一、師と弟子

『歎異抄講読(第六章について)』細川巌師述 より

目次に戻る

 第六章は師弟という問題ですが、大きく言うと念仏において真の人間関係、人間と人間との間に真の連帯、つながり、が成立するのである。本当の人間関係、本当のつながり、それを友と申します。真の友情の成立です。師弟といえば先生と私それだけに限られるように思いますが、実は本当の友情の成立というものが師弟ということであらわされるのであります。

 第五章には孝行ということを以て家庭関係を表わすように、第六章では師弟ということを以て本当の人間関係を表わしている。人間と人間とが結ばれていく、人間と人間とが本当の意味でつながりを持つ、それは友となることである。友情を持った存在、たとえば夫婦であろうとも最後は、男女としての愛情がだんだん友情に置きかえられる。男性と女性というエロスの愛を超えた本当のつながりは、友情がだんだんとエロスの愛に取って代ってくるところに真の夫婦のつながりがある。男性と女性とだけのつながりではいずれ衰え消えていくであろう。それは友情に高められるべきものである。夫婦だけではない、親子も同じである。私の子供、私の産んだ子というだけでなしに、親子の愛情、恩愛、そういう人間的なものが友情にかわってゆく。そこに真の連帯が生まれる。親子、夫婦もそうであり、いわゆる上司部下、地位的には上と下の者も友情で結ばれる。そういうところに本当の人間のつながりがある。それが可能になるのが念仏である。それを教えるものが第六章であろう。


 アンドレ・モロアの『結婚、友情、幸福』という本がある。これはもと私共の学生時代に岩波新書から出ていました。最近は角川文庫から出ています。私はこの本に深い思い出がある。それは「結婚」という所で、私はこれを読んで結婚しようと決心しました。その文章はある人が友達にいう、「自分は結婚しようかと思っている」「そうか、そうしたまへ」「けれどももう少しいい人がいるんじゃないかと思う」「そんならやめたまへ」「しかし彼女はこういう長所がある」「そんなら結婚したまへ」「けれどもこういう欠点がある」「そんならやめたまへ」。こうした問答があって最後に、結婚は決断であると書いてあった。なる程と思って決断しました。

 「友情の最高の形式は師弟である」。これがこの書物にある言葉です。アンドレ・モロアはフランスの人で、色々の書物を書いていますが、有名なものには『イギリス史』とか色々歴史的なもの、人物評伝などすぐれたものがある。なかなかの人ですが、アランという人を一生の師と仰いだ。アランは高校の先生で一生を終ったのであるが、彼の公開講座の時は、当時すでに社会的には高い地位にあったモロアがいつも出て聞いていたとあとがきに書いてあります。この書の中に友情というものが人間のつながりの中で一番純粋なものである。一番深い結びつきである。友情というものは無償である。償いを要求しない。何かの手段のために友情を持つのでない。無償の愛情であり必ず誠実さを中心としたものである。そして深い尊敬と本当の意味における連帯を持つ。尊敬を持つということは謙虚であり、愛するということもそれによって何か得ようとするのでなく無償である。そこに人間同志の結びつきとして最高のものがあるとあります。この中にキプリングという人の詩をあげています。「千人目の男」という詩です。九百九十九人の人はどんなにあなたが親しくしていても、もしあなたが落ち目になったり、またあなたが愚かな行為をしたり、道理に合わない非常識な、本当に馬鹿馬鹿しい愚かな行いをしたならば皆逃げていくだろう。けれども千人目の男は、たといあなたが死刑台の上にのぼっても一緒について行ってくれるだろう、という詩であります。非常に面白い。人間は相手が落ちぶれた時に離れていくということがあります。名誉を無くした、金も無くなった、病気をした、もう見るかげもない哀れな状態になったということになれば、大抵の人は離れていく。それでもついてきてくれる人が本当の友達である。

