歎異抄講読

presented by 日野市教育を考える会

 色々な本を読んでいたものが、浄土三部経にピントを合わせてそれを読誦するというところには深い進展がある。読書も大事であるが、何でも読めばいいというものではない。ある中心を持っていて始めて色々なものを読むことに意義がある。自分の勉強の中核になるものを持っていて、その上で色々な本を読むとそれが役立ってくるのであるが、何も中心がなくて読めばそれは雑学というものであって、雑行に他ならない。
    『歎異抄講読(第六章について)』 二、専修念仏のともがら より

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