歎異抄 第十八章
第二回目 平成2年12月19日講義
「歎異抄講読 異義篇3(巌松会)細川巌講述」より

※本講の原文に小見出しは有りませんでしたが、読者の便宜のため西岡が付けました。


一、二つの理由 二、布施の意味 三、知恩報徳 四、布施の心 五、はじめは自力 六、自力から他力へ

 異義篇の最後にあたる第十八章には、「仏法の方に施入物の多少にしたがいて大小仏になるべし」という間違ったわけがらを説く人が登場する。布施の多い人は大きな仏になり、小さければ小さな仏になるということ、これが間違いである。「この条不可説なり不可説なり、比興のことなり」、まったくもって話にならない、不都合千万なことであると、ことばを極めて非難してある。十一条から十八条までの中で一番きびしい口調で言われている。

一、 二つの理由

 その理由として二つ言ってある。二十三の十一終わりから三行目に「まず仏に大小の分量を定めんことあるべからず」とあり、次ページ二行目の下に「且はまた檀波羅蜜の行ともいひつべし」とある。
 まずは、「大きな仏、小さな仏」というようなことがあるはずがない。すべての仏、すなわち法身と言えば、人間の意識を超えた大きなところから、人間の心に応じた姿で現れて下さるわけである。大小というものはもとよりないというのが道理である。
 しかし、『選択集』に「大念には大仏を見、小念には小仏を見る」ということが述べられている。法然上人が引かれているのをみると、「念」というのは念仏を言おうとしている。大きな念仏を申すと大きな仏を見、小さな念仏には小さな仏があらわれるという。そういうようなことを言うのは、大きな仏と小さな仏があるのでなしに、声に応じて出てくださるということで、念が声であるということをいうためである。仏の大小を論ずるものでない。
 次に、「且は檀波羅蜜の行ともいひつべし」。「且は」とは、「まず、それにかえて、第二には」という意味である。「檀波羅蜜」とは「檀那波羅蜜多」の略である。「檀那」はサンスクリットという古いインド語の音訳で、漢語に訳せば「布施」である。「波羅蜜多」には、漢訳で言えば、布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧と六つあるので、「六波羅蜜」、略して「六度」と言う。「度」は渡す、渡る、いわゆる生死の苦界を渡って西の彼岸に到り着くことを言う。六波羅蜜は仏教の一番基本的な行である。
 「布施」というのは、「利他行」と言って、他の人・困っている人のために施すことである。「布」の字義はあまねく敷きならすことで、自己の用をやめて他の人に振り向けることを表す。自利・利他の行と言い、利他は自利と対句になっている。
 「自利行」は「持戒」であって生活である。「持戒」に様々あるが、一番少ないのは「五戒」と言って、不殺生、不倫盗、不邪淫、不妄語、不飲酒の五つである。これらを保つことに始まり、僧侶にはもっとたくさんの戒がある。「忍辱」は、耐え忍ぶこと。「精進」は努力。「禅定」は心の安定で、サンスクリットの音写では「三昧」という。そして「智慧」に到るという。
 人間であるわれわれが六度の行を成就していくことを、浄土門では如来の行として説かれている。『讃仏偈』一の九では、「光顔巍巍、威神無極」といい、如来のお徳を讃嘆し、それについて法蔵菩薩が自分の願いを述べていくことから始まる。一の十の中ほどに「布施調意・戒忍精進・是の如き三昧、智慧を上と為す」とある。また、その前には「願はくばわれ作仏して聖法王に斉(ひと)しく、生死を過度して、解脱せざる靡(な)けん」、後には「吾誓ひて仏を得んに、普く此の願を行じて、一切の恐懼(きょうく)に為に大安を作さん」と続く。法蔵菩薩の行、願行として述べられている。
 「布施調意、戒忍精進、是の如き三昧、智慧を上と為す」、布施が最初にあり、次の「調意」というのは禅定である。以下、持戒、忍辱をまとめて「戒忍」とし、精進、禅定(三昧)そして智慧と続く。これらが法蔵の行として述べられている。法蔵菩薩が成仏して南無阿弥陀仏となる。南無阿弥陀仏の中に、こういうものが入っている。したがって本当に南無阿弥陀仏に徹底すると、その人において自利と利他の行が成立し、布施の徳というものを与えられる。持戒、忍辱、精進、禅定、智慧という徳も与えられるのである。往生浄土の行で、往生の因は信心であって、信心念仏である。その根本は信心なのである。
 第十八章の誤りの第一は「仏に大小がある」という点である。布施をたくさんすれば大きな仏になる、少なければ小さな仏になるというのが間違っている。仏に大小のあろうはずがない。第二の誤りは、「布施をして仏になる」という点である。往生浄土の正因は、信心念仏であるのに、それを布施と誤っている、あるいは誤らせている。檀波羅蜜の行を、往生の行と言うておるところに誤りがある。

