歎異抄講読(後序について)細川巌講述 より
第二節

二、「親鸞一人がためなりけり」

(1)一人(いちにん)
 一人というのには幾つかの意味があるが、先ず「独」ということであろう。ひとりぼっち、孤独のひとり。親鸞の生涯を考えてみると、関東では奥さんと一緒に居られたが。京都へ帰られる時には奥さんは越後に行かれて一人になられた。もっとも末娘を連れられたようであるが、淋しい境涯であった。そのような淋しい親鸞一人という考え方もあろう。又、独には独善、独慢、お山の大将われ一人という意味もある。もーつ、独立というのがある。私の確立、個の確立という独がある。「親鸞一人がためなりけり」のいちにんとはどのようなひとりであろうか。
 第九章によく似た言葉がある。「他力の悲願はかくの如きのわれらがためなりけり」とある。この言葉が第九章の中心である。「かくの如き」というのは「念仏申し候えども踊躍(ゆやく)歓喜(かんぎ)の心(おろそ)か」である。又、「いそぎ浄土へ参りたき心」もありません。そのような煩悩に閉じ込められた私である。「われら」は複数でなく単数で、自分自身を謙虚に言ったことば、「私のような者」である。「他力の悲願はかくの如きのわれらがためなりけり」「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとえに親鸞一人がためなりけり」、よく似ている。「ためなりけり」というのは全く同じである。
 第九章の「他力の悲願は」が、後序では「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば」になっており、「かくの如きのわれら」が後序の「親鸞一人」である。「ためなりけり」は同じ。文章の上からこのように考えることができる。それゆえ「一人」というのは深い自覚、こういうていたらくの私をいう、本当の私に出遇った、目覚めたその婆を「親鸞一人」と言う。
 孤独の私というのは当らない。又、自分だけが、というのでもない、弥陀の五劫思惟の願に出遇った私、他力の悲願を頂いた私、しかも愚かな「かくの如きのわれ」を「親鸞一人」という。そのような「いちにん」である。
 「かくの如きのわれ」が「親鸞一人」である。第九章の中心になる言葉が、後序でもまた中心になる言葉である。
 「かくの如きのわれ」とは何か。「親鸞一人」とは何か。小さな小さな私に大きな大きな本願が私の心を貫いて、いわば私のための縦糸となって下さった。私が弥陀の本願という縦糸を与えられて、その縦糸に私の毎日々々の現実の横糸が織り込まれて一つの織物が出来てくる。縦糸を与えられる、それを「他力の悲願」という。それに私の現実が織り込まれて、「他力の悲願はかくの如きのわれらがためなりけり」という私の一生が成り立つ。その横糸を「かくの如きのわれ」という。私のお粗末な現実が南無阿弥陀仏に支えられているという所に生まれてくる自覚を一人という。そこには深い懺悔と感謝がある。それを「かくの如きのわれ」という。それは独善でなく孤独でない。縦糸に支えられた横糸の自覚である。

(2) 親鸞(しんらん)
 『歎異抄』の中には「親鸞」ということばが大事なところに出てくる。「親鸞におきては」とか「親鸞は弟子一人も持たず候」とか、大事なところには名を名告って、ご自分の考えをピシャッと言われている。
 『教行信証』(普通『御本典』という)の中では「親鸞」とは言われない。「愚禿釈の親鸞」というのが自分のことをおっしゃる時の表現である。「ここに愚禿釈の親鸞、慶ばしき(かな)や西蕃月氏の聖典、中夏日域の師釈に遇い難くして今遇うことを得たり、聞き難くして(すで)に聞くことを得たり」というように、出ている。『歎異抄』はかしこまったものでないからただ「親鸞」と言われている。しかし「親鸞一人」の親鸞は「愚禿釈の親鸞」であるといわねばならない。
 愚は愚者。まことに智慧少なくして愚かなことばかりを行い続けている。智慧のない者を愚者悪人という。禿は非僧、非俗という。家を捨て妻子を捨てて出家し、山にこもり髪を切って僧侶としての戒律を保って生きている者でない。そういう戒律を破って肉食妻帯をしている者、非僧である。それだからといって世間の中に紛れ込んで、そこで金儲けや世間的なことに明け暮れすることもできない。尊い一つの道を頂いている存在である。それを非俗といい、合せて禿という。非憎というところに深い懺悔があり、非俗というところに深い感謝がある。一生を俗のままでいることの許されない、無上菩提に対する道心を与えられた感謝がある。
 釈。死んだ人の戒名をつける場合には釈の何々という。釈とは仏弟子ということを表わす。非僧、非俗の愚かな私、しかもそこに縦糸を賜うて本当の道を教えて頂いた。この道こそは私の生涯を貫くものである。そこに仏弟子となる資格のない者が仏弟子として許されて生きている。仏弟子としての生を賜うている。「愚禿釈の親鸞」である。

