<上巻> 第二章 念願は人格を決定す

546
たとい 一句一行の法文なりとも
これを念ずること 五年 十年 年久しきに至れば
必ずそこには一つの風格を成就します
一行を執持する者は 必ず万徳を具するに至るのであります
でありますから 大法を聞くだけでなく
長時にわたって忘れないことが大切であります
忘れずとは相続することであります
「当に勤めて之を行じ」つつ 相続して忘れねば
その一貫相続の行歩は 必ず美しき人格を成就します
「念願は人格を決定す 継続は力なり」
だれが 私のこの一句の贈り物を忘れず
一生に執持して下さるのでありましょうか



44
汝の妻 汝を尊敬せりや
  汝の夫 汝を尊敬せりや
汝の子 汝を尊敬せりや
  汝の親 汝を尊敬せりや
  尊敬を人に強いるは凡夫なり
  一切を尊敬するは菩薩精神なり
尊敬する者はやがて尊敬せらる
  人を尊敬せずしてこれを人に強う
威圧暴力 人の心を動かし得ず



47
他人と事をかまえて
  怒り 戦い 苦しみ 傷つけて後
  念仏に帰り 悪を懺悔するというのか
咄! 道いまだ遠し
  一塵すら動かぬ朝の一時
  寂静そのものの中に瞑想して
  なお 十悪五逆の海を観ずる者のみ
よく非常時にも静かなることを得
  如来中心の生活は安し
  如来本願の行歩は易し



53
噫 瞋恨悪罵の毒!
  毒は毒を発する者を傷つけて
  忍の行者を傷つけず
合掌して歓喜忍受せよ 悪罵の毒を
  毒はかえって妙薬甘露となって
  汝を養わん
もし一度 汝忍力を失えば
  悪罵は劇毒となって
  汝を滅さん
  忍力成就すべきかな



65
今日一日の空費は
  汝の一生の空費である
されば今日 合掌供敬し
  無我大信に生かされて
  必ず 時を教えの領解に費やすべし
一偈一句 一句一偈
  み法を心の食とする時
  汝の一生は尊く荘厳されるであろう



74
古往今来 悪知識なくして
  堕落せる者一人もなく   
善知識なくして
  自覚し向上せる者一人もなし
善知識なくば人は必ず
  悪知識と共にあり
されば人の子よ悪友悪知識を去って善友を得よ
  如来聖人は善知識中の最尊なり
  釈尊念仏の子を「我が善友」とよびたもう



85
一日の行事尊重すべし 一期の行歩尊重すべし
  一言尊重すべし 行住坐臥尊重すべし
己が生活尊重すべし 他人の生活尊重すべし
  一人の人尊重すべし 万人ことごとく尊重すべし
己を尊重するかに見えて他人を侮るを利己と言い
  他人を尊重するかに見えて己を侮るを諂曲と言う
真実の自尊 尊他を生み 尊他は必ず自尊を成ず
  大法のみ自他の生存に重き価値を与えたもう
  世尊は一切を拝みたもうがゆえに唯我独尊とのたもう



130
おお それが生きておるのか
そもそも死んでいるのか
草も太る 木ものびる
寒い寒い冬の日でさえ
堅い堅い年輪をつくるではないか
汝は一体精神的にどれだけのびたか
春の日のような順境には 安価なる享楽の夢に陶酔し
冬の日のような逆境には 忍辱精進の力も失って呪いの死の生存を続ける
生きているなら覚めよ
覚めているなら求めよ
求めて立ちあがらないならば
汝に永遠の道はとざされてある



131
彼女の聞法三十年
しかし彼女には何物もない
聞くだけが賢いのなら
浪花節道楽の男が一生を寄席に通うて何ほど賢くなったか
一生を聞法に使うてしかも何物もない
どこに欠陥があったか
彼女はただ我を忘れて話を聞いたのだ
我を知らずして話を聞けば 話は話におわる
話を聞く者は多く 道を求めるものは少ない
道を求めて三十年を費やすか
話を聞いて三十年を送るか
往生極楽の話は甘く
往生極楽の道は易くして辛し



141
大正十五年去って昭和元年来たる ああ 何たる早さだろう
合掌して 本年中私を愛して下さった幾万の同胞を通して
全人類に感謝し おわびする
年去ってただ 南無阿弥陀仏
年来たるもただ 南無阿弥陀仏
念々 年々 ただ大心海のうちに生まれてゆく
大往生をおいてすべてなし
「今日も人の死ぬる日にて候」
死ぬる人をおい 苦悩の人を追うて 死者狂いに走る
新年よ来たれ!新しき元気をもってただ進達々々の一道あるのみ
健在なれ同胞!
有意義に新年を迎えたまえかし



