講題「生きることの物語」

在家仏教講演会(平成20年7月25日 福岡市にて)
宇佐市・佐藤第二病院:田畑正久先生

(在家仏教p12-35 平成21年3月号掲載)

※田畑先生のお許しを得て、HP「歎異抄に聞く会」より転載させて頂きます。

■いつか老病死に捕まる

 私たちにとって、生きる意味というのは何なのでしょうか。なかなかわかりませんよね。人間に生まれたという意味がわからないし、死んでいくということはもっとわからない。現代の教育を受けているだけではそこは教えてくれないのですが、実は仏教を学ぶことで明らかになってくるものがあります。
 一般的にどう考えているかというと、たとえば中学の時の恩師が今、私どもの病院に通ってこられるのですが、あるとき脳梗塞になって、その症状はなんとか回復したものの、再発の心配しながら毎日を生活されていました。診察しながら仏法の話などをして、だんだん先生も仏教のおまかせするという世界がわかってきてくれたかなあというところです。この先生が以前、「田畑さん、脳梗塞になった者は脳梗塞で死ぬって本当ですか」と尋ねられたことがありました。「いえ、脳梗塞になったからまた脳梗塞になるとは限りません。再発する人もいるでしょうけど、脳梗塞が良くなってから他の病気で死んだり、交通事故に遭って死ぬ人だっていくらでもおりますよ」と答えました。そして「でも、いくら養生してもいつかは老病死に捕まるんですよ」と付け加えましたら、「こんなに養生してもやっぱり死ぬんですか……どうせ死ぬのだったら、酒でも飲んで楽しまんと損ですね」と言われました。
 自分の楽しみを楽しんで生きることが人生だと思う人たちは、生きることになかなか意味を見いだせなくて、何か自分の欲望や願いを叶えていくことが、生きることだとつい思うのです。そして多くの人たちは、元気で長生きだけを願っているわけです。  浄土真宗の門徒ですが八十年間、聞法と縁がなかった、元中学の数学の先生が、やっと仏法と縁ができた、と言っても私と話をするくらいでお寺にはなかなか参ろうともしない。診察の時、ガンになる心配、寝たきりになる心配に振り回されて、取り越し苦労を言うので私が「仏教の勉強をしませんか」と申し上げたら「わしゃまだ早い」と言われました。 「先生、南無阿弥陀仏の意味がわかると、もう少し鷹揚に生きていけますよ」というと、 「わけのわからん南無阿弥陀仏など言いとうない」という。 「先生の家は浄土真宗の門徒さんでしょう。浄土ってどう思われますか」「地図探したってない浄土なんて信じられませんよ」  そこで私がついでに「先生、明日はあると思いますか」と聞いたのです。そうしたら確信を持って「明日はあります」とおっしゃる。そこで私が「明日を見せてください」というとキョトンとしていました。一方では見えないものはないと言い、一方では見えなくてもあると言うわけです。こういう一貫性のない思考をしているのが私たちの分別というものだと思うのです。

