今よみがえる観無量寿経 第18回 「欣浄縁(1)」
 

るいれつの会(2012年11月12日)講義録

講師 岡本 英夫先生

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  ≪聖典の引用について≫
     聖典の引用箇所を左の略字で示します。
        東=東本願寺聖典
        西=西本願寺聖典(注釈版)
        島=島地聖典






 ≪善導大師『観経(四帖)疏』の出典について≫
    出典の頁を左の略字で示します。
       親全=『定本親鸞聖人全集 第九巻』
       聖全=『真宗聖教全書第一巻 三経七祖部』
      ノート=『観経疏ノート(深浦倫雄監修)』



(一)厭苦から欣浄へ


韋提希の苦の正体

 今回より発起序(ほっきじょ)六縁の中、四番目の欣浄縁(ごんじょうえん)についていただいていきます。今回は厭苦縁(えんくえん)から欣浄縁(ごんじょうえん)への展開のところを見てみましょう。
 欣浄縁は前の厭苦縁とセットになっており、「仏と人間との出遇(であ)い」の場面を説きます。「仏の自来赴請」とありましたように、仏のほうから人に出遇う。これが厭苦縁。その人は今度は自ら仏に出遇おうとする。これを説くのが欣浄縁です。「我れ今極楽世界の阿弥陀仏のみもとに生まれんと楽う」と。
 「厭苦縁」と「欣浄縁」は深いところでつながっています。両者の通底するところには、人間とは何であり、真実とどのように関わっていくものであるかという、人間の救いにおいて最も根源的な部分が横たわっています。ここが明らかにされ、ここに出されている問題が解明されなければなりません。
 厭苦縁の最後に、「厭苦」とは具体的に何であるかが説かれます。この「厭苦」こそが、仏を前にした人間の姿を的確に押さえた表現と言えるでしょう。厭苦縁から欣浄縁へと通底する人間存在の象徴的表現です。「苦を(いと)う」という「苦」とは何であり「厭う」とはどうすることか。ここをもう一度確認し、これを踏まえて先に進んでいきましょう。

 愁憂憔悴(しゅううしょうすい)の中、仏弟子を請うたにもかかわらず、釈尊のほうが韋提希の心の底の願いを知ってやって来られた。眼前に現れた釈尊。韋提希は驚き釈尊に申し上げる。それを経典は「自ら瓔珞を絶ち挙身投地し、号泣して仏に向かい(もう)して(もう)さく」と説きます。
 ここに、仏に対する韋提希の直接的な態度が表わされています。それは「号泣向仏白言」(号泣して仏に向かい白して言さく)のところです。
 韋提希は仏に申し上げます。その申し上げ方、その内容。ここに、韋提希の、即ち人間存在の仏に対するあり方、即ち真実に対するあり方が明らかに示されている。こう見たのが善導大師です。善導はこの経文を次のように解釈します。
 「『号泣向仏』と言うは、此れ夫人仏前に婉転して、悶絶し号哭することを明かす。『白仏』と言う以下、此れ夫人婉転して涕哭すること(やや)久しくして、少しき()めて始めて身の威儀を正しくして、合掌して仏に白すことを明かす」
 「号泣向仏白言」韋提希は号泣し、仏に向かって「白言」した。この「白言」は「白」も「言」もどちらも仏に申し上げるということです。

 善導はこの文を受けて重要な確認をします。「号泣して仏に申し上げた」ということは「号泣しながら申し上げた」のではなく、号泣し、し終わって、しばらくして仏に申し上げたのだと。では号泣し、しばらくして申し上げる、その間に何が韋提希に起こったとみたのでしょうか。
 「『白仏』と言う以下、此れ夫人婉転して涕哭すること(やや)久しくして、少しき惺めて始めて身の威儀を正しくして、合掌して仏に白すことを明かす」
 「向仏白言」以下を善導は「『白仏』と言う以下」と押さえます。「白言」を「白」の一文字で押さえなおしたのです。そして「向仏白言」の一事を、「号泣」の状態と、そしてやや時間がたっての「白仏」という明瞭に仏に申し上げる行為との二つに分けて、区別をはっきりさせたのです。ここは善導の人間観察の深く鋭いところですね。

 仏を前にして号泣した人間が、号泣しながらではなく、号泣が終わって仏に対してものを言うとすれば、それはいったいどういうことか。そこには何があるのか。号泣という泣く行為が終わっても、韋提希の心のあり方は、号泣せしめた「号」の要素がまだそのまま残っていると言えるでしょう。泣き終わったからといって号泣を超えることができたわけではない。泣くという感情的な発露は終わっても、泣き方を決めた「号」の要素は依然と未解決のまま残っている。

