七、天神地祇

『歎異抄講読(第七章について)』細川巌師述 より

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 天神地祇とは天の神、地の神である。天つ神、国つ神という。

 時代は今から七、八百年前、平安の末期、鎌倉時代のはじめ、戦国時代の下剋上の時代、非常に世の中が動乱している中で、人は神というものに引きずり廻されていた。そういう中で、「天神地祇も敬伏し」と言われた。まことに親鸞というお方は大変な存在と申さねばならない。

 ▼神

 神というものに対して人間は一面において深い恐怖心を持つ。これをアニミズムという。ラテン語でアニマ(霊魂)animaという語から出てきた言葉であるという。昔の人は霊というものを信じた。色々なものに霊魂があり、その霊魂に善いものもあれば悪いものもある。これらはいずれも神秘的な、超自然的な働きをして、人間我々に深い影響を与えたり、自然現象を左右したりすると考えられた。大洪水が起ったり地震が起きたり大風が吹いたりするのは、アニマの精霊が腹を立てたからであるという。そこでこれをなだめる為に色々なお供物をあげたり犠(いけにえ)を捧げたり、おまつりをしたりする。それを祠り御供養をし色々とお願いをする。これが宗教の初めであるといわれる。それをアニミズムという。

 こういうのを邪神という。ご機嫌をとらないと人間に対して悪いことをするのを邪神、鬼神という。これは現在無くなったのかというと、そうとも言えない。

 この間『エクソシスト』という本を読んだ。映画にもなったそうだからご存知の方も多いだろう。エクソシストとは悪魔払いということである。この内容は現代のニューヨークで一人の十二才の少女が悪魔にとりつかれるという物語である。カトリック教会は年とった神父と若い神父の二人に、その悪魔払いを命令する。年とった神父は信仰の厚い人でエクソシストの経験がある。若い方は精神分析学を勉強した人である。彼は深層意識の問題だと言って問題点をつきとめようとするが、とうとう最後に悪魔の存在を信ぜざるを得なくなった。悪魔払いの真最中に老神父は心臓麻痺で死ぬ。残った若い神父は悪魔に言う。「お前は子供にとりつかないで俺にとりついてみろ」と言って、出て来た悪魔と格闘して窓から落ちて死ぬ。二人の神父が命をかけて悪魔と戦う。昔の話ではない。現代の物語として述べられ、映画にまでなった。私はカトリックに悪魔払いがあることを始めて知った。

 けれども心打たれたのは、悪魔に対する考え方ですね。この本にはカトリックの信仰がよく表わされていると思う。老神父は、悪魔はいる、いるけれどもそれは神様の使いではないのか。その悪魔が我々に色々な極限状態を示して、我々の本当の姿を知らせようとしているのではないのかという。これは大変いいことを言われていると感じた。

 仏教では霊魂があるとも無いとも言わない。現代の科学では無いという。先の若い神父が言うように、「そんなものはある(はず)がない。精神的な、深い深層意識から出てくる何物かである。それをつきとめれば治せるのだ」という。だがとうとうそれは治せなかった。老神父の方はよくわかっている。仏教でも問題にしているのは、それから抜け出す方法だ。霊はあっても無くても結構、あっても何の障りにもならないし、なくても結構、問題はそれに対する執われを脱する道であると、仏教では言う。

 神に対してご機嫌をとって静かにして貰うというアニミズムと、も一つシャーマニズムというのがある。これはシャーマン即ち巫女(女である場合も男である場合もある)が、神または霊と心を通わして思し召しを聞くことができる。そのシャーマンの教を聞いて神の心を知り神の心をなだめ、あるいは神にお願いをして幸福を得よう、禍いをのがれようとする。これをシャーマニズムという。シャーマニズムとアニミズムというのは結びついているのもある。現代の日本の新興宗教は、大体この二つが一緒になっている。

 仏教はこれとは全然違う。仏教はアニミズムではない。またシャーマニズムでない。「天神地祇も敬伏し」である。いかなる善神であろうといかなる邪神であろうと、向こうの方から念仏者に敬伏するのである。敬伏とは敬礼帰伏という。向こうの方が信心の行者に対して尊敬をし、礼拝帰伏するのである。