傍観者の人生でいいのか

 先ほどの元中学校教師の人が、慢性肝炎で肝癌になる心配をされています。今は元気なのですから、それを享受して生きればいいのですけど、ガンという病気になる恐れや、これから介護保険にお世話になる心配など、未来のことを今に持って来て取り越し苦労しながら不安な毎日を生きているのです。
 私たちは必ず死すべき生を生きているわけです。もし死ぬことが敗北だとするならば、これはもう必ず敗北の人生になる。そうすると、そのために私たちは不安を持たざるを得ないわけです。そういう不安を生きているかぎり、「本当に生きてきて良かった」という思いは到底出てこないでしょう。
 私たちは学校教育で、物事を対象化し、それを客観的に見ていく訓練をずっとしてきました。合理的な思考ができるのが有能な人間なわけです。確かに工業製品の組み立て工程などに重ね合わせて考えるなら、それはとても役に立つ思考です。しかし物事を対象化する思考がすべてではないことに気づかないといけません。
 物事を対象化し、客観的に見ていくという思考は、二つの点で問題があります。一つは、この考え方を極めていけば皆が幸せになれるんだと思ってしまうことです。最近の報道で、戦争中に理化学研究所が軍と協力して核兵器を作ろうとしていた研究者の日記が見つかったそうです(当時の記録、資料は全部米軍に没収されて、捨てられたのです)。当時の最高の知が集まった組織で人を殺す道具を作ろうとしていたわけです。戦争に勝たなければならないという煩悩に汚染されると結局そんなこともしてしまう恐ろしさを持っているのです。
 もう一つは、この理知分別ですべてのものがらを把握できるかというと、人間がうれしいとか悲しいとか寂しいといった感情の部分はほとんどが落ちてしまうのです。私の仏教の先生がよく話していたのですが、母の涙というのを理性的に分析して考えると、成分はH2Oが何パーセントで、微量元素が何パーセントで、体積が何ミリリットルで、比重がどれぐらで、涙腺の涙管の平滑筋がちょっと緩んでぽたぽたと落ちる、そういう形になるけれど、これらを再統合したら母の涙がわかるかと言ったら、大事なものはほとんど抜け落ちてしまうだろう、と。ですから、ものを理性や分別で捉えよう把握しようとしても全体を捉えられるわけではないと気づかされて、私たちは唖然とするわけです。
 私がここにいて、私の周囲の出来事を眺める。眺めて、私と切り離して向こう側に対象化する。これは私にとって利用価値があるかないか、これは私にとって敵か味方か。そうやって判断して、私にとって都合のいい、好ましいものだけを集めようとする。切り離すことによって、いつのまにか傍観者の人生を歩んでしまうわけです。私と私の周囲を分けて考える、二つを立てる、対に立てる(対立)ことを「二」ということができます。
 傍観者というのは良い面があります。それは自分が責められない。自分というものを問われないわけです。あれが悪いこれが悪いといつも文句だけ言っていたらいい。テレビで言ったら、コメンテーターのようなものでしょうか。  しかしそこには「本当に生きた」という実感がなくなる危険があるわけです。ある患者さんはこう言います。最近は良からぬニュースが一杯あるが、そんな悪いことするやつは打ち首にするべきだ、と。もう完全に傍観者ですね。条件が整ったら私も縁しだいでそうなったかもしれないなどとは思わない。自分というものを見る視点が欠落しているのです。

■動物にない自我意識で

 一方、仏教の縁起の法では、私と私の周囲の出来事が関係性の中にあると考えます。良いことも、好ましくないこともすべて私と関係している。身土不二、私と私の周囲の環境は二つではない、一体である、仏法では「一」と考えるのです。
 自分が問われるということを、仏教では内観と言います。自分の姿が仏の光に照らし出されてはっきりする。仏教が日本の文化に貢献したこととして、この内観がまず挙げられます。私たちの対象化というのは、いつも外側ばかり見ていたものが、仏智の光に照らされて、自分というものが見えてくる、その時に初めて、私たちは人間に生まれたという意味、生きることの意味が少しずつ見えてくるのです。
 それがいつも傍観者ですと、自分が人間に生まれた意味なんてわからないのです。意味があるという発想は出てこないのです。たとえば人間には自我意識がありますが、犬や猫には自我意識があるのでしょうか。こういう実験が紹介されていました。四面ガラス張りの四畳半くらいの部屋を用意して、犬・猫の鼻に目立つ色を付けてその部屋へ入れてみる。そうすると犬や猫は、鏡に写った自分の鼻を見ても眺めているだけで、何か変なのが付いているという意識を示す行動が見られなかったのだそうです。まさに傍観者という感じです。犬や猫に聞いたわけではないのですが、それが本能のままに動いているだけという状態なのでしょう。これがオランウータンやチンパンジーになりますと、自分の鼻に色がついているのを鏡で見て、なんとなく自分の鼻を気にする反応を示すのだそうです。そこに自分という思いが出てくるわけです。これは人間で言ったら三歳か四歳くらいのレベルの自我意識なのではないでしょうか。それさえもないのが犬や猫だと。そんなふうに本能のままに我々が生きているとしたら、それで本当に生きてきて良かったという実感はあるのでしょうか。
 先ほどの話で、「どうせ死ぬんだったら酒飲んで楽しまなきゃ損だ」、というのも欲を満たすことに喜びを感じる畜生に似ています。私たちは人間の形をしながら、人間に生まれたという世界を生きてきたかどうかを問われてくるわけです。  この内観という世界について、ある大学の哲学の先生がこう言ってました。今、日本は豊かだから、お金があり時間のある人が、金と時間に任せて世界中を見て回り、きれいな所を見て、おいしいものを食べて回っている。そうやって百年生きたとしても、内観という世界がわからなければ、人生の半分は味わうことなく終わることになるんですよ、と。私たちはいつの間にか、傍観者の人生の中で、自分を見る目を失っているようです。

