今よみがえる観無量寿経 第20回 「欣浄縁(3)」
 

るいれつの会講義録

講師 岡本 英夫先生

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  ≪聖典の引用について≫
     聖典の引用箇所を左の略字で示します。
        東=東本願寺聖典
        西=西本願寺聖典(注釈版)
        島=島地聖典






 ≪善導大師『観経(四帖)疏』の出典について≫
    出典の頁を左の略字で示します。
       親全=『定本親鸞聖人全集 第九巻』
       聖全=『真宗聖教全書第一巻 三経七祖部』
      ノート=『観経疏ノート(深浦倫雄監修)』


〈テキスト〉


『観無量寿経』序分・欣浄縁(前半)

 (1)唯願わくは世尊、我が為に広く憂悩なき処を説きたまえ。我れ当に往生すべし。閻浮提濁悪世をば楽わざるなり。
 (2)此の濁悪処は地獄餓鬼畜生盈満し、不善の聚多し。願わくは、我れ未来悪声を聞かず、悪人を見ざらん。
 (3)今世尊に向いて五体投地し求哀懺悔す。
 (4)唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業処を観ぜしめたまえと。

善導『観経疏』
 (上段の(3)についての善導の解説です)
 (3)「今向世尊」従り下「懺悔」に至る已来は、正しく夫人、浄土の妙処は善にあらざれば生ぜず。恐らくは、余けん有って障えて往くことを得ず。是を以て求哀して更に須く懺悔すべきことを明かす。


(一)苦を厭い離れる

韋提希を阿弥陀へ向かわせるもの

 引き続き、序分の欣浄縁(ごんじょうえん)を頂いていきます。経文のその前半は次の通りです。便宜上、善導(ぜんどう)大師(だいし)の分けた段落((1)~(4))を示しておきます。

「(1)唯願わくは世尊、我が為に広く憂悩(うのう)なき(ところ)を説きたまえ。我れ(まさ)に往生すべし。閻浮提(えんぶだい)濁悪世(じょくあくせ)をば(ねが)わざるなり。
 (2)此の濁悪処(じょくあくしょ)は地獄餓鬼畜生盈満(ようまん)し、不善の(ともがら)多し。願わくは、我れ未来悪声を聞かず、悪人を見ざらん。
 (3)今世尊に向いて五体投地し求哀(ぐあい)懺悔(さんげ)す。
 (4)唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業(しょうじょうごう)(しょ)を観ぜしめたまえと。」 (東92 西90 島2-4)

 前回は第二段落まで終わっていましたので、今回は次の第三段落に進んでいきます。

 少し復習をしてみましょう。
 第二段落の善導の解釈は欣浄縁(ごんじょうえん)の中では最も長いものでした。しかも「願わくは」以降が二重に解釈されています。 
 この段落は、苦を本質として生きる人間存在が、その苦を根本から(いと)い離れて真実を求めようと願う、その転換の一点を韋提希の心の奥底に見出して、これを明かすところです。

 韋提希は自らの現実を出ようとしますが、いかに身を()じても出られない。現実の苦を舐め尽くして、ここは地獄餓鬼畜生の満ち満ちた濁悪処であることを明らかにすることになります。
 その濁悪処の中を自分はといえば、幻惑の愚夫(ぐふ)であることに気づかずに生きてきたのであり、まったく愚かなことであったと、次第に愚の自己に覚めていくのです。

 ここは欣浄縁ですが、この欣浄縁の中で、「厭苦(えんく)」がなされています。善導はこの第二段落を「正しく夫人(ぶにん)所厭(しょえん)(きょう)攀出(きょしゅつ)することを明かす」と押さえます。欣浄縁の前の厭苦縁のところでは、直接苦を厭うことは出されずに、「厭うべき苦とは何か」が出されている。その苦を実際に厭う姿は、この欣浄縁で説かれるのです。
 ここに、苦を厭い浄土を欣うという転換を、事実に即して説き明かそうという善導の工夫が見えます。浄土を欣うところに、はじめて苦を厭うことができるのだと。

 厭苦縁は、その名は苦を厭う縁ですが、厭苦縁のところで苦が厭われたのではなく、苦が厭われるとすればどのような縁のところにおいてなのかを表わすのです。
 実際に苦を厭う場は欣浄縁において。すなわち浄土が表に登場し、その浄土をねがう思いが起こるところに、苦ははじめて厭われていく。この道理を善導は厭苦縁と欣浄縁をかみ合わせる形で、厭苦は欣浄においてなされることを説いたのです。

世尊の登場
 韋提希をして、苦を厭うことができるようにならしめたお方こそ世尊でありました。世尊とは、阿弥陀の本願を説くことを出世の本懐としているお方です。
 このお方を前にすることによって、即ち、阿弥陀の本願との関わりを具体的な人を通して持つことによって、人は苦を厭い、自己を超えていこうという思いが起こってくる。自己を超えさせるものが阿弥陀の本願であるからです。
 ここに、諸仏善知識にお遇いして、その方の前において歩むことの絶対的必要性が顕わされています。人は師を持たずに歩むことはできない。たとえ歩んだかに見えても、師を持つことがなければ、それはいわば我流であって、師の存在を通して本願が伝わってくる、その道を自ら失っているのであり、このような歩みで、迷妄の底に沈没流転している在り方を超えることはできないでしょう。