 人間はどこかに愚かなところがある。自分で考えてみてもわれながら愚かなことをやったと思うことがよくある。私は今は酒を飲まなくなりましたが、昔は大いに飲みました。学校一の飲兵衛といわれた位に飲んだ時代もありましたから、ものすごく愚かな行為が少なからずあった。今考えてみても申訳ないような行いがたくさんありました。愚かな行為といわれると頭があがらない思いがします。しかしそういうことがあろうとも最後までついてきてくれる。最後まで信用し最後まで信頼して、「これはこの人の本心ではないのだ、この人は本当は立派な人なんだ」といって、どのような愚かな行為をも超えて尊敬と愛情と誠実さと無償を以て結ばれついてくる。そういう人を友というのである。こういう詩をあげている。モロアという人は「友情」という所にそういう例をあげています。人生でそういう深い人間関係を持つということ、それが一番大事なことである。この友情こそ真の愛情である。男女の愛情は欲求的なものであって、自分の欲求を満足させるための愛情であるといえる。代償を求めているのである。が、友情はそういうものを求めない。親子の愛情は無償であるようにみえるが、やはりそこに「私の子」というつながり、プライベートな一面を持っている。そうではなく、友情によって結ばれるということが大切なことである。

 師弟の間に成り立つもの「これが友情の最高の形式である」。形式とはどういうことばを訳したのか知りませんが、友情の最高のものが師弟である。師弟という関係において最高の友情が結ばれる。それが本当の結びつきである。それを師弟という。本当の結びつきそれは男性、女性という性別を超えており、年齢、職業を超え、その他何物をも超えて、そこで人間が本当に結びつく。その友情が、世のいわゆる親子の愛情、夫婦の愛情というものにとってかわってくるところに、親と子、夫と妻の真の人間としての結びつきがある。尊敬と愛情と誠実と信頼と無償というものが成り立つ。その時に人間存在がある。この友情がいわば人間実存に答えるものである。

 実存とは何かというと現実存在、それを略して実存という。実存の課題に答えるもの、それを友情という。実存というのは、現にこうしてここにいる私ということです。現にこうしてここにいる私とは一体何かというと、理想的な状態でなしに実際今ここにいる私である。現にここにいる私である。これを一言でいえば孤独です。それが現実の人間の姿である。それは一人ぼっちである。その他色々に言える。ゲーテの書いた『ファウスト』の一番初めに出てくるファウスト博士の言葉は、「四十年間勉強して、ここに今愚かな私がいる」という。愚かな孤独者という存在でいる。しかし人間は孤独ではやりきれない。やって行けない。子供は子供でひとりぼっちである。夫は夫で、妻は妻でひとりぼっちである。孤独ということが実存の問題の中心点であろう。それに答える。私が本当に生きてよかった、本当に生きていく意義があったと言えるのは何か。それは愛情である。愛する人を持つということである。しかしながらそれが単なる夫婦であり単なる男性女性というような、そういう友達であるならば、それはやがて再び孤独に陥ってしまうであろう。お互いがお互いを道具として取り扱うところには、本当に実存の課題を満足し得ない。本当に孤独がなくなったとは言えない。孤独の問題に答えるものは何か。それは本当の愛情、本当の友を持つ、それが孤独の脱却の道である。孤独を解決する道である。友を持たなければいけない。これが人間として成り立つ根本である。

 友を持てない人、友達の出来ない人がある。原因は先ず劣等感である。劣等感は皆が持っている。背の高さ、親の職業、あるいは眼鏡をかけているとか、色が黒いとか、そういうことまで劣等感のもとになる。背の高い子はいつもかがんでいる。背の低い子はいつも見上げているから気が強いという。相撲取る人で負けん気が強いのは背の低い小柄の人が多い。負けるものか!と思っているから甚だ敏捷である。大きな方はいつも見おろしているものだから何か劣等感があるらしい。私の小さい頃、出羽ケ嶽という大きな相撲取りがおりました。大きな体で、ものすごく強い筈なのによく負ける。逐に大関にならないまま引退しましたが、彼はあれで劣等感があったのだそうです。背が高ければ高いで劣等感を持つ。この劣等感のために友を持てない。負い目がある。身体だけではない。学歴、才能、性格などすべてが劣等感のたねになる。第二に裸になれない。自分自身を打ち出せない。どうしても殻の中にかくれている。第三に与える喜びを知らない。独占欲が強い。いつも独り占めをしようとする。一人娘とか一人息子というのはなかなか友達が出来ない。なぜかというと独占欲が強いからである。物をひとりじめしようとして人に与えることができない。兄弟が何人もいますと上の方は下に与えざるを得ないようになる。私は兄弟六人で一番上でしたから、下の方をかわいがらざるを得ないわけで、いつも与えるのに慣れていました。

