歎異抄講読(後序について) 細川巌講述 より
第六節


 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、(よろず)の事みなもてそらごと・たわごと、真実(まこと)あること無きに、ただ念仏のみぞまことにて(おわ)します」。

一、煩悩具足の凡夫

 先にも言うように、われわれは「煩悩具足の凡夫」を自分の事と考えることはできない。それは、智慧が本当に成立すること、それしかない。
 蓮如上人は五重の義ということを申された。「一つには宿善、二つには善知識、三つには光明、四つには信心、五つには名号といえり」。智慧の成り立つ順序をいう。「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界はよろずの事みなもてそらごとたわごとまことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」というのは、信心の内容である。念仏、即ち南無阿弥陀仏が、本当にまこととわかるのが一番最後。それのわかるのが信心である。信心と名号は離れない。それが成立するのは求道の一番最後である。
 宿善開発して善知識に遇うて光明に照らされることが大事である。これが信心、名号の成立の始めである。

(1)宿善開発して善知識に遇う
 宿善開発とは、わが身に与えられた永い永い過去からの善根が花開いて、よき師よき友を持つ身になること。宿善とは先祖の血筋、仏法を大切にした人の血筋である。又、育った土徳である。現在は宿善を使い果している時代である。今まで長い間先祖が積んできた徳がだんだんと少なくなった。お寺に詣る人も少なくなった。今こそ本当の仏法者を一人でも多くつくりあげねばならぬ時である。
 宿善はどんな形をとるか。それは先ず考える力である。本を読んでは考え、人の言うことを聞いては考える力をもっている。どういうふうに考えるのかというと、私はこれでよいのかと考える。も少ししっかりしなければならないのではないか、それには具体的にはどうしたらよいのか、と考える力を持っている。これは必ずしも皆は持たない。これを持っている人を宿善の厚い人という。それは親、先祖の力である。学歴などではない。今こそ、そう考える人の出る土徳、風土を残しておかなくてはならない。これが今一番大事な問題であろう。現在みんなが考えているのは、どれだけ多く点数を取るかということである。どうしたら儲かるか、どうしたら人の気に入るかというような事しか考えない。そうではなく、もっと内面的に深まっていかねばならぬと考える風土が大切であろう。
 そして迷う。そして、かくあれかしと願う一念を持つ。どうしてもこうありたい、どうしてもこれは続けたいという一念を持つ。その人に宿善がある。長い長い祖先の血筋、風土による。それは日本の場合は仏教によってつくられてきたのである。
 吉田松蔭、あの人は仏教は学ばなかった。だから仏教を学ばなくても立派な人がいるではないかと言うが、そうではない。松蔭は仏教を学ばなかったが、そのお母さんは熱心な浄土真宗の信者であった。母親が本当に仏教を聞いた人だった。その宿善が松蔭をして考え、迷い、勉強して、かくあれかしという一念を待った人とした。そしてどんな犠牲をはらっても外国へ行って色々な事を学んでこようと考えた。こういう力が宿善である。

 宿善によって始めて、よき師よき友に出遇う。よき師よき友に出遇って実行していく、師の声を聞いて理解し実行して、ついに、自らに本当の智慧を頂く。智は自己を知るという、慧は如来を知るという。従って智慧を生じないとは、自分自身がわからず仏がわからないことである。自分自身がわからない者は必ずエリート意識に堕ちていく。自分はよき師よき友を持って大分学んだ。他の人よりも大分高い所に来た。こう言って、人を軽蔑するようになる。そしてそこにとどまる。これを声聞という。この人はいつも競争意識、対立感を持っている。他の人よりも優れているとか劣っているとかいうところにこだわっている。これを声聞意識という。