 如来本願の成就の姿を表わす「本願成就文(じょうずもん)」は、まず「諸有衆生(しょうしゅじょう) 聞其名号(もんごみょうごう)」と本願成就の方法論を明かします。「諸有衆生」すなわち深い迷いの自己であったと目が覚める。この自覚のところに、「聞其名号」すなわちよき人(其)の説かれる如来真実の呼びかけ(名号)を聞き開いていくことができる。
 このように、この二句で表わすものが方法論の骨格となって、信心(しんじん)歓喜(かんぎ)が成立するのです。

 私たちは、阿弥陀の本願を説くことを第一の願いとするお方が目の前に現われた時、そのお方をわがよき師として頂いていく姿勢を敢然(かんぜん)としてとっていかなければいけない。この点を躊躇(ちゅうちょ)しはからってはならない。自己に執着してはならないのです。
 「理を見て情を折る」であって、本願成就文に示されている道理の前に、わが我執の矢を折らなければならないのです。

 善導は苦の現実に沈む衆生をして真の救済を成し遂げるために、不可欠の三つの要素を挙げます。
  (1)婆を厭い浄土を願わせる「如来の真心徹到」
  (2)悩を断ちきる「金剛の志」
  (3)「慈尊(世尊)に従って」親しく教えを聞く 
 この三つのものが次第に姿を表わし、韋提希の歩みを真実・阿弥陀へと向けることになります。

 以上、少し第二段落を振り返ってみました。


(二)人間的思いに根ざした懺悔

哀れみを求めての懺悔

 さて、第三段落です。まず経文を見てみましょう。この段落を善導は短く区切っています。
 「今世尊に向いて五体投地し求哀懺悔す。」(東92 西90 島2-4)
 これだけですね。

 韋提希は世尊に向かって五体投地をなし、哀れみを求めて懺悔(さんげ)したのだと。
 この文を読んで、疑問を感じないでしょうか。五体投地(ごたいとうじ)することはいいとしても、「求哀懺悔(ぐあいさんげ)」するとはどういうことか。

 「求哀」は哀れみを求めること。即ち、韋提希が眼の前にまします世尊に哀れみを求めたのです。世尊よどうか私を哀れんでくださいと。その上で「懺悔」する。とすれば、この懺悔はどういう懺悔となるのか。

 懺悔とは、仏前において自己の非をお詫びすることでしょう。自分自身の主体的行為です。私は仏にお詫びしなければならない人間であると目覚めて、仏に向けてお詫びをする。
 この懺悔の行為は独立的になされるべきものです。即ち、懺悔に条件はない。懺悔すべき自己であることに覚めたからこそ、そしてこのことが最も大事なことであるからこそ、他のいかなるものも条件に入れず、ただひたすら懺悔するのです。

 ところが韋提希は「哀れみを求めて懺悔した」とあるように、条件を持ち出しているように見えます。ということは、この懺悔は、ただ懺悔すべき自己であるから無条件に懺悔する、という懺悔ではなく、懺悔そのものが哀れみを求める行為であることになります。
 世尊よ、私はこのように懺悔している。だからどうか私を哀れんでくださいと。さらに五体投地も、その気持の表われとしてなされたことになります。
 五体投地までして哀れみを請うて懺悔をする。懺悔という人間至極(しごく)の行為までをも、その人間自身を守るために使おうとする。この不純な行為は、韋提希の何を表わそうとしているのでしょうか。

 第三段落の善導の解釈を見てみましょう。
 「『今向(こんこう)世尊』従り下『懺悔』に至る已来(いらい)は、正しく夫人、浄土の妙処(みょうしょ)は善にあらざれば生ぜず。恐らくは、()けん有って()えて()くことを得ず。是を以て求哀して更に(すべから)く懺悔すべきことを明かす。」(親全84 聖全486 ノート89) 
 
 韋提希は浄土をどのようなところだと思ったのでしょうか。それは(たえ)なる処であり、善の者でなければ生まれることのできないところであると。
 では自分はどうか。自分は、おそらくまだ罪の残りがあって、これが障害となって生まれることはできないであろう。このように考えたのだと。 そこで、まだ残っている罪を今お詫びするから、何とかこの私を哀れんで妙処(みょうしょ)に生まれさせてほしい、と世尊にお願いをしたわけです。

 しかし、前の第二段落のところで、韋提希の上に如来の真心(しんしん)徹到(てっとう)した、とありました。自らの愚かさを強く知らされたわけです。その韋提希が今どうして世尊に哀れみを求めなければいけないのでしょうか。
 ここには、仏に遇おうとする人間存在が持つ(やみ)の深さというものが示されているようです。仏に出遇うことが大切だといっても、仏に出遇ったその時、直ちに人間の問題のすべてが解決するのではないのです

 大きく転回するということはある。しかしすべての問題がその一瞬に解決するようなことはない。大事なのは、仏に出遇ってからの歩みなのです。仏もまた、その大事な歩みをなさしめようと、その教えを本願をもとにし、慈悲と智慧によって創意工夫して説かれるのです。
 この教えを聞いていく歩みを、自らの人生において一貫させることによって、人生挙げての大転回がなされていく。その大転回の教えを説いてくださるのが仏であって、出遇うのはその仏なのです。我が歩みの道を説いてくださるお方に出遇うのです。
 
 韋提希は仏に出遇いはしましたが、依然と自己の内には、大きな問題が横たわっています。その問題は、じつは生涯にわたる問題であり、それが今、仏に出遇ったその初期に、仏に対する態度の基本の形となって現われているのです。
 それはまず、どこまでも自分が主となって、眼前の仏の力に全存在をまかすのではなく、その力を利用し借りようとすること。
 もう一つは、自分において、自らに属する善の行為と位置づけている懺悔をなして、これによって救われていこうとすること。頭を上げたまま懺悔をするわけです。
 
