八、弥陀と釈迦

『歎異抄講読(第二章について)』細川巌師述 より

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 「弥陀の本願まことにおわしまさば釈尊の説教虚言なるべからず」。

 「弥陀の本願まことにおわしまさば」というのが先に出ている。「おわしまさば」という用法は七百年位前の平安朝末期、鎌倉初期の言葉であり、現在の言葉と違う。現在では「もし仮にまことにおわしますのであれば」というような感じを受けますが、しかし古語辞典によると、「おわします」というのは、非常に尊いもののありますのを「おわします」といい、「おわす」のも一つ上の敬語です。「何事のおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」というのがありますが、尊いもののおいでになることを言っている。「おわします」とは四段活用でサ行変格であると書いてありますが、「弥陀の本願まことにおわします。されば」というのが近いのではないかと思います。「弥陀の本願まことにおわします」というのが根本である。それであるから釈尊の説教、即ち仏教が真実なのである。
 弥陀の本願がまことである。それが仏説のまことである証明である。普通の常識では釈迦の教が仏教である。その仏教の中に説かれているから弥陀の本願というものは間違いないんだと、釈迦の教説を先に、弥陀の本願をあとに言わねばならんのではないかと考えます。しかしそうではない。弥陀の本願がまことなのである。それが根本であり、第一である。弥陀の本願が根本なのである。それであるから釈尊の説教が虚言である筈がないのである。ここをはっきりしないといけない。弥陀の本願が一番根本である。根本である本願を説いていなさるところに釈尊の教の真実性があるんだということです。

