六、第十一章の内容

『歎異抄講読 異義編(第十一章について)』細川巌師述 より

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まず「弥陀の大悲大願の不思議に助けられまいらせて生死(しょうじ)を出づべしと信じて」とある。これもなかなかわかりにくい文です。しかしこれがあきらかになると、十一章の異義のまちがいがはっきりするので、「まず」となっている。次は「念仏の申さるるも如来の御はからいなり」「と思えば、少しも自らの計いまじわらざるが故に、本願に相応して真実報土に往生するなり」「これは誓願の不思議をむねと信じたてまつれば名号の不思議も具足して誓願名号の不思議ひとつにして更に異ることなきなり」。誓名別計の異義を打ち破った内容が出ている。

『歎異抄』については多くの解説書があるが、全てが正しいというものではない。

ある有名な人は「『歎異抄』は親鸞の若い時、吉水時代のものだ」という。その根拠は、親鸞は御自分の名前を天親、曇鸞からとって親鸞と名付けられた。しかし、『歎異抄』には天親、曇鸞は一回も出てこない。出てくるのは善導、法然だけだ。善導と法然に親鸞が打ち込んだのは吉水時代の若い時である。だから『歎異抄』は聖人の若い時の作であるという第一の証拠。第二には、親鸞聖人の宗教は回向というのが中心である。『歎異抄』の中には回向という字が一つもでてこない。従ってこれはまだお若い時の作であるという証拠。第三は、浄土宗の人に『歎異抄』を見せたところ、これは浄土宗のテキストだといった。こういうことを総合すると、法然上人のお膝元にあった吉水時代のころに書かれたものであると言ってある。しかしこれは全くの誤りである。

またある人は、『歎異抄について』というNHKブックスから出ている書物に、『歎異抄』は関東常陸の国の稲田において作られたものであると書いてある。著者は京都大学の先生である。これも誤りと思う。聖人は関東には六十三才までしかおいででなかった。『歎異抄』が聖人の御晩年のものである証拠の一つは、『歎異抄』と『口伝抄』の類似ということであろう。これは文章ではっきりおさえることが出来る。少なくとも四つの点で類似しておる。

一つは、「親鸞一人が為なりけり」というのがあり、一つは「人千人殺してんや」というのがある。一つは「親鸞は弟子一人も持たず候う」というのがある。もう一つある。この四つが『口伝鈔』に出てくる。しかるに『口伝鈔』は二代の如信上人が申されたことを三代日の覚如上人が聞いて書いたものである。如信上人は親鸞聖人が六十三才の時に生まれ、聖人が九十才で亡くなられた時、二十八才であった。

如信が二十八才まで聖人の所で生活していた時に聖人から聞いた事を覚如が伝え書いたものである。これが『歎異抄』と非常によく似ている。如信が聖人のおっしゃったことを理解してそれに感銘を受けて、それを永く憶えておって、それを覚如に伝えたとすると、大体二十才以後のことではないか。

そうするとこの時聖人は八十三才位である。如信が十八才頃から理解しておったとすると、聖人八十才の頃からである。いづれにしても聖人は御晩年である。だから稲田での話ではない。第二章を見ると、関東の国からはるばる京都までお弟子たちが京都の聖人をたずねて来ているのであるから、稲田でないことはここからみても明らかである。また中序には「歩みを遼遠の洛陽にはげまし」というような言葉があって、遠い所の京都まで参りましたというようなことが書いて有りますから稲田の説は成り立たない。

何故そのような誤りをいう人が出るかというと、結局読み方が足りないからである。『歎異抄』を繰り返し繰り返し読めばこのような説は出てこないと思う。偉い人が言った事も丸飲みしてはならない。自分でしっかり考えねばならない。しっかり読まねばならない。読んで読んで読み抜いて行くと、書物自体がその精神を語ってくれる。

歎異抄』を勉強して、親鸞というお方の心というものを知ろうと思ったならば、師訓篇をしっかり読まねばならない。次に後序をしっかりやるのがよい。

これに対して異義篇は親鸞の精神に到達するまでの、その間に陥りやすい欠点、その途中に於ける中途半端な段階に於いて陥っていく誤り、それが異義である。従って、それは他人事でなくてその異義に我々自身も陥っていく、それを知らせる鏡である。この異義篇は我々が自分自身を知らされる求道の鏡として頂いて行くことが大事である。

先に近角常観師の説の誤りを言ったが、このお方の説のすぐれている点は第十二章と第二章の関係を明らかにした点である。

即ち第十一章のバックになるものが第一章であるという。この人自身はこれを第二章が十一章の証文といっている。この点は誤りである。しかし第十一章が異義であることを裏付けるのは第一章である。というこの指摘はすぐれている。この点を中心に頂いてみる。

まず「『弥陀の大悲大願の不思議にたすけられまいらせて生死を出づべし』と信じて」この本文は、第一章では「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなりと信じて」にあたる。この二つの文はよく以ている。後の文は第一章では「念仏申さんと思いたつ心の起こる時」第十一章では「念仏申さるるも如来の御はからいなり」とあり、少し違っておるがよく似ている。そういう指摘は、えらいことである。このことを指摘したのはこの人だけである。


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