<上巻> 第三章 真実のみが末徹る

410
真実のみが末徹る
菩薩というも真実である
仏というも真実である
人は迷う 迷うがゆえに
真実に換えるにペテンをもってし
策略をもってし 時に悪逆無道をもってする
けれども真実は少しも狂うことなく
久遠から永劫を一貫する
幾千年昔にも真実は勝った
今も依然として真実は勝ち
そして未来永劫に必ず勝ち続けてゆく
この真実に対する根本信念がぐらついた時
その人の生活もまたぐらついてくる



350  
真実の教法は
人の上に生きて人生の事実となる

真実のみが末通る
真実のみが末通る

真実の正法を力とし
正法を求め
正法に生き
正法のためのみに
我らの一生を捧げて行こう



36
我らの世界では
  ただ 真実に生きてゆくこと
それのみが許されてある
  不幸や禍や苦しみを数え
自分の生き方の不徹底さを
  弁解することは許されない
  全身を弾丸にして
  ただ 真実を通せ
如来は真実である
  真実とは如来である



51
一仏を拝すれば 一切仏を拝するなり
一菩薩の誓願は 一切菩薩の誓願なり
  真に一善知識に生きて
  百千の善知識に生かさる
汝をして真に合掌せしむる知識を通して
  久遠の本仏に帰命せよ
その誓願に生かされて後
  人生に還れ
  そこにのみ正しき人生の領解がある



56
鳥も己を歌い
  花も己を咲く
何すれぞ人のみ
  諂い曲り 欺き誑す
端心正直は
  人たるの道なり
  涅槃に通ずるの道なり
端心なれ素直なれ 人の子よ
真心のみこれ菩薩の道場なるがゆえに


63
同胞よ迷うことなかれ
  金剛の真心に乗托して静かなれ
同胞よ退くことなかれ
  念仏一道に生きて地に埋もれよ
世間虚仮にして喧騒に満つ
  喧騒を超越して己を鎮めよ
  真実のみ一切の鎮めなり
  しこうして真実は自覚の底に貫流す
同胞よ迷うことなかれ



78
人間の和乱れて醜いよいよ滋きも
  野辺に咲く花の色は変らず
人間の心迷うて顛倒の闇深けれども
  天心の月の光は変らず
天上の月は移ろい大地の花は散れども
変わらぬ一実真如六字の月
  法界に常住に輝きつつ
  衆生心想のうちに現われて信となる
衆生顛倒の大地に咲く浄華の尊さよ



93
汝の生活をして念仏中心の生活たらしめよ
  汝の今日一日をして
  如来中心の生活たらしめよ
永遠の白道に立ってのみ
  はじめて水火二河を知り
  仏願力によってこれを越えることを得ん
触光柔軟の香 薫ぜずば
  我慢の悪臭 汝に出でて汝を包み
  愚痴の黒闇 やがて三悪道を出現せん



94
己の知らざる心の奥底が
  人格の根幹となって
  身口意の三業一切の上に現われて
  微塵隠れあることなし
この隠れたるを何によってか知る
  いわく 真実の教えである
教えを聞いて自己を見ざる者は
  真実の教法と人とに恭敬の心なく
  正定聚不退の行歩あることなし



102
大樹あって大空にそびゆれば
  必ずその根は深く大地に伸ぶ
国家の興隆 表に顕現すれば
  裏に必ず深き国民の精神文化あり
永遠の大道 無限の徳力
  根幹なき一時の興奮は
  真実永遠の力にあらず
されば真実に栄えんとするものは
  正法によって内に無限に培う



145
如来がわかれば自己がわかる
自己がわかれば如来がわかる
わからぬものは自己である
鏡を凝視せよ 自己が見える
如来を信ぜよ 大円鏡智にうつる自己が見える
自己のわからぬものに 自分の道があろうはずがない
道がわからぬものには 力と悦びとおちつきのあるはずがない
如来の本願は一切衆生の道である
本願の大道に立ったものだけに
真実の御国への歩みがある



174
万人 春におうて春に酔い
花を見て花に浮かれる
人間の生活は そこにある
されど春に歌いし者 必ずしも秋を笑わず
道は遠くして 日暮れなんとす
花を見て歌わざるは 人にあらず
されど花に歌うのみにて 人にあらず
汝 人生を考えつつありや
春は花の咲く時にして また 花の散る時である
求道の子!
花を知らざるにあらず
彼 また花を称す
ただ 死を知るのみ
大悲招喚を聞くのみ



