歎異抄講読(後序について) 細川巌講述 より
第六節

四、まことにておわします

「ただ念仏のみぞまことにておわします」。まことは真実、おわしますとは、おいでになりますという敬語。実在しましますである。「ただ」と「のみ」を除くと、「念仏はまことにておわします」となるが、そうではない。念仏だけがまことでおわします、である。この「ただ」、「のみ」が大事である。
 先ず、「まことにておわします」ということから考えてみよう。
 『歎異抄』第二章にもう一ヵ所ある。「弥陀の本願まことにおわしまさば……」とある。「おわしまさば」というのは仮定語で、弥陀の本願が本当であるならば、というふうに聞こえるが、意味はそうではない。「弥陀の本願まことにおわします、されば」である。
 弥陀の本願がまことであるというのが一番始めに出ている。真実実在したもうということである。

 弥陀の本願がまことであるということはどうしてわかるか。真実というのは何によって証明されるか。それには二つ言わねばならぬ。
(イ)真実は、真実そのもの自体が真実であることを証明する。
 今、白金があるとする。これが白金であるということはどうしてわかるかというと、白金そのものが証明する。昔から化学実験には白金がよく使われる。白金は王水には熔けるがほかの酸には熔けないし、熱にも非常に強いし、化学実験にはどうしても必要なものである。従って白金器具の管理は厳重で、昔はちゃんとしまっておく場所が決まっていた。火事などになっても白金だけはちゃんと残っている。熔けない、燃えない、錆びない。たとえ白金らしく見せかけていても、火事などに逢えば偽物は熔けてしまう。色々なことに逢うと白金であるかそうでないか、そのもの自体が証明する。いくら保証書を付けていても役に立たない。
 今、弥陀の本願(南無阿弥陀仏)がまことである。まことは真実、真は清浄であり誠満であり不変であり一貫である。実は事実、現実であり充実である。こういうのを真実という。弥陀の本願、南無阿弥陀仏が、どのような中にあっても決して輝きを失わず、どのような中にあっても一貫し、本当に事実として物を充実せしめる力がある。こういうことば南無阿弥陀仏自体がそれを証明している。どのような中にも弥陀の本願が生き続けてきた。働き続けてきた。事実として、清浄真実であることを自ら証明してきた。そのもの自体の証明ということができる。
 ずい分前の話で、本の名前を思い出さないが、帝政ロシアが崩壊して、革命軍と従来の王朝派の人達がトラブルを起し、シベリヤ出兵というのが大正年間にあった。その時にウラジオストック其他で日本人がこれらの軍隊に監禁されてひどい目にあった。その時のロシア人の記録が残っているそうである。一人の日本人女性が厳しい牢獄の中で何かボソボソ言っている。ボソボソというのはお念仏申していたのである。その厳しい中でいつもにこにこしながら最後を全うした(死んでいった)という。苦境の中で念仏が彼女を生かした。念仏が事実として成り立って、清浄真実、一貫して生きぬいた。丁度、どんな状態の中でも白金は熔けないし錆びない。かえってそのような事実によって白金であることを自ら証明する。どんな苦労の中でも念仏が本当に生ききって、人を幸せにする力を持っている。それがそのもの自体の証明である。自証というべきであろう。
(ロ)仏と仏とのみ知り得る真実とは何か。
 真実とは如来である。これを明らかにしたのは『涅槃経』である。(12-70)「真実と言うは即ち是れ如来なり、如来は即ち是れ真実なり」。これは真実を言い当てた言葉である。聖人は『教行信証』に引かれている。
 「真実とは如来なり、如来は真実なり」。人生に真実があるのではない。人生を包む大きな世界を真実というのである。その真を真如、一如という。
 如より来って人生に如が本当に生きるところに真実がある。それを如来という。如来が本願を抱いて働きかけ、そこに事実として人生に生きるところに真実の成立がある。如来以外に真実はない。それが『涅槃経』に説かれている。人生に真実が成り立つのは、真なるものが事実となってくるからである。
 その真実がわかる者は人間ではない。人間は真実を知る力がない。
 あまりいい譬えではないが、親の気持ちというのは親しかわからない。若い間はわからない。「いいや、私はようわかっている」と言いたいのだが、親にならぬとわからぬ。しかしただ親になっただけではわからぬ。子供が大きくなり一人前になって、とうとういっぱしのことを言うようになって自分勝手なことをし始めたら、自分の親の気持ちがわかるようになる。子供が一度や二度は背いてゆかぬと親の気持ちはわからぬ。自分の親の気持ちが本当にわかるのは、子供が大きくなってからである。その時始めて、私があんなことを言った時に親はどんな気持ちだったことだろうかと考える。それまではわからない。ものがわかるというのにはそのものと同等、あるいは同等以上にならないとわからない。
 真実、まことは如来でなければわからない。真実でなければわからない。真実は如来においてだけ認識されるのである。
 人間には真実を知る力がない。もし知り得るとすれば、人間の上に真実が成立した時である。子供が親に成熟した時である。凡夫が菩薩となる時である。如来の心を本当に頂いた時に如来の心がわかる。「弥陀の本願まことにおわします」というのは、弥陀の本願を生きなければわからない。まことなるものをまことと知るのは、まことそれ以外にはない。それを「唯仏与仏の世界、仏と仏とのみ知りたもう世界」という。
 「如来智慧海 深広無涯底 二乗非所測 唯仏独明了」(東方偈1-44)。如来の智慧海は深広にして涯底なし、二乗の知るところにあらず、ただ仏のみ独り明了したもう。如来の真実を知るのはただ如来のみである。如来以外のものがそれを知ろうとしてもできないのである。
 真如、一実を本当に頂いた者、即ち卵でなしにひよこ、どんぐりでなしに発芽した木になって、はじめて真実がわかる。真実が人の上に成立することを信という。信心の生まれるところに、「念仏のみぞまことにておわします」ということがはじめてわかる。それを「仏と仏とのみ知る」という。仏心と仏心とではじめて仏心を知る。真実と真実とで真実を知る。それ以外に真実の知りようがない。今、「弥陀の本願まことにおわします」というのは、弥陀の本願をまことに頂いた者において、動かしようのない事実である。「念仏のみぞまことにておわします」も同様である。南無阿弥陀仏ということのまことさは、南無阿弥陀仏だけがわかることであって、南無阿弥陀仏を生きる者にとってはゆるぎのないものである。

