三、宿業の意味

『歎異抄講読 異義編(第十三章について)』細川巌師述 より

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 この言葉はどういうことなのか。これが非常にわかりにくい。それぞれの人が色々と解釈している。曽我量深師は、「宿業とは本能である」と言っておられる。これもわかりにくい表現です。普通に考えますと、本能とは我々が抑えようとしても抑えられないようなどうしようもない欲求をいう。しかし曽我師は、本能とは感じとるもの、感応するものという意味でいわれていると蓬茨(ほうし)先生は申されている。
 これからいえば宿業とは感じとるものといえるであろう。
 金子大栄師は個性といわれた。個性というと一人一人が持っている特別な性質であり、蛇はくにゃくにゃ、蟹は横這いといって、蛇に真直ぐに歩けと言っても出来ないし、蟹は真直ぐ歩くと言っても横に歩くしかないようなもので、皆々がどうしようもない個性を持っている。これを宿業という。これもすぐれた解釈だと思います。
 私は宿業というものが非常にわかりにくくて長い間理解出来なかった。理解出来ると言うのは自分の言葉で言ってみて、成程これだな、と言うことになることです。宿は長い長い昔からのこと、業といえば何か暗い我々に付いて離れない宿命的なもの、どうしようもないようなものと思われ、それ以上はわからなかった。
 私は自分がわからないことは人に言わないことにしている。私は長い間化学をやって来て、自分でわからないことを他の人に言ってもどうしようもないことだと、いつも思っています。仏教においてもわからないことはわからないとして、わかるまで待つ。そしてわかったところで言うということにしている。そうしないとどうしても自分自身が納得出来ないことになります。しかし宿業ということが近頃ようやくわかりかけました。それは私の受けとるべき現実。現実とは現前の事実、現前の事実とは、たとえば私がこういう家庭に生まれ、こういう親の元で育ち、こういう学校に行き、こういう女性と結婚し、こういう子供をもち、現にこういう状態で生きているという現実。それを仏教用語では宿業という。私が、私に与えられた条件の中で選んで、こうしてこうなってとうとうこうなっているという現実。又、私がであっている事実。
 運命的なものというよりも、その中で私が選択して、決断してこの道を行こうときめて、とうとうここまで来た。そういう現実、それが宿業であるとだんだんわかった。宿業をあらわすものは何かというと、一つは家内だと思います。これが業ですね。もう一つは子供ですね。これが業ですね。ここに現実が出ている。それは誰にむかってどういうものではなく私が受け取るべきもの、それが業である。
 これは一般論で論じているのではない。私に於て申しているのである。今ここにハンマーがあって、このハンマーで釘をたたく、釘には錆がついて曲っている。それを真直ぐにしようとしてハンマーでたたく。ハンマーの力で錆は落ち、真直ぐになる筈であるがならない。
 何故かというと、釘が置かれているのが砂の上であるからである。砂の上に置かれていると、釘をたたいても砂の中にもぐり込む、釘にハンマーの力は加わらない。砂を理想主義と言います。かくあるべきだ、教の通りやるべきだ。自己の可能性を信じて目標を持ち、それに向ってやっていこう。教を聞いてこうすべきだ、ああなってはいかんと考える。これを砂の上という、理想主義です。これを自己中心といいます。
 砂でなくて鉄床(かなとこ)。鉄床の上に釘を置いて、ハンマーでたたくとカチンと釘に力が届いて、釘の錆は落ち曲ったところは真直ぐになる。その鉄床を現実という。本願の教えというのは二面から迫ってくる。一つは教えを通して届く、もう一つは現実を通して届く。二つから届いて弥陀の本願を頂くのである。弥陀の本願が教えを通して届くとき「助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ。」となって感謝が生まれる。自己の現実を通すと「さればそくばくの業を持ちける身」。『歎異抄』後序ですね。「こういうていたらくの愚か者」というのが出てくるのです。こういうていたらくの愚か者というのは私の現実であり、それが出てこないと本願にならない。宿業とは本願と離れないもの、本願を離れては語ることが出来ないものです。私自身の現実を言っている。私だけではない。私の家内、私の家庭、私の周囲全体をひっくるめて私の現実と言う。それを仏教用語で宿業と言う。これがわからないと本願が頂けない。宿業という言葉は、本願から切り離すとわからない。本願を頂く身を宿業の身という。鉄床とハンマーの関係ですね。鉄床が宿業、ハンマーが本願です。

