あとがき

 先ず、広島大学仏教青年会の歴史と細川巌先生との関わりについてお話申し上げたいと思います。
 昭和十八年(一九四三)九月、広島文理科大学と高等師範学校は、結核を患う学生の心身の療養のため、広島市高須町(現、庚午北町)に健民修練所(通称、清明寮)を開設しました。細川巌先生は、当時、文理大の健康に恵まれた学生でしたが、寮長として入所なさいました。そして、修練所をお引き受けになった住岡夜晃師に出遇するところとなったのです。修練所は終戦の年・昭和二十年まで続き、この間、師範学校生まで合わせると、住岡夜晃の土曜講座における『歎異抄』の講義を受講した者は延べ二千人に及ぶと聞きます。
 細川巌先生は、戦後直ぐ新制広島大学学校教育学部の教授に就任されましたが、ご都合で郷里の福岡教育大学に転任され、同大学に仏教研究会を組織されると共に、母校の広島大学に仏教青年会の復活を願われ、これに献身されました。
 広島大学仏教青年会は、大正五年(一九一六)、西晋一郎先生によって始められた禅学会を源流とします。戦後十年余り、白井成允、桝井迫夫先生等によって継承されましたが、昭和三十年代後半には途絶えていました。昭和四十五年(一九七〇)に、隔週の読書会と月例講演会の形で再興しました。細川巌先生は、毎月一回、十名前後の広大生のために福岡より広島までお越し下さり、『仏教における人間形成−龍樹の仏教−』と題して約六年間ご講義下さいました。その後、広島大学が西条町に新キャンパスを求めて移転することになると共に、新キャンパス近郊に広島大学仏教青年会館を建立する計画が生まれ、募金運動を学の内外で開始することとなりました。先生は、この運動の一環として、昭和五十二年(一九七七)、月例講演会を『歎異抄講座』に改め、広島市民に公開するようご指導下さいました。そして、念願叶い平成二年(一九九〇)、広島大学仏教青年会館が落成しました。
 このように、新制広島大学における仏教青年会の活動と今日に至る発展は、偏に細川巌先生の継続一貫したもうた歎異抄講座を柱とし支えとして成ったのでありました。私も又、月々の先生のこの御教化に導かれ、これを心底の支えとして研究と教育に邁進することを得たのであります。誠に深甚の御恩徳を賜りました。
 さて、細川巌先生は平成八年(一九九六)一月一日にお浄土に還帰されましたが、亡くなられる二年前まで実に四半世紀にわたり、広島大学仏教青年会主催月例講座のために毎月一回、福岡から通って下さったのであります。この間、約二十年、『歎異抄』を御講義下さったことす。初め、前序・顕正篇十章、そして後序を頂かれ「顕正は自ずから破邪を成就する」と結ばれました。二度目から順序通り顕正篇・異義編と講じられ、今回書き起こした録音は三度目の御講義に相当します。
 先生の『歎異抄』のご講義は、東京都日野市、京都市、広島市、久留米市、そして福岡市と、まさに東奔西走の年月を刻むものでありました。先生の御講義は主に日野市公民館でのものが、佐々木玄吾・文子ご夫妻によって書き起こされ、前序・顕正篇九章・後序、更には異義篇(第十章と中序、第十一章・第十二章・第十三章)として出版されています。今回、広島大学仏教青年会から出版したものは、それに続く「異義篇2」として第十四章と第十五章の御講義を納めたものであります。第十六章以降は、「異義篇3」として、既に九州の巌松会から平成八年に出版されていますので、今回の出版を以て細川先生の『歎異抄購読』は完成したことになります。
 関係者の御努力に深謝致しますと共に、私ども広島大学仏教青年会の担当分が遅延しましたことをお詫び申し上げます。小生が定年退官に当たり身辺整理に追われたことが、遅延の只一の原因でございました。テープからの書き起こしは吉川早苗様のお力によって数年前に終わっていたのですが、録音の不十分な箇所がかなり有り、これを埋めることは片手間ではできないと逡巡しておりましたが、この度、広島大学仏教青年会OBの寺岡一途さん(福山市立中学校教諭)が一手に引き受けて原稿を完成して下さったのです。氏は、細川先生の善導大師『二河白道の喩』についての御講義を書き起こし『自己を超える道』全六巻に纏めらる大事業において、書き起こしの一翼を担った方です。先生の御法話にこれほど親近なさった方は、多くは居られません。寺岡さんが補って下さった文章を読みながら、細川先生の御言葉が見事に復刻されているとの感を持ち、師への深い親近に新ためて敬服した次第です。
 私事で恐縮ですが、本年三月を以て永年勤務した広島大学を定年退官しました。それに伴い、(財)広島大学仏教青年会の常務理事も引かして頂きました。従いまして、この書の出版費につきましては、細川先生の歎異抄講座にお育てを被った広島大学関係者及び有志による御出宝によって賄われました。篤く御礼を申し上げます。
合 掌
  法爾なる大地に立ちて 今は亡き師恩を憶う 鯛の鳴く
                         (今夏、豊平にて)
平成十四年十二月一日
広島大学名誉教授
  松 田 正 典
歎異抄講読 異義篇2
   (第十四章、第十五章)
    細川 巌 講述
    平成十五年一月二十日発行
発行者 細川まつき
発行所 財団法人広島大学仏教青年会
    東広島市西条町田口七三九四−〇一
    TEL(〇八二四)二五−二八七八

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