217 
真実!
この最高重要の文字があまりにも易々と使われ
何らの検討もなく あまりにも平気で 平凡に肯定せられる
だがこの平凡なる文字をじっと凝視して
汝の過去を憶え 現在を内省清算せよ
汝は果して自信と権威を持って
この二文字の行く末をつきとめることができようか
真実の二文字の失われたる我
そこに生活があり得るか
喜びと力があり得るか
逃げたるものは 取り返さねばならぬ
真実の二文字の解決は
やがて久遠より永劫に亘る汝自身の解決である
この解決の鍵を握るもの すなわち聖人の信巻である



245  
人多く集まるも たよるに足らず 人去るもまた 悲しむに足らず
帰依るべきはただ大法のみ 悲しむべきはただ汝の胸中の悪逆のみ
如来本願の真実のみ 法界を貫きたもうに
何すれぞ 貪欲のみにあやつられて
この久遠の真実の金剛力に乗托せざる
たとい念仏するも 底なき大法に底を入れ
限りなき愚悪に徹するを忘れる時
すでに悪魔のためにやられて 本願の船に乗ずと思いつつ
名利貪欲邪見我慢の火の車に乗る
悪感情一度動いて 尊きもののすべてをもこれを泥土に捨て
謗法の毒刃を磨ぎすまして 一切の聖賢尊長を斬る
愕然として己に帰り 頭を大地につけて 如来真実の本願力に乗托せよ
人自ら汝に帰せん



254 
汝もし法を聞いて念仏せんに
一日にして道を失わば 更に聞け
十日にして失わば 更に聞け
一ケ月一年にして失わば 更に聞け
しこうして更に聞き更に聞け
しからば必ず不退転の域に至らん
道に生きたる古今の聖者に
一貫相続を言わざる者一人としてあるべからず
他力信心の世界は必ず相続す
如来常住の本願力に住持せらるるがゆえに
内に如来廻向の清浄心に満足慶喜するがゆえに
外に真実の善友善知識を得るがゆえに
必ず一貫相続することを得
永遠の若さはただこの人の上にあり



258
悠久なる歴史において自己を見る者に
感謝があり 懺悔があり やがて一心奉行がある
無我報謝の行者集まる所 いかなる無明混乱の巷にも
必ず同心一体の大道を顕現して
真実の歴史を成就し 真実の大行を現行せしむ
しかるに凡夫迷情の自力
貪欲の計うままに 己を大いなる流れより抽象して
泡沫のごとき幸福を追う
長寿百年を経とも 何ものも有ることなし
何ゆえの非道ぞや 貪欲ぞや 畜生ぞや 迷路ぞや
人はただ 教えによって道を知り 己を知り 真実を知るのみ
されば聖賢というも そはただ 教えを聞き教えに生きたる人に過ぎず
故に汝ただ忠実に教えに聞け
悠久なる流れ汝にあり



287  
「生死の苦海ほとりなし」
はてしのない苦しみが次々におしよせる
悲しいことがだれの上にもおこって来る
どうすればいいのか
はっきりした断案がある
言わく真実の教えを聞きぬくことである
真実の教えは必ず内に不滅の燈をつけてくれ
必ず明るい金剛の信念を与えてくれる
苦しむまいなんてけちな考えをおこすな
泣け苦しめ 真実の教えを聞いて
久遠のおんいのちの中においてほんとうに苦しむこと
それが生死海におけるたった一つの道である



301 
常に問題は内にある
如来寂静の光に照らされて 常に新たに問題を内に発見する
「是非知らず邪正もわかぬこの身なり」と聖人は仰せられるに
善と悪 邪と正とを人の上に見ることのみに敏感であることよ
しかもこの善悪の裁きに敏感であればあるだけ
虚仮顛倒の妄見 角の生えた鬼であることに気づかない
問題は常にある 
間違った裁きもこれを受け取って念仏すべきである
裁いた者はかえって傷つき 裁かれたものは得をする
攻撃するか攻撃されるか
いつの世にも 真実に生きようとする者が 腐ったものから誤解攻撃される
誤解は決して真の恐しさではない
問題は永遠に内にある
如来寂照の光 限りなく照破したまわずば 内に悪魔ついにすがたを現わさず
念仏するも名利の奴となって 無碍の大道を失うであろう



332
人間たる我に真実はない
人間たる我に真実をゆるすなどとは恐しいことであり 愚かなことでもある
重ねていう
人間心そのままの上に真実などという名はゆるされぬ
でも人間は真実を求める
然り人間は真実をたずねる
けれども真実を求めているということは 真実であるということではない
否 真実を求むればこそ 真実を求むる者にのみ
自分を見つめて不真実と泣けるのだ
不真実でない者が真実を求めたこともなければ
真実を求める者で 自分の不真実に泣かぬ者はない
真実を求める心がないならば 人間の血みどろの歩みはないであろう