 これが無碍道である。天神地祇も敬伏して何らの障碍にもならない。それを無碍の一道という。神というものに対する考え方は色々あるが、大体アニミズムとシャーマニズムに由来したものである。しかしそればかりではない。例えばキリスト教の神は天地創造の神と申してこれは違う。が、大体霊の存在というか、ある超神秘的なものがあって、それと語りあう誰かがいて、その人がこの霊を代表して色々言ってくれるという宗教が多い。その教に従ってその人を頼み、願って、祟りを避ける。これがシャーマニズム、アニミズムで、新興宗教の大部分がこれである。仏法の最も排撃するものである。仏法はこれを打ち砕こうとしている。打ち砕くというのは、そういう霊が無いとは言わぬ、霊を悟り得る人がいないとも言わぬ。ただそういうものに頼る心、そういうものを恐れる心を打ち砕くのである。神秘的なものに引き廻される心を打ち砕く。これを仏法というのである。科学は霊は無いという。そういう立場に立つ限り最後は悪魔と格闘して死んでしまう。科学者はそんなものは無いという姿でそれに執われる。仏法はそういうことに執われる心を打ち砕くのである。そうしたならば向こうの方が頭を下げてやってくるようになっている。これを「天神地祇も敬伏し」と言ってある。

 神に、も一つある。それを善神という。日本の場合は神というのは大体先祖で善神である。八幡様というのは応神天皇であり、我々から言えば先祖に当る。菅原道真は天満宮にまつられている。このような人達の霊が皆を護ってくれるのだというのを天神地祇といい善神という。

 神について『論語』では次のように言う。『論語』はもとより孔子の言葉を弟子たちが書いたものである。その中に次のように述べられている。

 季路問 事鬼神 (季路問う、鬼神につかえんや)
 子曰 不能事人焉能事鬼神 (未だ人につかうること能わず、いずくんぞよく鬼神につかえんや)
 (親鸞聖人は不を未にかえられた)

 顔回という弟子がいた。彼は孔子が最も頼みとしていた優秀な弟子であった。その顔回が年若くして死んだ。孔子は「天われを滅ぼせり」と言って泣いた。その時、弟子の季路は言った。「先生、これは何かの崇りではありますまいか。神の霊をまつり供物をあげて悪払いをしたらどうでしょう」と。彼は非常に世俗に明るい人であった。孔子は答えた。「自分はまだ人に事えることも出来ないのに、どうして悪霊に事えることが出来ようか」と言って断った。普通の解釈ではこういうようになっている。親鸞は『教行信証』にこれを引用して次のように読まれた。「事うること能わず、人いずくんぞよく鬼神に事えんや」と。これは『教行信証』の中にたった一カ所引かれている『論語』の言葉である。聖人の答は徹底している。つかえることは出来ない。人間がどうして鬼神につかえることができようかと、きっぱり断った。前の解釈で孔子の心はぐずぐずしてよくわからない。自分はまだ人につかえることもできないから神につかえることも出来ないという。それならば人につかえることができるようになったならば、鬼神につかえることができるということになる。孔子の心はそうではないと聖人は理解された。鬼神につかえてはならない。人間はそうであってはならないんだ。神の奴隷とならず、霊魂の奴隷とならず、人間は独立者でなくてはならない。何かにつかえるというようなものであってはならぬと、非常に厳しく言った文章である。これが孔子の本当の心ではないのか。人間の独立の第一は神からの独立にあるのだ。霊魂から独立するところにあるのだというのが仏教である(このように明確な解釈をされたのは蓬茨祖運師の「新仏教史の開顕」である)。神様は仏様の商売敵みたいなものであるから、仏教で神からの独立を強調して言うのではないかと思うかも知れぬが、そんなことではない。仏教には商売敵など一人もいない。現在、靖国神社法案というのがあり、それに反対する人達がいる。靖国神杜は神主さん側である。一方は神主さんで、反対する側は坊さんと牧師さんであれば、何か商売敵と見られる。が、そういうことを言うのではない。問題が違う。

