今よみがえる観無量寿経 第19回 「欣浄縁(2)」
 

るいれつの会講義録

講師 岡本 英夫先生

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  ≪聖典の引用について≫
     聖典の引用箇所を左の略字で示します。
        東=東本願寺聖典
        西=西本願寺聖典(注釈版)
        島=島地聖典






 ≪善導大師『観経(四帖)疏』の出典について≫
    出典の頁を左の略字で示します。
       親全=『定本親鸞聖人全集 第九巻』
       聖全=『真宗聖教全書第一巻 三経七祖部』
      ノート=『観経疏ノート(深浦倫雄監修)』


(一)この濁悪処は


現実に翻弄されて生きてみて

 続いて「欣浄縁(ごんじょうえん)」の第二段を頂いていきましょう。経文は、
 「此の濁悪(じょくあく)処は、地獄・餓鬼・畜生盈満(ようまん)して不善の(ともがら)多し。願わくは我れ、未来に悪声を聞かじ、悪人を見じ」(東92 西90 島2-4)

 前号で、仏を(そし)らざるを得ないことが人間の根源的な「苦」であり、これが「厭苦(えんく)」、(いと)うべき人間の苦であることを申しました。
 濁悪処とは何か。これは、韋提希が自らが生きる世界のことを表わした言葉です。自分が生きる世界、それはいろいろな意味で自分を支え生かす世界です。その世界を「濁悪処」と表わせば、では、そこを生きる自分はどういうことになるのか。また、そのようなことが本当に人に言えるのか。そこに地獄・餓鬼・畜生が満ち(あふ)れているとはどういうことか。どうして不善の(ともがら)が多くなるのか。
 韋提希(いだいけ)と自らの世界との関わりにおいて、韋提希の自覚の扉が開かれます。この一段は、苦を本質とする人間が願いへと転じる、その転換点を表わそうとする、人間存在の最深部を明かすところだと言えるでしょう。

 善導大師はこの文を次のように受けとめます。
 「正しく夫人、所厭の境を挙出することを明かす。此れ、閻浮(えんぶ)(すべ)て悪にして、未だ一処として(とん)ずべきこと有らざるを明かす。但し幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」(親全83 聖全485 ノート87)

 まず、全体の受けとめが「正しく夫人、所厭の境を挙出することを明かす」です。韋提希が、苦しみゆえに厭うべきところの世界を挙げ出だすのだと。「挙出」は、押し出して明瞭にすることですが、この意味と同時に、親鸞聖人はここを「()じ出づる」と読まれており、二つの意味を重ねて表わしているようです。
 形の上では厭うべき世界を表に明らかに出した。しかしそれは、簡単にすました顔をして出したのではない。厭うべきまさにその苦の世界を、その苦をもろに受け、わが存在をよじるようにして苦に耐えつつ、なんとか歩んで表わしたのだということです。韋提希の戦いの歩みをまずそのように表わしたと言えます。

 所厭の境を挙出することにどのような意味があるのでしょうか。厭うべき世界とは具体的に何であるのか。それが明らかになることによって、厭う行為とはどのようなものかが逆に明らかになります。
 表面的なことを厭うのであれば、その厭う行為は当然浅いものだということになる。しかしそれが、もうそれより向こうはないと言えるような人間の深奥の事実であればどうか。人間のその奥の事実を厭う心は、これもまた深く、より真実に近い行為と言わねばならないでしょう。今、所厭の境を具体的に明かすことによって、いかに韋提希が深く自己を尋ね入ったかを表わすのです。

 次の文が、韋提希の自覚的内容を表わします。
 「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす。但し幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」
 この箇所の前半の原文は「此明閻浮総悪未有一処可貪」です。普通ならば、「此れ、閻浮は総て悪にして、未だ一処として(むさぼ)るべきこと有らず」と読むでしょう。「閻浮、即ちこの現実世界は総て悪であって、貪り執着すべきところはじつは一つもないのである」と、現実世界とはどのようなところかを説明した文章になります。
 ところが後半に進んで、「幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」つまり、夢幻を追う生き方ばかりをすれば、生涯苦しみばかりを味わうことになるのだと。執着すべきでない世界を執着すれば、苦しみばかりの人生となるという娑婆(しゃば)とそこでの生き方について述べていることになります。

 しかし、親鸞聖人の読み方は、微妙ですが、これとは異なります。この読み方がとても大事なものになるのです。
 「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす」。このように読まれます。要するに、韋提希はその境を()じ出でようとして力を尽くしたが、いかにそこが厭うべき境であったかを自らの身を以って明らかにした。
 経文の「此の濁悪処は、地獄・餓鬼・畜生盈満(ようまん)して不善の(ともがら)多し。」と韋提希が言ったのは、説明を述べたのではなく、自らの歩みによって出遇い確認したことを言ったのだということになるです。

 両者の読みの違いは、「閻浮は総て悪にして」と「閻浮の総て悪にして」との違い。もう一つは「明かす」をどの位置につけるかです。親鸞の「閻浮の総て悪にして」の読み方からは、「私は現実の総てを生きてみたが、そこは現に総て悪であった! 」という韋提希の悲痛な、しかし同時に確信に満ちた叫びの表現となります。
 これを普通に「閻浮は総て悪にして」と読めば、そもそも閻浮というところはどういうところかと言えば、それはこういうところであってという、説明的な文となってしまう。
親鸞聖人の眼には、阿闍世や提婆や頻婆娑羅王との関わりの中を、厳しく(あえ)ぎながら()じのぼるようにして生きて、そこに絶対の幸せという解決を求めた韋提希の姿が明瞭であったのでしょう。『観経』の中を人間の代表として、即ち親鸞自身として生きている韋提希をしっかりと押さえていたのだと思えます。

 そこから親鸞が見出したものは何か。「厭苦」から「欣浄」への転換の一点を見出したのではないか。経文の「此の濁悪処は、地獄・餓鬼・畜生盈満して不善の聚多し。」の文を、「閻浮は総て悪にして」ではなく、「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす。」と、善導の「此明閻浮総悪未有一処可貪」を読んだのです。
 「此の濁悪処は」と韋提希が述べたことは、決して現実についての説明的解釈ではなく、韋提希自身が現実に遭遇して、自らの存在の底まで苦の嵐によって翻弄(ほんろう)された。そこには、名利に狂い、無垢純真な子をだまして地獄に突き落とす提婆がいる。また、人にだまされたとは言え、親愛無比の親を殺そうと自らの思いを変える我が子がいる。
 そして、その我が子によって、責任をすべて受けとめて殺されていこうとする主人がいる。さらには、仏陀とは言っても、この事態になんの力も果たせないかに見える釈尊がいる。この現実に韋提希は翻弄されたのです。

 その翻弄の大波を幾重にもかぶる中、韋提希の人生観は次第に徹していく。かつてはこの世界この現実に夢を描き希望を持って望むことができた。素晴らしき世界であった。それが今、その正体が一つまた一つと露わになり、ついに正体のすべてを自分の前に表わした。それが「濁悪処」の宣言であったのです。
 「此の濁悪処は」というのは、「ここは濁悪処なんです。はっきりとわかりました! 」という韋提希の宣言なのでしょう。親鸞聖人は、その韋提希の気持ちを表わしてか、善導の「此明閻浮総悪」の文を、「此れ、閻浮は総て悪にして」と読まずに、「此れ、閻浮の総て悪にして」と読んだ。
 僅かな違いですが、善導の文を変えるわけにはいかず、訓点を変えるだけで大きな違いを表わさなければならない。それが「閻浮は総て」と「閻浮の総て」の違いの意味するところなのではないでしょうか。

かつて苦の中をあえいだことの意味
 ではこの読み方は何を意味するのか。この読み方で善導と親鸞聖人は何を明らかにしようとするのでしょうか。
 「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす。但し幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」親鸞はこのように、韋提希の上に決然とした認識がなされたことを表わします。
 「明かす」をどこにつけるか。普通の読み方であれば、「此れ、閻浮は総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らず。但し幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲むことを明かす」と読むでしょう。娑婆の道理が明らかになったことになります。

 しかし親鸞は、「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす。」と、ここに「明かす」をつけたのです。普通の読みでは、貪ずべきでない悪の現実を、人は愚かであるがゆえに貪じて苦を受けるものであることは明らかである、となるでしょう。
 それを親鸞は、「此れ、閻浮の総て悪にして、未だ一処として貪ずべきこと有らざるを明かす。」と、即ち現実とは何であるかを明らかにしたと、ここに「明かす」をつける。韋提希は現実の正体を明らかにしたのだということです。
 ではなぜ韋提希はこれが言えたのか。それを表わすのがこれに続く文の役割です。「但し幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」。即ち自分は全く愚かであった、と言うことです。韋提希の愚の自覚がここにある。この愚に覚めずに、現実の中に夢を追っていったのだと。挙げ句の果てに釈尊に責任転嫁の恨みをぶつける始末。なんと愚かであったかと。この愚かさは、決して行ってはならない、仏陀を責任転嫁して責めるという行為をもおかしてしまう。

 夢を追い、夢に破れ続けながらも、最後は仏陀までも責める。この一連の行為を韋提希になさしめているものとはいったい何なのか。韋提希は何をしようとしているのか。それはただ一つ。救われたいということ。「欣浄」ということなのです。もちろん、まだ浄土を願う純粋の「欣浄」そのものには至っていません。しかし、方向は大きく言って同じ。救われたい! この願いなのです。
 人間の一番底にあるうごめくもの。人間存在とは救われる方向をその存在が常に指し示している。一人の人をここに置けば、彼は置かれたままに甘んじて、その通りにじっとしてはいない。彼は必ず西を探し、西に向かって止まる。それが人間という生き物なのです。
 この生き物は救われる為にこの世に生まれた。この世に生まれての最大の仕事、ある意味では唯一のなすべきことは、救われるということ。これが人間なのです。