142
仄暗き薮影に微笑む梅一輪
お前を見ると涙ぐむ
おん身の過去には冬があった 霜があった 雪があった
おお その花弁の一片は白熱せる忍従の血ではないか
おん身は忍終不悔の生活者の象徴である
いつの時代でも勝利者の背後には血のにじむ忍従がある
世尊も忍んで如来と輝き
親鸞聖人も忍んで生ける法蔵菩薩として拝まれた
忍び得ることそれ自身が勝つことである
忍ぶのには力がいる
信ずるとは如来によって力を得ることである



153
一事に専心なれ
桜の木は桃の木の真似をしない
親鸞聖人は釈尊の真似をしたのではない
桜の木が 万物に桜の木になれとは言わない
一事に忠実なれ
洗濯するときに料理はできない
作すことは一事である
しかしその中に動くものは全人格である
念仏一つに生きる
それが全人格の動きである時
我らはそれを救済といい信念とよぶ



168
裏切っても裏切っても
捨てたまわぬ大慈悲
忘れても忘れても
忘れたまわぬ大慈悲
逃げても逃げても
離れたまわざる心光摂護
善悪智愚男女老少を問いたまわざる大誓願
平等なるかな
絶対なるかな
我 如来を知るにあらず
如来 我を知りたもう
我 如来をつかむにあらず
如来 我を摂取したもう
我 ただこの信に生く



206
人はしばしば岐路に立つ 孤影悄然として岐路に立つ
右には栄達と幸福と安逸とが待ち
左には苦難と貧困と波乱とが待つ
よし右の彼方には 地獄の火が待ち
左の彼方には 光明の天地が横たわろうと
凡心はあくまで右にゆけと命じ
たとい脚下は火の海であろうとも 真理はあくまで左にゆけと命ずる
右すべきか
左すべきか
右に往っても路は一つになり 左に行っても道は一つになる
汝は今 右に往くのか 左に赴くのか
生か死かの岐路に立つ
汝の一生はこの一歩のふみ出しによって決定される




224
年が暮れる
個人も社会も国家も世界も
未解決な問題を背負ったままで
重苦しくも年が暮れてゆく
世界は今 人間の誤謬を清算せしむべく
一切を世紀末的現象へとつれてゆく
地の底に 泥沼の中に 動き出しつつある力
来たるべき日の鋼鉄の機関車
静かに眼を閉じて 全国の同志を憶う
大乗的人格の成就 金剛不壊の意志 大乗日本の建設
一道をとってたじろがぬ鋼鉄の機関車となれ
しからずば忠実なる一火夫となれ
時代は我らと共に動く



226
生きること暗しと泣く君に あえて問う
人類の文化の歴史幾千年
その過去より現在に至る
生きとし生ける爛漫たる人格の光輝
その一人でもが
君の生活に必然の関係ありや
これを無視しては君の生活を考うること能わざる人格ありや
かかる絶対人格の存在なしというか
ああ 止んぬるかな
人生これ以上の堕落を見ざるなり
人生への新しき一歩をやり直さぬ限り 道開かるることなし



256 
秤の目より以上に重さを見ず
時計の動きより外に時を見ず
金銭の価値より外に価値を見ず
常識的見方より外に物を考えず
力より以上の力を知らず
五官享楽以外に人生の意味を見ず
美しく外を偽装するを知って 智慧による内厳あるを知らず
久遠の清水を求むるに似て
功利的邪見によって濁して
しかも得々たり
尊きもの 清浄なるもの 絶対なるもの 常住なるもの
その一切の実在を認めずと言いつつ迷信に走る
哀れなるかな 凡夫の無明
高慢なるかな 現代のインテリ



262
一人の人が この部屋に来る 去った後何かが残る
一人の人が 数日間を泊って発つ 発った後多くのものが後に残る
一人の人が 数年を 数十年を一家の中に暮らす
数えきれぬほどのものを後に残す
世尊の世を去りたまいて残されたものは 尊き大乗の教法であり
聖人の後に残したまいしは 馥郁たる名号の香であった
汝の一生 はたして人生に何を残して去るや
汝の一日 はたして家に何を残して去るや
深く自らの真相に覚めて 静かに合掌して み法に聞き
毎事につつしみて願往生の一道にあれ
時は過ぎゆき 咲く花は散る
散って何を残すや 去って何を残すや
花の散る夕 如来世尊の教命沈黙のわが胸にせまる



