『歎異鈔集記(上巻)』  高原覚正著 本文へジャンプ

三 『歎異鈔』というべし

   批判精神について
  

 名づけて『歎異鈔』というべし

と、著者の唯円房みずから名づけていますところの、歎異――異を歎くということは、ただ、『歎異鈔』だけをつらぬいている精神ではなく、仏道をつらぬいている精神であり、それは、仏道の歴史にたって、己を批判する精神であります。また、他を批判する批判精神でもあります。親鸞聖人が、主著『教行信証』「化身土巻」に 

夫れ、諸の修多羅(しゅたら)によりて、真偽を勘決して、外教(げきょう)邪偽の異執を教誡(きょうかい)せば(全書・二・一七五)

とおおせになっていますが、これが、親鸞聖人の歎異の精神の立場を表明されているお言葉であります。
 歎異の精神のよりどころは、「諸の修多羅」、すなわち、釈尊の説かれた経典であります。この釈尊の教えにたった歎異の精神が、『教行信証』を一貫しているのであり、聖人の和讃では、『正像末(しょうぞうまつ)和讃』、とくに、その中の『愚禿悲歎述懐(ぐとくひたんじゅっかい)和讃』が、まさしく歎異の精神そのものの表白であります。引いては、聖教すべてが、歎異の精神から生まれたものと考えられます。
 歎異とは、批判精神であると申しましたが、真実の教えにあうとき、かならず、純粋な批判精神は生まれるのであります。また、この批判精神が、仏道を生むのであります。純粋な批判が、仏法行であり、宗教的実践であります。このような批判精神だけが、歴史を背負い、世界を引きうけるのであります。また、己の責任をもち、他を背負うのであります。この批判精神だけが、何かを生み、歴史をひらくのであります。たとえば、文芸の世界でも、すぐれた批評家がいるとき、すぐれた作品が生まれるのでありましたう。伯楽(はくらく)が名馬を生むといいます。すぐれた伯楽がおりませんと、名馬は見つからず、生まれてこないのであります。
 純粋な批判精神があるところにのみ、真実の仏道はひらかれるわけでありますが、このような批判精神は、かならず、その根源に、願いがあります。さきに述べましたように、親鸞聖人は、批判精神のよりどころを、釈尊の教えにもとめられました。それはいいかえれば、釈尊の教えの底に流れている、人類の祖先からの願い――如来の本願――をよりどころとされているのであります。その願いが釈尊の教えをつらぬき、釈尊教団をつらぬいているのでありまして、唯円は、親鸞聖人をとおしてその願いにめざめ、その願いをうけて『歎異鈔』を書きのこしたのであります。
 『歎異鈔』後序に

 如来の御こころに、よしとおぼしめすほどに、しりとおしたらばこそ、よきをしりたるにてもあらめ、如来のあしとおぼしめすほどにしりとおしたらばこそ、あしきをしりたるにてもあらめど(全書・二・七九二)

と、親鸞聖人の仰せを書きつけているように、如来の御こころ、いいかえれば、如来の本願にたってこそ、純粋な批判精神は生まれるのでありますが、それ故にまた、この批判精神は、唯円の筆によって表現されているままが本願の歩みであります。如来の本願が、釈尊をとおし、親鸞聖人・唯円房をとおして、歩みつづけていくのであります。人類の歴史をとおして、本願は歩みつづけるのであります。

   悲歎の構造

 さきに、たまたま『悲歎述懐和讃』のことにふれましたが、この和讃は、親鸞聖人の真筆ものこっていませんし、その十六首の配列も、親鸞聖人の御意志どおりになっているかどうか、疑問があります。しかし、いまは現存のものによって、悲歎・批判精神の仕組みを考えてみたいと思います。この和讃の十六首の中、初の六首は

 浄土真宗に帰すれども
 真実の心はありがたし
 虚仮不実(こけふじつ)のわが身にて
 清浄の心もさらになし(全書・二・五二七)

という第一首にはじまって、「無慚無愧(むざんむぎ)のこの身」、慚愧(ざんき)さえもなきわが身であると、徹底した自己批判をとおして、如来の本願をたたえられています。それに対して、後の十首は、初の六首の調子とはまったくちがって、