 仏弟子とは何か。真の仏弟子である。それは釈迦の弟子、諸仏の弟子、よき師よき友の仏弟子であることをいう。
 弟子とは、弟であり子である。「後学の故に弟といい、養育の故に子という」これを合せて弟子という。縦糸を与えられたのは、本当に教えて下さった人があるからである。遠くは釈尊である。釈尊がこの世に現われて教を説いて下さった。続いて次々と七高僧、親鸞、遂に私の前によき師よき友が与えられて、私を本当に教えて下さった。この人達は私を弟、御自分は見であると言われる。あなた達は自分の後に続いて深い世界(弥陀の本願)を生きる着である。あなたは弟、私は一足先に生まれた兄。「後学の故に弟という」、私を弟と言って下さった。私はそれを聞いて、「私は弟ではありません、あなた方が私の親であります。あなたがなければ私はないのです」。それを「養育の故に子という」と言う。向こうは「弟よ妹よ」といい、私は「あなたの子でございます。あなたがなければどうして私の今日がありましょう」という。それを合わせて弟子という。弟子というところに非常に深い感銘がある。大事なことです。
 『蓮如上人御一代記聞書』の中にもそういうところがある。「蓮如上人仰せられ候、『法敬と我とは兄弟よ』、法敬申され候『是は冥加もなき御幸』と申され候」。蓮如上人は本願寺八代の法主であった。法敬坊順誓はその第一の弟子であった。以前は庭の掃除や外まわりの仕事をし、上人が遠くへおいでになる時には駕籠をかついでいた人であった。しかしながらよく仏法を聞いて信心の篤い人になられたので、上人はそれをとり立てて第一のお弟子にされた。その法敬に言われた。「法敬と我とは兄弟よ」。法敬はたまげて「勿体ないことであります。本当におそれ多いことです」と言った。「信を獲つれば先に生まるる者は兄、後に生まるる者は弟よ」、私は先に生まれているだけであり、あなたは後に続いて来てくれるんだ。「法敬と我とは兄弟よ」と言われたことが出ている。兄弟というのは、向こうが私に言ってくれる言葉である。釈尊が、七高僧が、よき師が謙虚に、あなたは私が生んだ子ではない。生んだのは仏様だ。私はただ先に生まれたというだけだと言って、「兄弟よ」と言われるのである。「そうではない、あなたがなければ私はないのであります」というのを「養育の故に子という」という。この向こうの謙虚な言葉と私の切実な思いを一緒にして弟子というのである。そこに切っても切れない関係、深い深いつながりがある。これを仏弟子という。それを釈という。愚禿釈の親鸞という。
 釈は仏弟子である。釈というところに、私は一人でおっても一人でないのである。決してひとりぼっちの私というのは出てこない。
 先の「いちにん」というのは、ひとりぼっちではない。病気で一人寝ていようとも、深い深いい連帯、つながりがある。たとえ死の床にさびしく横たわっていようとも、心の中に沢山々々の切っても切れない人々がある。それを兄といい親という。兄弟以上の兄弟、親子以上の親子の関係が成り立っている。これを仏弟子という。仏弟子においては決して一人ぼっちということはない。憶念の世界を持っている。だから、たった一人でも楽しく生きることができる。
 たった一人の生活を私も何回か経験した。一回は研究のため内地留学した一年間で、研究所の地下に宿泊して夜は本当に一人っきりであった。一人というのは淋しいものだということがよくわかった。もーつは、一人っきりで始めて外国に行った時。これは大分心細いことでしたね。だが、一人でいてはじめて、一人ぼっちでないということがだんだんわかってきた。
 愚者悪人の自覚は必ず「一人」である。「お前も愚者だがわしも愚者じゃ」ということはない。「地獄は一定すみかぞかし」という時には、わしも地獄行きじゃがお前もではない。地獄行きは私一人なのである。これを「一人」という。昔から言われるように、お浄土参りは大勢、あなたも私も共々に救われて行く。しかし、地獄行きはたった一人という。自覚というのはそういうものである。「普く諸々の衆生と共に安楽国に往生したてまつらん」である。どうか一緒に行こうである。しかし、地獄へ行くのは私一人である。「一人」というのは愚禿の自覚を表わしている。

