歎異抄 第十七章
第四回目 平成2年9月26日講義
「歎異抄講読 異義篇3(巌松会)細川巌講述」より

一、信心の行者 二、他力の信 三、信心 四、大悲方便の願 五、十九願から二十願へ

「信心の行者少なき故に、化土に多くすすめいれられ候うを」
 この章は、「学生たつる人」、即ち学者めいた人、いわゆる経・論・釈というようなものを読んで、仏教について一応の学問をした人たちが、「辺地の往生」、すなわち信心なしにただ念仏しているというような事では浄土の片ほとりに往生するのであるが、最後には結局助からないで、地獄に堕ちて行くのであると言う、これは間違いであるということを述べている。「この条、何の証文に見え候ふぞや」、それはどの書物に書いてあるのか、そんなことはどこにもないではないか。
 「信心欠けたる行者は、本願を疑うによりて辺地に生じて疑いの罪を除いてのち、報土の覚りを開くとこそ承り候へ」これが本当の事である。
 「信心の行者少なき故に」、始めから信心の人というのはいないのである。信人の人というのはなかなか生まれないのである。そこでまず、辺地に往生させて、進展させ、そこから真実信心へと進むことを願われているのに、最後はとうとう地獄に堕ちて今までの求道の甲斐もなにもないと言われますことこそ、本願を起し、教えを説かれている如来は、辺地に往生しやがて報土に往生すると説かれているのに如来に虚妄、そらごと、うそごと、たわごとを申しつけることになるのであるという事を言われている。

一、信心の行者
 信心の行者というのはこの歎異鈔の中にしばしば出てくるもので、すぐ前の第十六章にも、始めに信心の行者とある。この十六章では少し違った方にとってあって、「信心の行者は必ずこうせよ」というようにとってあるが、本当の行者は第七章に「念仏者は無碍の一道なり」というところに「そのいわれいかんとならば信心の行者」と言われている。
 行者とは何かというと、一つは行ずる人、実行する人である。ただ、信じているというだけでなしに、行じている、実行している人である。浄土真宗、浄土門の実行というのは何かというと二つある。一つは五種正行である。これが中心である。五種正行の中心は「称名念仏」である。
 順序から言うと、先ず「読誦正行」である。読む、聞く、お経をあげる。勤行という。信心の人、本願を聞き開いて本当の信というものを頂いて、読まない人というのはいない。読誦正行というのは、弥陀の本願を書かれた、お経の本当の意味を述べられた、信心について書かれた本を読む。これが実行の一番大事な事である。また、説法を聞く、お経のわけがらを聞く、そして自らあげるのを読誦という。勤行という。
 次に「観察正行」である。観察というのは考える、思索する。考えるというのは、教えについて考え、自分の生き方を考える。私の今日の生き方はこれでよいのかどうか、反省して考える。また、教えの深い意味について考える。これは貝体的にはどういう事を言ってあるのであろうか考える。さらにいわゆる如来の浄土、如来の世界というものをいろいろ考える。
 次に「礼拝正行」である。礼拝は合掌礼拝である。日本におけるわれわれの礼拝は簡単である。手を合わせ頭を下けるだけであるが、本当の意味の礼拝は五体投地という。日本ではあまり実行する人はいないが、五体投地というのか本当の礼拝である。五体は頭と両ひじと両ひざを地につけるのである。チベット、ビルマ、インドなどの人々の礼拝はこれである。五体を地につけて如来の足を両手に受けて頭の上に頂くのである。
 次が「称名正行」である。念仏、南無阿弥陀仏である。念仏申す。
 最後が「讃嘆供養」である。讃嘆は感謝、如来に感謝し有難うございますと言う。そして、お花を上げ、香をたき、仏前に果物を供えて供養する。これを五種正行という。讃嘆と供養を分けると六つになる。
 こういうものを実行する人を行者という。この中で称名念仏が中心、如来の本願は念仏申せの本願である。それを頂いて称名念仏する。
 すべて実行というものは、ものが分かってから、信心というものがはっきりしてから実行するというように考えるが、そういうものではない。行が先である。行、信、行となっていくのである。始めは自力で行ずるということがある。
 昔は井戸というのがあって、そこから水を汲んでいた。ポンプをつくのであるが、始めに迎え水というのを入れてポンプの柄を動かしていると手ごたえがあって水が出てくる。始めに出て来る水は自分が入れた水である。何回も動かしていると本当の地下水が出て来る。信心はたとえなくとも五種正行を実行するという事が大切である。始めはみんな自力の行である。