263
だれもが求めないのに一人求め
だれもが信じないのに一人信じ
だれもが念じないのに一人念じ
だれもが精進しない時を一人精進し
だれもが緊張しない処を一人緊張し
だれもが悲しまない世を一人悲しみ
だれもが楽しまない道を一人楽しみ
雨にも風にも 誤解にも正解にも 讃美にも讒侮にも
ついに一道一貫 淳一相続の行歩乱れず
もしこの人の持つものにして
真実の教えであり 真実の行であり 信であるならば
彼は必ず 出世の本懐をまっとうして不滅の歓喜におり
法界の無碍人となり 国のしずめとなり 世の光となり 家の孝子となるであろう



275 
聞信の一念 本仏自証の真仏土より発り 永劫の大事を一念に決せしめ
願往生の心 金剛不壊の白道に不退なり
満足大悲円融無碍の大信海 行者念々の呼吸と一体となり
歩々声々 大悲弘誓に乗托して報謝の一道開く処
異学異見別解別行の悪見人 悪魔群賊悪知識の声聞こゆ
この時 行者 心していよいよ大法に忠実なれ
常に忠実に二尊の意に信順して内に水火二河を超えて
外に直ちに群賊の声を超剋して回顧みざれ
汝の家郷は浄土なり
汝の生活の背景は自然の報土なり
一念の大信に安住して あるがままを受け取り
法に徹し機に徹し 念仏申すを本領とせよ
その時 順逆悲喜の諸縁は 念仏生活の資糧となり
最勝無碍の道味念々に成ぜん



276
衷心に道を獲ざる者の生活 畢竟無意味なること夢幻のごとし
しかるに凡夫の我心 自身に貪着して名利快楽のみに迷う
おもえ 徳無くしてほめられんよりは 徳あって謗られんに若かず
道無くして楽しまんよりは 道に生きて苦にあるに若かず
暗にあって笑わんよりは 光にあって泣かんに若かず
中心の誠を欠いで信じられんよりは 衷心真実を念じて疑われんに若かず
しかるに 外に飾って内を欺き 他人を見て己を見ざる者
如来智慧光の照破によってその真相にさめ
その大慈悲に摂取せられて 永遠の道に蘇る
欺くべからざる衷心の声 汝を内の内につれ帰って
広大難思の慶喜におき 汝をして不滅不退の燈火の主たらしむ
かくのごとく無道義の広野に 不滅不退の白道を開顕するを真宗となす
行者誤って自力我慢を混入し不退の道を失うことなかれ



286
汝の一生をして正法のためにあらしめよ
正法のみ 正信を成就し 汝をして正道にあらしめたもう
正法のみ 汝を金剛不壊の真心の行者たらしめ
正法のみ 汝をして不滅の安住の歓喜の境にあらしむ
正法のみ 汝を無限の内観に誘導して
一切衆生の煩悩業苦を汝において深信凝視せしめ
邪見?慢独善の高原の陸地より下らしめて
恭敬合掌 白蓮華の咲く卑湿淤泥にあらしめたもう
「信心決定して念仏申せ」とは実にこのことなり
無我報謝の大道とはこのことなり
汝にして清浄願往生の一道を退転せずば
本仏の智慧光 汝の上に輝きて世の光となるであろう
されば一生を通じて正法に随順して忠実に一道を生きよかし



289 
迷えるままが自己を貫いて自由と言うか
貪欲の自己を肯定して生活と言うか
我執の自己を言い張って才士とうぬぼれるか
名利を追うて生甲斐を感ずると言うか
五濁悪世の大混乱大悲劇がそこから生まれる
かくのごときの愚の積極性は
路傍千年を沈黙して動かぬ一個の石にも劣る
この石は何らの損害をも与えずして時に旅人の腰掛となる
人格の真実尊敬はまず路傍の石にならって しかる後
静かに真剣に大乗真実の教えを聞け
自然の大道摂取して金剛の真心顕現し
真の自由の何たるかを知り
力と喜びと光とを生きるであろう