(1)従来の使い方
 従来、宿業という言葉には非常に誤解があって、本当の意味から離れている。中村久子さんと言う方がいまして、もう亡くなりましたが「心の手足」という本が春秋社から出ている。この人は三才か四才の時に壊疽にかかって、手も足も切ってしまわなければならなかった。しかしお母さんが非常に厳しい人で、自分の口の中で針に糸を通すことが出来るように仕込んで自分で裁縫が出来るまで育て上げた。この人が書いた「心の手足」には、長い間見世物小屋に居て見世物となって生活し、何回か結婚にも失敗したとある。子供も出来て六十何才かで亡くなった。この中村さんに対してお坊さん達が言う。「手も足もないことは前世の業と諦めて、この世はこれを受け取って行かねばならない。その代わりに弥陀の本願を信じて念仏申すならば、次の世に極楽浄土に往生して仏になることが出来る」と教えてくださった。「然し手も足もないこれを前世の業と諦めなさいと言われても、素直に、はいそうですかと諦め切れるものかどうか。先ずそうおっしゃるお方から御自身が手足を切って、体験を味わって頂きたいと私は思います。手も足もないこの悲しみはどれ位のものか私は六十年あまり過して来ましたが、決して諦めることが出来ません。けれども諦め切れない私の宿業の深さを如来のお光に照らして頂いて、どうにもならない自分を念仏によって見せて頂いておるのであります。南無阿弥陀仏。」と言って従来の説教に強い反撥があらわされています。従来の説教は、前世の業と諦めて、この世は忍んで行くしかない。その代りに念仏を頂いてゆくと次の世で仏になると言う。「忍従を強いて、極楽浄土に往生するという説教で慰める」という説き方である。これについて中村久子さんは続けて、「過去の仏教が唯、頭から因縁だ宿業だ、諦めろと一方的な観念で押しつけて、世の中の人々の間にだんだんこう言う観念が深く泌み込んで来たことが、悲しいかな、仏教を今日のような死んだも同然のものに追い込んだのだと言ったら言い過ぎでありましょうか」と言っております。

 宿業とは、すべてを前世の業と押しつけて、そして諦めさせて忍従を強い、次の世の幸福を約束をして念仏をすすめる。そのようなところに業という言葉を使って来た。今でもどうしてもそのような残滓(ざんし)が残っていて、古い人ほどこの宿業という言葉の中に何やら汚れたそして暗い感じを持っている。私はこういう言葉は捨てた方がよい、そして新しい現代的な言葉で本当の意味をあらわした方がよいと思う。この中村久子さんも恐らくそういうことを言おうとしたのだと思います。私はこの宿業という言葉をあまりよく理解出来ない。宿業とは、私の受けとるべき現実という表現がわかりよいと思う。これが非常にわかり易い私の表現です。
 先の説はインドの宿作(しゅくさ)外道(げどう)の説とそっくりである。宿作外道はヒンズー教の一派であって、宿は前世をいう。現在の我々のこの現実は、前の世の業によって起ってくるのであって、どうしようもないものである。それは忍んで行くしかない。我々に出来ることはこの世で善を行い、善を積み重ねて次の世で幸せになることである。これを宿作外道の説という。外道とは幸福追求である。人間が幸せになるにはどうしたらよいか、そういうことを目標として教えるのを外道と言い仏教とは言わない。仏教はこの世を超える。もう一つ高い次元に生きて行く、そういう人間を作る。それが仏教である。浄土真宗の従来の宿業の説は全く宿作外道の説と同じではないか、浄土真宗と言いながら実際に言っていることは外道の説である。物事を説明するのに、前世の業だ、どうしようもない。だからこの世は本願を信じて念仏申して次の世で極楽往生して仏となって幸せを得るという。それは仏法でなくて外道の鋭である。そのようなものは投げ捨てて、本当の仏教の宿業の考えを明かにしなければならない。