 『大無量寿経』に四十八願が説かれ、その中心を十八願という。そこには、「十方衆生、至心信楽欲生我国乃至十念」とある。「十方の衆生よ至心に信楽して我が国に生まれんと欲え、乃至十念せよ、若し生まれずば正覚を取らじ」と言われている。
 「十方衆生よ」とみんなに言われている。「至心信楽欲生我国」と言われている。至心はまごころ、信楽はねがい、欲生我国は生まれんと思え、意欲を持てということである。しかし具体的にどうしたらよいのかということは書いていない。乃至十念とはどういうことをするのかということも書いてない。非常に簡単だが内容はややこしい。
 この本願を具体的にあらわしたのは『観経』である。本願に助かっていく姿が具体的に書いてある。そこに『観経』の意味がある。『観経』は悲劇の中を念仏が貫いて、人生に本願が縦糸になってゆく姿が書いてある。本願の成立する具体的な姿が下品下生である。「五逆+悪かくの如きの愚人」である。十方衆生よという本願が私に届く時に、この本願の呼びかけは、下品下生の私、五逆十悪、こういうていたらくの愚か者にかけられていることが示されている。
 「至心信楽欲生我国乃至十念」が至心、称名である。乃至十念は十声の念仏、如来のまごころが届いて念仏申すことをいう。如来の本願が私の縦糸になり私を貫いて、私においてかくの如きの愚人という現実がその中に保持されていく、これが本願の届いた婆である。
 この下品下生、自己へのめざめが「他力の悲願はかくの如きのわれらがためなりけり」、かくの如きのわれらが「親鸞一人」である。「一人」の成立である。

 自己の確立とは「われわれからわれへ」である。われわれとは私達。私達というのは日常語になっていて、「われ」は「われわれ」の中に埋没している。私が自分自身のことをいうのにわれわれと言わざるを得ないほど日常語になっている。私を「私達は‥‥‥」というのに慣れてしまっている。自分と人とを一緒に言ってしまう程無自覚に依っている。私もあなたもみんな一緒というようになってしまっている。十把ひとからげの中に私を投げ込んでしまって、われというのは一つも出てこない。そこに私が出てきた。
 如来の本願の前に私が出てきた。その私はこういうていらくの私である。それを、「私一人」という。これを「われわれ」から「われ」への進展という。自らへのめざめを言う。これが自己の確立である。
 自己の確立とは、自分を人と区別して、私だけが解った、皆は解ってはいないんだというものではない。「われわれ」の中に埋もれて、自己に無自覚であるその私が、無自覚に気がついて本当の自覚が与えられる時に「われ」となるのである。それを「親鸞一人」といい、愚禿親鸞という。「われわれ」の中で漠然としていた存在が、自己にめざめた。この私は如来の前に一人立つ。私の全体をひっさげて「私一人」である。
 個の確立ということを「一人」と表わしてある。それが地獄行きの一人であり、こういうていたらくの私である。私達ではない。
 この私が確立する時、「われ」から「われわれ」へとなる。普く諸々の衆生と共に、という呼びかけ、連帯感を持つようになっている。
 はじめの「私」は埋もれた無自覚のわれわれ。そこから「われ」というものが自覚されるとき、再び「われわれ」に帰っていく。この「われ」を天親菩薩は、「世尊我一心」と言われた。「われ」と言った。それは、自覚、自立、独立、確立を表わしている。「われ」が成り立っている。それを親鸞は「親鸞一人」といい、私一人と言われた。最後は「普共諸衆生、往生安楽国」である。普く諸々の衆生と共に安楽国に往生せしめたまえである。すべての人々への願いをもって願生偈の最後は結ばれている。そこに深い連帯を持つ自覚の世界がある。それを「われ」から「われわれ」へという。「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずればひとえに親鸞一人がためなりけり」。実にすばらしい言葉であり、曾我先生が言われるように、解釈する必要のない言葉である。これが本当に頂けるようになることが大切である。
 「親鸞一人がためなりけり」という言葉は、非常に感銘深い言葉であるが、『教行信証』や和讃等には見えない。御自分で書かれたものにも出てない。けれどもいつも仰有っており、それを皆聞いていた。「聖人のつねの仰せには」とあるように、今日も仰有った、昨日も仰有った。いつもいつも仰有っておられたその言葉が、「親鸞一人がためなりけり」である。

