『歎異抄』とは

 歎異抄は関東の河和田(かわわだ、茨城県水戸市郊外)に在住した唯円が、今から700年ほど前に記したと言われています。師の親鸞の死後20〜30年が経過し、弟子達が思い思いに親鸞の教えを解釈して浄土真宗の教義を乱していることを嘆き、何とか正しい教えに立ち帰って欲しいと、涙ながらに記した書という体裁になっています。

 親鸞の教えを直接受けた愛弟子の使命感にあふれた感動の書です。親鸞の肉声が、語られた当時の気迫をそのままに、短い言葉で列記された書物であるため、浄土真宗中興の祖である蓮如が、一般の者へは刺激が強すぎると判断し、「無宿善の機は左右無くこれを許すべからざるものなり(仏教の徳の篤い者以外の目にはこれを触れさせてはならない)」と奥書して、長く一般への公開が禁じられてきました。そればかりか、江戸中期までは教団の中でさえ注目されることのない本でした。

 この歎異抄が一般の人に公開されるようになったのは、明治に入り真宗改革運動に乗り出した清沢満之と、若死にした彼の跡を継いだ暁烏敏、曾我量深、金子大栄など彼の弟子達の力によります。わずか1万2千字程度の短編ですが、「善人なお往生をとぐ、いかにいはんや悪人をや(第2章)」「他力の悲願はかくのごときの我らがためなりけり(第9章)」という逆説と自己洞察に富んだ簡潔で研ぎ澄まされた文章は、自己覚醒を求める明治の知識人に衝撃をもたらし、近代文学・思潮等へ強い影響を与えました。

現在でも多くの知識人が歎異抄に触れ、その感動を筆にしています。1998年、ベストセラーになった五木寛之さんの『大河の一滴(幻冬舎)』は、帯に「いま『歎異抄』のこころを現代に問う平成人必読の書」とあり、まさにその代表例といえるでしょう。また、2001年10〜11月のNHK人生講座で、高史明さんが「現代によみがえる歎異抄」という講題でお話をなさいました、ご覧になって感銘を受けた方も多かったのではないでしょうか。

 歎異抄の原文を用意しました。古典としては読みやすい部類であると言われていますので、始めての方も挑戦してみて下さい。書店や公共の図書館にも多くの解説書が並んでいます。