 このことに関連して、やがて正宗分に進み、第三観の地想観の中で、次のように説かれる場面があります。「仏、阿難に告げたまわく。汝、仏語をたもち、未来世の一切大衆の、苦を(まぬか)れんと欲せん者の為に、是の観地の法を説け」(東97 西95 島2-8)
 これは、釈尊がこれから韋提希に浄土のはたらきを詳しく説こうとするところです。説かれた浄土の教えをどのように聞いて歩んでいけばよいかを釈尊は韋提希に示し、阿難には、今から説く浄土の教えを未来の人たちにしっかりと伝えるのだよと流通を命じます。

 その時、では未来の人とはどのような人であるか。それを「苦を(まぬか)れんと欲せん者」と表わしています。さらには、序分の最後の定善示観縁というところで釈尊は、「如来、今、未来世の一切衆生、煩悩賊の害する所となる者の為に、清浄業を説かん」と述べます。(東95 西92 島2-6)
 苦をまぬかれようと願っている者の為にこの教えを説けと言われ、さらには、煩悩によって害せられている者の為に自分は教えを説くのだと言われる。釈尊の衆生を見る眼は、煩悩や苦と共にある衆生を見ておられるのです。その煩悩や苦とは、衆生自身においてはいったい何なのか。単なる邪魔者なのか。自分を困らせるものだけなのか。

 善導はこの地想観の文を解釈するに際し、意外とも思える文を引用します。それは『清浄覚経』からのものですが、「もし人、浄土の法門を説くを聞きて、聞きて即ち悲喜交わり流れ、身の毛(いよだ)つことをなす者は、まさに知るべし。この人は過去に既にかつてこの法を修習して今重ねて聞くことを得て、即ち歓喜を生じ、正念に修行して、必ず生ずることを得るなり」(親全124 聖全507 ノート129)

 お釈迦様は阿難に未来の衆生に浄土の教えを説けと命じられます。もし阿難が浄土の教えを説き、未来の衆生がこれを聞いて、自らの誤りを悲しみ、浄土の教えに出遇えたことを喜び、その悲しみと喜びに身も震えるほどになる者があれば、その人は過去においてじつはこの教えを一度聞いたことがある者であり、今が二回目の聞法なのだ、と。

 これはどういうことでしょうか。形の上では、その衆生は過去に浄土の教えなど聞いたことはない。いや、存在すら知らなかったかもしれない。その者が因縁恵まれて今初めて浄土の教えを聞くようになったのではないのか。
しかし、善導はそうではないというのです。人は初めて浄土の教えを聞くことによって、最初はともかく、やがて、この教えに強く反応するようになり、自己を照らされて深くお詫びをし、如来の真心に出遇って大いに喜ぶようになるでしょう。
そうなるのは、じつは、かつてこの教えを聞いたことがあるからであり、それが素地となって、いわゆる宿善となって、今、二度目のこの聞法において、身の毛がいよだつほどに、全身をもって教えに反応することができる者となるのであると。

 ではかつての最初の聞法とはいったい何なのか。それが、現実の諸問題の中で苦しみ喘いでいた、あの現実との闘いの日々のことなのです。なぜ自分にこのような苦が押し寄せるのか。矛盾を感じ、理不尽さに胸を焼かれ、運命を呪い、あるいは不甲斐なさに意気消沈した。
 それら現実との苦しみながらの闘い、いかにすればいいのか、光の見えないところでの喘ぎ、その一歩たりとも進めなかったかに見えるかつての闘いは、じつは如来に向かって歩もうとする喘ぎだったのです。
 苦しむ行為は単に苦ではなかった。苦しむことが、如来に向かう営みだったのだ。あの時はあの行為が如来への歩みだったのです。わが人生において、引き裂いてしまいたいほどの暗く惨めで死んだような時と内容だったけれども、あの迷いの喘ぎの総てが如来に向かっていたのだ。あれが、あの時のわが聞法だったのだ。わが人生における第一回目の聞法だったのだ。善導は、かつて人が苦の中にあったことには、このような確固たる意味があるのだと見出していくのです。

 これは驚きの領解です。と同時に、人間とは何なのかがよく表わされている領解のようにも思えます。人は、どんな状態にあろうとも、どんな時であろうとも、如来に向かっている。人の中の羅針盤は、常に如来に針を向けている。私の生きる意味は如来との出遇いのところに成就するのだと。それが私なのだと。それが人間なのだと。今私がどんな境遇にあろうとも、断じて私は如来に向かって生きる存在なのだと。
 これが人間なのだから、これがその人がこれまで歩んできたことの真の意味なのだから、だから阿難よ、未来の衆生に、この浄土の教えを説けと、お釈迦様は強く勧められるのです。
 そして、その教えを説く時には、聞く者も一生懸命になるだろうけれど、説く者は不惜身命になって説くのだぞと命じられるのです。人のいのちを真に解放する教えを説くには、説く者もいのちを捧げなければならないというのです。

 お釈迦様が弟子の阿難に、未来の衆生への流通をこのように命じられたということは、仏法というものは誰が説こうとそのようなものであるということでしょう。今これを韋提希に説いているお釈迦様も、自ら述べるように、不惜身命になってこれを説いているということですね。
 相手の韋提希は、深淵の底にあって苦しんでいる。しかし、韋提希の苦しみは、単なる苦しみではなく、必ず如来に向かっての苦しみなのだ。人間の苦は本質的にその意味を持っている。苦に向けて呼びかける如来本願に出遇ったお釈迦様には、このことがよくおわかりなのでしょう。

 この人間存在の苦の本質が、待ちに待った仏に出遇い、凍って埋もれていた状態から、温められ芽を吹いて、ついに本質発揮、欣浄・厭苦となって展開するということではないでしょうか。
 人間は単なる無方向の物質的存在ではない。自らの存在そのものの救いを深く願い、それ故にあらゆる行為を如来に向けて為している。ただそのことは、自己自身にも気づかれないほどに初めは深く埋もれている。しかし、仏に出遇うという至高の縁に触れて、いよいよ動き始める時、そこに欣浄・厭苦の大いなる心の展開がなされていくのです。

人を出発させる教え
 『観経』の正宗分が終わった時、お釈迦様はこの経の最大利益を二つあげられたのだと善導は受けとめます。「得益分(とくやくぶん)」です。その二つとは、第一に、韋提希が本願念仏の教えを聞く道を歩み始めたこと。第二に、歩みを通して韋提希の上に本願念仏がついに成就したこと、です。
 第二の本願念仏の成就は、これこそ仏教の目的ですから、当然この経を挙げての利益と言うべきです。しかし、第一の、本願念仏の道を歩み始めた、ということはどうでしょうか。
 私たちの思いとしては、教えを聞いてゆけば、そのうち救われるのではないかという聞法観があるかもしれません。この考え方には「出発」はどうなっているか、そこが非常に曖昧です。教えを聞いているのだから、出発は既になされているのではないのか、という漠然とした出発観しかないと言うべきでしょう。

 しかし、善導は、「出発」は『観経』挙げての二大利益の一つだと確固と位置づけるのです。なぜそのような位置づけになるのか。それは、そもそも出発をしなければ、なされるべき歩みも、それ故に目標到達も起こりえないという、当然の道理がまずあります。
 では出発をすればいいではないか。そこが問題なのです。真実への道を歩み始めることが、私たちにとっていかに難しいことであるか。この問題が根本にあるのです。如来真実に背を向け、自己を無自覚的に肯定している存在。これが人間です。真実への道の出発は不可能とも思えます。しかし、出発し、歩み、真実に至らなければ、人間の救いはない。これは大鉄則です。

 そこで如来は、求め、歩み、選択し、工夫して、人を出発せしめる教えを明らかにされた。その教えをもって、今韋提希のところに現れたのです。即ち、出発は可能である。不可能と思えた出発は、如来によって可能となった。この世界はこの出発を可能にせしむる教えを内に孕んでいるのです。
 この世界は、真実に向けて出発できない世界ではない。出発せしむる教えを如来は成就してくださったのだ。このことを今高らかに宣言しなければならない。厭苦縁、欣浄縁を経て、韋提希はついに出発する。存在の底に大きな問題を持ちながらも、すべてが許され認められて韋提希は出発する。ここに人間の勝利がある。真にこの世界の中で打ち勝つことができるのです。

 今日は初めに、この第二段落が持つ大きな問題点を、基本的なところで考えてみました。次の時間は、もう少し善導の言葉に即して考えてみたいと思います。


(二)厭苦と欣浄、そして釈尊

我が現実の中をよじいづる

 韋提希が自らの現実の中を生きて、そこで明らかになってきたことは、「総て悪にして、未だ一処として(とん)ずべきこと有らず」ということでした。「貪ずる」という表現が使われています。
 貪ずるは貪欲(とんよく)ということで、人間の根本煩悩です。迷う原因はここにあります。その迷いの原因のところで、わが現実が見えてきた。ここに解決の道が開かれるということがあるのです。
 人は迷いのところで解決が図られなくてはならない。当然のことなのですが、案外そうならないことがある。迷いの自分をそのままにして、それに何かよいものを加えるようにして解決を図る。或いは迷いを引き起こしている心に目を閉じて、あまり問題でないような考え方に目を向けることによって解決を図ろうとしやすいのです。

