今よみがえる観無量寿経 第4回 「証信序」
 

るいれつの会(2011年7月18日)講義録

講師 岡本 英夫先生

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(一) 証信序――経典を成立させるもの

 前回は、「仏説観無量寿経」という経題について頂いてみました。この題名を善導大師は「仏説無量寿観経一巻」と仰った。題名というのは、簡単なようで、なかなかの内容を持っている感じですね。それもそのはず経典全体の内容を名にしたわけですから、簡単ではないわけです。全体を読み終えてもう一度考えてみるべきものなのかもしれません。善導大師の経題についての御領解(ごりょうげ)は、まだまだたくさんあります。さらに親鸞聖人は「仏説無量寿仏観経」と仰いました。これらのことについてはまた機会があれば触れたいと思います。

六事成就
 さて、今回から序分に入っていきます。最初のところを読んでみましょう。
 「是の如く我れ聞く。一時(いちじ)、仏、王舎城耆闍崛山(ぎしゃくっせん)の中に(ましま)し、大比丘衆(だいびくしゅう)千二百五十人と(とも)なりき。菩薩三万二千あり。文珠師利法王子を上首とせり」。 
 最初から、なかなか大事なことが説かれてあるようです。これをいただいていくのに、はじめに基本的なことを見て、そして私の感想を申し上げ、それから善導大師の受けとめを頂いてみたいと思います。
 普通この箇所は「証信序」と呼ばれます。これから説かれる経典がまさしく真に経典たり得るものであることを証明する一段です。これはまた「通序」といって、どの経典にもこの内容は共通してあることを示しています。それに対して「発起序」は「別序」とも言われ、それぞれの経典が説かれる独自の因縁を表わします。このように序分は「証信序」と「発起序」、或いは「通序」と「別序」の二つで成り立っています。この二つで序分を構成するわけです。

 「証信序」は経典が経典として立つ大前提のところを問題にしています。この経典が本当に人を救う経典として成立しているものであるかどうか。この教えに触れた者は、信心成就し救われていくことが間違いない、それほどの教えが具体的に説かれていることを証明するのが「証信序」です。ですから、これが無ければ、その経典に書かれているものは正しいかどうかわからず、意味がないということにもなるわけです。その「証信序」が最初に出されます。
 もう一つの「発起序」は、これから説かれる教えが具体的にどういう事情で説かれるようになったのか、その因縁や事情を表わします。従って発起序の内容は具体的なものになります。

 では、「証信序」の具体的内容は何か。それは「六事成就(六成就)」といって、六つの事が成就していることをもってその内容とし、経典の真実であることを証明するものとなるのです。
 その六事を簡単に見てみますと、まず初めの「如是」すなわち「是の如く」、これを「信」成就といいます。その次の「我聞」、これは「我れ聞く」とか「我れ聞きたまえき」、「我れ聞きたてまつりき」などと読みます。今は「我れ聞く」と読んでおきます。この「我聞」が「聞」成就を表わします。これで「如是我聞」ですね。六つある中で、はじめのこの二つが特に大事な意味を持ってきます。
 さらに、「一時」は「時」成就。「仏」は「主」成就といいます。「王舎城耆闍崛山の中に(ましま)し」、これが「処」成就。最後が「大比丘衆千二百五十人と倶なりき。菩薩三万二千あり。文珠師利法王子を上首とせり」のところで、「衆」成就といいます。
 このように六事成就は、信・聞・時・主・処・衆の成就を表わします。この六つのことが成立しているということが、その経が真に経であることを証明する、その根拠となる内容なのです。

時と処と主と衆の成就
 少し内容を見てみましょう。この六つは、普通の流れから言えば、ある時、ある人が、ある処で、ある人たちに向かって教えを説き、それを聞いた者が信を生じ救われることができた。このような流れになるでしょう。そうすると、全体を大きく分ければ、六事の後半三、四、五、六のところは教えがきちんと説かれたことを表わし、前半の一、二はそれを聞いた人が救われたことを表わしています。大きく見ればこの二つの内容になるでしょう。

 人類が誕生して以来長い間、無数の人が救いの道を尋ね求め試行錯誤を繰り返してきました。何が真実の救いの道であり教えであろうかと。それはそれは計り知れない戦いの連続であったことでしょう。そして遂に、その時が来た。真実の教えが説かれる時が来たのです。
 この時を人類はどれだけ待ったことか。これで間違いないと思っても崩れ、もう大丈夫だと信じても救いの教えは破れていったのです。このことは私たちもまた自分自身の人生の歩みを振り返ってみて、同じように言えることだと思います。特に青年期は求めもするが焦りも強く自惚れの心も捨てられずに、答えはこれだと何度叫んだか知れない。その連続する空過の時のある日、因縁恵まれ如来真実の教えに出会った。真にその時が来たのです。
 しかし偽の時の前ではあれほど叫んでも、真の時の前では人は必ずしもそうではない。深く頭を下げ、如来への懺悔と、自己への目覚め、恵まれた因縁への感謝に身を震わせるのです。人類総がかりで求めぬいた真実が、今私の前に立ち現れるその時が来たのだと。

 時は過ぎ行きます。一年、十年、千年、万年。しかし、いくら時が過ぎても、人を真に救う教えが説かれる時が来なければ、人は時の移ろいを憎み恐れるでしょう。時よ、動くな。お前が過ぎ行けば過ぎ行くほど、俺の空しさは底を掘るのだと。しかし、仮に時が止まっても、止まった空しさが自らを覆うのです。逃げる時はどこにもありません。
 皆さんもそれぞれのご因縁がおありのように、私もまた、まことに有難くも、偶然の状況のもと、この時をいただきました。勿論この偶然は、何もわからない私の目から見ての偶然であって、私を救おうとしてはたらきかけて来る如来にして見れば、すべてが必然であったのでしょう。その因縁によってこの時を与えられ、時の扉が開いて、南無阿弥陀仏となって如来真実が現れてくださったのです。
 かつての「出遇い」の風景を思い返すこと度々ですが、或いはこれもまた、出会うべきものに出会った者の、どう表現していいかわからない、片言の言葉なのかもしれません。「時」の成就。人類に願われていたことであり、いかなる一人の上にも願われていることです。

 「仏」は「主」成就を表わします。真実の教えを説く人が現れたということでしょう。「時」は同時にこの人を生み出すためにはたらき、遂にこの人の出現のところ、「時」もまた生み出される。その時を迎えるということは、その人に出遇うということなのです。真実の教えを説く人に。「時」は具体化し内容を持ちます。その具体化されたものに出会うからこそ、流れる水の一点を「時」として止めることができるのです。その「時」ましますことは、もはや時を追わなくとも、時の内容が成就したその人を見ればいい。彼は生涯にわたって、「時」ましますことを証明して生きるのです。
 その生涯の彼の歩みは、開かれた時の扉の向こうに立たれるお方を師と仰ぎ、説かれる教えによって、問われ、育くまれ、歩ましめられていく舞台となる。彼は「時」の奥にましますお方に出会い続けていくのです。逆に言えば、「時」が人を私たちに提供するのだとも言えるでしょうか。

 では、その人を「主」と表わすのはなぜでしょうか。主の文字は御承知のように、上の点「ヽ」が火柱を表わし、下の「王」は皿の形です。一点の火が燃えているすがたですね。燃える火が家や集団の主になるのです。火は明るく周囲を照らす。照らすものが主となる。時の扉を開いて人々を真に照らす教えを説く人が現れた。
 その火が、その教えがどこかにあるというのではまだ不十分。具体的なその人の上に火が燃え教えが説かれるということがなければならない。その人が目の前に現れなければならないのです。現れて火柱が人々を照らすように、真実の教えを説いていく。火によって照らされ赤く染まるように、教えによって照らされ自らに覚め懺悔していく。その教主が現れなければならない。その人こそがお釈迦様であったわけですね。

 「処」成就は教えが説かれる場所の成就です。大きく言えば、現実生死海のこの中で教えが説かれるようになったということでしょう。私たちにとって問題なのはこの現実。この現実の中でこの現実を超える教えが説かれなければならない。現実とは無縁のところで説かれたのでは私たちのものにはならないのです。
 しかし現実は、不条理と不実の世界であるが故に、そこで教えを説くことを許さない。説かれるのは弱肉強食と自己中心の原理に立ったものだけなのです。これら世間の原理がより強固な装いをまとって現れては持てはやされ、この原理による成功者が脚光を浴びる。人間の無明と煩悩が鉄壁のように支配するこの現実には、どこにも真実の教えを説く場はないと言うべきでしょう。
 人々はそれでもなお真の救いを求めて地上をさまよった。さまよいつつ自己自身の心の中をも歩き続け、絶望の果ての無数の屍の上に、遂に一つの場所を見出したのです。それが教主釈尊が真実の教えを説かれる耆闍崛山。さらに耆闍崛山を一歩進めて、王宮の牢獄の中に、即ち現実生死海の真っ只中に、教えは自らの説かれる場を見出したのです。

 私たちは今日、どこで会座を開こうかと考える場合があります。そのとき選ぶ基準は「便利さ」になりやすい。どこか便利なところがないかと。しかし本当は、場所を選ぶ原則は、決して便利さではなく、「現実の中で」ということでなければならないでしょう。
 便利さや合理性は、それと矛盾する状況の価値を低く見、切り捨ててしまいやすい。会座が形として順調に進み、問題なく済ますことが主になるでしょう。潜む問題は問われずに終わるかもしれない。大過の中にあって大過なくすむ会座とは何でしょうか。
 お釈迦様が耆闍崛山にとどまり、韋提希(イダイケ)の閉じ込められた王宮に(おもむ)くことがなければ、韋提希の問題は山の上での解決だけで観念的に終わってしまうでしょう。そうであれば、如来は自ら「来」の字を消し取らねばなりません。
 生死の園、煩悩の林。無明の大黒闇の真っ只中で、そこへ至った如来によって静かに会座が開かれる。「時」が熟したことは、「主」が誕生したことであり、「処」が確保されたということです。真の時、真の主、真の処なのです。

 「衆」成就は教えを聞く人たちの成就です。説かれた教えは聞かれなければならない。教えはそれ自体を説くことが最終目標ではありません。大きな目標を成就するための確実な方法としてあるのです。その目標とは、この世界には如来本願がましまして、そのはたらきによって私たちを救おうとしている、このことに気づくということ。気づく方法が教えを聞くことによって、ということなのです。
 なぜこれが大きな目標となるのか。それは、不実の人間存在が出会うべき真実が、如来本願として具体化されており、これに出会うところに人間の救いが起こるからです。教えは、これを聞く者のためにある。これを聞いて救われる者のために教えは説かれるのです。だから教えは聞かれなければなりません。自分はどのような者であるかを知って、教えの前に身を運ばなければなりません。全身を教えに集中しなければなりません。