 懺悔という善行をなそうとしているのが自分であると、このことをはっきりと位置づける。そして、この善行をすることの素晴らしさを表に出しつつ、救いを要求する。まことに根深い我執の心がここにあります。
 それは同時に自らの我執の思いをよきものとして肯定し、自らを救う真実、すなわち如来の仏智を第一に立てることができない、仏智疑惑の心なのです。
 この心が人間存在の一番奥にある。照らし来たる真実の光を全力で遮ろうとする、如来真実に抵抗する心の最後の壁と言うべきものです。どこまでも分厚いこの壁を心の根本としているがゆえに、いつでもどこでも外に向けて現われるのです。

 浄土へは、善の行為によってでなくては行けない、と思う心。これこそ我ら人間の芯から起こる心と言うべきでしょう。一方浄土は、人間の心をすべて受けとめ引き受けた如来の大悲の心によって建立され、そして人間我々に向けて差し出されたものであるのに、当の私たち自身は、その如来の心も、浄土を建立する歩みのご苦労も憶うことがない。

 このように、私を超えた大慈悲の真実が私にはたらきかけているのに、この大慈悲を認識することができない。この世界とは何であるかを思う時に、私を救う大慈悲まします世界であるという認識が全く起こらないのです。
 その大慈悲のすべてを自分の思いの下に押しさげ、そして自分で考え、自分で決めつけている。即ち、我執無明煩悩の心が私の主体となって、世界を認識している。真実を認識せずに、迷いの自己の影を見ているだけなのです。

 真実なる仏智をどこまでも遮ろうとする人間最後の心の壁は、今このようにして韋提希の上に姿を表わしています。世尊の教えは、今韋提希の表層の心に向けて説き進められ照らし出しているようですが、その教えの射程距離はこの最後の壁に向けられており、この壁の存在を大悲する心によって説き出されているのです。

顕彰隠密の教えとしての「求哀懺悔」
 さて、ここでの「懺悔」はこのように、人間的な思いを仏に向けて、いわば利用された行為として出されていますが、果たしてこれだけの意味なのでしょうか。
 じつは、この次の第四段落に、「唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業処を観ぜしめたまえ」と、「清浄業処」という言葉を出して救いの世界を請う韋提希の姿が描かれます。これについての善導の受けとめを見れば、「求哀懺悔」にもう一つの意味が現われてくるようです。

 「清浄業処」を願う韋提希。この「清浄業処」とはどのような世界を指しているのか。韋提希自身は、それが分からないから教えてほしいと願ったわけです。しかし、分からないながらも、自らが救われる世界を「清浄」の表現を以て表わした。なぜ「清浄」の表現をしたのか。これはいったい何を意味するのか。こういう問題があります。韋提希においてこれから真の清浄の世界に至る歩みが展開することが予想されます。
 
 親鸞聖人は、この「清浄業処」について、「清浄業処と言うは、則ち是れ本願成就の報土なり」と受けとめます。詳しくは次の第四段落のところで述べますが、いわゆる「顕彰隠密の教え」が説かれているところなのです。
 韋提希は自ら生まれたい世界を、一般的に「清浄業処」と表現したわけで、具体的にどのような世界かということになれば、一般的な諸仏の世界と言うべきでしょう。これが「清浄業処」の「顕」の説き方による意味合いです。直接に韋提希の思いのままに表わされた表現であり、意味は経文の表に顕わされた通りのものです。

 これに対して、表ではそのような意味合いになるけれども、その「清浄業処」の言葉の底には、表における意味とは別の意味があり、じつはこちらの意味のほうをこそ分かってもらいたいのだ、というのが「彰隠密(しょうおんみつ)」の教えです。
 人には容易に理解できない阿弥陀の深い世界(隠密)を、「顕」の教えを表に出して、その二重の説き方によって分かってもらおう(彰)、あるいは分からせたいという、『観経』独特の教えの説き方なのです。
 もちろんこの説き方は『阿弥陀経』においても行われるわけで、「真実」を分かってもらうために工夫された「方便の教え」の特徴と言うべきでしょう。

 親鸞聖人は、韋提希の言った「清浄業処」は、表の「顕」の教えでは、諸仏一般の浄土という意味合いになるけれども、その底の「彰隠密」の教えとしては、「本願成就の報土」の意味になると受けとめられたのです。
 そうなりますと、ここで少し幅を広くして文脈全体にわたっての受けとめ方の問題が出てきます。この第三段と第四段は、善導は区切って解釈しているわけですが、もともとは流れのある一筋の文章です。
 すなわち、
 「今世尊に向いて五体投地し求哀懺悔す。唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業処を観ぜしめたまえと。」

 このように一文として見たとき、韋提希の発言の骨子は、求哀懺悔して清浄業処を観ぜしめよと願っている、こういうことになるでしょう。懺悔が清浄業処を見るための直接の前提となっているわけです。
 ということであれば、ここで一つ問題が浮かび上がります。もし「清浄業処」に「本願成就の報土」という「彰隠密」の教えを読み取ることができるのであれば、文脈上その直接の前提となっている「求哀懺悔」もまた、ただ経文の表の意味合いだけにとどまらず、「清浄業処」との関連を持ちながら、「彰隠密」の意味としても受けとめることができるのではないか。こういう新しい読解の視点が生まれてきます。

