九、後世者ぶり −外に賢善精進の相をしめす−

『歎異抄講読 異義編(第十三章について)』細川巌師述 より

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 次に「当時は後世者(ごせしゃ)ぶりして、よからんものばかり念仏まうすべきように思い、あるひは道場にはりぶみをして、何々のことしたらんものをば、道場へいるべからずなんどということ、ひとへに賢善精進の相をほかにしめして、うちには虚仮をいただけるものか」。そこまでをあげておこう。これが十三章で言おうとする教の全く反対側の考えであって、外に賢善精進の相をほこって、内には愚かな虚しい自力の心を持っている。そのような姿が述べられている。
 後世者は後生だのみともいう。浄土門では前念命終(ぜんねんみょうじゅう)後念即生(ごねんそくしょう)という。後念即生、即ちこの世に於て卵からひよこに変って、卵の命終わる時ひよこの生が始まる。ひよこの生を後生という。それを後世(ごせ)と言う。
 後世とは、死んでから後と普通は思うがそうではない。いつも言うように殻の中の存在は、卵としての生、それが親どりによって熱を与えられあるいは孵卵器によって熱を与えられると、目玉が出来、くちばしが生えて、殻の中に包まれていながら中で生まれ変わってくるのである。そしてとうとう卵の生が終わって、ひよことしての生を受けて、殻を破って出てくる。これを前念命終という。卵としての生を前生(ぜんしょう)、ひよことしての生を後生(ごしょう)という。死んでからではない。生きているうちに生まれ変わる。これを前世、後世という。後世者とは仏法者を言っている。後生だのみというのはかなり俗語的な表現であるが、その後世を如来にたのんで、ひよことしての誕生を願っている。それを後生だのみという。たのむとは信心をいう。「前念命終 後念即生」、この善導の言葉に後生と言う語が出てくるもとがある。
 『愚禿鈔』に聖人はくわしく言っておられる。(一四−八)である。「真実浄信心は内因なり、摂取不捨は外縁なり。本願を信受するは前念命終なり、即ち正定聚之数に入る。即得往生は、後念即生なり、即時必定に入る。また必定の菩薩と名くる也」。信の一念を境としてその時に前生の命が終わる。卵としての命が終わって、ひよことして誕生する。命終わる方が前念命終、ひよことして誕生するのが後念即生、それを後生という。「当時は後世者ぶりして」そういう仏者めいて、「仏法者らしく振舞って」という。外側に仏法者めいた姿をして、自己顕示している。後世者ぶりに就いては(二六−三)に例が出ている。『改邪鈔』である。『改邪鈔』は覚如上人が書かれたもの。覚如上人は第三代の本願寺の法主ですね。
 「一。遁世の形を事とし異形をこのみ裳無衣(もなしごろも)を著し黒袈裟をもちゐる、然るべからざる事。それ出世の法においては五戒と称し世法にありては五常と名くる仁義礼智信を守りて内心には他力の不思議をたもつべきよし、師資相承したてまつるところなり、然るに今風聞するところの異様の儀においては「世間法をば忘れて仏法の義ばかりを先とすべし」と云々。これによりて世法を放呵する相と覚しくて裳無衣を著し黒袈裟をもちゐる歟、甚だ然るべからず。『末法燈明記』には「末法には袈裟変じて白くなるべし」と見えたり。然れば末世相応の袈裟は白色なるべし、黒袈裟においては大きにこれに背けり、当世都鄙に流布して遁世者と号するは多分一遍房他阿弥陀仏等の門人をいう歟。かの輩はむねと後世者気色をさきとし仏法者と見えて威儀をひとすがたあらはさんと定めふるまふ歟。我が大師聖人の御意は彼にうしろ合わせなり、常の御持言には「我は是れ賀古の教信沙弥の定なり」と云々」
 「しかれば(こと)を専修念仏停廃の時の左遷の勅宣によせましまして御位署には愚禿の字を載せらる、是れ即ち僧にあらず俗にあらざる儀を表して教信沙弥の如くなるべしと云々、これによりて「たとひ牛盗人とはいはるとも若しは善人もしは後世者もしは仏法者と見ゆる様に振舞ふべからず」と仰せあり、この條かの裳無衣黒袈裟をまなぶ輩の意巧に雲泥懸隔なるものをや」
 そこに後世者、仏法者とあって、終りの方に「かの輩はむねと後世者気色をさきとし、仏法者と見えて威儀をひとすがたあらはさんと定めふるまうか」。むねとは心にそれを中心とする、後世者気色は仏法者らしい外貌、外形、それを自己顕示することをさきとし、仏法者と見えるように威儀を外形にあらわそうと定めて、裳無衣、黒袈裟、黒々と染めた袈裟その方が目立つ、裳無衣はよくわかりませんけれども上だけあって下が無いのかも知れません。要するに目立ったかたちをする。それを後世者ぶりをするという。この様な姿で派手な形をして、いかにも仏法者めいた派手な形、立居振舞をして仏法者と目立つようにやっている。それが後世者ぶり、今もそれと良く似たのが出ていると言っている。覚如上人と『歎異抄』の著者の唯円とは関係がありまして、覚如上人が唯円に就いて、色々と御法義の事を教えてもらうということがあったようです。この後世者ぶりというのは同じ時代で似ているのではないかと思われます。

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