 五濁増(ごじょくぞう)のしるしには
 この世の道俗ことごとく
 外儀(げぎ)は仏教のすがたにて
 内心外道(げどう)を帰敬せり(第七首)

と、外に対する批判、時機に対する批判をうたわれています。
 この『悲歎述懐和讃』から考えますとき、真の批判精神は、三段の展開をひらくものであることを知らされます。
 その第一は、如来の本願に照らされて、自己批判の眼をひらくということであります。

 小慈小悲(しょうじしょうひ)もなき身にて
 有情利益(うじょうりやく)はおもうまじ
 如来の願船(がんせん)いまさずば
 苦海をいかでかわたるべき(第五首)

と、うたわれているように、如来の本願にであって、はじめて、苦海を苦海と知らされるのであります。いいかえれば、光にあうことによって、闇の自覚がなりたつのであります。光をまったく知らない深海魚のようであれば、闇を闇と知ることもありません。どこまでも、闇の自覚の背景には光があります。
 苦悩の世界にいる自己であったという、自己批判の眼がひらかれる背後には、如来の本願がなければなりません。それで、自己を見いだした眼は、そのまま、如来の本願の徳をたたえる眼でもあります。如来の光によって自己の真の姿を見いだした眼によってはじめて、如来の恩徳の深さを感知することができるのであります。
 第二は、他に対する批判の問題であります。このように、如来の本願によってひらかれた自己批判の眼は、そのまま、如来の徳をたたえる、すなわち、如来の本願にたちかえることのできる眼でありますが、その眼からのみ、他に対する純粋な批判は生まれるのであります。
 単に、自我・理知の立場からは真の自己批判も生まれませんし、他に対する純粋な批判もできません。自己のうちに、無自覚のままにあるところの、不真実・不清浄の心を、如来の本願の光、いいかえれば如来の教えを聞き、教えに照らされてはじめて、わたしたちが自覚するところとなるのであります。さらに、その不真実のまま如来の本願につつまれてあったことを感動をもって自覚する。その自覚からのみ、他に対する純粋な批判精神は生まれるのであります。自己のうちにある不真実を自覚せず、如来の本願にたちかえって感動することもない、すなわち、自我の立場からの批判は、純粋な批判精神とはいえないのであります。
 さらに、第三の問題として、如来の本願に照らしだされたときの、自己と他との関係であります。自己の眼の前にある他人のすがた、また、世の現実のすがたは、如来の光に照らしだされた自己のすがたそのままであります。

 罪業(ざいごう)もとよりかたちなし
 妄想顛倒(てんどう)のなせるなり
 心性もとよりきよけれど
 この世はまことの人ぞなき(第十四首)

と、うたわれています。聖道門仏教では、人間の本来性は清浄である、と説いているのでありますが、この世の現実は、「まことの人ぞなき」であります。理としては、人間存在は清浄・純粋でありましょうが、現実には、まことなる人は存在しないといわれているのであります。
 「まことがない」ということは、本願に照らされ、本願の教えがうけられたとき、この、わが身・自身の生活のうえに、痛み・悲しみとして感ずるところであります。(しかし、痛みとか、悲しみとかいいますが、くらいなげきの心とは、まったくちがうのであります。)この、自己の痛みの自覚をとおして、この世の現実や、他人の現実のすがたに、同じ痛み・悲しみを感じます。同体感情をもつのであります。そのときには、たとえば、その人と話しあうことがなくとも、距離が離れていても深い感応道交があります。感応道交をもった、痛み・願いをもちます。このような感情のうちに生まれるものが、純粋なる批判精神でありましょう。
 「この世はまことの人ぞなき」とうたわれているところの、「ぞなき」という詠歎の語調から、一点のあやまりもゆるさないという、きびしい批判のうちに、深い、あたたかなものを感じます。純粋な批判精神は、このような、自と他との関係・世界のひろがりを生みます。理知や自我の人の、つめたい眼とは、まったく質のちがったものが生まれるのであります。
 本願の光によって、自と他とが、純粋なる批判精神(註1)をとおして、相互に照らしあっていく関係を、親鸞聖人はこの和讃にうたわれているのであります。