話が横に行きましたが、友の持てない性格、我々は自分を見るとこのどれかに該当している。またどれも持っているような気がする。従って人は、本当は誰も友達が出来ないのである。出来ない何物かを持っている。友達が出来ない出来ないというけれどもそれはあなたが、いや私が友の持てない性格を持っているからなのだ。従って今ここに言う真の人間関係ができない。私の実存に答えるような、私の実存を満足せしめるような解決が出来ない実状がある。その私において遂に友が持てる。本当の友が与えられる。それは念仏においてである。それは私の小さな殻を打ち破られ、劣等感を打ち砕かれ、素裸の私を打ち出せるようになるからである。いわゆる名聞、利養、勝他という殼の中にいるのでなく私というものを素直に打ち出せる。念仏においてそういうものになされる。また与える喜びを知るようになる。そういうところに友が出てくる。その友が出てくる最高の形式は師弟である。そして師を持つことが多くの友を次々と与えられていく根源となるのである。

 友の、問題、第六章はそういう意味を持っている。一口で言えば本当の人間と人間の結びつきを私に与えて下さるような、そういう生き方が生まれてくる。その根源となり、また最も代表的な姿が師弟である。よき師を持つことによってよき友を持つことができる身とならして頂く。第六章の意味するものをひろげて言えば、よき師よき友が念仏によって与えられる。そこに本当の私の実存の成立というもの、本当によかった!と言えるようなものが成り立つことが明らかにされている。

 そこでもう一つ友ということについて言っておきます。真の友は与えられるもの、恵まれるものである。友というと我々は幼な友達、学校友達あるいは飲み友達など色々の友達を思い出す。そういうのは必ずしも真の友ではない。友とは勧、証、護、讃、この役割を果してくれる人を友というのである。はすすめる即ちアドバイスといいますが、私に忠告し私にこうしたらどうか、こうすればいいと言って勧め励ましてくれる人。というのはあかしだてをしてくれる人、この道は間違いない、この道を進んだならこのようになれるというように、私の前を一歩先に歩んで私のための証人となって、この道の正しいことを証明してくれる。は私がもしも堕落するような時、決してそうなってはいかんと引きとめ護ってくれる。私のための護り手となってくれる人。は讃嘆といいます。本当の意味で私を理解してくれる人。たとい九十九人はあなたのすることは間違っているといっても、たった一人私を理解して励ましてくれ、正しい評価をしてくれる人、このような人を友という。飲み友達とか一緒に話をしたという位のものじゃない。これらは真の友というのではない。本当の友達、それは与えられるものである。友は私が作るものではない。作ろうとして作れるものではない。与えられるものである。求道、私が一つの道を歩みぬく時、如来によって与えられるものである。師を持つ時に与えられるのである。

 私は昭和二十四年に、長く居りました広島から九州へ帰った。私の故郷でもありますし、父母も年とって来たから、長男である私が帰らねばと思って帰りました。その時は仏法を聞く人は家内と私、聞法の仲間は私と家内と二人だけであった。それ以来三十年余りになりますが、その間九州の方に非常にたくさんの友達が出来た。それは年令も違うし性別も職業も違う。しかし私を勧め励まし、私のためのあかしびととなり私を守護してくれ、私を本当に理解してくれる人。これは一人や二人でなく少なくとも何十人という人が、一緒に励まし合い一緒に語り合い、裸と裸でつきあえるようなそういう人が出来た。私にとってそれは与えられるものであるということを痛感しています。恵まれるのである。それを如来の廻向というのである。友は如来廻向のものである。誠にそのことを思わざるを得ない。私共の亡くなられた先生は「念仏の御褒美は如来によって友を賜うことである」そういうことを申しておられた。