 また、行者とは前進する人である。進展する人である。行を毎日やっているのであるが、だんだんと深まっていくのである。だんだんと考えが深くなっていく。
 前進、進展していく、前進、進展というのはどういうことか、第一地を「初地」という。またこれを「歓喜地」という。喜びを持つ、喜びとは何かというと明るさ、明朗さ、ほがらかさ、このようなものを持ってくよくよしない。これが第一の段階である。
 第二の段階は何か、「離垢地」という。離垢地というのは、自分の垢を離れる。垢とは何か、自分の体についている汚れ、身業、行ない、口業、ことば。意業という、心、このようなものを反省する。自分の行ない、ことば、自分の心、これらが垢づいていて、自分では気がつかないけれども汚れている。汚れを持っている。そのような汚れを離れたいと願う。このように進んでいく。これを進展という。前進という。単によかったと喜んでいる、有難いと言って終わらないで、自己自身の垢を離れる、これを脚下照顧という。自分の足元を照らし、自己の実際の生活を省みて、それを正していきたいと願う。
 『御一代記聞書』126条(三十の十九)には「陰にてなりとも我の悪き事を申されよ」とある。陰でもよいから、私の悪い所を言うて下さい。これを聞いて自分自身を正したいと言う。
 第三地を「明地」という。明地というのは、明るくなる、教えに明るくなる。教えの意味をよく理解できるようになる。また、他の人がどのような悩みを持っているのか知っていく。そのように自己自身が進展していくこと、それを信力増上というのである。前進するというのである。それを深行大悲という。深く大悲を行ずるという。大悲は人に念仏を勧める。また仏法のために尽くす、こういうことを大悲を行ずるという。
 始めの方を「自利」という、自己の確立である。深行大悲を「利他」という。自利・利他の行が進んで行くことを前進という、進展という。この二つ、自利と利他とは非常に関係が深く、裏表になるというか、伴うているものである。
 今磁石がある。まっすぐに北を指すようになると、反対側は必ず南を指すようになる。一方を自利といい、信力増上という。一地から二地、三地へと信力増上していくと必ず、他へのはたらきかけ、深行大悲ということができるようになる。自利が進むと、利他ができるようになる。
 なぜ片方がしっかりしていくと、もう一方がしっかりしてくるのか、なぜ信力増上が深行大悲になるのか、それは磁石と同じである。磁石はなぜ北と南を指すのか、それは地球全体に大きな大磁石があって、それを地磁気という。大地、地球全体が大きな磁石である。これがあるから、磁石が北と南を指すように、信力増上していくのは如来の働きによるのであるから、同時に利他のはたらきをも持つのである。それを行者という。
 考えてみると、われわれは進展が遅くて、今年も去年と変わらない、この調子では、来年も同じであろうと思うが少しずつ前進しているのである。
 親鸞という人を見ますと、大変進展された方である。『教行信証』を書かれた頃と晩年に書かれていることは大いに進展されている。どういう違いがあるかというと、『教行信証』は、浄土真宗というのはどういう教えなのかを論じてある。晩年はどうかというと、「真実信心というのは、如来の廻向である」とされ、如来の廻向とはどういうことかということを具体的に自己に受けて、如来の廻向を本当に受けた喜びがあふれている。そういうことを論じたのではない。頂かれたのである。いよいよ深く前進、進展されたことが表れている。
 『愚禿鈔』十四の三十三、終わりから八行目を見ると、
又、西の岸の上に人有りて喚んで言わく、「汝一心正念にして直ちに来たれ、我能く護らん」と言うは「西の岸に人有りて喚んで言わく」とは阿弥陀如来の誓願也。「汝」の言は行者也。斯れ則ち必定の菩薩と名く。龍樹大士の『十住毘婆沙論』に曰く「即時入必定」となり、曇鸞菩薩の『論』には「入正定聚之数」と曰へり。善導和尚は「希有人也、最勝人也、妙好人也、好人也、真の仏弟子也」と言えり。「一心」の言は真実の信心也。
 「汝の言は行者なり」ですね、即ち「汝一心正念にして直ちに来たれ」という如来の呼びかけを聞く。それは私を「汝」と呼んで下さる大いなるものの呼びかけを本願という。如来の誓願という。如来の誓願を本当に頂いて信力増上していくのである。

二、他力の信