 そこのところを善導は、「此れ夫人婉転して涕哭すること(やや)久しくして、少しき惺めて始めて身の威儀を正しくして、合掌して仏に白すことを明かす」と表わします。泣くという感情に溺れる行為は時間と共に去った。次第に醒めてきたわけです。号泣しながら号泣の心で仏に申し上げたのではない。号泣という感情的あり方は既に終り、醒めてきて、醒めた心で、即ち冷静に理性的に確信的な思いをもって仏に申し上げたのだと。
 ですからこの醒めた心での発言こそ、韋提希の本心だというわけです。韋提希が酔っても感情的になってもいなく、醒めたところの本心で仏に申し上げた。それが次の「世尊、我れ宿(むかし)何の罪ありてか・・・」以下の二つの問いであることを善導は確認したのです。

 この二つの問いをいかに受けとめるべきか。これは韋提希が単に感情的になって発言したのではない。醒めたところからの本心の発露なのだと。仏に対する人間の本心というものがこれなのだ。ここに人間の正体があるのだと。善導は観経の厭苦縁のこの箇所で、人間の本質を押さえきったのです。人間の本質を押さえきろうという強い意志が「号泣向仏白言」の文は二つのまったく異なったことを表す文だと見抜いたのです。

醒めた本心からの発言
 では本心からの発言の内容はどうなのか。
 「世尊、我れ宿(むかし)何の罪ありてか此の悪子を生ぜる。世尊、復た何等の因縁有りてか提婆達多と共に眷属(けんぞく)()る」。
 この二つの問いの発言はもはや韋提希の号泣するような狂ったところから出たものではない。正気になったところからの発言です。
 この発言の基本的意味合いを善導は、「正しく夫人頭を挙げて仏を見たてまつって、口言傷歎し、怨結(おんけつ)の情深きことを明かす」と押さえます。醒めて正気になった心は仏にどのように向かうのか。深く礼拝をし、教えを聞こうと姿勢を正すのか。いやそうではないのです。あろうことか、その口で仏を傷つけ、心は(うら)みを深く結んでいるのだと。

 怨みを深く結んでいるのが韋提希の醒めた正気の心の姿なのです。怨みという感情はむしろ正気を失った心から出るのではないのかと思えます。しかし他の者への怨みはともかく、仏への怨みは正気の心から出るのです。
 人がどんなに自己に醒め正気になり、しっかりとしたものの考え方ができるようになっても、だからといって仏に頭を下げるのではない。醒めたその顔全体で、その心のすべてを挙げて、仏を怨み傷つける言葉を発するのです。これが人間なのだということですね。人間の装いに(だま)されず、人間とは何かをしっかりと見抜く善導の慧眼(けいがん)がここにあります。

 仏に向けた二つの問いは、阿闍世という悪子が生まれたのは自分の責任ではなく釈尊の責任であることを追及し、その言動を非難する内容です。自らの不幸を自らの責任によるものとせず、仏の責任としようとする。仏を非難するこの心とはどのような心でしょうか。
 これこそが自己をよしとする定散心、定散自力の心なのです。私にはどのような善もできる。私はそのような善人であるという思い。一旦その者の上に悪事が起これば、それは善ができる自分の責任ではなく、他の者の責任であると責任を転嫁する。こうして定散心の自分、善き自分であることを保とうとするのです。
 では誰に責任を持っていくのか。普通の人では被せるに力足らず。最も力のある釈尊のところに持っていくのです。釈尊の説かれる教えこそ自分を真に救う教えであるにもかかわらず。なんということでしょうか。ここに、真実にまったく反逆する者の愚かで悲しい姿が表わされています。これが私たちです。これは紛れもない事実です。

 韋提希にこの二つの問いを発せさせることにおいて、経典は、「あなたもこのような趣旨のことを最も大切なお方に向けて述べて、その方の責任を追及して生きているのではありませんか。本当は自分に責任があるのに、その方の責任を追及することを、自らがその被害者として安穏と生きることができる、その依り所としているのではありませんか」と、私たちに問いかけているのでしょう。
 仏を利用し、仏を生け(にえ)にして生きる者の姿がここにあります。狂気のもとでのあり方ならばともかくも、醒めて正気になったところでの仏教への態度がこうなのです。正気になったのだから、仏を信頼し仰ぎ礼拝をしようとしても、できないのが人間なのです。

 では「正気」にどれだけの意味があるのか。人間の正しい思いというその「正しさ」とは何なのか。存在のすべてを挙げて正しい思いをもってしても、仏を仰ぐことができないのが人間。なんという悲しさ、辛さ、なんという苦しみ。ここに人間の苦の本当の姿があるのです。