 念仏する人、求道する人、それは大事な人であるから何か御褒美あげなければいかん。三月は学校ならば修業式、卒業式がある。欠席せずに皆勤した人は皆勤賞を貰うだろう。我々の会も長く続けた人は皆勤賞、努力賞ぐらい出さないかんのではないかと思いますが何も出さない。何も出さなくてもよい。なぜかというと、必ず自分で御褒美を貰うようになっている。誰から貰うかというと、一人々々が如来から御褒美を貰うようになっている。だから何もあげなくていい。どういう御褒美を貰うかというとそれは友です。先に申すような働きをしてくれる友を頂くようになっている。ですから何物もいらない。そこまでやらねばいけない。

 弟子とは何かと申しますと、繰返しますが「後学の故に弟という」。その師弟の弟はいわゆる兄と弟、先に生まれる者は兄、後に生まれる者は弟、妹。師は私を「私の教え子、私の導き育てた者」として見るのでなしに、弟、妹という。「後学の故に弟という」と申します。そこに深い謙譲というものがある。それは謙遜してそう言っているのではない。そうとしか思えないのである。なぜか、それは先にも申しますように、この間に成り立つものは、師弟というけれども本当は友情なのである。その友情は、私に与えられた友、縁あって私に友を与えられた。そういう思いが弟よ、妹よと呼ばせるのである。私のあとに続いて学んでくれる弟である。しかしながら私からよき人を見るならば、「あなたは親でございます。私は子でございます」と言わざるを得ない。なぜかというと「養育の故に親という」教えられ育てられた者から言うならば、誠にあなたがなければ私は育たない。それが養育というものである。人間の赤ん坊は他の動物とくらべて非常に違う。猿の子なら生まれたばかりで母親の背中や腹にしがみつく力を持っている。馬の子なら生まれて間もなく親と一緒に走っていくが、人間の子供はそうはいかん。泣くしかない。泣くことと乳を呑む力しかない。親がなければどうして育つことができよう。それが人間の子供である。私は子供である。あなたがなければ決して育たなかったのです。それを「養育の故に親という」、そこに深い敬愛があり、尊敬と感謝がある。それを「謙譲、敬愛共に到ってつらねて弟子という」。大変意義ある解釈である。まことにすぐれた解釈である。上から呼ぶ、それは「弟よ」である。下から答える、それは「親よ」である。

 これにちなんで申しますと、『蓮如上人御一代記聞書』の中に「蓮如上人順誓に対し仰せられ候、『法敬とわれとは兄弟よ』と仰せられ候」。蓮如上人は法敬とわれとは兄弟よと言われた。「法敬申され候『是は冥加もなき御事』と申され候」。法敬は、これはとんでもない身に余ることでございますと言われた。上人は「信を獲つれば先に生まるる者は兄、後に生まるる者は弟よ、法敬とは兄弟よ」と仰せられた。法敬坊という人は蓮如上人の一の弟子であった。もとは上人の召使いで、庭の草を取ったり走り使いをしたり、上人が遠くへお出かけの時はかごを担いだりした人であった。非常に信心がすぐれたこの人をとり立てて一の弟子にして一番上座にすえられた。そういう人である。その人に対して「兄弟よ」と言われたものだから法敬はびっくりした。やせてもかれても蓮如上人は本願寺八代の法主である。その法主がお前とわしは兄弟だと言われたのだからびっくりして、これはとんでもない、まことに身に余る勿体ないことでございますと答えた。そういうことがあったのです。法敬はとんでもないことです。あなたがいらっしゃらなければ私というものはありません。あなたは兄ではなしに親でございます。私は手でございますというこころであろう。上人は弟と呼び、法敬はそれに対して子と答える。それを合せて弟子という。従って師弟というのは実に深い人間関係を表わしているのである。それが弟子という言葉の意味、更に師弟ということの意味である。