 これについて参考にしたいのは「ヨハネ伝」である。「ヨハネ伝」は、もとより『新約聖書』の一つでありますが、四福音書の中で一番哲学的な表現になっているのが「ヨハネによる福音書」((「ヨハネ伝」)であります。
 「はじめにことばがあった。ことばは神と共にあった」。
 これは実にいいところを言われている。大事なところをピタリ言ってある。はじめというのは一番初めである。即ち人類のあるところにはじめてコトバがあった。人間のあるところにはじめに神があった。コトバが神と共にあったのである。コトバとは何かというと喚びかけですね。私は細川巌と申します。なくなった母が私を呼ぶときは「イワオ」と言って呼ぶ。こういうのをコトバという。人は名前を呼ばれるとドキッとする。姿勢を正さざるを得ない。神と人が出遇ったのではない、初めに喚びかけがあったのである。人間のあるところにはじめからついて離れない深い深い喚びかけがあったのである。それをコトバという。神はコトバであったのだ。これはとても傑れた表現であります。が、キリスト教は遂にそのコトバが何であるかを明らかにし得なかった。我々は神とは言わない。如来という。如なるもの(一如、真如)が人間を包んで我々に喚びかけているのである。何とよびかけているか。それは南無といっているのである。南無とは、サンスクリットでナモという。ナモという発音に漢字を当てはめて南無といっている。これを日本語でいうならば、「帰れ」「来たれ」「共にあれ」という。仏教とは「はじめにコトバがあった」というこのコトバを言いあてたもの、南無阿弥陀仏と言い表したもの。その人を釈尊というのである。この釈迦が明らかにしたものは「はじめにコトバがあった」というそのコトバである。これを南無阿弥陀仏という。阿弥陀とは、アミタユース、アミターバーといい、これを永遠なるもの、無限なるものという。永遠なるもの無限なるもの、われに帰れ、われと共にあれ、小さな殻に閉じこもっているその世界を出て大きな世界に帰れ、大いなる世界に出でよ。これを弥陀の本願といい、南無阿弥陀仏の名告りという。「ヨハネ伝」の言葉を借りるならば「はじめにコトバがあった」というこのコトバを見事に表わしている。それは人間のコトバでなしに、大いなるものの語りかけである。それを南無阿弥陀仏という。それを説いたものを仏教という。この先験的な(アプリオリ、人間の考えに先だってあるもの)大きな世界、人間が考えだしたものでない、人間にはじめから語りかけているもの、それを弥陀の本願というのである。それを明らかにしたものを『大無量寿経』という。そこで「弥陀の本願まことにておわします、されば釈尊の説教虚言なるべからず」となっている。
 まことというのは何か。真という。それは偽でない、また一時的なもの(仮)でない。或る時はそうだが後に変ってきたというものでない。実である。この反対を虚という。空しい、からっぽという。からっぽでない実、真実まことという。一貫して遂に変わることのないものをまことという。真が実になった。事実、実際になった。即ち真実になった。釈迦において実になった。事実になったその感銘を釈尊が表わされたものを『大無量寿経』という。この中に弥陀の本願というものが述べられるのでございます。
 その他の教は何か。この『大無量寿経』の中に出てくる弥陀の真実まことというものを、どうしたら我々に理解させることができるか。その道を明らかにしたのが釈迦の八万四千の釈迦教であります。その内容は、この『大無量寿経』、南無阿弥陀仏を体解していくためのプロセスを書いてあります。これを釈迦一代の教と申します。
 釈迦教の中心は何であるのかというと、弥陀の本願を説くことにある。これを弥陀教という。弥陀教を説くところに中心があって、これを弘願門という。弘願というのは十方衆生に等しく弘くかけられている願い、本願、それを弘願という。それを説くのを弘願門という。その弘願門というものがわかるために説かれる教を定散二善の教、要門という。定とは正しい心、散とは正しい行い、これらを重ねて人間回復というのを目指していって、遂に最後に弥陀の本願というものを知るようになる。そのプロセスを要門の教という。釈迦教は二つの部分からなっている。一つは弘願門、一つは要門という。弘願門を、本願を説く教という。弥陀教という。要門とはその他の教であり、定散二善に尽きる。釈迦の教は弥陀の本願を説くというところに中心があり、弥陀の本願は釈迦を超えたものである。即ち釈迦が本当に悟りを開き、人間シッタルタから仏陀となることができたのは、無限なるものに触れたからである。無限なるもののコトバ、それを南無阿弥陀仏と明らかにした。これを弥陀の本願が中心で、そこに釈尊の教があると申すのでございます。
 しかるに、日蓮宗あるいは現在の創価学会の人達が、真実を説いた教は『大無量寿経』でなしに『法華経』であるという。なぜかというとそれは根拠があって、それは『無量義経』(法華三部経の一つ)の中に、「四十余年未顕真実」、四十余年の間私はまだ真実を説いていないと書いてある。従って晩年に八十歳近くになって初めて説かれた『法華経』こそ真実であるという。片方は、いや弥陀の本願が真実であって、真実教は『大無量寿経』であるという。これが長い間論戦をしてきたのでございます。
 どちらが正しいか、それに少しふれておかねばならない。真実教であるという根拠はどこにあるか。何を以って真実ということを考えていったらよいのか。一つは文献による。『無量義経』にそう書いてある。他にはそう出てないぞ。だからこれが真実だという。これを教証によるという。また自証による。自分でそう思う、自分でわかった、本当にそうだと感じ取っている。己証ということを強調するということがある。大体この二つである。
 まことは何だろう。経に書いてあるというだけでは足りない。自証が要るということは確かである。真実まことが私において事実にならねばならない。己証というのが要るのである。が、真実というものについて考えねばならないのは、仏教とは何かということである。我々がものを考えるのに二つの考え方がある。一つは知性(理性)の上に立ってこの現実を判断し、理解していく考え方、それはいわば平面思考という。平面的に考える。ヤスパースが言いました。『哲学入門』という本で、現象というものを知性の上に立って考えていくと、その中から部分部分を引きちぎって自分の手に入れるようなものであり、全体を把握できない。そしてもとと似ても似つかぬものになるということを力説している。今、真実とは一体何なのだと考える時、真実というものを向こう側において、何が真実がというように考えて本当に真実がわかるだろうか。いつも申すように、母の涙を向こう側において、今一滴落ちるぞ。といって見ている。それで涙がわかるものであろうか。ものがわかるとは、こういうふうに考えてわかるものだろうか。現在の学校教育は知をみがいて現象を分析し、それを追求する。先ず現象を調べてその原因、経過、その結果、そしてその中に成り立つ法則を探す。それが科学的な考え方である。私もそれを専門にして三十年間やってきた。しかしものというのはそんなことでわかるものかということを、よく考えてみなければいけない。そこでわかるものは、大きなものを引きちぎって結局似ても似つかぬものができているのではないか。母の涙を化学分析して、九十九%は水で残りの一%は塩分である、というようなものではないのか。ここが大事な問題です。