死なないいのちに出会う

 脳梗塞を経験した人が、再発予防のために薬を飲んでいる。この前ちょっと嘔吐したら赤い色がついていたという。血液の色だろうか、赤い食物か何か食べた後だったのだろうか。どうも消化管出血じゃなかろうかと、薬の副作用が心配だと相談に来られた。
 私はその人に話しました。脳梗塞の再発予防で血液が固まらないようにするお薬を他の医療機関からもらっているが、これがどのくらいの効果があるかご存知ですかと。血小板が血液を固めないようにする薬によって血液をサラサラにすれば脳梗塞になる確率は下がる。英国の論文によれば再発を二十五パーセント減少させる(防ぐ)ということがデータ的に出ています。だからこれは効果があるとみんな使っているわけです。しかし内情をよく調べてみると、脳梗塞に一回なった人が再発する率というのは、年間約四パーセントです。ということは患者が千人いると一年間に四十人が再発する計算になる。これを薬で二十五パーセント減らすということは、四十人が三十人に減るということです。したがって、この薬を飲むことにより脳梗塞の再発で死なないという恩恵をこうむる人が十人増えるということです。しかし薬というのは決していい面ばかりではない。血液をサラサラにするために、脳出血や消化管出血が起こりやすくなるという副作用があるわけです。それが統計的に○・二パーセント。千人のうちこのお薬を飲んだために二人が出血性の病気で死ぬ。そうするとその十人から二人を差し引いた八人、患者千人のうち恩恵を蒙るのは八人ということです。この八人に入るためにこの薬を飲む。これが血小板凝集抑制の薬の実態なのです。
 相談に来た人80歳代の人は九十歳まで長生きしたいと言う。九十まで長生きして何をしたいんですかと尋ねても答えは返ってこない。九十歳まで生きたいとお願いしてそれを優先すれば、医者は少しでもその確率が上がる方を積み重ね、結局薬は増えていきます。いつ死んでもいいという鷹揚さがあったら、運良く八人に入れるか、それとも服用しても、しなくても結果は変わらない九百九十ニ人になるかよくわからないような薬は飲まなくてもいいのではと、と私は思っているわけです。
 私たちが生きることの意味をどう考えているか。なんとなく九十歳まで生きたいというのは、まあ言うなれば「死にたくない」ということでしょうね。この「死にたくない」という心の底にあるものを仏教では、死なないいのちに出遇いたい、すなわち南無阿弥陀仏に出遇いたい、宗教的目覚めを求めている叫びであると教えてくださっているのです。
 仏法の智慧の眼をいただくということを通して、気づかされることですが、私たちは毎日死んでいるとも言えます。解剖学者の養老孟司先生がおっしゃるには、昨日の私は、昨日の夜、死んでいる。そして今日、七月二十五日という初めての日をみんな生きている。そして夜、私たちは今日の命を終わっていく、と。  就寝される時に、今晩もしかしたら死ぬかもしれないと思って休むのです。そして明朝に目が覚めたら、今日の命がいただけたと思って一日をスタートさせて生きる。私の師はかって、「朝、目が覚めたら、今日の命を頂いた、南無阿弥陀仏とはじめるのです。そして夜やすむときは、私なりに精いっぱい生きました、南無阿弥陀仏と寝るのです」といわれたことがありました。これが仏教が考える一日ということです。私たちは生きるも死ぬも仏におまかせなのです。生の裏に死が裏打ちされているということが生を輝かすのです。それがわからない人にとっては、死にたくない、九十まで生きたい、と思うわけでしょう。ある高齢者が長生きしたい理由を、長生きして他人より年金をたくさんもらわないと損だ、というのを聞いたことがあります。損か得か、勝つか負けるか、それではどこまでいっても「足りない、不足、不満」と思うでしょう。