 しかし、どんなに外に何かを加えても、迷いの因そのものは内に変わらずにありますから、何かを加えれば解決するという思いはいつも裏切られる悲惨な歩みとなります。また逆に、内なる問題点を削り取っていけばいいと思ってやっていっても、迷いの因そのものにはメスを当てることがないのですから、削られるという厳しいあり方で、しかもいよいよ迷うという、これまた悲惨な姿となります。
 それでは初めから迷いの因を表に出してやっていくか。それはできない。ではどうするか。そこに難しさと苦しさがあるのです。

 韋提希のやり方、それが即ち私たちのやり方を表わしているわけですが、それは「挙出」というものであった。この一段の全体像を善導は「所厭の境を挙出することを明かす」と押さえます。挙出とは厭うべき世界の姿を表てに顕わし出すことで、この一段はそれが説かれているのだというのが大枠の意味合いです。
 しかしそれと同時に聖人は「()じ出づる」と読んだ。つまり、現実の中を攀じ出づるような歩みをすることによって、その現実が厭うべき世界であることを挙出することができたのだということでしょう。

 「攀じ出づる」、独特な表現ですね。少し先の序分・散善顕行縁の善導の解釈の中に、「『汝当繋念』という以下は、正しく凡惑障深くして、心多く散動す。もしたちまちに攀縁を捨てずば、浄境現ずることを得るに由なきことを明かす」という言葉が出てきます。
 これはお釈迦様が韋提希に「汝今知るやいなや。阿弥陀仏(ここ)を去ること遠からず」と言って、お前は阿弥陀を遠くに見ているが、阿弥陀は今此処にましますのだぞと、迷いの韋提希の最大の盲点を突く教えが説かれます。
 では、遠くにいるような阿弥陀が、なぜ私のそばにおられることがわかるようになるのか。その道筋をあらわす不可欠の歩みを、「汝まさに彼の国の浄業浄者を懸念諦観( け ねんたいかん)せよ」と示されるのです。

 その「懸念諦観」とはこのようなことなのだと善導が説明する文の中に、まさしくこの「()じる」ことが出されます。人間は凡惑障り深くして心は散動してばかり。つまり懸念諦観ができない。だから、その散動の心、即ち如来を真っ直ぐに見ることのできないような心で、人生の現実の中をあれこれ考え、あれこれやって歩みぬいて、それでうまく生きおおせるだろうと思っても、そうはいかない。
 人生のあれこれに執着して、我執の糊で覆われた壁面を一歩一歩力の限り昇るようにしてやっても、手足についた糊は容易に剥がれず、目の前に如来を頂くことは甚だ困難となる。その「攀縁(へんえん)」の持つ深い問題に目覚めることがなければ、阿弥陀には遇えないぞということでしょう。

 この散善顕行縁での「攀縁」の確認は、一歩前での、ここ欣浄縁での「挙出」を受けたものだと思われます。このことから見ても、韋提希が現実の中をどのように進もうとしたかの問題が「攀」または「挙」の文字で象徴されているということでしょう。即ち「よじる」「よじのぼる」ということです。
 この文字は親鸞聖人における「(しゅ)」の文字を連想させます。如来本願のはたらきを「(おう)」と表わすのに対して、人間の我執に基づく歩みを「竪」と表わします。
 その竪にも、「竪出(しゅしゅつ)」と「竪超(しゅちょう)」がある。「竪超」は自分の力で直ちに仏になること、即身成仏を表わします。それに対して「竪出」は、自分の力で時間をかけて迷いの世界を出ていこうとする姿、聖道門の歴劫(りゃっこう)修行を表わします。「攀縁」や「挙じ出づる」はこの「竪出」を連想させることばですね。

 「竪」というのが面白い。いろいろな現実の障碍度や困難度を傾斜に(たと)えれば、すべてが垂直ではなく、緩やかな傾斜のものもあるような感じがします。しかし、善導も親鸞も、すべての現実は「竪」なのだと受けとめたのでしょう。
 一見、傾斜度は様々である。しかし、その現実に向う私の心の態度はどうか。わが我執のままで現実を受けとめ、我執のままで超えようとしているのです。
 現実が、それぞれの顔をして私に向かって、この現実を縁にして南無阿弥陀仏の真実を求めて行けと勧め呼びかけている。しかし、そのことなどまったくわからない。断固我執のままで推し進めていくぞという私の基本態度が、最初からその呼びかけの声を無視して進んでいくぞとの宣言をしていることになる。真実の呼びかけなど問題にしない。ひたすら我執の叫びで突き進んでいく。

 しかし、現実を具体的に構成しているものは、深刻な人間関係であり、超えられない自己の性格や老いや病いや境遇であり、厳しい社会の状況であり、また災害や事故であったりする。
 これらを正しく受けとめる方法がないのではなく、その方法を無視して、ここに方法ありと、我執の心でやるのだということを自己主張的に言い放ってやっていく。そのやり方からすれば、どのような現実も一歩たりとも真に超えることはできない。だから現実は垂直にそそり立ち、私の行く手を阻み、それでもなお、この方法がいいのだと、この壁を垂直に張り付くようにして登っていくしかないのです。

 では、このやり方が間違っているから、初めからやめよというのか。そうではないのです。また、やめることもできない。ここが、人間の現実と仏法の道理とが深く絡み合い、そして見事に噛み合っているところなのです。
 韋提希に「貪ずべきこと有らず」と、現実の正体を明らかにさせたのは、韋提希自身の「()じ出づる」歩みだった。これを初めからせずに、答えだけを聞いても韋提希は承知せず、当然自覚は起こらない。「攀じ出づる」ことに大きな意味があった。迷うことに大きな意味があったのです。

 では人はただ迷えばいいのか。そういうことではありません。そこに釈尊の登場がある。如来本願真実を、しかも韋提希の実情に合わせて説く釈尊が、それも釈尊のほうから韋提希のところへ来たるということがある。この「自来赴請」の仏を前にして、王舎城の悲劇を中心とした現実の中を「攀じ出づる」歩みをしたことに意味が与えられるのです。
 わが現実が、そしてその現実の中のわが歩みが意味を持ってくる。それは如来真実へつながるという意味です。阿闍世によって牢に閉じ込められたままでは、「攀じ出づる」内容は同じであっても、如来につながる意味は依然と目に見える形では出て来ない。釈尊が牢中の彼女のところへ行かれた、このことが大きく彼女を救いへと歩ませるのです。

 韋提希は現実の中を攀じ出づるように歩んで、それによって現実のすべては悪であって執着すべきものは何もないことを明らかにした。このように、「明かす」の文字を親鸞はこの文につけるのです。
 普通の読み方では、現実はこうであるのに、「幻惑の愚夫なるを以って斯の長苦を飲む」と、その現実の中を夢を追うて歩むだけでは、生涯苦しむことになることは明らかだと、こちらの文に「明かす」の文字をつけます。
 聖人の押さえ方は、韋提希に何が明らかになったのかの最大のポイントを見定めようとするのでしょう。夢を追うて歩めば生涯苦しみに貫かれることは当然である。そのことも明らかになることだけれども、もっと大事な点がある。それは、この現実とは何かということだと。

 その現実が明らかになったのは、「幻惑の愚夫」として現実を生きたことがきっかけになったのだと。現実をはじめから真に覚めた目で受けとめて生きたのではない。そのようなことはできない。現実に夢を追ったのです。起こりもしないことをどうか起こるようにと、夢を描くことで自分の今日一日を満たしたのです。
 その「幻惑の愚夫」の毎日の営みが、我が現実の何であるかを図らずも明らかにしていった。我が現実は、総て悪であって、一処として貪るべきところなどない世界であったのだと。現実に向かう姿勢に大いに問題はあったけれども、それによって長苦を飲んだけれども、我が現実の正体は見えてきた。
 他に見出す方法はなかったのか。それはない。有るも無いも、ひたすらこれで良しと思って走るようにして生きてきたことが、「幻惑の愚夫」の姿であったのだ。そして長苦を飲んだ。悲惨であった。
 しかし、今世尊を前にして、私の心は動き始めた。氷が溶け、温かくうごめき始めた。全体としては苦しい。しかし止まっていた大重量の蒸気機関車が、コトリと僅かに動き始めるように、今韋提希は動き始めたのです。「がんばれ、韋提希! 」なにか、声援を送りたい気持ちになりますね。

明らかになった現実とは
 善導は、続いて経文の言葉を丁寧に受けとめます。韋提希において明らかになってきた現実とはどのようなものかということです。
 その現実とは、自分の影が生み出していたものだということでしょう。「此の濁悪処は、地獄・餓鬼・畜生盈満して不善の聚多し」。「此の濁悪処は」と、表現は韋提希から一応切り離されて、この現実そのものは、という感じですが、実際はそうではない。自分と切り離された現実などどこにもないのです。
 客観的に自分の外に現実を見ているようであっても、それは現実の観念を思っているだけであって、現実そのものではない。自分がぶつかったものだけが現実なのです。いろいろと観念のところで思っていても、実際にぶつかってみて初めて現実の正体がわかる。予想以上に厳しいということもあり、案ずるより産むが易しということもあるわけです。

 韋提希の言う「此の濁悪処は」の表現には、現実のすべてを見定めた響きがあります。それが「明かす」という言葉で表わされている。親鸞聖人は、「明かす」のことばを、「此れ閻浮の総て」のほうにつけたのはそういうことなのではないでしょうか。そして同時に、「此の」と現実を指し示し押さえることは、「彼の」、即ち阿弥陀の浄土を暗示して指し示してもいるようです。