(2)光明のお照らしに遇う
 自らに智慧を生ずるとは、光明のお照らしに遇うことである。光明は大いなるものの光、そのお照らしに遇うて自分を本当に知ることである。これを信心という。
 『大阿弥陀経』には「諸々の天下幽冥の所を炎照す」とある、天下とは世界、今は私の心の中をいう。私の心の中でかすかにしか見えない所、真暗でわからない所、今まで自分で気がつかなかった所を明るく明るく照らされた。それは弥陀の光明によるのであると讃えられてある。
 今まで幽かだった所、今まで真暗だった所はどういう所かというと、氷山にたとえられる。見える所、出ている所は上の一部分である。氷山の一角である。私の慳貪嫉妬はわかる。が、その奥がわからない。それがだんだんわかってくる。奥は何かというと五逆である。五逆とは、自分が深い深い反撥心を持っているということ。それが五つある。父と母とよき師とよき友と仏。この人々に対して御恩などは全然思わないで反撥をし続けているということである。これを恩知らずという。が、自分が恩知らずということはなかなかわからない。人の話としてしか聞けない。特に青年期に親のことを言われると非常に厭な気がする。親を尊敬してないし、親に対して恩など感じたこともないのに、恩知らずなどと言われるといい気はしない。これが天下幽冥の所である。それが光明のお照らしによりわかってくる。
 その奥にまだまだある。それを謗法という。法を謗るというのは、仏法を無視していることである。日常の生活は仏とも法とも思わない。ただ一つ、自分自身の思い中心で過していて、仏法中心などとは考えもしない。この仏法無視が誘法である。これは本当にわからない。
 も一つその奥をあげているのは『涅槃経』である。それを闡提という。闡提を断善根という。根腐れ病にかかったろくでなしで、善いことをやる意志も能力も何もない。これを闡提という。これらを併せて逆謗、闡提という。
 逆謗、闡提の自己がわかってくることを信心という。これは光明のお照らしに遇うしかない。このことを親鸞聖人は「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界はよろずのことみなもてそらごとたわごと、まことあることなきに」という表現で言ってある。これを自己へのめざめといい、自覚といい、信心という。これが「念仏のみぞまことにておわします」と、表裏一体である。
 つけ足しになるが、先般JBAという若い人の集りがあり、そこで世阿弥の話を少ししました。
 世阿弥の『花伝書』という有名な書物の初めに稽古の条々とあり、人生を七つに分けて、その時期々々に応じた努力をするということが書いてある。花というのは世阿弥では能ですが、その芸の優れたところを花と言っている。『花伝書』によると、能の稽古は七才から始める。十二才になるとだんだんと上達してくる。世阿弥自身十二才の時に能がうまくなって、足利義満という将軍に認められた。この時期までは基本をよくやらねばならない。十七才が動揺する時期で、人生の危機であるという。二十四才、これが本当の花の初め。そして本当の盛りは三十五才で、四十五才までが人生に於て花と咲く時期である。これは仏教とは関係ないように思うが、しかし仲々面白い。彼は二十四才まではまことの花に非ずという。
 我々は仏教を聞く。小さい時から聞く人もあろうし、学生時代から聞く人もあろう。が、若いうちはまことの花に非ずである。これは何にでも言えると思う。キリスト教であれ何であれ、そうであろう。二十四才は大事な時で、本当の花に対する出発点。ここでよき師よき友を持ってしっかり頑張らねばならぬと言っている。二十四才という年令にこだわる必要はないと思うが、とにかく二十台のある時に師を持つことが大切であって、そこから三十台、四十台の開花が生まれる。これが大事なところである。
 渡部昇一氏が『発想法』(講談社現代新書)を書いて、この『花伝書』を引用している。それには、「四十までに一応の成果を」とまとめてある。四十才までに成果をあげるというのが人生の一応の目標ではないかと、彼は言う。
 親鸞聖人は二十九才で法然上人にお遇いになって、三十五才で越後の国に流された。聖人はこの流罪の地で本当に広い世界を知りなさった。と言われている。釈尊も二十九才で出家して、三十五才で悟りを開かれた。法然上人は少しおそい。四十三才で善導大師の教に遇うて喜ばれた。大体三十台、四十台である。世阿弥は『花伝書』を四十才位で書いたので、この先はあまり書いてない。晩年に書いた『花鏡』などを見ると、五十以後はだんだんと仕事を減らしていけと書いてある。しかしこれだけでは少し不親切なので、私が少し足しておきたい。
 信に手おくれはない。「四十までに一応の成果を」というのは、若い人に対する一般論である。しかしこれだけでは若くない人に対しては不親切だから、「信に手おくれはない」というのに大きく丸をつけて申しておきたい。曇鸞大師は五十三才ではじめて信心の人になられた。
 私は福岡で朝日新聞社関係のカルチャーセンターで、「心の教室」というのを担任して七年経った。この頃、全員が文集を作ってくれた。七十台の人もいて、四十人程度の集りである。毎週木曜日、十時から十二時まで『歎異抄』を頂いている。一ケ月四回、これは相当の積み重ねができる。これを七年間やってきた。初めからの人もあり途中からの人もあり、大体四、五年という所が多い。五年かかって一通り終った。もう一遍やってくれとのことなので、今もう一度やり直しているところです。又五年ぐらいかかりそうです。皆の文集を見て世阿弥は若いなと思った。だから信に手おくれはないというのを付け足したいと思った。彼が二十台まではまことの花にあらずと言ったのは本当だ。二十過ぎから四十五位までが本当にしっかりする時である。僕もそうだと思う。けれども、も一つ幾つでも手おくれはないということも力説しておかなくてはならないと思う。
 我々は恩知らずだとか仏法無視だとかは仲々わからない。とくに若い時ではわからない。時間がかかる。その時開に耐えなければならない。そしてついに本当に自分が何であるかがわかってこなければいけない。これが「諸々の天下幽冥の所を炎照す」である。そして願わくば「四十までに一応の成果を」となりたい。二十過ぎで出発すれば大体そうなっていくであろうと思う。
 だが、信に手おくれはないことも確かだ。先の文集を見て私はびっくりした。あまり年寄りが多いから、私は始めに厳しく言っておいた。「皆さんは年が多すぎる、もう見込みがない」と。実際そう思っていた。ところがこの人達は熱心であった。何しろ回数が多いから非常に手ごたえがある。二時間のうち初めの一時間半話をして、残り三十分間質疑応答をする。これを毎週繰り返す。これはもう大変なものですよ。その老年の人達の感想文を読んで感銘しました。これは信に手おくれはないということの実証である。若い人は勿論のこと、年老いた人も決して心配は要らん。今からも頑張らなくちゃ、である。如来の御仕事に手おくれはない。

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