことの姿が願、名告り。それが来って私の信心となる。信心はめざめである。
 今、ドングリがある。ドングリが親木から離れてここに生きている時に、そこに働きかけているものがある。一つは光であり一つは水である。その光と水が届いて吸収されると、胚芽がだんだん大きくなって遂に殼を破って発芽する。その発芽する力は胚にあるのであるが、光と水が彼の力となって芽を伸ばしていくのである。ちょうど春になると柳が芽をふき枯れはてたような落葉樹が一斉に芽を出してくるように、そこに、春という大自然が生きて彼の中において芽になって出てくるのである。柳の芽が出るのであるが、そこに光と水と、春という大自然がなければ出てこない。光と水が彼の中にとけ入って彼自身となる。そして遂に殻を破る。それを信という。信とは信ずるというのではない。大きなものの働きかけ、南無阿弥陀仏の呼びかけが彼の上に届いて信となるのである。これが南無阿弥陀仏です。
 仏教とほかの宗教とはどこが違うかというと、色々違うところがある。その中で特に違うところは南無阿弥陀仏です。南無阿弥陀仏というのはどの宗教にもない。たとえありましてもそれは呪文になっている。それをとなえると幸せが来るとか、禍がなくなるとか、というのはあるかも知れないが、そうではない。私に対するよびかけなのである。これが一番大事なところである。私に対する呼びかけがわかってくると、「南無」と仏に向かって応えるものが私から出てくる。
 本願の名号とは名告りである。誓願は名告りである。その名告りはよき人の仰せとして私の上に届いてくるのであって、その届いてきたところを信というのである。その時私に、南無阿弥陀仏と応えるものがでてくる。南無阿弥陀仏とよびかけるものを名号という。私がそれに応えていくのを念仏という。私に届く名告りが南無阿弥陀仏、そして私が応えていくのが南無阿弥陀仏。これを念仏といい、前を名号という。本願の名号という。本願の名号が我々に届くというところに第一章の成就、第二章の内容というものがある。
 念仏申すとは、口先だけで念仏するのでなしに、私にかけられている願い、南無阿弥陀仏ということの意味を、よき人の仰せを被って聞き開いて、私が本当に認識して遂に南無阿弥陀仏と大いなるものに応えていく。それを念仏申すという。念仏申すとは先ず聞き開くことである。よき人の仰せを聞き開く。よき人とはよき師よき友である。私がよき師よき友を持って、その教を聞き開く。その教とは本願の名号を説き明かした教、その教を聞き開いてはじめてそれに応答するものが生まれてくる。それを念仏申すというのである。念仏申すとはなかなか大変なことです。聞き開くためにはよき師よき友がいる。即ち本当に本願、大いなる世界がわかり、その内容を私にわかりうなずくことができるように説いて下さるということが必要である。これを諸仏称名という。
 今日、親鸞という人について色々な人がたくさん書いている。ベストセラーや有名な書物がたくさんあるが、何となくカムフラージュするというか、ぼかすというか、なるべく触れないようにするものが二つある。一つは「念仏申す」ということ。これにはなるべく触れないようにしてある。なぜなら現代人は念仏申すということがわからない。それは落語のギャグの種、漫才の種にしかならない。南無阿弥陀仏というのは現在の時代から失われてきた。も一つ、「浄土」ということ、これもなるべく触れないようにする。なぜかというと、浄土というのは死んでから先に行く所と考えられ、現代人にはなかなか受け入れがたい、浄土などというのは馬鹿々々しくて、地獄とか極楽とか浄土とか言うから宗教は現代的ではないんだとまで言う。この「念仏申す」ということと、「浄土」ということについては触れずに親鸞の自覚、あるいは親鸞における主体の確立とか、庶民感覚というようなことを出す。そこに親鸞の現代的な解釈があるように思いますが、そうではない。念仏ということをぬきにして親鸞を語ることはできない。『歎異抄』を見ればわかる。初めから終りまで念仏ということが出ているといってもいい。「ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべしとよき人の仰せを被る」とあり、「念仏申すのみぞ末徹りたる大慈悲心」とあって、念仏をぬきにして親鸞はあり得ない。従って現代人にわかろうがわかるまいが、このことははっきりしておかねばならない。
 かつて申しましたが、前の東京教育大に家永三郎という先生がおられまして、教科書問題等で騒がれた方ですが、この人は日本の中世や古代の歴史についてのまじめな学者で一流の方です。この方の論文に法然上人と親鸞聖人のことを書いたものがあります。その緒論は、法然は念仏というものを説いた。親鸞はその弟子として信心即ち自覚というものを明らかにした。しかしながら親鸞は法然の弟子であるから、念仏するということをつけ加えざるを得なかった。信心正因というのが本心であって、念仏するということは親鸞においては本心ではなかったが、弟子としての師の教を無視できないという立場から、念仏ということを加えたのである、と。これは実にわけのわからぬことであると思う。念仏ということがわからないからこんなことを言われる。間違いである。
 信心と念仏とは離れないのである。南無阿弥陀仏が届いて信となり、信は必ず南無阿弥陀仏と応答するようになっている。バラバラのものではない。小さな殻を出るのは呼びかけがあるからである。その呼びかけを南無阿弥陀仏という。それが届いて遂に彼が殻を破ってくると、必ず南無と応えざるを得ない。それを念仏申すというのである。この二つは離れない。信心というも念仏というも、親鸞においては不離不二であった。誓願を信ずるということは誓願の名号を称えるということであって、念仏と信心は不離である。ただ順序からいうと信じて称えるということになる。「信じて称うるがめでたきことにて候ふなり」と御手紙の中にもある。念仏申す、これをぬきにして親鸞を語ることはできない。法然を通して教を聞き開き、念仏申す身となったのが親鸞である。
 本願とは根本の願いである。この本願の名号が届くということを本願成就という。こんな話は大変難しい。が、どんなに難しかろうと一回はそれにぶつかってみないといけない。今はわからなくてもいつかわかる時がある。
 本願成就とは何か。本願成就というところには、信心と名号と念仏とが続けて書いてある。一貫している。ピストルの弾丸が当った。その玉が南無阿弥陀仏。当ったらぱったり倒れる。当った所が信心。そして南無阿弥陀仏と申すところが念仏。これらは一貫して離れない。先程の家永教授の論はでたらめである。悲しいかな、それに反駁(はんばく)する人が少ない。残念ながら二十年近くも前のことで、当時の私には反駁する力がなかった。今でも非常に残念に思っている。当時それに反論したのはただ一人。専門家は反駁しなかったと思う。東大教授で小野一郎という先生が、それは違うと反駁されたがあまり力がなかったようです。

 

  諸有衆生
  聞
  其名号
  信心歓喜 乃至一念

諸有の衆生が(よき人の)(仰せ)其の名号を聞き開いていくところに(ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし)本当の喜びが生まれる。(小さな殻を破って出た喜び、明るさ)そして下は一声の念仏が出てくるのである。

 念仏申すとは、ただ口先だけで言うのではなく、真の認識と離れない大変なことなのである。


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