二、布施の意味
 次に、「布施」というのはどういう意味があるのか頂いておこう。「布」は自らの用をやめ、「施」は人にほどこす。何のために施すのかというと、仏道に立って頂くためである。それを最終目標としてさしあげていくことを布施という。そういう明確な目的がある。困っている人を助けるということがありますけれども、困っている人を助けるのに、物を上げただけでは助からない。それをもって、どうか仏法を聞いてくれよという願いをもって与えると、その布施が生きてくるわけである。
 布施というのは、六度の行であり、布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧である。それに対して、五度の行という場合がある。この場合には布施が無く、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧を言う。布施が有るのを「大乗」と言い、布施が無いのを「小乗」という。小乗と大乗の違いは、布施が有るか無いかにある。布施は利他行である。他の人のために尽くすということを持たない。布施がないのは自利だけであって、内容は全部同じ、けれども布施が有るか無いかがちがう。そこが大乗と小乗の違いである。小乗の国というのは、自利の行を励んで、布施というものを持たない。
 布施というものには二つあって、一つは「法施」、一つは「財施」と申す。『讃仏偈』一の十に、「一切恐懼、為作大安」とある。恐とはおそれ、懼もおそれ、人が抱える不安のことを恐懼という。人間はどんな人でも、心配事をもっておる。それを恐(おそ)れ懼(おそ)れると言う。死、病気、いろいろな願い事かなわず、いろいろな不幸せ、いろんな事が起るわけである。それらを不安に思い、そうならないことを願っている。それを「恐懼」と言う。あるいは「貧窮」と言う。貧窮というのは心が貧しい状態を言う。貧窮や恐懼の人に法を施す。法は教え、教えを聞くと、人はそこにはじめて安らぎを感じ、そこに心の安定というものが生まれるわけであって、それを法施と申す。これは非常に大事なことである。
 少しずれた話になるけれども、東京のデパートで、何年か前に火事があって、何十人かの人が焼け死んだ。いろいろ原因はあったけれども、だれも館内放送を聞かなかった。ただ電気が消えて、ワッと燃え上がる状態で、混乱状態になった。どっちに行っていいのかわからない。階段を上の方に登って行ったりして、そこで焼け死んだ。事故記録を読んでみると、明確な誘導案内が無かったことが指摘されている。拡声器でも何でもいいが、火元は何階で、今消火しているから心配いらない、皆さんは静かに階段を降りて下さいとか、何階から上の人は上って下さいとか、何か言えば良かったのである。人がどうしていいかわからず右往左往しているときには、一つの声というか、教えというか、方向を言うてやるのが必要だと書いてあった。まことそういうもんだなあと思う。何も心配いらん、静かに、落ち着けと声をかけてやるのが大事なことである。法、教えというのは声である。声を聞いて、恐(おそ)れ懼(おそ)れて心貧しいものは、そこで安らぎを得るということがあるわけである。法を説くということは法施で、これが一番。
 次に財施といえば、「財」は物であり金、そういうものを施すことである。これは二番。「心にはものをそえよ。ものには心をそえよ」と言う。法施は心というわけではないけれども、教えである。ものには心、即ち、しっかり落ち着いて法を聞いて下さるように、こういうふうな願いをこめて、心にはものをそえ、ものには心をそえてさしあげることを財施という。この二つが大事である。
 財施というものは、困っている人には何かあげる、歳末助け合い運動などもあり、大事なことであるけれども、かえって悪い影響が残るということがある。
 東南アジアの中産階級よりも下のレベルの人達は、物を貰うのをあたり前だと思っていると新聞に紹介されていた。日本人も、商社の人たちが東南アジアにたくさん行っているわけであるが、そこでメイドや運転手を使う。日本人が買い物に行ったのでは高く買わされるが、現地の人をメイドに雇って買物にやると、安く買えるということがある。また、自分で運転して事故でも起こしたら大変なことになるわけで、必ず現地の人を運転手に雇う。ただ悪いことに、彼等が物を持っていく。買物に出すと、必ず金が減っているという。そういうことは何とも思わない。また、主人の家にあるものを持って帰るということがある。持てる者が持たざる者にいろいろと施しをする風習になっているため、そういうことに馴れているから、黙って持って帰るということがあるという。