 韋提希は現実と自己自身が直結していたことに気づいたのでしょう。それが経文の「此の濁悪処は、地獄・餓鬼・畜生盈満して不善の聚多し」のことばです。「濁悪処」とは現実の「処」を指すと同時に、自己自身の心の「処」をも指している。
 ですから、この現実世界が濁悪処であって、地獄・餓鬼・畜生が満ち満ち、悪い人間がたくさんいると、単にこういうことではない。私自身の心が濁悪処であって、この心には地獄・餓鬼・畜生が満ち溢れ、その私の心が悪い人たちを生み出したのだと。これが現実の解明であり、受けとめなのです。

 現実とは、そして広くこの世界とはどのようなものかと、お互いが自分の思いを言い合えば、おそらく、百人百通りの現実観・世界観が現われるでしょう。どれが本当なのか。どれも本当。いやそうじゃなくてこうでしょうと、いくら人を説得しても、その人には現実はそうは見えない。
 韋提希は、単に現実を客観視したのではない。自分を映し出す鏡として、自分の実相が映って現実が成り立つのだとして、現実を明らかにした。即ち自己を明らかにしたのです。

 苦を厭うということは、厭おうとする自分の心もまた苦の中にあるわけで、あたかも眼で眼を見るようなものです。できることではありません。しかし今ここで、厭苦から欣浄へと韋提希は変わっていっているのです。人間の、救いへ向けての大きな変化です。
 この変化はいったいどのようにしてなされるのか。先ほど少し触れたところですが、深くて複雑で難しい問題のように思えます。自分自身のことであっても、これは難しい。しかし、韋提希の上にこの変化は起こった。それを経典は厭苦縁から欣浄縁の展開ところで説き明かすのです。

 ところがそれも、なかなか読みづらい。一読してその変化の道理がわかるということにはならないかもしれません。これを理解するためには、やはり、正しく理解された先達の教えを聞くことが大事になると思います。
 その第一人者が善導大師であり、さらに、善導の理解を踏まえ、その奥へ歩を進められた親鸞聖人の受けとめ。これらに触れることが大事になってきます。

厭苦から欣浄へ
 厭苦から欣浄への大きな展開の構図の特徴は、苦を厭う厭苦そのものは、じつは欣浄縁の中で示されているということです。今善導は欣浄縁に入ったこの箇所を「正しく夫人、所厭の境を挙出することを明かす」と、欣浄縁の中で厭うべき世界が明かされたのだとするのです。
 厭苦縁はむしろ「苦」の状況そのものが示される。示されたが、韋提希はまだそれを厭うことができていないのです。しかしそれは厭うべきものとしてある。
 とすれば、「厭苦縁」の名称は、やがて厭うことのできるその苦の姿、その苦が今は厭われないあり方で、つまり苦が自己を主張して、「私はこれほどに苦しいんだ、私はこれほどに! 」と叫んでいる段階を表わしているのかもしれません。とすれば「厭苦縁」の「厭苦」の読み方は、「(いと)うべき苦」「厭われるべき苦」と読むべきであって、「苦を厭う」とはまだ読めないのであるとも思えます。

 しかし、簡単にそうも決められません。前述のように、人間における苦そのものは、単に自己を苦しませるだけのものではない。そもそもなぜ苦しいのか。それは自らが救いに向かっているからです。その救いを真になすものは何か。それは如来である。即ち我が苦しみは、潜在的に如来に向かっている行為だということができる。
 自己自身においてそれは明確にはならないけれども、それが苦の持っている本来の意味なのでしょう。「苦」の現住所は娑婆であっても、本籍は如来の世界にあるのかもしれません。さきほどの『清浄覚経』からの引用の言葉がそれを指し示しているようにも思えます。

 苦を実際に「厭う」のは「欣浄」の心が韋提希に起こることによってです。即ち、ただ苦の中にあるだけでは厭苦の思いは明瞭には起こらない。たとえ如来に方向付けられているものではあっても、本人における自覚的歩みはこれからなのです。
 そこのところの経典に説かれる次第は大まかに「厭苦」→「欣浄」だけれども、少し近づいてみれば、「苦」→「欣浄」→「厭苦」という感じになっているようです。そして、「苦」が「欣浄」「縁苦」へと展開できるところに、大きく如来に方向付けられていたのであるということが言えるでしょう。

 韋提希は「幻惑の愚夫」であった。夢を追い求める者であったのです。醒めてみればこの現実は地獄・餓鬼・畜生の、愚かで浅ましくおぞましいところである。しかし、その現実に中に、自分を満たし喜ばせ幸せにするものが間違いなくあると思って、現実に執着した。それが夢を描くということです。
 その対象の最第一が阿闍世であった。待ちに待った子を、仙人を殺すという奇しき方法によって授かった。しかしその因縁が、高楼から産み落として殺そうという思いにさせた。ところがいのち助かってみれば、反比例するかのように、過度にこの子に愛情を寄せ、自らの夢を果たさせる者となったのです。
 ところが、そこに提婆が現われ、われらが夢のシナリオを無残にも引き裂いてしまった。その提婆の背後には、あろうことかお釈迦様がおられる。仏陀釈尊。仏教教団の主。主人の頻婆娑羅王が尊敬してやまないご恩のお方。しかし、このお方が自分の夢をかなえる阿闍世を(そそのか)し、夢を破り捨てた憎き提婆の師匠なのである。この相克する現実の中で、釈尊にどのように相い向かえばいいのか。

 今、韋提希が最も会いたいのは釈尊。そして今、韋提希が最も会いたくないのが釈尊。この切り裂かれる思いが内から溢れ、なんら整理のつかないその思いのところに、韋提希の視野を塞ぐようにして現れた釈尊。釈尊には来ていただかなくて結構ですからと敢えてお願いを申し上げたにもかかわらず。
 この出遇いの動転が、あたかも、池の水が掻き乱されて、長く底にあって表に出ることのなかった泥が舞い上がるかのように、韋提希の心のあり方を変えてしまうのです。
 乱された水が落ち着いて動きをやめてみれば、果たして底の泥の表面には、これまでになかった様相が顔を現している。それが釈尊に向けての「世尊、我れ宿(むかし)何の罪ありてか此の悪子を生ぜる。世尊、また何等の因縁有りてか提婆達多と眷属たる」のことばだったのです。

 この釈尊に向けての愚痴は、釈尊の前だから言えたことです。釈尊が現われなければ、韋提希は幻惑の愚夫を果てしなく続けていくしかなかった。その迷妄の歩みを釈尊が止めたのです。釈尊に愚痴をぶちまけるということで、その歩みが止まった。釈尊に会うことがなければ、愚夫ゆえにみずから止められない。愚痴をぶちまけなければ愚夫ゆえに止まらない。
 愚夫は、その愚かさを真に救うお方の前に、その愚かさをその通りに顕わし出すことによって、幻惑の愚夫ゆえに飲まなければならない長苦を断ち切ることができたのです。

 それのみならず、釈尊は、そこから韋提希を真実に向けて歩ますという「欣浄」の歩みを間違いなくなさしめていく。釈尊は韋提希に、気づかれないようなあり方で欣浄の心を与え、韋提希は自らの現実に対する幻惑の歩みを、賜った行為と知らされずに厭苦することができるようになったのです。

 私はこの厭苦から欣浄への展開のところを、いつもイメージとして、大工さんが柱などを()いで長く一本のものにする時に、接合部分をどちらも凹凸にして噛み合わせるやり方をしますが、そのことを連想します。
 腕のいい大工さんは、噛み合わせ部分を僅かの狂いもなく、ぴたりと合わす。ピシッと重なりはまった部分を木槌でコーンコーンと打つあの爽快さ。釈尊と韋提希が、厭苦と欣浄ということで、ぴたっと寸分の狂いもなく出会っているのです。

 これをスパッと縦に切って、今日までは厭苦、明日からは欣浄というようなことにはならない。人間は機械ではない。感情を持ち意志を持ち迷いを嫌い真実を求める生きた存在なのです。その微妙な人間性の領域を、韋提希の主体は進んでいく。
 その時、厭苦と欣浄の両者は一部において並存するのです。そして欣浄の思いが苦を厭うことをさせるのです。その欣浄の思いが起こらなければなりません。これは自分ひとりで起こそうとして起こるものではない。自分でやっても、そう思ってやること自体が攀じ出づる歩みとなってしまうのです。

 ここに、釈尊の登場の意味があります。如来本願に生き、如来本願を伝えることを出世本懐とした人が、この苦の衆生のところに現われることがなければ、人間の中に起こった苦は、十全にその意味を実現できない、役割を果たせないことになってしまう。釈尊の説かれる教えを縁にして歩むということが、人生においてどれほど大切なことであるか。その歩みの普遍性を韋提希は示しているのです。
 私たちにおいてもまさにその通りですね。私の前によき人が現われる。この重大さはいくら言っても言い足りない。善導は当然この問題を取り上げます。「慈尊に従うことがなければ」と。しかし、そこへ行くまでにもう少し今の文章の続きがあるのでそちらを見てみましょう。

濁悪処の姿
 経文の第二段落の文章を、善導は次に細かく解説します。
 「『此濁悪処』というは正しく苦界を明かす。又器世間を明かす。復是れ衆生の依報の処なり。亦衆生の所依処と名づく。
 『地獄』等と言う以下の三品は、悪果最も重ければなり。
 『盈満(ようまん)』と言うは、この三苦聚()だ独り閻浮娑婆を指すに非ず、(また)(あまね)く有り。故に盈満と言う。
 『多不善聚』と言うは、此れ三界・六道不同にして種類恒沙なり。心に随いて差別なることを明かす。経に云わく『業能く識を(かざ)る。世々処々に各々趣いて、縁に(したが)いて果報を受く。対面して相い知らず』と。」(親全83 聖全485 ノート88)