もう一度、この一段を考えてみましょう。
 経文は、
 「今世尊に向いて五体投地し求哀懺悔す」
 これを受けて善導の解釈は、
 「『今向世尊』従り下『懺悔』に至る已来は、正しく夫人、浄土の妙処は善にあらざれば生ぜず。恐らくは、余けん有って障えて往くことを得ず。是を以て求哀して更に須く懺悔すべきことを明かす。」

 およその意味は既にお分かりのことと思いますが、この文章は、韋提希が自分の救いの道、救いへの見通しをどのように思っていたのかという、韋提希の往生観が表わされている文章であることが分かります。

 ポイントが四つありそうです。
 (1)悪業・・・大事にしていた可愛い我が子によって七重の牢獄へ入れられた。あり得ないことと思う。しかし、かつての高殿(たかどの)から産み落としたことの罪など、もう過ぎ去ったことと思っていたが、そうではなかったのであろう。こうなってしまったといことは、悪業の報いとして、まだ残っている部分があるからであろう、と韋提希は考えた。
 (2)懺悔・・・悪業の罪を持ったままの身では、いくら世尊に教えを説いて頂き、観法を修したとしても、往生はかなわないであろう。なんとか懺悔によって残っている罪を消し去りたいものだ、と。
 (3)観法・・・懺悔によって罪を消し去り、観法(かんぽう)を行ずれば、必ず観法は成就するはずである。そのためにも、世尊にお願いして、なんとかこのような事情をもった私に哀れみをかけて頂き、懺悔を受け入れて頂きたい。
 (4)往生・・・我が悪業の残りを消し去るために懺悔しようとする、この思いを世尊に哀れんで頂きたい。そして懺悔し得てみれば、罪は消え、観法は成就して、それで往生できることになる。なんとかこの道を歩み抜いていきたいものだ、と。

三品の懺悔するひととひとし
 このように、韋提希の往生観によって貫かれていく。そのような展開となっているようです。
 こうして往生しようとする「清浄業処」が、じつは「彰隠密」の教えとして「本願成就の報土」を意味するのであれば、当然これへと連なる「求哀懺悔」も「彰」の意味を持つと考えられます。
 
 親鸞聖人は善導和讃の中に、次のような一首を造られます。
  真心徹到するひとは
  金剛心なりければ
  三品(さんぼん)の懺悔するひとと 
  ひとしと宗師はのべたもう (東496 西591 島12-29)
 
 ここで聖人は、真心徹到した人と、三品の懺悔をした人とを比べて、善導大師は「ひとし」と述べられたのだと言います。
 真心徹到の人のその真心は、善導が前の第二段落で言う「金剛の志を発すに非ずよりは、永く生死の元を絶たんや」の金剛心であることを表わして、両者は等しいのだと。

 「ひとし」ということは、ただ同じか違うかを判断しているのではありません。「三品の懺悔」という人間至誠の懺悔は、はたして実現できるものなのかということが問われなければならない。もしできなければ、では人は何によって救われるのか。人間に真の懺悔ができるのか、できないのか。懺悔において人間とはどのような存在なのかという、基本の問題が横たわっているのです。

 善導はこの問題を『往生礼讃』で述べます。まず三品の懺悔とはどのようなものか。
 上品(じょうぼん)の懺悔・・・身の毛孔(もうく)の中より血を流し、眼の中より血を出す者。
 中品の懺悔・・・徧身(へんしん)に熱き汗、毛孔より出ず。眼の中より血の流るる者。
 下品の懺悔・・・徧身(とお)りて熱く、眼の中より涙出ずる者。

 このように三品の懺悔を挙げて、さらに次のように述べます。
 「これらの懺悔ができる人は、解脱(げだつ)できる善根を永く植えた者である。仏法を大事にし、人を大切にし、たとえ小さな罪であろうとも身命を惜しまず懺悔すれば、『能く心に徹り髄に徹る。』
 このような懺悔が実際にできるのであれば、善根を植えた期間の長短は問わず、どのような重い障碍であっても、直ちにすべて滅するであろう。もしこのような懺悔ができなければ、たとえ夜を日に継いで頑張ろうとも、得るものはないであろう。」(趣意)(聖全680)

 そして結論として次のように述べます。
 「若し作さざる者、応に知るべし。流涙(るるい)流血(るけつ)等に(あた)わずと(いえど)も、ただ能く真心徹到する者は、即ち上と同じ」と。
 画期的な文章ですね。

 三品の懺悔ができる人はそれでいいが、できない人はよく知っておくべきである。それは、たとえ懺悔をして涙や血が流れなくても、如来の真心が徹到することによって、三品の懺悔ができた者と同じ結果を得ることができるのだ」と。ここに浄土門の教えがくっきりと光っています。

 ここに、三品の懺悔ができる人とできない人を分けているようですが、実際は、人は皆できないのであると、このことを強調しているのです。
 一応、道としては、懺悔をしていけば、三品の懺悔すべてができるという結果に至る。そのように道を描いて私たちを歩まそうとするのです。
 歩ませて、その歩みによって、自分の本当の姿とは三品の懺悔ができない者であったことを痛切に知らせようとするのです。

 この善導の領解に先だって、善導のご師匠であった道綽禅師は、懺悔と念仏の関わりを次のように述べています。
 「今の時の衆生を計るに、即ち、仏世を去りて後の第四の五百年に当たれり。正に是れ懺悔し福を修し、正に仏の名号を称すべき時の者なり。一念阿弥陀仏を称するに、即ち能く八十億劫の生死の罪を除却せん。一念既に(しか)なり。(いわ)んや常念を修すれば、即ち是れ恒に懺悔する人なり。」 (東359 西416 島12-190)
 