 ソ連で食糧難があって、いろいろな国々がただで食糧をやろうということになった。新聞を見ると、大統領の反対派が言っている。「あなたが方々に頭をさげて物を貰ったので、我々は恥をかいた」と。少なくとも、ただで貰ったら、将来、自分に力がついたら返したい。困っている人達に今度は自分たちが施しをしたいと言う。何か思わなければ、もらい癖がついて、黙って持って行くようになる。財施というものは、よく考えなければならない。
 アフリカなどは困っているけれども、そこに次々と物を贈るというのは、本当にいいのかどうか考えなければならないところがある。それよりも、種をやって、それを蒔くようなこともできる、いや、もう一つ前から言えば、井戸を掘って水がとぎれず出るようにすることもよかろう。あるいは、とにかく木を植えて砂漠化を防ぐような、何かそういうものを混ぜてやることもしないと、単なる財施というのは、人間の心を乞食根性にすることがある。
 子供の教育にもそういうところがある。何が要るか、要るものは何でも買ってやるぞ、よっしゃ、うん買ってやる…という態度はどうかなあ?僕はあんまり金もなかったが、子供が何か買ってくれと言えば、よし、ほんなら、半分おれが出そう、半分は自分で稼げなどと言った。
 要するに、まず法が大事、法施が大事である。しかし、こればっかりではいけない。心には物をそえよということがあるわけで、物には心をそえなければ。それは物が人を乞食根性にするということである。布施はそのように、法施と財施の二面をもっている。
 布施について、くわしく書いてあるのは、『十住毘婆裟論』で、分別布施品に、「菩薩は仏に礼敬し、懺悔等を行じて福徳力を増し、心よく柔軟となり、信進み、布施の心を生ず」とある。六波羅蜜では「布施、持戒、忍辱、精進…」と、布施が一番はじめに出ているけれども、本来は布施に先だって、仏に礼敬、すなわち仏を礼し、尊敬し、そして自ら自己の罪、自己の足りないところを如来にお詫び申しあげ、そして福徳力を増すということがなくてはならないと説かれている。福徳力の「福」とは善のことである。善を行ずる徳の力が増してきて、心が柔らかになって、そして信心が進む、それが布施の心を生むのである。そういうことがないと、布施、すなわち人に法を伝えて、あるいは物をあげたり、仏法のために布施を行じたりすることが起らない。そこが根本である。「信力増上」で「深行大悲」である。深く大悲を行ず、信力増上ということがなければ、布施ということができない。そういうことを説いている。
 信力増上については、聖人も『教行信証』の行巻に引かれている。十二の十三、五行目、
又云く、「信力増上」とは、「信」は聞見する所ありて必受して疑無きに名く「増上」は殊勝に名く、問うて曰く「二種の増上有り、一には多、二には勝、今の説何者ぞ」答へて曰く、「此の中の二事倶に説く、菩薩初地に入れば、諸の功徳の味を得るが故に、信力転増す、是の信力を以て、諸仏の功徳無量深妙なるを疇量(ちゅうりょう)して、能く信受す、是の故に此の心亦多なり、亦勝なり「深く大悲を行ず」とは衆生を懸念して骨髄に徹入するが故に名けて「深」と為す。一切衆生の為に仏道を求むるが故に名けて「大」と為す。
 信心の力、信心のはたらきが増してくるというのは、そのはたらきが広くなってくる。そういうことがあって、そこから深く大悲を行ず、すなわち自分だけではない、人々のことが目にはいって、そこで他の人達のために、いわゆる布施、慈悲を行じたいという、そういう心が起ってくるのである。信力増上、深行大悲ということが第一である。
 自分がこういうことができるようになると心がよく柔軟となり、今までは自分ひとりのことしか考えていなかった、自分が精一杯であった。それが、ひとのことを考えることができるようになる。それは心の柔らかさと暖かさがなければ、かたくなな自己中心の心が破られなければ、そういうことにならない。信進み、布施の心を生ず、だから布施ができるということは、たいへんなことであって、それが、いわゆる菩薩の進展の段階、信力増上という段階がなければ、深行大悲にならないということを言っているのであります。

三、知恩報徳
 布施というのは、恩を知り徳に報いる、いわゆる仏教によって本当に救われる。その喜びをもったものが、仏法のためにわが力をささげてゆきたいという願いをもつのであってそれを「知恩報徳」と申す。