 も一つ申しておかねばならない。それは亀井勝一郎という人と暁烏敏という先生の話であります。暁烏先生も亀井勝一郎氏もすでに亡くなられましたが、亀井勝一郎氏は勿論有名な評論家、深い親鸞聖人に対する理解者であって、『私の宗教観』を初めとして、深い信仰を告白していられる著書がある。そういう書物の中に『わが精神の遍歴』というのがある。これは一読の価値があります。亀井氏は函館の出身で中学時代まで函館ですごし、それから旧制の山形高校に入って東大の文学部に進まれた。そして昭和十二年頃でしたか、新人会という左翼の運動をする会に入って、後に検挙されて、未決のまま小菅の刑務所に思想犯として一年半つながれ、そしてとうとう転向しなさった。その後に仏教に出遇われる。この本の中に小盗の精神というのがある。自分はコソ泥であった。刑務所に入っているとわかるが、大泥棒、あるいは殺人犯など、兇悪犯といわれる人は、心を入れかえて本当に真面目になる人がある、けれども、真面目にならないのはコソ泥である。コソ泥というのはつかまるとペコペコ頭を下げて、もう絶対にしませんというけれども、出たらまたすぐにやる。自分はコソ泥なんだということを告白する所がある。これは実にいい。自分の同志、即ち労働運動をしていた同志の中には転向しないで頑張っている者もいる。検事が「お前は今後絶対に共産党の運動をやらないと誓約書を書いたらここを出してやる」という。それを書かないといつまでも放っておく。亀井さんも一年半入れられて、そのうち病気になった。このままでは命がもたんと思ってその誓約書を書いて赦される。それをあとでなげく。自分の同志達は今も頑張っているのに、俺は誓約書を書いて出所したということが、深い深い劣等感となって彼を傷つける。その思いからとうとう助かるのが大和の古寺を歴訪して仏像を見ていた時である。初めは仏像を観賞していたのですが、親鸞の教にふれ遂に仏像の前に合掌するようになった。その時に仏の声を聞いた。「一切が赦されている」という声を聞いた。それがこの人の転機となった。そういうことがくわしく書いてあります。この本ではなかったと思いますが、暁烏先生にお逢いした時の事である。「亀井君、君は師を持たんな」と暁烏先生から言われた。ある書物には「暁烏先生に『師を持て』と言われた」と書いてあるものもあります。要するに亀井勝一郎氏は暁烏先生に「君は先生を持たんな」と言われた。

 私は考えた。何故師を持たんということがわかるのだろう。そして思いあたりました。師を持たんということは、弟子になっていないということです。弟子というものは一つのすぐれた徳を持っている。反対に弟子になったことのない人は、即ち師を持たない人はある欠点を持っている。さすがに暁烏先生はそれを見破られたのであろう。暁烏先生は晩年は眼が見えなくなられたが、東本願寺の宗務総長をされた方で、非常にすぐれた信仰の人である。この人は清沢満之という人を師に持って精進された人である。先生を持った人であるから先生を持たん人がわかった。何故わかったのだろう。どこが欠点だったのだろう。これは書いてない。書いてないですが、弟子というものは一つの特色を持っている。それは万人を師とする姿勢を持っている。本当に弟子となった者、一人の師を持って鍛えあげられた人、よき師に弟子として仕え、聞きぬいた人というものはこの姿勢を持っている。それは憍慢でない。謙虚さというものを持っている。教に対する謙虚さ、それはたとい誰が言おうと真実の前に、道理の前に、仰せの前に、ああそうだとうなずかざるを得ない教の前に、たといそれがどのような人が言われたのであろうとも、その人を師として聞くような謙虚さを持っている、これが特色です。師を持たない人はやたらと自分を主張する。やたらと自分の意見を言いたがる。そしてあなたはそう言われるけれど私はこう思う、こういうことがあるんじゃないですか、というふうに人の意見を聞こうとしない。なる程そうですか、わかりました、そうですねと言って謙虚に聞く姿勢を持たない。これが第一に言えることです。