 人間は独立者でなければならない。「天神地祇も敬伏し魔界外道も障碍することなし」というところに本当の独立がある。神に媚び諂ってお供物をあげて、ご機嫌をとって頼んで、幸せが来るように禍がこないように……と願っている所には人間の独立はない。親鸞がこう読まれたのは独立の宣言である。独立者たるところに人間の意味がある。神々の奴隷から解放されることを『論語』で説かれているのであると言われた。

 科学は神など無いという。しかし無いとどうして科学が言えよう。これは科学の言いすぎである。本当の科学者はそういうことは言わない。科学を盲信している人がそういう。私は科学者のはしくれです。霊魂があるとか無いとか言わない。わからないとしか言いようがない。あるのかも知れないし、ないのかも知れぬ。確かめようがないのである。ある人は言った。今死のうとしている人を大きな秤の上にのせておいて、ストップウォッチを持って見ている。今、死んだ。脳波がパッと止った。すると、すっと軽くなった。これが霊魂がある証拠であると。そんなことで霊魂は証明できない。この人は霊魂は物質だと思っている。重さがあって、私の体と霊魂の重さを加えたものが私の体重と考えている。霊魂に重さがあるという仮定は吟味を要する。霊魂は計ろうとしても計れないものであるかも知れない。科学というものを知らない人ほど、このような考えを丸呑みで信用する。

 科学には法則がある。質量不変の法則とか、エネルギー不滅の法則とかの原則がある。ある時私がある大学へ講義に行って、学生に質問してみた。質量不変の法則は絶対に間違いのないもので、今後も変わることのないものと思うかどうか。思う人は?言ったら随分沢山の学生が手をあげた。思わない人と言ったら一人も手をあげない。成程なあと思って感心した。科学の法則というのは変らないものであると思っている。本当は変わるか変らぬかわからんですね。今のところ変らないが将来はわからない。変わるかも知れぬし変らないかも知れぬ。なぜかというと、我々のわかり得る世界は、ある程度の圧力とある程度の温度範囲である。限られた条件の中でしか調べる力がない。従って、今までの条件を超えたところではどうなるかわからないわけである。わからないということが言えるというのは大したものである。

 霊魂もわからないのである。あるかも知れぬ。ないかも知れぬ。あってもいいし、なくてもいい。そんなものに引きずり廻されないということにならねばいけない。

 問題の根本は人間の持つ我見、人間の持つ自己中心の考えなのである。霊魂があって私に崇りをするのが怖い。我見がそういうものに引きずられるのである。その我見が打ち砕かれたならば、あろうがなかろうが少しもかまわない。あってよしなくてよし、どちらでも結構である。天神地祇があるならば、それらの神は正しい者を護りそれに敬伏するのだ。このことがはっきりしなくてはならない。これを無碍という。

 正しい者とは何か。それは小さな殼を破って大きな世界に出る者である。ドングリの殻を破って発芽した存在である。人間のあるべき本当の姿である。この独立者として立つ者を、すべての神が敬い護る。神は人の護り神であるから、間違ったものに対してはそれを戒しめ懲らしめて、正しい道に立てようとする働きをする。これを本地垂迹(ほんぢすいじゃく)の神という。

 本地垂迹とは、本地とはこの人生を包む大いなる世界である。そこに人間の帰るべき、依るべき大地がある。それを本地といい如といい涅槃といい滅度といい絶対という。この世界から人生に大きなものが現われてくるのを垂迹という。形を超えたものが人生に形をとって現われてくるのを本地垂迹という。

 どういう形をとって現われてくるのかというと、一つには善神、二つには邪神、善神は大きな世界にわれらを出させるように、色々の形をとって勧め励ましてくれる。邪神という形をとった存在はわれらを懲らしめて、悪いことをやってはいけない、正しい道に進めようとするのであって、善神邪神ともにどちらも悉く我々を大きな世界に出すための役割を持ったものである。これを本地垂迹という。