■自分の愚かさが見えてく

 私たちはヒトから人間へ、人間から仏さまになっていくと教えているのが仏教です。ところが、みんな健康で長生きにしがみついているために、本当に人間として完成する道、人間として成熟していく道が、いつのまにか日本文化の中でなくなろうとしています。
 若さを誇るというのは、これは未熟だということです。本当に成熟するということが、なくなってきています。未熟であることがなんだか褒め言葉みたいに使われる風潮がありますが、本当に人間が年齢に相応して成熟していくことが、生きるということの意味につながっていくと思うのです。  仏教のお話を聞いてお育ていただくうちに、本当に自分の姿が照らされて見えてくる。しかし、我々は自分が照らされることをよけて、避けて、いつも逃げ回って、透明人間みたいな人生を生きていて、気づいてみれば、あっという間に五十年、六十年が過ぎたと嘆いている。けれども仏法の教えに照らされることを通して、自分の姿が赤裸々に明るく照らし出されてくると、そこに自分の愚かさが見えてきて、本当の意味で人間になれていないということがわかって、びっくりするのです。  仏法の教えをいただくことによって、人間になっていく道を教えてくれているのだと頷けてくると、仏法に出会うために人間に生まれてきた、という思いが強くなるという展開があるのです。
 もし仏法に出会わなかったら、いつも向こう側(外側)を眺めて文句を言うばかりの傍観者の人生を生きることになります。  最近の鬱病は種類が変わってきたそうです。これまでの鬱病は、ああ私が悪かったなあという自責の念で鬱になる人が多かった。今は、私は悪くない、周りが悪いんだと言って鬱になる。私がこんな病気になったのは親の育て方が悪いんだ、社会が悪いんだと、他を罰するようになってきたというのです。これは傍観者の発想に絡んで起こってきているここと関係するかもしれません。
 自分が問われない、自分が責められなくて、いつも外側を向こう側に見ていくばっかりだと、私はなんで人間に生まれたんだろう、生きる意味はあるんだろうか、死ぬとはどういうことなのか、という問いが生まれにくくなるわけです。そのため大きなことへの気づきのチャンスがだんだんなくなってきて、いつも外ばかり見て、私を取り囲む外の条件が私の幸不幸を決めていると思い込むのです。そういう他罰的な世界を育ててしまうのが、対象化ということではないかと思います。

■亡くなったから会える

 人間として生まれたという物語(意味)、生きるということの物語を私たちはなかなか持ち得ません。ましてや死んでいくということの物語など持てないものです。  死ぬことを「他界した」とか、「天国へ行った」などと言います。仏教をいただく者は天国という言葉は使わないほうがいいでしょう。天というのは仏教ではまだ迷いの世界です。亡くなった人に対して、まだ迷っていると言うのは失礼です。
 一方、他界したというのは、行方不明だということです。普通の旅行だったら、京都だの東京だのと行き先を言って行きますけれど、最後にうちの主人は行方不明になりましたということです。誰も行き先を確かめたわけじゃないのですが、他界したって言うだけでは、どこへ行ったかわからないということです。  一休さんの歌に「死にはせぬどこにも行かぬここにおる尋ねはするなものは言わぬぞ」とあります。浄土真宗ではお念仏の世界にいつも帰ってきてくれている、ここにいて、一緒に生きているんだという感覚を、お念仏を通していただくわけです。本当にお念仏の世界がうなずけてきたら、浄土から南無阿弥陀仏と便りをいただくのです、決して行方不明ではないのです。広島大学の教授をされていた白井先生という方が、遺言で娘さんに「父のことを思い出したらお念仏しておくれ、父はお念仏の中に生き続けているからね」といわれたそうです。百三歳になるおばあさんが、「死にたい」死にたい」と言っている。私は長生きし過ぎて、子どもたちもみんな亡くなって寂しい、としきりに嘆いています。物事を対象的に見ることだけを確かなものとする人たちにとっては、親しかった人が見えなくなっていくことが寂しいわけです。  しかし仏法をいただく人であれば、念仏でいつでも出会えるのです。あるお坊さんの歌に「往きし人みなこの我に帰りきて南無阿弥陀仏と称えさせます」というのがあります。亡くなった人たちが私の口から南無阿弥陀仏と仏となって出てくれている、こう味わうわけです。親しかった人たちが死んでいっても、決して寂しいことはない。今まで遠く離れて暮らしていて会えなかったけれど、亡くなったことを縁にいつでも会える、そういう世界が恵まれているのです。

医療でも物語性に着目

 物事を対象化して客観的に見て、形、色、数字で表せるもの、実証できるものだけが確かなものとするならば、物事の把握において、心や感情など大事なことが抜け落ちていってしまいます。そこに気づいてこれを超えた(包含した)仏の智慧で感得できる世界があるんだということに目覚めるということがないと、物事の全体像をあるがままに知るということはできないわけです。
 今、医学の世界では、客観的な事実に基づいた医療だけでは、人間が生まれて生きて死んでいくという行為の豊かな物語性が持てないという反省から、客観的事実に基づいた医療に加え、ナラティブ・ベース・メディシン、物語に基づいた医療というものを導入し始めました。まさに物語性というのが求められようとしている時代だと思います。  いわゆる団塊の世代が定年を迎え、社会的な仕事から離れた時、その後三カ月から半年くらいは自由を謳歌できるみたいです。しかしそれ以上が過ぎると、今度は時間を持て余して、これでいいのだろうかと多くの人が感じるようです。
 定年後の多くの人は、今まで「生きるということの意味」をあまり考えてこなかった。まして人間に生まれた意味や死んでゆく意味なんて考えてもみなかった。終末期医療に関連してアンケート調査から見えてくる実態は、みな死というのを忘れたい、健康で若々しく生きたい、そしてぴんぴんころりと逝きたいということです。ところが老病死に捕まると、こんなはずじゃない、なんで私がこんな病気にと言って、その事実が受けとめられない。それが私たちの通常の発想です。
 人間として生まれて、生きてそして老いて、病気で死んでゆく。これが生老病死の自然なプロセスです。ところがたいていの人は、元気で生き生き、楽しく健康に生きるのだけが私たちの持ち分であって、その先の老病死はあってはならないことのように考えています。  生と死を相反するものとして捉えることを分断(段)生死と言います。医療の現場ではそれが典型的に現れています。救急車が患者を運んで来た。医師がまず判断しなければならないのは、その人が生きているか死んでいるかです。明らかに死んでいたら、警察の人に来てもらって検死になる。生きている可能性があれば蘇生術をして治療が始まるわけです。ここでの発想は、生きているということは死んでいないということです。死んでいるということは生きていないということなのです。そこをはっきり区別できるという前提でそれからの仕事が始まるわけです。この発想がいつのまにか、生と死は分けられるもの、老病死があってはならない、元気で若々しく生きるのが本来の姿なんだというところにしがみつくことになったのです。

