<下巻> あとがき

松田 正典


 住岡夜晃先生は、若者への言「念仏して自己を充実し、国土の底に埋もれるをもって歓びとなすべし」に象徴されるように、その短い半生を、徹底して世間の名利を離れ、ひたすら自信教人信に尽くされた方であった。その為、先生の遺された多くの法語が、作者不明の形で一人歩きしている。中でも「念願は人格を決定す。継続は力なり。」の語は今や国民的座右の銘となっている。その事自体、先生の本望とされるところである。しかし、この希にみる激動の時代にあって、先生のご教化がどれほど多くの人の心に法灯を灯し、その一生を支え念仏無碍道と成し得たかを想うにつけ、先生の行脚を一切世間に広報し、後学相続のよすがとすることの意義は量り知れないであろう。

 「暗深くして光弥々輝き、業苦重くして大悲弥々深し」との先生の詠嘆は、原爆で焦土と化した広島の惨状の中で値遇なさった親鸞浄土教の奥義であった。

 アリストテレスは、教育の基礎は自然(ピュシス)、習慣(ハビトス)、理性(ロゴス)の三つにあるとした。この場合の自然とはその人に本来そなわっている善き人となる素質の意味であり、仏性と言ってもよいであろう。習慣とは、善き事を練習と方法によって習熟し慣わしとするということ。ロゴスは元ことばを意味したようだから、理性とはことばによって他に教授し、その素質を啓発することを意味する。

 アリストテレスの自然哲学は、近代の量子科学によって批判されるところとなったが、その三位一体の教育論は西欧の教育学の原典であり、広島師範学校ではペスタロッチの実践的教育論と共にこれを学んだに違いない。安芸の国に伝承された深い精神文化を親潮に喩え、この西欧の伝統的教育論を黒潮に喩えると、親潮と黒潮との邂逅が類希なスケールの教育者・住岡夜晃を産み出した。そして、「家も村も国家もはたまた人類もその真の繁栄は本願一実の大道の樹立にあり」との信念となったと想われる。このことば自体が、そのスケールの大きさにおいて、寓宗に堕した感の強かった日本浄土教の趣を遙かに超えるものである。この方に限らず、明治・大正の仏教界の巨星の悲劇的生涯に共通するところでもあろう。

 仏教東伝と今世紀の世界平和が願われることしきりである。

 この書は、昭和六十二年(一九八七)に「住岡夜晃法語集刊行委員会」によって非売品として刊行された『讃嘆の詩』(全五六四頁)を原書に、普及版として再編集したものである。原書刊行の作業に当たられた方々は、編集委員長武井滉先生(島根県三隅町明覚寺住職)ほか佐藤虎男・丹下信行・中村明美・平木正則の諸氏である。『住岡夜晃全集・全二十巻』からの抜粋・編集の作業は大変なもので、これら先輩諸氏のご努力に深く敬意を表したい。原書の「あとがき」には、「全集全体を読み直して、巻頭言に類する詩型のもの、詩的に凝結した格調高い法語の類を掘り起こし、これを加えて新しい法語集として編集することになり、その方針で事を進めてまいりました。(中略)先師の法語に取捨を加えた責めは重く、これを明らかにする意味で、引文の出典である全集の巻次とページとを注記することとし(中略)本書があまねく深く読誦されることを念じてやみません」と記されている。

 この度の作業に際しても「先師の法語に取捨を加えた責めは重く…」を痛感させられた。そこで、先輩に習ってそれぞれの「詩」の末尾に原書のページを注記した次第である。今回の作業は三年の歳月を要した。これに参加くださった方々は、岡本義夫(島根県三隅町徳泉寺住職)ほか岡本英夫、熊谷誓樹、佐々木玄吾、佐々木常和、佐々木忠義、堤日出雄、中山竜三、原田敬三の僧俗諸氏である。

 この度、遺弟の長年の念願がこのような形で実現に至り得たのは、ひとえに樹心社社長の亀岡邦生氏の御厚誼に依る。関係者を代表して心より御礼を申し上げたい。

(広島大学名誉教授)