 今、聞く者が現れたのです。衆が成就したのです。しかし、経典の説くその数はとても多い感じがします。この経では千二百五十人となっています。耆闍崛山の道場にこれだけの者は入れません。ではなぜ。それは現実人生における人の生き方を考えればすぐにわかることです。
 私が一人会座に出席する。その一人の私とはどのような存在か。私には家族がおり、親族や友達や知り合いや職場の者や地域の人や、仲のいい人や喧嘩ばかりする人等々、私の人生を構成している具体的な人を上げれば相当の数ですが、その人たちとそれぞれの関係を持って私の人生はある。とても具体的なのです。その私が救われるとすれば、その救いの営みはそれらの人たちとの関わりとは無関係になされるのではない。むしろ、その関わりが救いの場となって、その関わりのところに救いが具体化するのです。

 そうすると、今一人で私は会座に出席しているけれども、私の聞法求道はこれらの人と共にあることになる。これらの人と共に今日私はここへ来たのだ、ということです。となれば出席者は皆で何人になるだろうか。ということで、一人の出席が百人の出席であり二百人の出席であるということになるのです。
 如来の大きな心の中で聞法求道しようとすれば、私だけを小さく区切ることはむしろ不自然なのでしょう。私が関わるあらゆる人たち、あらゆる出来事の全部をひとまとめにして「私」なのです。この「私」を私の求道の場として如来は位置づけ、そしてはたらきかけてくださるのです。
 このように、これら証信序の後半の四成就は、人類の歩みが遂に実を結ぶ時が来て、仏陀釈尊が現れ、我々の現実生死海の中で教えが説かれ、これを聞き救われていく人が誕生した。このことを基本的には表わしていると思えます。こうして生まれた四成就は、仏陀が説かれるどの時どの場でも成就がなされて経典として表わされていくわけです。

信と聞の成就
 さて、六事成就の前半の二成就についてみてみましょう。信成就と聞成就です。
 時と主と処と衆の四事が成就して開かれる会座において、大切なことは、その会座で教えを聞いた者が救われるかどうかです。この事が成就することを表わすのが信と聞の成就です。
 そもそも「如是我聞」という言葉が経典の初めに出ることについて、次のようなことが言われます。最初の仏典結集(けつじゅう)(編纂会議のこと)の際、阿難が多くの仏弟子たちの前で「如是我聞」と言って経の誦出を始めたと伝えられています。「我」は直接には阿難のことを指すわけです。経典は仏陀釈尊の説かれたものであることを建前としますから、どの経典も「如是我聞」で始めることにしたのだと。訳し方は鳩摩羅什(くまらじゅう)以降このように訳し、それ以前は「聞如是」と訳したようです。
 また、阿難がそのように初めに申したのは、釈尊が入滅するとき、多聞第一であった阿難がお尋ねしたところ、一代の経蔵の初めにはこの語を置いて外道の経典と区別するようにせよと説かれたことによると伝えられています。従って「如是」とは釈尊の説かれた言葉となります。

 四つのことが成就した会座の中で、なされるべきことは「聞」成就と「信」成就。これが成就しなければ会座の意味はありません。又、四事が成就するということは、ただそれだけで終らず、当然「信」と「聞」の成就が成立するのです。四成就にはそれだけの力が当然あるわけです。
 「信」成就と「聞」成就、この二つは深い関係を持っているようです。「聞くことによって信心が開けて救いを得、人に信を勧めることができるようになった」「この教えによって自ら信心を開き、他に信心を開くことを勧めることができるような聞き方ができた」というような密接な関連です。
 なぜ会座においてなされるべきことがこの二つなのか。それは、私たちを救う如来本願に出遇いこれを受け止めることが「聞」と「信」の二つでなされるからでしょう。大まかに言えば、如来との出遇いが「聞」において、出遇った如来を受けとめることが「信」においてということです。
 「聞」は教えを聞くことで簡単な行為のように思えますが、しかし実際は、なんとも不思議な行為だと言うべきでしょう。普通、何かを聞けば、おおよそその内容がわかって、行動に移るはずのものです。しかし、仏教の教えというものは、そうは行かない。そのように単純にことが進まないのです。このあたりのことを的確な表現で表わすのはとても難しく途方に暮れる感じですが、二、三申してみます。

 まず、聞くべき教えがどれなのかがわからないということ。これは初歩のそのまた初歩の段階のことになるかもしれません。じつは私自身がこうだったのです。教えを聞けと言われても、教えなるものがどれを指しているのかがよくわからない。教えとそうでないものとの境界がわからない。従って教えの輪郭がわからない。今聞いたことのどの部分が教えであり、またそうでないのかがわからない。
 信じられないかもしれませんが、私の始めの段階はこういう状態でした。教えというものが入ってくるスペースが私という存在の中になかった。入ってこなければいけない必然性を持たない生き方をしていたのではないかと思います。教えから遥かに(はる)かに遠い存在だったわけですね。

 また、教えを聞くことは、自分の心の中でいろいろな変化を引き起こします。その心の中での様々な騒動を整理できないということがあります。形としてやっているのは教えを聞くという単純な行為です。しかし、それによって引き起こされる我が内なる心の嵐は、これをどう判断し整理し、ひとまとまりの理解を与えて結論を出せばいいのか、まったくできない。心の嵐の大騒動に振り回されるだけなのです。整理ができないから問うこともできない。生まれて初めての経験です。しかし、このことがじつは真実が私の心の扉を打ち続け開かそうとしているはたらきかけだったのですね。
 さらにまた、説かれる教えをある程度は理解できても、それで自分がどう変わったかといえば、それほどはっきりした変化はない。理解の程度とわが身の新たな動きとが釣り合っていない。理解は理解、身は依然とこの身。これはつまり、観念的に教えを聞いているということ。いわゆる人間的理性で、私のための教えというより、仏教という概念を対象化して、姿をはっきりさそうという思いで聞いている、ということでしょう。
 長い時間をかけて、このような聞き方の落とし穴にすっぽりはまっているということもあるわけです。その他いろいろなことが、教えを聞くというこの一事の中にあるでしょう。教えを聞くということは大変なことですね。聞いてみればその大変さがわかるわけです。

 そのような様々なことを乗り越えて、遂に「聞」が成就する。聞くべき教えを聞くことができたと。これは何を言っているかといえば、即ち、出会うべき如来本願は、聞くことによって出遇うことができるということでしょう。聞くという行為が人間存在にとって最深の行為という意味を持っているのです。
 何度も何度も、何年も何年もかかって、聞くことを重ねながら、聞くことの真のあり方に近づいていく。この地道な歩みを経なければならない。今聞いて今思ったことがそのままで真実である、とはいかないのです。
 こうして、聞くべきもの、即ち如来本願を聞くことができ、それによって信を成就することができる。如来本願のはたらきを、そのまま肯く心が彼の中に生まれてくるのです。本願の成就というべきでしょう。

 そこに必然として起こることは、彼の上に成就した本願が彼においてはたらきを起こすということです。本願が彼に至り、至った本願が彼においてはたらく。そこに「如是我聞」の叫びがなされるのではないでしょうか。「このように私はお聞きして、それで信を開くことができたのです。今から、私がお聞きし、私を救った教えを私が聞いたように申しますから、どうかあなた方もこの教えをお聞きになって信を成就して救われてください。」と。
 この教えが真実であることの証明に立つのは彼自身。証明に立ち得るところに「如是我聞」の確信がある。自己の救いの確信のないところ、単に教えを遠くにおいてこれを人に勧めることはできない。彼の生きる姿を見て、「あなたを救ったという教えなど聞きたくもない」と言われれば、それまでなのです。いや私は救われているのだと独りよがりを言っても仕方がありません。すなわち「如是我聞」のところには真実がある。真の教え、真の聞、真の救い。彼の上に如来真実が来たったという事実があるのです。

積み重なる「我」の伝統
 次に「如是我聞」の「是」とは何か、「我」とは誰か、このことについて考えてみたいと思います。
 「このように私はお聞きしました」。「このようにお聞きすることによって、私は信心を開かせていただきました」というわけですね。その「如是」の「是」は何を指しているのか。これはわかりやすいと思います。今から説くこの経典の内容を指しているのです。今から説くように私はお聞きしたのです、ということですね。

 要するに『観経』の教えということです。ですから、今から説く教えは、単に一般的な教えというのではなく、「我れ」と表わされている人を救った教えであるわけです。私は教えをこのようにお聞きすることによって救われました。その教えを今から説きましょう、ということですね。一人の人を救った教え、いやじつは一人だけではない。無数の人を救った教え。救い救って今も息づき次の人を救おうと満を持している教え。その教えなのです。

 では、『観経』にこのように説き表されている教えは、一体誰が説いたのか。ということになれば、それはお釈迦様であると答えるのが正解というものでしょう。それはそれでいいのです。問題はそこから派生して、お釈迦様が説かれたその教えはどのようにして伝えられていくのか。伝えられていく中で、経典とはどのような位置を持つものなのか。そういう問題が「如是我聞」のところに表われているように思います。
 『観経』を説いたのはお釈迦様であるけれども、「如是我聞」の「我」はお釈迦様ではないでしょう。お釈迦様は説かれるお方。この「我」なる者はそれを聞く側の者です。

 「今から述べるように、私は、あるお方からお聞きしたのです。このようにお聞きすることによって、私は信心を開くことができたのです。皆さんも信心を是非開いていただきたいと思います。そのためには、私にはたらいて私に信心を開かせたこの教えを、どうか聞いてください」と。今から自分が説く教えは、ただ客観的にある教えというのではなくて、私を救った教えなのです。「私を救った教えを謹んで皆さんに提供申し上げますから」と。
 何らかの教えがあって、「この教えが本当に人を救うかどうかわからないけれども、まあ聞いてみてください」というのではない。「この教えは私を救った教えなのです」とはっきり言うことができる。「証拠は?」と言われれば、「私が自分で証明に立ちます」というわけです。自分をもって証明する。「私を救った教えです。私は救われたのです。この教えは人を救う力があるのです。どうか皆さんもこれを聞いてください」と。それが「如是我聞」ですね。
 
 「経典は誰が説いたのか」それは「お釈迦様」ですね。しかしそれを、「お釈迦様から聞いた人が説いたのだ」と答えると、それは間違いだというのが私たちの常識だと思います。私も初めは、経典は「お釈迦様が説いたもの。そうでなければ意味がない」と思っていました。そうではなく、もしそれを聞いた人が説いたのであれば、この世は経典だらけになって、そんなことはなかろうと。
 そうすると、どうなるのか。「このように私はお聞きしました」ということですから、この「我」はお釈迦様ではなく、お釈迦様からお聞きした人を指すことになります。では、お釈迦様はどこにいるのか。この「我」と名乗る人の前にいる。「我」の人に向けて説いたのがお釈迦様なのです。
 ある人がお釈迦様から教えを聞いた。この人が更に次なる人に説く。「このように私はお聞きしました」というのは、その時の言葉遣いでしょう。これは、この人から聞いた人が更に次の人へ説く場合も、同じように言えるのです。「今あなたに説いているように、私は前のお方からお聞きしたのです。そしてこの教えによって私は救われたのです。どうかあなたも」というわけです。こうしてどんどん続くのです。お釈迦様の次の人以降にとって「如是我聞」は共通表現なのです。
 