 それではあまりに主観的ではないか。それがわかった者だけがわかるなどというのは、非常に独断的、独善的であって、主観にすぎるではないか。わかる者だけがわかるのだというのは貴族主義ではないのか。そうではない。だからこそ「愚身の信心におきてはかくの如し」(『歎異抄』第二章)。それは自分の主観を強調し、自分の主観をふりかざして、こうだと言って頑張っているのでなしに、これはこの愚かなわが身に、これだけは誤りない事として与えられためざめである。「愚身」とは主観を超えたものである。主観の中に閉じこもる者には、愚身とは決して言えない。われこそは日本の柱であり日本の眼である。地湧菩薩であるという者には、そこに強い主観が入っている。自己顕示がある。真実に照らされた者は、私は真実であるとは言わない。愚身となる。
 先にも言うように、真実を知った者は自己の愚かさを知る。片方を法、大きな世界といい、片方を現実の世界という。大きな世界を頂いたとは主観を超えることである。真実に目がさめて、「真実にてまします」というとき、必ず自己を「愚身」、「そくばくの業をもちける身」と見出す。このような自己へのめざめを離れない。
 親鸞は徹底した人である。真実なるものに遇うて、ただ「わかった」というだけではない。心ず感謝と同時に懺悔、「愚身の信心」愚かなる私に徹底した人である。