 「正」という文字は、上の「一」は(むら)即ち都市を表わします。下の「止」は足を表わし進軍・攻撃の意です。軍隊が都市を攻撃する。その様が「正」の文字となっています。都市を攻撃し、征服した軍は自ら宣言するでしょう。今日からは、我々の考え方が正しい法律である。昨日までのお前たちの考え方は間違いである。そう言って都市の住民を奴隷とし、自らが正しいのだと征服者は(うそぶ)いて支配者となるのです。「正しい」という言葉はこのような状況から生まれるのであると、漢字をつくった三千年前の人たちはよく分かっていたのです。

 では、私における正しさとは何か。何が何を侵略征服してわれこそが正しいと名のったのか。私の「我」の心が私という存在を征服し、われこそが正しい者だと宣言したのです。「正気」も所詮その「我」の心なのです。「正」に(だま)されてはいけない。「正」とあるからただしいのではない。人を騙すものこそ「正」なのですから。
 「我」の心は、自己自身をひたすら守るために、敵と戦います。虚仮不実にして邪見憍慢の「我」にとって最大の敵は、真実を覚った仏なのです。号泣から醒めて正気を取り戻したということは、仏を前にしおらしくなったのではなく、仏に対する戦線を整え終えたということになります。そこから放つ攻撃の矢が二つの問いということになるのです。

苦を克服しようとする願い
 では人間は最後までこのように仏を非難し続ける悪魔で終わるのでしょうか。じつはこのように仏を謗る心の底に、謗らざるを得ないという人間存在としての苦しみを荷って、ついにこれを克服できる自分になりたいという願いがある。仏を責めようと二つの問いを発する醒めた正気のその底に、人間の根源的要求というか、もしこの者が真に救われるとすれば、この願いが起こらなければ救われようかないというその願いが、存在の一番深いところにある。善導はそれを見出したのです。

 第一の問いを受けとめて、これは「願はくは仏の慈悲、我れに径路を示したまえ」と心の底で願っていることを表わすのだと、善導は愁憂する韋提希の存在の底を見たのです。
 仏を責める韋提希の心の底に次のような思いが動いていたと善導は見たのでしょう。
 「私を救おうと、その方のほうからやって来られたお釈迦様。如来真実のはたらきを私に伝えようと自ら立ち上がってやって来られたお釈迦様。その方を私は心の底から(うら)(のろ)って、じつは私の責任であるこの事件を、お釈迦様の責任であるとしてまで自己を善しとしなければならない私。道理は間違っていても、どうしてもそうしなくてはならない私。
 しかし、これで本当にいいとは思っていない。なんとかしてどんなことがあっても、この自分から逃げずに、この自分を背負って、存在のすべてを投げ出して如来真実の大慈悲のはたらきを真正面から受けとめさせていただきたい。そうでなければ、生きることに何の意味があるというのか。
 真実に背を向ける邪見憍慢のこの私にとって、大慈悲の真実を頂くことが本当の道。なんとしてでもこのことを実現したい。お釈迦様、どうかこの私が大慈悲に出遇うことができるように、私のための教えを説いてください。心からお願い申し上げます。」

 仏を謗らざるを得ないことが人間の根源的な「苦」なのです。人はこのあり方の中に埋没して謗り続けて人生を終わるようだけれども、しかし、この謗る心の底に、これを(いと)う心、こうであってはいけない、このあり方から離れていかねばならないと思う心がある。これが「厭う」心なのです。仏を謗らざるを得ない苦しみから離れて真に仏を受けとめる自分になりたい。これが「厭苦(えんく)」の心なのです。
 この「厭苦」の心こそ、人間存在の根本の意志と言えるでしょう。この心が存在する場、この次元こそが、救われていく場であり次元なのです。救いの問題は、この次元のこの場においてなされなければならない。この「厭苦」の要求が事実上の出発点となって、韋提希は今から救いに向けて動き始めて行くのです。

 王舎城の悲劇で明らかにされた悲劇の存在としての人間。人間であるということが悲劇的存在であるということを意味していました。その悲劇性の最も根源にあるものが仏を(そし)るということ。
 しかし、この悲劇性によって人生に大きく(つまづ)くことを縁にして、人は真実に向かおうと思い、はじめて顔を真実に向けようとする。どちらに真実があるかはわからないけれども、真実に背く自分はわずかに見える。そして真実はわからないけれども、真実を説くお方が眼前におられる。
 なんという恵みでしょうか。しっかりと目を見開いて反逆の自己を確認しつつ、世尊の教えを聞いていこうと。仏を前にして韋提希が変わっていく、その最初の変化であったわけです。