 この十三章では宿業が本当にわかることが大事である。即ち異義のどこが間違っているかが明らかになると共に、正しい業の意味もわかる必要があります。本願を信ずることが大事なんだということがはっきりわかると共に、宿業とは何なのか、これを理解してゆくのが十三章のテーマだと思います。宿業という言葉がわかるのではないですよ。本願と離れないのが宿業、本願がわかることが私の現実がわかることである。この現実を宿業と言うのである。私の現実を知る、これは本願なしにはわからない。本願を聞きひらいてこれが本当に私の受取るべき現実とわかることが大事であって、この現実が宿業といわれるものである。宿業は本願がわからなければわからない。宿業ということがわかるには、かなりの聞法、求道、そして進展がなければ出来ない。求道における最後の問題、それは私における現実をすべて受けとめて、「菩薩皆摂取せん」南無阿弥陀仏、と言えるような生き方、それが出来るそのことが大切である。よいことも悪いことも皆私が受け取るべき現実である。それは本願を本当に頂いて、「こういうていたらくの愚か者」と私自身がわかり、よいことも悪いことも、すべての現実が本願念仏となっていく所に初めて理解出来ることである。従って宿業という言葉は非常にわかりにくい。私は三十代の人にはわからないと思う。四十代でもわからんでしょう。私は五十になってもわからなかった。
 親鸞さんも使わなかったな。聖人は五十代、六十代、七十代でも宿業という言葉を使われなかった。八十代になってお使いになった。そこを我々は厳粛に衿を正して考えなければならない。仏法をよくわかりもしない者が宿業という言葉を使ってはいけない。求道に於て最後に理解出来る言葉は宿業という言葉である。それ程これは難しい言葉である。本願がわかって始めて宿業がわかるのである。

(2)理想主義の崩壊
 この十三章の続きに唯円との対話が出てくる。
 「またある時『唯円房はわがいうことをば信ずるか』と仰の候いしあいだ『さん候』ともうされ候いしかば」。
「仰の候いしあいだ」とは聖人に対する敬語ですね。しかし「さん候ともうされ候いしかば」も敬語になっている。これは唯円が書いたにしてはおかしいという批評があります。後の方にも、「殺しつべしともおぼえず候」と「申されて候いしかば」。ここの所も唯円のことを敬語で書いてある。これらは唯円が書いたものを、書写した人が唯円を尊敬して書きかえたのだろうと言われています。今はそれをとっておきます。
 これと同じような問答が『口伝鈔(くでんしょう)』にもある。従ってこの問答は実際あったのである。それをくわしく書いてあるのが『歎異抄』で、『口伝鈔』ではかなり略されている。
『口伝鈔』では (二五−五)
 「これによりてある時の仰にのたまわく『汝達念仏するよりなほ往生にたやすき途あり、これを授くべし』と、『人を千人殺害したらば易く往生すべし、各々この教にしたがへ、いかん』と、時にある一人申していわく『(それがし)においては千人までは思ひもよらず、一人なりとも殺害しつべき心地せず』と云々、上人重ねてのたまはく、『汝、わが教を日頃背かざる上は、今教ふる所において定めて疑をなさざる()。然るに『一人なりとも殺害しつべき心地せず』といふは、過去にその因なきによりてなり。もし過去にその因あらば、たとひ『殺生罪を犯すべからず、犯さばすなはち往生を遂ぐべからず』と戒むといふとも、因に催されて必ず殺罪を造るべきなり。善悪の二つ、宿因の(はからい)として現果を感ずる所なり。しかれば全く『往生においては善も助とならず悪も障とならず』といふこと、これをもて準知すべし」。
 ある人が聖人に対して応答したとなっている。これが『歎異抄』では唯円房との問答として、劇的な、くわしい応対になっている。「唯円房はわが言うことを信ずるか」「さん(そうろう)」。「さらばわが言はんこと違うまじきか」「つつしんで領状(りょうじょう)」。「たとえば人千人殺してんや、しからば往生は一定すべし」「仰にては候えども一人もこの身の器量にては殺しつべしともおぼえず候」。「さてはいかに親鸞がいうことを違うまじきとは言うぞ」「これにて知るべし」となっている。「わが言うことを信ずるか」「さん候」これがこの答である。「さればわがいうこと違うまじきか」と念を押されて「つつしんで領状」。こうなって、そこに師の言葉への随順が現われている。おっしゃることはその通り、何事も慎しんで受け奉ってその通りやりたいという師言への随順のこころがあらわれている。それが一転して「人千人殺してんや」。すると言下に「仰せにては候えども一人もこの身の器量にては殺しつべしともおぼえず候。」とそこに直ちに師言への反撥が出て来ている。「さてはいかに親鸞がいうことを違うまじきとは言うぞ」と詰問されると、「この身の器量にては…」器量とは才能、器、そういうことのできる器ではないという自己弁解になってくる。その裏面にあなたのおっしゃることはとんでもないこと。人を殺せなんてとんでもないことをおっしゃる。それはとても私には出来ません。たいていのことならおっしゃる通りやりますがと責任転嫁、そういうものは表面には出ていませんが内面に考えられることですね。あなたのおっしゃることは筋が通っていない。そういう理由で、師教への随順が崩壊する。実際やってみると、「つつしんで領状」して随順することが出来ない。これは理想主義の崩壊である。理想主義とは何かというと
  1. 自己の可能性を信じ、出来るはずだ、やれるはずだ、善はやりたいと思っている。
  2. よいことと、悪いこととの区別をつける力を持っている。善を行い悪をやめることが出来るという自己過信。