 師を持たないで努力している人、それを独覚という。サンスクリットで辟支仏といい、これを訳して独覚、縁覚、二乗という。師なくして悟る、無師独悟という。このような独覚は、わればかりと思う憍慢感を持っている。蓮如上人は「わればかりと思い独覚心なることあさましきことなり」と言われた。即ち自己の体験、自己の優越、自己の領解、そういうものに自信を持って、「あなたはそういうけれどもこれはこうじゃないか、私はこう思う」というふうに自己主張する、世の中では、やはり黙っていてはいかぬ。色々のことについて自分の意見を言わなきゃいかんと思う。それは一面当然のことです。何でもかんでも、ハアそうですか、そうですかではすまない。それでは組織の一員、社会の一員として成り立たない。また人はだんだんと責任ある地位に立つと、自分の意見を言わなくてはならない。そういう一面がありますが、虚心坦懐に相手の言うことを聞いて、道理が道理とわかれば、そこでそれを受けとめていくという謙虚さがなくてはならない。それに対して最後まで自分を主張する自己主張、これを独覚という。これは師なき者の特色です。先生を持った者は必ず叱られて、鍛えられて、自分の主観というものを叩きこわされる。従ってそういうことを通して謙虚さというものを持つようになる。亀井勝一郎氏が暁烏先生から叱られ、言い当てられたのはおそらくこれであろう。弟子というものは必ず謙虚さを持っている。こういうことが言えると思います。

 弟子というところには「友よ」という呼びかけを持つのである。弟子は一人の師を頂いていくところに、必ず友よという呼びかけを持つようになる。友よという呼びかけはエリート意識を持たない。エリート意識というものがなくなる。但しこれは本当の弟子でないとできない。本当の弟子でないとエリート意識の中に立つ、弟子にはなったがまだ不徹底でそうした本当の弟子にならない状態の者を声聞という。声聞は、教を聞いているけれども本当にそれが自分の智慧にならない。それを声聞という、真の弟子までいかない段階の弟子である。そういう所にいるとエリート意識というものが出てくる。自分は得たという思いが出てくる。

 本当の弟子はまたグループ意識をもたない。グループ意識とはいわゆる同門同志、派閥意識である。このグループ意識というのはなかなか多い。よき師を持って集って、その教を聞いている弟子は自分達だけまとまる。自分達だけが偉いんだ、自分達だけが本物なんだと思いはじめる。それをグループ意識という。それは誤った弟子である。徹底していない。本当の弟子になっていない。それは声聞という段階である。グループ意識というのは派閥的なものである。東本願寺なら東本願寺、西本願寺なら西本願寺だけが偉いというのは一つの派閥意識であろう。対立感が残っている。

 これについて私も思い出があります。私は小さなグループで育てられました。私の先生は大きな教団の人でなかった。小さな所で育てられた者は前にも申したように、自分達だけが本物で他の者は間違っているという意識を持ちやすい。私は本願寺という教団に対して、長い間対立感を持っていた。それは、図体ばかり大きいあのような殿堂を建てて中はからっぽでなっとらんと思い、本当にわかっとるのは私達ばかりだというようなことを長年思っていました。その誤りに気付いたのはいつでしたかもう大分前になるが、そういうのは自分の小さな感情であり、派閥意識、エリート意識であって、全く申訳ないことである。あの大きな殿堂は、親鸞聖人によって救われた人達のまごころがこもってああいうものが出来たのだということがだんだんわかりました。それで京都に行った時に本願寺の大師堂の聖人のお像の前で涙と共にお詫びを申したことがあります。そうしてみると西も東もないんだ、小さいも大きいもないのであって、友よ!である。それは本願寺関係だけではない。真宗であろうと何宗であろうと、仏教を学ぶ者に友よと呼びかけるようなものを持つ。俺は真宗だといばっているわけでもなければ、劣等感を持っているわけでもない。友よである。さらに仏教だけでなくキリスト教の人でも誰に対してでも友よというものを持つようになる。それが弟子の特色であろう。この二つが弟子の姿である。実際そうなってくるのである。そうならない時「君は本当の先生を持たんな」ということになる。