 この本地垂迹というのが日本に入って来た。権現というのは仮に神の姿をとって現われた仏である。昔は神仏混淆(しんぶつこんこう)といって神社と仏閣が一緒にあった。明治時代になって一方を、特に仏教を叩き潰したのであるが、以前はずっと本地垂迹説によっていた。印度には神々が沢山あった、帝釈天もあれば毘沙門天というのもある。そういう神はすべてもとは土俗信仰の神であったが、仏教はこれを仏教者の護り神とした。善神は護り神、邪神はいましめの神として仏教の傘下にとり入れてしまった。もとは印度の民族の神、土俗の神であったものを、このように位置づけたのが仏教である。

 アニミズムやシャーマニズムに引きずり廻されるのでなしに、その意味を正当に意味づけて、それらを超えている。根本は如に帰るところにある。そこに帰るならばあらゆる「天神地祇も敬伏し」て、如に進んでいく者をほめたたえ、護っていて下さるのである。神はすべて正しい者を護り、これに敬伏する。

 ドングリの殻を破られて大きな世界に出た者は、神々に対する感謝を持つ。神に対して尊敬と礼敬を抱く。仏教徒は神々を無視しない。いや無視しないという言葉では足りない。神に何ものをもお願いしないで、しかもご苦労様、有難うございましたと御礼をする道を知っている。神に対する敬愛を持っている。

 私の所に寮を作りました。山地を開いて、ちょうど十年前の三月十二日に、(この日は私の誕生日です)大雨が降った時に地鎮祭をやりました。建設業者がどうしても地鎮祭をやってくれという。地鎮祭なんかやらんでもいいがなあと思っていたが、結局やりました。神主さんが来なさった。で、私は神主さんに頼んで「あなたが祝詞をあげられたあとで、私が奉白文を読んで神様に御挨拶をします」と言った。そこで「この宗像の産土の神々に謹んで申し上げます。私がここに寮を建てますのは名聞、利養、勝他のためでは決してありません。どうかこの所に一人でも、仏教を聞いてくれる学生が集ってくれることを念じてこの寮を建てるのでございます。どうぞ神々よ御照覧あれ、南無阿弥陀仏」と読んだところが、神主さんが大変びっくりされた。その奉白文をぜひ記念に頂きたいと言って持って帰られた。この地に宗像主之命という神がおられて、宗像神杜におまつりしてある。そのお方が宗像の地の産土の神である。御挨拶をして、これからしっかりやりますからどうぞ私を勧め励まして、私が到らぬところを教えて下さいと、御挨拶とお願いを申した次第であります。神様はいないんじゃというのではない、たとえいなくともかまわない。何もお頼みすることはない、その神を通して仏様に御挨拶をしているのである。もっとも田舎のことで、毎年その宗像大社から御幣を持ってくる。で、お金だけは包んで、私の所ではおまつりする所がないのでどうぞお引き取り下さいと、御幣はお返ししています。

 要するに、天神地祇に対して卑屈にならず、反対にそれを軽蔑することをせず、感謝と尊敬を捧げるところに、かえって神々の敬伏がある。そこに何らのものにも引きずられず、何らのものにも頼らず、人間の独立ということを全うじていくことができるという天地が、念仏者の無碍の一道であります。

 第七章は前にも言うように、『歎異抄』の中で非常に特色のあるところである。極めて積極的な表現がなされている。本願の宗教の積極的な一面を出してあって、ほかの所にはこれに類するものがない。普通は信仰と言えば、何か弱い人の隠れ蓑、弱者の支え、あるいは老後の慰め、病人の心だのみというように理解されている。しかし本当の宗教は人生を力強く生きぬく根源であり、この道を生きるならばちょうどドングリが一本の木になり、卵がヒヨコになるような、深い人間生成の道である。このようなことを表わした所は『歎異抄』の中にも少ない。念仏者は無碍の一道にある。信心の人は何物にも遮られない。何物にも邪魔されない、何物によっても引ずり廻されることのない大道にあるということがよく表わされている。

 「魔界外道も障碍することなし」。信心の行者には魔の世界も外道の人々も、何もこれを妨げるものはないのである。

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