 この文は、道綽『安楽集』の最初の章である「教興(きょうこう)所由(しょゆ)」のところで述べられるものです。浄土の教えは、どのような理由があって興されたものであるかを明らかにするところです。
 その理由の骨子は、私たちを救う教えが成立する為には、「時」と「機」と「教」の何であるかを踏まえなければならないのだと。

 時・・・生きている今がどのような時代であるか。
 機・・・人はどのような性を持った者であるか。
 教・・・そのような人に合った教えであるか。

 これらをしっかりと受けとめて道が示されることが必須であると。

 親鸞聖人は『教行信証』の中でこの文を引用し、私たちを救う教えはどのような点を踏まえなければならないかを述べる時に、その前置きとして、特に人間とはどのような存在であるかについて、同じ道綽の次の文を引用します。

 「然るに修道の身、相続して絶えずして、一万劫を経て、始めて不退の位を証す。当今の凡夫は、現に信想軽毛(きょうもう)と名づく。また仮名といえり。また不定聚(ふじょうじゅ)と名づく。また外の凡夫と名づく。未だ火宅を出でず。何を以て知ることを得んと。『菩薩瓔珞(ようらく)経』に拠って具に入道行位を弁ずるに、法爾なるが故に難行道と名づく。」 (東358 西415 島189)

 一万劫という長い間勤め励み続けることによって、始めて不退の位を得ることができるとも言われている。かつてはそのような者もいたのかもしれないが、現代の人間は皆凡夫であって信心が薄く、わずかな風に吹かれても飛んでいくような軽い毛のような存在である。
 また菩薩という名で呼ばれても、それは名ばかりのものであり、なにも実態はない。往生などいつまでも定まらず、それどころか、わずかな煩悩でさえも断ち切られてはいない。
 
 そういうわけだから、燃えている家の中にいて、火が近づいていることをまったく知ることができない者のように、愚かで悲惨な存在なのである。経典には悟りに到達する段階が具に説かれているけれども、このようなお粗末な存在であるがゆえに、道は難行道と言わざるを得ないのだと。

 このように、私たち人間存在とはどのような者であるかを押さえて、果たしてこの人間に懺悔がどのようにできるのか、懺悔と念仏との関係がどうであるかを、これらを引用しつつ説いていくのです。
 
 先ほどの「今の時の衆生を計るに」の文に帰りますと、今の時代の衆生は、懺悔し道を歩み念仏を申すべき時を生きる者である。一念念仏することによって、八十憶劫の超えがたい罪を超えることができる。一念においてこうであるから、常に念仏すれば、恒に懺悔する人となるのであると。
 
 これらを受けて善導の「若し作さざる者、応に知るべし。流涙・流血等に能わずと雖も、ただ能く真心徹到する者は、即ち上と同じ」の領解があるわけです。
 涙が出るほどに、血が流れるほどに、我らは懺悔できる者であろうか。まさしく「作さざる者」ではないかと。
 この者に可能な唯一の道は、如来回向の金剛の信心を頂き、選択(せんじゃく)本願の南無阿弥陀仏を称すること、これ以外にはない。そこにのみ懺悔がなされるのだと。

 先ほどの善導の『往生礼讃』の中に、「仏法を大事にし、人を大切にし、たとえ小さな罪であろうとも身命を惜しまず懺悔すれば、『能く心に徹り髄に徹る。』」の文がありました。
 この『能く心に徹り髄に徹る。』の言葉はどう受けとめるべきでしょうか。「真心徹到」の「徹」の文字があります。
 
 「たとえ小さな罪であろうとも身命を惜しまず懺悔すれば」即ち私たちが誠意を込め自己の全体を挙げて懺悔の行為をすれば、そこに真の懺悔がなされるのだと。一応そういうことではあります。しかしと言うべきか。その懺悔を表わす表現「能く心に徹り髄に徹る」に「徹」の文字がある。それも「心に徹り髄に徹る」と、「心」と「髄」です。心と身を一貫するということですね。ということは「真心徹到」ということを暗に表わしているのではないのか。
 真の懺悔は如来の「真心徹到」によってのみ可能である。このことを心の底に据えて、三品の懺悔全体の文を善導は著わしているように思えます。
 三品の懺悔は、私たちにとっては「顕」の教えでしょう。涙を流すほどに、更に血を流すほどに懺悔せよと。なるほどそのように説かれれば、悪業をなしてもけろっとしている自分は、せめて涙を出してお詫びをするくらいはしなければならないと。
 更に、涙くらいではいけない。眼から血が流れるほどに。いやもっと強くして、眼から流れてこない血を外に向けて強く流し出すほどに、お詫びの気持ちを強く持って懺悔しなければいけないと。 そのように思い至ってみれば、否定することはできない。そうだ、少しでもそのようにさせてもらわなければと、自ら奮い立って懺悔の道を歩もうとする。このような歩みは、できるできないにかかわらず、一度は強く決意をして取り組んでいくべきものでしょう。

 この「顕」の懺悔の要請を、韋提希は釈尊に向けておこなったのです。韋提希の上にこの懺悔の思いが起こることを、釈尊のほうこそが待っておられたのでしょう。これで韋提希に、如来の回向によって、真の懺悔が成立する日が必ずやってくるのだと。
 その真の懺悔こそが、真心徹到によって生まれ、一念念仏申すところに具体的に開かれるのだと。「顕」の次元で世尊に向け求哀懺悔する韋提希。それを見て、「彰隠密」の次元で真の懺悔が韋提希の上に成就することを願われる釈尊。 
 