老病死を自分に引きあてて

 私たちは老病死を見えないように、見ないようにしてきた。これはお釈迦さまの四門出結遊【しもんしゅつゆう】というエピソードに象徴的に出てきます。
 お釈迦さまがまだ出家前に王家の太子だったころ、住んでいた宮殿から町に遊びに行こうとした。東の門から出て行ったら、そこに老人がいた。見たこともない姿だったので、お付きの者に「あれはなんだ?」と尋ねる。「あれは老人でございます」「老人という人種がいるのか」。「そうではありません、私たちはみなあんなふうに年老いてゆくのです」。傍観者だったらそれだけのことですが、お釈迦さまは、ああ私もこんなふうになるのかと気づかれた。これが内観です。その日はもう遊びに行く気がなくなって宮殿に戻りました。  別の日、今度は南の門から出て行ったら、そこに病人が苦しんでいる姿が見えた。「あれはなんだ?」と尋ねた。「あれは病人でございます」「ああいう人種がいるのか」「いえ、そうではありません。人間はみんなあんなふうに病気になるのです」と。ここで、私もなるのかと気づかれるのがお釈迦さまのすごいところです。今度は、西の門から出て行くと、死人が横たわっていた。「あれはなんだ?」と尋ねた、「あれは人間の死体です。誰もがみな死んでいくのです」。そして最後に北の門から出て行ったら、そこに修行者がいた。「あれはなんだ?」「老病死をどう超えて行くかということ考えて修行している出家者です」と。これが、お釈迦さまが出家されるきっかけになったという物語です。
 私たちはお釈迦さまの出家前のように、宮殿の中で暮らしているようなものです。街を歩いても、老病死の苦しみの現場はなるべく見せないようにしてあります。老人を見かけても傍観者として見て見ぬそぶりで、いずれ自分もああなるという発想にならないのです。結局、老いるということの意味がわからず、人間としての成熟、老成ということがいつの間にか文化の中からなくなってしまおうとしているのが現実です。