 「厭苦」の場こそが、これからの『観経』の教えが韋提希にはたらき、韋提希を変えていく場になっていきます。これこそが人間の上に展開する仏教の場なのです。その最初は「欣浄縁」において「厭う」心が単に気持ちだけではなく、生産的な願心を持つようになっていく展開が示されます。それが「欣浄」という願いに生きるあり方です。
 「厭苦」の場が「欣浄」の場へと変えられていきます。浄土に生まれたいという願いが人間存在の一番深い厭苦の場に生まれ、厭苦を転回せしめるのです。願いこそが人間の問題を解決する。苦を厭う心は次第にはっきりと生産的な方向に向かって形をもち、願いへと変わっていきます。韋提希は変わっていく。如来真実へ向けて変わっていくのです。

 なんという不思議なこと、なんというありがたいことでしょうか。人間の上にこの変化が起こるとは。この変化が起こらなければ誰も救われません。この変化によって人は救われるのです。誰もが救われるのです。この変化の道こそ、私たちが出遇わなければならないもの。この変化の教えこそお聞きしていかねばならないもの。その教えが今から少しずつ説かれていきます。


(二)憂悩なき処を説きたまえ

願うものと願わないもの

 「厭苦」即ち苦を超えようとする韋提希が、釈尊の善巧方便により、「欣浄」即ち浄土を求める韋提希へと変わっていきます。これを描くのが欣浄縁です。「厭苦」の苦とは仏を謗らざるを得ない人間のあり方です。その逆謗の存在が、謗っている仏の世界こそわが生きるべき世界だとして、そこへ行こうと願うようになる。人間における大転換ですね。
 この転換をなさしめる為に登場するものは、大きく言えば、第一に、韋提希のところへ大慈悲ゆえに自ら来たって教えを説こうとされる仏陀釈尊の存在。第二が、その釈尊に出遇ったがゆえに知らされる韋提希の存在の最奥の心、即ち逆謗の自己であること。この二つですね。大悲と逆謗との出遇い。これが仏と人との出遇いの正体。ここに宗教があり、人生があります。

 既に厭苦縁から始まっているわけですが、この大きな転換がこれから欣浄縁のところで本格的になされていきます。この箇所はとても大事なところですね。厭苦縁と欣浄縁での釈尊と韋提希の出遇いをしっかりと踏まえれば、これが全体の基礎ですから、その先がとてもわかりやすくなります。わかりやすくなるということは、観念的な理解で終始せず、具体的にわが身の事実に即して教えがいただけるようになるということです。
 「厭苦」の「苦」がわが身の事実の根本の姿であったわけですね。仏を謗らざるを得ない私。経典の中の韋提希のことだけではなく、じつはこれが私であるということをしっかり確認しておきましょう。この私の逆謗のあり方が、こともあろうに私自身の救いを絶望的なものにしているという点で、私における最大の「苦」なのだということです。この苦を真に超えたい。この思いが韋提希に起こってくる。私にも起こってくる。苦に沈んでしまわざるを得ない者の上に、どうしてそのような願心が起こるのか。欣浄縁はその一点を明らかにするのです。

 はじめに経文の前半をみておきましょう。
 「唯願わくは世尊、我が為に広く憂悩なき処を説きたまえ。我れ当に往生すべし。閻浮提濁悪世をば(ねが)わざるなり。此の濁悪処は地獄餓鬼畜生盈満(ようまん)し、不善の(ともがら)多し。願わくは我れ未来悪声を聞かず、悪人を見ざらん。今世尊に向かいて五体投地し求哀懺悔す。唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業処を観ぜしめたまえ。」(東92 西90 島2-4)

 韋提希ははじめて現実が見えてきます。現実世界は苦しみが満ち満ちて悪人も多く、もはや自分の生きるべきところではないと思うに至る。そしてどのようなところかは分からないけれども憂悩なき処を求める。「唯願わくは」と、このことが自分の願いとなったのです。ここから大きく動き始めます。そしてこのことを、姿勢は不十分であり問題はあるけれども、釈尊に教えを請うのです。これに応えて釈尊は「光台現国」の教えを説かれますが、これは後半部分です。

 前半部分を善導大師は四段に区切ります。まず第一段が、「唯願わくは世尊、我が為に広く憂悩なき処を説きたまえ。我れ当に往生すべし。閻浮提(えんぶだい)濁悪世をば(ねが)わざるなり」
 ここを善導は次のように受けとめます。
 「『唯願世尊為我広説』従り下『濁悪世也』に至る已来、正しく夫人通じて所求を請じ、別して苦界を標することを明かす。此れ夫人自身苦に遇うて世の非常を覚るに、六道同じく然なり。心を安んずるに、之れ、(よりどころ)有ること無きことを明かす。此れは仏説の浄土の無生を聞きて、穢心を捨てて彼の無為の楽しみを証せんと願う」(親全83 聖全485 ノート87)