 仏教二千五百年の歴史と言いますが、仏教というのは、本当に一人の人から一人の人へと、一人の先生から一人の弟子へと、具体的な人から具体的な人へと、そのような伝わり方をしてきたのでしょうね。知らないうちに伝わっていたというのではなく、各人がほとんど自分の生涯の全体を懸けて、よき人から教えを聞いたのです。
 その生涯とは様々な人生の現実が怒涛のように起こる、その中で教えを聞き歩み続けて、ついに信心成就せしめられた。そして、「自分を救った教えはこの教えです」と宣言することができ、次の人に伝えていこうとする。そのように一人の人から一人の人への渾身(こんしん)のバトンタッチがなされていくものなのです。

 そういうことですから、この「我」は、もし番号を打てば、お釈迦様からお聞きした最初の人が一番、その人からお聞きした人が二番となって、もちろん複雑に分岐していくでしょうが。三番、四番・・・と、無数の人が連なっていく。「如是我聞」の「我」はその無数の人を指しているのです。無数の人の聞法の歴史の集積。聞法の事実、信心が開かれたという事実がここに証明されて、それを証拠として、次から次に叫び伝えていく。
 ですから、この「我」のところを、具体的な名前で記すとすれば、一番の人が何々という名前を紙に書いて、ここへ貼る。次に二番の人が「今度は私ですね」といって紙を貼る。次に三番の人が「俺もここだね」と紙を貼る。二千五百年間のインド・中国・日本を中心にして、無数の人が自らの名前を書いてここに貼ってきた。
 そうすると、この「我」のところだけ、ものすごくぶ厚くなるのです。何メートルにもなるかもしれない。何百万・何千万枚という紙が重なっているかもしれない。私は「我」の場所がそのように膨らんでいる様をよく思い浮かべ想像します。「如是我聞」とはこのように、如来本願に出遇うことができ、念仏申して生き抜かれた人類の無数の先輩による、この教えの証明と私たちへの大いなる勧めなのです。

 そういうわけで、教えというのは本当におもしろい。教えが伝えられていくということは、その原型は「人から人へ」なのです。今日いろんな科学や情報伝達技術が発達していますが、原型は人から人へなのです。具体的な人が、その人生の全体を挙げて具体的な言葉をもって教えを説くわけです。聞く側もそこへ自分の具体的な人生を引っ()げ具体的に聞いていくわけです。そのような具体的な営みによって初めて教えは伝わっていく。これが原型なのです。
 これはいつの世に至るまでもそういうことなのではないかと思います。どんなに他の方法が現れても、使えるものは使っていけばいいと思いますが、原型は変わらないのではないでしょうか。
 本当にそういうことになると具体的なのです。教えを聞くのに、漠然と漫然と「まあ、いつか、どこかで、何かの教えを聞けばいいや」ということはないのです。若い時にそう思っていたら、三十年五十年はアッというまに経ってしまいます。そうではなく、教えを聞くというのは、「どこで」というのをはっきり決めないといけない。また「いつ」、「誰の教え」と。そういうものをはっきりと決めないと、教えというものは聞けないのです。

 さらにまた、聞法の本拠地、ホームグラウンドが要るのです。「世界は広いんだ、どこでもいいんだ」というわけにはいかない。広いのは別の意味で大事なことです。本当に自分が聞法しようと思えば、一箇所を決めなければならない。一番の本拠地です。その一番の本拠地が決まると私たちは、住む家が決まってそこが本当に自分の帰るべきところとなるように、「ここで教えを聞くんだ」ということになる。
 わが家というのは人生において、ある意味でいちばん具体的に大事なところですね。同じように、聞法でいえば、聞法の本拠地というのが本当に大事なことになるのです。
 私もこのことは初めのうちはよくわからなかったというか、考えなかった問題です。しかし、人生の締め切りがだんだんと近づいてくるようになって、何でも自分の思うようにできるものではないのだ。聞法も本拠地がいるのだという感じになってきました。愛すべき我らが聞法道場。これがいるのです。ここで、この場で、この僧伽でと、一つに決まることが私たちに力を与えてくれる。地中の燃え盛るマグマが一つの火口に焦点を定め、すべてを集中してその一点から噴火するようなものでしょうか。

 「私はここで教えを聞くのです。一生を挙げて私を救う教えをここで聞くのです」このことが明瞭になった人は、ものすごく幸せというべきです。素晴らしい教えがあるということがわかっていても、それを聞く本拠地が自分に決まらないということは、なんとも残念ですね。そうなってしまうのは、その人に何か問題があるのかもしれません。自分を受け止められないから聞法の場所も受け止められないのではないか。本拠地を決めて御覧なさい。力が出ますよ。決めない場合の何倍も出るのではないでしょうか。
 そのようにして聞法の本拠地が決まりますと、その場へ行くことが「帰る」ことになる。私は今から帰りますと言って、我が家を出ることになる。別に混乱したというのではありません。またその場で迎えるほうも、「よくお帰りになりました」と言う。帰ることができた者同士の世界がそこで開かれる。それが僧伽でしょう。そこへ帰って、教えをしっかりと聞いていくというか、仮の下宿で聞くのではなく、「ここで自分は生涯を投じて聞くのだ」と。そうすると聞く教えもはっきりしてきて、「この教えを聞くんだ。この教えが自分を救うんだ」と明瞭になってくる。こちら側の姿勢が教えを領解させるのです。
 教えの大きな土台から細かな部分にまで思いが及び、ささやかな教えの(ひだ)にじっくりと触れ続けることもできるようになる。教えのどこが自分の救いとどういう関わりを持つのか。大雑把な受け止めであったものが、次第に繊細に教えを領解できるようになり、より丁寧により深く教えと自己を尋ねていくようになる。自分の救いとぴったりと関わり合うような形で説かれる教えを、一つまた一つ確認していくことになるのです。
 そういうわけで、一人の人から一人の人へと教えが伝えられていく。その一コマ一コマがあちらこちらで、たくさんの「如是我聞」が展開されてきたのです。
 
 『観経』を読んでいくときに、私たちはその教えを聞く側であり、韋提希もまたお釈迦様から教えを聞く側です。韋提希は私たちの代表ですから、韋提希のところに立って見聞きするわけです。そこで一つ大事なことは、私がこのように教えを聞くことができたということは、このように説いてくださった方がおられたということ。これは当然のことですが、当然であるだけにその存在価値を見失いやすい。その方の生きられている世界を少しでも知っていくことが大事だと思います。
 このことも、特に聞法の初めのうちは自分のことで精一杯でしょうから、なかなか思いが及ばないかもしれません。しかし、人生、次第に半ばを越えてみると、その点年をとるのは有難い面もあって、少しずつ説いてくださった方の世界へ思いが向いて行くような気もします。
 今から思えば、いや今でもよくわかりませんが、昔はなおさらですね。自己関心ばかりで仏法に対し、先生という存在全体のことなど思いもしなかった。先生が何を説き何をしようとされているのか。その教えの背景、先生の人生における背景というものがさっぱり見えていない。自分のところへ届けられて来た、その辺りでだけしか見ようとしない。あたかも親鳥が厳しい状況の中で餌を捉え、必死の思いで巣に持ち帰る。小鳥たちは何があったか遠くのことはまったくわからず、目の前の餌だけに思いが行く。そのようなものです。そういうことが随分あったような気がします。
 それは、何度も失敗があったわけで、たとえば、ある時、私が三十歳前の頃だったのですが、ある方のお宅で会座がありました。私は先に行っていたのですが、先生は汽車の都合か何かで直前に着かれたのです。着かれて、普通の家ですからあまり部屋もありませんし、私たちが何人かいる炬燵のところ、そこしか先生も座るところがないのです。お茶を一杯飲まれて、始まるまでしばらくの間、じっと黙って炬燵(こたつ)を囲んでいました。そして「時間が来たから、始めよう」ということになったのです。先生もじいっと黙っておられました。
 私は後から思いました。「なんとバカなことをしたのだろう」と。大事な講義の前、着かれたばかりの先生を拘束して、我々がよそへ行って先生に一人になってもらって自由にしてもらえばよかったのに。講義の前というのが一番大事な時ですから。その大事な場面を奪うようなことをして、先生はどう思われていたか。背後が何も見えなかったわけです。ということはその背後あるがゆえに前面の今の先生があるわけで、今の先生も受け止められていなかったということになります。これは小さな例ですが。

 『観経』の教えが進んでいきますと、韋提希が自らに目覚め如来に目覚めていく道が始まります。本当の出発がなされるのです。如来に反逆しているような韋提希に本当の出発をなさしめる。このことのためにお釈迦様がどのくらい力を尽くされたか。このことが説かれます。それが「光台現国(こうだいげんこく)」の教えですね。序分に出てきます。
 そこを見ると、本当に一人の人が誕生するために、どのような力が加えられなければならないかがわかります。誕生も、本人が「やります」と言っても続かない場合もある。歩みは基本的に自分自身を知らされる道です。自己を知ることは辛く痛いことですから、自分から買って出ることは普通はしない。その厳しい歩みを自分からやっていこうとするようになる。そこに誕生がある。その誕生をなさしめるのは大変なことなのです。

 その力はどこから来るのかと言えば、説く人の生涯全体から来るのです。説く人の生涯にわたる歩みの全体がその力になるのです。自分のこれまでの歩みの全てを、眼前の人に集中して説くのだということになるわけです。ここが本当に凄まじい。お釈迦様は韋提希に、本願の道を歩む出発をなさしめました。さらに実際に歩ませて遂に阿弥陀に出会わせた。どちらが大変かという比較の問題ではないのですが、相並ぶほどの大事件なのです。竹の最初の節を割るようなものです。
 大変ではあるけれども、逆に考えれば、説く者が全力を尽くせば、できるようになっているとも言えます。その全力がどこから来るのか。よき人がこれまで尋ね求めた求道の何十年。そのすべての求道をもって説くのです。それでできなければ、もうできない。この全力の行使によって、一人の人から一人の人へ伝えられていくのです。
 そしてついに信心を成就せしめられ、成就なった者は、その求道の歩みの全体をもって次なる者へ伝えていこうとする。全力が全力を生み、その全力がまた次へと展開していく。仏教の歴史は「全力行使の歴史」と言えるでしょう。

 以上、簡単なモデルで言いますと、お釈迦様から教えを聞いて、お釈迦様の全生涯を挙げ全力を挙げての教えを聞いて、信心成就せしめられた者が、次なる人へその教えを伝えたいと願う。あなたもどうか、この教えを聞いて歩んでもらいたいと。私はこの教えによって私は救われた。どうかあなたもこの教えをと、「如是我聞」と強い願いが表明される。ここに経典があるのです。経典はこの願いをいのちとして生きているものなのです。
 最初に申しましたように、常識的に言えば、お釈迦様が説かれたのが経典。しかしそれでは「如是我聞」が出てこない。「このように私はお聞きしたのです」ということは、「次なる人へ伝えたい」からこそ出てくる呼びかけなのです。

 これが経典と私たちが持っている深い繋がりと言うべきものでしょう。私たちの歩みとは別に、最初から経典というものが客観的にあって、その権威を持った教えを私たちがひれ伏して聞いていくというような、そういうものではないのです。
 むしろ逆に、私たちのほうが経を説くわけです。お聞きした教えによって、この私が救われるということが起こらなければ、経典は説かれない。救われるところに「如是我聞」の自覚と呼びかけが躍り出て、そこで教えが説かれる。この経典が真実にてましますことが説かれるのです。