死は不幸の完成か

 私たちは誰しも、幸せになりたい、と思って生きています。では、どうしたら幸せになれると考えているか。まず、幸せになるためにプラスと思われる条件として、健康である、能力がある、役に立っている、迷惑をかけていない、などと数え上げて、こういうプラスの価値をできるだけ増やす。次に、逆にマイナスの条件、病気である、年をとってきた、体力が弱った、迷惑をかけるようになった、そういうようなマイナスの価値をできるだけ少なくしていく、そうすることが幸せになることだと思っていませんでしょうか。
 しかし、これではやがて必ず老いに捕まり、病に捕まって、死んでゆくことが不幸の完成となってしまいます。こういう生き方をしている人がほとんどでしょう。それ以外に考えられないじゃないか、と反論されるかもしれません。  そういう人たちは、不幸の完成を見ないようにしていたわけです。「不幸の完成」の前に「幸せ」という大きな看板を立てて、「不幸の完成」が見えないようにして、「幸せ」という看板を目指して突っ走っている。「幸せ」という幻の看板の裏に「不幸の完成」の看板があると気づかずに。
 仏教ではそうではなく、成仏する道を教えるのです。成仏とは仏になること。仏とは簡単に言えば成熟した人間という意味です。仏教では六道輪廻と言って、我々は地獄・餓鬼・修羅・畜生・人間・天上という六つの世界をさ迷っている。仏教が目指しているのは、この迷いの六道を超えることです。仏教用語で言うと、声聞・縁覚・菩薩・仏になることです。
 こういうことを考え合わせますと、幸せになりたいと言いながら不幸の完成になっていく生き方ではなく、仏になる歩みを歩いている時に、そこに本当に「人間に生まれて良かった、生きて来て良かった、死んで行くことも何も心配ない、すべておまかせします」と、安心して燃え尽きて行ける世界があるわけです。逆にそういう世界がわからないと、この六道に迷ってしまうことに気づきもせずに、振り回されるだけになるのです。
 餓鬼世界とは、いつも足りない、足りないと言っている世界です。餓鬼根性という私たちに抜けがたいものがありますが、仏教を学ぶ時によく気づかされます。仏教の話を聞いていくうちに、教えてもらったはずのことまでも、私がわかったんだとなるわけです。私有化してしまうのです。そうするとそれがせっかく仏さまの教えであっても、私有化したとたんに、似ても似つかぬ物を握ったことになります。芥川龍之介の小説『蜘蛛の糸』は、これを象徴しているわけです。仏さんがカンダカという青年を助けようと、クモの糸をたらしてくれてのですが、クモの糸を登り始めて、しばらくしたとき、地獄の住人がカンダカのあとを追ってのぼり始めたのです、それを見て、降りろ、このクモの糸は俺のものだと言ったとたんに握った糸がプツンと切れてしまう。俺がわかったと思ったとたんに、仏教の世界から遠ざかってしまうのです。

思い通りにならない苦しみ

 六道輪廻は迷い、苦しみの世界です。この苦というのは、決して苦楽の苦ではなくて、思い通りにならないということを言っています。思い通りにならないのは、私の都合に合わせてまわりにいつも思い通りになるものを集めようとするからです。思い通りになるものを集めて良い人生を生きたいと思っている。すると、自分にとって好ましくないものがだんだん目立ってくるわけです。なんで私が年をとるのか、なんで私が病気になるのか、何でいやな現実が起こるなか、この現実が受けとめられないわけです。
 私たちがそういう苦の状態にあると実感(自覚)するならば、三十数億年の生命の連鎖の歴史の最先端で私は今、苦しんでいるということになります。ということは、三十数億年の生命の歴史で、解決がつかなかった総決算として、人間としての私が今ここに苦しんでいるわけです(迷いが超えられたならば、仏の世界であって、迷いの人間界に生まれてこない)。
 弘法大師は「生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに暗く、死に死に死に死んで死の終りに冥し」とおっしゃっています。暗い世界から暗い世界へとさ迷っているのが、私たちの苦の姿なのです。私たちはこの迷いを超えるために人間に生まれさせていただいたとしか思えないではないかと、仏の智慧の目で見えてくるわけです。仏の光に照らされて自覚させられる、自覚の深みから見えくることです(客観的事実ということではなく、目覚めによって自覚させられる内容ということです)。
 輪廻転生というのは、お釈迦さまの時代のインドの民俗的な共通認識であって、仏教では言わないのです。今の私の苦しみの状態を無量光に照らし出されて知らされると、今までの私の過去では、迷いの解決がつかなかった結果として、今、ここで、迷いに苦しんでいる、としか思えないではないかと言っているわけです。
 もし私が今そういう仏法の世界に出会わないとするならば、これからも「思うようにならない状態」がずっと続くとしか思えない。しかし私が人間に生まれたということは、考えることが出来るという事です、「人間とは何か」を考えることができる、そして仏法に出遇うことが出来るということです。仏法の教えをいただいて、育てられる。お釈迦さまの悟りの内容、本願の心をいただいて生きるようになる時に、この六道輪廻を超えて仏として完成する位(正定聚不退の位)に立たしめられる。私たちは今その歩みのチャンスの場として人間に生まれさせていただいたとしか思えないではないか。こういうふうに頷けるのです。
 それは何か実証できるのかと言ったら、そんなものではないですね。自分の目覚めの内容というのは、自分の今のありようを、仏さまの光に照らされて、そうとしか思えないではないかという目覚めの深さの中で、そのことを頷けるのです。これが生きるということの物語です。  私たちは幸せになるんだと言って、不幸の完成を目指して突っ走っている。いや、最初のうちは、好きな人と結婚できれば、子どもができたら、子どもを育てあげたら、定年で働かなくてもよいようになれば、蓄えで気ままに暮らせるようになると、いつも前の方に夢を追い求めて、前の方へ目標を定めて進むことができる。目標がある間は良かったでしょう。いざ定年を迎えて、老病死が見えてきた時に、生きていくとは何だったのかと考えるわけです。いい生活をしてきたけれど、本当に生きたという実感がない。老いが迫ってきた。病が迫ってきた。もう私に生きる意味はない、となってしまうわけです。
 病院の患者さんで、九十歳で亡くなったおばあちゃんが、真宗の門徒さんだったのですけど、八十八歳の時に私が処方した不眠の睡眠薬をたくさん飲んで自殺未遂をしたことがあります。意識が無くなって倒れているということだったから、私はてっきり脳梗塞か脳出血かとはじめは思って脳外科で調べてもらったら、異常がないという。そうこうしているうちに睡眠薬の効果が薄れて来たのでしょう意識が戻った。脳外科を退院した後、また私の所に通ってくるようになってから話を聞くと、「先生、私なんかは役に立たん。みんなに迷惑をかける。あの時、あのまま眠りたかった」とおっしゃいました。
 プラスということに生きる意味があると思っていた者にとっては、マイナスが増えて来た時に生きることをやめたくなるわけです。生きる意味を見失い、それで自分で自分を傷つけたりする。理性や分別ですべてのものが把握できるという傲慢さの中にいることに気づかない。決してそういうことではないんだと学ぶ場が無くなっているわけです。