293
汝 「専らにして復専らなれ」
一行すなわち南無阿弥陀仏 一心すなわち南無阿弥陀仏
大信決定して 専らにして復専らなれ
生死苦悩の波高けれども 本願名号弘誓の大船あり
五濁悪世の闇深けれども 如来の智慧光はるかに照らして
金剛の信心をして汝にあらせたもう 
汝ただ専らにして復専らなれ
しからば必ず如来の言の真実を自証して
久遠劫来の宿業を願力の白道に超克し
いかなる水火二河の中にあるとも無碍の道味を信嘗し
正定聚不退の菩薩道を生きるであろう
誤って「雑縁乱動して正念を失し」
無明の迷路に輪廻することなかれ



295                                      
「至りて堅きは石なり 至りて軟らかなるは水なり 水よく石をうがつ 心源もし徹しなば菩提の覚道何事か成ぜざらんといえる古き詞あり いかに不信なりとも聴聞を心に入れ申さば 御慈悲にて候う間 信を獲べきなり ただ仏法は聴聞に極まることなりと云々」(御一代聞書)
宿命の岸壁に不幸に泣く子よ
起って徹底的に正法を聞け
汝の眼と耳と口とは今日まで何のために使われたか
世にはヘレンケラーのごとく三重苦の中によく世界の光となった人もある
眼は見え 口はもの言うことができて
かえってそのために悪逆世にはびこって害毒を流し
あるいは六根を無明煩悩にのみ使って不幸の谷底に泣く
起て しこうして真剣に正法を求めて精進せよ
しからば必ず衷心の願を満足して至幸至福の域に至らん



333 
自分の足が大地の上についていない者には
自分の忙しい生活があることを知らぬ
自分自身の生きて行く事に目覚めた者には
他人のことをいっている暇がない
世の中には幽霊のように足のない人間があまりに多い
頭と手だけがあまりに大きくて
足の小さい歩けない人間があまりに多い
自分を見る目がなくて
他人のことばかり見ている人
自分に何もないことに気づかないで
他人の信仰が云々したくなる者
こんな人たちの中に
他人の信仰の批判よりも
つまらぬ閑な議論よりも
自分自身の生活を持つ法友があるかと思えば嬉しくてたまらぬ



348
大愛にさめたる者は断じて行なう
学校や児童の嫌いな教員
寺や宗教のいやな僧侶
作物の可愛くない農夫
真理を熱愛せざる学者
国民と同心一体ならぬ政治家
そこに真の生活の喜びがあろうか
竹を割ったような断行があろうか
断じて行ない得ない者は迷う
事に当る 熟慮せよ 真実の願望が生まれる
その願望が、不抜の意志によって遂行せられる
いかなる思想もこの尖鋭なる意志の動きに反映せざるかぎり、一片の空論のみ。



354 
名利に心動くこと強く 一貫相続の行歩なき人の周囲には
真の念仏の同胞は生まれない
仮令 念仏の華園に入るとも
その護念を得ることはできない
されば 念仏の行者は
唯教えに忠実に 仏の清浄光に照破せられて
隔執と 懇親とを超えて
忠実に
自行の一道
自利の一道
願作仏心の一心に生きぬくべきである
そこにのみ
清浄なる念仏による護念は得られるであろう



365 
高い所にいては尊いものは見えぬ
おお 汝の高い頭を下げよ
下りよ 下りよ 大地まで下りよ
すべての虚飾をかなぐりすてて真の自己にかえれ
家柄の旦那が飯炊におりる
先生の列から生徒におりる
説法者の高座から求道の大地におりる
そこに求道生活の第一歩がある
金のないのにあるような風でおる
道がわからぬのにわかった顔をしておる
真の自己の姿にかえることが救いの第一歩である



376 
人間を真に人間として礼讃しない世界に 何で真の幸福があろうぞ
金は金であって人格ではない
人格を忘れて
金を得さえすればよいという無自覚から出で
金さえ出せば 人間は自由になるのだという考えから出て
人格がお互いに尊重される社会には
お互いその人たちが 自由にのびあがるのである
人間礼讃 人格尊重の自覚が徹底した時
一切は生きて来る自由の世界が開けて来るのである
人間尊重の大地の上で
人格こそ光であり 力であり 永遠なるものである
人格の根底を培うものこそ
生きた道徳であり 芸術であり 宗教である