 そういう意味合いで、経典と私たちの歩みは、切れない関係があります。私という存在とは別の次元に経典があるのではない。関心のある者だけが読めばいいというものでもない。じつに経典は私を救い、この私を通さないと、経典は次へ伝えられないのです。それがこの現実生死海を生きる者を救う経典が持っている基本の性格なのです。
 「お前、しっかり聞いてくれよ。俺はお前を救う力があるから、俺をしっかり聞いてくれよ。しっかり聞いて、次なる者へ俺をまた勧めてくれよ」と、経典の教えは私に呼びかけている。その呼びかけを聞き、これに応えていかねばならない。経典に触れるとはそういうことではないでしょうか。そのことが今「如是我聞」の言葉で示されているように思います。

 証信序についての基本的な考え、そしてまた私自身の感想を申しました。そこで次は、この証信序について、善導大師がいかに深く、驚くような領解をなさっているか。それを見ていきたいと思います。

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(二)「如是我聞」をもって証信序とする

化は必ず(ゆえ)有り

 では次に、善導大師は証信序をどのように受け止めたのか。申しましたように、六つの事が成就していることを以て真の経典であることを表わす証信序であるということでした。このことを善導大師は当然のごとく踏まえて、しかしそこでとどまらず、もう一つ押して、六事のうちの初めの二つ「如是」「我聞」だけを以て証信序としたのです。
 「如是」は信成就、「我聞」は聞成就で、その会座において真に聞き得て信心が開かれる人の誕生が会座の真の精華であり、また信・聞の成就があるところには必ず時・主・処・衆の成就はある。そういうことで、善導は「如是我聞」の二つの成就の内容だけをもって証信序としたのです。

 これはしかし、証信序とは何かを明かす動機だけからこのようになったのではないように思えます。もう一つの大きな問題と絡み合ってのことなのです。それは、六事の残りの四事の成就を証信序から発起序のほうへ移し、しかも四事を「化前序」という名で押さえたのです。発起序の中の化前序ということになります。序の中に別の序がある。序の二重構造です。

 「化前序」とは、これは次回詳しく触れることになると思いますが、お釈迦様が王宮において韋提希を教化なさる前に、耆闍崛山で一つのことを明らかにしておられた。それは阿弥陀の本願ましましてあらゆる人を救うのだということです。善導の述べ方はもっと広やかなのですが、要を押さえれば、韋提希の教化の前に阿弥陀の本願が明らかにされていたということ。このことを指して「化前序」と言うのです。
 お釈迦様が耆闍崛山から王宮に自らの願いで来られるのは、もちろんこの阿弥陀の本願を説くためです。お釈迦様の来宮も、韋提希への説法も、韋提希が歩めると言うことも、未来の衆生への配慮が起こるのも、すべて、阿弥陀の本願が根底にあるからなのです。本願が根底にあって人間にはたらくということが無くて、どうして私たちは本願の道を歩むことができるでしょうか。すべての根底に阿弥陀の本願がある。これが善導大師が出遇った世界であり、大確信の最大事なのです。

 さて、序分は大きく証信序と発起序に分かれると言いましたが、善導によれば、その分け方は証信序は「如是我聞」だけ。次の「一時仏・・・」からは発起序なのです。証信序はとても短いですね。 
 この序分の分け方についての善導の領解は本当に光っています。単なる序分として済ましていない。序分の上に明瞭な役割を見出しているのです。それは次の言葉で表わされます。「然も化は必ず(ゆえ)有り。故に先ず序を明かす。由序既に興じてまさしく所説を陳す。」原文は「然化必有由。故先明序。由序既興。正陳所説」です。
 教えが説かれるのは必ず理由がある。経典が興るには理由がある。漠然と一般論的に世に現れたのではない。そのような内容として説かれるべき必然性があるのだということです。この必然性、正しい理由を明らかにしていかねばならない。それが序分に説かれているのだ。これが善導の着眼点なのです。
 この一点が曖昧になれば、或いは理由を間違えば、教えを正しく受け止めることはできません。もしそれでよしとすれば、極めて不誠実な経典への対し方となります。説かれた仏説には、そのように説かねばならない理由が必ずある。その理由を明らかにするのが序分を読む基本ではないか。ここに、善導の不動の着眼点があるのです。

 しかし、この「化は必ず由有り」の言葉は、『観経』の読み方を根本から間違えて読んだと善導が批判をしている、その代表格である浄影寺の慧遠も同じように受け止めているのです。その慧遠の文章は次のとおりです。原文のほうを記してみます。「化必有由。故先明序。由序既興。正陳所説」です。なんと善導の文章と同じです。しかしこれは逆に言うべきであって、善導の文章が百年ほど前の慧遠の文章と同じなのです。これはどういうことでしょうか。
 さすがにと言うべきか当然と言うべきか、正宗分の教えがこのような内容で説かれる理由は序分で説かれている、このことに慧遠も重要な視点を置いたのです。そして慧遠は序分を読み、正宗分を読んでいった。その結果、その読み方は後に善導から根本的に批判される読み方となったのです。

 慧遠の読み方の問題点はどこにあったのか。大きく言って、浄土教の教えを説く経典を、聖道門の立場で読んだところにある。浄土教においては人はすべて凡夫です。しかし聖道門は聖者を立てる。従って『観経』の教えを聞いて歩む韋提希はじつは聖者であり、教えもまた聖者のための聖道の教えと受け止められてしまうのです。たとえ経文にそうでない記述があっても、見る目が聖道の目であれば、何事も聖道の世界の中のことになってしまう。人間の我執の心のいかに強いものであるかを知らされます。

 善導は、なるほど慧遠の申されるとおり、「化は必ず由有り」ということだ。しかし、その大原理も、読む姿勢を間違えては生かされてこない。今釈尊は、阿弥陀の本願のはたらきによって始めて人間の救済が為されることを説こうとされているのだ。阿弥陀の本願のはたらき、即ち浄土教の経典としてこれを読まなければならないのだと。
 そこに、人間はすべて凡夫、韋提希もまたこの経典に説かれている通りの、実際そのままの、実業の凡夫。説かれる教えは、その凡夫に目覚めさせ如来に目覚めさせる教えなのだと善導は受け止めるのです。
 「化は必ず由有り」という大原理を自らの方法論として持って万難を排して臨んでも、なお誤った慧遠。我に執着し自己を肯定する聖道門的姿勢の前には、どのように優れた方法論も原理原則も役に立たないのでしょうか。この慧遠の経典理解の姿を目の当たりにして善導は、本当に心をこめて、『観経』を正しく理解しなければならないことを肝に銘じたのではないかと思います。その決意が序分の解釈を革命的なものたらしめているのではないでしょうか。

 「化は必ず由有り」。経典理解のこの基本姿勢を、善導は慧遠から受け継ぎ、しかも慧遠を超えた。浄土教として説かれている『観経』を、その通りに浄土教の教えとして受け止めることによって、これを聖道門的に受け止めて失敗した慧遠を、善導は真の意味で超えることができたのです。
 即ち、人間の発想に立って仏言を理解しようとする慧遠の抱える問題性を明らかにして、阿弥陀のはたらきを受け止めるところに人間の道が開かれることを明らかにしたのです。正宗分の読み方の革命は、既に序分の読み方の革命に端を発している。「化は必ず由有り」という原理のなさしめることで、当然のことです。こうして『観経』の教えは、すべて我ら凡夫は阿弥陀の本願によって救われれることを説いている、このことを明らかにしたのです。

 「化は必ず由有り」。この「化」は正宗分での教化を指していますが、では正宗分の内容とはどのようなものでしょうか。それを今の時点で簡単に申すことは難しいことですが、ごく大まかにその特徴を挙げてみます。
 まず如来を無視するような韋提希がお釈迦様の全力の教えによって道を歩み出します。そして本願浄土の教えを聞いてその観法を行っていく。その歩みを推し進めていくことができ、遂に阿弥陀仏に遇うことができる。しかも、遇ってみれば、未来の衆生も阿弥陀に出遇ってほしいと、そのための教えをお釈迦様に請うことになる。この歩みが説かれているのです。
 この正宗分の中心テーマを簡略に表わせば、
  ①凡夫の韋提希が 
  ②阿弥陀に向けて 
  ③真の歩みができる 
 ということではないでしょうか。そうだとすれば、ではなぜその歩みができるのか。あれほどに仏を謗り、自身に責任は無いと言っていた者が、真の自己に目覚めていく歩みができる。なぜその歩みができるのか。

 大きく言えば、それは阿弥陀仏ましますからである。阿弥陀ましまして、韋提希にはたらき続けているから、この歩みができる。韋提希の底に、韋提希を包んで阿弥陀のはたらきがある。人間存在の底に阿弥陀まします。そして人間にはたらきかけ、阿弥陀と自己自身に目覚める稀有なる歩みをなさしめる。
 ですから、この歩みとその成就を説く正宗分の内容が生まれる大前提として、人間存在の現実生死海の根底に阿弥陀如来ましますということがあるのだと。このことが正宗分の「由序」である序分にはっきりと説かれなくてはならない。
 こういう理由からでしょうか、善導は序分の中、この経が説かれる因縁を表わす発起序の初めに、言い換えれば発起序全体を貫く根底として、もっと言えば、『観経』全体の根底に、阿弥陀の本願ましますという趣旨の「化前序」を位置づけたのです。発起序全体は、この化前序を第一として、次に禁父縁・禁母縁と六つの縁が続きます。その概略はこれまでに申しましたね。

 序分の構造をこのように見出し確認したのが善導大師です。本当に全体の目配りがよくできている。ということは、善導大師ご自身が、人生において迷い、その迷った人生の隅から隅まですべてを挙げて、如来本願に出遇うことによって救われたということを示しているのではないでしょうか。
 形式論ではない。もちろん学問で終わらない。阿弥陀のはたらきが光明となって自己の実生活のすべてを照らし、すべてが照らされたという実感と確信が善導大師にあった。阿弥陀は私の根底に来たって私を支えはたらきかけ歩ませ真に救おうとしておられるのだ、と。
 簡単に言えば、人生に、人間の上に、どんな悲劇が起ころうとも、それら全ての底に、化前序、ズバリ言って如来本願ましますのだと。これが人生なのだということですね。だから、何が起ころうとも、その下に本願がありますから大丈夫なのです。絶対に大丈夫なのです。
 大切なことは、その悲劇を縁として本願に正しく出遇うということ。そのために、本願を聞く聞法が不可欠のものとなるのです。もし本願・南無阿弥陀仏を無いことにして人生を送るということになれば、何と空しく悲惨な事態が展開するか。これもまた歴史の証明してきたところです。
 ここで私いつも思うんですが、『観経』もここまで読めば、と言ってもまだ最初の一行ですけれども、もう後は読まなくてもいいような感じがします。人生の土台が南無阿弥陀仏なんだと、それでもういいという感じですね。あとはもう、その南無阿弥陀仏の土台の上を精一杯生きよう、ということになりますね。