 この第一段を一言で押さえれば、「夫人通じて所求を請じ、別して苦界を標することを明かす」ということですね。大きな構造として、「通じて」と「別して」と二つに分けて述べられています。「通じて」は広く、「別して」は具体的に、ということです。この段だけを見れば、「通じて」は「所求を請ず」即ち自分の求めるところを請うた。どこに憂悩なきところがあるか分からないけれど、どこであっても広くその処を請うたということです。
 「別して」は「苦界を標する」。自分において苦の世界が明らかになってきたと。「閻浮提濁悪世」この現実世界はまさしく苦の世界であることがはっきりし、もはやここを生きようとは思わない。憂悩なき処を生きたいということです。
 
 この「通」と「別」は、欣浄縁全体から見ればもう少し大きな構造をもっています。経文の「唯願わくは仏日、我れを教えて清浄業処を観ぜしめたまえ」というところが「通じて去行(こごう)を請う」ところで、清浄業処という憂悩なき処へ行く方法を請うところが後に出てきます。「去行」というのが行く方法です。従って、「通じて請う」もの、即ちまだよく分からないけれども広く請うところは、「所求」と「去行」。目的地とそこへ行く方法の二つということになります。

 これを受けて、この二つのものが韋提希の上に具体化し決定されていく。その歴程が大事なわけで、ここを説くのが欣浄縁の内容になるわけです。「光台現国」という教えをお釈迦様が説かれ、それによって韋提希に目的地とその方法がはっきりとしてくる。
 経典では、欣浄縁の最後のところで、韋提希がお釈迦様に向けて「世尊、是の諸仏の土、また清浄にして皆光明有りと雖も、我れ今極楽世界の阿弥陀仏の(みもと)に生まれんと(ねが)う。唯願わくは世尊、我れに思惟を教え、我れに正受を教えたまえ」と申し上げるところです。

 この中、「我れ今極楽世界の阿弥陀仏の(みもと)に生まれんと(ねが)う」のところが韋提希に生きる目的が決まったことを表わします。この箇所を善導は「別して所求を選ぶ」と押さえます。お釈迦様の教えを受けて、目的の世界が具体的に一つに決まる。阿弥陀の世界を生きることを韋提希は自分で選んだということです。
 これに伴い、その阿弥陀の世界へはどのようにして行けばいいのかが問題になります。韋提希はそれも自分で決定します。「唯願わくは世尊、我れに思惟を教え、我れに正受を教えたまえ」。「思惟」と「正受」ということが方法なのだと。
 果たして、初めて阿弥陀の国へ今から行こうという者に、その方法が自分で明らかになるものなのか。ここは大いに問題の箇所ですが、それは後のこととして、具体的に方法が決まり、それをお釈迦様に説いてくれるように要請をします。この箇所を「別行を請求す」と言います。

 このように、この第一段は、初めに「通じて」を出し、ではそれが具体化して結論となった「別して」とは何かということを「苦界」と「極楽世界」という二重の答え方をしていることになります。これはなかなか見事ですね。厭苦縁から欣浄縁にかけて、韋提希に明らかになったのはこの二つだということです。

 欣浄縁全体を通じての文章表現から見ても、「唯願わくは」という言葉が幾度も出ます。願いが次第に純化しているということでしょう。そして最後に「我れ今極楽世界の阿弥陀仏の所に生まれんと楽う」となっていく。「(ねが)う」は善導による意味の押さえは「浄国に臨んで、喜歎自ら()うること無し」ということで、浄土という世界が生きる目標として明らかになり、嬉しくてうれしくて自分でもどうしようもないほどであったと。「願い」がついに「楽い」にまで至ったということですね。

 一方、楽わない方もある。これが「閻浮提濁悪世をば楽わざるなり」ですね。喜びにあふれて願う「楽」の否定ですから、もはや絶対に願わないのだと。善導はこれを「別して苦界を標す」と押さえた。
 「標」の文字は、(しかばね)を野で焼き、その火勢の盛んなことを言います。埋葬が一般の中、火葬は異常のことであり、その異常な事態の中でさらに死体から炎が燃え上がる。その炎を見ない者はないでしょう。炎が参列の人に与える印象は強烈なものがあるはずです。このように、誰もが注意をして見ることができるように表わすことを「標」と言います。

 このように、今韋提希は苦界を標したのだと。韋提希において現実世界は苦界であることが明らかになった。苦界は何度も申しますように、単なる苦しい世界というのではありません。「苦」の正体は厭苦縁で明らかにされましたが、仏を信じようとしてもどうしても謗ってしまう、(そし)らざるを得ない自分であるということです。自分の個性としてではなく、人間としてそのようにしてしまう。このあり方から逃れようとしてもその方法がない。ついに真実に出遇うことができない者。なんという苦しみ。それが人間としての私の根本の苦なのだということですね。
 明らかになる順番は苦界のほうが先です。自らの苦の正体に気づいてきたがゆえに、真に生きていくべき世界を求めようとする。この構図が欣浄縁の一段を包んでいるようです。