 『歎異鈔』の作者・唯円も、師の教えをとおして、自己の迷いの深さにおどろき、同じ弟子たちの、迷いの心におどろき、痛みを感じ、願いをもってその人々に語りかけているのが、『歎異鈔』であります。
 単に、ひとごととして、他を批難する心とはちがいます。自己を第三者の立場においた発言とは、まったく、質を異にしています。このように『歎異鈔』は、唯円の主体的な、身をとおした叫びでありますから、今日のわたしたちの心にも、ふかく響いてくるのであります。

   人間を超えた事業

 ここまで、学んでまいりまして、この歎異の精神――純粋な批判精神は、単に客観的にものをみる立場、すなわち、日常的人間の立場からはどうしても生まれないことを知らされます。如来の本願にふれたところから、いいかえれば、主体的自覚をもった人間・主体的人間の立場から、はじめて生まれるものであります。
 真の主体的人間を、仏・諸仏(しょぶつ)といいますが、歎異の事業は、諸仏の位において、はじめて、なすことのできる事業であります。求道者・唯円は、凡夫の位でありますが、『歎異鈔』の唯円は、諸仏の位であります。『大無量寿経』の第十七願の位置におかれるのであります。

たとい、我、仏を得んに、十方世界の無量の諸仏、(ことごと)咨嗟(ししゃ)して、我が名を称せずば、正覚(しょうがく)をとらじ。(全書・一・九)

とある第十七願を、諸仏称揚(しょぶつしょうよう)の願、諸仏称名の願、すなわち諸仏によって南無阿弥陀仏を称揚されたいとちかわれている願であると名づけられておりますが、この願を聖人は、また諸仏咨嗟(しょぶつししゃ)の願と名づけておられます。称揚称名とは、ンる、たたえるという意味であります。咨嗟ということを親鸞聖人は『一念多念文意』に 

よろづの仏に、ほめられたてまつる。 (全書・二・六一三)

と、註釈しておられますが、咨嗟(註2)は「なげきかなしむ」という意をもった語句で、存覚上人(一二八六−一三七三)は『六要鈔』(註3)に、「痛惜」という註釈を加えておられます。痛惜とは、いたくおしむ、非常におしむなどという意味であります。
 もともと、第十七願に誓われている諸仏称名は「大悲の願より()でたり」(全書・二・五、「行巻」)と、説かれていますように、迷いの衆生を、大悲したもう願から生まれたものであります。迷いの衆生を、いたくおしむ御こころ――痛惜――から生まれたものであるというのであります。
 また、第十七願の意義を『御消息集』(註4)には、迷いの衆生に、すすめんためであり、「疑心を止めん」ためであるとお説きになっています。やはり、その御こころは、痛惜であり、大悲であります。
 このように考えてくるとき、唯円房の歎異の事業は、大きな意義をもつことになります。歎異とは、異を歎くことでありますから、そのまま、咨嗟であり、痛惜であり、「疑心を止めん」ためであり、大悲の行であり、本願念仏の教えを称揚する実践であります。まことに、個人的唯円を超えた、諸仏の事業でありますから、真の人類史的事業といわねばなりません。
 このようにして、『歎異鈔』の唯円は、第十七願の諸仏の位とあおがれ、今日、その生命は生きているのであります。まさしく、『歎異鈔』制作は、唯円の個人的事業ではなく、本願の歴史を唯円の身にうけ、未来の人々に呼びかけた、諸仏の位の唯円の叫びであります。
 なお、本願の歴史は、個人から個人にうけつがれたものではなく、たとえば、釈尊には、釈尊を中心とする教団(僧伽)があり、親鸞聖人には、聖人を師とあおぐ人々があったわけで、本願の歴史は、そのまま、教団の歴史でもあります。唯円も、現実の教団の動乱を機として書きのこしたのでありますから、『歎異鈔』は、本願の教団の祈りであります。真の共同体の祈りが、『歎異鈔』という形をとって地上に生まれたのであります。それ故に、『歎異鈔』を学ぶことによって、わたしたちは、個人性を超えて、唯円を中心とする教団に呼びいれられ本願念仏の響感の世界に参加せしめられるのであります。


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