 真実とはどうしたらわかるのか。そのわかり方は一つしかない。春というのはどうしてわかるのか。それは春の中に生きるしかないのである。春というものを研究しよう、春になると春風が吹く、いや花が咲く、気温が何度になって……と、いくら言っても春はわからない。冬の中にいてそんなことをいくら言っても春というのがわかる筈がない。砂糖は甘いぞ、甘いということは……と、いくら言ってみてもわからない。そこでそのものになる、一体になる、そのものに触れる。母の涙を理解しようとするならば、母の涙の中に自分がとけ込まねばいけない。分析的な見方でなく、それと一体になる。ドイツ語で言えば、ベルデンという言葉があるが、そのものになるということである。即ち対立しておるのでなしに、命の通う、血と涙の通った世界で初めて真実というものがわかるのではないか。
 マルチン・ブーバーは『われと汝』という有名な論文の中でこう言っている。根源語というものがある。人間が生きていく上で一番根源になるものがある。それを根源語といおう。物を考えていく根源は「私」であるが、これに二つある。「私-それ」(Ich-Es)という私。「それ」とは知性で考えて、何でもかんでもEsにしてしまう。これを物質化という。真実を文献学の対象にしてしまう。血も涙もない頭だけの問題にしてしまう。私と切り離してしまって対岸の火災、はるか向こうの話として考える。これをEs化という。こういうことしか考えない私。も一つの私は「私-汝」(Ich-Du)の私。「Du」は単なるあなたでなしに、切っても切れない深いつながりにあるもの、親子とか兄弟とか、夫婦とかいうものをDuという。よびかけである。それは一体になっているのである。離れられない。即ち生きているのである。ベルデンである。真実というものを考えるのにIch-Esで考えるのでなしに、Ich-Duで考える。そこにおいてはじめて物が本当にわかるのである。
 真実というのはどうしてわかるのか。一言でいうと真実の印で真実がわかる。真実の中を生きなければわからない。真実というものを向こう側において、お経にこう書いてあるではないかとか、いや俺は経験したとか、そんなことを言ってもつまらん。真実なるものがDuと喚びかける、そして私がまたDuとよぶ。Ich-Duである。私を汝とよぶものによって私が汝とよび返すようなつながりにおいて、真実というのはわかるのである。これが大切です。『大経』がどうとか『法華経』がどうとかいっているようではつまらん。真実を考える立場がわからねばいかん。それをいうならば、平面思考でなしに垂直思考である。思考する方向が違っている。次元の違いである。私自身を堀下げていって、そこに本当の私というものに立って、はじめてわれを汝と喚ぶものに出遇うのである。その世界において真実というものが明らかになってくる。それ以外に明らかになりようがない。従って、『法華経』と『大無量寿経』とどちらが真実かというようなものではない。自分が変らねばならない。Ich-Esの私から、Ich-Duの私に変らなければ真実はわからない。それを言い換えると、自分自身を深く堀下げ、堀下げられていったその底面において、はじめて真実はわかる。その深く深く堀下げられた彼方にあるもの、それを親鸞聖人は「地獄は一定ずみかぞかし」と言われた。経には「諸有衆生」「罪悪深重」とある。そこに立ってはじめて、真実というものが喚びかけているのがわかる。そうすると『大無量寿経』も『法華経』も共に真実であるということがわかる。両方とも真実か。二つ真実がある筈がないではないかということになるが、両方とも真実である。それは真実を具体的に書いたものと抽象的に書いたものとの相違である。あらゆるお経は、これが正しい、これが間違いというものではない。自分が深い深い所に出て罪悪深重というものが出てくると、どんなお経も真実といただける。親鸞聖人は『大無量寿経』を真実のお経とし、そこに根本的な弥陀の本願が述べられていると言われる。しかしながら、実際は『教行信証』に多く引かれているのは『華厳経』であり、『涅槃経』であり、色々なお経である。弥陀の本願の具体的実例は、『大経』以外のお経にたくさん出ているのである。即ち真実というものが分現している。ヤスパースは言った。包括者(大いなるもの、神ということである)この大いなるものはあらゆる現象の中に分散する、とこういう表現で言っている。包括者は常に現象の中に分散する。あらゆるものの中に表われてきているのである。これは『涅槃経』の中にも、『法華経』の中にも出てきているので、それを頂けば真実が述べてある、弥陀の本願が説いてあるということがわかる。
 けれども文献的な立場で読んでもわからん。自分が深まらねばいかん。深まるとは廻心懺悔である。これは私をDuと喚ぶもののコトバを聞くことによって廻心懺悔するのである。そのコトバとは何か。Ich-Duである私、物を対象化して考えるしかない私に、汝Duと喚びかけてくるものによって、私-汝に変っていくのである。そこにその私は深い深い光のお照らしにあずかり「地獄は一定すみかぞかし」「罪悪深重」という私にかえってくる。
 むずかしい話になりましたが、「弥陀の本願まことにておわします」というようなことがどうして言えるのか。親鸞聖人が仰有るからでもない、釈尊が仰有るからでもない。弥陀の本願がまことであるから釈尊の説教がまことなのだ。親鸞が証明したからまことであるのではない。弥陀の本願がまことなのである。どうしてそんなことが言えるのかというと、私自身を照らされ照らされ、聞きぬき聞きぬきするところに、弥陀の本願が真実であることがわかるようになっている。そしてはじめて一切の経典は真実の分現となるものだといただけるのである。ここではじめてスケールの広い宗教となる。『法華経』だけが真実だというのは狭い狭い宗教である。派閥争いである。そういうのをナルシシズム、自己愛着という。このナルシシズムを超えることこそ、仏教のはたらきでなければならない。
 今日は第二章の序論みたいな話になりましたが、本当の信心は就人立信を超えた世界にできることなんだ。弥陀の本願を明らかにされたところに仏教の意味があるのだということを申しました。