 信力増上というのは普通の信ではない。普通の信は教・信・行・証で一般の宗教は全部これで、教えを信じて、信頼して、信用して実行して証、あかし、即ちすくいを得る。それを自力の信というのである。人間がこの数えをどの程度信頼できるか、要するに信頼して実行して行こうという宗教がある。創価学会、天理教、その他、その他すべての宗教がこれである。その信頼を信心という。
 キリスト教の信心をfaithという。信頼に近く、「信仰する」ともいう。浄土真宗の信心、聖人のいわれる信心はこれとは違う。聖人のいわれる信は教・行・信・証である。教・行・信・証の信は、本願の教えの中にのべられているものは、如来の働きである。それを行というのである。如来の働きとは何か、それを南無阿弥陀仏というのである。本願の教えの中にこめられている南無阿弥陀仏という如来の働きを聞きぬいて、教行いたりとどいて信と証が生まれる。信と証を生ずる。これを他力の信というのである。
 他力、如来本願の働きかけによって生まれた信である。これを他力の信というのである。聖人のいわれる信は南無阿弥陀仏を聞き開らくということである。証とはすくいをいう。信と証が如来の働きによって生まれる。それを他力の信という。他力の証というのである。この信は英語に翻訳することはできない。この信は信仰といわない。なぜ英語に翻訳できないのか。それはどうしても英語に翻訳できないものがあるわけで、それは日本にはあるが、イギリスにはないから翻訳できないわけで、聖人のいわれる信をfaithと訳すのは間違っている。教えを人間が信頼するのをfaithというのである。他力の信は訳しようがないからshin (シン)というより言いようがないのである。

三、信心
 信心とは何か、その信は信知である。教行いたりとどいて信を生ずるという信である。本当にわかること、これを信という。何がわかるのか、それは自己である。自己の分際がいかなるものであるかということが本当にわかることである。それを信という。それは如来きたって私に生きて、私を照らして下さるということがなければわからない。自己の分際がわかる、それを自身を信ずるというのである。自身を信ずるのは信知の信である。自身が本当にわかることである。また、如来がわかることである。本当に如来がわかる。仰ぎみる世界、私に仰ぎみるしかない、そういう世界があるということが、本当にわかる。それを信という。
 そして信受、受け止める、受け入れる。何を受け止め、何を受け入れるのか、一つは教えを受け止める。如来の教えを本当に受け入れる。これを信受という。もう一つは現実を受け止める。現実を受け止めるとは何か、それが私の受け止めるべき現実と本当にわかることである。
 中村久子さんという人がある。すでに亡くなられましたが、この人は四歳の時に脱痕という病気にかかって手も足も切れて全く歩けない。それを母親が一生懸命教えて、御飯も食べ、裁縫も教えられるようになられたわけですね。この人が六十何歳の時、浄土真宗の教えを聞かれて、こういうていたらくの私、この現実が私の受け取るべき現実と分かりましたと書かれている。『心の手足』という本が残っています。
 私がこういう状態で生まれ、こういう二人を親として、こういう子を持っているということが私の現実、私の受け取るべき現実と分かることを信心という。
 それは私を汝と呼んで下さる如来というものがなければできない。真実の行とつながっている。そこに始めて人生を生き抜く、いかなる状態においても、いかなる苦しみを抱いても、どういう問題かを問わず、生き抜くことができるのである。それを他力の信という。
 信順、したがう、私が本当に頭を下げて従う教えを持っている。よき師、よき友の勧め励まし、そして如来の教えというものに徹底して従っていく従順さを持つようになる。
 人間はなかなか人の意見に従わない。私には私の思いがある。私には私の考えがある。私は私で生きてきた。私には私の願いがあると私中心に生きてきた。
 そうではなしに、私が自己を捨てて、本当に教えに従っていくような教えを持つようになることを信順という。私が信頼したのではなしに、私が信じたのではなしに、教行、如来の働きが至りとどいてそうなったのである。これを他力の信という。これを信心の行者というのである。
 問題は「信心の行者少なき故に」である。これは私は信心の行者であるけれども、世の中を見ると全く信心の行者がいないと慨嘆しているのではない。自分をはずして歎いているのではない。自分が入っているのである。自分も信心の行者でほない。どうして、聖人は和讃に言われている。十一の三十九、終わりから二首目から「悲歎述懐」という。十六首あるが、始めの六首は自己自身について述べられている。後の十首は世の中のことについて述べられている。
浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし
外儀のすがたはひとごとに 賢善精進現ぜしむ 貪瞋邪偽おばきゆえ 奸詐ももはし身にみてり
悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる
無慚無愧のこの身にて まことの心はなけれども 弥陀の廻向の御名なれば 功徳は十方にみちたまふ
小慈小悲もなき身にて 有情利益はおもふまじ 如来の願船いまさずば 苦海をいかでかわたるべき
蛇蝎奸詐のこころにて 自力修善はかなふまじ 如来の廻向をたのまでは 無慚無愧にてはてぞせん
 「無慚無愧のこの身にて」教えを聞かせて頂いて今日に至ったのでありますが、まことに慚愧の心はなく、本当におそまつな私で「まとこの心はなけれども」真実信心といわれるようなものは全く私にはないのでありますが、「弥陀の廻向の御名なれば」いわゆる弥陀如来廻向の南無阿弥陀仏一つを頂いて、この功徳が私の中に満ち満ちて、十方の世界に満ち満ちているのであります。
 自己自身は他力の信心を頂いた。私は信心の行者などとは少しも思わない。御粗末な者が私であります。「愚禿悲歎述懐」といい、悲しみ歎きの思いを述べる。これは聖人のお幾つの時か、八十三歳から八十五歳というのもあるが、八十六歳ごろである。
 正像末和讃が完成したのは八十六歳である。そうすると聖人は信心はなかったのか、他力の信はなかったのか、そこが問題である。
 そこで如来、南無阿弥陀仏の働きによって、私の中に生まれた信は、一つには自己自身というものを見る眼である。そこに見られる私は、それはまことに煩悩の、自己中心の私、自己自身を見る。それを機の深信という。と同時に、如来、仰ぎ見る世界を仰ぐ眼を頂く、それを信心という。如来より賜りたる他力の信である。
 そこに見出された私、信において見出された私、それを主観という。信において見出された私の姿、主観の天地では「まことの心なし、無慚無愧のこの身」「愛欲の広海に沈没し、名利の大山に迷惑し」それが主観である。それが自己自身の姿でそれを懴悔という。
 信の眼において見られる私、その信の眼において見られる私は、如来の眼に写る私の姿、これが本当の私とわかるところを信心という。それを信心の智慧という。それを主観の私という。
 そのままが客観、如来から見た私の姿、また他の人から見た私の姿である。それを客観という。それは信心の人と見られるのである。信心というものは自分では肯定できない。自分では信心を頂いたとは言えない。いや言う人もいるが、信心というのは頂いているとか、頂いていないとか、持っているとか、持っていないとか他の人に言えるものではない。私において分かる。仰ぎ見る世界を持ち、そして自己を懴悔していく、そういう私をもっている。信心を持っているとか、持っていないとか言うものではない。
 目玉は自分の目玉を見ることは出来ない。自分の眼はどんな眼か見るわけにはいかない。お粗末な私そのままが、如来の御眼に、信心の行者、真の仏弟子、上上人、妙好人なりと讃えて下さるのである。如来の眼に写る私が客観の私である。他の人が見る私である。聖人から見ると信心の人はそのように見えるということが書いてある。
 先ず、自己自身を含めて信心の人は少ない。「郡に一人、国に一人」と蓮如上人は言われたというように少ないのである。
 なぜ少ないのか、十二の百六十、化土巻の初め、終わりから六行目、
然るに、濁世の群萌・穢悪の含識、乃し半満・権実之法門に入ると雖も、真なる者は甚だ以て難く、実なる者は甚だ以て希なり。偽なる者は甚だ以て多く、虚なる者は甚だ滋し。是を以て釈迦無尼仏、福徳蔵を顕説して、群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発して、普く諸有海を化したまふ。
 濁世は五濁悪世を言う。五つの濁りということを言ってある。劫濁、見濁、煩悩濁、衆生濁、命濁という。『阿弥陀経』に出ているが、劫は時間、濁はよごれ、大きな川の上流は水がきれいである。中流になると濁ってくる。下流に至っては濁りかえってくる。このように時代が下がってくるに従って、人はみんな自己中心になり、自分のことだけしか考えなくなる。そういうのを器世間という。