378 
自暴自棄したり 自らの一生を卑下するものに感謝はない
信仰ある者は 自らの一生を尊重する
自分を卑下しているとは 自信のないことである
自信のない者の心は暗いにきまっている
動かぬ信念の前にだけ 一本道が開ける
今一本道を見つめている者が どうして自分を卑下しよう
自分を卑下している者の心には高慢心がひそむ
高慢なる者とは 親切や御恩をふみにじってゆく者のこと
そこにどうして感謝の純情が動こうぞ
自分を尊重する者は他人をも尊重する



379
見ただけで頭の下る人がある
私はそんな人になりたい
見ただけで拝みたいような人がある
私はそんな人になりたい
知れば知るだけ離れたくない人がある
私もそんな人になりたい
語れば語るだけ 教えられる人がある
私もそんな人になりたい



381
心を生かせ 形が生きる
心を輝かせ 世界が輝く
心を美しくせよ 顔が美しくなる
自ら他人を愛せよ 他人が愛する
形を生かせ 心が変わる
室を掃除し 下駄のむきをなおす心を拡げてゆけ 心が輝く
塵一つ拾う心に 全人格が動く
人格が輝く所 世界が輝く



391
あなたの存在が 世の中を暗くする部類に属するか
あなたが生きていることが 暗くもせず 明るくもしない部類に属するか
あなたの行く所 暗い世界をも明るくするか
一個の堤燈さえ
自分の道を照らす光はすぐ 他人の道を照らす光である
あなたが自燈明を持つならば よし沈黙を守るとも
あなたの光は 世の中を照らす自燈台である
求めよ 求めよ 光を求めよ



398
季節にだって春夏秋冬がある 天気にだって晴雨曇天がある
我らの上にも笑う日もあれば 泣く日もある
うれしい日には笑ってもいい 悲しい日には泣いてもいい
だがどんな日にも太らねばらなぬ のびねばならぬ
縦にのびられねば横にのびよ
右にのびられねば左にのびよ
まっすぐに行かれなんだら横にまがれ
無理をすな 冬のような日には じっと沈黙し待っていよ
いつまでも冬はつづかない
だれの上にも春が来る 温かい春が来る
冬は強い力の培われる時だ
逆境の日は冬である
赤裸々な我がすがたを凝視しつつ
忍従の日を力に生きよう



422
ああ 世尊よ 聖人よ 善知識よ わが貪欲を打ちのめしたまえ
しこうして我をして 如来聖人の御心にかなう真実の行者たらしめたまえ
真の仏弟子たらしめたまえ
内なる貪欲 名利を求めよと吼ゆれども 我は求めず
内なる貪欲 享楽を求めよとささやけども 我は求めず
我 地下に埋もれるとも可なり 貧困餓死 誤解中傷 迫害攻撃 いかなる苦毒も避けず
ただ仰ぎ願わくば 我をして 真の仏弟子たらしめたまえ
如来 聖人は念仏一道を持ってたじろかざる正念のみ
わが安住の家たることを知らしめたまえり
如来はすでに 一心正念 念仏一道を堅持して動かざるニ 三の友を賜えり
過分の賜である 最高の恩徳である 念仏の心 また何をか求めん
火鉢の炭 熾然に火となって鉄びんの湯たぎり やがてその室暖かである
如来不滅の火 どこに燃え続けたもうのか
如来真実の火 衆生の念仏の裏に 正念の上に 白熱したもう
真実願求 真実行歩 真実讃嘆 真実帰命 これ生きることの最初にして 生きることの最後である



424
今日一日の精進は
必ず君の内に蓄蔵されて いつかは必ずものをいう
一日に一千字記憶することはできない
しかし 一日一日続けられた精進は
必ず汝自身の徳となって光ってくる
人生では汝の精進を通さずしては 何ものも汝のものとはならない
かの一文不知の老人にして
念仏の光 村に輝き 谷に香りて 世の燈明台となれる人が
如来本願の他力を感謝して喜んでいる
しかし その過去には
血のにじむ精進求道の歴史があり
不断に相続した念仏の行歩がある
因果を信じ 因果に随う者のみ
因果に生かされて因果を超える



430
七十歳 八十歳になって 宝玉のような念仏の人がある
こうした人は 必ず若き日に
やかましく言って叱り教えてくれた人を持った人である
直さるることなくして老いたものは
大概は愚痴の人となる
相当な年になっては
なかなか直るものではない
また直そうと教えてくれる人もない
ある人の申さるるよう
「わたしは 家庭の中での伊蘭樹(悪臭のある毒の木、煩悩にたとえる)じゃ
しかし 皆様がよってたかって、お育て下さるのでありがたい」
かく言われる人からは
ほのかに 浄土の栴檀樹の香りが動いている