 「仏説まことにおわしまさば善導の御釈虚言したまうべからず」

 「信」というのは何かというと覚である。目が覚めるという、又認識である。自己中心の我々が大きな世界を知り、また自己自身を知る。こういう認識を申すわけであります。しかしこの二つでは「信」を充分に言いあらわせないものがあります。それは否定或いは転回という、自分の殻を打ち破られるというところが充分でない。「信」は必ず廻心である。自分自身の殻を打ち破られて広い世界がわかるのである。目がさめるのである。それが「信」であります。
 信が生まれるには、先ず人に就いて信を立つという、就人立信という話を前にしました。即ちそこによき師よき友という私を引っ張っていってくれる人があって、深い転回がおこる。親鸞聖人は法然上人によって深い世界に出られたのである。しかし関東の人達も親鸞聖人に就いて深く教を聞いたわけで、この点は同じであった。そうであるのになぜ親鸞聖人だけは「法然の仰せを被りて信ずるほかに別の子細なきなり」と言い切れたか。また関東の人達も親鸞という師に就いて聞きぬいたのに動揺をきたして、なぜ「親鸞の仰せを被りて信ずるほかに別の子細なきなり」と言い切れなかったのか。これが大きな問題でありましょう。それは就人立信にとどまって、就行立信ということに到らなかった。行に就いて信を立つというところまでこなかったからである。