335  
他力とは自力とならぶべきものではなくて
自力教の究極が他力教である
自力で覚が開けたとか
我はこのままで如来であるとかいうことは
真に我の正体をつきとめず
いい加減なところで 求道心がにぶったのである
自力教でとどまるということは
厳粛なる人生の事実を忠実に見ざる不徹底なる求道者の一時的腰掛である
美しいと予想された我が打ち壊されることがあることを知らないのである
業力の根強さに目覚めた者は
そこに願力の不思議に救われて
すべての自力教が他力教に入るべき過程であったことが知られて来る



344 
南無阿弥陀仏は 自利利他一如の世界である
人間に恵まれるたった一つの真実である
如何なる言葉も
  裁く声であり 呪いであり 自己讃美であり
  悪口であり 両舌であり 綺語であり 妄語であり
  愚痴であり 自暴であり 弁解であり 遁辞である
そうした一切を虚仮として否定しつつ
南無阿弥陀仏は生まれる
お念仏は唯一のまことである
生命の内奥
浄土より 如来より生まれ出でた真実行である



352
真実とは如来である
如来とは真実である
「真実の発揮」とは 如来に生きることである
如来の絶対勅命は 無視することも 拒むことも はからうこともできない権威をもって
我らの現実に君臨し 我らを生かし 我らを動かして
必然の一道を歩みきらせずにはおかない
如来と共なる時 仏凡一体なる時
宿命の岸壁は打ち砕かれ 涙の谷間は打ちはらわれて
罪悪業報 賞讃 悪罵 中傷 迫害 誘惑等々の一切を無碍道の上に越えて
使命への一道が
その現前脚下に打開されるのである



367 
古い殻を破って たぎりたつ生命が吉水の法然上人を中心に湧いている
不思議な力が親鸞を法然へと結びつける
仰ぎ見る 巍々たる人格の光! 伏して拝す 燦然たる信仰の輝き!
求めたものは与えられた 探したものは此にあった
求めよ必ず与えられる 叩けよ必ず開かれる 教えを受けんとすれば師匠を求めよ
盗賊になろうと思えば盗賊の親分のもとに走れ 大工のもとに行っては左官は習えぬ
人格者になろうと思えば人格者にふれよ
衷心から何かが動く 動いた力が何かをひきつける
衷心の願望は何か 願望に似かようた世界が開ける
親鸞聖人の衷心に 永遠に生きんとする願望が動く
その願望の前に法然上人が堂々たる権威を提げて現われる
真剣に生きる者に真実の悩みがある
真実の悩みにのみ真実の疑いがある
真実の疑いにのみ真実の問いがある
真実の問いに真実の答えが与えられる 真実の答えによって真実の道が開ける



371 
 親  鸞  
七百年の古に 虚偽と妥協することの全くできない
魂がとがりきって 真実を求めずにいられぬ人間があった
聖者親鸞がそれである
大概の者はいいかげんなところで真実生活だと腰かけた
大概の者は 世の地位と称讃とをかち得た時それと妥協した
彼だけはそんなごまかしができなかった
尊いのは真実であった ほしいのは真実であった
飽くことなき「真実への思慕」の心に 走った走った走りぬいた
二十年求めても 彼自身を真実の生活者とはゆるされなかった



372  
 雑  毒 
彼は一切人の上に深い深い愛を感じた
彼は愛しようと人の上に手をだした しかし愛するより傷つけた
彼は極端に善を好いた 彼も善人になりきりたかった
しかし善だと思ったものにも毒が雑っていることを知った
彼は全く行きつまった 彼はあまりに真実を求めたがゆえに
彼は比叡山を棄てた 権勢と地位よりも真実がほしかった
噫 吹けば飛ぶような 浅薄者流に 親鸞の悲痛な心事がわかろうぞ
彼は所詮 今をときめく俗界にゆるされぬ寂しい哲人である



373 
 如  来
彼は真実をたずねて 絶望の奈落におとされた
絶対の真実とは人間心につけられた名前でないことを知った
しかし彼は真に恵まれる日が来たのであった
真実とは内観される我に名づくべきものではなくて
彼自身を超えたる者の名であった
「如来とは真実なり 真実とは如来なり」
一点の濁りなく 微塵の曇りなき真実は如来であった
彼は今や この真実を如来として体験した
彼の信心とは この如来が彼自身の生命となることであった