 「顕彰隠密」の教えが噴出するその場は、人間と仏陀が、やがての日に一つとなって出遇う、その出遇いに向けて、人はどこまでも自己に立って出発し、仏は人のその歩みを内に深い願いを持って待つ。
 教化の次元での出遇いが今から始まる。それはすなわち方便の教えに基づく展開が今から始まるということなのです。

大樹の倒れるように
 さて「今世尊に向いて五体投地し求哀懺悔す」と、求哀懺悔をするのに韋提希は「五体投地」をします。
 それは礼儀を尽くしたということでいいのでしょうが、「求哀懺悔」が「彰隠密」の意味を持ち得るという視点は、文脈を通じてみて獲得することができるでしょう。このことを第三段落の最後に少し考えてみたいと思います。
 
 「五体」は、額、両(ひじ)、両(ひざ)ですが、要するに全身のことです。「五体投地」は礼拝の至極を表わします。諸経典はその姿を、「斫樹(しゃくじゅ)の倒るるが如し」「大山の崩るるが如し」と表わします。
 「斫樹の倒るる」とは、切られた大きな樹が、支えるべき何ものをも失って、重力に引かれるままに、どさっと倒れる姿を表わしているのでしょう。
 また「大山の崩るる」とは、岩や土の大きな塊が、地震や大水などによって山の本体から離され、これも支えを失って、自然落下のように崩れ落ちる姿です。

 二つの(たと)えに共通していることは、樹も岩も土の塊も自分の意思で倒れるのではなく、みな自己という主体をある意味で失い、ただ重力の力だけに則して倒れるということです。この倒れ方は何を意味しているのでしょうか。

 いかに自分の全体を投げ出したと言っても、もしそれが自分の人間的私的な思いで投げ出したのであれば、それは不純な行為ということになります。不純な行為が全身をもってなされたのなら、余計に問題は大きい。
 そうではなくて、もはや自分の私的思いはなくなり、自分の動きはただ如来によってなさしめられるようになったと。重力で如来のはたらきを喩えているわけです。
 倒れて地に身を投げ出す時に、怪我や痛さなどのはからいがすべて消されて、ただ如来のなすがままに身を投げる。そのイメージを「斫樹の倒るる」や「大山の崩るる」という表現がよく表わしているように思えます。

 特に「斫樹の倒るる」の(たとえ)には胸を打たれます。自己の内にいろいろな思いが渦巻く。仏法もあれば、世間心である煩悩もある。
 その中で、如来にひれ伏す時もあるでしょう。しかし、その行為を生み出している心は、じつははからいで満たされている。ひれ伏したにしても、地面に着く直前に手を出し、わが身を地面との「衝突」から守ろうとする。このはからいの心とは何なのか。

 韋提希の懺悔も今は、直前に手をつく懺悔なのです。瞬間に手を出すその心を持って、韋提希は歩み始める。問題を持ったまま、人は歩み始めるのです。
 そして必ずいつの日にか、「斫樹の倒るる」ように、どさっと、大地一面に響き渡る音を発して倒れ、懺悔する韋提希の姿を見ることができるに違いありません。

 懺悔するその前の身と心は、後の身と心と同じ。たった一つ異なったものになっていくのは、至誠心による聞法求道の不断の歩みが、自己を知らせ如来に目覚めさせるということ。初めの心身とやがての心身が、このことで大きく異なっていくのです。自覚内容の変化、自覚の深さの変化です。
 同じ一つの身心が、始めは「顕」の意味として存在し、やがては「彰隠密」の意味で受けとめるべきものとなる。同じ一個の存在が、根本的に存在の位置を変えていくのです。

 「顕彰隠密」の教えは、一つの事象を見る見方を、二通りに見ることを表わす教えであると同時に、見られる事象に即して言えば、一つのものでありつつ、当初と異なったものに変わっていく教えでもあります。
 はからいに満ちた煩悩具足の凡夫が、如来に出遇い、如来の力を頂き、如来に懺悔する煩悩具足の凡夫へと変わっていく。その変化の大きな幅を、堂々と表わしていく教えなのです。

 『観経』はこの「幅」を説く経典と言えるでしょう。迷いの中を、なんとか道を切り開こうと、迷いの心を以てする人間が、迷いを抱えて歩み歩んで、照らされ照らされ抜いて、ついに、如来に出遇い、如来のお心の如く自らのいのちを人生の上に運んでいこうとする。
 そこにある無私の精神。無私の心の上にある如来の精神。私たちの歩みも、この幅を歩み超えていくところにあるのです。

 親鸞聖人は、「正信偈」を作製する時の自らの基本姿勢を、曇鸞大師のお言葉を借りて、
 「動静、己に非ず、出没(しゅつもつ)、必ず由あり」 (東203 西202 島12ー49)
 と表わしました。

 動くも止まるも何をするも、自分の考えを主張してするのではない。すべて如来のお心のままになすのである。この姿勢こそが、真に如来と関わる基本姿勢、すなわち恩を知って徳に報いる「知恩報徳」の姿であるのだと。