自身の苦に遇う
 さて大意を以上のように述べて、この一段の内容を善導は深く尋ねていきます。
 「此れ夫人自身苦に遇うて世の非常を覚るに、六道同じく然なり。心を安んずるに、之れ、(よりどころ)有ること無きことを明かす。」
 韋提希は自らの苦に出遇った。そして世の非常を覚り、六道、即ちどのような生き方をしてもこのことは同じであることを覚ったのです。これは大変なことですね。この文章で目を瞠るのは「覚る」ということ。「別して苦界を標す」と表わされたように、はっきりと苦の世界が見えてきたのです。ここはしっかりと押さえなければいけないところですね。

 「憂悩なき処を説きたまえ」と請う韋提希。「憂悩なき処」がなぜ要請されるのでしょうか。そもそも「憂悩」とは何か。「憂悩」は「愁憂の悩み」でしょう。さらに「愁憂」は「厭苦」からくるものです。「厭苦」のもとに「苦」がある。仏を謗らざるを得ない人間のあり方です。やや荒っぽく表現すれば、なんという罰当たりな存在であろうか、ということですね。
 仏を信じようとしても、その心が起こらない。尊敬しようとしても頭が下がらない。讃えようとしても素晴らしさが見えない。懺悔しようとしても自分の罪が見えない。ついに真実に遇えず、ただ「我」を主張し、「我」であることをいいことにして生涯を終えていくかもしれない。大間違いの人生。
 なんという罰当たりな自分であろうか。ここに真実に向け、救いに向けて一歩たりとも進めない愚かで情けない自分がいる。進もうとして進めない。どうしようもない。この自分に韋提希は出遇ったのです。これが「夫人自身苦に遇うて」ということです。

 韋提希が王舎城の悲劇の中だけにいたのなら、こうはいかなかったでしょう。苦の真っ只中にいて、自らの苦の正体を知ることができなかったに違いない。自己正当化にして被害者意識の韋提希であったからです。その韋提希に苦の自覚を起こさせたのは、耆闍崛山より来たったお釈迦様です。
 韋提希はお釈迦様の何たるかはまだ分かりませんが、しかし、存在がものを言うのです。それゆえに、お釈迦様に出遇って、「自ら瓔珞を断ち、挙身投地し、号泣して仏に向かい白して言さく。『世尊、我れ宿何の罪ありてか此の悪子を生ぜる。世尊、復た何等の因縁有りてか提婆達多と共に眷属為る』」と驚き動揺し心の底を見透かされ愚痴をぶちまける。お釈迦様の力、真実を覚った仏陀としての力が韋提希に及んでいきます。真実はそこにあれば、必ず生きてはたらき、不実の者を動かしていく。「仏の自来赴請」は、最初から大きなお仕事をなさるのです。

 このことは「苦に遇う」という表現からも見て取れるでしょう。「遇う」は相手のほうが自分のところへ来ることによって遇うあい方です。自分が進んでいって、それによってあえるのだというのではない。相手に由るのです。その相手に簡単にあえるのであれば問題はない。しかし、遇いにくい相手であったらどうするか。
 相手は仏陀釈尊なのです。韋提希は遇いたくないのです。だから、釈尊を、お徳が高いので来て頂かなくてよいなどと言って避けた。しかし、釈尊のほうは行かれます。ついにこの自来赴請を韋提希は受けとめていく。これによって、自分の根本のあり方、即ち仏を謗る自分であることが知らされてきたのです。釈尊を受けとめることによって、釈尊と共に、自らの苦の正体がやってきた。それに出遇ったのです。
 私のあり方の根本を照らして教えるものに出遇わなければならない。向こうからやってきて私を照らす光を受けとめなければならない。「遇」というあり方によって、人は自分の姿を知らされるのです。

 仏に背く自己であるという自らの根源的現実は、生きる上での具体的な気持ちを「うれい」の状態にしていきます。楽しいことがあっても何があっても、心の基本の雰囲気は「うれい」。毎日の自分の気分は「うれい」なのです。これが「愁憂」でしょう。従って、この愁憂は単なる感傷的な気持ちではなく、仏を謗る自分という厳然たる事実を根っこに持った感情なのです。