 師弟という間柄は現代的な言葉で言えば真の連帯、更に本当の友情関係の成立と言えると思う。

 人間の現実存在即ち実存の状態は、人間一人一人がばらばらであり、孤立しており、孤独である。個人個人は閉鎖的な状態にあって、たとえ親子でも断絶という状態がある。また、組合と経営者との間も閉鎖状態にあって、双方が血の通わない対立状態にある。東と西が対立し、個人々々も孤独である。従って現代は本当の人間関係が成り立たない時代である。人間を単に人生と言えばよさそうなものであるのになぜ人間というのか。それは人間は単なる個の存在ではない。動物学的に言えば人はホモサピエンスであるが、人間という。人間とは人と人との間であって、ブーバーであったか、人を「間柄的存在」と言った。人と人とが連帯を持ってつながって、間柄が成り立つとき人間という。各々が閉鎖し孤立しているところには、人間というものは成り立たない。実存的な課題としてそういう問題がある。この課題を解決するには連帯というか、共同体というか、グループの成立、一つ一つがばらくでなしに手を取り合ってゆける世界、「われらの世界」というものが出来なければならない。その中ではじめて人は、孤立を離れ閉鎖性を脱して人間として生きることができる。そのような連帯がどうしたらできるか、現代の課題はこういう処にある。

 私の小さな保育園には二才から五才までの子がいる。今頃(五月)入って来る子は、よその園を断られたり、または新しく転居して来たりという子達である。なぜ私の所に来るかというと、まだ定員一杯にならないのは私の所だけだからである。よその園で断られたような子供を見ると共通点がある。それは閉鎖的である。閉鎖的な子供は見てすぐわかりますね。先ず何とも落ちつきがない。走り廻ってあっちへ行ったりするか、反対にじっとして下ばかり見ている。或いは時々他の子に噛みつく。噛みつくのは、ほかに表現の方法を知らないからで、自己表現は泣くか噛みつくかである。小さな子供でもこのような状態の者がいる。

 小中学生、高校生、大学生、どの年代でも孤立して人と話をしないというような人が著しく殖えている。これは最近の著しい現象である。が、こういうはっきりした状態でなくても、都会でも地方でも、黙って物も言わず一人ぼっちという子はだんだん殖えているのである。また、大人でもこういう傾向が多少なりともある。これでは人間になれない。年々このような欠陥状態がだんだん露骨に現われてきている。共同体の中にとけ入らねば人間にならないのに、なかなかとけ込むことができない。皆の中に入って積極的にその一翼を担うというところに人間性の保持ということがあるのに、そうならない。これが現代の課題である。

 しかしながらグループの中に入った者にも問題が残る。それはその中でリーダーにならねば気のすまない者がいたり、またリーダーに対して反撥や対立したり、またはそれにべったり引きずられ一緒になっているということがある。これでは本当の連帯にならない。このような共同体自身の持つ問題点がある。前にも少し触れたが、真の共同体が成り立つには友情の成立が必要である。師といい弟子というも本当の師弟の連帯は強い友情関係である。その友情の中味は互いの尊敬と愛情と理解と責任である。単なるつながりでなしに、お互いに深い理解と責任感とがあってはじめて本当の連帯ができる。それが友情である。そこに本当の人間の生き方が生まれてくる。こういうことが今日的な課題である。

 孤立と孤独の一番ひどいのはノイローゼ、或いは欝病その他精神的な病気である。これがだんだんと殖えている。普通の人でも精神病の傾向を持ち、一人ぼっちの人が非常に多い。また、夫婦であっても二人がばらばらであり、親子であっても断絶し孤立しているという現状がある。それを断ち切って真の人間関係をとり戻す姿が第六章である。第六章の師弟問題は真の友情、真の人間連帯の成立として置きかえられると思う。

ページ頭へ | 二、専修念仏のともがら」に進む | 目次に戻る