人生の見直しはできる

 社会学者の上野千鶴子先生が日本経済新聞のコラムで、これまで私たちは明日こそ幸せになるぞと、明日を生きてきた、ある年齢を越えたら、もう今日を生きるという世界に転じないといけないのではないか、ということを書いていました。明日こそ幸せになるぞ、と言って、不幸の完成に向かって生きている私たち。これは、私が多くのものによって生かされ、支えられている、そういう世界を感得できる智慧の眼がないと、私たちには超えられない世界です。そういう智慧の眼をいただくことで、私たちは人間として成熟する。せっかく人間に生まれさせていただいて、ああ人間に生まれて良かった、生きて来て良かった、となるのです。
 フランスの思想家ボーヴォワールは、人生の最後の五年十年を単に廃品としか思わせないような文明や発想は挫折していることの証明だ、と言っていました。
 大分県の医師会雑誌の正月号に各地の医師会長さんが所感を書いていまして、何年か前にあった八十歳になる医師会長さんの文章が印象深いものでした。「自分の同級生を見ていると、過去にああいうことをした、こういうことをしたと自慢をする人が多い。けれども私自身は過去を振り返った時に、あの時ああしておけば良かった、この時こうしておけば良かったと、後悔ばかりが思い出される。そして、できることならやり直しをしたい今日この頃です」、と結んでありました。
 これはごく普通の人の文章ですけれど、仏教の世界から見ると、八十年間の人生が受けとれなかったと言っているのです。人生が受けとれないというのは痛ましいことです。私は私で良かった、とはゆかなかったわけです。  金子大榮先生は、「人生はやり直しはできないけれど、見直しはできる」、とおっしゃっています。苦を転じて徳とする。あの時ああしておけば良かった、というものが、私が今日、仏法に出会うために必要なご縁であった、と受けとめられる。やり直しをしたいと思った悲しかったこと、寂しかったこと、失敗したことが、いや、あれがなければ今日の私が仏法に出会うご縁にならなかったんだなあと思うと、寂しかったことも、失敗したことも私にとっては良かったなあと受けとめられる。それが、人生はやり直しはできないが見直しはできる、ということです。そうすると、「私は私で良かった」という気持ちにいつの間にかなっていくわけです。

