「労謙善譲」



 花田先生ところへいろいろとお尋ねしてですね、ちょっとそういうことを考えて、しんどいなあと思ったことがございました。で、そのときに花田先生のところへお電話して、いろいろ花田先生のお教えをいただきました。先生の書いとる、なんか書でもあったら一つ先生いただけませんかと申し上げたら、「うんうん、よし、今そのうちに書いてやるからね。もうちょっとしたら書いて送ってやるから。」って、先生おっしゃられるから、ああよかったなあ、先生元気になられてよかったなあ、と思いました。その折に、……まあここらからは一つの人間臭い一つの談話になりますよね。お互いにね。お互いでなしに、私が。で、「先生、なんですよ、偉い人が字を書かれたら、あの判を押すんですよ。先生、判を押してくださいよ。」と言うたら、「わしゃあそがな判などありゃせんが。」「いや、やっぱり先生、そりゃ判を押すと、先生、値打ちが出ますよ。」「ほうかい。」言うてね、「じゃあ判を作ろうかい。」と言われるからね。「先生、そりゃよろしいと思いますがねえ。」と電話で言うたんです。「ああ。なんというて判を作ったらええかい。」と言われるからね、「それは花田保太ということが分かるようであればいいのではございませんか。」としか言えないですよね。で、「普通は、書家や絵を描く人なんかは、号というのがあってね、作るようでございますよ。」「ああ、ほうかね。」で、またしばらくして、いろんなこと質問しますからね、ご法のことを。ご法のこと分からんようになると質問しよったんですよ。正直にねえ。そしたら先生の電話は長いんで有名なわいね。長いこと教えてくれるんですよ。「中村君よい、判を作ったぜ。」って。「あら、先生、失礼しました。お作りになられましたか。」「うん。あの判ちゅうもんは、なんじゃのう、高いもんじゃのう。」「そりゃ先生高いですよ。判は高いですよ、先生。お作りたんですか。」「おお、作った。今度は判を押してからなにするから。」「はい、そのようにしてください。」言われたんですよ。まあお元気になられてよかったなあと思うて。まあそのような談話もしよったということなんですよ。……そしたらね、先生からね、送ってくださった。「世間虚仮唯仏是真」というのをね。書いたのをね。「これは前に書いたんで、もう今はもうしんどい、書けんから、前のをやるぜ。」ってね。くださったですよ。それからね、「労謙善譲」いうのもよう書きよったね、あれ論註にある言葉でね。「三界の道を勝過せん」という文章を論註で釈したところですね、あれ。きっと。そこに「労謙善譲」というのが出るですね。論註の言葉なんですよ。それが先生お好きだった。ほんとにお好きだった。その人柄そのものずばりだった。それを送ってくださった。それは色紙に書いてね。で、私はね、早速ね、私は軸を作る趣味、軸を作って眺める趣味があるんです。悪い趣味ですな、これはね。金がかかるしね。昔は知っとるおじいさんがおって、もうほんとに只のように安くね。「先生、作ってあげるぞな。」言うて、作ってくれた人がおるんですよ。「じゃあおじさん、私が和紙を染めますからね。」なんて。私は化学の教師ですから、あの草木染めでね。蘇芳なんかを煎じてね。和紙を染めるんですよ。きれいな色になるんですよ、落ち着いたね。赤色の。それを持って行くと喜んでね。ああ、これでやってあげようじゃ言うてね、南無阿弥陀仏、行巻の南無阿弥陀仏の石碑の拓本みたいなのをね、してくれたんを、いま家に吊るしてますがね。あのぼろい家。家につっとりますが。で、残りの紙は僕がもらうからね。もうおじいさんにあげといた。そんなことがあって。私も今度は「世間虚仮唯仏是真」をね、軸にしようと思って。お小遣いを溜めといてね。ほいで軸にしました。ええのができました。「世間虚仮唯仏是真」というのをいただいたんですよ。私はそれをいただいてね。今までのね、ものが払拭されました。「労謙善譲」というお言葉をいただいて、払拭された。もうそれから、もうあまりこだわらなくなりました。もう一野人でございます。もうそうした、そうした偉い、そういう尊い世界から(一部聞き取れず)なしに、一野人。放たれた鳥みたいなもの。ような感じがいたします。でも、やはり、一人の先生を求めて、またその先生から誕生した諸仏の方を拝んでね、生涯を全うしたいと、ひそかに心に念じております。あとは、もう病人あがりの廃人みたいなものでございます。今のグラフで言うたら。あれが飛び上がらんようにね。程度にやったらええんです。みんな飛び上がって死ぬるんですよ、人間は。なんだかんだ言うて理屈を言いもて飛び上がるんですね。いいことかいい悪いは分からんですよ。人間の業だから。業ですから、これはね。体が悪いと知りながらも無理をするという業、宿業がありますから。それは言えないですよ。だから、なるべくね、業が出んように。というのは、なるべく怠けるように。怠け者です。こないだも本部へ一日だけ参らせていただいたと言うたでしょ。ほしたら、弁当があるから、弁当を食べさせてあげると言われるから、弁当代は払っておきましたけどね。堤先生(一部聞き取れず)。只でもろたりしたら大変ですからね。もうねえ、僕らのようなものが行ってね。そんなあんた、泊らしてもろたりしたら、横着者が。ほいで、ちゃんと前日は現地へ泊って、安いとこい泊ってね。朝行った。ほいで弁当いただいた。で、岡本義夫先生の横へ座らしてくれて。そこしか空いてないんで、座らしてもろうた。「ああ、もう先生のお側に座らしていただいてありがとうございます。ほんとにありがとうございます。」言うて、お礼申し上げた。たら、先生、「うんうん。」言うて、先生といっしょに並んで食べさしてもろたご飯おいしかった。ほたら、三つね、その中にお結びが三つあるんですよ。ね。あとおかずでしょ。おつゆで。私はその一つで腹太るんです。一つ食べてね、ゆっくり食べますから。だめなん。ほたら、岡本先生がね、「中村君、それでええんかね、あんた。えらい少ないことないんかね。」「はい、これはあとは残りは包んで船ででも食べたいと思います。」船でお結びを五時ごろ一つ食べて、あとの一つは、うちへ持って帰ったら、家内がそれを食べてくれました。お結びをね。だがね、ええことをおっしゃったですよ、岡本先生。「あれねえ、亀という動物がおるがね、亀は非常に合理的な動物ですよ。」「ああ、そうですか。どうなんですか。」亀というのはもうほんの少ししかご飯食べんのやとね。で、動かないね、あまり。ありゃあ合理的な動物ですよ。少ししかご飯食べん。「はああ、ほうやねえ、合理的なんがええなあ。」と言うて、先生直さんでくれたですよ。先生はお忘れになっとるか知れんけど。「ああ、ありがとうございます。」と言うて。ええ言葉でしょ。ねえ。亀、亀、亀というのはそうなですね。偉いんですね、あれ。要らん動きをせんのですな、ありゃ。恐らくね。そういうことがありました。


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