 人間の心というものは、勉強すればするほど、偉くなればなるほど、恩というものを忘れてゆくようになっておる。人間の心というものは、勉強して偉くなればなるほど、自分の地位が上れば上るほど恩を知りそうなものであるが、反対なのである。何故なら、人間の心は「自我意識」というものを持っていて、これが進んでいくからである。それが、人間の心の発達である。自我意識というのは、私中心の心である。小さな赤ん坊は、自我意識を持たないことはないけれども、それだけ力がありませんから、親が飲ませてくれるものを飲み、口に入れてくれるものを食べるようになっておる。一才二才となりますと、自分で歩けるようになる。自分でつかんで自分でロにもっていくようになる。自分で食べられるようになる、ものも言えるようになったら、まず何をいうかというと、「いや」ということである。それを「反抗期」と言う。自我意識が発達し、彼に能力がついてきた。そうすると、今までいろいろとしてもらっておったものに対して、強い反発を感じる。私のことは私がやるという精神ができてくる。自我意識の発達とともに、反発、反抗期を迎えるのである。それを「第一次反抗期」と言う。反抗期というのは、親からいえば反抗期である。けれども本人からいえば発達期といわなければならない。
 「第二次反抗期」は中学生から高校生の年代で、身体はもう大人以上になっており、心もことばも大人のように考えるようになる。自我意識が発達すると、親の言うことを聞かなくなる。親の恩など考えたこともない。父と母は勝手に私を生んだのであるから、育てるのはあたり前と考え、とりあえず言う事は言うから、反抗期と言う。忘恩であるが、自我意識の発達の結果である。だから勉強をさせればさせるほど、彼はひとり能力を伸ばしていって、頑張っていいものになるだろう。しかし、それとともに、親などをあんまり問題にしなくなると思わなければいけない。親の有難みを言っても理解しない。私が頑張ってこうなった、私がこのように苦労しながら勉強したから、東大にも通ったんじゃとなる。
 仏法も同じである。わかるようになると、おれがわかった、おれが信心を得、何と深いものになった…と考え、如来のおかげだと思わなくなる。私が努力したと思う。そういうところに注意することである。人間の心を「人間構造」と言う。人間構造というものは、自我意識が発達して、そこに五逆の心を持つようになるのである。
 五逆というものは、五つのものに逆らうという。まず、①父を殺し、②母を殺すという二つが挙げられている。親を大事にしないということがある。早く死んでしまえとまでは言わないまでも、心の中ではそのように思うかも知れない。それは恩田に背くという。続いて、③羅漢を殺す:羅漢とは、師と友である。④和合僧を破る:サンガを乱す行為を言っている。⑤仏身より血を出すという。これを恩田に背き、福田に違すという。福は善、よい悪い、そういうものに違うて、それに反発するようになる。それを人間構造と言う。人間構造というのは、人間のもつ、いわば悲しみ、いわば定めであって、自分が自分の考え方をもち、自分の道を切り開き、進んでいけばいくほど、自分自身というものに自信をもっていく。自我意識というものが発達していく。それが五逆という姿をとってきて、恩知らずとなるのである。
 それに対して、仏法は真の意味での人間形成である。人間構造としてはそうなるしかないのであるが、人間の自我意識を打ち砕いて、本当に仏の前に自分自身の小さな殻を砕かれて、そして頭を下げてお礼を申すということができるようになるのが仏法である。それがでるから、本当の意味で自分が恩知らずであるということに目が覚めて、ご恩に報いねばならないということがわかるようになる。仏法の大事なところは、自我意識の発達しかない人間に、その自我意識を打ち砕いて、自分の恩田、ご恩になったそのところ、福・善を教えてくれる点である。恩を知り、その徳に報いようとする。それを信心というのである。
 信心というのは、そういうものであって、本当の意味の人間、人間形成、殻を破って真の人間形成、人間の本当のあり方を遂げる。これを「信の成立」という。宗教を持たなければ、人間は本当に恩を知ることはできない。信心は、必ず「知恩報徳」となる。
 『教行信証(信巻)』に『華厳経』を引いてある。十二の七十三、五行目から読んでみよう。
又言く、信は道の元、功徳の母と為す。一切の諸(もろもろ)の善法を長養す。疑網を断除して愛流を出で、涅槃無上道を開示せしむ。信は垢濁無く、心清浄なり。憍慢を滅除し恭敬の本なり。亦法蔵第一の財と為す。清浄の手と為りて衆行を受く。信は能く恵施して心悋(おし)むこと無し
 信心がよく恵み施すとある。布施は信から生まれる。「信は能く恵施して心悋むこと無し」、それを信というのである。信というものは、必ず知恩報徳となるのである。世間のため、社会のため、困っている人のために、そして仏法を興すために、自分の持っている物を恵施していく、そういう心を信心は持っている。布施によって助かっていくのでなしに、信心が往生していくのである。信心から布施が行われるのである。真の布施は、如来にある。真に布施を行ずるものは如来であって、それを「如来廻向」と言う。あるいは「恵施」と言う。如来廻向というのは何か。それは自己の全体、すなわち如なるものが、その大きなる世界の全体を、いわゆる光明無量、寿命無量、如なるものが、その如なる世界の徳のすべてをひっさげて、如来となってわれらに到りとどこうとする。そこに如来廻向がある。如来は自己のすべてをとどける力をもっている。自己の全体を与える、その如来の全体を与えたものを南無阿弥陀仏というのである。