374 
 懺  悔
聖者親鸞は決して天降れる者としての叫びをあげなかった
彼は大地から湧いた者として 一切の業障を
彼一人の内に発見して 一切人の底に愚禿親鸞としてひざまづき合掌した
彼は人間としてのすべてを真実に知りつくした
彼の心の東天には 久遠の生命たる如来が君臨した
彼と如来とは全く異なった二つであった 煩悩と如来と
煩悩と如来 二つのものは全く一つになった 火と炭のように
見よ 大地に懺悔せる彼の上には 輝きが見えているではないか
自己を偽らざる者の最後に到達すべき世界に彼は至った



382
一切人の苦悩が釈尊の胸の暗となった
誠に大聖を生んだのは衆生であった
一切衆生の苦悩が釈尊の苦悩であった
この苦悩のただ中から 正覚の華は開いた
釈尊の正覚は決して名誉心の中から生まれなかった
切れば血の出る おせば涙のにじむ 生きた苦悩のただ中に生まれた
釈尊のこの大自覚はやがて一切衆生を救う法燈であった
説きたもう法 八万四千
大無量寿経とは
親鸞聖人によって見いだされた 人間救済の唯一の教えであった



428
仏教では
耳に入る世の様々な声や教えに 盲従することを許さない
たとい 正しい教えですら
盲従することは正信ではない
聞く耳 信ずる眼が何よりも重んぜられる
二乗はその耳を持たない
したがって二乗は真実に
真実教と邪教との見分けをつけてはいない
だから 二乗の人の歩みは
必ず不純である



429
何年み法の席に出て聞いても
一歩の進展もなく
花も咲かず 枝も葉も茂らず
光も発せねば 香りも出てこない
それでいて御本人は一かどの信仰家であり
金剛の信心の持主である
かかる人が 二乗中の独覚である
恐れても 恐れても
おそるべきはこの二乗である



456
真実なきに真実ありといい 真実なりと誤信して
自らを誤り他を傷つけることの甚だしき
国家社会の問題も 家庭のそらぞらしさも
すべてこれ真実なきに真実ありと主張するものによっておこさるるにあらずや
彼の額に皺して愚痴となり 暗の中心となる者のすべては かかる人にあらずや
またあるいは いささか意に満たざることあらば
剣を抜いて打ち斬るといった剛直なる人の行為のすべてもまた
かかる浅くして単純なる自称善人によってなされるにはあらざるか
誠に聖人と共に念仏合掌して
一切の尊き文字のすべてを浄土に帰すべきである
人間の深くして尊き世界は
ただ内的世界の成就によってのみ実現せられる



463
真実の教えを聞くことなくして
一人の聖賢あることなく
人格あることなく
麗しき薫香あることはできない
徳自然のかおりは
その座にかおり
屋根にかおり
柱にかおり
礎石にまでかおる
ただ一世にとどまらず
時に幾百千年におよぶ
この香り 歴史を成就するにいたって
遂に国土の自然の香りとなる



484
多くの人に聞かせたい
一応そうは思う
しかし 私はだんだんとこの思いから遠ざかって来た
深く歩むことだ
深く歩み 深く求め
深く深く 内へ内へと歩み来る人は
極めて少ないものであることを知った
大概 途中で何かにひかかっている
真実不退の歩みは
ただ深く教えに生きる人にのみ可能である



497
汝よ 大きなことをしようとしてはならない
大きなことよりも真実がいい
名利 貪欲に乗って走ってはならない
静かに 静かに いらぬこと いらぬ言葉 そうしたことに時を費やさず
教えを忠実に聞きつつ
一筋の道を歩ませていただくべきである
国土に 家に 周囲の人の心に 何を残して今日一日を送るのか



501
社会を問題とし 他人を問題にし
人を教え 人を導く前に
わが身一つがはたして導かれているのであろうか
教えられているであろうか
すべてが問題となったその最後に
自分だけが残されてはいないであろうか
妻子を教え導き これを直そうとする人はあっても
自らを勧化する人は少ないであろう
厳粛に 自らの問題を問題とし 消すことのできない衷心の願いを願いとしてのみ
そこに宗教がある
自分自身をどうするか 解決のついていない自分 救われていない自分
生死の巌頭に立てる自分 見れば見るだけ愚悪である自分
その全体としての自分をどうすればいいか
こうした問題 すなわち第一義の問題に対して 根本的な答えがほしい
これがすなわち 生死の問題であり いわゆる後生の問題といわれるものである