 それが理想主義の根本である。従って善いことをやってゆこう、悪いことをやめよう、やれるはずだというものがあったが今はそれが瞬間に崩れてゆく。それに対して聖人の答は「一人にても殺すべき業縁なきによりて害せざるなり。わが心のよくて殺さぬにあらず」。これにつづいて「さるべき業縁のもよおせばいかなる振舞いもすべし。」が出ている。又「海河に網をひき釣をして世を渡る者も野山に猪を狩り鳥を捕りて命をつなぐ輩も、商をし田畠を作りて過ぐる人もただ同じことなり。さるべき業縁の催せば如何なる振舞いもすべし」とある。
 「わが心のよくて殺さぬにはあらず」「さるべき業縁の催せばいかなる振舞いもすべし」。これらは十三章で非常に大事な言葉である。

 ずっと前の話なんですが、イスラエルのテルアビブという所で、日本から行った赤軍派の若者たちが機関銃を乱射して大勢の巡礼の人々を殺した事件があった。日本人は殆んど全部射殺されたが、一人だけ岡本公三という青年が捕えられた。彼は鹿児島大学の学生でしたから非常に印象に残った。困ったことをしたなと思いました。当時私は大学の学生部長で、学生運動に非常に関係のある立場でした。
 岡本公三君のお父さんは中学校の校長をしておられた。この父にとってこれは大変な悲劇であった。丁度その頃に私のところの土曜会で二泊三日の聞法会を開いて、寺田正勝という先生に来て頂いて講義を受けていました。
 この先生は開口一番、「今度テルアビブで乱射事件があって、岡本公三が機関銃で射ちまくったけれど、あれを人ごとだと思う人は信心の人ではない」と言われた。私はたまげましたね。私は人ごとだと思っていました。よその大学の学生ですし、困ったことだ位の話で自分のことだとは思っていなかった。先生云く、「機関銃を乱射したのは自分だとわからん人は信心の人ではない。」と言われてびっくり仰天しました。寺田正勝という方は、かって大谷大学の助教授をしておられた、金子先生の御弟子です。家の寺を継ぐために助教授をやめて筑豊の田舎の寺に帰って来られた。私より少し年上でした。そういう話をされたから、それからずっとこれが心にのこりました。
 「わが心のよくて殺さぬにあらず」私には全然関係がないじゃなくて、「さるべき業縁の催せばいかなる振舞もすべし」。この言葉を寺田先生は使われなかったが、私はこれを思い出して感慨深いものがありました。これが理想主義の崩壊だ。理想主義は自己の可能性を信じ、よいこと、悪いことの判断は充分出来る。そういうことを基本に置いている。だから決して自分が悪いことをするはずがないと考える。理想主義の崩壊が人間がぶち当る現実である。夏目漱石の書物が現在もずっと長く読まれているのは理想主義の崩壊というものを非常によく書いているからである。「心」、「門」等の書物は、彼がかくあるべし、かくあるべからずと思うことを実行していって、その理想主義に破れてゆく、そして最後は、自分が愛を譲った友人の奥さんと駆落ちして、崖下の小さな家でひっそり暮すというようなことになってゆく。そこに理想主義の崩壊というのが実によく出ている。これが人間の実際の姿ですね。理想主義が崩壊した時に人はどうなるかというと、自分の愚かさを知る。又、崇り、運命、超自然的なものの働き(悪魔)、等を考えることも起る。
 理想主義は人間の一番基本にある考え方です。
 仏教ではこれを自力という。自力の立場に立つ限り、人間の世界に迷信、占い等はなくならない。何故かというと、繰り返しますように、理想主義が崩壊した時に人は自己の無力を感じ、何か崇りがあるのではないかとか何かにすがりたいと考えるからである。従って迷信、邪教、占いは絶対なくならない。人間が自力の存在である限りなくならない。しかし「わが心のよくて殺さぬにはあらず、さるべき業縁の催せばいかなる振舞もすべし」、ということが本当にわが身の事とわかって来て、自分自身というものが明らかになって来ると、私の内にある業因、無明煩悩、貪欲、瞋恚、愚痴の根本煩悩が色々の条件、人や場所や事件によってゆり動かされて、業、働きが起る。そして業果(結果)が現れて、業報(影響)、報いが残って、これが又業因に加わり私の無明煩悩を更に増してゆくのである。