 われわれは自分というものを人に与えることができない。これが人間の布施の限界である。即ち、人間は金をあげることはできる、物をあげることはできる。法すなわち教えを説くこともできるかも知れないが、自分というものを与えることはできない。自分とは何か。自分の力、自分の能力、自分の考え方、自分の徳、それらのものを与えることはできない。
 書道をたしなむ人がいる。何十年も努力してすばらしい書をかくことができても、その能力は人に与えることができない。書いたものはやれるけれども、その書く力は与えることはできない。われわれは、いかに勉強し、読書して本を読む力があったとしても、その力だけをあげることはできない。しかし、如なるものは法となって働き、光明無量(光の働き)、寿命無量(いのちの働き)、光といのちをもって照らしぬいていく。摂取しぬいていく。そういう働きをして、われわれに自己を届けるわけである。それを如来の廻向という。如来を本当の布施という。彼来たってわれに届けり、それが南無阿弥陀仏である。南無阿弥陀仏を頂くと、われわれは布施ができるようになる。自分を届けることができるようになる。
 如来の布施、如来の廻向が私に届くと、今度は私に人々のために廻向、即ち布施をする力ができるのである。これは南無阿弥陀仏になるのである。
 布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧、それらが南無阿弥陀仏の中にはいっている。また、光明無量、寿命無量の中に布施がはいっている。持戒もはいっている。忍辱もはいっている。だから、南無阿弥陀仏が届くと私には布施ができるようになる。自分のもっているものを人にあげるということは、あまり考えたことはなかったのであるが、南無阿弥陀仏を頂くと、しだいにできるようになる。
 したがって、信ですね。この第十八章を読むと、「一紙半銭の方も」とある。一紙半銭というのは、一枚の紙、小銭の半分という意味でささいなものを表しておる。「一紙半銭も仏法の方にいれずとも、他力に心をかけて信心深くば、それこそ願の本意にて候はめ」とは、信心の人は量や金額にとらわれずに布施ができるようになるということを言っている。

四、布施の心
 布施は大乗仏教では最初に言うけれども、最後の問題である。布施の心がけについて、もう少し申しておきたい。
 『十住論』に「不浄布施」と言う。不浄布施というのは、いわゆる清浄真実でない、いわば間達っている。垢づいた汚れた、清浄でない布施を垢施という。それに対して、浄施というのは、恩徳報謝、知恩報徳の心をもって、いわゆる恩徳報謝の心。また、果報を求めず、見返りに何かをもらいたいという心がないことを浄施というのである。まず、不浄布施の例をいくつかあげておこう。
 「格好不好施」、好というのは立派な、また自分の好きなもの、また優れたもの、好い方をけちり、ほしいと思って、よからぬ方を施す。好い方を残しておいて悪い方を出すのである。「諂曲施」、媚(こ)び諂(へつら)って施す。「疲厭施」。「求名聞施」、世の中の人に知られたい、聞こえたいということを求めて施す。「不称力施」、称はかなう、力かなわざるもの、その人の力に伴わない、いわゆる不相応な布施。「応棄物施」、まさに捨つべきもの、「もう役に立たないから捨てようと思っていた、ちょうどいい、これを布施しよう」という精神、そういうのを応棄物施という。「不任用物施」、用うるに耐えないようなものを施す。もう役にたたないものを施す。「奪他物施」、他の人のものを奪い取って、それを施す。
 その他、人から叱られたから出すとか、あるいは、腹立ちまぎれに投げわたすとか、人と競争して出すとか、そういうものを不浄施というのである。従って、心根が問題である。心根が汚れておるときに不浄布施と言う。
 「且は檀波羅蜜の行ともいひつべし」それが一つ。布施は往生の因ではない。物をあげれば助かるというのではなくて、いわゆる信心決定して念仏申すということ、本願を聞きぬくことが大事である。その本願を聞きぬくことを忘れてはならん。その結果として信心が生まれて、そこから生まれてくるのが本当の布施、そういうことを言っておる。

五、はじめは自力