教えが人となり、人が教えとなる
 さて、証信序と発起序をそのように分けた善導は、証信序の信成就と聞成就の「如是我聞」をどのように領解されるのか。これは大きな問題、基本の問題です。このことについて少し触れてみましょう。
 善導は次のように述べます。
 「初めに、証信と言うは即ち二義有り。一には(いわ)く、『如是』の二字は即ち惣じて教主を(しる)す。能説之人なり。二に謂く、『我聞』の両字は即ち別して阿難を指す。能聴の人なり。故に『如是我聞』と言う。此れ即ち(なら)べて二意を釈するなり。」
 書き出しは「証信と言うは」となっています。「証信序」についての説明のところですから、「証信序とは」と言われるのかといえば、そうではないのです。問う次元がここで変わっているわけです。「証信序とは」でなく「証信とは」。つまり、「証信序」の「証信」そのものを問うているわけです。

 これに対して、「即ち二義有り」と。 
 「一には謂く、『如是』の二字は」。「如是我聞」の最初の「如是」の二文字は、「即ち惣じて教主を標す」と。「惣じて」というのは、「総じて」と同じ意味です。もう一つ、「能説の(にん)なり」。
 これが「如是」についての最初の領解です。続いて後のほうにいくつも領解が出ます。
 「如是」とは何を意味するのか。「惣じて教主を標す」と。「惣じて」というのは、その次の「我聞」の方を見ますと、「二には謂く、我聞の両字は即ち別して阿難を指す。能聴の人なり」とあって、ここでは「別して」とあります。「惣じて」と「別して」、関連がある訳ですね。「総じて」は説く側の方を言っている。「別して」とは聞く側の方ですね。

 「惣じて教主を標す」。「教主」とは教えを説く人です。「主成就」の主です。具体的にはお釈迦様ということになります。ということで、「如是」が教主を標すのだと言われます。
 しかし、これはどうでしょう。「如是」というのは「是の如し」ですから、教主という「人」ではありません。「是の如し」という名の教主などいないはずです。それなのに、「如是」とは「教主」であるとはどういうことか。さらに「能説の人」と、もう一度「人」で表わしています。これはどういうことでしょうか。ここがまず問題のところです。しかもこれは非常に大事な問題と言うべきものです。

 「是の如く」という表現は、直接何を指すかと言えば、「我聞」の「我」を救った教えです。この教えはどこから生じた教えかと言えば、教主釈尊によって説かれた教えです。そうしますと、釈尊によって説かれ、人々を救ってきた教えが教主そのものであるということになる。即ち、教えと人とが同じであるということを表わしているのです。
 教えと人とが同じ。人と教えとが同じ。これはいったいどういうことでしょうか。教えが遂にその教えのとおりに生きる人を生み出し、人が説く教えが、その人自身となんら矛盾しない。人と教えが一致している。このことはとても大事なことですね。群を抜いて大事なことと申し上げたいほどのことです。

 何であっても、教えというものが持っている問題の一つは、その人はそのように説いても、その人自身がそうなっているのか、ということがあります。自分ができないようなことを言ってはいけないと。また何かを説くときに、自分の人間的な思いを入れたままで説いてはいけない。煩悩を含んだ教えということになります。
 逆に、教えのとおりに生き、生きているとおりに教えが説かれる。そのような人に対して、私たちは強い信頼感と充足感を感じるでしょう。ただ注意をしなければいけないことは、その人の言動が細部にわたって完璧に善であり正しいということではありません。そのような人は元々いないわけです。欠点や短所などは誰もが持つ問題です。
 大事なことは、その問題を誤魔化さずに、その問題を持った者として堂々と生きて、そこでその人から説かれる教えがその人自身と矛盾しない。そのような人と教えの一致です。

 私の先生は、仏法のために自分にとって一番大事なものを使えと言われました。具体的には時間とお金です。言うまでもなく、時間は私そのものです。私は時間のところを生きていく。ですから、時間を提供することは、私の存在のすべてをその時間だけ提供することになります。それだけ自分のしたいことができなくなる。自分が自分でなくなるわけです。
 お金も然りですね。社会的に生きて経済活動をする人間にとって、お金が経済活動の場です。お金を奪われるということは、それだけ私自身の生き方が不自由になる。
 そういうわけで、時間とお金は、私たちにとって根本的に大事なものと言えるでしょう。その大事なものを仏法のために使えと仰いました。しかし、その使い方は臨機応変。学生時代の頃は、会座の会費は百円でよろしいということでした。その頃は時間は有り余っていたわけです。時間はたっぷり、しかし金は無い。こういう時期に、会座にどんどん出よ、会費はわずかでいい、という方針は大変ありがたいものでした。

 しかし、いつまでもこれではいけません。仕事に就き、収入を得るようになって自活していろいろと忙しくなってくる。時間もお金も無い状況となる。その時にこそ、時間とお金を仏法のために使えと。即ち、時間も金も無い人生ど真ん中の大変な時期こそ大事な時期であって、ここで仏法を聞かねばならないのだと。
 従って、時間を工夫し、金を工面し、何とか選び取って出た会座でしっかり聞法する。このぎりぎりの聞法求道を先生は勧められたのではないかと思います。学生時代の聞法はモラトリアム(支払猶予)の聞法だったのです。時間の無さと金の無さが私の後ろ髪を引く。その群賊悪獣を断ち切って会座に出て行くのです。
 「仏法のために時間と金を使え」。ではこの教えは、これを仰った先生ご自身におかれてはどうだったでしょうか。しかし、こういう問いはあまりよくないですね。先生に対してこのように問うてはいけません。いけませんが、一応問うべき問いとしてはあるかもしれません

 あまり詳しいことは存じ上げもしないし、申し上げることもないと思いますが、「仏法のために時間と金を使え」の教えは、じつは先生のご生涯の歩みの中から生まれ出た教えだったのではないかということを私は知らされました。先生は大いに仏法のために時間とお金を使われました。
 逆に世間のことには時間もお金も大いに節約されたように思います。これはある意味で先生の方法論だったのかもしれません。時間と金を使えば使うほど仏法はよくわかるし、もっと使うべきであることもわかってくるのだと。また使わざるを得ないものとして仏法に出会われたのでしょうね。

 私の目の前には、「仏法のために時間と金を使え」という教えを説かれた先生、いやこれはわかりやすい例で申し上げているのですが、もっともっと沢山の教えを説かれた先生と、それらの教えのごとく生きられた先生が一つになって立っておられます。この教えのところには先生がおられる。先生のところにはこの教えがある。教えと先生は一つである。そこに、よき人を通して教えを聞くということの成就が可能となるのでしょう。
 もっと言えば、よき人のところに教えがあり、教えのところによき人がある。よき人が教えである。教えがよき人である。即ち「如是の二字は惣じて教主を標す」。この道理はよくわかるように思います。一人の人が、自ら聞いた教えと一つになるまで歩んだ事実に触れるということは、なんと深い感動を私たちに与えることでしょうか。いかに教えが人間に必要なものであるか。人間はいかに教えによって存在の奥深くまで教化される者であるか。教えと人との深い関わりに息の止まるような感動を覚えます。

教えは声となって現れる
 「惣じて」は、どの経典であっても、それが経典であるならば、教えを実現された教主釈尊が教えとなって説かれているということでしょう。教えとなって、ということが如是の教えが教主を標すということです。その教え、即ち釈尊は「能説の人」なのです。簡単に言って説くことができる人です。「能」にはいろいろな意味がこめられているようですが、先ず初めに説くことができる人という意味ですね。
 如来本願そのものがあっても、さらにそれが教え(言葉)で表記されていても、実際にそれを説くことができなければ、ほとんど絵に描いた餅に終わるかもしれません。人を根本から動かすのは、人の言葉なのです。声なのです。声を発し、声を聞くところに、生きた力が動きはたらく。お釈迦様は教えを説かれます。声になして説かれるのです。

 善導大師に次の言葉があります。「『東岸に人の声の勧め(つか)わすを聞きて、道を尋ねて直ちに西に進む』というは、即ち釈迦已に滅したまいて後の人見たてまつらず。(なお)教法有りて尋ぬべきに(たと)う。即ち之を『声の如し』と喩うるなり。」
 よき人が私に「きみ、ただ決定してこの道を尋ねて行け」と声になして勧めてくださる。この道を行けと私を勧めてくださるのは「声」なのです。書かれたものを読んで理解するとしても、それは「声」となって私を突き動かす。声にならない理解、声の聞こえない理解は単なる理解であり、それでは私は足を踏み出すことはできません。
 お釈迦様の教えは有り難くも教法となって伝えられている。今この教えを眼前にして、声になしてこれを説いておられるお釈迦様に出遇う。声を聞く思いで教法に触れる。教法が声となって私を突き動かす。この声を聞く歩みが、わが生活の中で教えを尋ねて行く歩みなのだと。声は今だけの瞬時のもの。時間を越えて伝えられる経典は、人ここに現れてその声を聞くことによって伝えられていく。声は人の観念を突き破る力を持っている。眠りから目覚めさせるのです。

 「説」のところに声があるのです。親鸞聖人は、『大無量寿経』の中心点を「如来の本願を説く」と押さえられました。「如来の本願」が中心ではないのです。「如来の本願を説く」ことが中心なのです。従って、『大無量寿経』の世界は本願を説く声に満ち溢れている世界と言うべきででしょう。声となって初めて「説く」ことが成就できるように思います。
 「説」の文字はもと、いのちをかけて神に祈り、これに応えて神の言葉が降りてきてとても喜ぶ、という意味の文字です。神から言葉をいただくと人はどうするか。その喜びを人に伝えようとするでしょう。自分でこっそり喜ぶことを遥かに超えている。このような真実の言葉をいただいたんですよと人々に伝え回るに違いありません。それが「説く」という使い方になったのでしょう。
 如来本願に出遇ったお釈迦様はこれを人々に伝えたいのです。権威を持って上から下へ伝達するのではない。友よ、真実が見つかったぞと、喜びを分け合うのでしょう。
 教主釈尊は能説の人。出遇った如来真実を人々によく説くことができる。出遇ったものを独り占めにしない。出遇ったものに私心をまじえない。出遇ったとおりに声になして誰に対してもどこまでも、それこそ、時間も金も投じて説き伝え続けていくことができる。この「能説」の人が誕生しなければ、真実は伝わらないのです。

教えと私を一点のところに集約する
 さて、一方の「我聞」のほうはどうなっているでしょうか。「二には謂く、『我聞』の両字は即ち別して阿難を指す。能聴の人なり。」
 「惣じて教主を標す」に対して「別して阿難を指す」。あらゆる経典であらゆる人に説かれた教えは、しかし、説かれただけではいけない。それを受け止める人がなければなりません。それが「我聞」ですね。「我れ聞けり」と、確実に聞いて受け止める人が現れなければなりません。その受け止め方を表わすのが「別して阿難を指す」ということでしょう。

 あらゆる人に向けられた教えをこの私が受け止める。そこに「別して」ということがあります。説かれた教えは一点に集約して届けられねばならない。私がこの教えを私という一点において集約して受け止めていくのです。説かれる教えを漠然と眺めていてはいけない。すべてを照らす太陽の光の下、ルーペを持ってその光を収束させ、一点を焼いていくようなものです。私において受け止める。その私なるものが確立しなければならないのです。
 教えは一人の人において確実に受け止められなければなりません。参考にするものではもちろんありませんし、適当に取捨選択するものでもありません。そのすべてが私に関わるものであり、その関わり方は、私の救いの次元で関わっているのです。教えが曖昧ということは私自身が曖昧であることですし、教えを取捨選択するということは、受け止められない私があるということです。