 まず「『此濁悪処』というは正しく苦界を明かす。又器世間を明かす」。韋提希が「この濁悪処は」といったのは、苦界という意味だと。濁悪さは間違いなく苦を生み出す。濁悪さを押さえ確認することは、そこが苦界であることの証明となります。
 しかし、その濁悪処を押さえる押さえ方が問題です。「器世間を明かす」と。器世間はいわゆる環境です。器世間に対して衆生世間があります。これは我々のことで、その環境の中、社会の中を生きる者のことです。今、濁悪処が器世間だと押さえられている。ということは、そこを生きる人間は濁悪ではないということです。清廉潔白、無垢の白さを持っている。
 もし濁悪であるとすれば、それは社会から汚染されて濁悪になったということであって、濁悪の社会による被害者ということです。器世間、社会だけが濁悪で、衆生世間、私は清浄なのだとする。そこに濁悪があるのです。このことに目覚めていかなければならないのですね。

 「復是れ衆生の依報の処なり。亦衆生の所依処と名づく」。その社会の濁悪と私の濁悪が切っても切れない関係にあるのは、社会が人間の生きる場になっているからです。それを依報処というのです。私は私の社会を私の生きる場にしています。あくまでも私の社会をです。私の社会とあなたの社会は同じようであっても、じつは異なっています。
 たとえば、食事をするとします。食べるものは同じ。見ると私の大好物なので、食事の時間は楽しいひと時になります。しかし、それが苦手な料理であるあなたにとっては、苦痛な時になるわけです。
 目の前にある社会の様子は、同じ料理が出されているということで同じものなのに、それぞれの社会観は異なる。何が二人の社会観を変えたか。この場合は料理の好き嫌いですね。

 現実の社会に対して私たちは何を思うか。その視点・要素は無数にあります。それらがまったく同じ人がいるということはまずないでしょう。社会は一つで皆の社会でありつつ、具体的にはその人その人の社会なのです。社会に対して自分が持つ課題を乗り越えるためには、自分自身と戦うしかありません。今の例で言えば、好き嫌いを克服しなければならないのです。

 「衆生の依報の処」を砕いて言えば、「私の環境」あるいは、「私と深い関わりのある環境」と言えるでしょう。また、「衆生の所依処と名づくる」は、「人がわが生きる場として生きる場所」ということでしょう。人は、この場所、この環境を、わが生きる場所とするしかない、その場所が所依処です。切っても切れない関わりがあるわけですね。
 「此の濁悪処は」の一文を「所厭の境を挙出す」と押さえたのは、この「所依処」を生きる人間の生き方の問題を述べているわけです。そこを生きるしかない人間が、そこをどのようなものと見ているか。自分の生きる場所は、そこが生きるしかない場所であって、自分と密接に関わる場であるはずなのに、人は、その場を自分とは関わりのないものとしやすいのです。

 その場が悪い環境であれば、私とその環境は別物なのだ、私は何も悪くないのに、その悪い環境が私を悪くしているのだ、私は被害者なのだと思いやすい。そう思いたいのです。被害者意識に徹すれば、罪に服する必要はない。そうして加害者の環境に罪を嫁そうとする。被害者であることを強固にするのです。
 この被害者意識の裏には、自分はもともと善人であるのだという善人意識があります。私は悪くない。悪いのは周囲であり環境なのだと。この思いがいよいよ周囲の人を悪くしていく。
 これはまったく自己を真正面から明らかにせず、光の照らすところに出ず、ただ陰に入り込んで、傍観者的に土俵を見上げ、そこに展開する出来事を悪く言うだけのことです。そのように所依処を自己と切り離して、そこに責任を転嫁しようとする心、この心が自己を苦しませるのです。

 「『地獄』等と言う以下の三品は、悪果最も重ければなり」。地獄・餓鬼・畜生の三悪道は悪果の最も重いものです。だから、濁悪処の内容を表わすのに、これらを挙げたのです。
 如来に背を向けて生きる人間の愚かさ、おぞましさ、浅ましさ。人は無明煩悩ゆえに、どんなにも浅ましく、驚くほどのおぞましさをもって生きることができる。その愚かさはただ真実大悲の如来をして永遠に泣かしめるものと言うべきでしょう。悲しきかなや人間、悲しきかなや我々、ということですね。

 「『盈満』と言うは、この三苦聚()だ独り閻浮娑婆を指すに非ず、亦皆遍く有り。故に盈満と言う」。ここも普通の読み方であれば、「ただ独り閻浮を指すのみに非ず、娑婆亦遍く有り」となります。そうすると、この三苦のあるところはどこかということで、閻浮と娑婆を相対的に比較して述べていることになる。その小さい表現を親鸞は超えたのでしょう。
 「閻浮娑婆を指すに非ず、亦皆遍く有り」と、どこにでもこの三苦はあるのだと言いたかった。そのありようが大変なもので、それを「盈満」と表わしたのだということでしょう。ここは「盈満」の表現が大事です。この世界のどこでもが、地獄・餓鬼・畜生に満ち溢れているのだと。その盈満さに徹しないといけない。盈満でないところはないのだと。

 「『多不善聚』と言うは、此れ三界・六道不同にして種類恒沙なり。心に随いて差別なることを明かす。経に云わく『業能く識を(かざ)る。世々処々に各々趣いて、縁に随いて果報を受く。対面して相い知らず』と」。
 「経」とは『華厳経』です。その教えとして、「業能く識を荘る」。この世界は誰にとっても同じものとしてあるのではない。その人その人の生き方が世界像をそれぞれに作るのです。人の生き方は千差万別。そこから生み出される世界像も千差万別です。
 一人の人においても昨日と今日は違う。また明日も違ってくる。昨日は昨日の世界、今日は今日の世界、それぞれ違うのです。私にやさしく寄り添う姿を表わす時もあれば、厳しく(つら)く迫る時もある。私が変わるからです。
 私が昨日と今日は変わって、仮に両者が対面しても、お前は何物だ、ということになる。あなたは私なのですねと、お互いが認め合わない。俺はそのような者ではないと、どちらもが今日の自己を肯定する。自己肯定と自己肯定が顔を合わせて、お互いを主張する。どちらも同じ自分であるのに。この愚かさを人は生きているのだと。

 その人の、その時の生き方が、その人の生きる世界を決定していきます。もう一つ厳密に押さえれば、世界の見方を決定していくということです。世界は見方において成り立つものですから。それほどに見方も世界も異なるのがお互い人間存在のあり方であるのなら、要するに心を一つにして一丸となってということができないということになります。「共に」のことばも空しくなる。
 同胞は同じはらから生まれたということですが、形の上では同じ「母」のはらから生まれたといっても、実際はそれぞれの「腹」が元になっているわけであって、みな異なった腹、つまり考え方を持っている限り、名はいかに同胞であっても、ばらばらの存在ということになる。従って、我々の社会はうまくいかないのです。

 一国ともなれば、そこに様々の要素において様々に異なった者が住んでいるわけで、これを一つにまとめることなどおよそ不可能。今の日本も急激に右傾化し、戦後の民主化の歩みや、個々人の心を込めた営みなどを一挙に吹き飛ばすような戦争肯定の発想が台頭してきました。
 考え方の違いをあえて強調し、両者を引き破るようにして引き離す行為がまかり通ろうとしている。危ない時代になってきました。ことばの巧みさに(だま)されてはいけない。目に唾をつけてしっかりと政治家の言動を注視していかねばならない時代です。


(三)真心徹到して苦の娑婆を厭う

韋提希の真心徹到

 さて、第二段の後半の文章です。
 経文は「願わくは我れ未来悪声を聞かず、悪人を見ざらん」。
 欣浄縁の最初に「ただ願わくは世尊、我が為に広く憂悩無き処を説きたまえ」と、「願い」が出ていました。憂悩の無い処を説いてほしいという願いでした。これが韋提希の上に起こった初めての願いです。
 そして続いてここに、「願わくは我れ未来悪声を聞かず、悪人を見ざらん」と、重ねて願いが出されます。これは、今後悪声を聞きたくない、悪人を見たくないという願いです。願いが進んできています。
 更にこのあとにもう一度願いが出されますが、このように何度も続けて「願わくは」が出されることが、苦の韋提希に、その苦を受けとめ明らかにし、厭うていこうという願いが生まれていく、その変化を表わす指標となっているようです。

 この経文を善導は次のように受けとめます。まずその前半を見てみましょう。
 「『願我未来』と言う已下は、此れ夫人真心徹到して苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う、永く常楽に帰することを明かす。但だ無為の境、軽爾(きょうに)として即ち(かな)うべからず。苦悩の娑婆、輒然(ちょうねん)として離るることを得るに由なし。金剛の志を発すに非ず()りは、永く生死の元を絶たんや。若し親しく慈尊に従わざらましかば、何ぞ能く斯の長歎を(まぬか)れんや。」(親全84 聖全485 ノート88)

 内容の整然とした文章ですね。まず韋提希に「真心徹到」ということが起こった。それゆえに、「苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う」ことができるようになった。それは「永く常楽に帰する」ことを指している。しかし、この「苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う」ことは簡単にできることではない。韋提希の上に「金剛の志が発こる」ことがなければ、苦を真に厭い離れるという人間の根源的転回はできない。
 その「金剛の志」が発こるためには、「親しく慈尊に従う」即ち、釈尊に親近し教えを受けることがなければならない。このことがなければ、生涯にわたる空しさから人は永遠に解放されることはないのだ。およそこのような意味合いでしょう。