 「他力に心をかけて信心深くば、それこそ願の本意にて候はめ」、他力に心をかけてというのは、異本では、「他力に心をなげて」となっておる。「なげて」というのは心を打ち込む、かけると同じようなことである。他力は如来の本願、心をかけるとは専心一心。如来の本願にに専心専念し、一心する、それを帰命という。「他力に心をなげる」とは、「一心専念弥陀名号(『観経疏』)」「諸有衆生、聞其名号、信心歓喜(『大無量寿教』)」と、仏法を中心として生きてゆくことを言っておる。はじめは自力であって、十九願の段階を経て、二十願に至る。自力の信、自力の行、それを十九願というのである。要するに初歩の段階を言っておる。
 『観無量寿経』には、韋提希が釈尊にお会いして、救われていく過程が述べられている。始めは自力から始まっておる。自分の夫の頻婆娑羅王を助けにいったわけであるが、自分も捕らえられて、座敷牢の中に閉じ込められた。その悲劇が語られている。観無量寿経の中で一番始めに彼女が言ったことは何であったかというと、二の三の六行目、
時に韋提希、幽閉せられ已りて愁憂(じゅうう)憔悴(しょうすい)し、遥かに耆闍崛山に向ひ仏の為に作礼して是の言を作さく「如来世尊、在昔(むかし)の時、恒に阿難を遣はし来して我を慰問したまひき、我今愁憂せり、世尊は威重(いじゅう)にして見ることを得るに由(よし)無し、願はくば目連と尊者阿難を遣し我と相見えしめたまへ」と。
 まず、「我今愁憂せり」、愁はうれい悲しむ、憂はうれい嘆く、どうか私の言うことを聞いて下さい。また私の心を慰めて下さい、それが我今愁憂せりである。こういうていたらくで、こういうことになってしもうた、どうしてこうなったか、一つ様子を聞いて下さい。見て下さい。私を慰めて下さい。だから阿難と目連を私のところに遣わして、私を慰めて下さいというのが、それが始めの願いである。始めはそういうものである。現実にぶつかって、自分を今慰めてほしい、私の言うことを聞いてほしい。その次に彼女が言ったことは、次のページ二行目、
世尊、我(われ)宿(むかし)何の罪ありてか此の悪子を生ぜる。世尊、復何等の因縁ありてか提婆達多と共に眷族(けんぞく)為る。
 どうしてこうなったのか。「我むかし何の罪ありてか…」、私は何も悪いことはしていないのに、どうしてこんな悪い子が生まれたのか、どうしてこうなったのか、という深い自己主張。そして深い被害者意識。何の罪もないのにこうなってしまったという。私に何の罪があって、私がこんな目にあわなければならないのだろうという。私が、私が、ということを主張しておる。「復何等の因縁ありてか提婆達多と共に眷族為る」あの提婆達多さえいなければあの子はよい子だった。それが提婆がいたばっかりに、こんな子になってしまって、という責任転嫁。どうしてこうなったのか、そこに強い自己主張と、被害者意識と自己弁解と自己中心。そういうものがおきてくるのは、始めの段階である。
 その次はどうか。その次と申すのは、その間に長い時間があって、釈尊は黙っておられたからである。韋提は自ら反省し、こう言ったことは釈尊の心を傷つけたのではなかろうか、言ってはならないことを言ったのではなかろうか、と反省して、だんだんと変わってくる。それが沈黙の説法という。釈尊が黙っておられたことが、大いなる説法なのである。五行目、
唯願はくば世尊、我が為に広く憂悩無き処を説きたまへ、我当に往生すべし、閻浮提(えんぶだい)濁悪世(じょくあくせ)をば楽(ねが)はざるなり
 とにかく、憂い悲しみのないところを説いて下さい。そこへ行きたい。閻浮提濁悪世、この世界は逃げ出したいのでございます。現実逃避、こういう世界を述べておる。とうとう最後に、五ページの始め、
我今極楽世界の阿弥陀仏の所に生まれんと楽ふ。唯願はくは世尊、我に思惟を教へ、我に正受を教へたまへ。
 我今阿弥陀仏の所に生まれんと楽う、我に思惟を教え、我に正受を教えたまへ。こういう願いを持つことが釈尊の願いであった。ここまで長々と申したのは、このことを申したかった。はじめは自力だということを申したかった。そういう段階を経て、阿弥陀仏の所に生まれんと楽う、どうかその考え方と受け止め方、それを教えて下さい。教えてさえ下されば、私はそれを実行して、思惟と正受をマスターして、そして大きな世界に生まれたい。そういうことを自力という。自力の世界、私はどうやったらよいか、そのやり方を教えて下さい。どういう心根でやったらよいか、その心根を教えて下さい。教えてさえ下されば受け止め方、考え方、そういうものを教えて下されば、やっていきます。
 他力に心をかけようとも、はじめは自力、釈尊はおっしゃった。そのおっしゃったはじめは、八行目
爾時(そのとき)、世尊、韋提希に告げたまはく、「汝今知るや不や 阿弥陀仏此を去ること遠からず…」