 如来に出遇った人は、如来を讃えていく。それは龍樹和讃の
 「智度論にのたまわく 如来は無上法皇なり  菩薩は法臣としたまいて 尊重すべきは世尊なり」 (東490 西579 島11ー24)
 の世界でしょう。
 「無上法皇」に出遇い、「法臣」として生きていく。ここに、人間存在の、真の、そして本来の、生きる姿があります。

 その人生において、真に救われていく者となる歩みが今始まろうとしている韋提希。
 出発を前にしてわが内にあるものは、無明煩悩我執の心。哀れなるかな韋提希。哀れなるかな人間。
 しかし、道があるのだ。人生のその長い時は、あたかも道を歩むために一定の長さを持っているのかもしれない。韋提希よ、あなたにも、道を歩む長い時が与えられてあるぞ。

 韋提希よ、因縁恵まれたその時に、道の行者として雄々しく立ち上がって、全力をもって歩んで行けよ。世の雑音に惑わされてはいけないぞ。ひたすら聞法に徹し、その身の現実をもって歩み抜くのだ。
 辛い時もあろう。砂を噛むような時もあろう。憤りに焼かれる時もあろう。順調に思えて中身が空しい時もあろう。何も感じず無意味に思える時もあろう。
 すべて、それでいいのだ、それがあなたの現実。それを受けとめて教えの前に立ち帰ること。これだけが歩み。これによって道が開かれる。
 そして時来たって、握りしめ、しがみつくものを何一つ持たずに、その手を離して、ただ重力の力に身を任せるように、全身心を一つにして大地に倒れ、大地を叩く。その時が来るぞ。必ず来るぞ。
 その時まで、韋提希よ、しっかり歩め。頑張れ、韋提希! 


三)韋提希、さらなる歩み

出発あるがゆえに到達がある

 さて、今回はこのあたりまでですが、この先はどのようになるのか。前後の流れを踏まえて、少し展望してみようと思います。
 今、序分の欣浄縁のところを頂いています。序分はなかなか大変な内容に満ちている感じですね。その中でも、厭苦縁から欣浄縁への展開の重要さは、胸に迫ってくる感じがします。
 それはなぜなのか。生死の迷妄と苦海にどっぷりと浸かっていた者が、真実を求め真の救いを求めて立ち上がる者へと変わっていく姿を描いている場面だからでしょう。今読んでいる欣浄縁は、その「立ち上がる」歩みを(つぶさ)に説いているところなのです。
 
 私たちは結論を求めやすい。結論となる答えを得ることができれば、それでいいと思いやすい。これは人間の迷いです。物事は、結論だけでできていない。問いがある。問いがあるがゆえに答えがあるのです。
 問いがなければ答えはないのです。答えを答えとして支えているのは問いなのです。しかし、人間の迷いは、問いを問わず、答えとなるものだけを得てよしとします。しかし、そこには真の救いがあるのか。答えを手に持って、なお救われていないという事実はないのか。愚かで悲しい人間の姿がそこにあります。
 
 『大無量寿経』が説く如来本願による人間の救い。これを『観無量寿経』は釈尊が韋提希に教えを説くという形の上で、具体的に表わしました。
 その時に、この経典がしっかりと睨んだことは、問いを明確にすること。因果の道理に立って、その因を明らかにすることであったのです。

 すなわち、迷妄の底にあり、仏に背いていた韋提希が、なぜ、どのようにして、仏法に耳傾け、仏道を歩もうと立ち上がる者となったのか。彼女はいかにして仏道を出発する者となったのか。
 やがての救いという結論から見れば、問いでもあり因でもあるこの出発の、その前後の様子はどのようなものであったのか。迷妄の現実から、立ち上がり求め歩んで、ついに如来本願成就の者となる。その救いの全歴程を網羅して一大原理を打ち立てたのが第十八願成就の文であったのです。
 
 救済の原理を説く『大経』の、苦悩の衆生における実践版であるならば、『観経』においては必ず「出発」の内容が詳しく説き明かされなければならない。そうでなければ、本願成就の姿が不明瞭なままに終わり、『観経』は『大経』の実践編の位置を失ってしまうわけです。
 
 『観経』における、韋提希の出発から本願成就に至るまでの歩みを、『大経』の第十八願成就文に返せば、「諸有(しょう)衆生 聞其(もんご)名号」の個所に相当するでしょう。世尊を通して聞法を続ける韋提希。その歩みは自己の真の姿として押さえられる本願の「機」を照らされ知らされていく歩み。「諸有衆生」の自覚がなされていきます。
 十八願成就文が、「諸有衆生」と、我らの自覚が主語となって展開する限り、十八願成就を表わす『観経』は、「諸有衆生」の実態を明らかにしなければならない。それによってはじめて『大経』の実践編の位置を確保することができるのです。
 
 韋提希の迷妄の現実を「王舎城の悲劇」(禁()縁・禁()縁)が表わし、遇い難き仏との出遇いを、自来赴請した世尊との対面の場(厭苦(えんく)縁・欣浄(ごんじょう)縁)で表わし、如来本願の教えを聞く姿勢の確立を、凡夫の自覚の始まり(散善顕行縁・定善示観縁)で表わした。
 そして正宗分に入って、阿弥陀の浄土の教えを聞き、自らを照らされていく。照らされ照らされて、如来を無視する深い迷妄悪業の自己に目覚める時、そこに、如来自らが来たって、来たった如来に韋提希は遇うことができる。ここに本願成就の者の誕生があるのです。