 行というのは何かというと、これは仏教の言葉で非常にわかりにくい言葉ですが、大体は働きということです。「内心、境に渉る」と申しまして、大いなるものの大悲の心の表現、働きを行というのであります。私に一番大事なものは何かというと、私を教えてくれる人「よき人」である。その「よき人の仰せを被る」というのが就人立信である。先ずこれがなければならん。けれどもこのよき人を貫くものそれを行といいます、それがわからなければならない。よき人を貫くものが本願の喚びかけである。それを行という。南無阿弥陀仏という。関東の人達にはこれがわからなかった。よき人の仰せというのは電線である。その電線の中を流れる電流が南無阿弥陀仏。関東の人達はその電線だけにつかまって、電流に触れなかった。電線に触れるところが就人立信それによって電流に触れるところが就行立信である。よき人の仰を被ることが本願の喚びかけに触れることにならなくてはいけない。これを就人立信即就行立信と申します。そこに問題がある。
 「弥陀の本願まことにおわしまさば釈尊の説教虚言なるべからず」。一番中心は本願である。その本願が釈尊の説教を生み、その釈尊の説教が善導の御釈を生み、善導の御釈が法然の教を生み、それが親鸞聖人にきているわけであって、この伝承が電線である。その中を流れている電流が本願である。
 電線は引っ張ってあっても、そこに電流が流れないならば電灯は輝かない。関東が人達の信心と親鸞聖人の信心のどこが違うか。就人立信は同じである。関東の人達にも又、「たとい親鸞聖人に賺されまいらせて念仏して地獄に堕ちたりともさらに後悔すべからず候」という人もあったにちがいない。しかし電線を掴んだだけだった。電流に触れなかったそういう限りいつか必ずどこかで動揺してくる。親鸞聖人のおっしゃっていたことは、或いは間違いであったのではなかろうかということになる可能性が、いつかは必ずある。電線だけ掴んでいるからである。電流に触れなければいけない。

 さきに申したように「ヨハネによる福音書」は非常に的確に大事な問題を指摘しています。大切なのは「コトバ」である。「コトバ」は神と共にあった。言葉は神であった。「コトバ」これが何であるのかということが「ヨハネ伝」では明らかでない。あるいはキリスト教全体も、この「コトバ」というのは何かということが、うまく言えなかったのではないかと私は思う。一番初めにある神のコトバ、そのコトバの中にいわばあらゆるものがこもっており、それが神であるというようなコトバ、それを「南無」というのである。大きな大きなもの、それを如という。また真如ともいい一如ともいう。この如というものは私を包んでいる。これを「法」ともいい「絶対」ともいう。それが私を包む。そこに如なるものは如来となる。これを姉より来たるといい、宗教的には神と言います。その神と共にある「コトバ」、如から来るというところに喚びかけがある。この如来というところに名告り、喚びかけがある。その喚びかけを「汝」という、「南無」という。梵語でNamoという。これを龍樹菩薩が「われを念ぜよ、わが名をよべ、われと共にあれ」こういうふうに表現したのを『十住論』という。この初めにあった「コトバ」このコトバは何か。それが私に届くところに神がある。これを行という。この喚びかけを「南無阿弥陀仏」如来の行という。この喚びかけを聞く、即ちよき人に就いてその教を聞いて思索する。そして実行し、遂に「汝」という喚びかけ、南無阿弥陀仏という喚びかけを聞きひらく。阿弥陀仏というのは永遠なるものわれ、「われと共にあれ、わが名をよべ、われを念ぜよ」そういう「われ」である。この南無阿弥陀仏が届いた時、私の方から南無阿弥陀仏という応答をせずにはいられない。それを念仏と申します。そこに弥陀の誓願不思議によって南無阿弥陀仏という念仏が私から出てくるのである。それを他力の念仏という。彼が私に喚びかけるものを名号といい、私が彼に答えるものを念仏という。それが親鸞聖人と違うところであった。「弥陀の本願まことにおわしまさば釈尊の説教虚言なるべからず」。弥陀の誓願が私にストレートに届いてくるのではない、電線の中を通ってくるのである。


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