 いつも言うように、「仏様はおいでになりますか」、「はい、おられます」。仏様がおいでになるということがわかったというのは大したことである。「はい、おられます」。この答は落第。零点。しかし、おられるとわかったのはいいではないかと思うが、違う。「鉄砲の玉は当りましたか」、「はい、当りました」。こんなのは当ってはいない。観念的というもの。「やけどしましたか」、「はい、やけどしています」、とはいかぬ。やけどしたら「あっちっち……」と、何か塗る薬はないか、と走りまわる。「仏がわかった、如来まします」、それが事実ならば、鉄砲の玉が当ってばったり倒れるように、「有難うございます」になり、「申し訳ないことであります」となる。これが現実である。真実は必ず生きた事実となる。「有難うございます、南無阿弥陀仏」、「申し訳ないことです、南無阿弥陀仏」と、必ず念仏になる。「煩悩具足の凡夫、よろずのことみなもてそらごと、たわごと、まことあることなし」、これが私の自体である。そして「まことにておわします」という仰ぎみる世界を持つ。そこに真実の成立する姿がある。深い仏道の成就がある。
 「まことにておわします」というのは第二章に出ている。「まことにておわします」ということばがどうして証明できるのかというと、弥陀の本願が自ら証明するのである。釈尊の上に、龍樹菩薩の上に、次々と、そしていかなる時代にも、いかなる社会の上にも生きぬいてきた。それによって親鸞は生きぬく力を与えられた。三十五才の時、越後の国に流された。これは大変な悲劇である。一番重く罰せられねばならぬのは法然上人である。この人が責任者である。それであるのに若い親鸞が重い罰を受けてさらに遠い所に、長い期間流し人となった。法然上人はわずか十カ月、しかも実際は讃岐という瀬戸内海に面した気候のいい所に、保養に行きなさったようなものである。御師匠は早く赦免になり、その末弟であった親鸞は、五年間北越の雪深い所に追放された。師匠が赦されているのに弟子は許されない。そんなことがあるものか、死んでしまえといわぬばかりの処置である。これさえも耐え忍んで生きることができた。そして「弥陀の本願まことにておわします」と言うことができた。親鸞聖人の御苦労はこれだけではない。八十四才、自分の子供を義絶して親子の縁を絶つという悲劇に会われた。九十才で亡くなるその数年前に、自分の嫡男を義絶せねばならぬということは、これはもう大変なことです。えらい目に逢いなさった。その時に和讃を作られた。「弥陀の本願信ずべし、本願信ずる人はみな摂取不捨の利益にて無上覚をばさとるなり」
 「如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし 師主知識の恩徳も 骨を砕きても謝すべし」この恩徳讃も、この時できた御歌である。弥陀の本願の確かさが流れている。
 まことはまことそれ自体が証明していく。と同時に、まことであると言える人は、いわゆる仏心を頂いた人であり、信心そのものを頂いた人であって、その人において証明できるのである。それは主観的なものではないということを繰り返し申した。
 我々は、「よろずのことみなもてそらごと、たわごとまことあることなき」人生に生きている。そらごととは、空虚で中味のない、たよりにならないことをいう。空しさ、はかなさを持つ。そらごととは虚言である(古語辞典)。我々は自分の夫を、子供を、家をたのみとしているが、そういうものは何もたのみにならない。たわごとは、でたらめ、妄語である。まことあることなしとは、不実である。
 それではそういう人生は生き甲斐もないではないかというと、そうではない。我々はこの人生を何のためらいもなく、何の躊躇もなしに生きていくのである。この人生が偽りであり不実であり信用ならぬものであっても少しもかまわない。真実というものがわかっていると、不実のこの人生を軽蔑するということがない。馬鹿にするということもない。恐れるということもない。ただ頼りにならないことを知らされて、それを頼りにしようとは思わない。思わないけれども人生に取り組むとはこの人生を頼りにするのでなく、この人生に頼りになるものがあることを知らせたい、わかって貰いたいという願いを持つ。それを使命という。この人生を頼りにし、この人生で少しでも地位を得ること、係長から課長補佐に、更に課長、部長、局長になるというような、そういうものを目あてに生きている人は、「そらごと、たわごと、まことあることなし」ということは、少しもわかっていない。そのような地位に自分の支えを求めている。名誉、地位、金に支えを求めている。「まことにておわします」というものを持ったならば、このようなものを支柱として求めようとは更々思わぬ。それを独立者といい自立という。自立者はこの人生に働きかけ、少しでも真実を伝え、少しでも本当の行き方をするようにしていこうという願いを持つ。
 曇鸞大師は「労謙善譲」と言われた。自分は骨を折って、功績はへり下ってよくこれを譲る。善導は「自信教人信」と言われた。自ら信じ人に信を教えていく。そういう道が開けてくる。この人生こそ私に与えられた舞台。「まことにておわします」というものがあると、「そらごと、たわごと、まことあることなき」人生を、まことあることなしと知って、しかもそれを無視せず、そこに真実を届けていこうという願いを持つ逞しい人生が生まれてくる。それが親鸞の一生であった。それが、東西を走り廻って信をとれと叫んだ蓮如の生き方であり、そして又、これが我々の生き方となるのである。

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