 気分というのは不思議なもので、自分自身なのですが、他者のように自分に迫ってくる。気分のない日というのはない。常に何らかの気分に迫られ襲われ促されて生きている。この気分が明るく温かく、私を喜ばせるものであればどんなにいいか。だからというわけで、明るい気持ちを持とうと思っても、気がついてみればその意思を超えた気分に襲われている。
 気分のほうがどうも根が深いようです。意志や考えよりも深い。それはそうなのです。気分は私の根源のあり方を反映しているのですから。仏にどこまでも背を向け謗る私であることが、生活上の私の気分をとなり、私をどこか苦しめるものとして迫ってくる。私の気分なのだから私を責めなくてもいいのにと思うけれど。気分はとても正直に私の根源を表現しているのかもしれません。

 仏を謗る根源の私、ここから愁憂という気分が沸き出で、愁憂が私を責めるがゆえに悩みが起こる。それが憂悩です。憂悩は「苦」から来ているわけですね。韋提希は憂悩なき処を求めた。単なる苦しみからの逃避ではないでしょう。「夫人自身苦に遇うて世の非常を覚る」この世界は皆仏を謗ることが元になって成り立っているのだということが分かったのです。

 「非常」とは常ではないこと。「常」とは、私が思う私の考え方です。この世界は私が思うようには動いていかないのだと。それは自分の考え方が仏に反逆するように真実の道理に則らないものであるから、当然自分の考えどおりには行かない「非常」なのだと。これが韋提希に分かってきた。

 阿闍世を可愛がって育て愛していると言っても、その教育に真実はあったのか。可愛いわが子と愛していると言っても、それは子の為にわが命は捨てないような自己愛ではないのか。そのような態度を子供に向けて続けてきて、どうしてその先がすべてうまくいくことになるというのか。
 子育てに真実がなく、愛情に自己本位があったとすれば、その結果は親への復讐であってもおかしくはない。それをすべていいことをやった、わが子がこのような悪子になる責任は私にはまったくないとどうして思うのか。その思いからすれば、この世は「非常」なのです。思ったとおりにはいかない。なぜなら、その思いに間違いがあるからです。

 韋提希は自らの考えが自己中心であり、人も皆そうであって、どのように考え方を変えても、根が自己中心である限り、すべて皆、思い通りには展開しない非常の世界なのだということを覚るのです。「閻浮提濁悪世をば楽わざるなり」明快な断案ですね。もはや現実の中に夢は追わない。いや、現実がどうこうと言うよりも、現実を生きる自分自身の生き方考え方の根本に問題があることを知らされたのです。

よき人を通して浄土の教えを聞く
 世の非常を具体的に次のように表わしています。
 「心を安んずるに、()れ、(よりどころ)有ること無きことを明かす」
 この原文は「無有安心之地」です。普通の読み方は、「安心()()有ること無し」でしょう。これを親鸞聖人は、「心を安んずるに、()れ、(よりどころ)有ること無し」と読みます。「地」に振り仮名をつけて「よりどころ」と。

 普通の読み方であれば、この世界は非常の世界だから、どこにも安心できるところはないということになります。しかし、親鸞聖人の読み方は違うのです。「之」を「の」ではなく「これ」と読んで、現実のここかしこを具体的に指しています。ここのこの現実を見てみよと。どうしてこれが拠り所と言えるだろうかと。
 「地」を単に場所を指すものとして「ち」と読まずに、「よりどころ」と読む。大地を連想させますね。さらには浄土を。この現実をよく見てみよ、ここがあなたの大地のような拠り所となるだろうかと。一つひとつ確認して、ついにこの世界には拠り所はどこにもない。本当の拠り所を求めよと。韋提希に必要なのは真の拠り所。それこそが阿弥陀の浄土です。閻浮提濁悪世を楽わない韋提希に、真の拠り所としての阿弥陀の浄土が指し示されているのです。

 この韋提希の心の営みは何を意味することになるのか。善導はこれを解明します。「此れは仏説の浄土の無生を聞きて、穢心を捨てて彼の無為の楽しみを証せんと願う」と。
 韋提希がこのように思ったことが意味しているのは、浄土の無生の世界を仏説として聞くことによって、自らの穢心を捨て浄土の世界に至りたいと願っていることを意味しているのだと。これは大変な理解ですね。この現実世界の中には拠り所がないことを明らかにする行為が、真の無為の世界である浄土に生まれたいと願っていることなのだと。
 こういうことが人間の行為の意味なのですね。善導はもちろん、仏の心をもって解釈します。人間の行為を正しく受けとめるためには、この仏の心をもってしなければならない。仏の本願の世界の中において人を見る時、初めて真相が分かる。そういうことでしょうね。