 韋提希に真心が徹到していく。現実の厳しさの中に真の幸福を求めて喘ぐようにして生き、裏切られ夢破れても、その中をなおも歩んでいく。その歩みが韋提希の真心を徹到させていくのです。人の上にはこの歩みがある。それは同時に、なければならないと言うべきかもしれません。
 人生は苦。形こそ違え、苦の底に沈むのは皆同じでしょう。しかし、ただ埋没するだけで苦に主導権を与えるようではいけない。苦の意味を尋ね、苦を跳ね返し乗り越えようとするのが我々であり、またそうでなければならないのです。苦の現実に立ち上がろうとする。これがやがての救いに向けての意味を持つのです。

 如来本願を他力というのは、人間の力を超えたものという意味でいうのでしょう。超えているがゆえに、人間にぴたりと沿って、人間を自らに乗せてはたらいていくことができる。その他力を、人間とは全く違った存在物の他力とみてはいけない。違ったものが私を救うのなら、私の主体性はついに回復されない。それは観念論でしょう。
 悲劇的現実の中を生きざるを得ない者が、その分際の限りを尽くして求め、掴もうとあがく。この歩みにぴたりと沿ってはたらきかけているものこそ如来の本願なのです。

 真心徹到は韋提希の上に「苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う」ことをさせる。この時の、厭う世界、そして欣う世界とは何か。徹到するということは、厭うべき世界・欣うべき世界が次第に明瞭になっていくということなのです。当初のように単に苦を厭い楽を欣うことはもはやない。現実の(とばり)を引き裂くように歩んでみることによって、現実の現象の奥に何があるのか、韋提希に見えてきたのです。
 韋提希が厭い欣おうとする世界を、善導は明確に表します。厭う世界とは「苦の娑婆」なのだと。かつては「娑婆の苦」だった。しかし娑婆一部だけが苦なのではなく、その全体が苦であるという娑婆の正体が見えてきた。だからこそ、今厭うべきは「苦の娑婆」、「その全体が苦でできている娑婆」であることがわかってきたのです。

 「娑婆の苦」を厭うということであれば、娑婆の中には苦もあり楽もあり、その中の苦を厭い、その中の楽を求めようということになります。その楽は所詮娑婆の中のものですから、当然そこに真の救いなどはありません。この道理は分かっていても、私たちの陥りやすい落とし穴ですね。
 娑婆の中に埋没して、娑婆を外から見ることができない。何をするにしても娑婆の中のものでやろうとする。娑婆の中のものに善悪をつけて廃悪修善で良しとして生きる。悲惨な愚かさですね。この生き方に執着し、それゆえ娑婆から一歩も抜け出ることができない。まさしく迷いそのものの姿がここにあります。

 今韋提希が真心徹到によって厭おうとするのは「苦の娑婆」です。娑婆の全体が苦なのです。楽もあり苦もありと思えていた娑婆。しかしその全体が苦であった。これが韋提希に起こった新たな認識なのです。真心が徹到していくということは、娑婆の楽を求め、そこに救いを求めていたわが心の何と愚かで浅はかであったかを知らされていく歩みなのです。
 主人の頻婆娑羅王に寄りかかっても、一人息子の阿闍世を頼りにしても、世尊の弟子の提婆を恨んでも、世尊に責任を転嫁しても、なお道は開けず、楽を得ることはできなかった。この娑婆は苦と迷いの世界。この中に救いを求めようとする自分の何と愚かであったことか。
 娑婆はすべて苦である。苦の娑婆であるのだと、娑婆に沈み埋没していた彼女は、娑婆の正体を知り、娑婆に立つことができるようになったのです。まさしく、「此の濁悪処は」と、娑婆に立って言えるようになったのです。

 では欣う世界はどこなのか。これももし依然と「娑婆の苦」を厭うあり方であれば、求める世界はその対称として「浄土の楽」になりやすい。娑婆の苦を捨てて浄土の楽を求めるのは結構ではないかと言われそうだけれど、娑婆を苦もあれば楽もある世界だと考えての願いであれば、その娑婆の苦の面を避けて楽の面を求めることを「浄土の楽」と言い表しているだけではないのか。言葉は「浄土」であっても、実体は「娑婆の楽」であるにすぎないのです。自分は浄土を求めているつもりであっても、娑婆の楽を求めているにすぎない。ここは大いに間違いやすいところでしょう。

 「苦の娑婆」を厭い、そして欣うところのものは「楽の無為」であると善導は言います。求めるべき真の楽は「無為」のところにあるのだと。「無為」とは何でしょうか。「無為」に対するのは「有為」です。有為とは因と縁の和合によって作り出されたもの。生滅変化します。無常です。韋提希は娑婆が有為であることに翻弄されたのです。
 一人牢に閉じ込められ愁憂憔悴する韋提希。頻婆娑羅王の妃になったが、子供ができない。王が、あるべきことか占い師の言を信じ仙人を殺してわが子を得た。その子を十月体内に宿したけれど、王の言を受け入れて高楼より産み落とし殺そうとした。しかしその子は死なずに可愛い子として成長する。成長するにつけ、この子への期待とこの子を使ってのわが身の保身の思いが膨らんでいく。

 しかし、頻婆娑羅王が尊敬してやまない世尊の、その弟子であり従弟でもある提婆が、わが愛する息子を巧みに(そそのか)し、わが夫の王を殺させようとした。密かに王を助けようとするわが行為は暴露され、わが子は剣を抜いてわが髪をつかんだ。ああ、子が親を殺すとはなんと恐ろしいことであるか。この裏切りのなんとおぞましいことか。積もり積もった因縁のなんと奇しきことであるか。そしてなんという悲しいわが存在。
 私が今ここにあるのは、すべてこれらめくりめく因縁の和合によって起こったことなのだ。あれさえなければ、これさえこうであったならばと、いくら思ってももはやどうにもならない。因縁和合して生きる存在である限り、因縁は私をどこまでも振り回し、真の幸福はどこにも姿を現さない。いったいどうすればいいのか。

 娑婆の因縁に振り回される韋提希は、振り回される中を問い続けたことが歩みとなって、次第に娑婆の全体像を明らかにしていったのです。人は苦しみの中をじつは如来に向かって喘ぎ闘っていく。方向は如来なのです。今それが、娑婆の全体像が見えてきたということで表わされている。娑婆は全体として苦の世界「苦の娑婆」だったのだと。

 その「苦」はどこから来るのか。因縁の和合によって生きる、この「有為」のところから来るのだ。このことに気づいた韋提希は「有為」を超えた「無為」の世界を求めるのです。無為こそ真の楽の世界だと。
 従って無為とは、娑婆における因縁の関係をもって作られたものではない。生滅変化を超えた常住絶対の真実の世界です。ここにこそ真の楽があると、「楽の無為」を欣う韋提希となったのです。

 娑婆は苦であるからと言って短絡的に楽を求めるのは、そのままが迷いの行為です。また、そのように楽を求めることを宗教と言うのではもちろんありません。善導がここで、娑婆の営みのすべてを「有為」で押さえ、たとえ現象的には苦であろうとも楽であろうとも、その本質は因縁和合による消滅無常のもので永遠性はないのだという点で押さえることが宗教の道なのです。
 娑婆の本質である有為性を超えた無為の世界を生きようと欣うところに、真の救いへ向けて起こすべき人間の願いがあるのです。この無為の世界を具体的に生きることこそ、「永く常楽に帰する」ことである。生きるべき真実の世界であるということですね。

金剛の志を発す
 しかし、ここに大きな問題があります。たとえ娑婆の本質が有為であることを知り、それゆえに娑婆を厭うて無為の世界を欣ったとしても、有為の真っ只中を生き、自ら有為の営みをする人間が、いかに厭い欣う行為をしたとしても、それで有為を超え無為を生きることができるようになるのか。即ち、人間は自らの力のみで自己の根源の問題を解決することができるのでしょうか。

 善導はこの問題を次のように指摘します。
 「但だ無為の境、軽爾として即ち(かな)うべからず。苦悩の娑婆、輒然として離るることを得るに由なし。」
 無為の境に軽く昇ることはできない。また、苦悩の娑婆をたやすく離れることもできない。有為を厭うことも無為を欣うことも人間にはできないのです。「(よし)なし」というのは厳しい押さえですね。娑婆を離れることのできる理由が人間の中にはないというのです。ではどうすればいいのか。

 「金剛の志を発すに非ず()りは、永く生死の元を絶たんや」。ここに道がある。このことだけが娑婆を超える道である。これが善導の領解であり、親鸞聖人の確認なのです。有為を厭い無為を欣うことは金剛の志を発すところに成立するのだと。
 この文の原文は「自非発金剛志 永絶生死之元」です。普通の読み方では、「自ら金剛の志を発すにあらずば、永く生死の元を絶たんや」となるでしょう。「自ら金剛の志を発す」と。しかし先に、有為を厭うことも無為を欣うことも人間にはできないとありました。それなのに「自ら金剛の志を発す」とはどういうことか。矛盾することになります。金剛の志は自ら発し得ないのではないのか。

 親鸞聖人はこのようには読まれなかったのです。「金剛の志を発すに非ず()りは、永く生死の元を絶たんや」と読まれたのです。「自」は自らという主体的営みを表す文字ですが、聖人はこれを「自り」と理由の意味として読んだ。訳せば、金剛の志を発すことが理由となって、永く生死の元が絶たれるであろう、と。この志が発らなければ、生死の元は絶たれない。