 求道において大事な課題は信が成立することであり、その成立への道を明らかにすることであろう。
 信とは宗教的覚醒である。こういう表現をされたのは金子大栄師である。『宗教的覚醒』という書物がある。宗教的とは、心理的とか学問的とかに対するものでなしに、宗である大もとの教、教の中の教によって生まれるものをいう。今まで眠りこけていた者が目ざめ、酔っぱらっていた者が醒めて正常に戻ってくる。こういうのが覚醒である本当の教によって目をさますのを信という。『歎異抄』は、その信を明らかにしようとしている。しかし、もう一つ大事なことは信への道を明らかにすることであろう。
 信への道の第一歩は聞思修である。仏法を聞いて考えて思索し、そして実行していく。それが始めである。従ってどうか仏法を聞いて貰いたい。これを第十九の悲願という。聞思修をやってほしい。これに大事なものはよき師よき友である。よき師よき友を得て、聞いて考えて実行し、わからない所を尋ね、励まされ勤められて聞思修をしていく。これが第一歩である。これを資糧位、加行位という。成唯識論の資糧位とは、もとで、かてとなるものを集める、加行とは実行である。聞思修は資糧位、加行位に相当すると言えるだろう。
 第二段階は通達位、修習位、究竟位という。この通達位において信の成立がある。前の資糧位、加行位と、この通達位、修習位、究竟位との間には高い絶壁がある。聞思修までは何とか出来る。が、信には大変な断絶がある。その断絶を超えることが求道上の大問題である。我々は徐々にでも進展したいと思うが、この断絶が大きくて届くことができない。そこで資糧位、加行位の所を行きつ戻りつして進まないのである。どうしようもない行き詰まりにぶち当る。それが二河譬のいわゆる三定死である。その時に究竟位(仏の世界)からの呼びかけが私に届いて、私を高い世界に出す。それを「如来より賜りたる信」という。聞思修の果てに自己自身への目ざめ、自己自身への逢着、私の愚かさお粗末さというものにぶち当る。これが信への道である。その転回がなされるまで頑張らなければならない。
 資糧位における人間の努力が通達位に達せしめるのではない。究竟位の智慧が自己自身にめざめさせるそして同時に仰ぎみる世界を与えられるのである。これが信への道である。本当のめざめはここにしかない。これを宗教的覚醒という。大もとの教であるから宗といい、よき師よき友を通して教えられるから教という。宗教的覚醒が与えられることが、人間として現代において非常に大事である。
 この現代という時代の中で政治、経済など色々の問題があるが、どの一つも解決のついているものはない。しかし今から先、一人々々が目覚めていく道は既に明らかにされている。これが親鸞聖人の道である。この道において到達された信の内容を明かそうとして、後序に三つがまとめられている。

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