 釈尊は、「阿弥陀仏不遠」といわれた。韋提希よ、あなたは阿弥陀仏という世界を遠い所に考えて、ここから頑張って頑張って、思惟、考え方と受け止め方をしっかり習って、今から身につけて、頑張って頑張って、阿弥陀仏の世界に出たいというており、考えておるが、韋提希よ、そうではないぞ、阿弥陀仏ここを去ること遠からず。如来は今ここに、あなたの上においでになるのだ、遠い所に考えておって、自分が今からこういうものをマスターしてそこまで出かけていかなければならないと考えておるが、そうではないぞ、如来はここにましますのである。ここを去ること遠からず。それが理解できない、そう言われてもわからない、何のことかわからない。
 韋提は、それを理解できなかったから、そこから、ならば、あなたがいうように、どういうように考えていったらよいか、それを教えてくださいと問うた。そこのところに自力の世界が説かれているのである。自力の教えを説くけれども、最後は如来ここにましまして、私の上に今ここに私を照らし護って下さるということを、本当に頭を下げて、それに気がつくことが大事である。それを他力というのである。その他力のはじめは、いや、やっぱり私はやります、と言っていくしかない。これが人間の心である。人間理性の働きなのであって、人間はまず私がやるというところから出発する。それは、他力に心をかけるということのはじめは自力である。これは何度も申しておるが、そこからはじめるのである。そして、とうとう最後に他力に帰ってくるのである。はじめは十九願、二十願である。
 十九願とは、釈尊の教えに従って行を修すことを言ういうのである。これが釈尊の一番言いたいことで、課題である。教えに従うというのを、それを「就人立信」と言う。よき人に就いて教えを聞いていく、そして実行する、それを「就行立信」という。就人立信、就行立信、これを十九願というのである。
 すべてものごとは、段階をまちがえないようにやらなければならない。ボタンをかけるのには、一番目のボタンを、一番目の穴に入れなければならない。それをかけそこなうと、あとはずっと間違ってくる。はじめをしっかりしていなければならん。よき人に就くお相手は、韋提の場合には釈尊であった。その釈尊の言われた教えを実行してくことが就行立信であった。
 釈尊のおっしゃった教えを、善導がまとめたのが「五種正行」である。五種正行の第一は「読誦」である。読誦は読む聞くである。韋提希の場合は、聞くばかり、弥陀一仏を考えて、読む聞く、それが大事。韋提希は読めなかった。何故かというと、釈尊から直々に聞きましたから読む必要がなかった。われわれは釈尊にお会いするわけにいかないから、読むということが大事である。親鸞聖人の書かれたものを読む、わかりやすい御聖教を読む。蓮如上人の教えを聞く、読む、そのことが大事である。観察は考える。礼拝、そこに頭を下げて礼拝申す、礼拝合掌である。称名念仏である。讃嘆供養である。このような行を、忠実に実行していく。そういうことが大事であって、今日、浄土真宗では、こういう自力の行、即ち自力の教えを強調しない。そこは言わば、他力に展開していく出発点である。一番目のボタンをかけないから、後はかけようがなくなっている。これをしっかり実際に実行していくことが大事なことである。
 今日、浄土真宗の一つの問題点は、高齢者、年の多い人が多くて、お寺参りはお年寄りばかりという。しかし、お年寄りが参っているということはたいへんよい事である。年寄りの働きを決して無視してはならない。が、その次はどうなるのだろうかというのが問題。その次を受け継いでくれる人があるのだろうか。今は、六十代、七十代の人が多い。四十才、五十才の人が、次の問題。その次の二十代、三十代。さらにその次の十代…。若い人ほどこういう所から出発しなければ出発のしようがない。これは大事なことである。これが第一段階。
 五種正行の中で称名念仏こそが本願の行である。それを「正定業」と申す。教えを承って、あれもこれも大事と考えるのが第一段階であった。そこから、本当に大事なのは称名念仏だと気づいて、南無阿弥陀仏を中心にして、聞いて考えてお礼を申していくように変わっていく、これを第二の段階というのである。それを二十願というのである。
 二十願とは、称名念仏、念仏申せの本願である。その念仏こそが中心であって、読誦とか観察とかは本願の行ではない。それは念仏申すということに付随しておこるのであって、中心は称名念仏、これが正定業である。それがわかってきたのが二十願である。ここまで来ることが、求道の大体到達点である。歎異抄をみると、「ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべし(第二章)」とか、「念仏申しそうらえども…(第九章)」とか言われて、念仏が中心になっておる。これがまだ自力。他力になるにはどうしたらよいか、これはかって申したように、いわゆる果遂の誓いといって如来の働きである。この二十願にとどいて十八願に展開していく。そこから「他力に心をかけて」というのである。