南無阿弥陀仏と出会うには

 私は私で良かったというのは、なかなかそういう気にはなれないものです。私はついこの前、免許の更新があって顔写真を撮ったのです。写真屋さんがあごをあげてとか前に出してとか指示してくれながら写真を撮ってもらった。出来上がった写真を受け取りに行って、一瞬エッ?と驚きました。自分がイメージしたよりも写りが悪いわけです。本来、写真ほど正確なものはないはずです。写真が正確だから免許証に貼って区別できるわけです。なのにその自分の写真を認めたくないというのは煩悩なんです。それくらい私は私で良かったになれない。
 私たちの理性の目は煩悩によって汚れているのです。この理性や分別を仏教では無明と言うのです。無明とは、明るさが無いのです。私たちは明るいと思っているのですが、煩悩に汚れているから明るくない。けれどそのことに気づかないわけです。  そういう私が仏法のご縁に出会った時に、どういうことがわかるかというと、今まで仏さまの智慧は、自分よりちょっと上くらいだと思っていた。それが長年聞法し、仏法にふれているうちに、圧倒的に仏さまの方が上だということがわかってくるわけです。  どうしても自分たちの理性や知性を買いかぶっている者にとっては、仏さまと同じくらいに思ってしまうわけです。お経の中で何がいいか、法華経か大無量寿経か般若心経か、あれがいい、あれが悪いと、仏さまのお経をこちらが品定めできるなんて思っていること自体、仏さまより偉くなっていることです。  仏さまよりも偉くなってしまうと、「わが名を称えよ、お念仏する者を浄土に迎えとるぞ」と仏さんから言われても「はい、参考意見として聞いておきます」と口を閉ざすのです。私たちの煩悩は、「仏教が全部わかったらお念仏しましょう」、「仏教がわかるまでは念仏しません」などという。それが少し仏さまのほうが偉いなと思えてくると今度は、「どういうふうにお念仏したらいいのでしょうか」、「無心で言わなければいけないのでしょうか」、「お風呂やトイレで言っていいでしょうか」、などとお念仏の言い方を計らうのです。これもまだ仏さんの大きさがわかっていない時期です。
 これがだんだん仏法のお話を聞いて、仏さまが圧倒的だと知らされて、自分もなるほど足りなかったなあと、自分の愚かさがはっきり見えてくると、「念仏する者を浄土に迎えとるぞ」と言われて、「はい、南無阿弥陀仏」、とお念仏が出るのです。本当に自分の愚かさがわかった時、この愚かなあなたを目当てに南無阿弥陀仏が発せられていた、本願があって良かったと思えるのです。

仏法を頭上で押し戴く

 南無阿弥陀仏に出会うためには、聞法して自分の愚かさを知らされなければ、なかなか頷けないものです。法を聞くとはどういう聞き方をするのかというと、頭の上で頂戴するという形で聞くのです。
 それを私たちは足で聞いている。参考意見として聞いているのです。あるいは腹で聞いている。腹黒く利用しようと思っている。あるいは胸で聞いている。これは陶酔状態になっている。本当に頭の上で押し戴くというのが、仏法を聞くことなのです。
 私たちが人間に生まれたということは、仏法に出会うために生まれて来たとしか思えない。私が生きて行くということは、人間として智慧をいただく歩みができるということなのです。そして朝に、「命をいただいて、今日の私が生まれた、南無阿弥陀仏」、とスタートする。そして夜には、「私なりに精一杯生きさせて頂きました、南無阿弥陀仏、と休む(死ぬ)」ことを毎日繰り返していくことで、いただいた命を精一杯大事に生きさせていただく、生きるも死ぬも仏さまにおまかせしておけばいい、私がやるべきことは与えられた命を一日一日、精一杯、念仏して生きるに尽きるのです。
 一日一日を精一杯生きる、これが難しいのです。今を大事にしなさいと言っても、それは不可能に近い。それが出来るためには、お念仏で受けとるんだと、浄土真宗は教えてくれるわけです。
 大森忍という真宗のお坊さんは、「仏教のわかる早道を教えよう。それは心の中に起こるほどのことを見つめて、念仏申す」とおっしゃっています。だから私たちは、「今日は仏法を聞いてもひとつもありがたくなかった、南無阿弥陀仏」「いやあ、今日は仏法を聞いて本当に良かったなあ、南無阿弥陀仏」という具合に、良くても悪くても最後に南無阿弥陀仏とお念仏を付け加えていく積み重ねの中に、いつの間にかお念仏で生きて行くという世界が実現できてくるのではないかと思います。
 この間、外来患者さんとして来られた男性が、九十歳まで長生きしたいと言って、九十から自分の年齢を差し引きながら、あと何年、あと何年とやっていました。そういう未練がましい生き方ではなくて、一日一日を生きる。一日、一日の足し算が、一週間となり一年となり、五年十年となるかもしれませんが、もうおまかせしておりますと一日一日を生きた時に、それはすでに永遠に通じて生きているわけです。  今ここで永遠の世界をいただき、精一杯生きていますといえるのが、本当に仏法に生かされていると言えるのではないでしょうか。そういう世界に出会える時に、私たちは、人間に生まれたという意味が、生きることの物語がわかってくるのです。生きるということの意味がうなずけると同時に、死んで行くことの意味がわかってくるのです。
 我々は生きているのが、当たり前。死ぬのは偶然と思っています。そうではないのです、生きているのは偶然、死ぬのは必然です。人間に生まれたこと、生きていることは、あること難しです。今、私は生かされている、ということを思い、私に与えられた仕事を精一杯尽くしてゆくことが大事なのだと思っております。〈おわり〉

このお話は2008(平成二十)年7月25日の福岡会場での講演に加筆訂正したものです。(編集部)

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