 御承知のように親鸞聖人は「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なり」と常の仰せに仰いました。十方に向けられた本願のはたらきを、親鸞一人という一点に集約して受け止める歩みを聖人はなさったのです。本願を一点に集約し、それを自己の全体を一点にして受け止めていく。
 自己をどこで一点にするか。それが「そくばくの業をもちける身」という一点でしょう。その私に対して、一点となった本願は「助けんと思し召したちける本願」ということで、本願は聖人の一点を明かし、聖人はその自己を助けんとする本願の一点の真心に出遇って、「ひとえに親鸞一人が為なり」と本願と自己を一つのところで受け止めることができたのです。
 このお言葉が御晩年の常の仰せの一つであったということですから、聖人は説かれる教えをいかに確かに聞き、受け止められていたかが知らされます。このお言葉だけでも、教えどおりの、原則どおりの聞法者親鸞であったことが知らされるようです。

能動的聞の人の誕生
 「別して阿難を指す」。阿難は仏教伝持の役を担っていた弟子であると言われます。その阿難が「別して」、即ち自己自身において本願の教えをしっかりと受け止めていくわけです。では阿難とは誰か。ここで阿難と言われているのは、モデルケースとしては仏弟子の阿難ですが、しかし彼だけではない。私たち皆が阿難となって教えを聞き受け止めなければならないことを表わしているのでしょう。
 まず「阿難」のところに私たち自らを置くこと。その阿難は「能聴の人」なのです。教主は「能説の人」、阿難は「能聴の人」。対応していますね。
 「能」というのは「所」に対応して、行為をする側を表わします。両方を表わすときは「能所(のうじょ)」と言います。行為をする側、「()く」何々すると。能動・積極という意味ですね。「所」はされる側。受動・消極の意味にもなるでしょう。一つの行為は能と所の両面を持っているわけです。

 教主は「能説の人」。その教主の説く教えに対して聞く者のあり方はどうか。それがここに明かされるのです。「能聴の人」です。「能聴」とは簡単に言えば能動的積極的に聞くという意味でしょう。これはどういうことでしょうか。
 説く方が「能説」であることは一応わかる。しかし、聞く方はどうなのか。「能説」に対して「所説」だと考えられやすいのではないかと思います。この場合の所説とは、説かれる教えの前で、その教えを消極的に聞いている、というニュアンスです。もっと言えば、聞きたくもない教えを聞かされている。仕方なく聞いているという意味です。
 仏法を聞くとは、このようなニュアンスがどこかにあるように思います。それは、はじめは聞きたくもなかったし、いやいやながら聞いたという経験があるからでしょうか。そういういわば「所説」のところから聞法が始まるのかもしれません。

 しかし、いつまでも聞かされるのではいけない。自分の意志で、願いで、積極的に能動的に聞いていくようになることが大事であり、それがまた必然なのです。私たちの自他ともに対する関心の一つは、聞く姿勢が後ろ向きか前向きか、どう変わったか、そこにありますね。付き合いで聞いていた友が、次第に自分自身の思いをもって聞きたいという願いを表わして能動的に聞くようになったとすれば、これはとても嬉しいことですね。消極から積極へ、受動から能動への姿勢の転換が私たちの歩みにおいて願われているのです。
 そしてやがて、自己の全体を挙げて聞いていきたいという願いに生きる者となる。これは祝杯ものですね。大いにお祝いをすべき場面です。『大経』も『観経』も、この能動の人になる場面は明瞭に描かれます。

 『大経』は序分の五徳現瑞の所ですね。長年そばにいてもお釈迦様の説かれることが分からなかった阿難は、その日、お釈迦様の上に「諸根悦豫し姿色清浄にして光顔巍々」としたお姿が輝いていることを見出します。阿難にとって初めてのことです。そこでお釈迦様に、自分に見えたとおりのことを申し上げます。
 驚いたのはお釈迦様。実際の自分の姿は阿難が言ったとおりだったわけですね。それが五徳現瑞です。即ち阿弥陀の本願を説くことを出世本懐としているお釈迦様のお姿だったのです。お釈迦様は阿難に、自分の姿がお前に今日見えたその理由を説こうと仰り、阿難はそれに応えて「願楽欲聞」願楽して聞かんと欲すと。聞くことを願い(ねが)い欲すというわけですね。
 この阿難の「願楽欲聞」の姿勢。これこそ「能聴の人」の姿でしょう。聞かされるのでは最早なく、どんなことがあっても聞きたいという能動積極の聞の行為に生きる阿難となったのです。
 長い間おそばにいて沢山の教えを聞いたが分からなかった。その分からないところを歩み続けたというところに意味があったのでしょう。お釈迦様が阿難に説こうと仰ったのは、阿弥陀の本願の教えです。この本願が、分からん分からんといって歩む間に、阿難の上に至った。至った本願によって阿難は、本願を説こうと願われるお釈迦様の本当のお姿を明らかに見ることができたのです。その本願が今から説かれる。それが『大経』ですね。

 『観経』もそこは同じです。やはり序分で説かれます。お釈迦様による「光台現国」の教えによって、韋提希は阿弥陀の世界に生まれることを選ぶのです。なぜ韋提希にこの選びができたのか。それは無数の諸仏の国を説くお釈迦様の教えによって、諸々の国を諸仏の国たらしめている阿弥陀のはたらきが韋提希の上に至った。至った本願が韋提希をして阿弥陀の国自体を選ばせたのです。
 「我れ今、極楽世界の阿弥陀仏のみもとに生まれんと(なが)う」。このように韋提希は宣言しますね。このときの韋提希の思い、具体的には「楽う」という心の意味ですが、これを善導は「浄国に臨みて、喜歎以って自ら勝うることなし」と表わします。阿弥陀の浄土こそ我が生きる世界だと思い、そこへ往くことをわが生涯の目標だとすることができてみれば、嬉しくて嬉しくて、自分でもどうしようもできないほどであった、ということでしょう。
 ここに韋提希の溢れるほどの聞きたいという願いがある。それが具体的には、「唯願わくは世尊、我れに思惟を教え、正受を教えたまえ」という強く具体的な願いとなって表われるのです。

 私たちもまた「能聴の人」となりたいですね。聞いて聞いて聞きぬき、聞き開いていく人になりたい。偶然また偶然の中、やっと出遇ったこの教えを、いい教えだ、聞き続けたいと思いながらも、内外の様々な事情で聞くことが疎かになり、遠ざかってしまうこともあるのです。外には人生の予想もしない出来事が待っています。内には真の心を装った煩悩が渦巻いています。これらが因縁和合すれば、仏法などどうでもいい、という思いになってしまいかねないのが私たちなのです。
 この「障害物」によく思いを馳せ、障害物的存在であるが故に、いよいよこの教えを聞いていくのだと、人生の逆境を縁にして、順境もまた縁にして、さらに一歩、さらに一歩と歩みを進めて行きたい。能聴の人とならん。能聴の人よ生まれよ。そう願わざるを得ないですね。

群を抜くような大事なこと
 さて、もう一つ確認をしたいことは、能聴の人とは阿難のことであるということです。阿難は申しますように仏教伝持の弟子。即ち教えを伝えることが大きな仕事です。その阿難が同時に能聴の人であると。ここに、能聴の内容が具体的に一つ示されているように思います。それは、教えを聞くことに能動的積極的な者となることに加えて、その者は、教えを伝えていく者でもあるということです。
 つまり、聞法の能動さは、一人自分が聞くためだけの能動さではない。人々に伝えるための能動さでもあるということです。もちろん、自分のために聞くことと、人々に伝えるために聞くこととが分かれているというようなギクシャクしたものではない。聞は一つです。一つの聞がいわゆる自利と利他の両面を持ってはたらいていく。時間とお金を使って雄々しく聞法していく人は、また同時に人々に対して様々にはたらきかけていく人でもあるのです。

 これについては、『観経』の中で韋提希の歩みが説かれます。はじめ、自分の個人的な思いを満たそうとする聞法から、遂に人々のために生きる聞法へと歩みが展開していきます。「仏恩を領荷する」。仏恩を荷って果たすことを自分の責任として受け止めて歩む韋提希が誕生するのです。私的な存在が公的な存在に変わっていくのです。その歩みの大きなうねりは、これから少しずつ見ていこうということになります。

 初めは、教えを聞かされるという意味で所説の者であった者が、遂に能聴の人、そして能説の人へと自己を深めていく。そこに「私はこのように教えをお聞きして救われたのです。どうかあなたもこの教えを」と、「如是我聞」というわけですね。自分が何らかの形で表現し説く教えに、自分が責任を持つわけです。「何かあったら私のところへ来て下さい」。「この教えを聞いたばっかりにこうだった、ということがあれば、それは私が責任を取ります」ということですね。
 そのような人が誕生してはじめて教えが文字通り伝えられ、仏教の土壌が作られていくわけです。「是の如く」という教えを、「教主」や「能説の人」で押さえたということは、教えは個人的私的なものとしてあるのではない。教主のその人にとっては、教えは私的な存在では無いのです。教えが公的なものということは、その人自身が公的な人になったのです。仏法的な人になったと言うべきでしょうか。
 ですから、自分の個人的な思いを動機にして教えを説くということはない。教えそのものに促されて教えを説くわけです。教えのままにという感じですね。ですから、教えとその人は同じ。「如是」とは教主を標すとなるのです。

 「光台現国」のお釈迦様が、ご生涯を挙げての歩みを踏まえ全力を投じて教えを説き、それによって韋提希の出発が成った。それもまたこのことだと思います。お釈迦様というお一人の存在ですが、そこにあるのは単に人ではなく、同時に教えなのです。
 お釈迦様ご本人は、阿弥陀の本願を高く掲げて、「どうか、これを」と言って私たちに提供された。それ以外にはお釈迦様は無いのです。お釈迦様が教えなのです。阿弥陀の本願を説くことが出世本懐であるというのは、そういうことではないでしょうか。

 仏法が伝わっていくためには、いろいろな方が現れます。法然上人が現れ、親鸞聖人が現れ、蓮如上人が現れる。そしてその人を中心にした集まりができ、教えが伝えられていくのです。その集まり。それが僧伽。僧伽ができるということは、その中心に、教えにまでなった人が誕生したからではないかなと思います。真に公的な人ですね。私的に仏法を使わない人です。その人の存在が教えなのです。
 それ程のお方というか、そういう方が現れたから、その人を中心にした僧伽は本当のいのちを持っており、そこに真実があるのです。その僧伽の力、即ち真実の力が次なる人を誕生させていく。そのような人が中心にいる僧伽は本当に力を持つのでないかと思います。
 このことが、教えを指している「如是」という言葉を、善導が人で押さえた大事な点ではないかと思います。善導大師ご自身も、その「教えにまでなった人」に出遇うことができたのでしょう。そうだとすれば、その人は道綽禅師に違いありません。