431
教官たちよ 人類の教師となれ
人類の教師とは
教官服をぬがせ 教壇上を去らしめて
人生の広野に立たしめた時
そのままが人類の教師であることだ
人類の教師でないものが教官であるのは哀れである
それは道化役者だからである
どうしたら人類の教師になれるか
真実一人の師を持って
一生を被教育者になることである
親鸞聖人のごとく



436
真に聞いたものは 一生必ず続ける
もし 自力がとれていないと
大経のいわゆる「疑惑中悔」して続かない
疑惑中悔とは
途中で疑いが起き 念仏に入ったことを後悔するのである
いかに多くの人が途中でやめることだろうか
しかし もし続いたら それは決して自力ではない
念仏が相続して一生を貫いたら
それは如来本願力のしからしめたもうものである
自分のはからいでも 人のはからいでも
自然の世界はこれをとどめることはできない
苦に会えば会うだけ
枝ぶりのいい松のようになるであろう
続いた者にのみ 念仏のほんとうの力がわかる



473
自分を偽ることは
人生を偽ることであり
如来を偽ることである
自己を凝視すると
一切を偽ろうとする心がある
だが その心の悪魔を凝視して
けっしてその心に従ってはならない
一時の成功や 賑やかさを求めて 自己を偽れば
万古の寂寥が待っている



474
ほんとうの人格は野にあるのだ
人間の生きる野にあるのだ
装われた 高い殿堂や
美しい象牙の塔の中にはあり得ない
聖人は荒野に咲いた華である
正法の華咲く荒野を思う



486
ただ静かに
不退に求道し
精進し 念仏して
地下に埋もれて生きよう
ただ内に培え
黙々として内に充実せよ
しこうして地下に埋もれよ
これ、我らの唯一の念願である



495
聞ける日に真に聞け
聞けた日を真に歓べ
一期一会
そして今日一日仏恩に生きよ
聞こうとさえ思えば聞けるのではない

聞ける時 真に聞け
しかし 聞かれない時 その悲しみの中に 何を考えたか 何をしたか

せっかく列席しても何も得ずに帰る人がある
悲しむべし 傷むべし

仏教者に明日なし



503
汝は仏教徒なりという
あえて問う 仏は誠に在すか
汝は常に仏に仕えるという
あえて問う 仏は誠に生きて在すか
汝は常にみ法を説く
あえて問う 誠に仏はありと言い得るか
噫、仏在すにかかる生活ありや
仏生きてましますに かかる生活あり得るや



504
子どものすることを喜んでやらぬ親
ありがとうございますと
喜ぶ心を培い育てずに大きくして
子どもを世の中に出すと
この子が大人になった時
人の上に立とうが 人の下につこうが
その行くところを暗くする人になる
必ず 多くの場合
大人の精神的病源は子どもの時に植えつけられる
子ども一人を真に動かす母は偉大である



530
私の知っている高徳な宗教家を見ても
高い世界に住んでいなさる方は皆
その頭が大変低いのであります
しかるにその方の教えを受けた方のほうが
かえって頭が高くて
私の住んでいる世界はこうだと一種の嫌味を受ける場合があります
私は何和上の同行だ
私は何先生の教えを受けているというので
それが自慢の種となるというのは 道の真実に出た人ではないのであります
親鸞聖人は八宗兼学の大徳法然上人のお弟子になられたけれど
そうした高慢な態度はちっともなくて
あの高い世界にいつつも 頭は愚禿だと大地についていました
静かに教行信証を拝読して信巻に味わいます時
高い世界を知りつつも自分のほんとうの姿を見失わなかった聖人の
なつかしい真剣な批判内省の世界を伺うことができます



544
仏道成就するかに見えて 名利権力を成就し
仏道修行するかに見えて 衣食のためにし
仏道成就するかに見えて 頭だけが学問を成就し
仏道成就するかに見えて 感情の麻酔に陥り
仏道成就するかに見えて 独覚我慢の子となり
仏道成就するかに見えて 一種の趣味となるなど
誠に一道精進の前には煩悩障碍の多いことであります
合掌聞法念仏懺悔して 悪魔のつけ入る余地を与えず
たとい少しの水の流るるがごとくであろうとも
純粋なる精進の一道を永遠に続けたいものであります