 器世間というのは環境を言っている。器はうつわ、その中に住んでいる人は煩悩具足、即ち貪欲、瞋意、愚痴、自己主張の自己弁護の人ばかりで、これを衆生世間という。これを主体という。
 器世間を環境、衆生世間を主体という。それは単なる環境、単なる主体ではなしに、その環境を食べて生きている。これが衆生である。そして、その衆生がいよいよ環境を悪くしている。環境を食べて主体が成り立っているのであるが、環境を濁らせて行く。
 私の方では紙や木は燃やし、腐るものは腐らせて畑に持っていく。ビニールだけを市の回収に出している。
 「穢悪の含識」とは、煩悩具足を指している。
 なぜ、信心の行者が少ないのか、五濁悪世である。そして煩悩具足である。そこにどうしようもない環境の中に生きているのである。その中で私だけが、自己を知り、私だけが仰ぎ見る世界を持つというわけにはいかない。信心の行者少なし、これが「乃し九十五種の邪道を出て」しかしながら「乃し」今始めて九十五種の邪道を出る。自己中心、貪欲中心の世界から出て、仏道に入った。そういう人もたまにはいる。こういう世の中だけれども、仏門に入る。これを「半満・権実の法門に入る」という。半ば小乗、半ば大乗の仏教である。このような濁世の中においてどうして仏門に入る人がいるのか。それは長い長い間の先人の努力である。先祖の人々の努力というか、働きがあって仏教が今まで残っているからである。聖徳太子以来たくさんの人々の精進努力があって今まで仏教が伝わってきて、盛んになってきたわけである。
 私は十八人の同じ志の人たちとツアーを組んで十日間、シルクロードという所へ行きました。天山山脈の南、昆倫山脈の北側の広い広い全く人の住んでいないような砂漠を見てきました。やはりシルクロードの発端は西安の西の方の蘭州という所です。蘭州あたりから砂漠です。それから敦煌ですね、ウルムチ、このあたりの人の顔はヨーロッパ人である。そこには、ウィグル人、チベット人とか蒙古人が住んでいる。ある町では十七万の人口の内、三万人が漢民族で後の十四万人は異民族というか、少数民族である。その人たちの中に仏教徒がいるわけである。
 だんだんと仏教が伝わってきて、その土地、その土地の人々が仏教に帰依していったのである。問題は砂漠である。よくも仏教が入ってきていた。入って来たのではない。だんだん伝わって来た。
 千仏洞というのもあったが今は見る影もなくなっていた。その荒れた理由は二つある。仏教が伝わった後にマホメット教が入ってきた。その後に探検隊が入ってき、てみんなはいで持って行った。今はドイツにある。あれだけのものを造るのはたいへんである。先人の努力である。
 われわれの先祖の努力もある。そういうものがずっと伝わってきてとうとう日本に来た。とうとう我らの先祖の中に入って来た。それが先人の努力であり、如来の働きである。そういうことをシルクロードに行って考えた。
 また、いろいろな事があった。敦煌という所に行ったが、日本で敦煌という映画があり、あの撮影のセットが残っていた。あれには驚いた。ともかく長い長い間たいへんな努力があった。
 けれども、「真なる者は甚だ以て難く、実なる者は甚だ以て希なり。偽なる者ほ甚だ以て多く、虚なる者は甚だ以て滋し」本当のものに出会えなかった。仏教に入ったが本当のものになかなか会えなかった。
 以下、十二の百六十終わりから二行目からを読んでみよう。
是を以て釈迦無尼仏、福徳蔵を顕説して、群生海を誘引し、阿弥陀如来、本誓願を発して普く諸有海を化したまふ。既にして悲願有す。「修諸功徳之願」と名く。復「臨終現前之願」と名く。復「現前導生之願」と名く。復「来迎引接之願」と名く。亦「至心発願之願」と名く可きなり。

四、大悲方便の願
 釈尊は福徳蔵を開かれた。それは人間の理性と人間の持つ幸福追求の心、徳を修めたならば幸せが必ず来るという教えそれを説かれた。それはいわゆる廃悪修善、悪を止めて善を修める、また息慮凝心、いろいろとおもんばかりを止めて、廃は止める、そして心を一点に凝縮して精神統一の道を励むと必ず、幸せが来る。それを定善、散善の教えという、それを説かれた。それを釈尊の福徳蔵という。