 そのような真に公的な人が、真に公的な人のところから次から次に現れて来る。これもまた道理でしょう。これによって仏教は伝わっていく。僧伽とはいかに大事なものであるか。如来本願を説くことを出世本懐とする公的な人の存在がいかに大事であるか、ということですね。先ほど、群を抜くように大事だと申し上げたのは、このような意味合いにおいてです。
 
 善導大師は、証信序の内容を決めるのに、普通の六事成就全体ではなく、六事の中の最初の二事、即ち「如是」と「我聞」の二事だけを以って証信序としました。その内容の一部を今見てきたわけです。
 ここまでのところをまとめてみますと、「証信」ということを表わす内容として、「如是」と「我聞」がある。この二つが表わす内容は、説かれる教えとその受け止め方を表わす「惣と別」、もう一つが、本願の教えを能く説く人と能く聞く人の誕生。即ち「能説と能聴」の人。この二点が、証信を表わす内容だということになります。
 ということは、あらゆる人々に説かれる普遍の教えを、私一人が受け止めていくということ。ここに説かれた教えが確実に一人に伝わるということがあるわけです。さらに、教えはどこまでも真実の中でこれを説き続ける人の誕生がなければならず、また、この教えを全生涯を挙げてどこまでも聞きぬき聞き開く歩みをする人の誕生がなければならない。これらのことが揃うことがこの経典が真の経典であることを証明するのだと。こういうことになるでしょう。

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(三)さらに「如是」と「我聞」

如来によって定められた教え

 「証信」に二義有りと言って、「如是」と「我聞」について述べられました。善導はさらに続けて領解を加えられます。それについて少し見てみましょう。
 「又『如是』と言うは、即ち法を指す。定散両門なり。是、即ち定まれる(ことば)なり。機、行じて、必ず益することを。此れは如来の所説の(ことば)錯謬(しゃくみょう)無きことを明かす。故に『如是』と名づく。」まず、このように言われます。
 少し意味のとりにくい文章のように思います。それは原文をこのように読み下した親鸞聖人の独特の読み方から来るものでしょう。まず、「如是」とは法を指すのだと。先ほどは「如是」は教主を標す、能説の人なりということで、人で押さえていました。これは大変大事なことを教えてくれました。今度は「法を指す」ということで、法で押さえています。具体的には「定散両門」であると。

 「定散両門」とは、定善観と散善観。これが『観経』正宗分の本体です。簡単に言えば、定善観は十三通りの観法が説かれ、浄土と仏を心で観る教えが説かれます。散善観は目覚めの教えで、どのような行ができるかを軸に、自己とは何かを知らされていく観法です。『観経』はこの定善観と散善観を説くのです。その『観経』の教えを指して「如是」と言っている。これは分かりやすいですね。「このように私は教えを聞いた」という、まさしくその教えですから。

 次の「()、即ち定まれる(ことば)なり。機、行じて、必ず益することを。」ここが大事なところです。「是」とは、原文は「是即定辞」で、「これ」と読んだりしやすいのですが、親鸞聖人は、「如是」の「()」と呼んだのです。では「是」は具体的には何を指すかと言えば、それが定善観と散善観の正宗分の教えです。そして、「是、即ち定まれる辞なり」と。これも「定むる辞」(定めるの意)などと読みやすいのですが、聖人は「定まれる辞」、つまり、正宗分の教えは既に定まっている教えなのだということです。
 何がどこで定まっているのか。それは、正宗分の教えに沿って歩むところに、人は必ず利益を得ることができるということ。「機、行じて、必ず益することを」。具体的には「一者至誠心」の歩みです。三心の教えの始め、真心を尽くして歩んで行けという教えです。
 この教えは、人は必ず自らに頂いて歩んでいかなければいけない。それによって必ず救われていく。ここにこそ救いの道がある。本当に真実の道が示されてあるのだということです。このことが如来のところで既に定まっているのだということです。

 これは、『観経』正宗分の教えとは何であるかを、一番の根底から一刀両断のもとに切り明かしたような押さえ方のように思います。即ち、『観経』は仏説であるということです。この経の教えの真実は、如来のところで決まっているのだと。人間が何らかの方法で証明してみて、それで誤りがなく真実だと評価するのではない。人間にはそれはできないのです。この教えに(あやま)りがなく真実だと言える根拠は、この教えを生み出した如来のところにのみあるのだと。
 ですから、「機行必益」を「機、行ずれば、必ず益す」とは読まないのです。「人がもし行じたならば」ということであれば、行じないのなら、この経典の救いとは無縁のことになる。無縁のところで又別の救いがあるのかもしれないということになってしまうわけです。そうではなく、「人が行じて必ず利益がある」これが『観経』の教えなのだ。だから行じなければならない。行じないところに救いはない。このように行じることを勧めるのです。即ちこの『観経』の教えを勧めるのです。
 そして、だからこそ「此れは如来の所説の(ことば)錯謬(しゃくみょう)無きことを明かす。」となって、『観経』の教えには()りというものがない、まさに真実の教えなのだと表わしていくのです。

 この善導の領解には、経典の真価を、或いは真偽を、人間の目で判断しようとする仕方に対する厳しい批判があるように思います。具体的には慧遠など諸師たちへの批判です。「この教えによって私は救われた」というとき、では「この教え」とは何であるのか。それを人間の目で判断しようとするのです。人間世界のものならばともかく、仏の世界のものを人間が判断することはできない。これは本当にできない。その根本的な過ちを批判したものとも思えます。
 蛇足ながら、できなければどうなるのかと心配になるでしょうか。人間の判断では真実はわからないということが自分に分かれば、それが機の深信ということであり、そこに如来の真実がそのままに私のところに成就するのです。人間の考えでできると思い、やろうと思っていることが、真実の成就を邪魔しているわけです。

如来が衆生の意に近づく
 次に、「又『如』と言うは、衆生の意の如し。心の所楽に()いて仏即ち之を度したもうに、機教相応するを復称して『是』と為す。故に『如是』と言う。」
 「如」は衆生の意の如しの「如」であると。即ち『観経』の教えは衆生の心の如く、つまり衆生の心に沿って説かれていくのだと。ではその「衆生の意」とは何か。私たちにはいろいろな思いがあって、その思いの一つ一つに沿って教えが説かれるのか。もしそうなれば支離滅裂のようになりそうですね。
 そうではありません。そこのところを「心の所楽に随いて」と述べてあります。「楽」は願いです。私たちの心の底の願いを尊敬し大事にして、これに沿うて仏は教えを説き、救おうとされるということでしょう。「随う」という文字には、相手の心を尊敬し大事にして、これを推し量りながらいただいていくという意味があります。

 これはすぐに連想できますね。もう少し先のところで出てきますが、牢獄で愁憂(しゅうう)する韋提希のところにお釈迦様が来られます。その理由は何か。それは韋提希の「心の所念を知って」ということです。善導はこれをさらに明確化して、「心念の意を知って」と押さえました。韋提希の心の底の思いです。その思いは具体的に何であったか。それは「(ぎょう)」、即ち願いであった。真実に遇いたいという願いでしょう。これこそが韋提希の真の心。この韋提希の心の底の願いに応えるために、如来本願の教えをもってお釈迦様は来たったのです。

 今、衆生の「心の所楽に随いて」とは、まさにこのことを指すのでしょう。仏様は人間の心の底の願いを見ておられるのです。それが同時に「機」を明らかにされる内容なのでしょう。単に人間存在を分析するのではない。テーマは救いなのです。救いというテーマの中で人間存在とは何であるのか。そこに、心の底に「楽」があることが見えてくる。
 これこそが、救われるために生きる人間存在の最奥の心であり、この心を持って生きるあり方を「機」と押さえて、人間存在を把握されるのです。人間を救おうとする慈悲のはたらきを根底とし、そのために人間を明確に見る智慧のはたらきが「機」を確定するのです。

 このようにして、真実に遇いたいという願いを持った存在であることに沿うて、仏は教えを説き救っていく。その仏のとる姿が「機教相応」です。これは「機」と「教」が相応したと読める熟語ですが、いかにそう読めても、人間の機と仏の教えの双方が歩み寄って相応するという事態は起こり得ません。人間は仏の方へ歩み寄れないのです。仏智疑惑の存在にどうして歩み寄ることができるでしょうか。
 歩み寄りができるのは、仏から人間への方向だけなのです。それができるところに仏の真価がある。それが方便です。人間存在にぴたりと合わせ近づく行為です。この方便という偉大な行為ができるのが真実の持つ力なのです。真実は必ず方便して不実の人間存在に近づくのです。偉大なるかな方便の力! ですね。
 このように仏が衆生の真の願いを見出し、それに沿った教えを説いて歩ませ、遂に救っていく。そのことを「如是」と言うのだと。まさしく『観経』正宗分の教えはその教えなのです。

衆生のあらゆる相を知る如来の慈悲と智慧
 もう一つ善導は「如是」について述べます。
 「又『如是』と言うは、如来の所説、漸を説くこと漸の如く、頓を説くこと頓の如く・・・」こう言って、二つの対照的な概念を十組挙げまして、続いて「・・・浄を説くこと浄の如し、穢を説くこと穢の如し。一切の諸法の千差万別なるを説きたもう。如来観知して歴歴了然なることを。心に随いて行を起こすに、(おのおの)益すること同じからず。業果法然として衆て錯失(さくしつ)無し。又称して是と為す。故に『如是』と言う。」
 省略した対概念の十組は、①漸・頓 ②相・空 ③人法・天法 ④小・大 ⑤凡・聖 ⑥因・果 ⑦苦・楽 ⑧遠・近 ⑨同・別 ⑩浄・穢 です。

 如来が教えを説かれるのに、漸は漸の如く、頓は頓の如く説かれる。漸というのは、何事も緩やかに時間をかけ少しずつ積み重ねていくべきではないかと思っている人に対しては、その考え方に合わせて積み重ねていくいき方を説く、ということです。
 逆に、頓のタイプ。つまり、何事もすぐに大きく変わって新たな結果が出るべきだと思う人に対しては、その考え方に合わせて、直ちに結果が出るような教えを説かれる。このように、相手に応じて、如来は自由自在に説かれるというわけです。

 従って、先ほど「如是」ということを「衆生の意の如し」という意味で内容を押さえたことに対して、ここでは、相手がどのような存在であろうと、それだったら困るというのではなく、全て如来の意の如く説くことができる、ということを表わしていると言えるでしょう。
 十組はこれで代表させているのですが、人間存在の業の違いによるあらゆる生き方考え方などです。無数の異なり具合があるわけです。これらを代表的に挙げ終わって、「一切の諸法の千差万別なるを説きたもう。如来観知して歴歴了然なることを。」と続きます。
 如来は衆生のあらゆる姿を観知なさって、すべてを明らかに御存知であり、それ故に、一切の人の一切のあり方に即して教えを説くことができるというのです。偉大なるかな如来の智慧、という感じですね。

