このHPを立ち上げた理由

 本ページの運営者としてことさら名前を出したいとは思っていないのですが、公開の場に情報を提示する責任は果たすべきと考え、氏名と連絡先を公表しています。最近のインターネットの普及によるものからか、仕事でおつきあいのあるIT業界の皆さんをはじめとした方々から、「なぜ歎異抄を」という問い合わせを時折受けるようになりました。お話しする機会を持つことができるのはごく一部の方ですので、その他のご関心の向きに、小生の思いをご披露したいと思います。

 小生が歎異抄に出会ったのは1978年、大学一年の夏です。浄土真宗大谷派の末寺に嫁いだ伯母に呼ばれるままに、夏休みに遊びに行ったところ細川巌先生に紹介され、以降先生が亡くなられる1996年までの間、先生の歎異抄のご講義を聴かせていただきました。今では、人生の指針として欠くべからざる存在になっています。このホームページを立ち上げたのは、98年当時、激務から解放されて比較的時間に余裕があり、また、細川先生が亡くなられて2年が過ぎ、先生の御遺徳を後生に伝える手段として、インターネットを活用してはと思ったのです。これに先だって開設した趣味の個人ページ『アジアの大都市(既閉鎖)』に、一日10人程度のアクセスが有ったことで、『歎異抄講読』をアップすればより多くの人々に読んでいただけるものと考えました。

 予想通り多くの方々に読まれ、反響もいただいていますが、昨今また仕事が忙しくなり、更新もご返事もままならなくなっているのは残念です。

 ご講義の内容について、キリスト教の教えを受けた方から類似性を指摘されたこともあります。小生もそれは感じておりました。実は、小生自身少年時代にバプティスト教会でお育てをたまわり、最近でも教会にうかがうことに抵抗はありません。細川先生の師である住岡夜晃先生は、ご存命中にその教えがキリスト教的であるという非難を真宗教団から受けておられていたようです。このことは、宗派を超えた教えが語られていることを示していると考えます。小生としては、細川先生の語られる教えは、極めて論理的で普遍性を持つと確信しており、宗教・宗派のいかんによらず多くの人々にお伝えしたいという願いを持っています。それを、このような形で具体化しているわけです。お時間がありましたら、どうかこの歎異抄の教えを、じっくり腰を据えてお読みになって下さい。

 以上、簡単ですが小生がこのページを運営することになった経緯と、現在の思いについて申し述べさせていただきました。

2002年1月1日  西岡 せいじ
(細川巌先生6回目のご命日に)