(3)外に縁、因は内にある
 私の内にあるものが、外にある縁でゆり動かされて、それが働きを起してその結果が出てくる。内に無明煩悩があるから、「わが心のよくて殺さぬにはあらず」。人を殺すような煩悩、怒り、腹立ち等が既にわが内にあるから、それが色々な縁で引張り出されてくると働きを起して、人を殺すという結果が出る。従って、「さるべき業縁の催せばいかなる振舞もすべし」。このことが本当にわかってくると迷信とか崇りとかを考えなくなる。それを真実宗教という。問題は内にある。それが外の縁を待って、引張り出されてくるのである。そこの所がはっきりしてくることが理想主義からの脱出である。その道理を聖人は、「唯円房、わが言うことを信ずるか」、という所からはじめて、問答を重ねて、納得させた。それが「わが心のよくて殺さぬにはあらず、また害せじと思うとも百人千人を殺すこともあるべし」「さるべき業縁の催せばいかなる振舞もすべし」「皆同じことなり」と言って教えられた。これを唯円が書き記しているのである。
 「本願の不思議にて助けたもう」。私がよいことをしたから助かるのでなく、悪いことをして悪い結果が出たから助からないのでなくて、善いこと悪いことを超えて如来本願で助かるのである。よいことも悪いことも私の内にあるものが外の縁で引き出されたものにほかならない。教育というものは、教える方が色々のことをして子供達、生徒、学生達からよい心を引き出す。そうだ、そうしなければいかんというのを子供達が感ずる。教えに同感するのですね。心の中に色々なものがたくさんある。その中のよい心をどんどん伸ばして行くのが教育である。悪い教育というとおかしいが、悪い友達は私の心の中の悪いものを引出して伸ばして行く。それでは外の方に責任があるのかというとそうではない、私に責任があるのだ。外は縁なのだ、因は内にある。
 因縁という言葉が、仏教のすぐれた特色を現す言葉である。「さるべき業縁の催せばいかなる振舞もすべし」。内には大変な大変な因を持っている。しかし縁というのが大事なのである。われわれは縁一つで助かってゆくのである。どういう業因があろうとも、そこに如来の大願力が縁として加わるならばすべて変ってゆく。これを増上縁という。
 今、原油があるとする。これは非常に臭い、ベトベトして色も悪い、それがくっつくとどうしても取れない。はなもちならないもので、要するに困りものである。けれどもそれに火が点火されたならば燃え上がって、そして大きなエネルギーとなる。役に立つ。大きなエンジンを動かすことが出来る力になる。因として何があるかが問題ではない、どういう縁があるかが問題である。我々の無明煩悩も、これに如来の本願が本当に届いたならば、燃え上って、それがエネルギー源になるのである。これを転悪成徳という。それを教えるものが仏教である。その根本を本願という。「弥陀の本願不思議に助けられまいらせて」、善も悪も、内にある因がすべて転じ尽されてゆくような縁を本願という。本願に遇うか遇わないかが問題である。このことがわかるきっかけができる。そのことをこの章では言おうとしている。
 長い章なので色々と言わなければならないことが多い。今はその始めに二つのことを申しました。一つは宿業ということ。これは親鸞聖人が晩年になって使われた言葉で、それを現代の言葉でいうと、私の背負うべき現実という言葉が適当ではないかと言うことを申しました。第二は理想主義の崩壊。ここからすべて、内に問題がある。このことがわかるきっかけができる。内なる問題の本当の解決は縁による。大きな大さなすぐれた縁を頂くということが解決の源になってゆくのであって、その縁を本願と言う。本願と宿業は離れない、これが十三章の基礎になることを申したのであります。

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