 弥陀は第十九願を立てて、修諸功徳の願、諸々の功徳を修めて行く。功徳は廃悪修善、あるいは自心慮凝心、このような善行を積むならば、あなたがいのち終わるその時に、必ず前に現われて出迎えに来て上げるという願い、これを十九願という。それを臨終来迎という。臨終来迎の願という。それを現前導生の願という。現前は死ぬまぎわに現われて浄土、その世界に導く。導生である。必ず浄土に導いて行くという。来迎引接の願、死ぬときに必ず迎えに来てそれを浄土に連れていくという。そういう願を至心発願、それを十九願というのである。それを大悲の願というのである。大悲方便の願というのである。それを化土の往生というのである。
 「乃し九十五種の邪道を出でて」仏道に入った。しかし、それから進まないというのが衆生、そこで徳を修めたならば幸せが来る。幸せとは何か、それは必ず未来に浄土に行けるという事である。そのために定善、散善をやれと勧めたのは釈尊、それが人間の理性と人間の持つ本能に訴えて教えられたものを大悲方便の教えという。それに応じた弥陀の十九願が立てられた。
 われわれは大悲方便、方便というのはつまらないと考える。それは嘘も方便というではないかと思うが、そうではない。そういうようなものは子どもだましのようなもので、あまり意味はないじゃないかと思う。そうではない。
 方便というのは、如来において、如来の智慧と慈悲と方便の三つは離れないものである。智慧と慈悲は本当に思いやる心で、方便はウパーヤという。サンスクリットの原語である。今日のことばに直訳をすると到達、いたりとどく。接近ともいう。まず私に近づいて来るのである。私に近づいて来る。私の程度まで近づいた教えでないと分からない。それをウパーヤという。
 私は保育園にいて子どもたちと話をします。小学校の子どもたちよりももっと小さい。この子どもたちと話すには、まずひざを曲げること、ずっとひざをついて、子どもの眼の高さと同じような所に眼をおいて、話すこと、そうするといろいろな事を話しますよ。こちらが高い所から見下ろしていては対話にならないですね。
 如来の教えも私の所まで下がって来ないと分からない。本当に善いことをやったら善い報いがある。善いことをやったら必ず幸せが来る。その善いことをやろうではないか。あなたが死ぬ時は必ず迎えに来る。これは如来がわれわれの所へ下がって来なさったのである。これを方便という。方便というのは有相である。具体化である。私の所まで近づいて、私がそれではやろうという気が起こるまで来て下さるのである。そこを化土という。本当の世界に出したいがために、まず私に応じた願を立てて下さる。それを大悲方便の願というのである。
 人間われわれは個性が違いますから、いろいろありますが、大体の人は死んでからどうなるのであろうかという疑問を持っています。分からんですね、だれも分からん。もう一つは後に残ったものはどうなるだろうかと、その二つが心配になる。だから、もしもこの人はいのちが無いなあという人がおったら、本当の親切はその二つを解決してあげることですね。「死んでも少しも心配ない、仏さまがおいでになりますよ」と、あなたが言うて上げたらこれ以上の親切はないですね。もう一つは「後のことは何も心配いらない、みんな仏さまにおまかせしましょう」と言うてあげられたら大変なことですよ。人間が死ぬとき一番心配な、気がかりになることはこの二つである。
 そういう問題を解決するには、第一に私の目線まで降りてきて私に分かるように、私に理解できるように降りて頂かないと分からないですね。それを大悲方便というのである。それが十九願の教えである。それが如来の御親切である。
 方便というのをもう一つ具体的にいうとですね、人間におきましては「四摂事」という。人がもし他の人に働きかけて仏法を勧め、念仏を勧めようとするなら、その人に近づいて四つのことをする。それを方便というのである。それを接近というのである。ウパーヤと言うのである。それを到達というのである。その人の世界まで下りて来ることなのである。
 その第一を「布施」という。それは物を上げること。何を、なんでもよい。食べ物でも、道具でもどうぞこれをお使いなさいと言って差し上げること。次に「愛語」、言葉をかけること。言葉をかける、電話をかける、手紙をあげる。勧め励まし慰める。そして「利行」、その人の役にたつことをする。最後に「同事」、協力して一緒に仕事をする。この四つを四摂事という。これを方便というのである。そういうことはみんなやることですね。みんなそういうことを受けているのです。
 一人ひとりが本当に信心の道に立って、信心の行者になったら、私は長い間方便の世界で、大悲方便して頂いていたのである。本当に四摂事を受けていたのであるということが分かる。