 聖人におけるこの読みの例は、たとえば信巻の別序があります。
 「信楽を獲得することは、如来選択の願心()り発起す。真心を開闡することは、大聖矜哀の善巧()り顕彰せり」(東210 西209 島12-54)
 信楽を獲得することは如来選択の願心が理由となって起こるのだと。しかし、それがわが身に起こるためには、大聖釈尊の教えによらねばならないというわけです。ここで「発起す」とあるように、信楽という真実信心が私のところに起こる。しかし私が私の力で発すのではなく、如来の願心を理由として発こる。
 これと同じように、「金剛の志を発すに非ず()りは」と。金剛の志を「発す」とあって、発すのは私自身、しかし私の力で起こすのではなく、私において発るものであるので、聖人は「自」を「自ら」と読まれなかったのです。

親しく慈尊に従う
 金剛の志が韋提希に起こることが「真心徹到」の具体化の一つでしょう。もう一つが次の「親しく慈尊に従う」ということです。真心徹到は、この二つのことの成就を具体的内容としています。
 「親しく慈尊に従う」即ち、よき人に出遇って教えを聞くということです。このことの大切さは申すまでもないことですね。『観経』は全編によき人釈尊の存在の大きさが表わされています。序分厭苦縁には「仏の自来赴請」が説かれました。
 韋提希の心念の意を知って、仏自ら耆闍崛山より来られ、韋提希の真の要求に応えようとされる。真実は真実でない者に必ずはたらきかけ、その者を真実にしていくのです。真実のこの必然の動き。そこに願いがあり、その根源に大悲があります。

 『観経』の全編にわたる解釈を終えた善導は、最後に特別に一言書き表します。「真宗遇い叵く、浄土の要逢い難し。(略)ただ如来の神力、転変無方なり。隠顕、機に隨いて王宮に密かに化す。」
 真実に遇うことは、娑婆生死の迷妄の世界を生きる者にとっては不可能と言える。しかし、これに遇わなければ人間の救いはない。だからこそ如来は方便の要門の教えを説いて、真実に遇わそうとした。
 しかし、この教えを聞くことも容易ではない。ないけれども不可能ではない。どうすれば可能であるか。それはこの教えを説く仏が、仏の方から衆生の方へ至ることによって可能となるのだ。しかし、その来たる仏を受けとめることは、衆生にとっては至難である。そう、だから仏は、衆生の一人一人の在り方に沿って自らを自在に変え、受けとめてもらいやすい自己に姿を変えて現れるのです。
 ここに、「仏の自来赴請」が再度説かれます。『観経』で韋提希が救われることは、その一大事が実現することは、ひとえに、仏陀釈尊が自ら韋提希の所へ行かれたことに、その因は極まるのである。これが善導の『観経』についての最後の言葉なのです。

 まことにここに、『大無量寿経』が説く第十八願成就文の「諸有衆生 聞其名号」が具体化していると言わざるを得ないでしょう。「其」で表わされるよき人釈尊が、如来の名号南無阿弥陀仏を韋提希の上に成就しようと、釈尊の方から来られたのです。至るのは、必ず仏の方が至るのです。
 われら衆生は、何が真実かわからず、右往左往し、一歩たりとも行くべき方向へ進めない。正しく進めるのは常に仏のほうなのです。その仏が来たることによって、即ち如来によって、私たちは真に聞くべき教えを聞くことができ、ついに自己に目覚め、大いなる世界に出ることができる。如来として来たるよき人に遇うことがなければ、どうして「長き歎きを免れる」ことができるでしょうか。

 さて、経文の「願わくは我れ未来」以降のこの第二段落について、さらに重ねて善導は次のように領解を加えます。これを解釈の後半の文と呼んでおきます。
 「然も『願我未来不聞悪声悪人』というは、此れ闍王・調達の如き父を殺し僧を破す、及び悪声等、願わくは亦聞かず見じということを明かす。但だ闍王既に是れ親生の子なり。上父母に於いて殺心を起こす。何に況んや疎き人、相い害せざらんや。是の故に、夫人、親疎を簡ず、総じて皆頓に捨つ。」(親全84 聖全485 ノート88)

 この後半の文では、韋提希の身の上に起こった事実と、韋提希がそれをどのように受けとめていったかが述べられます。
 阿闍世は父を殺し、提婆は世尊を傷つけ僧伽を破壊しようとした。そのような悪人、それ故に発せられる悪声。いかにこれらに苦しまされてきたか。その中で阿闍世は、親から生まれた子であるのに、その親を殺そうとした。
 子供であってもこのようなことを起こす。他人であってはなおさらのことである。身内の者も、他人も、区別なく悪人である。これが娑婆の人間の真の姿だったのだ。このような認識に至って韋提希は、娑婆のすべての者に対する執着・依存の心を捨てたのであると。


(四)観経説法のいのち――顕彰隠密の教え

総じて皆頓に捨つ

 さて、ここで大きな問題があります。ご覧になっておわかりのように、経文の「願我未来」以下の第二段落の文についての解釈が、既に見てきたように、「『願我未来』と言う已下は、此れ夫人真心徹到して・・・」のところで一度解釈がなされ、さらに、もう一度「然も『願我未来不聞悪声悪人』というは」と解釈しています。解釈が二重になっている。しかも、内容というか、筆法がずいぶんと異なります。いったいこれはどういうことでしょうか。

 ここにじつは『観経』の教えの説き方のいのちとも言える「顕彰隠密」の説き方がなされているのです。「顕」の教えと「彰隠密」の教えの二つに分かれます。
 「顕」は「あらわれている」というような意味合いで、経文の上に説かれている内容そのものを伝えようとする説き方です。それに対し「彰」は「あらわす」というような意味で、「顕」の教えは、ただ「顕」の意味だけでなく、じつは「彰隠密」、奥深く奥に存在しているものを表に表わそうとし、伝えようとする説き方です。

 この二重の意味を持った説き方で、娑婆にあって苦しみ歩む私たちの上に、如来本願のはたらきが現にこのようになされていることを知らせようとするのです。
 これは単に説き方が優れているのみならず、私たちの現実が、まさにそのようになっており、そのことを私たちに伝え知らせ目覚めさせようとする、『観経』挙げての一大筆法なのです。

 そのあたりを、具体的にもう一度振り返ってみてみましょう。
 韋提希の意識に立ってみれば、取り巻く現実はどのようなものであり、それをどのように受けとめてきたか。これは普通の私たちの姿と同じです。これが、解釈の後半の文、今読んだとおりのことです。
 しかし、韋提希の上に、「親疎をえらばず、総じて皆頓に捨つ」という認識と態度が生まれたということは、そこに何が起こったからそうなることができたのか。この問題があるのです。
 人は誰でも苦悩の中におれば、自然とそれに対する諦観ができ、執着を超えていくことができるのかといえば、そういうことはありません。たとえ苦そのものが如来に向かっているとは言え、その潜在的意味が表に現れ、自らの苦の意味が明らかになる為には、如来の教えに出遇わなければなりません。

 ではどうして韋提希に娑婆のことを「総じて皆頓に捨つ」の態度が生まれたか。そこに、耆闍崛山より韋提希の前に来たり現れた釈尊の存在の意味があるのです。即ち、仏法が韋提希の前に現れ、苦に(さいな)まれる韋提希のそばに寄り添い続けたのです。その釈尊に象徴され、釈尊のところで息づく如来の本願が韋提希にはたらき続けたのです。そしてその目に見えない本願のはたらきが韋提希に至ったのです。

 それは『大無量寿経』の序分・発起序における釈尊と阿難の関わりと同じことです。長らく釈尊のおそばにいた阿難は、なかなか釈尊の存在意味がわからない。釈尊が何を説こうとされているのか、出世の本懐が何であるかが見えなかったのです。
 それがある日、今日の釈尊は違うと、光顔巍々としておられると、誰からも教えられずに自ら感じ、そのことを釈尊に申し上げたところ、阿難に見えたとおりの釈尊であったのです。
 釈尊は阿難に、なぜおまえに自分の出世本懐がわかったか、その理由がわかるか、それを教えようということで、阿弥陀の本願のこと、いわゆる「仏願の生起本末」の総てが説かれるのです。

 今韋提希の上に、苦に沈もうとしていた韋提希の上に、苦に翻弄されながらもこれと闘うことによって、ついにこれを「捨つ」、超えていこうという態度が生まれてきた。
 それはどうしてできたのか。じつはそれは、韋提希に向けて、そばに来た釈尊を通して阿弥陀の本願がはたらいたからであるのだと。善導はこう確認したのです。阿弥陀の本願なくして、どうして娑婆のまっただ中の衆生に、これを超えていこうという明確な態度が生まれてくるであろうかと。
 善導は、その如来のはたらきを「真心徹到」と表現したのです。見事な表現ですね。如来の「真心」が韋提希に「徹到」する。ここに韋提希の救いの事実上の出発点がある。真実は真実ならざるものにはたらきかけ、必ずこれを真実のものとするのです。「真心徹到」ということがあるのです。
 この世界は、どれほど濁って冷たい暗いところのようであっても、この世界の中には、「真心徹到」ということがある。この世界の神髄は「真心徹到」の世界なのです。何という大事なことを善導は見出したことでしょうか。これによってわれらの救いは必ず起こる!