 十九願から二十願へ、雑行から正行へ。雑行というのは、今まで雑多な神さまを拝み、仏さまを拝み、いろいろなものに関心をもってやっておった、それを弥陀一仏へとなっていく。それには、宿善と善知識の働きが不可欠である。その人の宿善が開発して善知識にお遇いして、その善知識のすすめ・はげましが届いたというべきであろう。善知識の働きが届いて自己決断するのである。自己決断とは、自分で決心するわけである。そうか、それなら一つ念仏を中心にしていこうと決心するのが大事である。

六、自力から他力へ
 次に、十九願・二十願から十八願へ、自力から他力へはだれの働きに依るのであろうか。それは如来の働きに依るのである。それを「果遂の誓い」と言う。浄土真宗では申しませんが、唯識では人の進展を五段階に分けて、資糧位、加行位、通達位、修習位、究意位という。
   資糧位(十九願に相当)-五種正行
   加行位(二十願に相当)-正定業(自力の正定業)
   通達位(十八願の世界)
   修習位(正定聚不退位)
   究意位
 出発は資糧位、すなわち五種正行。念仏が正定業、この正定業は自力の正定業である。頑張ってこの段階までいった。これが人間の努力、自力の世界。だがそこに長く高い壁がある。その高い壁の彼方に、通達位がある。これは十八願の世界である。さらにその次の修習位は、正定聚不退の位、正定聚の菩薩の世界を言っておる。これは高い所にある。この間に大断絶がある。
 この大断絶を除くことは出来ない。この世界を他力というのである。他力とは如来の本願の世界、「他力に心をかけて信心深くば」というのは、まず人間はここまで来なければいかん。それが人間のやるべきこと。ここまでとは、教えに従って行を修すことである。実行して、念仏一つとその教えを聞き抜くところまでが、人間の努力の大事なところである。
 現在の浄土真宗の欠点というか弱点は、ここまで来る人がいないということである。何故なれば、全然自分に関係のないところの話を聞くから、どうしていいかわからないのである。五種正行を実行して、断絶まで来なければいかん。ここが人間の到り得る絶頂である。即ち善知識の働きをいただいて、念仏申すというところまでいくということが大事である。その絶壁の下において、ついに時満ちて、この他力の働きが成就して、如来の仏果、涅槃の世界から、そこに「助けんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」、如来の働きが届いて下さることで、果遂の誓いはまことにむべなるかなと頷けるのである。
 この絶壁までは、われわれが頑張らねばならないところである。ここまで来て、はじめて阿弥陀仏遠からず、如来はここにましますとわかるのである。そこまで来ていないといかん。それには資糧位、加行位という段階が大事である。そして絶壁の下までたどり着いておくことが大事であって、それには、宿善開発して、よき人善知識に遇い、わがよき人を親鸞聖人と仰いで、その教えを聞いていくのである。そして、私が決断して、南無阿弥陀仏念仏と念仏申そうという所までは来なければならない。
 その時に、「他力に心をかけて」と、心にかけるとは、私がかけるのではない。かけるというのは、それは如来の心、如来が私にかけて下さる心、すなわち如来の本願、如来のたのみ、来たれ、その心が私にとどいたところに生まれる如来の心、如来の本願、われをたのめ、われに帰れ、それがとどいて帰りたてまつる一心帰命となるのである。他力に私が心をかけるのではない。心をいただいて、いわゆる一心専念弥陀名号、信心念仏になるのである。それが本願の本意であって、それを如来の廻向というのである。
 布施が必要なのではない。布施は信心の結果として生まれてくるのである。布施の結果として信心が生まれてくるのでなしに、信心の結果として布施をする心が湧いてくるのであって、それまでは本当に「一紙半銭も、仏法の方に入れない」のである。本当に信心の世界に立ったならば、暖かい、柔らかい、やさしい心が与えられて、人々のことを考え、如来、仏法、よき友にお礼申したいということが生まれるのである。これを布施という。波羅蜜の行は聖道門の行であって、浄土門においては布施で助かるのでない。そういうことを第二にあげておる。
 第十八章は、仏に大小はないという事と、布施で往生を成就するのではないということを厳しく言っている。

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