 大体、みんな案内状を貰うでしょう。案内状がないと来ないですね。忘れています。案内状が来て、何月何日にどこそこで何々の会があって、「どうぞ御出で下さい、お待ちしています」という言葉を見て行きます。案内状が来る方はなんとも思いませんが、出す方はいろいろな思いをこめて出すんですね。貰う方はまたかとぽいと置いておくこともありますが、これでみんな育って来たのです。私自身もはがきが育ててくれました。いろいろ頂いたこともあるし、いろいろ私にためになることを言うて貰ったこともある。それがなければ育たないですね。
 私を迎えにくるという願、これを大悲方便というのである。「信心の行者少なき故に」どうしても信心の行者をつくりたいと願われて、先ず大悲方便してそこにたくさんの人を呼んで大悲方便して下さるのである。これは第一段階である。

五、十九願から二十願へ
 第二段階は二十願である。ようやくここまで進んできたのであるが、二十願は功徳蔵、本当の功徳とは何かという事を説いてある。それは念仏一つと勧められた。『阿弥陀経』には「執持名号 若一日、若二日、若三日」本当の善は何か、二十願を説いて「諸の徳の本、功徳の一番根本を、一本一本、田んぼに苗を植えるようにひと声ひと声、念仏に力を入れて念仏申せ、その念仏にまことこめて如来の方に廻向せよという願を立てられた。そこまで進展して来た者を往生浄土しなければ我正覚を取らじと誓われた。それを果遂せずばの本願と言います。それを二十願という。そこで十九願、二十願を大悲方便の願というのである。
 その大悲方便の願は「信心の行者少なき故に」まず化土の往生の教えを説いて、その人たちが立ち上がって、求道しようという心を起こさせて、それをとうとう念仏申すという世界まで引き出す。そこまで来たならば「我れ正覚を取らじ」と誓われたのを大悲方便の願というのである。
 大悲方便ということがなければ育たない。自分の子どもでも「勉強せよ」というばかりではいけません。それをどうしたら本人がそんな気になって勉強するようになるか、考えなければいけません。何か買ってやる。ううん、それは過保護で甘やかしである。どうしたら、この子がそうなるか、大悲方便ですよ。布施、愛語、利行、同事、このあとの方ですね、どうしたらよいか一緒に旅行するとかね。一番大事な事は親が勉強することです。親が勉強せよという前にですね、親が勉強することです。親はテレビばかり見ていてですね、子どもにだけ勉強せよと言っても無理ですね。子どもは遊びたいのです。彼らの事も考えると無理からんところもある。子どもの遊びというのも十分認めてやらねばいかんですね。本当は自分の後姿で教育することですね。
 大悲方便について言われている。二十一の四という所である。『末灯鈔』である。お手紙の第二通である。二行目である。
仏恩の深きことは懈慢辺地に往生し、疑城胎宮に往生するにだも、弥陀の御誓いの中に、第十九・二十の願の御あわれみにてこそ、不可思議のたのしみに遇うことに候へ。仏恩の深きこと其の際もなし。いかに況んや、真実の報土へ往生して大涅槃のさとりを開かんこと仏恩よくよく御案ども候ふべし。
 これは後の方に愚禿親鸞八十三歳とあって、亡くなられる七年まえですね。仏恩の深いことは私どもが懈慢辺地というところに往生して、疑城胎宮に往生するのも弥陀の御誓いが十九願、二十願の大悲方便の願を立てて下さっているから、そこで始めて不可思議のたのしみにお会いするのである。これなくしては本当の往生はあり得ない。これが出発である。ここから出発するのである。ここは自力ですが、ここが出発である。
 現在の浄土真宗は自力の所を忘れていて、自力はつまらない。自力の十九願、二十願はつまらない。十八願でなければつまらないという。それは正しいが、前の方は違っている。聖人はこの十九願、二十願を仏恩の深きこと際もなしと言われている。大悲方便化土往生の釈尊の教えに仏恩の深きこと際もなしと言って八十三歳の聖人は喜ばれたのである。まことにこの事はしっかり考えなければならんだろう。本当に救われていくという事は、大悲方便、私の所まで下りてきて下さって、私に分かる教え、私がそうだやろうといって立ち上がるような教えを説いて下さって、それを出発点として行こうという所に聖人は涙をこぼさんばかりに喜んでくださっている。「仏恩の深きこと其の際もなし」と喜ばれた。誠にその出発があればこそ今日があるのだと喜ばれたのである。そこらを頂かねばならんことであろう。
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