 この文章の原文は「聞仏説浄土無生」です。普通の読み方は、「仏の浄土の無生を説くを聞きて」となるでしょう。これに対して親鸞聖人の読み方は、「仏説の浄土の無生を聞きて」です。聖人はどこに重点を置いて読んだのか。「仏説の」というところでしょね。
 浄土の無生、浄土が真実の世界であることが説かれるのを聞いてということですが、その聞き方が問題。浄土についての知識を得るような聞き方なのか。それであれば聞法にはならないというのでしょう。そうではなく、人を通して浄土のことは聞かなければならない。生身の具体的な人からじかに聞くことが大事なのです。

 人間である私に仏法が伝わるには、同じ人間を通してでなければならない。これは鉄則です。本は役に立ちますが、本を媒介にするだけではいけない。人を通さねばならない。ここの道理を第十八願成就文は「諸有衆生 聞其名号 信心歓喜」と表わすのです。
 「聞其名号」其の名号を聞く。「其の」というのが本願成就し南無阿弥陀仏と念仏申して生きている具体的な人です。その人を通して如来の呼びかけを聞いて行く。如来の呼びかけを聞くのだから人を通す必要はないと考えてはいけない。私と同じ人を通さないと私に伝わらないのです。

 従って親鸞聖人は、信心成就の念仏者という、私たちのいわば目標となる人間像を「真の仏弟子」と表わされました。善き人善知識の弟子となることが大切なのです。広大無尽の仏法を、そのよき人を通して、いわば一点を通してお聞きしていく。よき人は広大なる仏法を私のために私に合わせて編集し、一点からの流れで説いてくださる。具体的な人格に触れ、その人格を通って現われ出た具体的な教えが私を打ち、私に伝わるのです。
 今韋提希はお釈迦様を前にして教えを聞いて行こうとしている。かつては避けたお釈迦様から今教えを聞こうとしている。その変化を善導は確かめ、親鸞聖人はその大切さを明らかにしようとこのように読まれたのでしょう。


(三)法蔵菩薩との出遇い

華座観へ向けての歩みの出発

 厭苦縁から欣浄縁への展開のところは、仏に背を向け謗らざるを得ない人間存在が、その仏を前にして大きく展開し、仏を受け入れ仏の世界を歩んで行こうと願う、その転回が説き明かされるところです。逆謗の存在がなぜ転回するのか。これが最大の問題でしょう。
 愁憂を背負いきって歩む者となる。これがやがて願生浄土の歩みとなっていきますが、その方向に向けての第一歩がここにあります。いったい愁憂の思いを人間の何が背負いきって歩めるのか。その力は、愁憂する人間、即ち逆謗の存在の中にはないでしょう。しかし、その人間存在の中に、彼の生きる心の中に来たって彼自身となるものがある。それが『大経』が説く法蔵菩薩の歩みです。

 法蔵菩薩は、人を救う「真実」を、その主体的側面において人格的に表わしたものと思われます。真実が真実でない者に向けてはたらきかけ、この者を真実の者としていく。その真実の主体的動きを法蔵菩薩として表わしたのです。
 法蔵菩薩は自らの歩みを誓う時に次のように述べます。
 「たとい身を諸の功徳の中に()くとも、我が行は精進にして忍んで終に悔いじ」
 私たちの歩みの中に法蔵菩薩が来たって、歩む私の主体となって精進の歩みを貫いてくださる。
 今、自らの苦を覚り、現実世界に夢を追うことの過ちを知った韋提希は、これからさらにお釈迦様の善巧方便の教えを受けとめ、阿弥陀の世界に生まれることを生涯の目標として本格的な歩みを始め、ついに阿弥陀の本願の呼びかけに覚め、これを受けとめて念仏申す者となっていきます。願生浄土の韋提希の誕生です。そこに向けての第一歩が今厭苦縁から欣浄縁のところでなされようとしているのです。何事も第一歩目が大変。
 しかし、韋提希をして最初の一歩の大きな動きをなさしめているものがある。それが法蔵菩薩の願いです。韋提希の苦しみ。それは法蔵のその真実を疑い謗る行為です。そうせざるを得ない人間存在。この韋提希の苦しみに、謗られている法蔵菩薩ご自身がはたらきかけ、新たな歩みを起こさそうとするのです。
 韋提希は今はまだ法蔵のはたらきには気づかない。気づかずに、自分の力で阿弥陀の世界に向かおうとする。その行為の底にある心を次第に照らされていく。
 こうして韋提希の歩みが始まっていくのです。やがて華座観に於いて法蔵菩薩の深いお心に出遇い、南無阿弥陀仏と念仏申す者となっていきます。それは将来のことですが、そこへ至る歩みが今、厭苦縁から欣浄縁のところで始まるわけです。人の歩みは、内容から言って長い長い歩みだと言うべきでしょうね。
 次回、欣浄縁の続きを見てみましょう。

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