 真実は自ら形を持たない。もし持てば、その形に合わせて物を理解することになります。そうすると、自分に形あるが為に相手に合わせにくくなって正しく理解できないかもしれない。武道などで相手に向かう場合、定型の型を取らず自然体の相手であれば、逆に怖いかもしれません。どのような動きをするか分からず、こちらのどんな動きにも対応して競うに思えるからです。
 真に相手の為になろうとするならば、自らは形を決めず、すべて相手に合わす。しかし、相手に合わせてしまえば、相手の思う壺で逆に引きずられていくようにも思います。だが、真実にはそのようなことはない。その不定型は、真実であるが故の不定型ですね。こちらが一歩動けば、直ちに真実はそれに合わせて動き、しかも私を真実のほうへ連れて行く。なんという動きであるか。驚嘆するしかありません。柔軟心というのがその心でしょう。

 真実が私たちを知る知り方を「歴歴了然」と表現しています。実に明らかであるということです。如来の説き方を表わす文ですが、原文は「説一切諸法千差万別、如来観知歴歴了然」となっています。これをどう読むかですね。
 「一切諸法を説くこと千差万別なり」このように読む読み方があります。衆生のあらゆる姿に即してあらゆることを説くというわけですから、これでいいようにも思えます。
 しかし、今「一切の諸法の千差万別なるを説きたもう」というのは親鸞聖人の読み方ですが、このように読むとニュアンスが随分違ってきます。千差万別は直接如来の説き方を言うのではなく、衆生のあり方を指すことになります。
 つまり、衆生は一人ひとり皆異なっている。じつに千差万別である。その千差万別さを如来は御存知なのである。どのくらいに御存知か。如来観知して歴歴了然なのだと。如来は衆生のすべてのことをご覧になって、すべてを明らかに御存知になっておられるのだと。

 従って聖人の読み方の比重は、衆生の千差万別さを、それに即して如来が説くことができたということよりも、衆生の千差万別さをいかに如来は御存知であるかという、衆生のすべてを知っているということに比重を置いて読まれたわけです。
 ということは、『観経』正宗分の教えは、如来が衆生のすべてをよくよく御存知の上で説かれた教えなのだ。それをよくわかって読むべきである、ということになるでしょう。その如来の眼を無視して人間の眼で経文を読んでも、それこそ千差万別さは分からない、人間の目の通りにしか読めないということになります。

 この文のまとめとして、「心に従いて行を起こすに、各益すること同じからず。業果法然として衆て錯失(さくしつ)無し。又称して是と為す。故に『如是』と言う。」と。
 衆生は自分の業に従っていろいろな行を起こす。その行は如来かねてしろしめす行ですから、これにぴたりと対応して如来ははたらきかけてくださり、一人ひとりに応じた救いをもたらしてくださる。衆生がどのような存在なのかよく分からないから、皆に十把ひとからげの救いを与えておこう、というようなことはないのです。「各々益すること同じからず」というわけですね。
 そういうわけで、人がそれぞれ自分の業のままにいかに他の人とは異なって生きようとも、それらすべてを明瞭に御存知の如来のはたらきかけは、そのすべてにおいて間違いがない。真の救いをそれぞれの形であらゆる人の上にもたらすのだと。

 以上が「如是」についての善導の三つの解釈です。この三つの文の結論部分だけをもう一度簡単に見てみますと、
  (一)機行じて必ず益す。如来の言、錯謬(しゃくみょう)無きことを明かす。
  (二)如は衆生の意の如し。機教相応するを是と為す。
  (三)業果法然として衆て錯失(さくしつ)無し。
 こういうことになります。そこで、初めに出された「如是」は教主であり能説の人であることも加えますと、全体として「如是」とは次のような意味合いになるでしょう。
 〈真に教えを説くことのできる教主において明らかになった教えとは、次のようなものです。即ち、正宗分に説かれる教え、具体的には三心の教えを機軸とする観仏の教えを行じていくところに、必ず観仏から念仏への進展・転換がなされる。その教えは、衆生がどのような思いをもってどのような行をしようとも、それにぴったりと即して説かれるのである。そのように説かれる教えによって衆生の上に救いは必ず起こるのである。〉
 およそこのようになるのではないかと思います。

能く聴き能くたもつ者
 さて、「如是」の釈に次いで、今度は「我聞」についての文が一つあります。
 「『我聞』と言うは、阿難是れ仏の侍者にして常に仏後に随いて多聞広識なり。身座下に臨んで能く聴き能く持ちて教旨親しく承けて、伝説の錯り無きことを表することを。故に『我聞』と曰う。」
 阿難はお釈迦様が五十五歳になられた頃、いわゆる初老に差し掛かった頃でしょうか、身の回りのお仕事をする侍者となります。常におそばにいるのですから、お釈迦様が説かれる教えを随分たくさん聞いたわけです。多聞第一と言われるようになりますね。その阿難が「能聴能持」能く聞き能く(たも)つ。このことによってお聞きしたことの真実を証明するというのです。
 これは先ほど、「『我聞』の両字は即ち別して阿難を指す。能聴の人なり」とありましたが、これをさらに深く説いているのでしょう。「能聴」ということがポイントでしたが、今度はこれに加えて「能持」と言われます。聞くことと持つことを能く為したわけです。このことを「我聞」と表わし、「我聞」の成就が証信の意味を持つというわけですね。

 「能聴」は単に能動的積極的に聞くという意味だけでしょうか。逆に言えば、能動的な聞き方とは具体的にどのような聞き方を言っているのでしょうか。それを表わすのが「能持」の「持」ではないかと思います。「聴」も「持」も、一面私たち人間の行為のように思えます。もちろんそれに違いありませんが、しかし、人間が主になって行う行為ではないでしょう。
 誰が主になるのか。それは如来です。人間が聞く教えですが、それは如来が説く教えです。人間がたもつという行為をするのですが、それ自体が如来によってたもたれているということです。
 如来の教えが人間存在に至り、彼を動かしていく。そのはたらきかけで人を如来の世界の中にたもち続けていくのです。具体的には、私たちが教えを聞いていく歩みとは、その教えによって私自身を照らされ、(いと)うべき自己の正体が教えの智慧によって明かされ、次第に受け止めていけるようになる。
 生きることと教えを聞くことは密接な関係を持ち、実存の深みまで教えが侵入し、まさに教化されるということが私が生きるということになる。生きることの本当の内容は如来による教化であるということが、私自身の身をもって実感され証明されていくのです。

 教えを聞くとは、会座に出てそこで聞くということだけを指しているのではありませんね。毎日の歩みのところで、人生の全体を挙げて、存在の底から教えを聞いていくのです。人生とは教化なのです。これが人間本来のあり方でしょう。もし彫刻家が人間の原像を掘るとすれば、如来にひれ伏して教えをその身全体で聞く姿をこそ浮かび上がらせなければならないでしょうね。
 私たちがこの姿勢を基本に持つことができれば、私たちは真の「同朋」となることができる。同朋の中で心安らげることができるということが、教化を受けるという人間基本の生き方をお互いがしているという証拠なのではないかと思います。

 教化の相手は私の邪見憍慢です。私は邪見憍慢(きょうまん)という虚仮不実の存在であり、如来は真実智慧のお方です。この両者の間に教化が起こる。ということは、この教化は必然のものであり、不可欠のものです。真実は必ず不実なるものにはたらきかけていく。この者を真実にせずんばやまずとはたらきはたらいて、その歩みはとどまることがない。
 このはたらきを、正宗分に入りますと観音菩薩・勢至菩薩で表わします。限りない慈悲と智慧のはたらきです。「限りない」というのは、ただ如来のお徳を讃えているのではなく、私を真実にするために限りないのです。私を救うために仏は菩薩となって、目標に向かってとどまることなく歩み続ける菩薩となってはたらきかけるのです。
 邪見憍慢ゆえに永遠に教化されなければならない人間存在。その人間の正体を明らかにして永遠に教化を続けるものとなった如来。両者の間に必然的に起こらなければならない不可欠の営みがここにあるのです。

 私は仏法に出会ってから四十年ほどになります。年ばかりとって中身は甚だお粗末なことなのですが、もし四十年をひとまとめにしてみれば、要するに何であったか。改めてそのように問えばいろいろな渦巻きが回り始める感じですが、教化というテーマで大きく(くく)れるようにも思います。大変な教化を頂いたという思いと、にもかかわらず教化を避けてきたという思いと。この二つの光で照らしてみれば、邪見憍慢の悪衆生が格好悪く浮かび上がってくるような思いがします。本当に申し訳ないことです。
 「我聞」は聞成就です。人間において聞が成就するとはどういうことか。それは生涯を挙げて如来真実の教えを聞きぬく生き方、教化を頂くという生き方が確立したということでしょう。そして、この生き方が確立するところに、「如是」で指し示されている教えが真実であることが証明されるのです。
 生涯にわたる「我聞」のところで、「如是」の教えの真実が証明される。「如是我聞」は本当に如来の教えと私たちの生き方が一つになった世界を表わしているわけですね。そこに、「証信」、この経典の教えがまさしく経典としての価値を持つものであることの証明があるわけです。

仏言を証明し信ずべきことを勧める
 さて、「証信序」についての善導の最後の言葉です。
 「又証信と言うは、阿難、仏教を禀承(ほんじょう)し、末代に伝持して衆生に対するが為の故に、是の如く観法に、我れ仏従り聞いて証誠すること信ずべきことを明かさんと欲す。故に証信序と名づく。此れ阿難に就いて解するなり。」
 阿難は仏陀釈尊から尊い教えを押し頂き、それを末代の人々に伝えていくのにどのようにして人々に相対するかと言えば、私はこのように(如是)『観経』の教えである十六観の観法の上にお聞きし、もちろんそれを仏からお聞きして、それによってここに真実ありと証明することができ、まさしく信ずべきであると勧めることができることとなった。このことを人々に向けて明らかにしようというのであると。
 阿難は正宗分の十六観の教えを聞いて、ここに真実が説かれていることを自らにおいて証明することができたのです。自分のところで証明ができる。如来が十六観の教えで私を証明したのです。それはこの教えによって信を生じ救われることとなった。
 救われてみれば、ここに救いがあることは自分でわかる。どこまでも如来に向けて懺悔すべき自分であることが知られ、そしてその懺悔を為していく身となり、又如来の真実の心が自分のために起こされていることが分かってくる。申し訳ない。有難い。この身を全力で生きさせていただきますと。
 懺悔と讃嘆と感謝と願心。一日また一日と、これらの思いが強くなっていく。そこには、有り難うございます、お蔭様でこの身にさせていただきましたと、救われて今日生きることの宣言がなされていくのです。この自らの救いをもって人に勧める。自らの救いの事実が人への勧めとなる。自身が教人信となるのです。

 一般には六事成就をもって経典の成立根拠である「証信序」とみなすところを、善導大師は、初めの「如是我聞」即ち信成就と聞成就の二つだけをもって証信序と位置づけました。これには、以下の四成就を「化前序」とする必要もあったわけですが、しかし、この二事成就は見事に「証信」の心を表わしているように思います。
 今見てきました最後の結論では、私が仏陀の説かれる観法に聞いたこの教えが私を救ったのであり、私はここに真実有りと証明し皆さんにも是非信じて頂くことをお勧めしたいのであると、「如是我聞」の心を表わしておられます。私たちもまた、善導の全身を投じての自信と教人信の願いを、今度は私たちが全身を挙げて受け止めさせていただかねばと思わざるを得ません。

 次回は「化前序」、そしてその次はいよいよ王舎城の悲劇の始まりです。

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