人間救済の三大要素
 第二段落の内容を「顕」の視点で解釈した善導の後半の文は、申しましたように現実に沿った具体的な述べ方です。それに対して、前半の「彰隠密」に立った説き方は、がらりと筆法が変わっています。ここには、人間救済が起こる為の、最も根本的な要素の成立がいかに起こるかが問題にされています。もう一度見てみましょう。

 まず経文は、
 「此の濁悪処は、地獄・餓鬼・畜生盈満(ようまん)して不善の(ともがら)多し。願わくは我れ、未来に悪声を聞かじ、悪人を見じ」です。

 これを受けとめての善導の「彰隠密」の視点からの解釈は次の通り。
 「『願我未来』と言う已下は、此れ夫人真心徹到して苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う、永く常楽に帰することを明かす。但だ無為の境、軽爾として即ち(かな)うべからず。苦悩の娑婆、輒然(ちょうねん)として離るることを得るに由なし。金剛の志を発すに非ず()りは、永く生死の元を絶たんや。若し親しく慈尊に従わざらましかば、何ぞ能く斯の長歎を(まぬか)れんや。」

 大きく三つの内容に分かれます。それが人間救済を成し遂げる為の不可欠の三大要素なのです。

 (1) 真心徹到・・・如来の真心徹到によって初めて、韋提希の上に娑婆を厭い、楽の無為を願う心が起こる。この厭と欣の営みによって、永く常楽に帰すことができる。
 (2) 金剛の志・・・無為の境は簡単には求まらず、娑婆も直ちに超えられない。それらをなさしめないようにしている煩悩を断ちきるのは金剛の志しかない。
 (3) 慈尊に従う・・・金剛心を得て生死の元を絶ちきるのは、釈尊にお会いして親しく教えを聞くことによってもたらされることである。

 この「真心徹到」「金剛の志」「慈尊に従う」の三つが、衆生救済の三大要素としてあげられているものです。

 第一の「真心徹到」のところを見てみましょう。
 「『願我未来』と言う已下は、此れ夫人真心徹到して苦の娑婆を厭い、楽の無為を欣う、永く常楽に帰することを明かす。」
 「願わくは我れ未来」この「願い」は「彰隠密」の意味においてはどのような願いでしょうか。欣浄縁の最後に、「我れ今極楽世界の阿弥陀仏のみもとに生まれんと(ねが)う」とあります。欣浄縁の初めのここにおいてはまだ阿弥陀の世界に生まれたいという願いは起こってはいませんが、やがてそうなっていくところの願いです。
 願いという一つの心が起こった。如来より賜った心です。如来の真心徹到による心です。しかし、初めは小さい。小さいけれども、その小さな火を消して大きな火を新たにつけるのではない。その小さな火が次第に大きくなっていくのです。もちろん単に拡大するだけではない。質が深まっていくのです。深まって真実がそこに次第に現れてくる。「大きくなる」と表現するのはこのことです。今韋提希の上に、一点の真実の灯火がともったのです。

 「真心徹到」の「真心」とはいかなる心か。一口に言って如来の心。『大無量寿経』はその如来を深く説きます。私たちにはたらいて私たちを救う本願は、私たちの為に生み出されたものであると。その生み出す如来の歩みを法蔵菩薩の歩みとして描き出すのです。この世界の、人を救う真実を、その一番奥のところで表わした表現。しかも譬喩をもって。
 しかし、もし譬喩で表わされなければ、私たちにはわからないでしょう。譬喩に絶大な力がある。人間の認識の在り方を見事に踏まえた叙述方法ではないかと思われます。私たちを救おうと、法蔵菩薩は対象の私を明らかにし、私を救う方法を尋ね求め選び抜いて、それを私の上に成就すべく真実の心を持って歩み抜かれている。

 今私の前に、この法蔵の歩みがある。私に向けて全力で歩まれる法蔵がある。私の上に真実を届けようとする法蔵がある。この法蔵の真心が、私に至る。それはまず(ささや)かな一点の灯火として。そして次第に大きくなっていく。
 人は皆この法蔵に出遇うのです。出遇うことによって、これではいけないと立ち上がり、人生に取り組み、真実に向かって生きる新たな道に歩を進めるのです。この人生において生まれ変わるのです。

 その法蔵菩薩の「真心」が、衆生の上に至る。至り至って、ついに衆生を貫き突き抜けていく。ついに成就となるのです。如来の「真心」は歓声を上げるでしょう。貫かれた衆生の側にも歓喜と感謝のことばが巻き起こる。それが南無阿弥陀仏。そこに「徹到」があるのです。
 衆生の心を貫きたい。そこに本願の形がある。本願は衆生を貫くものとなりたいのです。「徹到」こそ本願の姿。「徹到」したい、あの人の上にも、この人の上にも。その本願にであい、これを受けとめる時が、今、釈尊の自来赴請によって韋提希の上に初めてもたらされたのです。「韋提希よ、おめでとう。もう少しだ、頑張れ! 」

 韋提希は「苦の娑婆」を厭い、「楽の無為」を願いました。「無為」は人間の迷いの世界である「有為」を超えた姿を表わしています。韋提希にとって「有為」こそが、この段落の後半の解釈で述べられる世界です。阿闍世、提婆、頻婆娑羅王。そして釈尊も加えて、これらの人によって織りなされる光のない世界。出口のない営み。その娑婆全体が「牢獄」なのです。
 韋提希は阿闍世によって牢に閉じ込められましたが、それはまた、牢に閉じ込められてみて、自分の生きているところ、生きる在り方が牢獄の中であったことを知ったということでもあるでしょう。私たちは今どこにいるかということですね。

 では「有為」を超えた真の「無為」の世界とは何か。韋提希においては「親疎をえらばず、総じて皆頓に捨つ」の世界ですが、その「総じて捨つ」がなされるのはどのような世界においてできるのか。それが「無為涅槃」の世界なのでしょう。
 「無為涅槃」の徳を四徳として表わします。「常楽我常」です。娑婆の煩悩が夢に描く「常楽我常」ではなく、涅槃の真実の「常楽我常」です。「真心徹到」によって厭と欣ができ、ついに「無為涅槃」に至る。それを「常」と「楽」をとって「常楽に帰す」と表わしているのです。

 次に二番目。
 「但だ無為の境、軽爾として即ち階うべからず。苦悩の娑婆、輒然として離るることを得るに由なし。金剛の志を発すに非ず()りは、永く生死の元を絶たんや。」
 如来より賜った厭と欣の心は金剛心であり、それゆえに生死の元を絶つことができることを明かす一段です。ここも既に見てきたところで意味はわかりやすいと思います。この一段の趣旨をわかりやすく押さえる方法を霊暀さんが示しています。「不」や「無」などの否定の文字を除いて、最後に「故に」をつければいいのだと。要するにそういうことですね。次のようになります。
 「但だ無為の境、軽爾として即ち階うべし。苦悩の娑婆、輒然として離るることを得。金剛の志を発すが故に、永く生死の元を絶たんや。」これが趣旨なのだということですね。

 三番目は釈尊のご恩の重さを表わす一段です。欣浄縁はやがて釈尊による光台現国の教えが説かれるに至ります。これは次の会のお話になります。この教えを受けて、韋提希の上に願いが起こる。それが「我れ今極楽世界の阿弥陀仏のみもとに生まれんと楽う」の願いです。
 先にあったように、この「楽い」が欣浄縁はじめの「願わくは我れ」の「願い」と同じ。同じと言っても、この「願い」が、光台現国の教えを受けて「楽い」へと深まっていくのです。

 その光台現国の教えはどのように説かれ、どのように受けとめられたのか。そこに大事な問題があります。それが師と弟子との関わり方の問題です。その問題点が今、「親」という一文字で表わされています。即ち、釈尊は韋提希に親しく諸仏の世界を説いた。韋提希はその教えを親しく聞き抜いた。師と弟子の双方に「親しく」があったのです。
 説く方も如来本願の教えを、大きな視野で、また微細な視点で、広くまた深く、大意を表わしまた細部を丁寧に説き、心を尽くして説かなければならない。相手に伝わらなければならないのです。その説き方の総体を表現するのに「親しく」と表わしたのでしょう。

 聞く方もまた「親しく」聞く。およそ教えを聞く歩みにおいて大切なことは、善知識に親近するということです。具体的な親近に欠ける日々を過ごすということは、要するにその間、何を考え何をしているかということになりますね。
 仏法は多くその善知識を通して自分のところにやってくる。そこで、その善知識に近づかないとすれば、どういうことか。一目瞭然です。仏法に背を向けているということですね。師に近づかないということは仏法に近づかないことを意味しており、要するに自分の力を肯定して立てようとしているわけです。
 師に親近すれば、師からいただく言葉なども増え、より的確に師の言葉が自分に向かい、いただくものが質量共に増えて来るわけで、進展により拍車がかかるわけです。親鸞聖人は、善知識に親近しないことは仏恩を思うことのない具体的な姿であると、厳しく指摘しておられます。

 善導はこの第二段落の経文を「顕」と「彰隠密」の二重の受けとめで解釈をしました。「善導独明仏正意」と親鸞聖人は善導の功績を讃えられますが、それは具体的には、『観経』の中に潜在する如来本願のはたらきを、「彰隠密」の教えとして、経文の表の「顕」の教えの背後・根底に、このような如来本願の世界があることを明らかにしたことをもって、仏の正意を明らかにしたのだと言われたのでしょう。
 現に、如来本願のはたらきは、今、私たちの生きるここに来たってはたらいてまします。この生活の現場に潜在する「彰隠密」の本願の呼びかけに、私たちもまた、様々な現実に様々に触れることを通して出遇い、呼びかけを聞いていきたいと思います。

 今回は欣浄縁の第二段落だけとなりました。ここは厭苦・欣浄の、韋提希における最初の大きな転回点のところで、『観経』の山場の一つです。これからもさらに尋ねていきたいと思います

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