 主人公が世尊から教えを聞く段階が正宗分とするならば、教えに背く者における十八願成就を表わす『観経』は、正宗分以前の内容が途方もないほどの長さと深さ、そして複雑さと困難さをもって説かれなければならない。それは『観経』の宿命です。
 その「途方のなさ」が人間の迷妄の量と質を表わしている。簡単に単純に救われない存在であるがゆえに、救いの道に立つまでに起こるべきことは、筆舌を超えたものがあると言うべきでしょう。 いったい、仏法に背を向けている者は、何をどのようにすれば、自らを(ひるがえ)して仏法に向かうようになるのでしょうか。
 
 気が遠くなり、(さじ)を投げ出したくなるようなこの問題に、真実の慈悲と智慧の総力を挙げて取り組もうとされる釈尊。そのはたらきかけを受けて、韋提希の中に生じる微妙にして重大な変化の数々。
 『観経』はこれを説き、その深い趣旨を確かに受けとめて、善導はさらに見えざる事実に肉薄し、仏と人間との出遇いの場、そこで必ず起こる仏の方便と人間の内面の変化。これらに尋ね入り、描ききっていこうとするのです。

歩みを確認する段落また段落
 『観経』の序分は長い。翻って、二十一世紀を生きる我々人類は、今どこにいるのか。依然として序分の中にいると言うべきではないのか。依然として仏に背き、自己を悟らず、悲劇を繰り返していく愚かなあり方に沈んでいるわけです。
 「人類の歴史」を舞台に繰り広げられる『観経』は、まだまだ序分の域を出ることができないでいます。耆闍崛山(ぎしゃくっせん)よりやって来られた世尊に向かって、あなたが私をこのように不幸にしたのだと、悪態をついているのでしょうか。『観経-人類の歴史編』の序分はいつまで続くのでしょうか。

 厭苦縁から欣浄縁にかけての一文一文、一句一言は、人間とは何かが明らかにされ(ひもと)かれていく展開になっているようです。複雑に絡み合った糸を丁寧にほどいて、そしてほどき得るのは、ただひとり世尊だけです。
 善導大師は、その世尊のお力を仰ぎつつ、韋提希の上に説き述べられるお言葉に宿る真実なるもののはたらき、仏法というはたらきを、丁寧に受けとめて行くのです。

 私たちは、序分の第一段階、人間の悲劇性を明かす禁父縁・禁母縁を終え、第二段階、仏と人との出会いの場面である厭苦縁、そして今欣浄縁を頂いています。
 善導大師が経文を一段一段と分けて行かれたように、事態の進展は(わず)かながらも一歩一歩と進んでいる。経文を一節一句と分けていくことが、仏と出遇っていく韋提希の歩みを一つ一つ確認していく作業なのでしょう。今第三段落まで読んできました。

 続く欣浄縁の第四段落は、「正しく夫人、通じて去行を請う」と、自らの力を肯定して真実を求めようとする韋提希の姿が浮き彫りにされます。

 そして第五段落は、いよいよ、韋提希の態度を決定させる「光台現国」の教えの登場です。世尊の限りなく深い慈悲と智慧のはたらきが、迷妄の韋提希の前に、大きく開かれていきます。

 世尊は韋提希に無数の諸仏の世界を見せます。これを見た韋提希は、様々な世界をそのように諸仏の世界たらしめている根源の阿弥陀の浄土に、自分もまた生まれたいと楽うのです。この教えを説き、そして聞くことができるまでに、世尊も韋提希も、それぞれに歩んだのです。
 「光台現国」の教えは序分の大きな山だと言えるでしょう。親鸞聖人は、この教えを説かれた釈尊を、「恩徳広大釈迦如来」と讃え、その広大なご恩を明瞭に確認して行かれます。

 続く第六段落以降は、「光台現国」の教えによって現わされた無量の諸仏の国の中から、韋提希は阿弥陀の国を選び取り、自ら立ち上がって、阿弥陀の浄土こそわが生きるべき世界であることを宣言します。
 ここに、反仏教的存在であった者が、仏教こそわが生涯にわたって聞いていくべき教えだとする者への転換がある。仏に背く者が仏に向かい始めた。迷妄の凡夫が仏道を出発したのです。

 韋提希の出発がここにあります。これまでは出発のための序論であったのです。序分全体のテーマは「出発」。この欣浄縁における出発の宣言を頂点にして、序分の全体は構成されていると言っていいでしょう。
 
 この出発の構図を明らかにして我らに与えることが、『観経』を説く目的となる利益の一つなのです。経典は我らの救いを説くことを目的とする。救いとは何かを私たちに教えるという大きな利益があります。
 しかし、それだけではない。その救いはどこからもたらされてきたものか。なぜそれが救いだと言えるのか。それは、救いを求めての出発があったからです。出発が道を自らに辿り寄せ、教えを聞き抜いていく歩みまた歩みをなさしめて、ついに本願成就の身とならせたのです。

 答えは問いが生み出すもの。問いがなければ、答えだけを仮に握っても、なんのはたらきもせず捨ててしまうことになる。問いが、わが人生のある時に杭を大きく打つほどに明瞭であるならば、答えは、真に私に力を与える答えとして、眼前に現われるのです。答えを答えとして頂き、それによって生かされることほど有り難いことはないでしょう。
 この道理に基づいて、『観経』は力を込めて問いを表わす。出発を大きく取り上げ明瞭に説いていくのです。この問いである出発の姿を、もう少し時間をかけて頂いていきたいと思います。

 今回はこれで終わります。次回は韋提希に、さらに一歩あゆんで頂きましょう。どのような歩みが展開するのか、皆様と共に楽しみに待ちたいと思います。

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